雫をヒロインにしている身としては、彼女の活躍に期待したいです。
蓮弥達が、王都を旅立って数日後。
王宮の騎士団の詰め所の自身の部屋にて、ハイリヒ王国王国騎士団団長のメルド・ロギンスは、ある事象に対して調査を任せていた副官の報告を待っていた。
「団長」
メルドが面を上げると、そこには自身が信頼を置く副官の一人であるホセ・ランカイドが扉を開けて団長室の中に入ってくるところだった。
「それで、調査結果はどうだった?」
「はい、団長の懸念が当たりました。……兵士長を含めて、隊長格の約半数に同様の症状がみられました」
「くそッ、やっぱりか」
今現在、メルドは兵士の間で流行っているという病について調査を行っていた。
あの大事件からまだ数日。奇跡的に人的被害はほとんどなかったとはいえ、まだ各所に混乱が見られる時期。メルドはだからこそ、今の内にこの件について原因究明するべきだと直感的に察していた。というのも……
「しかし、団長。……我々の中に人族を裏切ったものがいるというのは本当なのですか?」
ホセは信じられないという表情を浮かべながら、遠慮がちにメルドに聞く。
「……お前は先の事件の顛末を聞いているな」
「………………はい」
「悪神の使徒とやらが裏で動き回っていたのは確実なんだ。ならこの事態も無関係じゃねぇ」
先の事件の顛末。それは未だ王国の中でも一部の者にしか伝えられていない。それもそのはずだ。藤澤蓮弥の証言から、人族の守護者であるはずの神エヒトが悪神だという情報がもたらされたのだ。もちろんそれを言われた当初はメルドとてそう簡単に信じられはしなかった。だが、あの凶相に歪む堕天使、それを光悦とした目で見る聖教教会教皇を含む上層部。そして彼らがやった一連の出来事を冷静に判断すれば、その話は信憑性があると言わざるを得なかった。もちろん全員に言ったところで混乱を招くだけなのはわかりきっているので、今現在、その事実はごく一部の人間にしか知らされていない。
裏で得体のしれないものが動いていたとしたら、間違いなくこの病も無関係じゃないという直感が働いていた。そしてメルドの知る限り、この件で神の使徒とやらが動き回っていた様子はない。被害の規模と痕跡の無さから間違いなく内通者を代わりに動かしていたと考えるのが自然だろう。
「それに、もしかしたら場合によっては……」
「団長?」
メルドは一旦思考からその考えを外す。裏切り者が自分達ではないという可能性について。
「上に連絡は入れなくてもよろしいのですか?」
「エリヒド国王陛下が崩御された今、ハイリヒ王国にはトップがいない状態だ。ただでさえ不安定なところに、内部に人族の裏切り者がいるという報告はおいそれとできない。それをやるなら確固たる証拠を掴んでからだ。ホセ、闇属性の魔法に精通している者を集めろ。病の正体を探らせ、対抗策を用意させるんだ。あとは王宮の宝物庫の中に使えそうなアーティファクトがあるなら管理部に使用許可の申請を出せ」
「了解です。光輝君達には伝えるのですか」
「……それは俺が対応する。場合によっては覚悟を決めなくちゃいけないだろうしな……あとホセ……」
そのメルドの顔には、できれば外れていてほしいという思いがにじみ出ていた。
~~~~~~~~~~~~~~
メルドは今、自室を出て王宮の廊下を歩いていた。本来ならこんな時間に何をしていると怪しまれるかもしれないが、現在王宮は事件の後始末と今後のことで二十四時間フル稼働状態だ。メルドとて本来は忙しい立場の人間なのだが、騎士団の被害が軽微だったことで、他の部署よりいち早く普段の業務に戻ることができていた。
それにしてもこの中に裏切り者がいるというのが肝が冷える。メルドもここから去る前の蓮弥から話を聞く機会があったのだが、使徒の使う魔法の中で耐性のない人間なら簡単に人を洗脳することのできるものがあるらしい。そんなものを使われたら、気心知れた仲であろうと信じることはできなくなる。
(無関係と言えるとすれば、ついさっき到着したばかりの愛子のパーティだな)
先ほど到着して、さっそく女神愛子様伝説の洗礼を受けていた愛子を思い出し苦笑する。まさか異世界から来た人間が今や現人神とは。愛子はしきりに蓮弥に対して文句を言いつつも、事態の危急さを理解したのか、自分の名前が王都の民を守ることに繋がるならと快く自らの名を使うことを許可した。本当に小さい体に見合わぬ器と度胸を持ち合わせている。
今や重要人物の愛子こそ一番危険だと思われるが、蓮弥は去り際に鈴に対して、愛子に渡してほしいといくつかアーティファクトらしきものを渡していたのでおそらく大丈夫だろう。本当に光輝と同年代なのか疑わしくなるほど冷静な考えができる蓮弥のことだ。その点抜かりはないだろう。
そう、もはや神の使徒とされる生徒でさえ手放しには信用できないのだ。なぜならメルドの予想では……
次の瞬間、メルドは心臓を握りつぶされるような戦慄を味わった。
「メルドだんちょ……」
周りの誰が敵かわからない状態であるこの王宮で、周囲の索敵を怠った覚えはない。にも拘わらずその索敵を無視して、いきなり自身の警戒領域の内側に出現した気配に……
「ゼアッ!!」
「うぉおお!!」
メルドは騎士剣を抜刀し、その何者かに向けて全力で剣を振るった。
金属と金属がぶつかりあう音が聞こえる。一撃目は防がれた。なら次の一撃で……
「待った待ったタイム、タイムですメルド団長。俺です、遠藤浩介です」
「なに?」
ホールドアップの姿勢でこちらに目線を向けているのは……
「こ、浩介?」
それは前線組永山パーティの斥候役にして、クラスの影の実力者として知られている男──遠藤浩介だった。
「団長。警戒するのはわかりますけど、流石にそれはないと思いません?」
未だホールドアップの姿勢を崩さない浩介に対して、メルドは慌てて騎士剣を腰に収める。そして思いだす。そういえばこいつなら自身の内側に入れても仕方ないかもしれないと。
遠藤浩介。天職は暗殺者であり、パラメータこそ神の使徒の中では平均的だが、その天性の影の薄さを利用し、今までも地味に、非常に地味にクラスに貢献してきた男だ。彼らのパーティで誰が殺したかわからない魔物の死体が出たら、それは遠藤マジックだという認識で皆一致している。
「い、いや、すまん。いきなり背後に立たれるからつい、な」
本当はこの遠藤すら敵である可能性があるのだが、今回に限って言えば浩介は白だと言っていいと思っていた。なぜなら……
もし彼が敵なら、今頃自分はとっくに殺されている。
「ついで殺されかけたらたまりませんよ。自分、ただでさえ流れ弾とか気を付けなければならないのに」
「それより浩介。お前こんな時間に何してるんだ」
今は夜。もう訓練はとっくに終わっている時間であり、事件のこともあり、神の使徒達には外出は控えてもらう時間だ。自分も人のことは言えないが、やっぱり気になってしまう。
「ちょっと散歩に……と言いたいところですけど、部屋で寝てたのに晩飯になっても誰も起こしに来てくれなかったというのが真実です」
「そ、そうか」
「こんなこともあろうかと……というか頻繁にあるんで保存食をあちこちに隠してあるんで助かりましたけど。……それより団長こそ何でこんなところに?」
生活の知恵か、意外と抜け目ないところを見せた浩介が今度はメルドに質問する。
「ちょっとこれからのお前達の訓練について考え込んでいてな。ハジメや蓮弥に相当後れを取っているとわかったから、これからお前らがあいつらに追い付けるようにと訓練メニューをだな……」
「ちょッ!? マジ勘弁してくださいよ。自分、今でも結構いっぱいいっぱいなんですから、あんな化物たちと比較しないでほしいですよマジで」
「なに、為せば成るだ。やる前からあきらめていたらいかんぞ」
メルドはあえておどけて言って見せる。浩介は暗殺者の天職を持っているからか、それともその影の薄さゆえか、周りを観察する技能に長けている。もしかしたらこちらの事情に気づかれるかもしれない。
「ここら辺も今は物騒なんだ。できるだけ早く自室で寝るように心がけろよ」
「うっす、大丈夫。俺、かくれんぼには自信があるんで。おやすみなさい、団長」
そして自室の方に足を向ける浩介。数歩進むだけで気配が闇に溶けて消える。……本当に恐ろしい技能である。メルドは心底、浩介が敵でなくて良かったと安堵した。
そしてメルドは今王宮を騒がしている問題について考え始める。
自身を見つめる視線には気づかないまま。
~~~~~~~~~~~~~~
メルドは自室に戻り、物思いにふけっていた。自身の取り越し苦労だったらいい。だがもしも……
そこまで考えたところで、不意に部屋の扉がノックされる。
「……誰だ?」
「……あの、メルド団長。俺です、檜山です」
それは勇者パーティの一員である。檜山大介だった。
「……こんな時間にどうしたんだ?」
「その、俺……どうしても、メルド団長に相談したいことがあって」
「そうか……入れ」
檜山大介は蓮弥とハジメが帰還したその日以降、今まで以上におとなしくなっていた。どうやら相当脅されたのが効いたのか、部屋の中でじっとしていることが増えた生徒の一人だ。
「それで、こんな時間に相談ってのはなんだ?」
それでも檜山は顔を上げない。何かに怯えているようにも見えるし、何か焦っているようにも見える。再び問い直そうか考えたところで。
再び部屋にノックが鳴り響く。
「……すまんな。出させてもらうぞ」
メルドは扉に手をかけ、扉を開ける。そこにはメルド隊の隊員の一人が立っていた。
虚ろな目をしながら。
「ッ!!?」
メルドはとっさに
そしてメルドの予測通り、その団員によるすさまじい突きがメルドを襲う。
「……どういうつもりだ」
あくまで冷静に言葉をかける。だがその剣には油断は一切ない。そしてそれに対する返事は、袈裟斬りの一撃だった。それを受け止め相手の反応を伺う。
「これは洗脳か!?」
一見してそう見える。メルドの隊員は未だに精気のない表情をしながらメルドに襲い掛かる。
メルドはとりあえず、騎士を制圧するために行動する。騎士団長の名は伊達ではない。例え不意を使れたとしても一団員に負けるほど弱くはない。だが、その団員はあろうことか呆然と立っている檜山に襲い掛かる。
メルドは檜山と団員の間に割り込んだ。
「こいつ、この力は」
その明らかにパラメータ以上の力を発揮している怪力に、メルドは受け流すことで対処する。
近づくのは危険と判断したメルドは風の砲弾をぶつけようと詠唱を開始する。
「鳴け、遍く風よっ──ッッ!!」
そしてメルドは詠唱の途中であるにも関わらず、背後に迫っていた凶刃を払いのける。
メルドが振り返った先には、目を血走らせた檜山大介の姿。
「チィィ、気づいてやがったのかよ」
「もともとお前は怪しいと思っていたからな。……やっぱり……お前なんだな」
そう、メルドは最初から檜山大介に目をつけていた。もともと前科があり怪しいといえば怪しいのだが、最近はあまりにも静かすぎた。そしてもし、この洗脳事件に関わっているクラスメイトがいたのだとしたら、信用できない教会に一時期身を寄せていて、こちらの目の届かないところにいた彼が怪しいのは明白だった。警戒しないはずがない。
「"風槌"ッ」
そしてメルドはその隙に魔法を完成させ、窓に向けて放つ。そして壊れた窓に向かって勢いよく身を投げた。
「なッ!?」
その騎士団長の意外な行動に檜山が面を喰らう。
空中に身を投げながら、ホセに言ったことを思い出す。
『あとホセ……檜山大介には注意しろ』
『彼をですか?』
『ああ、俺の勘でしかないが関わっている可能性がある。だからこのタイミングで近づいてきたらまず黒だと思え、それとこれを……』
メルドはホセに手乗りサイズの石を渡す。
『なんですか? これ』
『蓮弥からもらったものだ。何でも所有者に敵意のある魂が近づいたら震えて反応するそうだ。激しく震えれば震えるほど敵がいるということだから注意しろ』
『わかりました』
蓮弥はあらかじめ重要人物数人に、このアーティファクトを渡していた。ユナ由来の魂感知能力を鉱物に付与しただけの簡易的な代物であり、振動で伝えるという曖昧なものだが、それでもそれなりに役に立つだろうと。他にもリリアーナや愛子の手には渡っているはずだ。
メルドはポケットに潜ませたその石の震え具合により、すでにここが囲まれていることを察知し、即決で退却を選択したのだ。
(それでも囲まれるまで反応しなかったのは気になるがな)
蓮弥曰く、その石の感度は自分たちほどではないが、それでも
(……まさか!!?)
思わず考えてしまった一つの可能性にメルドが震える。もしメルドの勘が正しければ、それはメルドが想定していた以上におぞましいことが、王都にて起こっているということである。そしてもしそうなら檜山の協力者にもある程度検討がついてしまう。
「”風壁”」
メルドは風の魔法を使うことで着地する。考えるのは後だ。まずは今起きていることを伝えなければならない。もしホセが無事だったら閃光魔法を打ち上げることで懸念が当たっていたと伝える手はずになっている。
「天地染める紅蓮の──」
ドクン
そこでメルドの詠唱が止まる。止まってしまう。
敵の攻撃を受けたわけではない。ただ本能が動くことを拒否した。
「やれやれ、例のアンノウンはもういないというのに、このざまですか。やはり所詮人間。なら手を出さねばならないでしょうね」
ばかな。メルドはその存在に対してそのように考える。
蓮弥から話は聞いている。その存在こそ、悪神エヒトの使いであると。実際に戦った雫によってその容姿の詳細まで一部の人間には知らされている。
背中に生える一対の銀翼。その非現実的光景にふさわしい、メルドとの圧倒的な格の違い。
「……神の使徒様ってやつか」
「ご名答です」
「神エヒトは何を企んでいる。冥途の土産に教えてほしいもんだな」
メルドはこの相手に自分が勝てないことはわかっていた。ならばせめて少しでも情報を残すために奮闘する。メルドは懐にある記録用アーティファクトを起動させる。
「主は私に失った手駒を補充するようにと言いつけられました。……まずは騎士団長であるあなたから、そして最終的には主を差し置いて神として信仰を受けている畑山愛子を我らの手中に収めます。彼女を洗脳してしまえば再び信仰は主の元に戻ってきます。……これは主の望まれたこと。喜びなさい、主の役に立てることを」
余裕からか思ってたよりペラペラしゃべる神の使徒。もし愛子が奴らの手に渡れば、豊穣の女神の元に集まっている信仰を丸ごとエヒトに持っていかれかねない。それだけは避けなければならない。
メルドの視界に銀の月が降ってくる。メルドは記録用アーティファクトを風に乗せて背後に投擲する。もし誰かが見つけてくれれば危機をさけることができる。それにかけるしかない。
だがメルドは少しだけ安堵していた。目の前の使徒も確かにすさまじい力を感じる。メルドでは逆立ちしたってかなわないだろう圧力。だが……
(それでも、お前の足元にも及ばねぇよ)
メルドは実は自分と年が近いんじゃないかと錯覚しそうになる少年を思い浮かべる。
こうして王国最強の騎士は、信じてきて、裏切られた神ではなく、異世界から来た聖遺物の使徒に祈りを捧げ……
~~~~~~~~~~~~~
「…………ちょう」
声が聞こえる。一体なんだというのか。今日の仕事は終わらせたはずなのだが。
「……ルド団長!」
まだはっきり聞こえない。だけどだんだん意識は覚醒しているように思う。
「メルド団長!!」
そこでメルドの意識は完全に覚醒した。周りを見回してみるとどうやら自分は王都の郊外の森の入口に寝かされていたらしい。
「しっかりしてください。メルド団長、私がわかりますか?」
「………………ホセ?」
メルドは目の前の男が自分が最も信頼できる部下の一人である副官のホセであることがわかる。
「一体、どうしてここに?」
「それはこちらのセリフです。あなたを探し回っていたらこんなところで寝ているのを見つけて。一体何があったのですか?」
「何が……」
そして記憶を辿っていくことにする。確かホセと最近王都で起こっている病について調べていた。そして自分が部屋にいた時、神の使徒の一人である檜山大介が部屋に来て……
「!? そうだ。お前は無事だったんだな!」
「ええ、あなたの警告がなければ助かりませんでした。……やはり彼がそうなんですね」
ホセはできれば信じたくはなかったという顔をする。今王都に滞在している愛子に何と言ったらいいか、それを考えているのかもしれない。メルドにもその気持ちはわかるが……
「それだけじゃねぇ。……俺の勘が当たっていれば、事は俺達が考えているより深刻かもしれない」
「メルド団長?」
メルドは外れていてほしいと思う。なぜならこの考えが当たっていたら、すでに取返しのつかないことになっているから……
「とにかく一度王宮に戻るぞ。この事態はもはや俺達だけに留めていい事態じゃない。少なくとも大介の身柄は何としてでも確保しないと」
メルドは思考を切り替え、一度王宮に戻ることを決意する。急がなければ被害が拡大するばかりになる。そして被害が拡大した場合、二度と取返しはつかないのだ。
メルドは気づいてはいない。自分の記憶が一部消されていることに。
そしておそらくこれからも気づくことはないだろう。
今宵、一つの白銀の光が消え……
真の王都の闇が動き出したことを。
>震え石(仮)
錬成師南雲ハジメ謹製、ではなく蓮弥製の簡易敵発見器。ハジメだったらもっと多彩な機能が付いていたが、さほど生成魔法の素質がない蓮弥と専門外のユナではこれが限界だった。
>神の使徒
2番から7番のどれか。遅れて王都に到着したが故に死を免れたラッキーガール。ただし、メルド団長が目覚める頃には……
>メルド団長、生存
原作の死亡フラグをへし折り、無事生還した人。ついでに副官ホセも生存。やっぱり前科がある檜山は怪しすぎた。それにより、追い詰められる奴らが出てくるが、それは別の話にて。
次回は別人視点。light作品要素と独自設定の大売り出しの予定。