ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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アニメ1話視聴。

正直新規お断りな内容だったけど、作者は伊達にDiesiraeアニメ0話を乗り越えたわけじゃないのでこのぐらい平気です。

さて、皆さまお待たせしました。

ユナと雫の修羅場、開場です。


幕間 修羅を往く女達

 どうしてこうなったのだろう。

 

 

 蓮弥はその光景を眺めながら思っていた。つい先ほどまでなんでもない一日だったはずなのに。

 

 

 眼下で爆音が響き渡る。蓮弥が唯一動かせる首を傾けて見ると、それはまさに戦場のような有様だった。荘厳な建物はあちこち壊れており、その被害は現在進行系でどんどん広がっている。そうこうしている内にまた爆発がおこり、地震が起きたような衝撃が響き渡り、建物の一区画が消えて無くなる。

 

 

 蓮弥は無力感に苛まれていた。こうなったことは自分が原因なのに、自分は見ていることしかできない。

 

 

 ああ、本当になぜこうなったのか。蓮弥は土埃が晴れた眼下を見る。

 

 

 そこには蓮弥にとって大切だと断言できる女の子達。蓮弥にとって無くてはならない二人の少女であるユナと雫が今、十字架に磔にされている蓮弥の眼下で……

 

 

 

 全力の死闘を行なっていた。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 〜少し前〜

 

 雫をバイクの後部に乗せた蓮弥は現在、海の町であるエリセンに向かって移動していた。

 

 

 道中これと言って問題があったわけではない。あえて言えばエリセンへ向かう途中遭遇した蓮弥がイラっとする気配を漂わせていた銀髪シスターを、旅のついでに創造で適当に倒したくらいの物だろう。

 

 

 夜、野営を行う際に雫とも改めて話し合う機会ができたので話をすることになった。もちろん蓮弥とユナとの関係については聖約により言うことができなくされていたので、それ以外の話題になったわけだが。

 

 

 蓮弥と雫の間で話題になったのは、まず雫の扱う力についてのことだった。この旅を始めるにあたって雫は衣装を軍服に変えたのだが、変化はそれだけではないことは蓮弥にはわかっていた。

 

 

 そのことを話題に出すと雫は、なんとも言い難いような顔をした後、真剣な顔で蓮弥に言ってきたのだ。

 

「蓮弥……その……落ち着いて聞いてほしいんだけど……」

「……何だ?」

 

 改まった態度によっぽどの事情があると思った蓮弥は、真面目に聞くために姿勢を正した。そしてしばらくした後、ようやく決心がついたとばかりに雫は口を開いた。

 

「実は私の家ね………………忍者屋敷だったみたいなの」

「いや、知ってるからな」

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 

 蓮弥と雫の間に沈黙が広がる。夜風の音色が静かに広がり、地球では滅多にみることができないであろう満天の星空が輝く。

 

 

 割と衝撃の事実を告白したと思っている雫は、どうやら蓮弥の返答が予想外だったらしい。なので……

 

「……なんで知ってるのよ」

「というより、なんで今まで気づかなかったんだよ」

 

 こんな話になるわけである。そこからお互いに詳しい話をすることになったのだが、まずなぜ蓮弥が雫の家が忍者屋敷だと気づいていたのかということには、あからさまだったとしか言いようがない。

 

「だって、お前の家の弟子とか、しょっちゅう天井に張り付いてたじゃねーか」

「そ、そんなの知らないわよ。……嘘でしょ?」

 

 どうやら自分だけ身に覚えがないことに衝撃を受けているらしい。自分の家族が忍者とか戦国時代ならともかく、現代だと微妙だろうなと蓮弥は他人事のように思う。

 

「残念ながら事実だ。なぜかお前には内緒にしてたみたいだけど、俺は頻繁に襲撃を受けていたんだからな」

「そんな……」

「言っとくけど……祥子さんもそうだからな」

「嘘ッ!? 嘘、嘘、それだけは嘘よね!? 祥子さんに限ってそんな……」

「残念ながらそれも事実だ」

 

(そういえばこいつ、ずっと祥子さんに憧れてたな)

 

 文学の分野ですでに一人の作家として活躍していながら、八重樫流体術の免許皆伝を持っている文武両道な大和撫子の祥子は、雫が幼い頃から目標にしている理想の女性であり、謂わば雫にとっての義姉なのだ。その祥子が忍者なんて怪しいことをやっていると知った雫は衝撃を隠せないようだ。たぶん忍者の中でも相当偉い立場だと思うとは流石に言わなかった。

 

 

 蓮弥が門下生をやめた後、蓮弥と雫の母親同士の関係により今の幼馴染という関係に収まった蓮弥達だったわけだが、当然八重樫家にお邪魔する機会も今までたくさんあった。

 

 

 時には雫の見えない位置から襲撃を受け……

 

 時には天井に張り付いていた弟子の襲撃を受ける。

 

 

 どうやら八重樫家の門下生にとって雫は姫扱いらしく、姫と特別親しい間柄である蓮弥が、どの程度の男なのかというのを見定めるという意味で襲撃してきたらしい。もちろん一線を超えるような襲撃は雫の母親や祥子が門下生を黙らせる(物理)ことで止めていたのでせいぜい悪戯レベルだったが。

 

 

 一方、雫の父親、八重樫虎一や祖父、八重樫鷲三は、蓮弥が中学生時代での非行もどきを辞めた後くらいに、雫の稽古の合間に蓮弥を鍛えるという意味で手ほどきをしてくれるようになっていた。鷲三曰く、弱い男に雫を嫁には行かせられないということだったが、おかげで首トンみたいな技や、そこそこ役に立つ気配の消し方などを教わることができたのはいい意味で誤算だった。裏の技、外れた技を得たくて八重樫流に弟子入りし、ここでは得られないと門下生をやめたのに、皮肉にも辞めた後の方がそれらしい技を教わるという結果に繋がることになった。もっとも日々襲撃してくるのは正直勘弁してほしいと思っていたが。

 

 

 だが雫の話を聞く限り、どうやら蓮弥が思っていたより裏の顔は奥が深かったらしい。

 

 

 邯鄲の夢。

 

 

 雫が中学の頃の夢の中での修行により習得し、つい先日思い出すことになった異能の戦闘技法。雫にも背景などはよくわからないが少なくとも伯父は普通の人間ではないということだった。

 

 

 蓮弥の聖遺物も地球のものであるし、少なくともユナが生きていた時代には魔獣やら悪魔などが実在していたらしいことは、ユナの話からわかっているので、どうやら本格的に地球もこの世界に負けないくらいの魔境であった可能性が出てきた。

 

 

 とにかくそれのおかげで今までより遥かに強力な力を手に入れたと雫は語った。ステータスプレートにも反映されおり……

 

 =====================

 

 八重樫雫 17歳 女 レベル:20

 天職:盧生

 筋力:11800

 体力:10250

 耐性:10830

 敏捷:17520

 魔力:16180

 魔耐:16180

 

 技能:邯鄲の夢[+五常・詠ノ段]・夢界[+第四層ギルガル][+第五層ガザ]・魂魄魔法・言語理解

 

 =====================

 

 単純なパラメータだけならハジメに匹敵している。しかもこれは基本ステータスらしく、邯鄲の組み合わせ次第ではもっと上げることも可能らしい。蓮弥も似たようなものなのでその辺に疑問はない。そして殆どの技能が邯鄲の夢とやらに集約されたのか技能欄がシンプルになっている。雫の力の根幹に当たるという理由でそうなってるのかもしれない。そしてもう一つ気になるところだが……

 

「天職の盧生ってのは何なんだ?」

「私にもよくわからないんだけど、多分夢の力を使う人のことを言うんじゃないかしら」

 

 よく考えてみたら蓮弥の超越者も、具体的に何かと言われたら答えられないのでそんなものなのかもしれない。

 

 

 さて、そんな話をしつつも旅を続けてきたのだが、流石にそろそろ気になってきたことがある。

 

 

 ユナが全く表に出てこなくなったのだ。何度か何をしているのか聞いたのだが、まだ言えないという返答ばかりであり、蓮弥としても困ってしまう。

 

 

 もしかしたら、蓮弥は焚火にあたっている雫を見て思う。

 

 

 もしかしてユナは雫とどう接したらいいかわからないから引きこもっているのではないか。そんなことまで想像してしまう。ユナに任せることになってしまったので蓮弥は雫に何も言えない。正直に言って時々こちらを窺う雫の視線とか感じるようになってきたのだ。……たぶん、雫は蓮弥とユナの関係を薄々察している。その上で待っているのだ。蓮弥が言ってくれるのを。

 

 

 そう思うと蓮弥は、次の町に付いたら思い切ってユナに相談してみようと思う。そう決意し、蓮弥と雫はハジメ謹製の魔物除け──周りに威圧を出す──を起動し就寝に付く。

 

 

 夜の草原に気持ちのいい風が届く。

 

 

 だがこの時蓮弥は、まさかあんなことが、これから起きるなんて思ってもいなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Diligite inimicos vestros』

 

 

Briah(創造)──』

 

 

『Amantium irae amoris integratio』

 

 

 

 

 

 夜の草原に、聖女の声が響く。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 そして雫は目を覚ます。

 

 

 いや、この表現は的確ではない。雫はまだ夢の中にいるのだろう。それは周りの景色がそうだと告げている。眠る前は普通に草原地帯でテントを張って蓮弥と共に就寝したはずである。それが……

 

(こんな神殿みたいな風景に変わるはずないものね)

 

 内心驚きつつも、改めて周りを見渡すとそこは中々圧巻の景色だった。

 

 側面の天井近くの高い位置にある色鮮やかで美しいステンドグラスが光を受けて輝いており、数えきれないくらいの石柱が巨木のように立ち並ぶ大聖堂は、華やかな装飾とは異なり、荘厳かつ敬虔な空気に包まれている。どちらかと言えば仏教や神道系の人間である雫には大聖堂の様式は判別が付かなかったが、ここが並外れて立派なものだというのは理解できる。そして何よりも……

 

「これ……どれだけ大きいのよ。下手するとハイリヒ王国の王宮よりも大きいんじゃ……」

 

 奥まで目を凝らして見てみるのだが、雫の超強化された視力をもってしても奥が全て見通せない。雫が今までの人生で体験した一番の巨大建造物といえば、通り過ぎただけの今は無き神山の大聖堂を除けば、ハイリヒ王国の宮殿があげられるが、それを上回るかもしれない規模はまさに圧巻だった。

 

 

 そしてこの現象は自分にとって馴染みのある現象でもある。すなわち……

 

「ここは、夢界(カナン)の中?」

 

 雫が夜眠っている時、修行している場所であり、雫の力の源がある場所でもある。だがこんな場所は雫は知らない。雫は普段自分の夢界の風景を故郷の街並みで設定しており、行ったこともない場所を再現することなど雫にはできない。となるとこの景色は何者かに作られたということになる。今起きている現象を雫の知る概念で説明するなら創法の界というところか。

 

 

 雫の夢にアクセスし作ったのか、それとも雫が他人の夢に引きずり込まれたのか。いずれにせよ雫が知っている創界とは規模と精度の桁が違う。伯父も創界は得意だったのだが、それは天候を変えたり、昼を夜に変えたりといった概念的なものだった。だがこれは創法の形で物質を精密に作ってから界で広げたようだ。ステンドグラスから踏みしめる床にまで魂が通っており、今にも動き出しそうな巨大な存在感は、まるで誰かの心の世界を具現化したかのように感じられる。

 

 

 こんなことができる人物を雫はしらない。いや……一人だけ心当たりがあった。元は大聖堂ということを考えるとあり得ない話ではない。

 

 

『雫』

 

 

 空間中に声が響き渡る。そしてその声は雫が想像した通りの人物であり……

 

『長らくお待たせしてすみません。ようやく話し合いの場の準備が整いました。どうか、私の元まで来てください』

「────ッ」

 

 どうやらこんな派手なことをしでかしたのは、自分と話し合いがしたかったからだという。何を考えているのかいまいちわからないが、話し合いとは十中八九蓮弥のことで間違いない。これは明確な招待状だ。なら臆して逃げるという選択は雫には存在しない。

 

「わかったわ。誘いに乗ってあげる。どこに行けばいいのかしら……ユナ」

 

 雫はこの荘厳な大聖堂の主であるユナに語り掛ける。

 

『このまま真っすぐに進んでください。……待っていますよ、雫』

 

 それだけ言うと声が止まる。再び静寂が包む空間において、雫は一つ深呼吸をした上で、気合を入れるために軽く頬を叩く。

 

「──よしッ」

 

 ……予感があった。おそらくこの場での話し合いとやらは、本当に話し合うだけでは終わらないのだと。

 

 

 言われた通り前へ歩み始めた雫の内側に徐々に湧き上がっていく気持ちがある。それは熱く、胸を焦がす想い。

 

 

 彼女にだけはどうしても負けたくない。その強い想いが勢いを増して雫の心を満たしていく。それは一歩も引くつもりはないという雫の魂の音色。

 

 

 八重樫雫という人間がどういう人物なのかと聞くと、大体の人はこう答えるだろう。面倒見がいい、世話焼き、姉御肌の頼れる人、光輝達の中で一番の常識人で苦労人。それでほぼ間違ってはいないが、もちろんそれが全てではない。実際は年相応の繊細さを持っているし、可愛い物だって大好きだ。

 

 

 それに、蓮弥に関することで自分は自制が効き難いことも自覚している。かつては不良行為に及んでいた蓮弥に本気でキレて、直接不良の巣窟まで乗り込み、その場にいた半数以上のゴロツキを問答無用で病院送りにするレベルで叩き潰しつつ、強制的に連れ出したし、奈落に落ちて蓮弥が死んだと思った時は、クラスメイトを含めたその場にいた全員に対して本気の殺意を向けた。

 

 

 そして雫は、今回も自分が大爆発を起こす時であるという予兆を感じている。その想いを胸に抱きながら──

 

「待たせたわね。入るわよ」

 

 奥に存在していた荘厳な大扉を押し開いたのだ。

 

 

 扉の奥にはかなりの広さを誇る礼拝堂があった。ここでミサでも開いたら軽く千人は参加できるであろう広場の中央に、彼女は佇んでいた。

 

 

 黒い制服のような服を身に纏う姿は立ち姿すらも整っており、輝くストレートの長い銀髪は、癖一つなく腰まで伸びている。ステンドグラスを通した光を受けて照らし出されたその存在は、息を飲むほどの美しさと儚いだけじゃない神聖な雰囲気も併せ持っていた。以前優花達と再会した際に、ユナがどういう人物か彼女達に聞いてみたことがあったのだが、各自それぞれ、天使、女神、シャレにならないくらいの超美人、息を飲むほど美しい人など美辞麗句しか返ってこなかったのだがなるほど、こうしてみると雫も思わず納得してしまうだけの説得力があった。

 

「ようこそ、私の世界へ。雫なら大丈夫だとは思いますが、もし気分が悪いなら言ってください。基本的にここは私と蓮弥()()の世界なので……」

「心配しなくても結構よ。おあいにく様、この手の世界には慣れてるから、たいして悪い影響は受けてないわ」

 

 最初こそ、その規模に度肝を抜かれたが、慣れてくればこの空間は雫が慣れ親しんだ夢界に通じるところがある。そのせいかむしろ現実よりも力が滾っているくらいだ。

 

「それで、私にいったい何の用なのかしら。わざわざこんな場所を用意するくらいなんだから、話をして終わりではないんでしょ」

 

 雫は余裕を持ってあえて強気に出てみた。ここは彼女の世界だと言っていた。となるとタダでさえ地の利は向こうにあるというのに、ここで主導権を握られるわけにはいかない。

 

「まずは、説明を。もちろんこれからお話をするのは蓮弥についてですが……その前に蓮弥があなたに何も言わなかったのは……」

「あなたが聖約で縛っていたからでしょ。()()()()()()()()()()()()()()()()。それくらい蓮弥の顔を見ればわかるわよ。……だからこそ、この数日待っていたのは蓮弥ではなくあなたの方よ」

「…………なるほど」

 

 先ほどの意趣返しになっただろうか。雫は考えるが、ユナは何かを考えているだけで動揺している様子はない。まるでこの程度想定内だと言わんばかりの態度だと思うのは、雫の心がだんだん昂ってきているからだろうか。

 

「……まず初めになぜここに呼んだのかですが……雫は私がどのような存在であるかは知っていますね?」

「ええ、大体のことは蓮弥から聞いているわ」

 

 確認を取るユナに対して、それを肯定する雫。確かにユナの話は聞いていた。聖遺物に宿る霊魂。一人で数百万人分に匹敵する、質量の桁が違う魂。彼女の力を引き出すことで、蓮弥は今までの戦いを乗り越えてきたのだと。

 

「そうですね。それで大体合っていますが少し補足を。蓮弥は私の力を引き出して聖遺物を起動していますが、私の力を全て引き出せているわけでありません。全て引き出してしまうと今の蓮弥では耐えられない。だけど私は、蓮弥を通じてしか現世に干渉できないので、蓮弥の力を超える能力を行使できません」

 

 

 つまりどれだけタンクが大きくてもそれの中身を通すパイプが細ければ出力は限られてしまうということかと雫は自分なりに当てはめて考えてみる。もし許容量を超える量を流し込んでしまうとパイプが破裂してしまう。

 

「だからこそここに呼んだのです。ここなら私は十全に力を発揮できますから。……これもつい最近までできなかったことなのですが、蓮弥の魂の位階が上がったことと、私と交わったことによってある程度内界を変化させられるようになりました。蓮弥の力で言うと、創造になるのでしょうか」

 

 

 ドクン

 

 

 雫の心臓が大きく高鳴る。聞き逃せない単語が聞こえてきた。

 

 

 覚悟はしていた。考えるのも嫌だと思いつつも、もしかしたらそんな事もあるんじゃないかと思っていた。だが、だが、本当に……

 

 

「ええ、その通りです」

 

 

 思考が読まれたことなど今の雫に気にしている余裕はない。五月蠅くなる心臓、染まっていく思考。そしてその言葉は告げられるのだ。

 

 

「私は……先日ここで蓮弥に…………抱いてもらいました」

 

 

 その言葉を聞いて雫は、冷静になろうと気持ちを整えようとした。このままでは相手のペースに飲まれてしまう。こういう時だからこそ冷静にならなければならない。

 

 

 

 だから落ち着こう……いつもの自分を思い出すのだ……そして冷静に、余裕を持って。

 

 

 

 まずは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──この女を斬ろうか

 

 

 

 

 爆発する剣気。溢れ出す殺意の奔流。

 

 

 蠅声を冠するその技は、夢の恩恵を受けてさらに凶悪となる。使徒アハトに使用したものと比較して、軽く十倍以上の威力を誇る虚の刃が無数に放たれ、全方位を覆うようにユナに襲い掛かる。

 

 

 かつて戦った使徒アハトでも、喰らえば跡形も残らず斬り刻まれる剣戟の大嵐を前に……ユナは微動だにしなかった。

 

 

 虚の刃を、そのまま虚無のものとして対応するユナを観察する雫。

 

 

 自分が本気で攻撃することはないと思ったのか、それとも避ける必要もないと判断したのか。

 

 

 反応を窺っているが、特に動きがない。このままでは埒が明かないので、雫は一足でユナに接近し、創形した村雨を突きつける。

 

 

「それで──結局あなたは────何が言いたいの?」

 

 

 より濃さが増した雫の両眼の蒼を向けられて、同じく輝く碧眼で見返すユナ。

 

 

 雫には、絶対に許せないことが二つある。一つは蓮弥を傷つけるもの、これは彼女ならありえないだろうことは蓮弥のユナに対する信頼でわかる。ならもう一つ、雫から蓮弥を奪い取ろうとするものに該当するかは……これから見極めなければならない。先ほど挨拶をすませた。ならばそろそろ彼女の心を聞かせてもらう。

 

「ただ事実を言ったまでです。誰よりも蓮弥を知っている雫に、この手の隠し事は無意味でしょう。それに……良かったです。思った通り情熱的な方で。私は自分からコレを使うことを師によって禁じられていたので」

 

 

聖術(マギア)6章1節(6 : 1)……"聖錬"

「──ッ!」

 

 ユナの圧力が激増したため、雫は大きく後退する。

 

 

 ユナの方を見てみると、その手には一本の西洋剣が握られていた。見た目はシンプルだが見ただけだけでハイリヒ王国の宝物庫のどのアーティファクトよりも強力であることが伝わってくる。

 

 

「……普段聖術を中心に戦闘を行っている私ですが……別に(コレ)が使えないわけではありません。……わかっていました。あなたは私と蓮弥が深い仲だと知っても、きっと一歩も引かないだろうと。……だからこそ、ここで一度ぶつかる必要があると思っていました。だから……」

 

 ユナは剣を構える。目の前の雫に向けて

 

「勝負しましょう、雫。お互いに譲れない想いを賭けて」

 

 そしてユナから溢れ出す膨大な魔力。雫に向けられたそれは明らかに挑戦状だった。

 

「……いいわ、ユナ。受けて立つ」

 

 

 言葉は短く、されど短い言葉の中に溢れんばかりの戦意を込めて、雫が宣言する。絶対に負けないと。

 

「……そういえば、蓮弥から得た知識の中にこういう場面に関するものがありました。確か……修羅場って言うんですよね」

「ならそのお約束に従って、この泥棒猫、とでも言えばいいのかしらッ!」

 

 その言葉の勢いに任せて、雫がユナに向けて村雨を振り上げ、攻撃した。高速でユナに対して連続で斬りかかるが、ユナも当たり前のように攻撃を受け止めることで雫を弾き、両者は距離を開き対峙する。

 

「なるほど、素晴らしい剣の腕です。私の剣の師匠にも全く劣っていません。……安心してください。私はこの勝負でこれ以外の聖術を使用しません。私が制限なく聖術を使えば……勝負になりませんので」

「~~~~~ッ!」

 

 確かに正論なのだろう。もし彼女が遠距離から強力無比な聖術を連射してきたら、雫は成す術なく負ける。その予感はおそらく当たっているだろう。だがつまり……

 

「舐めるんじゃないわよッ! ──絶対後悔させてあげるから覚悟しなさい、ユナッ!」

 

 声を張り上げるたびに、優等生の苦労人である八重樫雫が崩れていく。そして残るのは、大好きな男の子を持っていこうとする目の前の女に対し、嫉妬を剥き出しにし、対抗心を燃やしている一人の女だ。

 

 

 ここに宣誓は成った。

 

 

 これより二人の乙女の想いと意地をかけた、戦争が始まる。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 そして冒頭に戻ってくることになる。

 

 

 蓮弥はその光景を見ていることしかできない。抵抗してみるも括りつけられている十字架の枷は外れそうにない。

 

 

 感じる威圧感が二人が本気であることを物語っている。あたり前の話だが、蓮弥は記憶が戻ったユナが剣を使えるなんて知らなかった。彼女の振るう剣は雫に配慮なんてしていない。ユナの剣は、本気だった。

 

 

 雫の様子は、本当に滅多に見られないガチギレモードであるのが見ればわかる。いっそ惚れ惚れとするような殺気の乗った剣は微塵もユナに遠慮していない。

 

 

 二人の剣が語っている。ここで倒れるなら所詮それまで。その程度の想いなら蓮弥の側にいる資格なんてない! と

 

 

 眼下の騒動の中心にいるというのに蓮弥にはできることが何もない。らしくはないが、無事に終わってくれることをユナの師匠辺りに祈るしかなかった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~

 

 剣と剣がぶつかり合い、風が巻き起こるのと同時に閃光が走る。弾ける閃光が花開き、まるで空間を彩る一種の芸術のような光景だった。

 

 

 本来、ミサを初めとする典礼儀式を行うための神聖な場所である聖堂は、今現在、二人の乙女による剣舞の舞台となっていた。空間を弾ける閃光や金属の音色はその筋の達人が見れば、芸術にだって見えたかもしれない。もっとも当人達に美々しく舞っているなどという意識など欠片もない。

 

「くッ──」

 

 雫は幾度目かの仕切り直しを行うために大きく下がる。

 

 

 既に相当な数切り結んでいるが、目の前の彼女、ユナの剣でわかったことがある。

 

 

 まずユナの剣の技量自体は大したことがない。もちろん下手ではないし、その剣筋からは相当なレベルの達人に師事し、教えを受けたことがわかる。基本はしっかり守られているし、変な癖といったものもない。

 

 

 だからこそ、雫にとっては極読みやすい剣だと言えた。元より幼少時代から剣に天賦の才があると言われていた雫である。それが蓮弥との出会いで想いの剣を知ったことをきっかけに、伯父との邯鄲での修練にて開花した雫の剣は、未だ若輩の身でありながら、既に魔剣の領域に片足を突っ込んでいる。およそ剣術という土俵で勝負すれば、ユナは雫に遠く及ばない。条件が互角なら最初の一太刀で斬り捨てているだろう。

 

 

 ではなぜ、ここまで戦局が拮抗しているのか、その理由は雫の解法の目で映し出されていた。

 

 

 ==================

 

 ユナ レベル:??? 

 

 筋力:330000

 体力:330000

 耐性:330000

 敏捷:330000

 魔力:1250000

 魔耐:1250000

 

 ==================

 

 

 

 雫の目に映し出された雫と比較して二十倍近い、冗談みたいなステータス(戦力)。雫が過去出会った中で間違いなく最強の敵だった使徒フレイヤすらもたやすく上回っている。

 

 

 あらゆる歩法を駆使しながら移動する雫をそのバカげた敏捷性だけで追い詰め、その桁違いの膂力と速度で振るわれた、音を置き去りにする剣は全てが一撃必殺。当然まともに受けるわけにもいかず雫は剣で逸らすことで衝撃を受け流して対処する。

 

 

 その逸らした衝撃は大聖堂全体を震わせ、床のタイルを粉微塵に粉砕する。避けた余波でこの威力、雫の耐久では、まともに受ければ間違いなく跡形も残らない。

 

 

 もちろん雫とて、反撃はしているのだが、そのバカげた耐久力のせいで被斬数はユナの方が多いにも関わらず、未だかすり傷一つ付けられていない。

 

 

 なるほど。雫は納得した。剣術に限らず、古今東西あらゆる武術は足りない力を技術で補うためのものである。例えば野生に生きる獅子や虎が武術など必要としないように、最初から強い奴に術理など必要ないのだ。そういう意味でいうなら、ユナの剣術は足りない力を技術で補うというよりは、その強力すぎる力を制御するための術なのだろう。だからこそ余計なものを身につけさせず基礎だけを徹底的に教えたのだ。基礎通りに剣を振るうことこそが彼女にとって最強だから。彼女の剣の師はその点での観察眼でも優れていたようだ。

 

 

「すごいです、雫。……私が本気で攻撃してここまで戦っていられたのは、十二使徒総がかりで挑まなくてはいけなかった神代の魔人以来です」

「なによそれッ……まさか褒めてるつもり!? 私は……そんな神話に出てくるような怪物じゃないわよッ!」

 

 ユナの音を置き去りにする突きを躱した後、村雨を振るうことで彼女を袈裟斬りに攻撃する。神の使徒であろうと一撃で沈むであろう一閃だったわけだが、当然そんなものはユナには通じない。軽く躱されてしまう。

 

 

「ですがその程度では、この先についていくことはできません。蓮弥が行く道は、あなたの想像よりも壮絶です」

「だから諦めろというわけッ!? 自分がついているから私は不要だと?」

「……蓮弥は……私には頼ってくれますよ」

「~~~~~~~~ッ!」

 

 歯を食いしばり、村雨を握る手に力が入る。蓮弥が自分に頼ってくれないということを、雫が気にしていると知っているかのように投げられる言葉は、否応無しに雫の嫉妬心を昂らせていく。

 

「言いたいことはそれだけ? なら簡単じゃないッ。要はあなたに勝てばいいだけの話なんだから」

「できるんですか?」

「やってやるわよッ!」

「なら、見せてくださいッ!」

 

 雫は戟法の精度を上げることでさらに身体能力を上げ、解法にて相手をより深く見通すことでステータス差を技量で埋めていく。

 

 両者の剣舞がより激しさを増し、ぶつかるたびに爆風と轟音を響かせながら戦場に広がっていく。

 空間振動すら伴い、吹き荒れる爆風は周りの美しい建造物を容赦なく破壊していく。振動により、端からステンドグラスが粉々になり、柱が幾本もへし折れていく。

 

 

 滅茶苦茶になっていく床、パラパラと砂を落としていく天井。まるで超自然災害が現在進行形で起きているような二人のせめぎ合いは、蓮弥とフレイヤの戦闘にも負けないくらい度外れた規模のものだった。

 

 

 正確にいえば、ほとんどの破壊現象はユナの桁外れのパラメータから放たれる災害のような攻撃によるものだったが、その人など無力だと思える自然災害級の攻撃に対し、臆せず真っ向から立ち向かい、神技的な技量によって逸らしながら戦闘を行う雫とて全く負けてはいない。

 

 

 とはいえ追い詰められているのは明らかに雫の方だ。戦況は拮抗していると言えるかもしれないが、その内容が問題だ。方や自然災害を逸らすのに全霊を傾けて対処している雫、方や相手に未だ攻撃を当てられず、被斬数も多いが、傷一つなく余裕を見せるユナ。このまま戦況が進んでいけば、どちらに軍配が上がるのか、火を見るより明らかだ。

 

「ハァァァァアア──ッ!」

 

 絶対に心で臆してはいけないとさらに気合を入れて雫は剣を振るう。

 

 

 

 ”君の力を俺に貸して欲しい”

 ”あなたに祝福あれ”

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 剣をぶつけあった際に、一瞬頭を過った映像に雫が僅かに硬直する。そしてそれはこの場においては明確な隙となる。

 

「くッ、きゃああ──!」

 

 鍔迫り合いの状態からユナのその膂力で吹き飛ばされる雫。とっさに逸らしたが衝撃を殺し損ねた。吹き飛ばされた先にあった柱にぶつかる前に透過で避けることは成功し、追加ダメージは防いだものの、まともに攻撃を受け止めてしまった代償は払わなければならなかった。

 

 

 雫は自分の状態を確かめる。頭を切って血が流れているが微細なダメージと判断。全身は……幸い骨は折れていないようだが、いくつかの骨に罅が入ったのがわかる。この状況で得意とは言えない楯法を使っている余裕がない以上、このダメージを回復させることはできない。

 

 

 だが悪い点ばかりではない。頭から血を流したからだろうか、雫の過剰に昂っていた感情が一転して冷静になっていく。ユナとの闘争が始まってから、冷静になろうと思いつつも失敗してきた雫だったが、ユナからの一撃を受けてクールダウンに成功したのはなんとも皮肉な話だった。

 

 

 雫の心が揺れることのない水面のように静まり返る。そこで冷静にユナを見る。

 

 視る、観る、診る。

 

 

 迫る暴風に対して、柳の如く衝撃を躱し、隙を見せたユナに対して、雫は渾身の突きを放つ。

 

 八重樫流剣術『爪牙突』

 

 霞穿と違い、一撃に全ての力を収束させた一点特化の鎧通しの牙。

 

 

 その攻撃が……ユナに突き刺さる。

 

「くッ──」

 

 自身の左腕を穿つ刃に顔をしかめるユナ。剣を握る起点となる左腕の負傷はユナの攻撃力を下げる要因足りえるだろう。

 

 

 同時に雫は確信する。いくらバカげたステータスを持っていたとしても、それは絶対無敵であるというわけではないのだと。人体である以上急所は存在するし、雫の解法は弱所を見抜くことに特化しているため、冷静になりさえすれば、相手の力の流れ、体幹、呼吸のタイミングを見切り、相手の弱所を撃ち抜くことも難しいことではない。これでもう、一方的な戦況になることはない

 

 

 再び再開される剣戟の嵐。雫はユナの言葉に反応せず、冷静に攻撃を捌いていく。もはや単純なユナの剣筋自体は見切ったのだ。それなら雫が当たる通りはない。雫は攻撃を全て躱してユナに反撃する。

 

 

 流石にユナも二度目のダメージは許さなかったが、戦局は雫の方に傾きつつある。微細なダメージだろうがこれが続けばユナとていずれ倒れる時がくる。

 

 

「……羨ましいですか? 蓮弥と共に戦うことができる私が……」

 

 

 ユナが揺さぶりらしきことをかけてくるが今の雫には通じない。読み切った勝ち筋に向かってただ無心に邁進していく。

 

 

「確かに私は蓮弥と共に今まで戦ってきました。けれど……」

 

 

 雫が再びユナの弱所に向かって村雨を突き立てようと振りかぶるが……

 

 

「蓮弥とあなたの関係に、思うところがあるのはッ、私も同じですッ!」

 

 

 迫る雫に向けて防御する様子も見せず──

 

 

 力任せに剣を叩きつけるように振り下ろした。

 

「なっ!?」

 

 いきなりリズムが変わったことで対処しきれず雫は吹き飛ばされる。曲りなりにも剣術の理に沿って振るっていた剣がいきなりその性質を変える。まるで子供の癇癪のような爆発。

 

 

 そして……

 

 

 

 

 ”蓮弥の中にはいつもあの人がいた”

 

 

 

「ッ!? また……」

 

 

 痛む身体を起こす雫の脳裏にまたイメージが流れ込んでくる。

 

 

 

 ”わかっていた。確かに私は蓮弥を助けられる。それは間違いない。……けれど”

 

 

 ユナが再び剣を振り下ろしてくる。それは術理を無視したただの暴力。だけどだからこそ強力無比な力を発揮する。

 

 

 再び受け流すもユナの持つ剣と雫の村雨が同時に破損する。理に沿わぬ力は剣に負担をかける。ユナの強大な力に剣の方が耐えられなくなった形だった。

 

 

 雫とユナは一旦距離を取り、同時にそれぞれの武器を再構築する。

 

 

 ”けれど……蓮弥が本当に苦しい時、彼を奮い立たせて、立ち上がらせたのは、いつも彼女との約束だった”

 

 

 相も変わらず雫に流れ込んでくる感情の奔流。これがユナのものであるとわかるのにそんなに時間はかからなかった。

 

 

 雫は勘違いをしていた。余裕の態度を見せていたユナだったが、実はそれほど余裕なんてなかった。嫉妬しているのは雫だけではない。

 

 

 ”私だからこそわかってしまう。彼女がどれだけ蓮弥の深い場所にいるのか、蓮弥がどれだけ彼女を想っているのか、私にはない彼との培った時間の濃さが……わかってしまうのだ”

 

 

 その想いの発露は剣を打ち合わせるたびに発生する。まるで感情が剣を使って流れ込んでくるような……

 

 

 ”だからあの日、私は彼を誘った。パスを繋ぐだけなら他にも方法があったにも関わらず”

 

 

 そして、その日の、その瞬間の映像が雫の脳裏に流れ込んできて……

 

 

「~~~~ッッ、このぉぉぉぉぉぉ──ッッ!!」

 

 

 雫の明鏡止水の境地にあった心の水面に、巨石を投げ入れるかのような光景を見せられ、未だ未熟の雫の心が再び揺れ動く。それをきっかけに二人の剣戟が再び激しさを増し、閃光が乱れ舞う。幸い雫の剣は、明鏡止水にあったころの鋭さを保ってはいるが、再び頭の中が湧き上がる嫉妬心で沸騰し始める。

 

 

 雫は思う。つまり、目の前のこの女は、可愛い清楚な顔しておいて……

 

 

 これから始まる雫との戦いに不利だと判断したから、それが必要だと蓮弥にお膳立てして関係を持つことで、開幕速攻を仕掛けたのだ。

 

「そうやって蓮弥を誘惑したってことッ!? とんだ聖女様もいたものねッ!」

「あいにくですが、私は裏切り者の悪い子なので、聖女云々は関係ありませんッ!」

 

 

 攻防が激しくなるにつれ、雫の想いもユナに流れ込んでいく。

 

 ”彼のことが好きだ。私を助けてくれる彼が好き。……だけど、私に何かを隠して頼ってくれない彼は……ちょっと嫌い”

 

 ”もっと頼ってほしかった。もっと彼の力になりたかった。だから私は夢まで使って自分を鍛えたのだ。いつでも彼の力になれるように”

 

 ”そう思っていたにも関わらず、帰ってきた彼の心には、いつのまにか自分以外の女の子が居座っていて”

 

 

「──私負けないからッ! 例えあなたがどれだけ蓮弥に近かろうとッ……蓮弥にとって必要だろうと……これだけは、この想いだけは……誰にも譲れないッッ!」

「それはこちらの……セリフですッッ!」

 

 その美しい剣舞の舞姫たちは、その煌びやかな舞台とは裏腹に、極めて俗な感情で喧嘩をしていた。

 

 

 剥き出しの心を晒してぶつかり合う。彼女に負けたくない。私は彼のことが大好きだ。だから何と言おうとも彼を諦めないし、譲ることは決してない。

 

「あぐぅッ」

「うぅッ」

 

 血しぶきと水しぶきが舞い上がる。依然まともな攻撃を貰ったら即死な雫とまともな攻撃以外は通らないユナでは差があるはずなのだが、それでも場の状況は膠着している。

 

 

 それは雫の夢の出力が爆発的に上昇しているのが理由の一つだ。この世界が夢界に似ているからか、それとも別の要因があるのかは不明だが、今の雫は開戦時の約十倍の出力を持ってユナに対応していた。それでも差は歴然だが、ここまで迫るとユナとて絶対有利ではない。

 

 

 そして──

 

「ハァァァァ──ッ!」

 

 雫の叫びと共に、ユナの手から剣が宙に打ち上げられる。これでユナは武器を失った。これで終わらせる。

 

 

 雫は、決着をつけるべく、前に踏み込むが……

 

 

「まだですッ、まだ私には、かつて友から教わったヤコブの奥義がありますッ!」

 

 そして雫は見た。ここにきてユナのステータスが急上昇するのを。

 

 

 ==================

 

 ユナ レベル:??? 

 

 筋力:530000

 体力:530000

 耐性:530000

 敏捷:530000

 魔力:測定不能

 魔耐:測定不能

 

 ==================

 

 

 しかも構えているのは拳だ。

 

 

 ここでユナが全身全霊正真正銘の全力の一撃を振るう。かつてユナが数少ない同性の親友より教わったヤコブの奥義。

 

 

 だが、技という分野で、雫はユナに負けるわけにはいかない。

 

 

 雫の視界から色が消える。余計な情報は今はいらない。今必要なのは目の前の脅威に関する情報だけであり、そこに全身全霊をかける。

 

 

 雫が呼吸を合わせ、ユナの内側に入り込むような形で接近し、ユナの眼前で村雨を破棄する。

 

 

 流石に雫まで武器を捨てるというのが予想外だったのか、ユナに一瞬動揺が走るのを雫は見逃さない。

 

 

 そのまま彼女の懐に入り込み、雫に全力で向かってくるユナの胸に左掌底を繰り出した。

 

「ッ!?」

「ぐぅぅ!」

 

 その際に鈍い音が周りに響き渡る。これはユナから発せられた音ではなく、雫の左腕から発せられたものだった。

 

 

 今まで雫はユナの攻撃をまともに受けず逸らして対応していた。なぜなら彼女の攻撃を受けるということは生身で暴走トラックの直撃を受けるのと同じだから。

 

 

 そんな攻撃をまともに受けた雫の左腕がはじけ飛ぶ。骨は複雑骨折し、筋肉、神経共にぐちゃぐちゃだ。普通なら二度と腕が使えなくなるだろうダメージ。だが、だからこそ効果は絶大だった。

 

 八重樫流体術『撫子・返風』

 

 相手の力を加えて一点に叩き込むカウンター技だ。ユナの力を含めたその衝撃を全てユナの心臓に向けて叩き込んだ。

 

 

 ユナの身体が前方に倒れ込む。思わぬ衝撃を心臓に受けて、身体の動きが意思とは関係なく停止する。

 

 

 雫はなおも行動を止めない。ユナとすれ違う形で身体に回転を加えながら──

 

 八重樫流体術『雷突』

 

 ユナの背中側から胸に向けて肘鉄を叩きつけた。前と後ろ、ちょうど正反対の位置から心臓に打ち込まれた二重の衝撃がユナを襲い、心臓を破壊した。

 

 

「~~~~~~~~ッ!」

 

 

 今までで一番の会心のダメージ。流石のユナもこれにはたまらず血を吐き悶絶するしかない。心臓を再生させるのは間に合わないと判断したユナが、魔力にて血流を直接操作して、身体能力を強引に回復させる。だがすでに雫の右手には再び村雨が握られており、仰向けに倒れるユナに向かって振り下ろそうとしている。それに対してユナは震える手を雫にかざすことしかできない。

 

 

 そして雫の村雨がユナに刺さる直前で停止する。

 

 

 ここで勝負は決着を迎えたのだった。

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ、……私の勝ちよ」

「ハァ、ハァ、いいえ……引き分けですね」

 

 

 そしてようやく雫は背後の違和感に気付く。背中に意識を向けてみるとそこには宙に浮かぶ西洋剣が雫の心臓直前で停止している。

 

(あの時弾いたユナの剣? まさか遠隔操作で!?)

 

 あの時弾いた剣が宙に浮かび上がり、ユナの操作によって雫に襲い掛かっていたのだ。客観的に見ているものがいれば、その刃は雫が剣を止めたのとまったく同じタイミングで止まっていたことがわかるだろう。

 

 

(なによそれ……)

 

 

 勝ったと思ったところで、思わぬ引き分けを告げられたことで、雫は限界を迎えた。

 

 

 ユナの隣にドサッと倒れ込む。今まで感じていなかった疲労が一気に押し寄せてきてもうまともに動けそうにない。

 

 

 そこで気づく。見るも無残なくらい損壊していた左腕が元に戻っている。それどころかここで負った傷がすべて消えている。

 

 

 もしかしたら、ここで負ったダメージは戦闘終了で元に戻る仕組みになっていたのか、痛み自体は消えていた。もっとも疲労は消えないが。

 

 

「ねぇ、ユナ……」

「……なんですか……雫」

「……戦っている最中、流れてきたものって……なに?」

 

 剣と剣をぶつけ合うたびに、まるで二人の心が繋がるようにお互いの感情が流れ込んできた。あれは何だったのか。

 

 

「……私が師より、直接戦うことを禁じられたのは、私の持っている体質が原因です。普段は制御できるのですが、戦闘などでどうしても昂ってしまう状態で、接触を繰り返すと、強制共感現象が起きるんです。……そうなると私は、相手に感情移入しすぎて戦えなくなってしまいます」

 

 なるほど確かにその通りだ。まるでユナと何十年も幼馴染として付き合ってきたかのような感覚。共感現象とやらは雫にも影響を齎していた。拳と拳を交えることで友情が生まれるなんて昔のスポコン漫画みたいだなと場違いなことを雫は思っていた。

 

「つまり、私がどういう人間か知るために、こんなことを起こしたということ?」

「……もちろん蓮弥の選択次第ですが、きっと私も雫も一歩も引かないだろうというのはわかってました。ならこの工程は必要になると思ったのです。それに……」

「それに?」

 

 雫の問いに少しユナは戸惑い、少し赤くなった顔を背けながらぼそりと雫に告げる。

 

「雫は、私の昔の親友に似てたから……個人的に仲良くなりたかったんです」

 

 その一言に雫は面食らってしまう。そして……思わず笑みがこぼれた。

 

「ふふふ、なによそれ。……その親友ともこうやって仲良くなったの?」

「そうですね。時にぶつかり合うことは大事だと彼女に教わりました。その彼女はいつか竜もステゴロで手懐けてみせるとか言っていたのを覚えています」

「……職業は格闘家か何かなのかしら?」

「いえ、私と同じく聖女とよばれていました」

 

 

 ユナといい、その女性といい聖女とはいったい。雫の中の聖女像が壊れそうになるが、ここであれほど激しい戦いを繰り広げたにも関わらず。ユナと打ち解けている自分がいるのに気づく。

 

 

 彼女の剣筋は癖がなくどこまでも真っすぐだった。だから彼女は、根が素直な、優しい良い子なのだろうと雫に伝わってきた。なら自分の性格ともきっと合うはずだ。剣を交えた彼女となら、間に蓮弥を挟んでも仲良くやっていけそうだと雫は直感的に感じていた。

 

 

 それはユナも一緒なのか。隣で寝転びながらクスクス笑っている。

 

 

 中々激しいバトルを繰り広げた二人だったが、終わってみれば清々しい気分を迎えられたことに、安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 ……二人は。

 

 

 

 

 

「おい……お前達……もう……気は済んだか?」

 

 

「うぇ!?」

「ひぅ!?」

 

 その二人に掛けられるいつもより低い声に、雫とユナが恐る恐る上を見上げてみると、十字架から解放された蓮弥が無表情で静かに、こちらを見下ろしていた。

 

 

 雫はまずいと思った。これは滅多に見ない、蓮弥がガチギレしているやつだとわかったから。ユナも蓮弥の怒気が伝わったのか、上を見上げたまま固まってしまっている。

 

 

「ユナ……もう……話し合いは……終わったということで……いいんだな」

「は、はい」

 

 ユナの手元に聖約書が現れ、溶けるように消えていく。これで蓮弥にかけられた聖約は消えたということになる。

 

「なら……次は俺の番だな。二人には……聞いてほしいことがいっっっぱいあるんだ……今夜だけでたくさん増えたからなぁ」

「あの、ね……蓮弥……それは……その……今からでないとダメかしら? 私もユナも結構クタクタなんだけど」

 

 

 その言葉に蓮弥が笑みを浮かべながら……

 

「今からだ…………返事は?」

「「はい……」」

 

 

 雫もユナも今の冷笑を浮かべる蓮弥には逆らうことはできず、ただ頷くことしかできなかった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥達三人は、ユナの世界から現実に戻ってきた。

 

 

 そして蓮弥は、夜の草原にて二人に説教を行った。

 

 

 自分のことで争っているのに自分を放置するとは何事だとか、裏で何かやっているなら事前に説明してほしいとか。二人の殺し合いをどんな気持ちで見ていたかわかるか? などを、たっっっぷり時間をかけて。

 

 

「今回はこれくらいにしといてやる。ちゃんと反省して、もう無茶するんじゃないぞ」

「はい、すみませんでした」

「……ごめんなさい。悪かったわ」

 

 

 ユナと雫が謝罪する。結構本気で怒ったので二人はがっつり落ち込んでいるようだった。

 

「まあ、もともと俺が原因で起きたことだしな。二人だけを責めるのは間違いだとは思う」

 

 仕方ないとはいえ、自分を中心にして起こったのだ。ならその責任は取らなくてはいけない。

 

「それでな。……今、俺の答えを聞く気はあるか?」

 

 蓮弥はずっと考えていた。どうするのが最善の道なのかと。

 

 

 どちらを選ぶのが最善なのか。それとも最善の道などないのではないか。

 

 

 自分の気持ちと相談しつつ、悩んだ結果、至った結論は一つだけだった。

 

「……うん」

 

 雫がうなずく。

 

「……はい」

 

 ユナも承諾する。

 

 なら言おう。蓮弥の素直な気持ちを。

 

「……ここまで来たらもったいぶるつもりはない。さっきの二人の戦いを見て、俺も改めて覚悟を決めた」

 

 改めて蓮弥はユナと雫に向き直る。

 

 

 

「ユナ、雫。俺は……二人が好きだ……愛している。どちらかを選べないんじゃない。俺はどちらも選ぶ。二人を幸せにすると誓う。だから……こんな俺でよければ……これからもずっと、俺と一緒に歩んでほしい」

 

 

 優柔不断にどちらかを選べないのではなく、覚悟を決めてどちらも選ぶ。それが蓮弥の選択。

 

 

 世間一般常識に照らし合わせれば、二人の女性の前で開き直って堂々と二股宣言するクズ野郎そのものだが、それがどうしたというのだろう。いついかなる時でも、世間の常識が正解だとは限らない。なら、この選択だってありなのだ。そもそも創造位階に到達した聖遺物の使徒に常識だのルールだの言う方が間違っている。創造位階に到達した人間は誰もが、自分の渇望こそが世界のルールであるべきなどという頭のおかしいことを本気で考えている連中ばかりなのだ。なら、蓮弥とて、世間の常識に縛られる必要などどこにもない。

 

 

 もちろん簡単なことではないことは蓮弥もわかっている。かつて蓮弥も、もう名前も顔も思い出せない大切だった人と結婚前夜までいったことがあるのだ。故に人を愛するには、膨大なエネルギーがいることを知っている。二人を平等に愛するということは、単純に一人を愛するということの二倍のエネルギーが必要だということに他ならない。いや、嫉妬心や独占欲がなくならない以上、それらのしがらみを含めればかかるエネルギーはそれ以上だろう。

 

 

 だからこそ、蓮弥が甲斐性をみせなくてはならない。いつか二人と一緒に善き場所に行くために、必ず二人を幸せにするとここに誓う。

 

 

 ……もちろん、ユナと雫が蓮弥の想いを受け入れてくれたらの話だが。どれだけ蓮弥が二人を平等に愛する決意をしたところで、受け入れてもらえなければ意味がない。

 

 

 二人を選ぶ以上、どちらも特別にする。それが受け入れられないなら、どちらも選べない。それ以外にないと覚悟を決める。

 

 

 そして、ユナと雫は互いに顔を見合わせて笑い合う。

 

 

 二人とも、何となくこうなるのではないかと思っていた。だからこそ、わざわざ今夜のようなことまでしたのだ。二人の間で折り合いをつけて、納得するために。

 

 

 だからこそ二人の返事など、とっくに決まっていた。

 

 

「「はい」」

 

 

 最高の笑顔と共に返事を返したユナと雫を前に、蓮弥も優しく微笑む。この二人の笑顔を必ず守ると改めて誓って。

 

 

 夜の草原に照らされる月光が、ここに、真の意味で新たなる門出を迎えた三人を祝福する。

 

 

 彼らの旅路に、祝福あれと。




執筆時BGM『Hávamál』

>ユナと雫の修羅場
わかる人にはわかるかもしれませんが、今回の話の参考にしたのは、パンツさんVSメスゴリラです。もっとも雫のスカートの中身は安くはないし、ユナは蓮弥曰く、ちゃんと色々柔らかいらしいです。

蓮弥を間に挟んで、どっちが好きなの? 的なこともやらせようかと考えてみたのですが、蓮弥の結論で話を盛り上げようとすると、どうしても蓮弥が優柔不断のヘタレ二股野郎になってしまうので断念。だから今回蓮弥は完全に蚊帳の外になっていただきました。

>ユナの創造
Amantium irae amoris integratio(恋人たちの喧嘩は、恋の回復である)
位階:創造
発現:求道型
渇望:なし(本人の格だけで使用)
詠唱:Diligite inimicos vestros(汝ら、敵を愛せよ)

能力:ユナが戦えるように内界を整える。ユナは現実では蓮弥を通じて力を発揮する都合上、蓮弥の能力以上の力を使えないが、ここでなら制限なしで使用できる。事前に負ったダメージを修復するといったなんちゃってグラズヘイムみたいなこともできる。ユナ本人は渇望を見出していないので本人の格のみで作られた疑似創造。

>ユナの剣術
特に詳細設定なし、多分モーセ流剣術とかそんなん。

>ユナの親友
同じ時代を生きた聖女でヤコブ神拳の使い手。ユナの死後、ある場所で悪竜を手懐けることに成功する。ユナの裏切りの理由を察していたことでユナの死を悲しんだ。ちなみに今更ですが作者のユナのイメージCVは早見沙織です。

>八重樫流体術『撫子・返風』
雫流の急段(物理)

>一行で倒された2~7番のどれかの神の使徒。
通りがかりの蓮弥に偶々見つかり、旅のついでに倒されたアンラッキーガール。創造位階に到達した蓮弥にとって、もはやフレイヤ以外の神の使徒は終盤にフィールドで出現するようになる序盤のボスキャラレベルの雑魚MOBに過ぎない。

次回は時間を戻し、第四章時点でのハジメ達サイドのお話です。

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