ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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皆さまお待ちかねのあの迷シーンです。


香織の宣言と勇者との話し合い

 正気に返った香織が、顔を真っ赤にして雫の胸に顔を埋めている姿は、まさに穴があったら入りたいというものだった。どうやら冷静さを取り戻して、自分がありえない事を本気で叫んでいた事に気がついたらしい。雫がよしよしと慰めている。

 

 

 現在、蓮弥達は入場ゲートを離れて、町の出入り口付近の広場に来ていた。この場所まで来るまでにハジメはハーレムの主だの最低だのいや、真の漢だだの言われていたが無視していた。すでに開き直っているらしい。ハジメ達はすでに準備を済ませており、すぐにでも次の大迷宮に向けて冒険を再開するつもりだった。

 

 

 ハジメ達の後ろに途中で目が覚めた──直前の記憶がなかったので魔人族との戦いの疲労で気絶したと雫が嘘をついた──光輝を筆頭にクラスメイトがぞろぞろ歩いている。香織が覚悟を決めた顔をして、ハジメについて行ってるからだ。その光景を蓮弥と雫は少し後ろで観察している。

 

「……やっぱりここには残らないのね」

「ああ、そうだな」

 

 ハジメ達はもともと顔見せのために寄ったようなものなのですぐにでも出発できる準備を済ませていた。

 

「ねぇ蓮弥、私……私ね……」

 

 何かを言おうとしている雫だったが、それを遮るようにガラの悪い声が響き渡る。

 

「おいおい、どこ行こうってんだ? 俺らの仲間、ボロ雑巾みたいにしておいて、詫びの一つもないってがふぅぅ!」

 

「!?」

 

 ハジメ達は軽く驚愕する。目の前で最近割とよく見かけるようになった世紀末に出てくるような三下がいきなり泡を吹いて気絶したからだ。ハジメも威圧で似たようなことができるが、ハジメはまだ何もしていない。

 

「……邪魔しないでよね。鬱陶しい……」

 

 蓮弥の隣にいた雫が吐き捨てるようにぼやく。蓮弥もどうやら隣の幼馴染が何かしたらしいことは理解したが、本当にどんな鍛え方をしたのか疑問に思う。

 

「雫……お前、いつの間に◯王色の覇◯を習得した?」

「そんな王者の資質みたいな大層なものじゃなくて、適当にイメージで斬っただけよ。それより……私と香織は、あなた達についていくから」

 

 その言葉に勇者組、特に光輝が衝撃を覚える。そして今度は勇者パーティを無視して、香織が前に出る。

 

 

 その香織の顔を見たユエの目付きが変わる。シアとティオは興味深そうに、そしてハジメは眉をしかめていた。

 

「ハジメくん、私もハジメくんに付いて行かせてくれないかな? ……ううん、絶対、付いて行くから、よろしくね?」

「………………は?」

 

 まるですでに確定したと言わんばかりの言葉に、さすがにハジメも言葉を失う。言葉が出てこないハジメに変わり、ユエが前に出る。

 

「お前は必要ない。足手纏い」

「必要ないことはないよね。藤澤君の話だと、このパーティには回復要員はいないみたいだし。……私は役に立つよ」

 

 その自信と覇気に溢れた言葉にユエはむむっと唸った後、蓮弥を睨む。余計なこと言いやがって……その思いが言葉にしなくても蓮弥に伝わってくる。

 

 そして一瞬ユエの方を見た香織はハジメに向き直る。その顔に迷いはない。

 

「貴方が好きです」

「……白崎」

 

 正直に言えば香織は()()ハジメの返事は予想が付いている。しかし告白をしなければ始まらない。勝負の土俵に立つこともできない。それはそういう宣誓だった。

 

 

 覚悟と誠意の込められた眼差しに、ハジメもまた真剣さを瞳に宿して答える。

 

「俺には惚れている女がいる。白崎の想いには応えられない。だから……」

「連れてはいけないとは言わないでね。もう決めたことだから」

「俺はお前が知っているころの俺じゃないぞ」

「私もたぶんハジメ君の知っている頃の私じゃないよ。それに……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、今のハジメ君はこれから知っていけばいいことだし」

 

 その言葉は、明らかに特定個人に向けられた言葉だった。

 

 

 一歩も引くつもりはない。そういう意思の元、行われた宣戦布告だった。

 

 

 言うべき言葉を先に言われたハジメは言葉を無くす。その代わりにまたユエが前に出る。香織のその顔と言葉に引く気がないことを感じ、その覚悟を見て、相手をするに値すると判断したらしい。

 

「来るなら来ればいい。お前はそこで、絶対的な格の差を知ることになる」

「絶対なんて言葉は、私のハジメ君への想い以外存在しないんだよ。それを教えてあげる」

「……私はユエ」

「……香織だよ……これから色々とよろしくね」

 

 そしてハジメを無視して握手を交わす二人、その背中には龍と般若をそれぞれ背負っている。今現在も激しいせめぎ合いを行なっているのが伝わるようだ。

 

 

 その光景に誰も何も言えない。ハジメすら得体の知れない恐怖とこれから始まる受難に震えている。

 

 

 だがそこで空気が読めていない“勇者”天之河光輝が動いた。

 

「ま、待て! 待ってくれ! 意味がわからない。香織が南雲を好き? 付いていく? えっ? どういう事なんだ? なんで、いきなりそんな話になる? それに雫もついて行くって……南雲! それに藤澤! お前達、いったい二人に何をしたんだ!」

「……何でやねん」

「……はぁ」

 

 ハジメが関西弁でツッコミ、蓮弥がこれからのことを思いため息を吐く。どうやらこの勇者にとってありえない事態が起きているらしい。

 

 

 完全にハジメが何かしたと信じ切っている光輝は聖剣に手をかけ、まずハジメに告白するという()()()()を行った香織の件でハジメに詰め寄る。蓮弥はこれからのことを考えて、予定通り密かに準備を行う。

 

 

 その幼馴染のあんまりにもあんまりな行動に、蓮弥の生還により世話焼き成分が復活した雫が、まるで子供に言い聞かすように言う。

 

「光輝。冷静に考えなさい。今帰ってきたばかりの南雲君が何かできるわけないでしょ? あんたは気がついてなかったみたいだけど、香織はもうずっと前から彼を想っているのよ。それこそ、日本にいる時からね。どうして香織が、あんなに頻繁に話しかけていたと思うのよ。それに……ただの幼馴染の光輝に私の行動を決める権利はないわ」

「雫……何を言っているんだ……あれは、香織が優しいから、南雲が一人でいるのを可哀想に思ってしてたことだろ? 協調性もやる気もない、オタクな南雲を香織が好きになるわけないじゃないか」

 

 その言葉に眉をひそめる蓮弥。何だかんだいいつつも、やっぱりハジメを見下していたのが伝わるセリフだった。

 

 

 香織がけじめの挨拶を仲間に行う。大抵の人物は笑って受け入れたが光輝は全く納得しない。

 

「嘘だろ? だって、おかしいじゃないか。香織は、ずっと俺の傍にいたし……これからも同じだろ? 香織は、俺の幼馴染で……だから……俺と一緒にいるのが当然だ。そうだろ、香織」

「えっと……光輝くん。確かに私達は幼馴染だけど……だからってずっと一緒にいるわけじゃないよ? それこそ、当然だと思うのだけど……」

「そうよ、光輝。香織は……それに私も、別にあんたのものじゃないんだから、もう光輝も子供じゃないんだし、いい加減に納得しなさい」

 

 

 雫がそういうも光輝の目は全く納得していない。それどころかどんどん険悪なオーラがでてくる。

 

「香織。行ってはダメだ。これは、香織のために言っているんだ。見てくれ、あの南雲を。女の子を何人も侍らして、あんな小さな子まで……しかも兎人族の女の子は奴隷の首輪まで付けさせられている。黒髪の女性もさっき南雲の事を『ご主人様』って呼んでいた。きっと、そう呼ぶように強制されたんだ。南雲は、女性をコレクションか何かと勘違いしている。最低だ。人を傷つけることに対してなんとも思ってないし、強力な武器を持っているのに、仲間である俺達に協力しようともしない。香織、あいつに付いて行っても不幸になるだけだ。だから、ここに残った方がいい。いや、残るんだ。例え恨まれても、君のために俺は君を止めるぞ。絶対に行かせはしない!」

 

 光輝の相手のことを思っているようで微塵も相手のことを考えていない独りよがりの演説は続く。

 

「君達もだ。これ以上、その男の元にいるべきじゃない。俺と一緒に行こう! 君達ほどの実力なら歓迎するよ。共に、人々を救うんだ。シア、だったかな? 安心してくれ。俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放する。ティオも、もうご主人様なんて呼ばなくていいんだ」

 

 その言葉に、ユエ達はあまりの気持ち悪さに素肌に鳥肌を立たせ、雫はしばらく放置していた幼馴染のあんまりな言葉に言葉が出ない。

 

「くくく」

 

 だが蓮弥は一人だけ笑っていた。光輝のあまりの仕上がりっぷりに笑いが止まらない。

 

「……ッ、何がおかしい!? 藤澤!!」

 

 その行動を咎めるように光輝は標的を蓮弥に変える。だけどその言葉にまともに取り合わず蓮弥は続ける。

 

「要するにお前は白崎がハジメについていくのが気に食わないわけだ……ついでに俺が雫の側にいるのも気に食わないと」

 

「そんなことは言ってないだろッ。俺は香織や雫のためを思って……」

「何を言っても都合のいいように解釈するお前とこのまま言い合ってても平行線だ……なら勝負しようか」

「……勝負?」

 

 その言葉に光輝が反応する。

 

「俺が代表でお前と正々堂々と決闘してやる。それでもし、お前が勝ったらお前の望む通り、白崎をハジメからどんな手段を使ってでも連れ戻してやる。ついでに俺は金輪際、雫に近寄らないようにしてもいい」

 

 その強い口調の言葉に急に何を言い出すのかと香織と雫が言葉を洩らしかけるが香織はハジメが、雫は蓮弥が目配せして諫める。蓮弥は淡々とした口調で()()を始める。

 

「勝負は一対一。相手の降参、もしくは戦闘続行不可能で決着。相手を殺すことは禁止。お前が勝ったら俺はハジメに白崎を連れて行かないよう説得するし、雫にも俺に近寄らないように説得してやる……」

「まて! そこの彼女達の解放もだ!」

 

 強気になってさらに条件をつける勇者。

 

「……わかった。お前が勝ったらユエ、シア、ティオを解放するようハジメを説得してやる。ただし……」

 

 蓮弥は光輝に向き直り強い口調で言い放つ。

 

「俺が勝った場合、お前は俺こと藤澤蓮弥、南雲ハジメ、白崎香織、八重樫雫、ユエ、シア・ハウリア、ティオ・クラルスの言動を常に尊重し、金輪際その言動を否定しないと誓え」

「なっ!?」

 

 その言葉に光輝が思わず動揺する。つまり今後蓮弥達のいかなる行動や言葉も無条件で認めろという内容だった。

 

「別にいいだろ。俺たちだってそれ相応のリスクを背負ってるんだ。それくらいの約束をしてもらわないと割に合わない……別に自信がないならいいぞ。この話は無しだ。白崎を止めることはできずにハジメに()()()()()()。まあ、所詮あの程度の魔物にも勝てなかった雑魚勇者なんだから無理しなくてもいいぞ」

 

 その明らかに見下した態度に、頭に血が昇り冷静な判断力を失っている光輝はまんまと挑発に乗る。

 

「馬鹿にするなッ……いいぞ、乗ってやる。その代わりにお前も約束は守ってもらうぞ」

「勿論だ。今の内容を守ることを『魂にかけて誓う』……お前も宣言しろ」

「いいだろう。『魂にかけて誓う』」

 

 蓮弥は準備が整ったことに内心ほくそ笑む。

 

「なら勝負の前の握手だ。これを持って契約は成立される」

 

 光輝は何も疑問を持たず迷わず蓮弥の手をとる。

 

 

 そう、ここまでが雫達と再会してから思い描いていた蓮弥の思惑だった。再会直後の魔人族との戦いで、あまり派手なことをしなかったのは勇者の油断を誘うため。光輝には都合の悪いことに対して、勝手にご都合解釈する悪癖がある。そのため、おそらく蓮弥の実力を正確に測れてはいないだろう。これまでのやり取りも、銃という地球人にとってわかりやすい脅威を使うハジメがやったなら、もう少し警戒したかもしれない。しかし、よくわからない力を使うが、武器は剣を使うことに間違いはない蓮弥には勝てると思い込む。香織が告白したのも効いている。これでさらに光輝は冷静さを失った。

 

 

 後は相手を挑発させて、乗せてやればいい。もともとこういう正々堂々とか、無駄に格式ばった決闘みたいなことが好きな光輝である。現在は頭に血が昇って冷静な判断ができていないため、ご都合解釈全開でこの勝負が終われば香織も雫も帰ってくると信じ込む。

 

 

 

 

 そんな奴だからこそ、狡猾な大人の仕掛けた罠に嵌るのだ。

 

 

 

聖術(マギア)10章1節(10 : 1)……"聖約"

 

 握手した二人を中心に光が走り、間に羊皮紙のようなものが空中に現れる。

 

「!! 何をした藤澤!?」

 

 何かをされたのだと思った光輝が聖剣をついに抜刀する。それに合わせ、蓮弥も十字剣を形成する。

 

「何って言われてもな。さっき契約した内容を明文化しただけだよ。今後のことを考えるといちいち関わってこられると面倒だ。ここでけりをつけさせてもらう」

 

 間に浮かんでいる羊皮紙にはこう書かれている。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 聖約文

 

 以下に記載される契約者は、提示された契約を魂の領域に至るまで絶対遵守するものとする。

 

 契約は契約者同士で決闘を行い、契約者のどちらかが戦闘不能、又は敗北を宣言することで履行される。

 

 決闘の際、相手を殺害してはならない。

 

 契約者:

 藤澤蓮弥

 天之河光輝

 

 契約内容:

 契約者 天之河光輝が契約者 藤澤蓮弥に勝利した場合、契約者 藤澤蓮弥は以下のことを行う。

 1.南雲ハジメに白崎香織を連れていくことをやめるよう説得を行う。

 2.八重樫雫に対して、藤澤蓮弥に関わらないように説得を行う。

 3.南雲ハジメに、ユエ、シア・ハウリア、ティオ・クラルスの解放を行うように説得を行う。

 

 契約者 藤澤蓮弥が契約者 天之河光輝に勝利した場合、契約者 天之河光輝は、以下のことを行う。

 1.藤澤蓮弥、南雲ハジメ、白崎香織、八重樫雫、ユエ、シア・ハウリア、ティオ・クラルスの言動を常に尊重し、金輪際その言動を否定してはならない。

 

 なお、この契約は勝者による無効宣言で以ってのみ、無効とされる。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 二人の決闘が始まる。




勇者が話し合う必要があると言ったから話し合いに乗った。そして大人の交渉事には契約書が必要不可欠。

内容は事前に通達したし、それに対して魂を賭けて契約書にサインしたのは勇者。後悔しても後の祭りである

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