ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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フレイヤとの最終決戦。

同時に第四章ラスボス戦も終了です。

後四章はエピローグだけになるはず。


聖戦の結末

 蓮弥がまず感じたのは、思ってたより意識がはっきりしているということだった。あれほどの激情を受け入れたにも関わらず、蓮弥の心は静かだった。ただ、ただ静かに、目の前に立つ女に対する殺意のみが湧き上がってくる。そしてそのすべてを右手に持つ大剣に凝縮させる。

 

 

 湧き上がる狂気を凶器に。

 

 

 蓮弥は大剣を横に構える。

 

 

 許さない。許さない。俺はお前を絶対に認めない。

 

 

 その想いと共に、フレイヤに無造作に(超高速で)接近し。

 

 

 剣を横に振り切った。

 

「ッ!?」

 

 フレイヤは防御するのではなく、大げさに避けることで対処してきた。どうやら彼女にもこれを喰らうのはまずいとわかったらしい。

 

「あんた……なによその剣」

「決まってるだろ……お前を殺すための武器だよ」

 

 フレイヤの質問に当然のように答える。この剣はお前らのような者達を殺すためにあるんだから。

 

「ッ!」

 

 フレイヤは本能的に蓮弥の剣から遠ざかるために距離を取ることを選択する。

 

「"五大精霊の龍王(エレメンタルドラゴン)"」

 

 フレイヤが五体の龍を召喚する。

 

 火、水、土、雷、風。

 

 それらの属性を纏った龍が概念魔法の後押しを受けて視界を覆うほどの巨大さでもって蓮弥を囲むようにして襲いかかる。

 

 

 まずは炎龍が三千度にも及ぶ高温のブレスを放つ。フレイヤの概念魔法により強化されたその炎は蓮弥にまっすぐ向かい焼き尽くそうとするが、蓮弥は剣で斬り払い軽く消滅させる。

 

 

 その隙に後ろから襲いかかってきた金属をも潰す超高水圧の水龍の中に、あえて飛び込み内側から真っ二つに両断する。

 

 

 飛び出した勢いを利用して土龍の上に飛び乗り、剣で切り裂きつつも、その先にいる雷龍の元へ向かう。雷龍が放つ空間を覆い尽くす極大の雷を避けつつも接近し、その首を切り落とす。

 

 

 火龍と、風龍が融合し、麓の森を焼き尽くして余りある巨大な炎の大竜巻となって蓮弥を襲う。かつて蓮弥に対してハジメが使った焼夷手榴弾の地獄を超える超高圧高温の火炎地獄を蓮弥は回転しながら大剣を振るうだけで、かき消すことに成功する。

 

「なるほどね。私たちの使う分解魔法の上位互換と言ったところかしら。だったらッ!」

 

 フレイヤは蓮弥が五龍の対処をしている間に用意した大量の魔法陣、その数一万。

 

 それらの砲身が一斉に蓮弥の方を向けられ……

 

「見たところその剣で斬らないといけないみたいだし、これだけの数を捌けるかしら?」

 

 一斉に放たれた。

 

 

 その色とりどりの魔法の流星群は、概念魔法の付与により強化されており、喰らえば蓮弥でも跡形も残らない破壊力を誇っている。その魔法群に対して蓮弥は……

 

「……面倒だな。()()()()()()()

 

 フレイヤは言った、蓮弥の剣は自身の分解魔法の上位互換だと。笑わせてくれる。そんなものと比べないでほしい。なぜならこの神滅剣で斬れるものはそんなちっぽけなものじゃない。蓮弥はその魔法群の前に飛び出し、一番先頭に来ていた魔法を斬る。

 

 

 世界が割れる音と共に、蓮弥に迫っていた一万の魔法群が、跡形もなく消滅する。

 

「……はぁっ?」

 

 思わずフレイヤが間抜けな声を出してしまったのも無理はない。あれだけ大規模な魔法が同等規模の力で相殺されたのならともかく、なぜ一斉に溶けるみたいにして消えるというのか。

 

「……冗談じゃないわよ、無茶苦茶じゃない!?」

 

 フレイヤが自身に起きたことを再度確認し、藤澤蓮弥があの一瞬で何をやったのか悟った。

 

 

 蓮弥の渇望は神殺し。人に理不尽を与える存在(神様や異能)を認めない。この神への叛逆を基盤とした彼の渇望は、何も神やそれらの使いに対して特攻の攻撃力を発揮するだけに留まらない。

 

 彼の渇望はこの世界を構成する『概念』を破壊する。

 

 つまり彼が先ほど行ったのは、蓮弥に迫っていた『魔法』と言う名の概念を斬ったのだ。

 

 例えば『フレイヤの魔法』という概念を斬れば、発動中の彼女の魔法全てを一度に消滅させることができる。つまり……彼に対して、同位階以外の魔法での攻撃は効かない。

 

「そろそろ終わらせるぞ」

 

 蓮弥がフレイヤに迫る。覇道型ゆえに身体能力自体は超強化されているとはいえないが、それでも以前とは比較にならない速度でフレイヤに迫る。

 

「ふざけんじゃないわよ。こんな……」

 

 フレイヤも理解したようだ。これに斬られたら最後、自動再生を持とうが関係なく滅ぼされると。

 

 

 逃げるようにフレイヤは金羽の弾丸を一万単位で放ってくるが、今度はその『金羽の弾丸』の概念を破壊することで全て一瞬で消滅させる。

 

 

 蓮弥はフレイヤの目前まで迫る。フレイヤは自身の概念魔法の形である巨大な大天使の砲撃を放つが、砲撃を真っ二つに切り裂きながら、蓮弥はフレイヤに迫り続ける。

 

 

 そしてフレイヤの眼前にまで辿り着いた蓮弥は、フレイヤに向けて大剣を振り被り、無表情で剣を振り下ろした。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ああ──

 

 

 ここまでなのか──

 

 

 フレイヤは眼前に迫る刃をどこか他人事のように見ていた。自身に迫る死に対して、彼女に後悔はないはずだ。

 

 

 死闘の果てに、藤澤蓮弥の全力の力で斬られて負けるのなら本望だ。少なくともフレイヤは戦う前にはそう思っていたし、それは今も変わらない。

 

 

 だが……

 

 

 フレイヤは何か違和感を覚える。何かに納得していない。この胸に燻る何かは何なのだろう。

 

 

 そしてフレイヤは自身に迫る死の気配より先に──

 

 

 藤澤蓮弥の目を見た。

 

 

 ドクン

 

 

 許せないものがある。憎いものがある。その目はどこまでも冷たい怒りに満ちていた。

 

 

 それはいい。許せないものがあるということはフレイヤにも理解できるし、その感情は否定しない。

 

 

 だが藤澤蓮弥はフレイヤを見てはいなかった。

 

 

 あの目を知っている。低性能の量産型がフレイヤを失敗作だと蔑む目だ。

 

 

 あの目を知っている。フレイヤに失望した神エヒトがフレイヤに対して、何もするなと命令した時の目だ。

 

 

 自分を見る目に熱が籠っていない。フレイヤをゴミ屑だと蔑み、排斥してきたもの達と同じ目をしていた。

 

 

 

 ──やめろ──

 

 

 ドクン

 

 

 自分がなぜここまで藤澤蓮弥にこだわるのか。

 

 

 思い返してみれば初めてだったのだ。主より何もするなと言われた三百年間、文字通り何もしなかったフレイヤに向けて怒り()を向けてきたものは。

 

 

 初めてだったのだ。フレイヤが怒りと憎しみだったとはいえ、あれほど何かに怒り()を向けたのは。そんな彼が私になど目もくれず、どこか遠くにその感情を向けている。自身はそれに関わるただの虫のような扱いだった。

 

 

 

 ──許さない、許さない、それだけは認めない──

 

 

 何かに亀裂が入る。

 

 

 ──私があなたにとって、取るに足らない存在だなんて、絶対に認めない──

 

 

 亀裂は大きく広がり……

 

 

 ──よりによってお前が、あなたが、私をそんな目で──

 

 

 何かが音を立てて崩壊した。

 

 

「見るなアアアアアアア──ッ!」

 

 

 フレイヤの悲鳴と共に、彼女の渇望が膨れ上がり、爆発した。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

「なっ! ぐっ、ガァァァァァ──ッ!」

 

 フレイヤに止めを刺す瞬間。蓮弥は膨れ上がった魔力の衝撃で弾き飛ばされた。

 

 

 数十メートル吹き飛ばされたところで、蓮弥は空中で静止する。

 

 

 そして同時に、蓮弥の頭が急速に冷えていくのがわかった。

 

 

『蓮弥ッ!』

「ユナ?」

 

 蓮弥の元にユナの声が届く。

 

「俺は、一体……」

 

 

 記憶がないわけじゃない。フレイヤの攻撃をかわし、時には魔法という概念を刹那の間破壊したりなどして接近し、フレイヤに刃を突きつけたことまで鮮明に覚えている。

 

 

 だが、その際の自分の心が説明がつかない。まるで得体のしれないものに突き動かされていたような……

 

『おそらく蓮弥は自分の渇望に少しだけ飲まれていたんだと思います』

 

 どうやら自分はあの時若干正気を失っていたらしい。そして冷静になり思い返す。

 

 

 これが本物の怒りだと。

 

 これが本物の憎しみだと。

 

 それらを教えるように内側から染み込み、広がる激情に反して無くしていく表情。どうやら自分は本気で怒ると静かになるタイプらしい。どうでもいいことを今知った。

 

「これが……渇望……」

 

 狂気の祈りとはよく言ったものである。ミレディの時と同じだ。設定として知っているのと実際に体験するのでは天と地ほどにも違う。あの時、蓮弥はここにはいないどこぞの神への感情で頭の中が一色に染まっていた。その今まで生きてきて感じたこともない感情の激流を、蓮弥は制御することができなかったのだ。そして蓮弥は冷えた頭で前方のフレイヤを見る。

 

 

 彼女の姿は変化していた。背中に生える翼は一つ残らず闇色に変わる。背後にいる大天使も同じだ。その大天使の端正な顔立ちは憤怒と血涙で歪み、世界を破壊せんと呪いの叫びを上げ続ける。あの堕天使を見て神の使いだと信じるものは狂信者しかいないだろう。その変化と共にフレイヤの発する魔力が際限なく上昇し続ける。否、おそらくそれは副産物でしかないだろう。膨れ上がり続けているのは魔力ではない。

 

 

 彼女の『渇望』だ。

 

 

 どうやら蓮弥の行動の何かが、彼女の渇望の逆鱗に触れたらしい。

 

 

 フレイヤの手に巨大な大剣が出現する。まるで蓮弥の大剣と色違いのそれを構え……

 

「ああああああ──ッ!!」

 

 叫びと共に背中の闇色の羽をブースターにして、蓮弥に向かって切りかかる。

 

 

 当然、神滅剣で対抗した蓮弥だが、あろうことか、鍔迫り合いにまで持ち込まれてしまう。

 

「許さない! 認めない! 私はここにいるッ、私を見ろ藤澤蓮弥ぁぁ──ッ!」

 

 再び超高速の戦闘に突入する両者だが、神滅剣は相手の剣を破壊することはできない。

 

 

 彼の剣は刹那の間とはいえ、世界の概念、法則を破壊することができるが、そんな彼の創造でも破壊できないものは存在する。

 

 

 一つは上位概念。この世界に流れる正体不明の世界法則は破壊できない。他にも火や水、重力といった世界の根幹をなす概念も破壊したくはない。それらの概念が破壊されたとしても世界の修正力によって刹那の間に修復されるとはいえ、一瞬とはいえそれらの概念がなくなったとしたら世界に何が起きるかわからないからだ。

 

 

 そしてもう一つは蓮弥の創造と同じ位階にある力。すなわち概念魔法である。正確にいえば破壊できないわけではない。だが、同じ位階にある力である以上、蓮弥の渇望に自身の渇望をぶつけて、せめぎ合うことはできるのだ。

 

 

 もちろん相性というものは存在する。同等か少し上くらいの概念なら蓮弥の神滅剣で破壊することはできる。だがそれが拮抗しているということはつまり、フレイヤの渇望が蓮弥の渇望を大きく上回りつつあるということの証左だった。

 

 

「くっ、はあぁぁぁぁぁ──ッ!」

 

 蓮弥はクロスレンジでの死闘を演じなければならない。もう一方的な優位は存在しない。蓮弥とフレイヤは王都、神山周辺を破壊しながら、斬り結びつつも飛び回る。

 

 

 神の最高傑作として生まれたにも関わらず、自分より弱いもの達に蔑まれる立場に甘んじなければならなかった屈辱。神エヒトに失望されて何もするなと言われて以降、無視されてきたという空虚、そして蓮弥に対する愛憎によって生まれたフレイヤの概念魔法の概念、『絶対位階』は相手によって三つの分類に分かれる。

 

 

 一つは格下と相対した場合、フレイヤの攻撃を含むあらゆる干渉は必ず有効となり、フレイヤへのあらゆる干渉は必ず無効になる。

 

 

 フレイヤに対して、下克上や番狂わせは絶対に発生しない。相手の弱点をついた攻撃だろうと、生来の相性だろうと関係ない。位階において同等以上にならない限り、フレイヤと勝負の土俵に立つこともできない。

 

 

 もう一つは対等だと認めたものに対して、自分が劣っているとわかれば相手に合わせて自分も強くなるというものである。今回蓮弥に該当するのはこれになる。

 

 

 認めない。お前に、あなたにだけは蔑まれたくない。その想いがフレイヤを無尽蔵に強化していく。

 

 

 格上に相対した時の法則ももちろんあるが今はどうでもいい。重要なのは……

 

 

「こいつ、時間が経つにつれて強くなってッ!?」

 

 フレイヤの攻撃が鋭く、重く、速くなっていく。無論蓮弥を対等と認めているのならどこかで上昇限界はあるだろう。だがあまりに差が付き始めて、彼女の中のカテゴリにおいて蓮弥が格下だと認識されたら二度と勝てなくなる。

 

「させるかあぁぁぁ──ッ!!」

 

 フレイヤの剣を破壊する。その勢いでフレイヤを両断しようとするが、光の速度に近くなったフレイヤにより逃げられる。

 

 

 フレイヤの背後にいた三対六翼の堕天使が口元に強大な魔力を溜めている。今までとは比較にならないエネルギー量。

 

 おそらくこの角度で放たれれば、下のハイリヒ王国どころか、地層ごと抉り飛ばし、このトータスにライセン大峡谷とは別の新しい大峡谷が誕生するであろう威力。

 

 

 蓮弥は構える。ここまで来て逃げ道などない。ならやることは一つだけだ。

 

 

 もう一度渇望で上回ればいい。

 

 

 そもそも蓮弥の神殺しの渇望はどんどん神性を増していくフレイヤに対して有効であるはずなのだ。それなのに負け始めているということは渇望に差があるということ。

 

 

 ならもっと深く潜ればいい。激流に身を投げればいい。

 

 

 思い出せ。大切なものを守るために──

 

 

 あの時の苦痛と悲鳴を──

 

 

 あの時の絶望と空虚を──

 

 

 そしてあの時の怒りと憎しみを──

 

 

 そうすれば必ず勝てる。そうして再び神を滅する冷酷な機械に戻ろうとして──

 

 

『蓮弥……』

 

 彼女に、優しく抱きしめられた。

 

「ユナ?」

 

『一人で戦おうとしないでください。私はあなたの役に立ちたい。力になりたい。だから私の力を……使ってください』

「だけどそれは……」

 

 蓮弥は創造を使ってからユナからの術式補助を受けていない。蓮弥の渇望は神殺し。相手が神や神の眷属であればあるほどその力は増していく。

 

 

 蓮弥の創造は覇道型としては特殊だ。本来広範囲に広がり、世界に対してある種の自分固有の結界のように展開する覇道型であって、蓮弥のそれは剣の形で覇道が固定されている。その分密度が桁違いなのでほんの僅かとはいえ世界に特異点()をあけるなんて荒業ができてしまうが、覇道型のルールを逸脱するほどのものではない。

 

 

 すなわち、覇道型はそのルールの範疇に入ったものを区別しないということだ。それが敵であれ味方であれ、一度覇道の創造の領域に入ってしまえば自分のルールを強制してしまう。

 

 

 ならばもし、この世界の誰よりも、蓮弥が憎むあの女神に近い彼女が蓮弥の覇道に触れればどうなるのか。

 

 

 自身の渇望がユナを殺すかもしれない。そんな結末を蓮弥は望まない。

 

 

『大丈夫』

 

 

 だがユナは蓮弥を安心させるように微笑む。

 

『私と蓮弥が出会ったのは偶然じゃない。蓮弥のパートナーが我が師ではなく私であったことに必ず意味があるはずです。だからきっと大丈夫。離れ離れになったりしません』

 

 聖十字架に磔にされた救世主ではなく彼女がパートナーであった理由。ユナのその覚悟に、蓮弥もまた覚悟を決める。

 

「……わかった。俺と一緒に戦ってくれ、ユナ」

『はい』

 

 

 そしてユナは詠唱を始める。蓮弥は初めて見る。聖術の深奥を使う時のみ必要だと言っていたユナの祈りを。

 

輝ける、その剣こそは、未来に生まれしすべてのものが抱く栄光という尊き夢。今こそ私は、その手に握る奇跡を振るう──聖術(マギア)7章10節(7 : 10)……"王ノ聖剣"

 

 その力を蓮弥の大剣に付与する。

 

 

 蓮弥の創造は、何の抵抗もなくユナの力を受け入れ。空に伸びる巨大な光の斬艦刀として顕現する。

 

 

 神への叛逆が根底にある蓮弥の渇望に、世界でただ一人、ユナだけは神格でありながら影響を受けない。

 

 

 なぜなら彼女こそが、神の手から神の子を解放せんがために立ち上がった、神への叛逆者の人類代表(イスカリオテのユダ)だから。

 

 

 その魂の色は蓮弥と同じ方向を向いている。だからこそ彼女は例外足り得る。そのことを蓮弥は理解した。

 

 

「なによ。あんたの概念は神を殺すんじゃなかったの? その女は例外ってわけ?」

「あたりまえだろ。お前とユナを比べるなよ」

 

 おそらくこれが最後の一撃、この一撃の後には勝者は一人しか許されない。

 

「いいわッ。ならその女は跡形もなく消してあげるッ。()()()()()()()()()()()()()()。これであなたは、永遠に私の物よッ!」

「勝手に物扱いしてんじゃねーよ。……これで終わりだッ!」

 

 

堕落せし至上の大天使の制裁(プリームス・ルシフェリア・シュトラーフェ)ッ!

王ノ聖神滅剣(バシレウス・グラディトロア)ッ!

 

 

 二人が同時に砲撃と斬撃を放ち、その膨大なエネルギーが両者の中間で激突する。

 

 

「くぅぅぅぅ、あああああああああ──ッ!!」

「おおおおお、はああああああああ──ッ!!」

 

 

 激突する強大な魔力と魔力、歪む次元、吹き荒れる磁気嵐。

 

 まさにトータス史の中でもこれほど巨大な魔力がぶつかったことなどなかったであろう超魔力。

 

 もし蓮弥が負ければ、ハイリヒ王国は消滅し、トータスに二つ目の大峡谷が誕生する。

 

 故に蓮弥に残された道は必勝のみ。

 

 

 そしてその拮抗は徐々に傾いていく。

 

 

 蓮弥の方向に。

 

「ぐぅぅぅ、このぉおおおおおお!!」

 

 フレイヤが徐々に押し込まれていく。

 

 これは当たりまえの話だ。子供にもわかる単純な足し算である。

 

 一人より二人の方が強い。

 

 

『「はああああああああ!!」』

 

 

 蓮弥とユナがシンクロ率を高めていく。

 

 

 このまま押し斬る。蓮弥が最後の止めを刺すべく動いたその時。

 

 

 蓮弥の身にあり得ないことが起きた。

 

 

「なっ、ぐっ、力がっ……」

『これは……どこかから蓮弥に干渉ッ! 駄目です。対処してる余裕が……』

 

 

 蓮弥とユナの身体に負荷がかかりはじめる。体から魔力が抜けていく感覚。これは……

 

「あの、狂信者(ゴミクズ)共がぁぁ──ッ!」

 

 蓮弥の予感は的中している。今聖教教会総本山にいるイシュタル達は、“本当の神の使徒”たるフレイヤの援護をすべく“覇堕の聖歌”という魔法を蓮弥に向けて行使しているのだ。これは、相対する敵を拘束しつつ衰弱させていくという凶悪な魔法で、司祭複数人による合唱という形で歌い続ける間だけ発動するという変則的な魔法だ。本来蓮弥に影響を及ぼすレベルの魔法ではないのだが、フレイヤに対する祈りという繋がりにより、フレイヤの概念魔法の影響を受けてさらに凶悪になっている。

 

 

 正気の沙汰ではない。今蓮弥が負ければハイリヒ王国が、トータスがどうなるかなんて微塵も考えてない。まさに神に心酔する者の狂気の成せる技だった。

 

「余計なことを。この戦いが終わったら、そのキモイ顔を二度と私に向けられないよう皆殺しにしてやるわ」

 

 恍惚とした表情で、地上からフレイヤを見つめているイシュタルに、援護を受けているフレイヤは心底気持ち悪いと嫌悪感を隠そうともしていない。

 

 だがこれで天秤の傾きはフレイヤに倒れた。

 

 イシュタルの思わぬ行動により危機に陥った蓮弥は己の魔力を、渇望を絞り出して対抗する。

 

「哀れよね、藤澤蓮弥。よりによって守るべき同族である人間の手で負けることになるなんて。やっぱり人間なんて出来損ないの醜い生き物なのよ。いっそ絶滅させたほうがいいんじゃないかしら」

 

 余裕を取り戻したフレイヤが蓮弥に向けて憐憫の感情を向ける。よりによって同族の裏切りで敗北するのだから。蓮弥は対抗するが徐々に押し込まれていく。

 

 

 蓮弥とユナは共に力を振り絞るが届かない。

 

 人類の運命をかけた天秤は、堕天の使徒の方へ急速に傾いた。

 

 

 

 

 

 

『それは違うわ、フレイヤ。あなたが思うほど人間はそこまでバカばっかりじゃない』

 

 

 

 だが、彼の危機を放置するはずがない者が、ユナ以外にもう一人いる。

 

 

『忘れないで蓮弥。あなたの力になりたいと思っているのは、その子だけじゃない』

 

 

 透き通るような綺麗な声が蓮弥の元に届けられる。

 

「雫?」

 

 雫の声が届くのと同時に、下にある王国に一つの声が響き渡る。

 

『ハイリヒ王国全国民に告げます。私はリリアーナ・S・B・ハイリヒ。私はこの国の王女として民に問います。あなたの目にはどちらが敵で、どちらが味方に映っていますか? 一体どちらが私達の未来を守るために戦っているのか。よく見て、よく考えてください。私達にできることはないのかもしれません。ですが勝利のために祈ることはできます。親愛なる我が民達よ。あなた達が正しい選択をすることを、私は信じています』

 

 

 その放送はハイリヒ王国中に流れる。そしてその放送を聞いたハイリヒ王国の民達は、答えを見つけ祈りを捧げていく。人間はそんなにバカばかりではない。エヒト教の信者であろうと、今どちらに祈らなければならないのかなど明白だった。

 

 

 とはいえ、所詮祈りは祈り。蓮弥の状態異常は変わらないし、それだけでは蓮弥の危機は変わらない。だからこそまずは彼らの意志を束ねるため、一心に祈りを捧げる者達に向けて雫は印を結ぶ。

 

 

 今ここに、神代の神秘により資格を得た、盧生にのみ許された希望に繋がる究極域の夢がここに顕象する。

 

 

眷属の許可を与える

 

 

 雫を親機、王都の民を子機として接続し、その祈りを雫は自身に集約させる。それと同時に、眷属を利用して自身の夢界深度を深くすることで、そこから引き出す力を増幅させる。

 

 

 盧生として覚醒していない。そもそも本来の想定されている眷属の仕様とは違う使い方をしているにも関わらず、流れてくる数万単位の人の意思を受けてなお、雫が正気を持って立っていられるのは、その想いが雫にとって抵抗なく受け入れられる純粋なものだったからだ。

 

 

 ──蓮弥に勝利を──

 

 

 その(あまた)(いのり)を束ねた彼女の、蓮弥に向けた想いの声が響く。

 

 

君により 思ひならひぬ世の中の 人はこれをや恋といふらむ

 

 届いてほしい。雫が蓮弥に向けて想いを発露する。

 

「ありがとう、雫。約束する……俺はもう、お前の想いから逃げたりしない」

 

 まだどんな形に収まるかわからない。だが今まで避け続けた雫の想いと、きちんと向き合うことを蓮弥は誓う。その時、今まですれ違ってきた両者の協力強制は成立した(想いは通じ合った)

 

 

──急段・顕象──

 

水天日光天照八咫鏡

 

 

 蓮弥に雫の想いの力と束ねられた民の力が流れ込んでくる。本来であれば条件が緩すぎてそれほど力を発揮するものではない突発の急段だが、今王都の民の心は一つの強い想いで一致している。死の間際故の一時的な意思の一致なのかもしれない。けれどもその揺るぎない統一された意思はそれ故に強力な力を発揮する。

 

 

 蓮弥の創造はこの力を拒絶しない。なぜならこれは神の力ではなく人々の純粋な祈りの結晶。壊れる要因などどこにもない。

 

 

 そして蓮弥を支える二人の少女の祈りを受けて、蓮弥の創造が真の完成を迎える。

 

 

 蓮弥が彼女達を守り、彼女達が蓮弥を守る限り、もう二度と蓮弥は渇望に飲まれることはない。蓮弥の創造が自らを縛る醜き狂信者の鎖を引きちぎりながら、その神滅の渇望の純度を増幅させる。

 

 

 蓮弥の聖神滅剣が勢いを増し、両者の間で再び拮抗する天秤、否……

 

 

「そんな……たかがそこらの雑魚の力が加わっただけでッ……」

「……どうだフレイヤ。二人ともいい女だろ。……お前俺を自分のものにするとか言ってたけどな」

 

 ユナの、雫の、王都の民の力が宿る蓮弥に天秤が急激に傾きだす。

 

「まずはユナと雫くらい、いい女になってから出直してこい!」

 

 

 蓮弥の斬撃が堕天使の頭部と神山の大聖堂を神山の上部ごと消し飛ばす。そしてそのまま蓮弥は神滅剣を振り下ろし……

 

 

 

 フレイヤを一刀両断した。

 

 

(ここで終わり?) 

 

(だけどッ、だけど私はま……だ……)

 

 

 その想いを形にすることなくフレイヤは極光の中に消える。

 

 

 もうすぐ日が昇る。この一撃にて長い長い一夜が終局を迎えたのだった。

 

 




>女神転生・神滅の剣(アトラス・グラディトロア)
蓮弥の創造は覇道型の中でも特殊で外に広がらずに剣の形に圧縮されている。

能力は概念破壊能力。世界を構成する基本となる概念に近くなればなるほど世界から流れ出ている法則により修復されやすくなるが、根源から遠い、末端の概念、つまり具体的なものを斬れば永遠に破壊できる。もちろんこの世界を覆う世界法則は創造では破壊できない。

例1:重力という概念を破壊しても一瞬で世界法則が修復するが、重力魔法という概念を破壊すると修復するのに時間がかかる。その間は世界中で重力魔法使用不可能。たぶん数秒間。

例2:人間という概念を破壊しても世界法則が修復するが、天之河光輝という人間個人の概念を破壊したらいかなる方法でも復活しない。彼が最初からいなかったという状況に世界が勝手に作り変わる。

ただし蓮弥の渇望には、避けられないある大きな矛盾を抱えているため、蓮弥の対峙する相手次第で大きく力が増減する。神に近ければ近いほど力は増大するが、逆なら弱くなる。フレイヤ相手の場合は最高の7

例外として神性が高くても神への反逆者の属性を持っているものは効かないか効果が軽減される。

ユナは神への叛逆者の人類代表なので蓮弥の渇望に触れても平気。
イメージは蓮とマリィの関係の逆。
(神にすら通じる触れたものの首を落とす呪いを宿すマリィに対して、歴史ある家の首切り役人の魂を持つ蓮は例外的にマリィに触れることができる)

詳細は設定集に書く予定。


>聖術7章10節……王ノ聖剣(マギア7の10……おうのせいけん)
元ネタはもちろん約束された勝利の剣。まんまですね。
ユナにとっては未来に現れる聖剣。

>水天日光天照八咫鏡(すいてんにっこうあまてらすやたかがみ)
雫の急段(仮)
詠唱は在原業平、公開ラブレターその1
元ネタはキャス狐の宝具


これも詳細は設定集にて。

次回は第四章エピローグの予定です。

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