ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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前回の話を少し修正しています。

永劫破壊を写し取るのが目的ではなく蓮弥の秘密を知ることが目的だったのでわかりやすくしました。


いざ、大迷宮へ

 雫は全力で疾走していた。

 

 何かに追われている。だがそれの正体はわからない。

 

 場所は深夜の街中、既に周りに人の気配はなく、文明の光が消えない都会といえど、皆夢の中に入っているであろう時間。

 

 現状雫は追われているが、何か被害を受けたわけではない。けど捕まったらまずいのは本能的にわかった。

 

 雫は走る速度をあげた。その速度は既に自動車と立派に競争できるレベルにまであがっている。現実ではあり得ない速度域。

 

「ッ……あーもう、しつこい」

 

 雫は全力で疾走しつつ、上に向けて跳躍を行う。

 

 その衝撃で足元のアスファルトは弾け、周りの生垣を超えて民家の屋根に飛び移る。

 

 そのまま屋根伝いに疾走を再開した雫のその速度は、屋根の上であろうが地上とさほど変わりない。オリンピックに出場すれば永遠に超えられない記録を出せるであろう。

 

 だがそれでも追跡者は後ろを追ってきているのがわかる。どうやら立体的に動けば逃げ切れると思った雫の思惑は外れてしまったらしい。

 

「なんで……いつもあの人は、やることが急なのよッ」

 

 

ようやくここに慣れてきた雫に対してこの所業。今頃どこかでニヤニヤ笑いながら雫を見ているであろう人物に殺意が湧くが、今ここにいない人物に腹を立てても仕方がない。だがあとで必ず殴ると密かに決意する。

 

 区画を過ぎたころで再び雫は大きく跳躍し、アスファルトの地面に着地する。

 

 雫は後ろを振り返るが案の定雫の後を追って地面に着地する。どうやら今回は以前みたいに振り切れるものではないらしい。雫は覚悟を決め、手に刀を出現させる。

 

 

 そこにいたのは異形と呼べるものだった。

 

 

 闇の塊とでも言えばいいのか。四つ足で移動していることから、おそらく見かけは哺乳類の類であることは予想がつく。だからといってこいつが正体不明であることは変わりないが、一つだけはっきりしていることがある。

 

 こいつは、雫にとって敵だった。

 

「いくわよッ」

 

 雫が刀を構えたと同時に、それを待っていたかのように見える異形が雫に目掛けて飛び掛かってくる。それを雫は刀による一閃で切り裂く。切り裂かれた影はあっさり空中で霧散する。もしかしてこれで終わったのだろうか。

 

「いや、伯父さんに限ってそれはないか」

 

 あの、人を小バカにすることに関しては天才的なあの人のことだ。どうせこれで終わりではあるまい。

 

 

 案の定、闇から複数の影が出現し始めた。

 

 次々虚空より現れるそれは十を超えたあたりで出現が止まり、雫に向けてうなり声を上げ牙を剥く。

 

「ちょ!? いきなりこれはないんじゃない!?」

 

 雫は敵に背を向けて、全力疾走を再開する。数の暴力というのは単純ながら非常に有効なのだ。

 

 現状、ここに慣れていない雫では、この数を同時には相手取るのは不可能だ。

 

 

「なら、一体ずつ倒せばいい」

 

 雫は一匹通り抜けた段階で、雫と影の間に壁を作り出す。後方の影が昇ってくる前に、迫る一匹を斬る。

 

 壁を上って雫の斜め上から二体の影が迫るが、それを八重樫流双閃にて空中に浮いている敵を打ち落す。

 

 雫は大きく飛び上がり宙返りで後ろの中空に身を投げて躱す。後ろに迫っていた影は雫が消えたことに戸惑っているのか動きが止まる。

 

 電信柱側面に足を付けた雫はそれを蹴り上げ、影に向かって追撃。

 

 八重樫流剣術『雷霆』、数ある八重樫流の内、突進力は随一のその技で持って雫は影を串刺しにした。

 

 

「めんどうね」

 

 雫はまとめて敵を葬るための技を使うことにする。それを使うことを察したのではないだろうが、残りの影が雫を覆うように囲み出す。

 

 

八重樫流抜刀術・飛乱閃

 

 雫が刀を高速で振るい、その際生まれた剣気が細かい無数の刃に変わり、影に向けて殺到する。

 

 細かい刃の嵐に飲まれた影は跡形もなく溶けて消えた。

 

 

「これで終わりかしら……」

 

 雫は刀を消し、前を向く。そこにはここで常に雫の動きを見ていたであろう伯父が立っていた。

 

「ちょっと伯父さんッ、いつもいつも、突然何の説明もなしに始めるのやめてくれない?」

 

 文句を言うために詰め寄ろうとして伯父が何かを言っているのに気づく。それほど大きな声ではないためか何をしゃべっているのか聞こえない。雫は伯父から教わった読唇術で解読する。

 

 

 う・し・ろ

 

 

「へっ?」

 

 雫が振り返るころにはもう遅い。先ほどまで気配がなかったはずの場所から影が出現し、雫の喉笛を……

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「はっ!」

 

 そして雫は目を覚ます。その場で落ち着くために荒くなっている呼吸を整え、状況を確認する。

 

 

 ここはハイリヒ王国の雫の自室だ。例の地下から帰ってきた後、蓮弥と別れ普通に就寝した。

 

 

 つまり……

 

「また……この夢……」

 

 

 明晰夢というのだろうか。

 

 この世界に来てから、正確には蓮弥が帰ってくる少し前から雫はこの明晰夢をたびたび見るようになっていた。起きている時と明晰夢の間に意識の断絶がないため、雫からしたら常時意識がある奇妙な状態。幸い健康に害が出ている様子は今のところないが、気味が悪いと言わざるを得ない。

 

 

 雫が見る夢はどうやら雫自身の過去を追体験のようであり、最初はありふれた日常の風景、たまにふらっとやってくる伯父との修練の様子が混じる程度だったのだが、最近になってその様子が変わり始めたのだ。

 

 

 一昨日はいきなり変な影の怪物に追いかけられている風景であり、その時の雫は夢の中で刀を持ってその影と戦っていた。

 

 

 ここで問題になるのは、雫自身にこのような過去に覚えがないことだ。夢の中の雫は学校の制服を着ていたし、風景も現代日本そのものだったのに夢の中で発揮した雫の戦闘力と魔物のような影が世界観を壊してしまっている。

 

(これじゃあ、まるで私がここに来る前から怪物と戦った経験があるみたいじゃない)

 

 

 自分はここにくる前まで普通の女子高生だった、はずだ。

 

 

 自分の夢なのになぜこんなに不安に駆られなければならないのだ。雫はこれもいい加減な伯父のせいだと決めつける。

 

 

 雫は気合を入れ直す。こんなことではいけない。

 

 なぜなら今日から……神山にある大迷宮の攻略に出向くのだから。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥はようやく見つけた神山の手掛かりを調査……する前に、龍太郎との約束を果たすために神父と共に彼の元を訪れていた。

 

「それでは坂上さん。今からこの技能の書による技能譲渡を行います」

「いや、行いますと言われてもなぁ、一体何の話だよ」

 

 龍太郎の質問も最もであり、神父は何も事情を説明せずにことを済ませようとしている。これでは昨夜の事情を全く知らない龍太郎は意味がわからないだろう。

 

「これは失礼しました。実は……」

 

 神父は昨夜の出来事を龍太郎に説明する。話を聞いている内に龍太郎も目の前の神父の持っているアーティファクトがすごいものであることがわかったらしい。

 

「……なるほどな。正直仕組みはわからないけど、それを使えば俺は強くなれるってわけだな」

「ただし過信はいけませんよ。このアーティファクトの乱用で廃人になってしまった者もいることを忘れずに」

「一体何の技能を与える気なんだ? 神父さん」

 

 蓮弥は当然の疑問を向ける。だがその問いに、少し返事を濁す神父

 

「それが……わからないのですよね……」

「はぁ? わからないってどういうことだよ」

 

 龍太郎が反応する。わけのわからない技能が与えられたらたまったものじゃないだろうからこの反応は当然である。

 

「確かに手動で与えることもできるのですが、今回は技能の書の自動配布機能を利用したいと思います。……手動で与えるとなると万が一合わない技能だった時に取返しが尽きません。その点自動配布であれば技能の書がその人に合う技能を与えるとのことなのではずれを引く可能性が下がるでしょう」

 

 

 要は万が一神の使徒相手にゴミ技能を与えないようにとの配慮なのだろう。

 

「ああ、もうわかったよ。なんでもいいから早くやってくれ」

 

 話が長くなりめんどくさくなってきたのか龍太郎がぶっきらぼうに言い始める。神父はその様子に龍太郎に書に触れるように言う。

 

「では少しこのまま……『書よ、技能を求めし者に、ふさわしものを与えたまえ』」

 

 手を当てた龍太郎が薄く輝きだす。そしてしばらくすると、その光が龍太郎に吸い込まれるようにして消えていった。

 

「はい、これで終了です。坂上さん、ステータスプレートを見せていただけますか?」

 

 龍太郎は素直にステータスプレートを渡す。

 

 ==============================

 

 坂上龍太郎 17歳 男 レベル:73

 天職:拳士

 

 筋力:830

 体力:830

 耐性:690

 敏捷:550

 魔力:280

 魔耐:280

 

 技能:格闘術[+身体強化][+部分強化][+集中強化][+浸透破壊]・縮地・物理耐性[+金剛]・全属性耐性・闘気変換・言語理解

 

 ==============================

 

「どうやらこの闘気変換というのが新しい技能のようですね」

「それはいいけどよ。これどういう技能なんだ?」

 

 今までクラスメイトはほぼ全ての技能を騎士達ないし、教会の関係者などから教わっていた。例外は雫の魔力操作と光輝の覇潰くらいだろう。だがこの技能は今まで見たことも聞いたこともない技能だった。

 

 

「少々お待ちを……どうやら魔力をより肉体強化に適している闘気というものに変換する技能のようですね」

「つまり今より強化できるようになるってわけだな。で、詠唱は? 魔法陣はなんだ?」

「えっ?」

「えっ?」

 

 神父と龍太郎が固まる。そして動き出した神父が技能の書を急いで読み始める。

 

「えーと、そのー、どうやらこれは本来魔物が備えている技能らしく、詠唱も魔法陣もないようです」

「はぁあ!? ちょっと待てよ。じゃあ使えないゴミ技能じゃねーか」

 

 あわあわ慌てだす神父を横目に、蓮弥はちょうどいいと龍太郎に近づく。

 

「いや、ちょうどいい。坂上。俺がその問題を解決してやる」

「本当か?」

「ああ、ちょうどいい方法があるんだ」

 

 蓮弥は龍太郎の背後に周り背中に手を付く。そして、以前ユナに教わったようにゆっくり魔力を流していく。

 

「うおおぃ、なんだこの感触、気色わりぃな」

「我慢しろ。そしてこの感覚を覚えろ。今感じているものが、魔力だ」

「魔力? これが? 肉体強化の魔法を使ってもこんなのは感じなかったぜ」

「少し静かにしろ。けっこう気を使ってるんだ」

 

 

 なにしろ思いっきり流すと龍太郎が内側から破裂するかもしれない。蓮弥は小川を流れる水をイメージしてゆっくり魔力を流していく。

 

「……ふう、多分終わったぞ。ステータスプレートを見てみろよ」

 

 もう一度ステータスプレートを見る龍太郎。そこには魔力操作の技能が追加されていた。

 

「魔力操作?」

「? 藤澤さん、その技能はまさか……」

「そうだ。本来魔物しか備えていないはずの魔力を直接操るための技能だよ」

 

 

 ブルックの町でユナが暴漢に襲われた際に、その暴漢の男(元)が使った魔法を見て疑問を持ったことがきっかけだった。

 

 

 ユナ曰く、この世界の魔法体系はおかしいらしい。

 

 

 本来、ユナの使う聖術なり悪魔の力を借りた魔術なりを使う際には魔力を用いるので一番最初に魔力を操る術を学ぶのが普通だという。これは常識らしく記憶がないユナでさえ知っていることだった。

 

 

 魔力を操る術を生まれた時から備えているのは稀でむしろ、後天的に目覚めさせるのが大半なのだとか。そのやり方も、宗派によって違いはあれど基本的なところは変わらない。

 

 

 なのにこの世界では少なくともユナにとって基本であるはずの魔力操作ができるのは魔物のみであるとされ、稀に生まれてくる魔力操作持ちは異端扱いされている。これでは魔法の発展が大いに遅れてしまうというのがユナの見解だった。

 

 

 蓮弥もユナの説明に納得した。確かにそう言われてみれば、まるで魔法技術の発展を遅らせるために魔力操作を禁じているように見えてくる。

 

 

 というわけで蓮弥は魔力操作の開花させるやり方をユナから教わったのでそれを実践しているのである。龍太郎で二人目だが、なかなかうまくいったのではないだろうか。

 

 

 もちろんこの技能を持っていることがばれたら異端扱いされかねないのでだれかれ構わずやってはいない。魔力操作に目覚めると言っても先天的に操作できるものより資質で劣る場合が多いらしく、伸ばすためには地道な訓練が必要なので即効性に乏しい。いきなり劇的に強くなれる魔法の技能ではないのである。

 

 

 だが、龍太郎の場合、先ほど目覚めた闘気変換と組み合わせたらそれなりになるかもしれない。

 

「だからあとは地道な訓練だな。そういうのは得意だろ、お前」

「おう、……藤澤、それに神父さんも俺のわがままを聞いてくれてサンキューな」

 

 そういって頭を下げる龍太郎。こういうところで礼を言えるのがこの男の良いところだろう。

 

「いえいえ、渡した技能が役立たずで終わらずに済んでよかったですよ。……どうやらもうしばらく、この書を使うのは待ったほうがいいみたいですね。もっとよく調べなくては」

「それにしてもいいのか神父さん? 魔力操作持ちを見逃して」

「私は気にしませんよ。……ただし、人によっては異端の証だという信者の方もいらっしゃるので、ステータスプレートを誰かに見せる際には隠すことをお勧めいたします」

 

 どうやら中々話のわかる神父のようである。

 

 

 用事を済ませた蓮弥は、いよいよ挑む大迷宮へ向けて最後の準備を始めた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 そして蓮弥と雫は神山の地下、技能の書が収められていた禁忌庫まで来ていた。途中例の悪霊がまた出るんじゃないかと心配した蓮弥達だったが、どうやら今回は遭遇せずにすんだらしい。

 

「それで、この試しの門とやらが、大迷宮の入口なの?」

「ああ、門の上に解放者のマークがついているから間違いない。たぶんここで信仰に迷いのある人間だけを通すようになっているんだろうな。これで解放者は同士になりえる人たちを募っていたんだと思う」

 

 この試しの門の真の目的は、揺るぎない信仰心を持つかどうかを試すのではなく、むしろその逆。信仰心に迷いのある者の中で自らの意思を継ぐ人材を見つけるために作ったのだろうと予想する。

 

「つまり、この奥に……」

「真の大迷宮が広がってるはずだ」

 

 いざ入ろうとしたところで蓮弥は雫を見る。その視線に気づいた雫は蓮弥を見返す。

 

「何? まさか今更帰れなんていうつもりじゃないでしょうね」

「いや、違うよ。……ちょっと待ってろ」

 

 蓮弥は宝物庫を探り出す。そこに以前ユナとブルックの町を回った際に見つけたものを取り出す。

 

「これをお前に……」

「これ……髪留め?」

 

 蓮弥が取り出したものは雫型の宝石がついた髪留めだった。

 

「ブルックっていう町に寄った際に露店で見つけたんだ。それにはユナに頼んで魔力を通せば俺の元へ転移できるよう聖術の付与を行ってもらってる。……おまえには心配かけたからな。これで少しでも不安が消えてくれるならいいと思ってるよ」

 

 雫はしばらくそれをぼーと見つめていたが、徐々に顔に笑顔が広がっていく。

 

「……うれしい……ありがとう、蓮弥。……絶対大切にするから」

 

 嬉しそうに言った雫は早速今つけている髪留めを外して、蓮弥から送られた髪留めをつける。

 

「似合ってるぞ」

「ありがとう」

 

そのやりとりに少しだけ照れ臭くなった蓮弥は話を大迷宮へと戻す。

 

「さて、……覚悟はいいか雫。真の大迷宮の試練はオルクス表層より確実に手ごわいと思う」

「うん、覚悟はできてる」

 

 

 門の前に立つ蓮弥と雫。中を開くと闇が広がっていた。一見すると恐ろしいが二人の間に恐怖はない。きっと二人でならどんな試練でも乗り越えられると信じている。

 

 

そして、蓮弥は改めて決意する。この大迷宮を攻略し、必ずユナを取り戻すと。

 

 

 覚悟を決めた二人は、門の中への一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 ひた、ひた、ひた。

 

 二人の後ろをつける、何もないはずのところに響く足音に気づかぬままに。




>そろそろ始まる魔力操作のバーゲンセール
ただしバーゲンセールの名前通り、一部の例外を除き、先天的に魔力操作できるものの方が上手く魔力を使えるという設定。よってユエ達が割りを食うことはないはず。

>龍太郎プチ強化
闘気というのはハンターの念みたいなことができるようになる感じです。修練なしではあまり凄いことはできないが、ストイックに鍛えれば鍛えるほど強力になるタイプのスキル。

次回はバーン大迷宮です。

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