TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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解答編

 山田が屋敷の外に出ると、大急ぎで上田が駆け寄る。

 

 

「や、山田ぁ!? ジオウの服は無かったッ!!……ついでに、金庫も無かったぞッ!? どうすんだ!?」

 

「……上田さん」

 

 

 だがやけに落ち着き払った彼女を見て、上田もまた冷静さを取り戻した。

 

 

「屋敷に残っているのは?」

 

「あ、あぁ……! 疑いのある女と、ついでに従業員二人……あとは組員か?」

 

「……そうですか」

 

 

 少し残念そうに目を伏せる山田。しかしすぐにまた上田の方を向き、話しかける。

 

 

 

 

「……上田さん……お願いがあるんです」

 

 

 山田に言い渡された「お願い」は、上田を絶句させるほどの衝撃を与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつまで経っても上田らの言うジオ・ウエキの服は見つからない。

 三億円の行方も分からず、トリックも分からず。葛西は庭の中に立ち、焦燥を隠せずにいた。

 

 

「……クソッ! 一体、どうやったんだ……!?」

 

「葛西さん! 金はもう、屋敷の外に行ったんですぜ!」

 

「村の一軒一軒、虱潰しに当たりましょう!」

 

 

 口々に提案を述べる組員たち。そろそろ彼らを押し留めるのも限界が来ている。

 

 それしか無いのかと、葛西は諦念を含ませた表情を見せた。

 ジオ・ウエキは本当に不思議な力を発揮して、三億円を奪ったのでは無いか。そんな馬鹿げた推察をしてしまうほどに理解が出来ず、情けなさから首を振る。

 

 

 シンが、苦渋に満ちた顔で葛西に話しかけた。 

 

 

「もう待っていられやせん。村中を捜索するしか、手立てはないです」

 

「………………」

 

 

 決断を迫られていた。

 

 

「葛西さん!」

 

「葛西さん……!」

 

「……葛西さん!」

 

「……イエス・マイ・ロード……!」

 

 

 組員たちが次の命令を待っていた。

 本当に屋敷にはもう何もないのか。見落としは本当にないのか。

 

 

 

「……ジャスッ、ドゥイットッ!!」

 

 

 シンにもそう迫られた。

 もう限界だと諦め、深い溜め息の後に、屋敷の捜索を取り止めを決定しようと口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいや待たれぇ〜いっ!」

 

 

 それをまた止めたのは山田だ。

 この庭にいる全員の目が、彼女へ集中する。

 

 

「……山田さん……?」

 

 

 驚く葛西だが、他の組員たちはギャーギャーと山田に食ってかかる。

 

 

「おうおう!? なんじゃあ姉ちゃんゴラァ!?」

 

「堅気がウチに口挟むんじゃねぇべやッ!?」

 

「オマエハ、ヒッコんデイテ、クダサイ!」

 

 

 一斉に彼らから罵声を浴びせられ、オオアリクイの威嚇をする山田。

 

 

 

 

「……やかましいッ!!」

 

 

 殺気立つ組員らを葛西は一喝して黙らせた後、山田と顔を合わせた。彼の怒鳴り声に山田も震えまくっていたが。

 

 

「……まだ何か、あるんですか?」

 

「え、えぇ……このまま外を大捜索したって……恐らく三億円は見つからないでしょう」

 

「……それはどう言う……?」

 

「だって三億円は……まだこの屋敷に隠されているんですから」

 

 

 彼女の言葉を聞いて、まず信じてくれる人間はいない。怪訝な表情に変わる葛西の横から飛び出して、血気盛んなカスが怒鳴り散らかす。

 

 

「何言っとんべやッ!? 屋敷中を俺らが探したところじゃい!……それとも何か? 俺らが探し切れてないっつーんべか!? お前もうピロシキやぁッ!!」

 

「探し切れないじゃなくて、『絶対に無いと思える場所』に隠されていたんです」

 

「は? 絶対に無いと思える場所……?」

 

 

 隠し場所を言う前に、彼女は「まずは」と前置きした。

 

 

 

「この、一連の騒動には、『四人』の人間が関わっていました」

 

 

 山田は四本指を立てて突き出し、まず小指と薬指を折る。

 

 

「一人目は、屋敷の中に現れたジオ・ウエキ。二人目は、外壁の屋根に立っていたジオ・ウエキ……」

 

 

 次に中指を折る。

 

 

「そして三人目は、金庫を入れ替えた実行犯」

 

「山田さん……金庫の入れ替えは不可能だと、上田先生が仰っていましたが」

 

 

 葛西の反論を前にしても、山田は表情を崩す事なく、余裕を含ませて続けた。

 

 

「私も最初、不可能だと思っていました……でも、出来るんですよ」

 

 

 

 最後の人差し指を折らずに立てた。

 

 

 

「この……『四人目』の存在によって──でもまずは」

 

 

 

 山田はその人差し指を、ある人物に突き付ける。

 

 

 

 

 

 

「三人目……金庫を入れ替えた人物はあなた、ですよね?」

 

「…………」

 

「シンさん」

 

 

 そう差し示されたシンはただ、山田を睨むだけだった。

 最初に彼への宣戦布告を済まし──山田奈緒子のステージの幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 葛西含め、全員がまだ彼が犯行に加担していたとは信じ切れていなかった。口々に組員らがまた山田に怒鳴り散らかす。

 

 

「シンさんがやる訳ねぇだろうが!? ナマ言ってんじゃねぇぞ!?」

 

「おうおうおうッ!? シンさんは園崎にもう三十年も身を置いとる大物じゃあッ!? 裏切るわきゃねぇッ!」

 

「適当抜かしてんじゃねぇぞぉッ!!」

 

「ヒヨってるヤツいるーーッ!?」

 

 

 驚きからまたオオアリクイの威嚇をする山田。

 見兼ねた葛西が興奮する彼らを手で制し、代表して冷静に疑問を投げかけた。

 

 

「山田さん……確かにシンさんは、あの時金庫に一番近かった。一人になった時間もありました……だが、それはほんの僅かな時間。その一瞬で、どうやって金庫を入れ替えたと言うのです?」

 

 

 横でシンもさも不服そうに、口元を結んだまま頷いていた。

 冷静に質問をする葛西を前にしても、山田は余裕を失わずに続ける。

 

 

 

 

「その、『一人になった時間』が出来たところに、このトリックのタネがあるんです」

 

 

 合点が行かずに顔を顰める葛西だが、山田は続けて説明を始めた。

 

 

「そもそもなぜ、ジオ・ウエキが私たちを金庫から離さなければならなかったのか……それは勿論、当時金庫を守っていた我々を引き離すと同時に……『他の組員を移動させる為』だったんです」

 

「他の組員も……ですか?」

 

「あの時、葛西さんはジオ・ウエキの侵入の際に他の組員を動員させていました。そして一人目のジオ・ウエキが屋敷の中で隠れたと同時に、二人目のジオ・ウエキが登場します」

 

 

 あれほど批判的だった組員らも、つい山田の推理に引き込まれていた。

 

 

「この時、二人目のジオ・ウエキが現れたのは屋敷の裏、つまり金庫のあった蔵より、向かって左の方です。一人目は私たちを離す為としても、二人目はどうにも、『人を右から左に移動させよう』とする魂胆があるように思えたんです」

 

「……それをして、一体何に?」

 

「簡単ですよ。一人目は金庫番を独りだけにする為としたら……二人目は、さっき言った『四人目を移動させる為に現れた』んです。そして金庫番をしていたシンさんと協力し、金庫を丸ごと交換した」

 

「フン……馬鹿馬鹿しい……」

 

 

 横からシンが口を挟んで反論する。

 

 

「あの金庫は三億円を満載していて、かなり重量がありやした。それにまぁ、自分で言うのも何ですが、あっしはもう結構な歳……若いモンが相方だとしても、とてもすぐに持ち逃げられる代物じゃない。それにエミとカスがあっしと一緒にいた」

 

「あなた二人に指示を出して、一人だけになれていましたよね?」

 

「それもたった一瞬だったろうに……だよなぁ? エミ? カス?」

 

 

 二人はお互いに大きく頷き、証言する。

 

 

「たった一分ちょいじゃった」

 

「戻っても、シンさんは息切れしていたような感じはなかったべよ!? 金庫運んだんなら疲れちょるだろ!?」

 

 

 この通りだと言わんばかりに、シンは胸を張ってほくそ笑む。

 だが山田から動揺した様は伺えない。

 

 

「確かに、一人二人でも抱えて運ぶには、かなり難儀する金庫です」

 

 

 ですが、と続ける。

 

 

「台車を使えば、誰でも容易に運搬出来ます」

 

「金庫は確かにあっしが台車で運んどりましたが、ちゃんとあの場にあったじゃないですか? それに仮に運んだとしても、途中で組員らに見られる可能性もあろうに」

 

「違います……この屋敷に堂々と台車を……もっと言えば、金庫を覆い隠せるほどの袋を持ち込める人たちが……この屋敷にいたハズですよ?」

 

 

 そう山田が突き付けた途端、シンは微かに顔を歪め、そして葛西は察する。

 

 

「……まさか、そんな……ッ!!」

 

 

 自分たちの目も気にせず、当たり前のように台車を持ち込める人物たちが思い浮かんだからだ。

 

 

 

 

 

 

「…………四人目とは、『造園会社の人』だったんです。ジオ・ウエキが今日を犯行日にしたのは、『造園の仕事と上納金の運搬が合致した日だったから』なんですよ」

 

 

 伐採道具や機器、そして刈り取った草や枝葉を運搬する為に、必ず造園会社側から持ち込まれる物だ。

 

 蔵とは反対側、つまり屋敷の向かって右側にある庭園で作業していた造園師たち──山田が言いたいのは、組員らを屋敷の向かって左側に行かせた隙に、造園師の姿の仲間が「ガラ空きの右手から蔵に向かった」と言う事だった。

 

 

 

「造園の道具でしたら台車を持ち込んでも疑われませんし……切った枝や葉を集める『フゴ袋』に金庫を丸ごと隠せます。蔵とは逆で作業していて、それも見知った造園師の人たちでしたから、入った当初には入れ替え用の金庫を隠し持っているなんて、誰も想像出来ませんから」

 

 

 そう言われ、葛西を思い当たる節があって唇を悔しそうに噛んだ。

 さすがにやって来たばかりの造園会社の荷物など調べはしない。「あの時しておけば」と後悔しているようだ。

 

 

「そして組員らの目がジオ・ウエキの登場によって離れた隙に、入れ替え用の金庫を袋に隠して台車で走り、渡り廊下から落とすようにして台車からフゴ袋に入れて、用意していた空の金庫と取り替えたんです」

 

 

 葛西は一部納得するものの、肝心な事がまだ解決していないと質問する。

 

 

「……確かに、荷物の確認をしたのは事件後……ですが今も金庫は見当たらなかった」

 

「造園会社の荷物も総員で確認しやしたが、そんな物はありませんでしたよ?」

 

 

 シンもそう便乗して付け加えるが、山田は自信たっぷりに口角を上げて微かに笑う。

 

 

 

 

「そうなんですよ……そもそも『なぜ、金庫のままじゃないといけないのか?』」

 

 

 論点が変わり、眉を怪訝そうに潜める葛西。

 

 

「……どう言う意味ですか?」

 

「この計画は、まだ警備態勢の緩い日中でないといけないんです。夜になれば村中に散らばった組員が戻り、より警備は強固になってしまいますからね。また日中に金を手に入れたとしても、即座に荷物を確認させられる事は予想出来る……」

 

 

 それならば、と山田は続けた。

 

 

「一旦、組員が三億円を探しに村へ出て行って手薄になるまで、『絶対に見つからない場所に隠す必要があった』んです…………頑丈な、『金庫自体を活用した方法』で」

 

 

 山田は「そして」と続け、シンと葛西らに向けていた目を別の方へ移した。

 

 

 

「……もうそろそろだと、思いますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 荒い呼吸と共に、ガラガラとタイヤが砂利を弾く音。

 全員の前に現れたのは、台車を押す上田の姿だった。

 

 

「はいはい通りますよぉ〜〜!」

 

 

 

 

 その台車の上に、「黒く焦げた、全く同じ形の金庫」が乗せられていた。

 

 

「これは……!? もう一つの金庫ッ!?」

 

「……馬鹿な……!」

 

 

 どうしても見つからなかった金庫が発見され、葛西は驚きから叫び、シンは戦慄したように目を見開いた。

 彼らの前まで金庫を運び終えた上田に、葛西は大急ぎで尋ねる。

 

 

「一体、どこにあったんですか……!?」

 

 

 黒焦げの軍手で鼻を掻きながら、自慢げに「隠し場所」を暴露した。

 

 

 

 

 

 

 

「……『焼却炉』ですよ!」

 

 

 蔵の前からも見えた、天へと昇る白煙。あれは焼却炉が使用されている証だった。

 園崎邸では、満載する枯れ葉や軽いゴミを焼く為に、自前の大型焼却炉を設置していた。

 

 上田は黒焦げの金庫を撫でながら解説をする。

 

 

「この金庫は、扉と枠の隙間を出来るだけ少なくし、火を入れない構造からして『耐火金庫』でした。外壁に熱を感じると、内部の耐火素材に含まれる水分が内温度を下げて、中身が燃えてしまうと言うのを防ぐんですよ! だから三億円は全く無事です!」

 

「ゴミか何かを燃やしている最中の焼却炉内に、まさか金庫があるなんて思いませんからね。金庫丸ごとを入れ替えたのは、『焼却炉に隠してやる為』だったんですよ」

 

「重たい金庫ですが……台車で運んでから、地面と面している側面投入口から押し込んでしまえば、持ち上げるよりも楽に仕舞い込めますからねぇ!」

 

 

 次に上田は「それから」と言って、何かの燃えカスを取り出した。

 そこには薄っすらと、「シドウシャ」と文字があった。ジオ・ウエキの帽子だ。

 

 

「金庫を隠せる上に、証拠も処分出来る! 変装に使われたとされるジオウの服の燃えカスを発見しました!」

 

「一人目のジオ・ウエキは、二人目が撹乱している隙に服を纏めて廊下を走り……外廊下に出たんです。そこで丁度、金庫を回収した四人目に渡して、あとはその四人目がゴミ処理を装って焼却炉に金庫と服を入れるだけ」

 

「焼却炉の場所も、離れとは逆の方でしたからねぇ! バーニングレンジャーッ! フライハァーイッ!!」

 

 

 何だか興奮気味の上田に、少し場は引き気味だった。

 山田は咳き込みをして気を取り直し、改めてシンを睨み据える。

 

 

 

 

 

「葛西さんの持っていた鍵で空っぽの方の金庫を開けられたのは、最初からその替えの金庫の物とすり替えて渡したからですよね? それによって我々はあたかも、『三億円を入れた金庫から、中身だけ消えた』と錯覚した訳です」

 

「…………ッ」

 

「それに畳の下の板を抜いたり、屋敷内にジオ・ウエキの服を隠したり……日頃ここに出入りしているあなたなら、全て容易に工作出来ますよね?」

 

 

 

 愕然とする葛西の視線の先で、諦めたように目を閉じたシン──ずっと組に尽くし、誰からも信頼を受けていたハズの男の、そんな様子を見て思わず息を詰まらせる。

 

 

 

 

 

 山田はシンに改めて人差し指を向け、言い放つ。

 

 

 

 

「シンさん……お前のやった事は全て──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──丸っとスパッとピロシキお見通しだッ!!」

 

 

 

 

 何も反論をしないシン。しかしエミは、尊敬する彼を庇おうと声を荒げた。

 

 

「そ、そんなんオメェの妄想じゃねぇかッ!?

 

「でも、彼しか金庫の入れ替えは出来ないんです。それに金庫を用意したのも彼でしたよね?」

 

「だったら証拠を見せろよ証拠をッ!! なけりゃピロシキだコノヤローッ!!」

 

「だからさっきからピロシキってなんなんだっ!?」

 

 

 今にも山田と上田へ飛びかからんとする気迫。

 それらに押されて黙り込んでしまった二人だが、場を収めてくれた人物がいた。

 

 

 

 

「…………そこまで。もう良い」

 

 

 松の木が騒つく庭園の中、魅音が下駄を鳴らして現れた。

 何かのメモ書きと分厚い本を携えている。

 

 

「み、魅音さん……?」

 

「……少し時間かかったけど。見つかったよ」

 

「見つかった……?」

 

「んっ」

 

 

 魅音が持っていた分厚い本は、「電話帳」。

 既に二◯一八年にはプライバシーの侵害対策によって存在しなくなった代物。山田は懐かしさから目を輝かせる。

 

 

「『タウンページ』だ! 懐かしい……!」

 

「面白い事を教えてやる! タウンページと言う名称は、丁度この一九八三年に公募された物なんだ! それまでは普通に電話帳か、『イエローページ』だったんだ! また一つ賢くなったなッ! 明日からみんなに言いふらしてやれッ!」

 

「その知識いまいる?」

 

 

 メモ書きを見ながら、魅音は冷たく丁重な口調で突き付けた。

 初めて見た、彼女の冷酷な側面。紛れもなく次期頭首と言う事だろうか。

 

 

 

 

「……街の鍵屋、金庫屋を片っ端から電話をしました。意外と多かったから大変でしたが……そしたらこの金庫屋」

 

 

 ピラッとメモの文字を見せ付ける。「金庫みすゞ」と言う店名と、そこの電話番号が書かれていた。

 山田と上田はその店名の読み方に難儀している。

 

 

「きんこみす……なんて読むんだあれ?」

 

「……かねこみすず?」

 

 

 魅音は尚も丁重で冷え切った口調を崩さず、されど少し辛そうな目でシンに突き付ける。

 

 

「この店で、同じ型の金庫を『二つ』購入した人がいました。シンさんの名義出したら『その人だ』と、証言しています。同姓同名だと仰るのならば、すぐにでも店主を呼んで顔を確認させる事も出来ますが?」

 

「…………」

 

「また……共犯と思われる造園会社とのスケジュールを組んだのも……あなたでしたよね?」

 

「………………」

 

 

 動かぬ証拠を突き付けられ、やっとシンの目が開かれ、顔に感情が表出した。

 だがそれは後悔や恨事、慚愧の念というより、悲壮と微かな安堵。

 

 

 

 

 

 

「…………組には、深い恩を感じとります」

 

 

 シンはまず葛西や他の組員らを見渡し、そして魅音へと向き直り、謝罪を口にした。

 

 

「仇で返す事となり、大変申し訳ありません」

 

「……シンさん……あんたなぜなんですか!? なんでだッ!?!?」

 

「………………」

 

 

 怒りの形相で問い詰める葛西。その隣で上田が思い出したかのように、彼へ尋ねた。

 

 

「確か葛西さん、金庫に三億円を入れる前……シンさんに、『奥さんが大変な時に』と言っていましたね?……なにか、あったのですか?」

 

 

 瞬間、葛西にシンの動機が察せられた。途端、滲ませていた怒気が潜まって行く。

 

 

「……まさか、それで……!?」

 

「……ここでは三十年ですが……嫁とはそりゃ五十年……幼馴染でね。先の戦争も共に乗り越えた仲なんです……ただ、去年から癌を患っていましてね」

 

 

 

 

 シンは空を見上げる。

 焼却炉からの白煙がまだ立ち昇っていた。

 

 

「……馬鹿な女で……癌を隠しとったんすわ。気付いた頃にゃ、医者もお手上げな状態で……もう先が無いと、腹を括っていましたが……そんな時に現れたのがジオ・ウエキ……あれは、アメリカの医者にかかれば必ず嫁は助かると言って……」

 

「……渡米費用と医療費を受け取る事を条件に……三億円強奪に手を貸したんですね」

 

 

 山田の代弁に、こくりと頷く。

 

 

「……嫁は……こんなどうしようも無いあっしに相応しくないほど……良い女でした。子どもは出来んからと皆があっしとの結婚を反対したが……関係ないと、駆け落ちたんですわ。戦後すぐは苦労もかけて、泣かせたりもしました……」

 

 

 

 

 消え入りそうな儚い微笑みを浮かべ、魅音と視線を合わせた。

 

 

 

 

「……今度はあっしが、あいつを救う番だって……昔から単純な男ですけ、そう思っちまったらやるしか無かったんですわ」

 

「……ッ」

 

 

 魅音は同情してしまいそうな心、そして走馬灯のように思い浮かぶ、幼少期から世話をしてくれた彼との思い出を──その全てを押し殺し、鬼に徹する。

 

 

 そんな彼女の表情を見て、どこかシンは安心したようにまた笑った。

 

 

「……それこそが……園崎家次期頭首の器でさ」

 

 

 そう言うとシンは懐から鍵束を出し、上田へ投げ渡す。その鍵こそが、三億円が入っている方の金庫の鍵だ。

 

 

 

 

 最後にもう一度彼は、深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ケジメはつけます」

 

 

 下げた頭を、上げた。

 

 

 

 

「あっしの仕事は終えました」

 

 

 その手には、拳銃が握られていた。

 

 

「……ッ!!」

 

 

 

 下唇を噛み締めてまで情動を押し殺す魅音の前で、銃口を自身の顎下にくっ付ける。

 

 

「やめなさいッ!?!?」

 

「シンさんッ!!」

 

「あ……!」

 

 

 止めようとする上田と葛西、衝撃から動けない山田。

 一瞬だけ時が止まったような中で、彼は躊躇なく引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 甲高い発砲音が、蝉時雨を切り裂く。

 弾丸は顎の下から脳天を貫き、シンは即死だった。

 

 

 

 

 

 

 呆然と立つ全員の中心で、彼は崩れ落ちた。

 

 

「そんな……!」

 

 

 止められず、立ち尽くす上田。その隣で葛西は、震えた声で吐き捨てた。

 

 

 

 

「……タワケが……ッ!!」

 

 

 死体は俯けに倒れ、生気の消えた目がぼんやりと、地を眺める。

 広がり行く血溜まりだけが空を映す。

 

 

 銃声を聞き付けた組員が飛び出し、シンの死体を見て誰もが愕然と衝撃を抱いて絶句する。

 一人の哀れな男は、信念を貫き通し、地獄に堕ちたのだ。

 

 

 

 

 

 

「……死体に何か被せてやれ」

 

 

 葛西が命じ、動揺を見せながらも組員らは、持って来たブルーシートでシンの死体を覆った。

 悲しい事件の幕切れとなる。

 

 

 

「…………」

 

「……こうなるなんて思っていなかった。けど……山田さん。これは極道の世界。裏切り者のシンさんに一片の慈悲をくれちゃいけないんだ」

 

「……魅音さん」

 

 

 山田が名前を呼ぶと、やっと魅音は鬼から一人の少女へ戻ったかのように、泣き出しそうな顔を見せた。

 潤んだ瞳のまま、何とか涙を零さず留め、まずは山田と上田に頭を下げる、

 

 

「……山田さん。上田先生。ありがとう」

 

「……私は、そんな……」

 

「二人は私たちを信じてくれた……だから真相を暴けた。あのままだと園崎は本当に、ジオ・ウエキに屈していた」

 

「……私からも礼を言わせてください。あなたがたは園崎にとって恩人です」

 

 

 再び頭を下げ、感謝を示す魅音と葛西。

 それらを受けながら山田は、嫌な予感を察知してしまう。

 

 

 

 

 

「……あのシンさん……なんで、最後に……」

 

 

 彼が死に際に放った言葉、「仕事は終えました」。

 

 

 この言葉が、山田にら引っかかって仕方がない。

 

 

 

 

 

 上田は三億円が入っている金庫を指差し、葛西に聞く。

 

 

「一先ずこの金庫は、どっか移動させましょうか?」

 

「………………」

 

「それは若い衆にさせますのでお構いなく」

 

「…………」

 

「あとは協力者を取っ捕まえるだけだね!」

 

 

 

 

 

 一つの邪悪な予想が、山田の脳裏に巡る。

 

 

 

 

 

「……まさかっ!?」

 

 

 山田は上田の持っていた鍵束を引ったくり、鍵を開け始めた。

 

 

「おい山田!? どうしたんだ!? そんなに三億嗅ぎたいのか!?」

 

「シンさんの最後の言葉……あれの意味が分かったんです……!」

 

「最後の言葉……意味……!?」

 

 

 一つ目を解錠。

 

 

 

 

 二つ目、解錠。

 

 

 

 

 

 

 三つ目、解錠。そして扉が開く。

 

 

 

 

 

 中は、空っぽだ。

 

 

 

「なにッ!?」

 

「え!? は、入ってないじゃん!?」

 

 

 唖然とする上田に、愕然とする魅音。

 

 

「どう言う事だ……!?」

 

 

 狼狽する葛西の前で、山田は空の金庫を手で叩く。

 

 

 

 

「……やられた!」

 

 

 山田は予想してしまった。

 既に金は抜かれていた事を。

 

 

「シンさんは隙を見て中身を取り出し……荷物の検査が済んだ後で、『四人目』に渡したんです!」

 

 

 四人目とは、既に解放してしまった造園会社の人間だ。

 確かにトラックには枝や葉を満載した袋が積み上げられており、その中なら余裕で紙幣だけでも隠せる。

 

 

 

 事態を把握した葛西は、あらん限りの声で叫ぶ。

 

 

「すぐに造園会社へ急行しろぉッ!!」

 

「葛西さん!!」

 

「なんだッ!?」

 

 

 一人組員が葛西に駆け寄り、報告する。

 

 

「女がいないんですッ! シンさん、あの女をこっそり逃していたんですよッ!!」

 

「……ッ!? なんだとぉッ!?」

 

 

 ホステスの女を連行したのはシンだ。自分が疑われる前に、女が逃走出来るよう取り計らっていたようだ。

 

 

 

 また一気に慌ただしくなる屋敷内。山田と上田はただ、それらを呆然と、眺める事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 解答は見つかったものの、それが「解決」とはならない。

 何か近い事を言われたようなと、山田は一人頭痛に苛まれていた。


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