ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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独自設定ありです。


漆黒の竜

 その竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。空中で翼をはためかせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。だが、何より印象的なのは、夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。

 

 蓮弥は構える。この敵から感じる圧力は()()()()()()。いや、個体としてのレベルならこちらの方が上かもしれない。

 

 竜が口を開き力を貯める。おそらく竜のブレス攻撃。撃たせたら蓮弥達はともかく、後ろにいる愛子達は跡形も残らない。後ろでハジメが盾を出すのを確認した蓮弥は、一足飛びで竜に近づき、その顎を蹴り上げ、顔の向きを強制的に変えさせる。

 

 

 直後、竜からレーザーの如き黒色のブレスが空中に向かって放たれた。予想した通り、その攻撃力は冒険者のパーティを跡形もなく消し去って余りあるものだった。とはいえ……

 

(別に倒せない敵じゃない)

 

 ハジメが後ろの愛子達を守りに入ったところを見ると助けるつもりではあるらしい。もっともウィルに死なれたらここまでの苦労が水の泡と思っているのかもしれないが。

 

「“禍天”」

 

 蓮弥に追撃する形で、ユエがライセン大迷宮で入手した重力魔法を発動する。竜の頭上に暗黒の球体が出現し、竜の巨体を地面に叩きつけた。

 

「グゥルァアアア!?」

 

 豪音と共に地べたに這い蹲らされた黒竜は重力による凄絶な圧力をかけられ地面に陥没させていく。だが……

 

「グゥルァアアアァァァァァァ!!」

 

 咆哮と共に重力魔法の影響が弾け飛ぶ。見ると益々目の前の漆黒の竜の圧力が増していた。

 

「ん……強敵」

「どう見ても()()()()()()()()()。……シア。気合い入れていけ。今までの魔物とは格が違う」

「はいッ」

 

 そうしている内に体勢が整った竜が火炎弾を連射してくる。数多の火炎球が非戦闘員のウィル目掛けて撃ち放たれる。

 

 それをハジメが宝物庫から取り出した二メートル程の柩型の大盾でガードする。

 

 その隙にシアが飛び出し、ドリュッケンを脳天に叩き込む。シアのドリュッケンはハジメにより重力魔法を付与されている。そのためにトンまで重さを加えられるようになったそれは、単純に振り回すだけで圧殺する凶器だ。

 

 

 思わぬダメージを受けた竜がお返しとばかりにシアに向けて勢いよく回転させた尻尾を叩きつけようとするも、ハジメの精密射撃により尻尾をレールガンの連射により叩き落される。

 

「ありがとうございます。ハジメさん」

「油断するなといっただろう。それにしても……」

 

 ユエの重力魔法にシアのハンマーを受けたにしてはダメージが低いと思う蓮弥。どうやら頑丈さに定評があるらしい。なら……

 

「一気に畳み掛ける。蓮弥ッ、こいつらの防御は任せる」

 

 ハジメが一方的に言ってきた後、すぐに飛び出していく。そもそも愛子達を守って戦うのは自分らしくないと思ったのだろう。攻守交代だ。

 

「わかったッ、言っても聞かないだろうから好きにやれ。……おっと」

 

 そうしている内にまたもやブレスの準備をする竜。ハジメはドンナー、シュラークによるレールガンの連射による攻撃を行うが意に介していない。

 

「"天杓"」

 

 ユエが空中に6つの雷球を円周上に展開させ、竜の周りを強力な雷撃で覆い尽くす。これには多少ダメージを受けた気配があるが、行動を止めない。頑なにウィル相手に殺気を漲らせ続ける。

 

 ウィルはまさに蛇に睨まれたカエルのように固まってしまっている。今まで出会った魔物との格の違いに慄いている愛子達も同様だった。

 

 膨大な力が貯まった。恐らく威力は赤蜘蛛の最後のブレス以上だろう。

 

聖術(マギア)7章5節(7 : 5)……"五光聖門"

 

 前方に輝く壁を五重に展開する。

 

 その直後放たれるブレス。

 

「ぐっ、これは……」

 

 想像より強力だった。

 

 膨大な熱量を持ったブレスは受けただけで五重障壁の内二枚を砕き割る。三枚目が受け止めているが、このままだと自分はともかく、後ろの愛子達の命の保証ができない。

 

 

 しかし、恐れることはない。蓮弥は一人で戦っているわけではないのだから。

 

「いい加減……」

 

 ハジメがシュラーゲンを抜き放ち、銃口を竜の顎門に向ける。

 

「無視してんじゃねぇぇぇぇ!!」

 

 そのまま遠慮なくぶっ放す。

 

 かつて暴走した蓮弥にも使った……いや、よりパワーアップした一撃が竜の頭を吹き飛ばす。撃たれる前にブレスを向けて威力を相殺しようとしたのだろう。致命傷は避けたようだが牙がいくつか吹き飛んでいる。

 

 

 ハジメはどうやら無視されたのが気に触ったらしい。ハジメの連撃は止まらない。首が仰け反り、がら空きになった腹部に左腕の義手のギミックである振動破砕による拳を叩き込んだ。これには流石の鱗の防御も役に立たず、竜は盛大に吐血する。

 

 

 流石に竜はハジメを脅威とみなしたらしく、ハジメに向けて炎弾を連射するが、空力により浮かび上がり、縮地で高速移動するハジメを捉えられない。

 

 

 ならば自分も空中に移動しようと羽を広げ、空中に飛び出そうとするが、時にユエの禍天で、時にシアのドリュッケンの一撃で叩き落とされる。こうなればワンサイドゲームだ。

 

 撃つ、打つ、殴る、潰す、打ち上げる、また叩き落とす。三人により、ついさっきまで恐怖の象徴だった竜がなす術なく蹂躙されていく光景に後ろの愛子達は開いた口が塞がらなかった。

 

 

「すげぇ……」

 

 練成師としてのハジメを賞賛してばかりのクラスメイトは、今度は戦闘力という意味でも頭一つ抜けていることを思い知ることになった。正直な話、勇者である光輝ですら周りの少女たちに追い付いていない。唯一混じって戦えそうなのは、色々外れかけている雫だけだろう。

 

 しかし

 

「なっ!」

 

 

 流石のハジメも驚愕した。目の前の竜が逆再生するようにもとに戻っていく。

 

「おいおい、まさか自動再生も持ってるのかよ。流石にチートすぎるだろう」

 

 ハジメが呆れたように言うが、ユエがそれに対して疑問を持つ

 

「……竜種に自動再生が備わっているなんて聞いたこともない」

 

 それこそ500年前に滅びたとされている伝説の竜人族ですら持っていないだろう。ハジメはどうしたものかと考える。そこでユナが蓮弥に語りかける。

 

『蓮弥、()()は操られています』

「なに? ……ひょっとして先生が車中で話してたやつか」

 

 車中で移動中、先生はハジメに自分たちがここにきた理由を語った。なんでも一緒に同行していた清水利幸が行方不明になったという。その清水は闇術師という天職を持っており確か洗脳魔法も使えたはずだと、昔ハイリヒ王国の図書館で調べた情報を思い出す蓮弥。もしクラスメイトの清水が関わっているのだとしたら……

 

『いえ、確かに彼女の脳、つまり肉体を操っている術者もいますが、問題は彼女の魂を操っている術者の方です。彼女を操っている二人の術者の内、魂を操っている方の術者が彼女を狂暴かつ強力にしています。このままでは彼女が持ちません』

「……ユナは俺にどうしてほしい?」

 

 言葉からしてどうやらあの竜を倒すことには反対らしい。ではどうすればいいのか。

 

『肉体と魂の両方を支配された彼女に、まっとうに攻撃していても目覚めさせることはできません。肉体と魂、順番に攻撃して揺さぶりをかけます。その攻撃の際に、術者の影響を断ち切ることができれば……』

「なら……」

 

 ちょうどいいと蓮弥は背中から生える四本の十字架の剣を構える。永劫破壊(エイヴィヒカイト)による攻撃は物理かつ魂への同時攻撃である。蓮弥なら攻撃するだけでユナの条件を満たすことができる。しかし、ユナは苦い口調で否定する。

 

『いえ、それはいけません。永劫破壊(エイヴィヒカイト)による攻撃は()()()()()()。彼女はすでに肉体と魂ともに限界が近い。蓮弥のそれだと彼女を殺してしまいます』

「ならどうする? 相手は手加減して勝てるほど甘い相手じゃないぞ」

 

 相手はその謎の術者とやらからバックアップを受けているらしく、時間がたつにつれ気配が強力になっているのがわかる。現状ハジメと連携をとれば殺せるレベルでとどまっているが、これ以上強化されるようなら後ろの愛子達を庇いながら戦うことも難しくなっている。いくら相手が操られているらしいからといって自分たちが全滅したのでは意味がない。

 

 

『私が魂に直接作用する術式を蓮弥に付与します。だから他の誰かに物理による攻撃を担当してもらえればいいと考えています』

「なるほど……」

 

 それなら善は急げだ。蓮弥はすぐさまハジメに協力を要請する。

 

「ハジメッ、ユナが言うには相手は普通にやっても倒せないらしい。ユナが特殊な術で攻撃するために、まずはお前にでかい一撃を頼みたい」

 

 この状況でハジメに相手を助けたいといっても聞いてもらえないのでこういう言い方をする。蓮弥とてユナに言われなければ助けようとは思わないだろう。

 

「! わかった。一撃でかいのを当てたらいいんだな」

 

 ハジメが宝物庫からパイルバンカーを取り出す。ハジメの装備の中でも特に貫通力に特化した武装だ……正直こちらとしては助けるつもりなのにあんなものを取り出されては不安になってしまう。最悪神水を使う覚悟もしておく蓮弥。

 

聖術(マギア)10章2節(10 : 2)……"絶魂"

 

 蓮弥の拳になにやら半透明のナニカが纏わりついてくる。絶魂とかいう物騒な名前が出てきたが大丈夫なのだろうか。

 

『本来は取り憑いた悪霊を強制的に引き剥がす禁術なのですがたぶん大丈夫です』

 

 ちなみにユナには未だ記憶がないし、オルクス大迷宮でもこの聖術は使ったことがない、しかも昔聞いたが10章は禁術扱いの聖術だそうだ。相手が不安になってくる。だが現状は蓮弥の内心よりシリアスだった。傷がある程度回復した竜が再びブレスを放とうと力を貯め始めた。さきほどよりも強力なものを放つつもりなのか、集まる魔力の量が尋常ではない。

 

「ユエ!」

「……“禍天”」

 

 ハジメの呼びかけによりユエが再び重力魔法を発動させる。竜が地に叩きつけられるが、耐性がついてきたのか動き辛そうにしているが完全に動きを封じこめられてはいない。ユエの魔力とて無限ではない。おそらくこれがラストチャンスだろう。

 

「シア!」

「はい!」

 

 ドリュッケンをギガントフォルムにしたシアがショットシェルを撃った時の衝撃も併せて竜の頭をぶん殴った。

 

 

 これにはさすがに竜も堪えたらしく頭が地面に軽く埋まる。これで頭を下に、臀部を上にあげる形になった。フューレンを訪れる際に世話になった旅商人のユンケルが面白い話を言っていた。竜の尻を蹴り飛ばすと。

 

 

 竜とは竜人族を指す。彼等はその全身を覆うウロコで鉄壁の防御力を誇るが、目や口内を除けば唯一尻穴の付近にウロコがなく弱点となっている。防御力の高さ故に、眠りが深く、一度眠ると余程のことがない限り起きないのだが、弱点の尻を刺激されると一発で目を覚まし烈火の如く怒り狂うという。昔、何を思ったのか、それを実行して叩き潰された阿呆がいたというバカ話の教訓だ。だがそれが事実ならこれで終わりのはずだ。

 

 

 愛子達は今からハジメがやることを想像し、顔を引きつらせているがこちらは至って真剣である。蓮弥はハジメの攻撃が成功することを見越して準備に入る。

 

 

 そして遂に、ハジメのパイルバンカーが黒竜の臀部にズブリと音を立てて勢いよく突き刺さった。……ユナ曰く、彼女らしいが気にしないほうがいいだろう。

 

 “アッ──────なのじゃああああ──────!!! ”

 

 くわっと目を見開いた黒竜が悲痛な絶叫? を上げた。肉体への強烈な攻撃が竜の意識を一時的に覚醒させ、魂を乱れさせる。その隙を蓮弥は見逃さない。

 

「これで……終わりだッ」

 

 今度はのけ反った竜の心臓辺りを目掛けて、蓮弥は拳を叩きこんだ。

 

 ”おほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ──────!!! ”

 

 今度は何やら嬌声じみた声が聞こえた気がするが気のせいだろう。何しろ魂を直接攻撃したのだ。生物の根源。肉体という鎧に守られていない剥き出しのウィークポイント。想像するしかないが、相当な激痛であるはずなのだ。けして嬌声などが飛んでくるわけがないのである。

 

 

 だが蓮弥の現実逃避むなしく妙な声は竜から聞こえてくるようだ。周りを見てみると皆首をかしげているあたりどうやら蓮弥の耳がおかしくなったわけではないらしい。

 

 “お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~、アヘェェ”

 

 なにやら目の前の竜がお尻をピクピクさせて興奮しきった声を発している。全員が「一体何事!?」と度肝を抜かれ、黒竜を凝視したまま硬直する。

 

 

 どうやら、ただの竜退治とはいかないようだった。蓮弥はそっと軍帽を深く被りなおした。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 それは遥か上空により様子をうかがっていた。

 

 主が呼び出した異世界の勇者の一人がなにやら主好みのおもしろいことを企んでいたようなので、その企みの一つであるあの竜人族の傀儡を"昇華魔法"と"再生魔法"にて支援、強化して例のアンノウンとイレギュラーにぶつけてみたが、成果はなかなかだった。あの程度で倒せるとは思っていなかったが、まさか魂魄魔法の真似ごとまでできるとは思わなかった。

 

「やはりあの少女は面白い。主が注目するだけのことはある」

 

 だが視たところ彼女を使()()しているらしい少年は凡庸らしい。あれでは彼女の性能を引き出せないだろう。

 

「ならばやはりあの少女は主が有効に活用するべきだ」

 

 だが油断はしない。あの少年は凡庸なれど、銀髪の少女の力は侮れない。隣のイレギュラーのこともある。現状あのイレギュラーを排除する許可はまだ下りていない。ならばなんとかして分断できればいいのだが。

 

「なら、あの愚者を利用しましょうか。うまくいけば主の邪魔者を消せるかもしれません」

 

 主を差し置いて神とあがめられ始めている人間を疎ましく思う。それは主にだけ許された呼び名でありあの程度のものが受けていいものではない。

 

 

 主の邪魔者の排除と主の悲願を同時に達成できるかもしれない状況にほくそ笑む。自分は他の個体とは生まれたコンセプトが違うが関係ない。この任務を果たせば()()()などとは誰も呼べないだろう。

 

 

 様々な思いを抱き、神の使徒『フレイヤ』は行動を開始した。

 


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