ありふれた日常へ永劫破壊   作:シオウ

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VS悪食戦。

いよいよ本格的に始まります。

ここで盛り上げたいのでできれば素早い更新を行いたいところ。

……できるといいな。

アニメ10話は先生と優花が可愛かったです。


大災害『悪食』

 それを目にした時、誰もが思考を停止させた。

 

 

 時代から姿を消した竜人族の末裔は、自身の500年の英知が及びもしない桁外れの神秘を目の当たりにし、300年生きる古代の吸血姫は為政者としての視点で考え、国をもたやすく滅ぼすであろう大自然の脅威に対してのどうしようもない無力感を抱き、まだ経験の浅い兎人族の少女は、その圧倒的な存在を前に絶望を抱き、戦槌を取り落とし膝をつく。

 

 

 それほど目の前の存在は、非常にわかりやすい脅威だった。

 

 

 誰もがわかるあたりまえの理屈。おそらく子供でも理解できるであろう常識。それは……戦いとは基本的に、身体が大きい方が勝つという原始的な理。

 

 

 それもある程度なら補うこともできるだろう。現に地球人類は自分より何倍も大きい獣に対して、知恵と勇気を駆使することでその脅威を乗り越え、数多の生物を支配する地上の覇者となった。科学技術が発達した現代ならひょっとしたらビル程巨大な生物でもその知恵と戦術でどうにかできるかもしれない。

 

 

 だがそれでも大きい方が勝つという理屈がなくなるわけではない。ましてや……

 

 

 並みの山より巨大な生物が相手となればなおさらだ。

 

 

 その巨体は膨れ上がり続け、既に雲を突き抜ける大きさまで成長してしまっている。山としては高い部類ではないとはいえ、近くのグリューエン大火山と比較して火山がそれの半分にも満たないという時点でその巨大さは目の錯覚ではないことは明らかだった。

 

 

 さらに今までそれらと戦ってきたからこその衝撃もある。体長数十メートルの時でも海中では基本的に逃げることしかできなかったし、人並みのサイズだった時も並みの魔物より脅威だったのは間違いないのだ。

 

 

 それがその姿のままその脅威が、自身の理解が及ばない桁違いのスケールになって現れたらどうなるのか。

 

 

 思考停止の時間が終わる。

 

 

 常識外れの脅威というものに耐性がないエリセンの住民やその他の人物達はもちろん、比較的常識外れというものを経験してきたユエ達であろうとも例外ではない。現実逃避から覚め、否が応でも目の前の現実を認識する羽目になる。そしてそのどうあがいても絶望的な脅威に対して恐慌(パニック)状態に陥る直前。

 

 

 無音になっている一帯に対して、一発の銃声が響き渡った。

 

「…………まだだ……」

 

 この世界でただ一人の銃使いであるハジメが恐慌状態一歩手前になっている仲間に対して、或いは自身を鼓舞する目的で放った銃声は一定の効果を現した。無音の空間に短く鋭い銃声が響いたことにより、精神的にもろい一般人は恐慌状態を通り越して、意識のブレーカーを落としたのだ。少なくともハジメ達の近辺で立っているのは、それでもかろうじて耐えられるものだけになった。その者達もハジメの銃声を受けて再び固まってしまっている。

 

 

「まだ終わりじゃねぇ! 俺達は誰も死んでないし戦闘不能にすらなっちゃいねぇ! 絶望するのは……やれることを全部やってからだ!」

「ハジメ……」

 

 ユエがハジメを見つめる。もちろんハジメとて全く何も感じていないわけではない。むしろ魔眼石が捉えた、視界いっぱいに広がる海全てが悪食という情報を持っている分、絶望度は増しているはずだった。

 

 

 顔色もかなり悪い。冷や汗はとめどなく流れているし、香織がバイタルを確認すれば表面上の虚勢に対して内心の動揺がはっきりとわかるだろう。だが、それでも南雲ハジメは絶望することはあっても折れることは絶対にない。ここにいるメンバーと彼との違い。彼にとってどうあがいても絶望という状況はこれが初めてではないのだ。

 

 

 ハジメは、絶望の味を知っていた。

 

 

 たった一人取り残された奈落の底。自分の腕をむさぼり喰った怪物が今もなお自分の命を狙っているという絶望的状況。狭い穴倉の中には食料すらない。激しい空腹と喰われた腕が放つ幻肢痛が精神を蝕んでいく。助けは……こない。

 

 

 そんな常人では発狂してもおかしくないような絶望にさらされたハジメは変心させることで自我を保ったわけだが、だからこそ知っている。狂気は絶望に勝てること。そして絶望の前で何もしなければ、何も変わらないということ。

 

 

 まだ手は動く。足も動く。魔力は充実しているし、まだ試していない装備もある。それに何より、ハジメはあの時とは違い、一人ではなかった。

 

「その通りだ。いくら天を衝くような化物が相手だったとしても……ここで諦める理由はない」

 

 ハジメが好戦的な笑みを浮かべると、そこには同じく絶望に抗わんと意思を震わせる。同じ地獄を生き延びたもう一人の相棒が立っていた。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ハジメ達が呆然としている頃、当然蓮弥もその光景を目撃していた。自身が破壊した島から魔瘴が溢れだし、それが今の悪食を形作る光景を。

 

「ユナ、もしかして俺達は対応を間違えたのか?」

 

 その圧倒的な存在感と纏う神秘を相手にユナに確認を取る蓮弥。その声はこわばっているが諦めの感情は籠っていない。冷静に現状を把握しようと努める理性は残っていた。

 

『いいえ、あの状況で私達の判断が間違っていたとは思いません。ただ、相手が私達の想像を超えていたというだけの話です』

 

「…………こいつを何とかする手段はあると思うか?」

『現状では何とも言えません。ただこれだけはわかります。これは、私達が今まで相対してきた何者と比較しても、格が違います』

 

 その言葉は蓮弥にとって最強の敵だった使徒フレイヤに対する脅威度を悪食は超えているということを意味していた。

 

『位階で例えるなら創造の少し上の領域にいるでしょう。神秘の強度が桁外れです。私達の世界で例えると、神代の頃の神霊と同格クラスの存在だと思われます』

 

 そこで蓮弥は悪食が、かつて海の神と言われていたというリーさんの情報を思い出す。つまりこいつはエヒト神という存在が生まれる前にトータスを支配していた自然崇拝の神の一柱ということなのだろう。

 

 

 そこで蓮弥の耳に銃声が届く。蓮弥がハジメの方に意識を割くと、どうやらハジメがハジメなりに周りを鼓舞している様子が見えた。この状況でも心が折れていないところが流石だと蓮弥は思う。

 

「まずはハジメ達と合流するぞ。まずはそれからだ」

『わかりました』

 

 ユナによる瞬間移動により、ハジメのところに戻ってきた蓮弥。各自ひどい顔色をしているがかろうじて折れてはいないようだ。銃声一発で仲間を冷静にさせるあたりハジメのカリスマも中々のものだと思う。

 

「で、だ。あの化物を討伐する方法だが、何か意見があるやつはいるか?」

 

 蓮弥の意図的に調子を明るくした言葉に沈黙で返す一行。たがそれだけでは建設的なアイディアなど何も出てこないと思ったのか、ハジメが現状を正確に伝えるために口を開く。

 

「……まず正攻法で倒すのは難しいだろうな。俺の右目には海全体が悪食に見えている。あの赤い海を丸ごと蒸発させるとなると、どう考えても最低核兵器クラスの攻撃力がなきゃ話にならないな」

 

 あの海一帯を消滅させるとなると、どれだけのエネルギーが必要か想像もつかない。ハジメの言う通り核兵器でも持ち出さないと勝負の土台にも立てないということは間違いないようだ。

 

 状況を一つ一つ確認する意味で次はユエに意見を聞く蓮弥。

 

「魔法ではどうだ?」

「……それも無理。現状私の使える魔法で、あんな巨大生物を倒せる魔法は一つも存在しない」

 

 不安を隠せないのかハジメの側に引っ付いているユエが意見を言う。ユエが言う以上、この世界の魔法でどうこうできる存在ではないというのがわかる。

 

「ティオにリーさん。あいつの弱点とか何か伝わってたりしないか?」

 

 次にこの一行の中で、間違いなく最も知識を蓄えたティオと悪食に関して一番詳しいであろうリーさんに質問する。弱点の一つでも浮かび上がってくればそこから攻略の糸口をつかめるかもしれない。だが、問いかけられたティオとリーさんの表情は著しくない。

 

「……すまぬな、蓮弥よ。あのような存在、妾の知識を超えておる。残念じゃが役に立つ知識は一つもなかろうよ」

 ”すまねぇな蓮坊。俺が伝え聞いているのは悪食の脅威だけだ。件の神エヒトがどうやって封印したかの情報も伝わってねぇ”

 

 知識でも駄目だと判断した蓮弥はこの世界にない力で何とかできないか考えてみる。

 

「雫……お前の邯鄲の夢で何かできることはないか?」

 

 雫の使う邯鄲の夢は異質だ。この世界の魔法常識に当てはまらないのは間違いないのであの存在の盲点をつけるかと期待してみる。

 

「無理よ。私が今すぐ覚醒するならともかく、少なくとも今の私ではどうしようもないわね」

 

 蓮弥の存在によって崩れることもなく冷静さを取り戻していた雫が自身ではどうしようもないことを伝える。

 

 

 ここまで整理した上でわかったことは、まっとうな方法でどうにかすることは不可能であること。知識にも攻略に役立つものはないし、この世界にとって異質の力を用いてもどうしようもないと判明した。

 

 

 どうしようもない絶望。海の向こうでそびえたつ悪食は姿を現して以降行動を起こしていない。こちらを舐めているのか、それとも他に理由があるのかは定かではないが、このまま放置していたら時間と共に消えてくれることは期待できないだろう。そのつもりなら分身を生み出してこちらにけしかけてはこない。

 

「なら、やっぱり覚悟を決めるしかないな」

 

 整理したところで結局自分以外どうにかできる者はいないとわかってしまった。ならここから先は背水の陣だ。自分が倒れたら全て赤い海に飲み込まれる。その事実を持って自身の渇望深度を深くしていく。

 

「勝算はあるのか?」

 

 ハジメが代表して蓮弥に確認する。皆の顔はいっぱいいっぱいだった。先ほどから一言も喋らないシアは、何も言えないのではなく口を開けば弱音しか出ないと自身でわかっていたからこそ、必死に耐えているだけだ。正直他の者も似たり寄ったりという感じだ。

 

「……正直わからない。ユナ曰く、今の俺よりも神秘の格は高いらしいが……なんとかするしかないだろ。おれはこんなところで死ぬつもりはない!」

 

 自分一人異界を壊して脱出するという選択は最初から取るつもりはない。どのみちこんな化物がこの世界に解き放たれたら世界はほどなくして終わるだろう。

 

「蓮弥……」

 

 雫が不安そうな顔を蓮弥に向ける。本当は止めたいのに止められない。そんな想いを向けてくる雫に蓮弥は笑顔を返す。

 

「そうだな。これが終わったら一度ちゃんとデートの一つでもしてみるか。恋人になってからそれらしいことを何にもしてないし」

「……バカね。そういうの、こんな状況で言ったら死亡フラグになるわよ」

「いいんだよ。あえてわかってて言えば、逆フラグが立つって相場は決まってるんだから。それよりお前はなんかないのか、今なら行ってきますのキスくらい受けてやるぞ」

「だからそういうのは無しよ。……無事に帰ってきたら考えてあげるわ」

 

 蓮弥は雫とのやり取りを死亡フラグなどにするつもりは一切なかった。これしき乗り越えられないようなら蓮弥は頂きには届かないのだから。かつて脅威の前で心折れて一人では立てなかった頃の蓮弥はいない。狂気は絶望に勝てる。例え誰であろうと蓮弥の渇望を溶かし崩すことなどできない。

 

 

 蓮弥は飛翔する。待ち受けるのは大災害。

 

 

 果たして彼は無事、大災害悪食に勝利することができるのか。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そして、蓮弥は悪食の正面に浮かんでいた。

 

 悪食とは距離にして約二百メートル離れているが、その距離だとその悪食がいかに巨大か身をもって知るしかない。しかも……

 

「ユナ……俺の気のせいじゃなければなんだけどな……こいつ、大きくなってる……」

『はい、私の方でも認識しています。悪食は海の龍脈から魔力を吸い上げて巨大化しているようです。このまま後一日も放置していれば、アンカジ公国を飲み込む規模にまで膨れ上がっていくと思われます』

「ならやっぱり放置するという案は無しだな」

 

 大災害悪食が今の姿となって現れてからそれなりの時間が経過したが、悪食は現れて以降何もしない。だが変化がないわけではなかった。蓮弥が見たとおり、現在進行形で巨大化を続けており、ユナの言葉が確かなら後一日で、アンカジ公国を飲み込む規模に成長するという。ならこのまま放置するという案は消えた。

 

「幸い奴は無数の分身を放った後、こちらに何もしてこない。多分敵だとも思われてないんだろうけど、それなら付け入る隙はあるかもしれない」

 

 蓮弥はユナが空中に作った足場に立つ。そして……

 

「なら、最初から全力でいくぞッ!!」

 

 全力で力を放出し始める。

 

 繰り出すは使徒フレイヤを両断した一撃。現状の悪食より巨大な神山の一部を削り飛ばした攻撃なら、規模としては負けていないはず。

 

 

 そして一方でハジメサイドも何もしていないわけではない。蓮弥一人に戦わせるような腰抜けはここに一人もいないのだ。

 

「本命のチャージにはまだ時間がかかるが、できることはある。シアッ、悪いが俺を後ろから支えてくれないか?」

 

 ハジメがシュラーゲンをより強力にするというコンセプトで強化したシュラーゲン改(仮)を取り出す。

 

「そんなに凄いんですか? これ」

「ああ、現状こいつに一度に装填できる弾丸は一発だけ。ただその一発には約500kgの可燃性タールが重力魔法で圧縮されている。それがレールガンの要領で飛んでいくんだから誰もかわせねぇ。もっとも今回は的がでかいから避けられる心配なんてする必要はないけどな」

 

 だがそれだけの質量を飛ばすということはそれ相応の反動があるということである。いずれ重力魔法の応用で慣性制御が出来ないか試すつもりのハジメだが、現状ないものはないのだ。となるとフィジカル最強の二人掛かりで支えるしかない。

 

 

 そしてユエの方も想像領域にて魔法陣の準備を行っていた。性質上、展開されることのない魔法陣だが、もし誰かが見ていたらその複雑さに驚愕していただろう。だが、ユエからしたらこの魔法を使うのは正直不安なのだ。なぜならこの魔法はまだ未完成であり、まだ一人で動かすことができない。よって……

 

「ティオ……私に力を貸して欲しい」

「無論じゃ、如何様にも申すがよい。妾の力の及ぶ限り手を貸そうぞ」

 

 この魔法は二人掛かりで動かすことになる。

 

 

 ハジメとユエは同時に、ある二つの出来事を境に考えていたことがある。一つは清水利幸による魔物の大群の襲撃。本来なら万全の準備で迎えるはずだったその襲撃が、おそらく空間魔法の使用により、いきなりウルの存亡をかけた戦いに発展した。あの時暴走した蓮弥がほとんど殲滅していなければウルの町にも少なくない被害が出ていたとハジメは考えていた。

 

 

 そしてもう一つが魔人族フリードの襲撃である。あのフリードが持つ神代魔法である変成魔法の力が予想より強力だったこと、さらにそのフリードが空間魔法を習得したこと。

 

 

 そのことからフリードの手によって、ウルの町で起きた以上のことがいずれ起きると考えていたハジメとユエは各々、対人戦術ではなく、より強力な対大軍殲滅魔法ないし対大軍殲滅兵器が必要だと考えていた。

 

 

 これから二人が行うのはそれらの試作。思わぬところで披露する羽目になったが、ここで使わなくていつ使うという話だ。

 

 

 蓮弥が渇望を深めながら剣を上段に構える。

 

 

 ハジメがシアに支えられながらシュラーゲン改に雷纏による電力のチャージを始める。

 

 

 ユエがティオとの協力により、魔法を使えるように仕上げていく。

 

 

「「いくぞ──ッッ!」」

 

 地上と海上にて叫ばれる蓮弥とハジメの気合の声と共に。

 

 

 悪食との戦いの第二幕が開演した。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 まず動いたのはチャージが完了したハジメだった。ハジメの構える通常のシュラーゲンより、一回り以上巨大なシュラーゲン改をシアに支えられながら腰を据えて構えていた。

 

 

 すでに銃身には蓄えられた電力がスパークを発しており、レールガンとしての役割を果たそうとしている。

 

 銃弾は重力式圧縮燃料搭載型焼夷弾。着弾式であり、発射の際の熱で誤爆するようなヘマをやらかさないように処置済みである。

 

「まずは一撃。大軍を纏めて葬るための兵器だ。存分に味わいやがれ」

 

 シアが身体強化するのと同時に自身も身体強化と金剛を同時に発動させる。そして、外す心配がないほど巨大な悪食の中心めがけて、ハジメはシュラーゲン改の引き金を引いた。

 

 

 そして響き渡る爆音。それは悪食の鳴き声さえ搔き消すのではないかと思わされるものであり、予想通りハジメとシアの二人掛かりで支えたにも関わらず、反動により、数十㎝後方に下がってしまっている。

 

 

 だが、効果はあった。超高速で飛翔する特殊焼夷弾はまっすぐ悪食へと迫り、太陽が現れたかと誤認するほどの規模の大爆発を起こした。その轟く大熱波は悪食に襲いかかり、そのゼリーの総体をひたすら燃やしていく。

 

 

 だが、数百メートルをカバーする攻撃範囲でも、悪食の視認可能部分の半分にも満たない。だけど攻撃するのはハジメだけではない。

 

「"天空之陽"」

 

 ユエは空間魔法により効果範囲を広げられた重力魔法によって、周囲の空気と漂う濃密な魔素の混合物をひたすら圧縮し続ける。本来だとここで炎魔法を加えて着火するのが完成形なのだが、二つの神代魔法に制御力をほとんど取られてしまい、最後の工程を追加できない。だからこそそれに点火するのは……

 

「では、燃え尽きるがよい!」

 

 誇り高き竜人属による。炎のブレスであった。

 

 

 超圧縮されたユエの魔法に導火線のごとく伸びた炎はその魔法を完成へと至らせ、発生した擬似太陽が悪食を飲み込む。地上に落とせばそれだけで大軍を丸ごと滅ぼせるであろう太陽の如きその攻撃を受けてもまだ悪食はビクともしない。だが、これはあくまで少しでも削れればいいと思って行動した結果だ。後は彼に託すしかない。

 

 

 蓮弥は神滅剣を上段に構えて集中していた。創造は渇望の深度の深さによってその威力を変える。ある吸血鬼がアルビノの聖女を取り戻すために奇跡の夜を発動したように、または誰かに触れられることで渇望が爆発して真の姿を現わす白騎士のように。蓮弥もまたこの理不尽な脅威に対して意識を研ぎ澄ませていた。

 

「いくぞ」

 

 ユナの聖術付与により、悪食の全長より巨大な光の剣と化した神滅剣を振り下ろす。

 

 

 ここに、かつて神に背いた堕天使を葬った奇跡が蘇る。

 

王ノ聖神滅剣(バシレウス・グラディトロア)ッ! 

 

 振り下ろされた光の剣と悪食が接触する。

 

「くぅぅぅぅ、ハァァァァァァ──ッッ!!」

 

 刃が中々悪食に食い込まない。概念破壊能力を上回る増殖の権能により、食い込んだ部分が瞬間的に再生して刃が進まないのだ。

 

 ここで負けるわけにはいかない。ハジメ達が削ってくれた分だけ少しだけでも悪食の再生力は落ちているはずなのだ。だから刃は通るはず。否、必ず通す。

 

 ユナとのシンクロ率を上げていく。想いが通じあった二人のシンクロ率はフレイヤ戦よりも高い。その親和性が聖遺物の力を引き出していく。

 

 

 そしてその祈りは通り、蓮弥の放った光の刃は悪食を縦に真っ二つに切り裂いた。

 

 

 それに伴い、蓮弥の概念破壊が有効となり、相手の再生力を殺していく。

 

 

 炎上する悪食、その炎は徐々に海まで広がっていき、蓮弥に手応えを感じさせる。こうして大災害悪食は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウゥゥウゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウゥゥウゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウゥ

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな──

 

 まるで矮小な人間の、ささやかな抵抗を嘲笑うかのような鳴き声と共に──

 

 掻き消された炎の中から、無傷の状態で現れた──

 

 

「……なんで……」

 

 勝ったと思った。蓮弥の概念破壊をいかにして通すかが問題であり、それが叶った以上、再生力を失った悪食はただ燃えるだけだったはずだ。道理が合わないのだ。なぜ奴は復活できる。

 

『…………神秘の格です』

「ユナ?」

 

 ユナが静かに蓮弥に語り掛ける。その様子は次の一手を探しているが見つからないという顔をしているように蓮弥には思えた。

 

『簡単な理屈なのです。確かに蓮弥は悪食の再生の概念を破壊しました。それで一度再生能力を失った悪食でしたが、僅か数秒で再生の概念自体が再生しました』

 

 まるでトンチ比べの様相を示しているが、そういうことがまかり通るのが概念同士の戦いなのだ。相手の破壊の概念に対して、それを上回る再生の概念を纏っていたから概念ごと再生した。言うだけなら簡単でいくらでも覆せるような気がしてくる理屈。

 

 

 要するに神秘の強度の違い。相反する概念がぶつかった場合、せめぎ合いの果てにより優れた神秘を持つ方の概念が有効になる。つまり……

 

「あいつに、俺の創造は通用しない」

 

 蓮弥より悪食の方が圧倒的に強い。たったそれだけのシンプルな理由。およそ真っ向勝負で蓮弥では悪食に届かないことが証明されてしまった。

 

『ッ! 蓮弥!!』

 

 その結果に硬直していた時間が長かったからか、蓮弥は気づいていなかった。

 

 

 海中から現れた超高層ビルに匹敵する触手が、音速領域で蓮弥に迫っているのを。

 

聖術(マギア)7章5節(7 : 5)……"五光聖門"聖術(マギア)6章5節(6 : 5)……"完善防壁"

 

 ユナがとっさに発動した二つの聖術。魔法障壁を作る五光聖門と特殊金属の壁を生み出す完善防壁により十枚重ねの物理障壁と魔力障壁が蓮弥の前に展開される。

 

 

 恐らくフレイヤが王都に向けた砲撃ですら数秒耐えるであろうユナが準備無しで張れる最強クラスの障壁だったが。

 

 

 それらをまるで紙の盾と言わんばかりに悪食の触手が全て一瞬で砕き割り、蓮弥を払い飛ばした。

 

「ッッ──!!」

「蓮弥──ッッ!!」

 

 それに真っ先に反応したのは雫。このままでは海に叩き落されると察知した雫は、パーティー最速である敏捷性に加えて、戟法、解法、さらに八重樫流の歩法まで追加して全力で蓮弥の救助に向かう。

 

 

 その甲斐あってか、海に叩きつけられる寸前だった蓮弥を、海面すれすれを飛翔していた雫が受け止めるのに成功する。

 

「蓮弥ッ、しっかりして。こんなところで死んだら絶対に許さないから!」

「げほ、げほ、そう怒鳴らなくても大丈夫だ。思ったほどダメージを受けていない。……クソが、あいつはこの後におよんで俺を敵だと思ってないみたいだなッ」

 

 悪食がやったことはなんてことはない。自分の周りに飛んでいる鬱陶しい羽虫を手で払いのけたようなものなのだ。そこに殺意も敵意も混じってはいない。ただ鬱陶しいから払っただけ。それぐらい取るに足らないと思われている証左。

 

 

 雫から独立して飛翔しながらハジメ達の元へ帰る蓮弥だったが、その顔は悲痛と己の無力さを感じずにはいられない苦悩の表情を浮かべていた。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 蓮弥が悪食により吹き飛ばされる光景を、彼女はモニター越しで実況動画風に視聴していた。かつて彼女の中で非常に盛り上がり、コメント数も鰻登りだった使徒フレイヤ以上の強敵、この戦いの結末を彼女なりに立ててみるが、正直蓮弥の勝機は元々薄いと考えていた。

 

「うーん。見た感じ、やっぱり本気出せてなさそうね」

 

 モニター越しで蓮弥を観察していた彼女はそう結論付ける。蓮弥の創造は確かに神を殺す力を持っている。理不尽を与える存在を認めない、それが渇望ゆえに災害にもある程度、力を発揮することができるかもしれない。

 

 

 だがここで考えてみてほしい。例えば現実の災害を思い浮かべてみる。日本という国は頻繁に災害が起きる国であるし、過去何度も起きた大地震の爪痕が未だに残っている地域もある。だが、そんな理不尽ともいえる災害に遭ったとしても、人々は嘆き、悲しむことはあっても自然災害自体に憎悪と怒りを向けるようなことはしない。

 

 

 それは何故か? 人々は無意識的にわかっているのだ。本来自然の神々は祀り、鎮めるものであり、拝跪し、畏れ、敬うもの。謂わば蓮弥が憎む神という体系が生まれる以前の自然信仰時代の存在であり、必ずしも蓮弥の渇望に嵌る存在ではない。

 

 

 理不尽な存在である以上、力を失うということはないが、同時に蓮弥はフレイヤ戦時ほどの出力は出せないだろうというのが彼女の結論だった。つまり真っ向勝負では、蓮弥は悪食には勝てない。

 

「これはイレギュラーなのかしら? テコ入れが必要? でも今あの場所に座標がある以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()はずなんだけど」

 

 一瞬キーボードに手を伸ばそうか悩んだ彼女だったが、ふと蓮弥が奮闘している様子が映し出されているメインモニターを脇見に、その横のサブモニターに彼らが異界に取り込まれてからの行動のバックログを映し出して何かを確認している。

 

「そういえばあの子、全然映ってないけど……ああ、なるほど」

 

 にやりと笑う彼女は心底楽しそうにメインモニターに再度注目を始める。

 

「さて、これがどういう結末を迎えるのか。私は高見の見物とさせてもらおうかしら?」

 

 彼女はにやりと笑い、これより佳境を迎えるであろう戦いに備えて、完全に傍観者スタイルで視聴する準備を始めたのだった。




悪食戦第二ラウンドは悪食が大災害として格の差を見せつける形に。

さて、神座万象シリーズには格上を倒すにはいくつか方法があるわけですが、一体どうやって悪食は倒されるのか。

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