ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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アニメ2話。

アニメの良し悪しはわからないのでここでは言いません。とにかく雫ちゃんの出番が多かったので作者としては大満足でした。

目指せ修羅場シーンの脳内アフレコ。

さて、今回は第四章時点でのハジメサイド。原作キャラオンリーの話なので思いっきりカットします。


幕間 白崎香織という女

 さて、物語はここで少しばかり遡ることになる。

 

 ちょうど蓮弥と雫が、バーン大迷宮攻略のために悪戦苦闘している頃、もう一組の大迷宮攻略パーティであるハジメ達は一体何をしていたのか。

 

 

 もちろん彼らもグリューエン大火山にあるとされる神代魔法『空間魔法』を手に入れるために奮闘していた。ではその過程がどのようなものであったのか、ここでは詳しくは語らない。きっともっとふさわしき場所があるはずであり、ここで語るのは野暮というものだろう。

 

 

 だからこそ、ここではある一人の人物に焦点を当てて語りたいと思う。

 

 

 白崎香織。

 

 

 ハジメがホルアドにて再会した元勇者パーティの治癒師であり、ハジメにユエという恋人がいるにも関わらず、微塵も臆することなく堂々と告白し、ユエに宣戦布告した上で、蓮弥と入れ替わる形でハジメ一行についてきたという経緯がある中々行動力とガッツがある、パワフルな少女だ。

 

 

 彼女がいったいどのような人物なのか、ハジメ一行から見た印象はどのようなものなのか、それを順次語っていこうと思う。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ~~色々手遅れな変態視点~~

 

 赤銅色の世界。

 

 グリューエン大砂漠は、まさにそう表現する以外にない場所だった。砂の色が赤銅色なのはもちろんだが、砂自体が微細なのだろう。常に一定方向から吹く風により易々と舞い上げられた砂が大気の色をも赤銅色に染め上げ、三百六十度、見渡す限り一色となっているのだ。

 

 

 竜人族であるティオからしたら、別にその程度で命を落とすほどの脅威があるわけではないが、やっぱり砂ぼこりにまみれるというのは中々鬱陶しいものがある。ハジメと出会いドMとして覚醒した彼女としても、そこはやっぱり変わらない。

 

 

 ……ご主人様であるハジメとサンドワームプレイなどいいかもしれないとか考えていないのだ。竜人族は誇り高い賢人なのだから。

 

 

「前に来たときとぜんぜん違うの! とっても涼しいし、目も痛くないの! パパはすごいの!」

「そうだね~。ハジメパパはすごいね~。ミュウちゃん、冷たいお水飲む?」

「飲むぅ~。香織お姉ちゃん、ありがとうなの~」

 

 前の席でミュウが感激の声を上げ、香織がそんなミュウを優しく見守りつつ車内に備え付けれている冷蔵庫からよく冷えた水を取り出す。

 

 あのような幼き子供が少し前まで奴隷だったなど信じられるだろうか。竜人族はかつて人族から迫害され歴史の表舞台から姿を隠した種族だ。そして影から世界を見守ってきたのだが、いくら月日が経とうとも悪しき習慣というものになれることはない。

 

 

「なぁ、しらさ……香織。ハジメパパって言うのは止めてくれよ。何か、物凄くむず痒いんだ」

「? でも、ミュウちゃんには普通に呼ばれてるよね?」

「いや、ミュウはもういいんだ。ただ、同級生からパパと呼ばれるのは流石に抵抗が……」

 

 ご主人様であるハジメが香織のパパ呼びに戸惑いを覚えている。ハジメの同郷といえば、ティオの中では真っ先に蓮弥が浮かび上がってくるのだが、彼は悪乗りしている時でもない限りそのようには呼ばない。

 

 

「そう? なら呼ばないけど……でも、私もいつか子供が出来たら……その時は……」

 

 なにやら車内の空気が変わるのを感じる。それはこの旅が始まってから度々目にするようになった事象だった。そしてこういう香織の言葉に反応するのはいつも決まっている。

 

 

「……残念。先約は私。約束済み」

「!? ……ハジメくん、どういうこと?」

「……別におかしな話でもないだろう。まだまだ遠い将来の話だし」

 

 その言葉を境にユエの攻撃が始まる。もうすでに両親への挨拶や将来設計まで完璧などなど。香織はそれに対してむむと顔をしかめていたが、不意に思い出したように話題を逸らす。

 

 

「そういえば、ハジメ君。故郷で思い出したけど、あの新作ゲーム、PARAISOで購入できたの?」

「……ああ、あれか」

 

 先ほどの話の流れを丸ごと無視する話題だったが、ハジメはその話題に乗ることにしたようだ。どうやらこのままユエに話を続けさせると、自分の夜の事情を含めたプライベートの恥ずかしい情報が、同郷の少女に洩れるという羞恥プレイが起きると経験でわかったらしい。それをハジメの感情を察した香織が狙ってやってるのだとしたら、中々空気を操るのが上手いとティオは思う。

 

 

「……そうだ、思い出した。あのゲーム……結局半分もできなかったんだよな。……ちくしょう……できるだけ早く攻略してやろうと思ってたのに……」

「流石にこれだけ時間が経ってたら、みんな攻略してるよね。……そのネタで同人とかも夏コミで出てそうだし」

「きっと母さんが必死になって同人誌書いてんだろうな。……俺がいなくなって過労死してなきゃいいが……」

「だったら早く帰らないとね」

「……」

 

 この突然始まった故郷語りに、ハジメと香織以外誰もついていけない。それは恋人であるユエも例外ではない。これも香織が加入してから度々起きていることだった。ハジメと蓮弥もオタク知識を披露していたりしたが、どうやらここにくるまでプライベートの付き合いがなかったせいか、二人は故郷の話をあまりすることがなかった。だが香織は違う。どうやらハジメとハジメの趣味をかなり深いところで理解できているらしく、そのネタをたびたび振ってくることがあるのだ。

 

 

 ティオは別に構わないと思っているのだが、ユエはあからさまに面白くなさそうな顔をする。何が面白くないかというと、故郷の話をする時のハジメが中々いい顔をしているからだという話だ。ティオは普段のドSの顔こそ最高だと信じて疑わないが、このような望郷の念を抱いているハジメも悪くないと思う。

 

 

 一度全てを捨てたハジメが、故郷を思い出して懐かしんでいるのはどう考えてもハジメにとっていい傾向だからこそ、ユエは止めるに止められずヤキモキすることになるわけだ。

 

(ふむ、香織も中々強かじゃのう)

 

 意外なことに香織は、ハジメに対してがつがつした態度をとってはこなかった。ユエとの関係に顔をしかめることはあれども、それはそれと割り切っているのがわかる。ユエが対抗してハジメとの思い出語りをしても受け止める余裕があるくらいだ。顔を見れば、今は彼とこうやって何気ない話ができているのが幸せだと語っていた。

 

 

 だがここで外を見ていたティオが奇妙なものを見つけた。

 

「ん? なんじゃ、あれは? ご主人様よ。三時方向で何やら騒ぎじゃ」

 

 見てみるとサンドワームの集団が何やら奇妙な行動をしているのを発見する。なにやら知識人であるティオからしても奇妙な行動をとっており、その光景が否応なくパーティの意識を向けることになる。

 

 

 その後、ハジメ一行に襲い掛かってきたサンドワームを車体に取り付けた装備で撃退したりしたが、その際、香織がサンドワームの中心で倒れている人を見つける。

 

 

 ハジメの判断で倒れている人物と接触しようということになり、倒れている人の元に向かったのだが。

 

 

「これ……"浸透看破"」

 

 香織がフードを取りあらわになった男性の顔を見た瞬間、治癒師の目になり診断を始める。

 

「魔力の暴走現象……何か体の中で毒素みたいなのが暴れてる。……万天は……駄目。となると……」

 

 香織が魔法を()()()()使()()()()

 

「”聖棺”」

 

 香織の魔法発動と共に、倒れている男性が光に包まれる。光は男性を四角で覆うようにして広がりながら包み込む。その様相はまるで光る結晶でできた箱のようだとティオは感じた。

 

「香織……今何したんだ?」

 

 ハジメが見たこともない魔法を使う香織に問を投げる。そこはティオも気になっていた。香織の使った魔法はティオの知識にないものだからだ。

 

 香織は目の前に浮かび上がってきたスクリーンのようなものを操作しながらハジメに応える。

 

「何が原因かわからなかったから……治療の準備と隔離、それと同時に解析してるところだよ。……いまのところ空気感染しない病である可能性が高いみたい……暴走する魔力を体外に排出できないのが一番の問題だから……」

 

 香織は聖棺に囲まれた男性に向かって無詠唱で魔法をかける。まずは一定範囲内における人々の魔力を他者に譲渡する魔法である光系の上級回復魔法”廻聖”を。そしてその魔法にて()()()()()()()()()()()()()()()()、状態異常回復魔法”万天”、傷と魔力を回復させる魔法”天恵”を同時に男性に掛ける。これで魔力を抜き取りつつ、状態異常回復と肉体の回復を同時にできるようになった。男性の魔力がなくならないように一部適量を天恵で戻すのも忘れない。それを聖棺のスクリーンに組み込むことで、それらの魔法を常駐させる。

 

「これで良し。解析結果が出て原因がわかるまでは応急処置しかできないけど、これで聖棺の中から出さなければ命の危険はないと思う……あれ? みんなどうしたの?」

 

 応急処置を終えた香織が仲間たちの反応がないのに首をかしげる。

 

 ハジメ達は自分たちがあれこれする前に素早く応急処置を済ませてしまった香織に驚いていた。特にユエの驚きようはすごい。

 

 

 そして当然ティオも内心で驚愕していた。見たところ、この聖棺という魔法は、他の魔法の効果を相克させずに重複させられる効果があるらしく、今男性に対して三つ、否四つの魔法が同時にかけられている。

 

 一つは、廻聖。男性の症状で一番重い症状が魔力の排出不可だと見抜いた香織がまず初めに使った魔法だ。これは本来自分の魔力を他人に譲渡するという目的で使用されるものであり、他人から魔力を抜いて譲渡するのは高等技術にあたる。

 

 

 だがそれを詠唱無しで使用したのも驚いたが、その抜き取った魔力を一度保管せずにそのまま”万天”と”天恵”に使用するための動力として直接使っていることに驚愕した。回復魔法というのは他人の魔力と相克させずに効果を発揮しなければならないために、繊細な魔力制御が必要となる魔法だ。そのために難しい操作をするならそれに比例して、詠唱なり魔力使用量なりが増えるものなのだが、香織はそのセオリーを無視して他人の魔力を魔法発動に使うなんてとんでもないことを仕出かした。それができるということは他人の魔力を自分の物のように精密に操作しているということを意味する。そんなことティオにもユエにもできない。さらに現在進行形で原因も解析中らしいのでティオはその優秀さに舌を巻くしかない。

 

 

(どうやら異世界人は跳び抜けた才能を持った人材ばかりのようじゃ)

 

 ハジメや蓮弥はもちろん、先ほどのような魔法無詠唱同時掛けという超高等技術をなんなくやってのけた香織、精神面はともかく、力だけは優秀だった勇者。

 

 

 ……地球とはどのような魔境だったのか。ティオは少し考えてしまう。

 

 

 その後、その男性がどうやらアンカジ領主の息子だったらしく、町の危機を救ってくれと頼んできた際、ミュウの手前もあって断れなかったハジメが一先ずアンカジに送ることを決定した。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ~~実はマッチョ?なバグウサギ視点~~

 

 シアはアンカジの町を必死に往復していた。

 

 

 シアは今、香織の指示の元、動けない患者達を、その剛力をもって一気に運んでいた。馬車を走らせるのではなく、馬車に詰めた患者達を馬車ごと持ち上げて、建物の上をピョンピョン飛び跳ねながら他の施設を行ったり来たりしている。

 

 

 そして一か所に集まった患者たちに対して、香織がアンカジ領主子息ランズィに対して行った治療と同じことを全員に行う。今や治療院は香織が使用した聖棺に包まれた患者でいっぱいであり、中々に神聖な雰囲気を醸し出している。香織曰く聖棺に包まれている間は症状がこれ以上悪化することはないとのことだった。

 

 

 あれから、アンカジについたハジメ一行は、まず飲み水の確保と言わんばかりに、ユエが”虚波”という大波を出す魔法を使って貯水池を作成した。そしてこの町のオアシスを調査したところ、バチェラムというスライム型の魔物が寄生していることが発覚したので排除した。

 

 

 そしてハジメ達が香織に治療を任せて、この症状の治療に役立つ鉱石である静因石を取りに行こうとしたのだが、そこで香織から待ったがかけられた。

 

 

「もう少しで毒の解析が終わりそうなの。それが終わったら多分、治療薬が作れるから静因石がなくても治せると思う。……ハジメ君にやってほしいこともやってあげたいこともあるから、ちょっとだけ私に付き合ってほしいの、お願い」

 

 

 その言葉に最初は医療院の職員たちも半信半疑の様子だったが、シアが運び込んでくる患者を片っ端から聖棺によって患者の症状を緩和している姿を見て、どうやら驚愕を通り越して、尊敬に至ったらしく、今や香織の指示のもと全員治療を行っていた。

 

 

 ハジメとしてもいつ治るかわからないならともかく、自信たっぷりに毒の解析が終わったら治療薬を作れると言い切った香織に対して文句を言うことなく、治療が終わるまで待つという結論に至った。

 

(それにしても、香織さん。本当にすごい)

 

 シアも魔力による肉体強化を使っているため、何度か魔力が枯渇しそうになるたびに香織から魔力を分けてもらうということを繰り返してきたが、香織はこれだけの人数の治療を行っているにも関わらず、魔力が尽きる様子がない。

 

 

 どうやら香織も魔力操作ができるらしく、それを応用して患者たちの溢れ出す余分な魔力を治療に使っているため、ほとんど治療に自分の魔力は使っていないからと言っていたが、それがどれだけすごいことなのか魔法の才能がないシアにだってわかる。ユエに聞いたところ香織は魔力の使い方に全く無駄がなく、燃費が桁外れにいいと言っていた。

 

 

 シアにとって香織はユエとは別の意味で綺麗な人だというイメージだ。出会った時から物腰は丁寧だし、兎人族である自分に対しても優しい。……もっともウサミミの誘惑には勝てなかったのか、ハジメと同じくもふもふしてくることがあったが。

 

 

 ユエとは言い争いになることもあるが、香織自身はユエをそれほど嫌ってはいないらしい。なんでもこんな風に喧嘩する友達はなんだか新鮮だということらしい。意外と大人っぽい対応をしてくる香織にユエが少し微妙な表情をしていたのが印象的だった。

 

 

 そして香織がハジメを見る目は、とても尊いものを見る目だった。思い切って香織に聞いてみたシアだったが、香織は今彼の側にいられるだけで幸せだと答えた。一度永遠に失ったと思い、そして失って初めて自分の彼に対する感情を自覚したのだと。その後襲ってきた後悔と犯人に対する怒りと憎悪で歪みそうになったが、彼が帰ってきたことでそれも解決したのだと言う。

 

 

 香織はシアだけにこっそり教えてくれた。

 

「本当は私だけ残って治療することもできたんだけどね。……治療にどうしても静因石が必要なら仕方ないけど、そうでないなら今はハジメ君の側にいたくて、わがまま言っちゃった」

 

 みんなには内緒にしてねと言って軽く舌を伸ばす香織。それは同性のシアでも魅力的だと思うしぐさだった。正直に言えばユエの存在はショックだったが、それを上回る彼を見ているだけで暖かくなる気持ちをもう少しだけ感じていたいのだと。

 

 

 その言葉にシアは共感した。きっと家族を彼に助けられた自分も同じ気持ちだったから。治療がひと段落付いた際に女子二人の会話は行われる。後はあの場に残してきた親友についてもシアに語っていた。

 

 

 小さい頃からの一番親しい親友だということで、シアは香織と雫の思い出話をたくさん聞いた。昔からカッコよくて、それでいて女の子らしい親友が自慢だったということや、よく彼女の家に遊びに行って彼女の伯父さんに面白い話を聞いたこと。そしてある日を境に、彼女が蓮弥にずっと片想いしていることに気づき、ずっと彼女達の仲を応援してきたのだという。

 

「だから、ホルアドを去る時のあれはちょっと感心しないかな。あれで雫ちゃん。結構女の子だから、もしかしたらちょっと泣きそうになってたかもしれないし」

「それは……すみませんでした」

「まあ、その程度で負ける雫ちゃんじゃないけどね。……藤澤君がユナちゃんという子と恋人同士じゃないなら、まだ雫ちゃんにもチャンスはあると思うし」

 

 その言葉はどれだけ親友を信頼しているのかがよくわかるセリフだった。シアにはまだそのような存在はいない。彼女には家族はいたが、友人はいなかったのだ。初めてできた友達であるユエともまだそこまでの関係には至っていないだろう。いつか、いつかユエと彼女達のような関係を築くことができればいいとシアは優しい顔で語る香織を見ながら思ったのだった。

 

 

 ~~紅き閃光の輪舞曲(ロンド)視点~~

 

 シアと香織の治療行為がひと段落ついたその日の夜。香織から毒の解析が終わったという報告が上がった。

 

「もし、有機化合物系の毒だったら材料とか集める必要があって大変だったけど、魔力的な毒だったからそれを中和する魔法を作れば治せるはずだよ」

 

 そしてその毒を中和する魔法陣をハジメに渡してきた。

 

「一人一人使っていくのは時間がかかるし効率的じゃないから、ハジメ君にはこの魔法陣をユエが作った貯水池の水に付与するようなアーティファクトを作ってほしいの? できる?」

「ああ、それならすぐだな。以前水を浄化するためのアーティファクトを作ったことがある。それを応用すれば数時間あればできるはずだ」

「そう、良かった。なら任せてもいいかな。……あと個人的にハジメ君にやってあげたいことがあるからそのつもりでいてね」

 

 なにやら怪しいことを言ってくる香織だったが、割と真剣な顔をしていたので了承しておく。

 

 

 それからハジメが錬成した、香織の魔法式を生成魔法で付与した浄水装置はほどなく完成し、アンカジの住民にその水は届けられた。

 

 

 数時間もすれば、効果は表れ始め、魔力の暴走現象が次々と収まっていく。後は体力と魔力が安定するまで安静にしていたら問題ないという香織のお墨付きだ。それを聞いたアンカジ住民は飛び上がるように喜び、香織はすっかりこの国を救った女神扱いになっていた。直接拝んで祈りを捧げているものもいたくらいだ。あと領主の息子が第二の檜山になりそうな気配をしていたので適当に潰しておいた。少し期待するような香織の目と、少し疑いの目を向けるユエが印象的だった。……自分はユエ一筋を貫くつもりなのに、どうしてこうなるのか。

 

 

 そして夜、アンカジにあてがわれたハジメ達の居住区にて、ハジメと香織は二人きりになっていた。

 

「じゃあ、ハジメ君。……今すぐ服を脱いでください」

「なんでやねん」

 

 

 思わず関西弁でツッコミを入れてしまったハジメは悪くないはずだ。その言葉を聞きつけてユエさん警察が登場する。

 

「香織、アウト。今すぐ退場しなさい」

 

 ユエが強制的に追い出そうとするが、香織はようやく自分の言葉が足りなかったことに気付いて慌てて補足する。

 

「あの、も、もちろん全部脱がなくてもいいから。魔力阻害効果のあるその装備はこれから行うことの邪魔になりそうだから外してほしいというだけで、脱ぐのは上だけでいいよ」

 

 その言葉にユエが目を細める。一体ハジメの上半身を裸にして何をするつもりだと警戒する目をしていた。

 

「今から何をするんだ、香織?」

 

 治癒師である香織が割と真剣に言ってくるので少し不安になるハジメ。ここアンカジにて彼女のこの世界の常識をも超えた治癒師としての技量を散々見せつけれたばかりなのだ、もしかしたら何か病でも見つかったのかと思ってしまう。

 

「今すぐどうこうなるってわけじゃないけど。ちょっとマッサージをね」

「マッサージ?」

 

 ユエが疑問を香織に向ける。如何わしい気配がしたら即座に退場させるつもりのようだった。

 

「ハジメ君は、オルクス大迷宮で魔物を食べてステータスを向上させたり、色々スキルを手に入れたりしたんだよね?」

「ああ」

 

 あの時はそうするしかなかったとはいえ、あれは一種の賭けだった。もし手元に神結晶という伝説の鉱物がなければ到底耐えられるものではなかっただろう。もしあの神結晶を齎してくれた存在に会うことがあったら、全力で感謝の言葉を送りたいくらいだ。

 

 

 ハジメは既にその齎してくれた存在に出会っているとは露にも思わず、香織の話に耳を傾ける。

 

「だからなのかな。ハジメ君の身体って、ちょっと調べただけでも色々無茶苦茶なところがいっぱいあってね。それを今のうちになんとかしたいと思ったの」

 

 無茶苦茶とは中々曖昧な言葉を使ってくる。

 

「何か問題があるのか? 特に身体に異常を感じたことはないんだが」

「今は安定しているし、すぐに問題が起きるわけじゃないかもしれないけど……そうだね、ハジメ君風に言ってみると、もともと完成されていた南雲ハジメというソフトウェアに山ほどモジュールを追加してるのに、デバッグもテストも全くせずに運用してるというか……」

「今すぐ徹底的に調査してくれ!」

 

 香織が言い終わらない内に捲し立てるように香織に依頼する。父親の仕事の手伝いでプログラムのデバッグなどにも携わっていたハジメには、今の自分がいかに危険な状態であるか、香織の説明でわかってしまったのだ。デバッグもテストもせずにプログラムを動かすなど考えられない。今正常に動いているから大丈夫という問題ではない。それはいつどんなバグが自分の身体に起きても全くおかしくないということである。

 

 

 また何やら地球語を話し始めたハジメと香織にいい顔をしなかったユエだが、どうやら香織がやろうとしているのがハジメの治療行為なのだということはわかったらしい。くれぐれもそれ以外に踏み込まないように言いつけてユエは外に出ていった。

 

 

 そして再び二人だけになり、ハジメは香織の指示通り上の服を脱いで上半身裸になる。義手も外したほうがいいか聞いてみるがそれはいいとのことなのでそのままにしておく。

 

 

 そして香織は床に座り、ハジメに言う。

 

「ここに頭を置いて寝転んで」

 

 香織が示したのは膝だった。つまり膝枕の体勢になれと言ってくる。

 

「私にだってそれぐらい役得があってもいいと思います。……それとも、それも……駄目?」

 

 そんなことを上目遣いに見られたらいやとは言えない。治療行為の一環ならユエも許してくれるはず……たぶん。

 

 

 そして香織の柔らかい膝の上に頭を乗せる。なんだか少しだけ気恥ずかしくなる。見上げるとシアほどではないが、それなりに豊かな香織の胸が正面にくるので目のやり場に困る。

 

 

「今から私の魔力をハジメ君の中に流して魔力回路を整地するから。その後少しずつ身体のコリをほぐしていく感じになると思う。最初は少し違和感を感じるかもしれないけど我慢してね。もし痛かったら遠慮なく言ってくれていいから」

 

 そして香織がハジメの頭と腹、ちょうど丹田辺りに手を置いて準備を行う。

 

「じゃあ、始めるよ」

「ああ」

 

 香織がハジメに魔力を流し始め、ほどなくして違和感はやってくる。最初は身体の中に異物が入り込む感触に眉をひそめたハジメだったが、ほどなくしてその違和感が溶けて消える。

 

 

 感じる。自分の中に流れる魔力の流れがはっきりとわかる。香織の魔力によって正常な流れを促された魔力は、その通り道を整地しながら身体の隅々まで流れていく。身体がほのかに暖かい。まるで薬効のある極上のぬるま湯に浸かっているかのような心地よさがハジメを優しく包み込む。

 

 

 それがしばらく続いた後、マッサージとやらが行われる。香織の魔力が内側から自分の身体の隅々まで揉み解しているような感覚。そこに違和感や嫌悪感は微塵もなく、ハジメに心地よい快楽を送り続ける。

 

 

 その精密な魔力操作によって行われる極上のマッサージを受けながら、ハジメはふと昔のことを思い出す。

 

 

 あれはいつのことだっただろうか。少女漫画家をしている母親が、通常の連載の作業に加え、コミックス作業とカラーページ作業と同人誌入稿期限が重なるというデスマーチ状態になっている時だっただろうか。あの時は忙しすぎてアシスタントだけでなく自分も応援に参加しなければならない修羅場だったのだが、それをやり切った母親は身体を痛めてしまったのだ。

 

 

 原因はカラーページなどをする際に首と腰をケアしていなかったからこその重度の肩こりと腰の疲労だった。

 

 

 もはや自力で動けなくなった母親をつれて、何とかならないものかと整形外科などを回っていた時に、ちょっと古めの整骨院を発見したのだ。

 

 

 藁にもすがるつもりで母親はそこの初老の鍼灸師に治療を依頼したのだが、数時間の治療の結果、見事症状を改善させることに成功した。どうやら相当腕のいい鍼灸師にあたったらしい。

 

 

 それからというものの、母親は修羅場を乗り越えるたびに、そこに行くことが楽しみの一つになったようだが、そんなに気持ちいいものなのかと聞いてみたら……

 

「ハジメ……私ね……あの人がいないと……生きていけない身体にされちゃったの」

 

 などと顔を赤らめて冗談めかして言ってくる母親に年齢を考えろとか、実の息子にそういう態度はやめてくれと、うんざりした態度をとった記憶があるが……

 

 

 香織の魔力式マッサージを受け、表情筋まで緩む程、極限までリラックスした状態で思う。

 

 

 なるほど、あの時の母親の気持ちが今、わかったかもしれないと。

 

 

 所謂、性的快楽のような激しいものではなく、暖かく優しく包み込むような快楽にハジメの意識は溶けるように静かに遠のいていった。

 

 

 

 

「う、うーん……香織?」

「あ、ハジメ君、起きた?」

 

 ハジメの意識がゆっくりと覚醒していく、どうやら自分は香織の膝の上で寝ていたらしい。

 

「香織、俺はどれくらい寝てた?」

「三十分くらいかな。とても気持ちよさそうに寝てたよ。……色々変わったハジメ君だけど、寝顔はそのまんまなんだね」

 

 その言葉に若干気恥ずかしくなって言い返す。

 

「お前、俺の寝顔なんていつ知ったんだよ」

「忘れたの? ハジメ君、授業中しょっちゅう寝てたじゃない」

 

 その言葉に何も言い返せないハジメ。そういえばそうだったなと、もうずいぶん遠い話のように思い出す。

 

「マッサージは終了したよ。試しに魔力を流してみて」

 

 その言葉を受けて、ハジメが魔力を流してみると……

 

「お、おお、おおおお!」

 

 魔力の流れがはっきり良くなったのがわかった。まるで全身についていたつっかえがとれたような快調さ。試しに纏雷を使ってみるが、そのスキルを使う際の魔力の変換効率も格段に良くなっているのがわかる。まるで生まれ変わった気分だ。

 

「身体が軽い。マッサージ受けるだけでこんなに違うんだな……ありがとな、香織」

「どういたしまして」

 

 香織が笑顔と共に言ってくる。正直ユエがいなかったら一発で恋に落ちそうな笑顔だった。

 

 

「ハジメ君の身体は普通より淀みやすいみたいだから、できれば定期的に受けてほしいかな。新しい魔物の固有スキルを手にいれた時なんかは特にね」

「わかった、その時はまた頼むわ」

 

 正直これだけ違いがあるなら拒否する理由がない。身体をスムーズに流れる魔力の力強さに今ならいくらでも錬成できそうな気さえしてくる。

 

「……わかってるよ。ハジメ君にとって、一番ユエが大切だってことは……」

「……」

 

 香織が少しトーンを落として呟きを落とす。それに対してハジメは何も言うことができない。

 

「けどね、今はこういう形でもいいから。あの日の夜の約束を果たさせてほしいの、お願い……」

 

 香織の言葉にあの日の月下での誓いを思い出す。

 

「駄目だな」

「……」

 

 少し落ち込む気配が漂うが、別にそんな顔をさせたくて言ったわけじゃない。

 

「あの日の約束には……少し訂正がある。あの時は一方的に守られるしかできなかったけどな、今は違う」

 

 あの時の約束を少しだけ訂正する。あの時は言えなかった言葉を。

 

「俺が怪我を負ったら治してくれ。そしたら俺もお前を守ってやるよ。……大切な仲間だからな」

「ハジメ君……」

 

 何やら感極まったような表情になる香織にハジメは言葉を追加する。

 

「もっともユエの次、あくまで仲間というカテゴリーだからな、あんまり期待するなよ。と言うか俺と恋人になりたいという願いは、傷が浅い内にあきらめた方がいい。俺はユエ以外に特別を作るつもりは一切ないからな」

 

 ユエと出会い、蓮弥と再会し、そして先生の説教を受けたことで、ハジメの人間性は回復の方向で進んでいる。シアはもちろん、最初は色々あったティオも強引についてきた香織も大切な仲間だと認めているくらいには。

 

 

 だけど、これだけは譲れない。例え大切なものがいくら増えたとしても。

 

 

 自分にとって愛する女は、生涯たった一人でいい。

 

 

「あーあ、残念。少しはフラグが立つと思ったんだけどな〜」

「あいにく既にユエルートが確定していてな。そこからの逆転は不可能だ」

「そうかな。案外別ルートでも気が遠くなるほど想い続ければ、勝てる道はあるかもしれないよ」

 

 

 まるでハジメと結ばれるためなら宇宙が三回くらい滅びても、一万年くらいイチャイチャされても、数千年日陰の女をやっても耐えられると言わんばかりの言葉に少し笑ってしまう。

 

 

 全く、彼女なら他にいくらでも引く手数多だろうに、なんでこんな面倒な男に入れ込むのか。

 

 

 その想いに対して思わず、ならやってみろと言いたくなったのは心の中だけに秘めておくことにした。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ~~ロリエロポエマーな吸血姫視点~~

 

 グリューエン大迷宮攻略間近に、それは起こった。

 

 何の前触れもなく、突如、天より放たれた白き極光。

 

 それに飲み込まれる最愛の人。

 

「ハ、ハジメぇ!!!」

 

 ユエは思い出す。かつてオルクス大迷宮最深部での戦い。蓮弥が紅蜘蛛と戦っている時、ハジメとユエもまたヒュドラという神話に出てくるような魔物と戦っていたのだ。

 

 

 戦いは鮮烈を極めた。ハジメ曰く、暴走する蓮弥よりマシだということだったが、オルクス大迷宮で戦ってきた魔物の中で最強と言えるだけの戦力はあったのだ。

 

 

 そしてその時、それは起こった。自分を庇い、ハジメが極光の中に飲み込まれたのだ。

 

 二度と見たくない光景がユエの脳裏に過る。あの時の悪夢の再来に、ユエの身体が震える。

 

 

 ユエだけでなく、シアやティオも呆然と見ているしかない。

 

 

 だが……

 

 

「大丈夫。……落ち着いて」

 

 

 この中で、たった一人。ハジメが()()()()()()()()()動いていた人物がいる。

 

 

「言ったでしょ、私は役に立つって……もう、治療は始めてるから」

 

 

 その言葉にユエはハジメの方を見上げると、ハジメの身体の周辺に複数の魔法陣が展開されているのがわかる。

 

 

 ユエを初めとした仲間たちは全員強いハジメしか知らない。どんな危機も知恵と勇気と発想力で乗り切ってきた強い彼しか知らないのだ。だがこの中で白崎香織だけが違う。彼女は弱かったころの彼を知っている。そして……悔やんでも悔やみきれない後悔がある。その経験が、今この場で動ける者、動けない者の差を分けていた。

 

 

「舐めてくれるよね。一度不意打ちでハジメ君を失った私が、ハジメ君への不意打ちに対して、何の対策もしていないとでも?」

 

 ハジメには言っていないが、今ハジメの身体の中には香織の魔力が不活性状態で宿っている。もちろんマッサージの際に投与したものであり、それは香織の遠隔操作によってハジメの身体の内側から彼を回復させる効果を発動する。外側から回復魔法をかけることでその効果は相乗され、強化されるのだ。その回復力は、ハジメに限定するなら神水を凌駕する。

 

 

 さらにその魔力を通じてハジメを24時間365日見守ることができるようになる。例えハジメが一瞬無防備になろうが、その隙を敵が付こうが、白崎香織だけはそれを見逃さない。……残念ながら、実はとっさに発動していた聖絶でハジメへの攻撃自体を防げなかったのは遺憾だが、それは仕方がないだろう。香織は結界師ではなく治癒師なのだから。

 

 

 もちろんハジメの側に香織がいることが前提だし、常時香織の魔力を活性化するとハジメの魔力を阻害するのであくまでハジメが魔力を使えなくなるくらいのダメージを負った時の緊急用だ。だが……

 

 

 白崎香織がいる限り、南雲ハジメは絶対に死ぬことはない。

 

 

 香織にはあの日から見続ける悪夢がある。目の前でハジメが奈落の底に落ちていく光景。一度も忘れたことがなかった。どれだけ悔しい思いをしたのか、どれだけ弱かった自分を憎んだことか。だからこそ、今度は必ず守って見せる。

 

 

 ハジメに目掛けて再び極光が降り注ぐ。先ほどのより小さいが、十分魔法陣を吹き飛ばして余りある威力。

 

 

 ユエが急いで防御魔法を展開しようとするが……

 

「■■起動……高速展開……」

 

 

 香織が何やら詠唱を行い。ハジメの上空に聖絶が()()()展開され、極光を防ぎきる。

 

「!!」

 

 ユエが驚愕する。正直言ってこんな時なのに信じられなかった。

 

(展開が早すぎる!?)

 

 ユエには想像構成というスキルがある。自身の仮想領域に魔法陣を展開することで魔法を使えるようになるというスキルだ。そのスキルのおかげでユエは魔法陣の展開をすることなく魔法を使えるという他にはないメリットを持っている。

 

 

 だがそのユエをして、今の香織の魔法の展開速度は異常だと言えた。確かに香織の魔力の使い方は驚嘆に値する。最初にアンカジ領主子息を魔法で治した時、その旋律を奏でるような優しく力強い魔力の流れに思わず見惚れてしまった。他人の魔力をも利用する繊細かつ精密な魔力操作。あれほど美しい魔力操作は過去を思い出しても見たことがない。

 

 

 だが、それでも魔法自体はユエにも理解の及ぶ範疇──平然と新しい魔法を行使したり、毒の対抗魔法を作ったのには驚いたが──だったのだ。だが、先ほどのアレは一体どんな手品を使ったのだろうか。

 

 

「ユエ!」

「! 何?」

 

 思わず呆然としていたユエは香織の叱咤によって意識を覚醒させる。香織は先ほどの極光で展開された防御魔法が砕けたことを把握し、ユエに声を掛けたのだ。

 

「私の魔法じゃ、これ以上は防げない。私はハジメ君の治療に専念しないと。だからユエは私とハジメ君を守って。ハジメ君の相棒を名乗るなら、それくらいできるでしょ!」

 

 

 その言葉にユエの頭がカッと熱くなる。おそらくユエに発破をかけたのだろう。香織とて今は仲間内で争っている場合ではないことくらいわかっている。そしてその効果は覿面だった。

 

「舐めないで! それくらい楽勝!」

 

 ユエが上空から降り注ぐ極光に対して重力魔法”絶禍”を発動して全ての極光を飲み込んで対処する。()()()()()()の発破に対して、ユエの中の対抗心に火が付いた。火が付いた想いは燃え上がり、動揺とかつてのトラウマを跡形もなく吹き飛ばす。そして発動した魔法は、まるでハジメを守るのは自分の役目だと言わんばかりに難なく攻撃を防いで見せる。

 

 

 そしてその光景は、ユエだけでなく、後ろで見ているしかできなかったシアとティオの心にも火を灯す。

 

 

「これ以上好きにできると思わぬことじゃ! 〝爆嵐空”!」

 

 ティオが上級防御魔法を展開して自身とシアを覆うようにして守りを固める。そしてシアは上をジッと見て、まるで力を貯めているかのように呼吸を整えている。その光景を見て、ユエは一先ず安堵する。これなら乗り切れると確信する。

 

「……看過できない実力だ。やはり、ここで待ち伏せていて正解だった。お前達は危険過ぎる。特に、その男は……」

 

 上空から白竜に乗った魔人族が降りてくる。

 

「まさか、私の白竜が、ブレスを直撃させても殺しきれんとは……おまけに報告にあった強力にして未知の武器……女共もだ。まさか総数五十体の灰竜の掃射を耐えきるなど有り得んことだ。貴様等、一体何者だ? いくつの神代魔法を修得している?」

 

「質問する前に、まず名乗ったらどうだ? 魔人族は礼儀ってもんを知らないのか?」

 

 ユエはその言葉が聞こえてきた方向を見る。そこに立っていたのは、この世で誰よりも何よりも大切な愛しい人。

 

「ハジメ!」

「ハジメさん!」

「無事か! ご主人様よ!」

 

 その無事な姿に力が抜けそうになるのを耐える。まだダメージは回復しきれていないようだが、しっかり地に足をつけて立っている。想像以上の回復速度だ。ユエは再度驚愕するが、それは敵も同じだった。

 

「なん、だと。まさか……白竜のブレスをまともに受けて立っている? いや、治っているだと!? 貴様ら一体……」

「あいにくこっちには優秀な治癒師がいるんでね。お前の攻撃程度じゃ全然効かねぇよ」

 

 それは強がりでもなんでもなく、既に戦闘続行可能レベルまで回復していることにハジメ本人も驚いている様子だった。

 

「けどハジメ君。……まだ完全に治療は終わってないよ」

「もう大丈夫だ、香織。後は自己回復だけで行ける。……助かった、ありがとう」

 

 ハジメの目を見て、香織が回復魔法の魔法陣を消す。けれど何かあった時再度展開できるようにしているのはユエの目にもわかった。

 

 

「それで……名乗りを上げねぇのか。戦の作法ってやつらしいぜ」

「……これから死にゆく者に名乗りが必要とは思えんな」

「同感だな。……待てよ。……いや、やっぱり名乗りを上げる必要はねぇわ。お前、フリード・バグアーだな。魔人族の神代魔法の使い手だろ?」

 

 その言葉に驚愕しているのがわかる。なぜ人族であるこいつが自分の名前を知っていると思っているのだろう。だがその顔は徐々にある可能性を思い至り、怒りで歪めていく。

 

 

「確かカトレアだったかな。勇者を襲った魔人族の女は。……そいつが全部白状してくれたよ。フリード・バグアーが神代魔法を手に入れて神の使徒に選ばれたことや、その魔法が魔物を産み出したり強化したりできる変成魔法だってこともな」

 

 

 もちろんカトレアが白状したわけではない。あの時、彼女を殺害することで彼女の魂を取り込んだ蓮弥は、ホルアドの入口に向かうまでに彼女の記憶を整理し、重要そうな情報をハジメ達と共有しただけである。だがそんなことを知らないフリードは……

 

「貴様ぁぁぁぁぁ!! よくも大切な我が部下に非道な行為をッ! 許さん、貴様らはッ、骨も残さず消し去ってくれるッ!」

 

 カトレアはよほど彼に忠実な部下だったのだろう。だからこそ、そんな彼女が魔人族の情報をしゃべるということの意味を考え、一体どれほどのむごい仕打ちをカトレアに行ったのかを想像したのであろうフリードが激昂する。

 

 

 だが、それはこちらも同じだ。ユエは静かに闘志を燃やし、ハジメを殺そうとしたこの男を睨みつける。この男だけは絶対に許さない。

 

「それは、俺のセリフだ。俺の前に立ちはだかったお前は敵だ。敵は……全員殺す!」

 

 

 そこから先は乱戦だった。新たに魔物の増援を呼ばれ、囲まれることになる。だがほぼ万全になったハジメにその程度の増援など敵ではない。次々に撃破していき、どうやらここの神代魔法を先に手に入れていたらしいフリードが使用した空間魔法による不意打ちも難なく対処する。

 

 

 魔物の軍は大多数をハジメに向けていたのは当然だが、かなりの割合を香織にも向けていた。どうやらフリードにも先ほど重症を負ったハジメを治したのが香織だとわかったらしい。香織がいる限りハジメは何度でも復活すると考え、先に殺してしまおうと考えているのがわかる。

 

 

「”縛煌鎖”」

 

 四つ同時に光属性拘束魔法を放ち、灰竜を拘束する。その隙を逃さずシアが、もしくはティオが確実に止めを刺していく。

 

「香織さん。さっきから魔法を使いっぱなしですけど大丈夫ですか? そろそろ回復したほうがいいんじゃ……」

 

 シアが香織を気遣ってそういうが、香織は余裕の表情を崩さない。

 

「大丈夫。正直、これだけ空間の魔素(マナ)が濃いなら、いくらでも魔法が使えるから」

 

 どうやら大丈夫らしい。ユエはその大丈夫と言えるだけの根拠が気になるが、今は後回しだと気を引締める。

 

 

 そして戦いは佳境を迎える。

 

 ”そこな竜よ、貴様らに恨みはないが、そこの若造は妾の逆鱗に触れおった。よって、いまから格の違いというものをじきじきに教えてやろう”

 

 

 無敵だと思っていたハジメが傷ついた時、ティオの胸中は激しい動揺に襲われた。なまじ蓮弥のような無敵の装甲を持っている存在が身近にいたせいで失念していたのだ。ハジメも一人の人間なのだということを。

 

 

 そしてようやく自分の想いに気が付き、自分よりも先に彼に告白し、ユエに宣戦布告した少女が、たやすくハジメの重症を治して見せたところを見た瞬間、あの魔人族への怒りと共に、竜人族の気高い魂に火がついた。

 

 

 一人の少女があれくらいやって見せたのだ。ならば自分も見せてやらねばなるまいて。

 

 

 その想いと共に、自ら禁じていた竜化を解禁したのだ。

 

 

 〝若いの! 覚えておくのじゃな! これが真の〝竜〟のブレスというものじゃ! ”

 

 

 仲間たちの援護によってフルパワーまで蓄えられた上に、香織による強化付与で強化されたティオのドラゴンブレスは……まさに格が違った。

 

 白竜のブレスをたやすく飲み込み、その極光ごと白竜を吹き飛ばしたのだ。ブレスのせめぎ合いにより多少ダメージが軽減されたことで白竜本体を仕留めることはできなかったが、もはや白竜は戦線には戻せない。その余波により灰竜のほとんどが消滅したのも戦果として非常に大きいだろう。これでフリードはほとんどの武器を失ったに等しい。

 

 

 フリードは竜人族の生き残りがいたという事実に、驚愕を隠せないようだ。

 

「……恐るべき戦闘力だ。侍らしている女共も尋常ではないな。絶滅したと思われていた竜人族に、無詠唱無陣の魔法の使い手、未来予知らしき力と人外の膂力をもつ兎人族……、そして見たこともない規模の回復魔法を使う治癒師の女。よもや、神代の力を使って、なお、ここまで追い詰められるとは……認めよう、この場は私が不利だとな……」

 

「逃がすと思ってんのか?」

 

 未だ余裕があるハジメがドンナーを構えるが、フリードにもまだ余裕があった。どうやらまだ逃げる算段はあるらしい。ユエは逃がさないとばかりに魔法を構築するが……

 

 

 

 

 

 

「何を逃げようとしているのかな、かな?」

 

 

 乾いた音と共にフリードの左顔面に、この激しい戦いの最中、ずっと隠形されていた一つの魔力スフィアが命中した。

 

 

 ……香織の目からは……ハイライトが消えていた。

 

 

 

「許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ……ハジメ君を殺そうとしたこと、私から奪おうとしたこと、私は絶対に許サナイ……腐り落ちて死んじゃえ……”堕天”」

 

 

 そしてつや消しの瞳と、感情が抜け落ちた香織の遠隔発動により……

 

 

 かつて開発した外道魔法を、人に対して解禁した。

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア────ッ!!」

 

 

 顔を抑えたフリードの大絶叫が大迷宮に響き渡る。灰竜の上で転がりながら、悶え苦しんでいる。その突然の悶え苦しむ様に流石のハジメ達も度肝を抜かれて香織の方を見る。相変わらず香織に表情と目の光はない。

 

 

「おおおおおおおおお──ッ、ガァアアアアアアアア──ッ!!」

 

 

 フリードは左側頭部に手を当てて何らかの魔法行使をした。その行為に対して、叫び声を聞いても眉一つ動かさなかった香織が冷静に分析している。

 

 

「あれって。……そうか、あれがあいつの神代魔法。それを使って自分の細胞の性質を丸ごと変質させたんだ。……なるほどね、確かにあれなら私の堕天の侵食を防げるかも。けど……侵食は防げても、既に手遅れな顔の左半分は治らない」

 

 

 何やらよくわからないが、敵が隙だらけになっているのを見逃すメンバーは一人もいない。それぞれ武器を構えてフリードを狙うも、運は彼の味方をした。

 

 

 ティオのブレスによって揺れていた影響により、ハジメ達とフリードの間に溢れだしたマグマによる壁が一瞬できたのだ。顔の左半分が腐っていく苦痛と戦いつつも、好機を逃さなかったフリードが攻略の証を使ってここから姿を消した。

 

 

「ちっ、逃がしちまったか」

「追いかけるのは、先に大迷宮攻略を完了してから」

 

 ユエが冷静に判断を下す。もう攻略は目前なのだ、ならまずは神代魔法を手に入れた後、フリードがやったように攻略の証を使って追いかけたほうが早い。

 

 そう思った矢先のことだった。グリューエン大火山が大きく振動し、マグマの水位が上がりだしたのは。

 

 

 どうやら、フリードが置き土産として何かしたらしいとわかったハジメはティオに静因石を託した。香織の治療薬があるとはいえ、あって困るものではないからだ。それに、ティオにやってほしいことがある。

 

 

「いいか、ティオ。よく聞け。お前は先に戻ってミュウを迎えに行ってほしい。……もちろん自暴自棄になってるわけじゃねぇ。俺達の生き残る算段はちゃんとある。だけどあのフリードってやつが逆上して、ミュウのいるアンカジを襲わないとは限らない。いいか……なんとしても、最低でもミュウだけはエリセンまで送り届けなくちゃいけない。わかるな」

 

 最初は自分だけ生き残れというのかと悲しい表情をしたティオだったが、どうやらハジメの目が光を伴っているのを見て落ち着いたらしい。

 

 

 ”わかった。委細任せよ。……必ず、生きて戻るのじゃぞ、信じておるぞ、ご主人様よ”

 

 

 そのメッセージと共にその竜体を羽ばたかせてティオは一先ず先にグリューエン大迷宮を脱出した。

 

 

 

 それからマグマに襲われたり、灰竜の生き残りに襲われたりしたが、ほぼ万全のハジメがそんなものに足をとられるはずもなく、無事、ここにいる全員神代魔法の一つである空間魔法を習得した。

 

 

「これが神代魔法。空間魔法だなんて、これでいつでもハジメ君に会いに行けるね」

 

 マグマの中を進む潜水艇の中で、何やら香織がハジメを膝枕して治療しながら調子づいた発言をしたのでユエはここで改めて宣告する。

 

 

「香織、ハジメは私のもの。私とハジメが出会うのは運命だった。だから……香織には渡さない」

「その言い方。……ふふ、ようやく私を敵だと認めてくれたみたいだね」

 

 

 遺憾ながら認めるしかない。もし香織がいなかったらハジメの命はなかったかもしれないのだ。そして、ユエは気づいていた。竜の群れに囲まれて、自分自身も積極的に命を狙われている中でも、香織の注意の一部は、常にハジメの方を向いていたことを。だから……

 

「……ハジメの主治医にならなってもいい」

「私は主治医じゃなくて、恋人になりたいんだけど」

「それは駄目。主治医もハジメの健康と私との夜の生活を支えるための重要な仕事。……香織がいれば、ハジメはもっと元気になるかもしれない」

 

 

 あの魔力式マッサージはハジメの健康を支えるのに一役買うだろう。つまり、ハジメの夜の野獣も元気になるということだ。これから今まで自重していたハジメとの夜のイチャイチャについて、香織に聞かせてやろうと思った瞬間。

 

 

 世界が文字通り揺れるような衝撃を感知した。

 

 

「ッッ!!?」

 

 この場にいる全員が異常事態を察知した。香織の治療と魔力式マッサージを受けて眠っていたはずのハジメも飛び起きる。

 

「なんだッ!世界戦争でも起きたのか!?」

「わからない、けどこの魔力……」

「片方は蓮弥だな。また何やってんだあいつ」

 

 

 ユエはその覚えのある魔力を読み取るが、暴走している時のような荒々しさはない。感じたことがないくらい強大な力だが、しっかり制御が行き届いている力だと判断する。

 

「俺達も負けてられないな、ユエ」

「ん……」

 

 どうやら親友も成長していることを知り、こちらも力をつけることを誓う。ハジメは早速手に入れた空間魔法で何ができるか考えているようだ。きっとハジメなら、またすごいアーティファクトを作るに違いない。

 

 

 そうだ、だれであっても譲れない。

 

 

 例え香織でも、蓮弥であろうとも。

 

 

 ハジメのパートナーは私だ。

 

 

 ユエもまた……改めて決意を固めたのだった。

 




>息をするように行われる魔力操作
最近アニメで作者が想像よりゴリラだと思った脳筋も使うようになったスキルを主要人物である香織が使えないはずがない。

>息をするように解放者達の時代からあった病の特効薬を作ってしまう。
特効薬というのは思わぬところで発明されるもの。今後この病で死ぬ人間は激減するはず。

>聖棺
別名ハジメクンヲイレルタメノキレイナハコ
魔法版メディカルカプセル。治療魔法を相克させずに常駐させるだけでなく周囲の魔素を取り込むことで魔法の効果を上げることもできる。弱点は外側からの攻撃への耐久力は皆無なので簡単に壊れること。ハジメが生きていると信じていても五体満足でいると思うほどお花畑ではない香織がハジメのために開発した魔法。魔法を展開する際、スキャンした対象のデータを入力するのだが、少し前まである少年のデータがデフォルト設定としてミリ単位グラム単位で入っていた。既に最新データに更新済み。

>魔力式マッサージ
あれだけ魔物のスキルを取り込んだりステータスが爆上がりしてるのに何の影響もないことはないだろうと思います。それに気づいた香織がちゃっかり自分固有ポジションを築き上げる。もちろんハジメの健康管理も重要ですが、香織の狙いは別にあるかも……

>香織、空間魔法を習得してしまう。
ストーカーに持たせてはならないスキル。香織はハジメの中にある自分の魔力を感知できるので、ハジメの元へならトータスの端から端だろうと移動できるようになる。


というわけで香織回です。香織は雫の同性の中で一番仲の良い幼馴染。もちろん雫の家にお邪魔する機会もたくさんあった。ということは、奴とも遭遇する機会もたくさんあったということであり……
おそらくクラスメイトの仕込みは彼女で最後。後は境遇はともかく、能力的には一般人ばかりのはず。

最後に各人から見た香織の印象

ティオ:芯が強く、意外と強かなイメージ。後に香織の普通より効果は高くなるが、かなり痛い魔力式マッサージを受けて地上波では放送できない顔を晒すことになる。

シア:少し年上の綺麗な人というイメージ。自分と同じく、ハジメを狙う間柄でありながら、速攻自分固有のポジションを作ってみせた行動力は見習わなければならないと思っている。

ハジメ:想像以上に優秀で驚いていたら、いつのまにか恋人公認の主治医の地位に収まっていた。だが明らかに身体の調子が良くなるのでハジメに文句はない。彼女の想いに応えられないという意思は変わらないが、同時に彼女との約束は少し形を変えて守りたいと思う。

ユエ:自信満々で宣戦布告してきた相手が想像以上に優秀だということもあり警戒レベルを上げる。恋のライバルとしてもだが、同時に魔法使いとしても魔力操作の繊細な美しさを認める。他にも自分の知らない技術を使っているのではと怪しんでいる。

香織:今回彼女視点は一切なし。彼女の心中やいかに。最近、雫が夢の記憶を見始めたのとほぼ同時期に、ある女性との出会いを思い出す。

次回神父が本格的に動きます。

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