前編を見ていない方はそちらからご覧ください。
蓮弥との戦いで敗れた使徒フレイヤは神山の地下深くで治療を行っていた。
その姿は酷いの一言だった。半身は焼け爛れ、美しかった容姿は見る影もない。固有魔法によっていつかは治るかもしれないが、魂レベルで負ったダメージはそう簡単に癒せはしないだろうことが予想できる。
「哀れなものですね。……所詮失敗作ということでしょうか」
それは修道服に身を包んだシスターのように見えるが、見る人が見ればそれは違うと断言できるだろう。銀髪に、大きく切れ長の碧眼、少女にも大人の女にも見える不思議で神秘的な顔立ち、全てのパーツが完璧な位置で整っている。
その正体は真なる神の使徒。エヒトにより創造されたナンバーズと呼ばれる使徒の九番目、使徒ノイント、そう呼ばれる個体だった。
「……なんのようです? ノイント。あなたはこれから始まる"祭"の準備を行っているのでは?」
フレイヤが吐き捨てるように言うとノイントは淡々と答える。
「そうだったのですが、たった今主から別命が下されました。現在取れる最高の戦力でもって、あのアンノウンを全力で排除せよと。だから私はしばらく他の任務に関われません」
「アンノウン……藤澤蓮弥という男のことですか?」
フレイヤは別命の内容に反応する。
「その通りです。今現在、この神山およびハイリヒ王国には別の地域で活動中だったナンバーズが集結しつつあります。もう少しで主の傍にいるエーアスト以外の八人の使徒が、ここに揃うことになる」
現在地上で活動している使徒はフレイヤを入れて九体。エーアストを除いたナンバーズが王都に勢ぞろいするということになる。
「……それで本当に勝てるとでも?」
フレイヤの言葉にノイントが答える。その言葉は心なしか侮蔑の感情が見えるようだった。
「確かに北の山脈から感じた力はかなりのものでしょう。しかし、我らより少し優秀とはいえ、あなた一人を仕留めそこなう程度のレベルにすぎません。使徒八人による総攻撃。これで倒せないものなど存在しません。幸いどういう理由かはわかりませんが、アンノウンはこの近辺にとどまるようです。なら使徒が揃い次第、総攻撃を開始します」
だから、とノイントは先を続ける。
「あなたの出番はもうありません。……我らが主より格別の恩寵を受けておきながらこの体たらく。本来の役目も果たせず、主からの特命すらこのありさま。今後あなたは私の手伝いをしてもらうことになるでしょう。……もっともその顔では当分表では動けないでしょうが……」
言いたいことは終わったとばかりにフレイヤに背を向けるノイント。
「……もう一度聞かせてほしいのだけど……主は
「そういいましたが?」
ノイントは振り返りもしない。だからこそ……
「……なら、そうさせてもらおうかしら」
自分の胸を貫通するその攻撃に……対応することができなかった。
「がふっ……あ、あなたは……な、何を……」
ノイントは呆然と自身の胸から伸びる腕を見ている。その手の平には何か光るものが掴みだされている。ノイントの魔力の核といえるものだった。
フレイヤはノイントの胸から腕を引き抜き、ノイントを地面に打ち捨てる。
「謀反ですか? ……あなたは主を裏切ると?」
「まさか。そんなわけないじゃないですか」
そういってノイントの核を口に含み、飲み込んだ。
すぐに変化は現れる。ボロボロだった姿はすぐに元の美しい容姿に戻り、魔力も以前と、いや、以前よりも充実していると感じる。その光景を這いつくばりながら見ていたノイントは驚愕した。
「……ま、まさか……ありえない……私の力を……取り込んだ!?」
「私ももしやと思ってやってみたのですが……やっぱりそうでしたか。私も、私を作った主も勘違いをしていたのです」
「勘違い?」
血反吐を吐きならがすでに停止寸前のノイントを見ながら、フレイヤは機嫌良く答える。
「私は他者の魂魄に対する抵抗力がないのではなく、同種の魂魄に対する適正が高すぎるのです。だからこそ他の魂魄は受け付けない。……しかし、だからこそ、私とルーツを同じとする姉妹の力なら楽に取り込める」
「自己の拡張……それは主から禁止されていたはず……」
「主は申したではありませんか?
フレイヤは歪んだ笑みを浮かべる。それは主の命を都合解釈して行動する暴走する使徒の顔だった。
「主に無様な姿を見られたくなくて、主の目が届かないここを選んで正解でした。……だからあなたは安心して滅びなさい」
ノイントは這いずりながら転送魔法陣まで移動していた。使徒フレイヤの暴走を主に伝えなくては、その一心で進む彼女だったが、フレイヤが許すわけもない。
「さようなら低性能。あなたの力は有効に活用させてもらうわ……”蒼天”」
地下空間を昼にするような炎の塊がノイントに向けて撃ち放たれる。
「ああああああああああああぁぁぁぁ!!!!」
這いつくばったまま炎につつまれたノイントは、魂の叫びを上げ、骨も残さず消滅した。
「フフフ、これだけで力が増しているのがわかる。……だけど足りない。あれと戦うにはまだまだ足りない。……確か残り七人の使徒がこちらに向かっていると言っていましたか……フフフ、アハハハハ、アーハッハッハッハ!!!!」
地下の空間で狂った使徒が狂笑を上げる。その顔はまるで愛しい恋人を思うような、憎い怨敵を思うような、どちらとも取れる顔をしていた。
「待っていなさい藤澤蓮弥。あなただけは逃がさない。私が、この私が、必ず必ず必ず必ず必ず……地獄に送ってあげる!!!!」
この狂った使徒と聖遺物の使徒の再会はいつになるのか。
一つわかっていることは、二人が邂逅した時、どちらかは生きて帰れないだろうという確信だった。
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一方、神の使徒に地獄送りを宣告されている藤澤蓮弥は、今地獄にいるような気分を味わっていた。
「…………」
今蓮弥は、ホルアドの宿の自室にいる。あれからなんとか雫をなだめ、光輝にしっかり聖約がかかっていることを確認した後、すぐにホルアドの町の宿を取ったのだ。
今は夜、もう周りのクラスメイトは眠っているにも関わらず、雫は現在、蓮弥の部屋に勝手に入ってきていた。いや、入ってきたというよりは蓮弥が入ったから当然入ったという感じだろうか。なだめた後、雫は一瞬も蓮弥から離れずピッタリ後ろにずっとついてくるのだ、無言で。
話しかけても上の空の返事しか返ってこない上に目も合わせてくれない。それなのに後ろからは視線を感じるのだ。正直言って怖い。
ユナのことは雫には最初から話すつもりだった。すでにハジメには説明したし、今更雫に嘘をつく必要はない。
埒が明かないと思った蓮弥は目の前のベッドに座らせた雫に対して言葉をかける。
「あー、雫?」
「…………何?」
「いや、そろそろ今まで何があったのか説明したいんだが……大丈夫か? お前?」
「…………」
またしゃべらなくなってしまった雫にどうしたものかと困る蓮弥だったが結局話を進めることにする。
奈落に落ちた後のこと。そこは表層の魔物が愛玩動物だと思えるような化物がうようよいたこと。そこで機転を利かせてうまく立ち回ったこと。だけどドジを踏んで魔物に追い詰められた際、雫がくれた十字架が力を貸してくれたこと。それが聖遺物と呼ばれる地球のアーティファクトのようなものだとわかったこと。オルクス大迷宮を攻略した際に、この世界と神の真実を知ったこと。オルクス大迷宮で十字架に宿っていた少女ユナと出会ったこと。決して恋人ではないこと。そこで二か月の準備を得て、ハジメと共に大迷宮攻略の旅に出たこと。その旅の道中、愛子先生と再会したこと。……そして、旅の途中で相棒のユナが倒れたこと。彼女を救う方法が神山にあること。そのためにハジメと別れたこと。
今までの経緯を話した蓮弥だったが、雫は相変わらず顔を上げない。所々うなずいてはいたので聞いてはいると思われる。蓮弥はこの空気を換えるために行動を起こした。
「……なんか疲れたな。下に行ってハーブティーでも貰ってくる」
蓮弥が席を立ちあがり、扉の方に向かう。
ガタっと立ち上がる音が響き。
蓮弥の背中に衝撃を感じた。
「……雫?」
「…………ねぇ、どうして……すぐに戻ってこなかったの?」
「だから、さっきも説明しただろ……」
「この世界の真実を知ったこと、南雲君のアーティファクトが異端だというのは私にもわかる……だけどそれは蓮弥が帰ってこない理由にはならない……」
「それは……」
背中に抱きついてきた雫の言葉に固まってしまう蓮弥。確かにあの時、蓮弥にはハジメ達とライセン大峡谷で別れて先に雫たちに蓮弥達の生存をこっそり伝えるという選択も存在した。だけど……
「……それは……まだその時は自分の力を安定して使える保証がなくて……だから」
「…………いつもそうよね……何かに悩んでいるくせに自分だけで抱えて…………中学の時も勝手に危ないところに行ったりするし……さっきだってわざわざ光輝の剣を受けなくても良かったじゃない……」
「だからあれはあいつに負けを認めさせるのに一番効果的なものを選んだだけであってな。俺には霊的装甲という鎧みたいなものが……」
「そんなことッッ、私は知らないわよッッッ!!」
雫の叫びが部屋の中に響く。雫の視点で見れば蓮弥が意味もわからず光輝の攻撃を受けたようにしか見えなかった。事前に大丈夫だというメッセージが送られてきたが、その根拠がわからない雫があの一瞬、どれだけの不安に駆られたのか……
「……ねぇ、蓮弥……私って……そんなに頼りないかな? そんなに役に立たない? ……私頑張ったんだよ……地球にいる時も……この世界に来てからもずっと……いつか蓮弥が頼りにしてくれるって信じて。……なのに、いつもいつも勝手にどこかに行っちゃう。私が、私がいままで……どんな思いで……」
雫は蓮弥がどこか遠くへ行こうとしていたのはなんとなく感じていた。だから召喚されたあの日の放課後、どんなことがあっても蓮弥に付いていくつもりだった。だからこそ、この世界に呼ばれた時に雫は少しだけホッとしたのだ。これで彼がいなくなることはないと。そう思っていたのに……
「お願いだから……もう私を置いていかないで……」
その声は普段の凛とした少女ではなく、置いていかれることに怯えている一人のか弱い女の子のものだった。
雫はずっと耐えてきた。蓮弥と別れたあの日から、香織を笑顔で送り出したその瞬間まで。クラスのまとめ役であった雫の影響力は、例えその責務を放棄していても、完全になくなったわけではない。むしろクラスでも事実上最強戦力だった雫の存在は、いるだけでクラスメイト達の士気の向上に関わっていた。そんな立場を理解していた雫はクラスメイトの前で弱気なところを見せるわけにはいかなかった。
そしてそれは親友であり、色々な意味で同士であったはずの香織の前ですら変わらなかった。その当時の香織が微妙なバランスの上で精神の安定を保っていたのは側にいた雫は何よりも知っていた。だからこそ雫はなおさら香織の前ではぶれない安定した態度で臨まなければならなかった。自分が崩れたら、香織も連動して駄目になることがわかっていたから。
蓮弥と再会した時だってそうだ。本当は蓮弥に何もかも委ねてしまいたくなる衝動に耐え、全身の力が抜けそうになるのを防ぐために、無理やりテンションを上げて魔物狩りを行った。あのハジメの厨二ネーム決めですらその活動の一環だったのだ。
それなのにただでさえ我慢しているところに、蓮弥に恋人ができたなどの情報が飛んでくるので、あの時雫はショックのあまり、あの場で本気で泣きそうになったのだ。親友の新たな門出に水を差さないように、そして今までの苦労を水泡に帰さないようにするために、周りに威圧を出して修羅になっている
だけど雫のその我慢も蓮弥と二人きりになった途端、限界が訪れた。雫が涙を止めようとしても、まるでためていたものが溢れ出すかのように止まらない。
耐えて耐えて、ひたすら耐えてきた一人の少女の嗚咽の声に、蓮弥は何も言えなかった。
(本当に、天之河のことを言える立場じゃないな、俺は……)
この世界に来る前、蓮弥は雫からある意味逃げていた。
そう、雫が自分のことをどう想ってくれているのか知っていながら、気づかないふりをしていた。
あの時はどうしても雫の想いに答えるわけにはいかなかったのだ。なぜなら自分は十七歳を境に別の世界の住人になると思っていたから。殺人鬼になるかもしれない人間の側に雫を置くわけにはいかなかった。
すぐに戻らなかったのもそうだ。あの日、初めて聖遺物の声を聞いてから、蓮弥はたびたび謎の声を聞いていた。ハジメがうまそうだとか言っているのが大半かといえば、実はそれは違う。あの時、聖遺物が真に求めていたのは、聖遺物と蓮弥の一番近くにいた雫の魂だった。だから聖遺物の制御が完全にできると確信できるまでは戻れなかった。大切だったからこそ、側にいることができなかった。
けどそんなことを雫は望んでいなかったのだろう。それは今の態度が示している。おそらくオルクス大迷宮で見た力はそれこそ一心不乱に修練を続けて得たものだろう。……少しでも止まると不安で押し潰されるから。あの時、光輝に言ったこと。何のことはない。地球にいた時から今に至るまで、雫の好意に一番甘えていたのは、蓮弥だったのだ。
「……ごめん。……それしか言えない。約束する。もう黙っていなくなったりしないから……」
勝手にいなくなり続けた男の何とも信頼性に欠ける言葉だったが、それしか言えなかった。
「…………しばらくじっとしてて……」
そのか細い声に対し蓮弥は……
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雫の願いを叶えてやることにする。そして雫は立ち尽くす蓮弥の背中で慟哭を上げ続けた。今までの想いの丈をぶつけるかのように。
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感情の氾濫が収まった雫が蓮弥に話しかけてきた。
「…………ねぇ……ユナって子は……本当に恋人じゃないの?」
「……違う」
「けど結構惹かれてるんでしょ?」
「……たぶん」
「……私が入る余地は……ある?」
「……ノーコメント」
「なら私の好きなように判断させてもらうから……」
以前と違い、蓮弥はもう聖遺物による殺人衝動に悩まされないだろう確信がある。つまり蓮弥が雫の想いに応える障害はなくなったわけであり、蓮弥の今に至る行動を考えれば、黙って責任を取るしか選択肢はないだろう。
だけど蓮弥は今別の意味で答えられない。蓮弥には、もう一人責任を取らなければならない女の子がいた。
(こういう時、ハジメを素直に尊敬するよ)
二人の間で揺れている自分と比較して、例えどんな女の子に言い寄られようともユエ一筋を貫く親友を尊敬する蓮弥。もっとも、あっちはあっちで肝心のユエがハジメハーレム計画を立てている節があるという別の悩みがあるみたいだが。
「…………それに愛ちゃんに会ったってことは、優花とも会ったってことよね」
「ああ、園部にもあったけどそれがどうしたんだ?」
「…………私には会いに来ない癖に、優花には会いに行くのね」
だいぶ落ち着いたのか、声が若干拗ねたような感じの声になっていた。
(園部は……うん、まだセーフだろ。あれなら……たぶん)
蓮弥は光輝のような鈍感系主人公ではないので優花から一定以上の好意らしきものを向けられていることには気づいていたが、あれはまだ憧れの域を出ていないと判断する。
……流石に先生とちょっと怪しいことになったとは言えない。
「ねぇ、蓮弥」
「……なんだ」
雫が背中から離れたことを察した蓮弥が後ろを振り返ると雫が顔を上げていた。やはり目は赤くしているが、もう泣いてはいなかった。
「私にも蓮弥がやろうとしていることを手伝わせて。ううん、絶対に手伝うし、何があってもついていくから」
「……危険かもしれないぞ。それこそオルクス大迷宮とは比較にならないくらい」
「覚悟はできてる」
その一言と目を見て、蓮弥も覚悟を決める。
「……わかった。雫、お前の力を俺に貸してほしい」
「……ッ、うん!」
明日から神山の攻略が始まる。敵地のど真ん中でおまけに頼れる相棒は今はいない。
だけど恐れてはいない。ここにもう一人の相棒がいる。ユナが目覚めた後、いつか雫に対する想いの返事もしなければならない。
だがその前にもう一つ、蓮弥はやらなければならないことがあった。
ミレディは言っていた。魂魄魔法の神髄は渇望を引き出すことにあるのかもしれないと。それなら、魂魄魔法を習得すれば、蓮弥の渇望の謎もわかるかもしれない。蓮弥は思う。自分の旅は思えば誰かに支えられっぱなしだった。雫の言葉だったり、ユナのサポートだったり。
力が欲しい。せめて自分のことを想ってくれている少女達を守れるくらいには。そのために必要なら自分の渇望とだって向き合ってやる。
異世界より飛来した聖遺物の使徒の新たなる門出を、輝く月が祝福してくれていた。
第三章完結。
無事に雫との再会シーンも書けました。ここまでこれたのは皆様の応援のおかげです。
さて第四章はありふれの中で二次創作の入る余地が多分にある唯一の大迷宮である神山攻略編になります。当然オリジナル展開になります。
ユナを救うのが目的である以上、第一章の終わりから第三章中盤まで活躍してくれていたユナはこの章ではお休みになります。その代わりに今まであまり出番がなかった雫がヒロインとして返り咲きます。基本的に雫は蓮弥にひっついていると思うので出番は非常に多い予定です。ここでもう一段階パワーアップする予定でもあります。
そして、なにより第三章エピローグでも書いてある通り、蓮弥が魂魄魔法を手に入れるということは……作者が連載当初から戦ってきたやつとの決着、つまり蓮弥の創造のお披露目章になると思います。
他にも他の生徒達の出番も増やしたいし、最後に出てきた謎の神父の暗躍とか暴走する使徒フレイヤなども書かないといけません。今までやらなかったギャグパートとかにも挑戦してみたいと思っていたりします。
そのため誠に申し訳ありませんが、第二章完結の時と同様、しばらく更新をお休みします。オリジナルをやるということでプロットの見直しとか、その後の展開の構想をやりたいので。あとは今まで書いたものを見直して場合によってはプチ改定するかもしれません。もちろん大きく変えるなら事前に通達します。
もし更新再開が長くなりそうなら活動報告なりであげようと思います。
では。