TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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悪怯れ

 正午、昼食を済ませた大石は、腹を摩りながら食堂を出る。

 

 

「…………ん?」

 

 

 そんな彼の前に現れたのは園崎詩音だった。

 

 

「……やっぱりここにいた。最近、ここの食堂にあんたが来るって、聞いていたよ」

 

「園崎詩音……んんん? あんた、もしや……!?」

 

 

 見た目は詩音でも、口振りと態度で、大石は察した。

 彼女は間違いない。園崎家次期頭首候補の、「魅音」だと。

 

 

「……これはこれは驚きですなぁ! 本当に、園崎魅音さんで?」

 

「魅音として来たら、どこで見られるか知れないからね。婆っちゃにグチグチ言われかねないし……背中、見る?」

 

「ここで事案を発生させて、冤罪着せるつもりですかぁ? やる事少し小狡いんじゃないですか?」

 

 

 いつも通りの、のらくらした話し方。だがその目は、ターゲットを定めた鷹のようだ。

 

 

 

 大石は、異常なまでに「鬼隠し」の事件に入れ込んでいる。

 村に来ては園崎の動向を聞き回り、酷い時は組員内の連携を崩すような話を流したりもする。彼は園崎きっての、要注意人物だった。

 

 

「それで、何しに私の所へ? 過去の事件を白状してくれたら、私の刑事人生に華を添えられるんですがねぇ?」

 

「お願いしに来た」

 

「…………お願い?」

 

「北条鉄平の余罪を調べ上げて」

 

 

 大石の顔に、困惑が現れる。

 

 

「……あの男か。また、帰って来たみたいじゃないですか。帰って来ただけじゃ、罪になりませんよ?」

 

「だからあんたが罪を探してよ」

 

「魅音さん、どう言う事か知りませんがねぇ……」

 

 

 彼女へ歩み寄る。

 何倍も大きな図体を誇示させ、睨み付けた。

 

 

 

 

「……私が追っているのは、鬼隠しだけですよ」

 

「………………」

 

「分かっていない訳はないでしょう? そっちが疑われている事ぐらい……こっちを貶める罠かもしれないのに、のこのこ『はい調べます』って言うと思っていたんですか?」

 

「……北条鉄平は、絶対に隠れて犯罪をしている。それを取り締まるのも、警察の勤めでしょ」

 

「知った事じゃない。鬼隠しとは関係ない……たかがチンピラ一人調べ上げるよりも、やる事があるんでねぇ」

 

 

 魅音は溜め息を吐く。

 

 

「……鉄平は沙都子を虐待している。下手をすればあいつ、殺すかもしれないよ」

 

「はっはっは! 今まで家絡みで北条家を攻撃していたそちらの言う事とは思えませんなぁ!」

 

「もし死んだら、綿流しまでに刑事人生終わるんじゃない? 事件を未然に防ぐ……職務怠慢?」

 

「犯罪組織にそう言われるたぁ、皮肉ですねぇ? 私にとっちゃ、その北条鉄平と園崎は似た者同士……なんなら、鬼隠しの事を白状してくださりましたら、動いてやらん事もないですよ?」

 

「ウチは鬼隠しと関係ないし、沙都子は園崎とも関係ない」

 

「そうですか。なら無理ですね。他を当たってください……んふふふ! 他がいればですがねぇ!」

 

 

 踵を返し、魅音から離れる大石。

 次に呼び止められようが、大石は聞く耳を持たないつもりだ。

 

 明確な敵意を背中で語り、興宮署へ戻ろうとした。

 

 

 

 

 

「……なぁんで、私が魅音として来たか分かる?」

 

 

 聞く耳は持たず、大石は足を止めない。

 

 

「そう言ったら、園崎相手のあんた絶対ボロボロ言うじゃん」

 

 

 尚も止めない。

 

 

 

 

「……『ことしつ』? 取っちゃったよ〜〜ん」

 

 

 

 ことしつ、言と質。「言質(げんち)」。

 その言葉に気付いた大石はハッと、とうとう足を止めて振り返った。

 

 

 

 

 

 

 イタズラっぽく笑う彼女の手には、録音機器「プレスマン」が握られていた。

 

 

「……あっ!?」

 

「ええと、何て言ってたっけ……私がぁ〜沙都子は園崎と関係ないって言ったのにぃ〜、犯罪者が一人の女の子を痛め付けているって垂れ込んだのにぃ〜〜……なら無理ですか、他を当たって、他がいれば〜?」

 

「……なんてこった」

 

「もし沙都子になんかあったら、テープ複製して匿名で記者とか、色んな所に送っちゃおうっと!……そしてその日の新聞の見出しはこうッ!『興宮署ベテラン刑事、職務怠慢で女児を見殺し! 救えた命、救えず終い』ッ!!」

 

 

 プレスマンを仕舞い込み、ニヤニヤ笑う。

 

 

 

 

 早計だった。

 憎き園崎家の跡取り娘を前に、怒りと憎悪を押し留められなかった。

 自分の言葉を取られ、本当にメディアに送られたのなら、自分は糾弾されて刑事人生は定年前に終わる。

 

 

「……ええ。さすがは園崎家、鬼ですなぁ……一杯、食わされましたわ……」

 

「ちょっと違う」

 

「ん?」

 

「……今日の私は、園崎家として来たんじゃない」

 

 

 彼女の目は、とても真っ直ぐだった。

 純粋で、曇りなく、まだまだ青いが希望に輝いている。その輝きに驚き、大石は目を瞬かせた。

 

 

 

「……『沙都子の友達』として来た。友達を助けて欲しい……あんたしかいない」

 

 

 園崎家の跡取りとして、してはならない事を彼女はする。

 それは警察に、「頭を下げる事」。

 

 

 

「お願い……沙都子を助けて……!」

 

 

 

 

 大石は魅音の手前、ただただ立ち尽くすのみだった。

 目の前にいる少女は、ひとりの友達思いな少女でしかない。

 

 

 その事実が彼の心を惑わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以上のやり取りにより、半ば脅迫された形で大石は、鉄平の周辺に関する事を捜査する羽目になってしまった。

 拘束した鉄平を立たせながら、詩音の格好をした魅音に報告をする。

 

 

「そんで調べたら……ひと月前に捕まえたヤクの売人が、鉄平に売った事を吐きましてねぇ! しかもどう言うタイミングか……彼の被害者を名乗る『男性』からの通報も!」

 

「被害者を名乗る男性?」

 

「んふふふ……そんでその通報によれば、この男は愛人と美人局やっていて、危うく犠牲になるところだったって話! その男性が言った『間宮律子』って女を調べたら、他に被害報告が見つかって、やっぱり北条鉄平の名前が出て来た訳でしてなぁ!」

 

「間宮律子……ん? どっかで聞いたなぁ……」

 

「こりゃ聴取の必要も無く、向こう数年は刑務所でしょうな!……暴れるんじゃない! ほら熊ちゃんたち、押さえて押さえて!」

 

 

 暴れる鉄平に手錠をかけて、覆面パトカーに押し込む。

 中にはもう二人の部下が控えており、鉄平は敢え無くお縄についた。

 

 

 

 

 一仕事終え、大石は部下らに聞こえないよう魅音に話し掛ける。

 

 

「……約束でしたよ。テープは私にくれると」

 

「うん。良いよ。はい」

 

 

 プレスマンからテープを抜き、大石に投げ渡す。

 

 

 

 

 だが、そのテープを見て、彼は愕然とした。

 

 

 

 

 

「……はぁ!?『西城秀樹のヤングマン』!?」

 

 

 パッと、魅音の方を見る。

 彼女が見せていたプレスマン。確かに大石も捜査に使う為、良く知っている物だ。

 

 

 

 

 

「これ、録音機能ないのよん」

 

 

 西城秀樹のCMを思い出す。

 アレだ、「ウォークマン」だと。

 

 

「………………」

 

「いやぁ、これは予想以上だわ。もうね、音が違う違う!」

 

 

 ヘッドフォンをつけ、別のテープを入れてなら音楽を聴き始める。

 その姿を見てあんぐり口を開けていた大石だが、次に吹き出して呆れ返った。

 

 

 

 

 

「……やっぱり、鬼じゃないですかぁ」

 

 

 

 

 一杯食わされた。

 目の前の少女は悪怯れる様子もなく、六月一日に出たばかりの、西城秀樹の新曲「ナイトゲーム」を聴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 大石らの車を見送り、魅音はウォークマンを切る。

 ヘッドフォンを外してから、ふぅ、と息を吐いた。一仕事終えられ、肩の荷が降りる。

 

 

「……これで沙都子は助かった……よ、良かったよぉ……!」

 

 

 途端に脱力し、ヘロヘロとその場に座り込んだ。

 

 

 

「コラッ!!」

 

「うえ!?」

 

 

 背後から叱られ、飛び上がる。

 咄嗟に振り返り声の主を見やると、そこにいたのは魅音……の格好をした詩音。

 

 

「もう! 服汚れちゃうじゃないですか! 白いんだから、泥とか目立つでしょ!」

 

「し、詩音……あ、そっか。もう下校時間か……」

 

「……結局、誰もこなかったから部活はお休みにしときましたよ。圭ちゃんレナさんも……心配ですね」

 

 

 不安げに、いなくなった二人を探すように辺りを見渡す詩音。

 そんな彼女の不安もまた、魅音も同じく抱いていた。

 

 

 

「取り敢えず沙都子は助かったし……組の人使って探させるよ。三億の件でゴタゴタだけどね……」

 

「梨花ちゃまに報告しに行きます? このまま入れ替わった状態で!」

 

「いや、戻ろうよ一回……」

 

「どこで着替えるんですか。まさかここで? うら若き乙女が路上でお着替えするなんてそうな……」

 

「しないってば!! 学校で着替えよっての!」

 

 

 このまま沙都子らを見に行きたい所だが、入れ替わりを解除する為に学校へ。

 詩音は縛っていた髪を解き、そのヘアゴムで魅音は髪をくくる。お互い、この髪型の方がしっくり来る。

 

 

「どう? 久しぶりに入れ替わったけど……詩音、バレなかった?」

 

「平気平気! 全く! バレるのバの字も無かったですよ! 口調も真似したし、先生から出された質問は全部外したし!」

 

「それは全部正解してよ!?」

 

「そんな事したらバレちゃうじゃん。オネェの仕草から頭まで、ぜーんぶダビングしなきゃ」

 

「頭って言った今!?」

 

「そう言えば前に圭ちゃん、オネェの事『園崎の頭の悪い方』って言ってましたね」

 

「は、はぁ!?……あいつ、帰って来たら二分の一殺しにしてやる……!」

 

「分数分かるんだ! 凄い!」

 

「うがーっ! やめろーっ!」

 

 

 鈴のように笑う詩音に、不貞腐れる魅音。

 六秒間の沈黙の内に、二人の対称的な表現は儚げと安堵を帯びさせた、同じ顔になる。

 

 

「……ねぇ、詩音」

 

「なぁに?」

 

「……意外だったんだけどさ。詩音がバーッて沙都子の所に行かず……私の所に来るなんて」

 

「…………」

 

「……どうしたの?」

 

 

 詩音はぼんやり視線を落とし、儚く微笑む。

 

 

「……葛西に言われてましてね」

 

「そう言えば葛西が教えてくれたって……」

 

「こう言われたの」

 

 

 

 

 

 エンジェルモートに来た葛西。

 注文したデラックスパフェを詩音が運び、置かれる。彼の胸ポケットには、ひっきーがぶら下がっていた。

 

 

「……いや、申し訳ありません」

 

「仕事だから気にしないでって!」

 

「…………」

 

「……いつもの怖い顔がもっと怖くなっていますよ?」

 

「あまりからかわないでください……詩音さん、よろしいですか?」

 

 

 葛西はスプーンを持たず、神妙な面持ちで告げた。

 周りにいる他の客はずっと蕎麦を啜っていて、こちらを気にしていない。

 

 

 

 

「……北条鉄平が帰って来たようです」

 

 

 その報告を聞いた瞬間、詩音の頭は真っ白になる。

 

 

「……北条沙都子を連れ戻したとも」

 

 

 反対に顔色は真っ赤に染まる。

 給仕用のおぼんを、その場に叩きつけかけてしまった。それほど瞬間的に怒りが抑えられなかった。

 

 

「……これは全て、上田先生から聞きました」

 

 

 

 

 

 上田の名前が、冷静さを取り戻す要因だった。

 確か村に来ていた学者だと、沙都子たちと水遊びしていたと、思い出す。なぜ彼がそう報告したのか。

 

 葛西は続ける。

 

 

「あの方は北条沙都子を連れ戻そうと……こちらに協力を依頼しました」

 

「……なんで。村の人でもないのに……」

 

「鬼隠しの一件も知っておられるようですし……恐らく、北条家の事情を知っていられたのでしょう……こう言っておられました」

 

 

 取り押さえられながも、必死に叫ぶ上田の声。

 その言葉は、不覚にも葛西の心を揺すったようだ。

 

 

 

 

 

『その子の親がした過去だとか因縁だとかッ!……それを勝手に負わして……! 何になんだッ!!』

 

『……もう……もう良いだろ……ッ!!』

 

 

 

 

 

 恥ずかしそうに頰を掻く。

 

 

「ああ言った男と言うのは……近頃の若い衆にも見かけないもので……堅気なのに大した男ですよ」

 

「上田先生……なんで、そこまで……」

 

「……園崎家としては残念ながら拒否されました」

 

「……鬼婆らしいわ」

 

「……だから私はここに来ました」

 

「え?」

 

 

 パフェ用の長いスプーンを手に取る。

 

 

「詩音さん。あなたなら……北条沙都子を救えると思えるんです……しかし、決して一人でしようとは思わんでください」

 

 

 ホイップクリームをケーキとストロベリームースに絡めて、掬った。

 

 

「……私の立場では、出来ませんから。私に出来ない事が、『二人』には出来るハズですので」

 

 

 一礼し、掬ったそれを食べる。

 彼の話が終わった事を悟り、すぐに詩音は着替えてバスに飛び乗り、村へ向かった。

 

 

 頭の中は相変わらず、怒りと憎悪で満ち満ちている。

 しかしその感情の裏には、魅音の存在がキチンと立っていた。

 

 葛西の話を聞いて真っ先に彼女が思い浮かんだ。だから、会いに来れた。

 

 

 

 

 

 

「……勿論。オネェが何も思い付かないなら、一人で行こうって思ったけど」

 

「……葛西さんめぇ。その『二人』って、絶対私の事だったろぉ……」

 

「今だから思うけど、乗せられちゃったっぽいかなぁ〜……昔から意地悪に関しては口の上手い人だったし」

 

 

 話を聞きながら、妙な因縁だなと魅音は思った。

 

 沙都子の危機を上田が知り、園崎に頼ろうとしたから葛西が知れた。

 葛西の立場では無理な為、彼は身の軽い詩音に頼り、その詩音が魅音を頼った。

 

 

 それで終わりではない。

 自分も、園崎の敵である大石を……少し騙したとは言え、頼れた。

 

 

 連鎖、それはまるで各々が持つ糸を、互いに引き寄せあうかのような。

 だが三億円の事件を解決した山田を知る魅音にとって、最初の糸を握ったのが上田だった事が興味深かった。

 

 魅音の頭の中には、東京から来た奇妙な客人二人が浮かぶ。

 

 

「……あの二人。ほんと、何者なんだろね」

 

「あの二人……あぁ。山田さんと上田先生?」

 

「うん……山田さんにも助けられたからさ。色々、縁があるなぁって」

 

「へぇ〜! オネェ、実はあのお二方こそオヤシロ様の遣いだったり? 身分を偽って、不幸から救いに来た……」

 

「なに言ってんのさ……東京から来た普通の旅行者だよ」

 

「でもマジシャンと大学教授って、なかなか無い組み合わせじゃないですか?」

 

「……それは思う」

 

 

 詩音の冗談は置いておく。

 

 陽は落ちかけて、遠くの方から夕焼け色に差し掛かる。

 だが安心していられない。行方不明の圭一と、無断欠席のレナ。問題はまだ存在していた。

 

 

 

 

「……アレ?」

 

 

 前方を走る車に、魅音は注目した。

 運転席にいたのは、見慣れた人物だったから。

 

 

 

 

「……監督じゃない? 今の……」

 

「え? 監督って……入江先生? この時間は午後診察でしょ?」

 

 

 胸騒ぎがする。

 二人は互いに見合わせ、阿吽の呼吸で車の向かった方へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場監督を尾けていた富竹。

 鉄橋を登り、工事現場の上層へと向かう。

 

 

「……上にいるのか?」

 

 

 作業員らの数は段々と減って行く。

 バレないよう一定の距離を保ちながら、尾行を続けた。

 

 

 

 

 

 しかしそこで、問題に気付いた。

 自分の後ろに、もう一人の作業員が近付いている事に。

 

 

「…………!」

 

 

 しまったと、肝が冷えた。

 明らかに進む方向は同じかつ、工事作業をすると言った様子には見えない。

 

 

 

 バレたのだろうか。

 どうしようか思考を巡らす内に、その作業員は富竹の肩を掴む。

 

 

 

「おい」

 

「…………!」

 

 

 

 

 こうなれば攻撃もやむを得ない。

 そう考え臨戦態勢を取ろうとした彼だが、寸前に止まる。

 

 

 

「早く行けよ。三億だぜ?」

 

「…………え?」

 

「ほら! 早く!」

 

「え? あ、そ、そーっすね!」

 

 

 

 バレていない所か、仲間に間違えられている。

 

 

 

 

 

 

 そのままハラハラしながら、仲間と思われながら昇り切ってしまった富竹。

 作業中の現場にある、通廊口。まるでコンクリートの洞穴のようなそこへ、入り込んだ。

 

 

 

 気付けば背後には五人の協力者と思われる作業員が付いて来ていた。

 富竹にとって運が良いのは、寂しげな電球が唯一の光源で顔が見難い事と、作業員らの先頭の為にまず顔を見られない事だ。

 

 しかしバレるバレないの均衡は果てしなく危うい。

 緊張感で心臓を痛めながら、とうとう到着してしまった。

 

 

 そこにいたのは、この場に似つかわしく無い女、ジオ・ウエキだった。

 

 

「お待たせぇ〜! ジオジオちゃん!」

 

「お待たされぇ〜! ゲゲゲイちゃん! もうっ、遅いわよぉ! こんな暗い所で待ってるア〜タクシ、ひっじょーにキビシーッ!」

 

「……『財津一郎』?」

 

 

 富竹が立ち止まり、その横へ作業員が並ぶ。

 圭一の言った通り、現場作業員らの協力者は全員で八人のようだ。

 

 現場監督は目の前にいるジオ・ウエキに尋ねる。

 

 

「それでジオジオちゃん……急に呼び出ししてどうしたのよぉ?」

 

「残念なお知らせがあります……アタ〜クシの信奉者情報によると、アタク〜シの妹は粛清不可避みたいなのよぉ」

 

「それがどうしたのん?」

 

「問題は園崎家がガッチリ、村の出入り口と興宮を監視してるらしいわ!」

 

 

 そう言えば妙に黒服の人たちがうろついていたなと、富竹は思い出す。

 丸ごと村が封鎖されていると言うのに、現場監督はどこ吹く風と言った様子だ。

 

 

「あたしたちのトラックかダンプ使えば余裕のよっちゃんイカじゃないの!」

 

「それは問題じゃないわ。ウチの不出来な妹が捕まれば、オシオキされるわ! そうなればあの子、絶対ゲロゲロするし……計画がバレちゃうわん」

 

 

 ジオ・ウエキは少し後ろに下がり、腰を曲げて何かに手を伸ばす。

 

 

 

 

「だーかーら、この……おっっも!!」

 

 

 傍らからジュラルミンケースを持ち上げ、全員の眼前に置く。

 富竹は確信した。あの見るからにお金が入っていそうなジュラルミンケースこそ、三億円の保管されている物だと。

 

 

 すぐに写真に収めなければと考えたが、困った事が一つ。

 

 

「……く、暗いし……静か過ぎる……!」

 

 

 薄暗いここでは、フラッシュを焚かなければ満足に現像出来ない。しかしフラッシュを焚けば、一瞬でバレる。

 勿論、焚かずに撮る事も出来るが、シャッター音は誤魔化せない。

 

 

 工事の音に紛れてやろうと考えていたが、ここは生憎、静かだ。

 困り果て、シャッターチャンスを逃してしまいそうになり、焦燥感だけが満ちて行く。

 

 

 

 そんな彼の焦りを、更に刺激するような事をジオ・ウエキは吐く。

 

 

「……ふぅ。ですので三億円、今から移動させちゃいましょ?」

 

 

 彼女の提案に、場はざわいた。

 

 

 

「ざわ……! ざわ……ざわ……!」

 

「え? ざ、ザワザワ……!」

 

 

 必死に富竹も、ザワつく演技をする。

 突然の取り決めに、仲間である現場監督も難色をしめした。

 

 

「ちょっとぉ!! もう一人の協力者がまだ来てないのよぉ? 折角、造園師の人を紹介して、ジオジオちゃんの格好をしてくれたのにぃん! 功労者じゃあないの! それに、あたしたちにも仕事があるのよ!?」

 

「でもこのままじゃ、バレバレになりますわ。アタクシ〜もそろそろ、この村とララバイバイバイしたいですし。そろそろお昼休憩でしょお? その隙に、ちょろ〜っと」

 

「無意味にトラック使っちゃ、現場のみんなに怪しまれるわよ?」

 

「幾らでも言い訳出来るじゃないのぉ〜!」

 

 

 現場監督は少し渋ったが、三億円の無事の方を優先したらしい。

 

 

「……んもう! 良いわよっ! 追加の搬入って事にすればどうにかなるかしら……」

 

「さすが、ゲゲゲイちゃん! ありがとっス! どーもしたッ!」

 

 

 富竹は内心で焦る。ずっと焦ってはいるが、更に焦る。

 圭一の心配通り、ジオ・ウエキはさっさと高飛びするつもりだ。だが予想外なのは、もうさっさと逃げる段階になっていた点だ。

 

 

「……どうしよう……」

 

 

 写真の現像には一時間程度かかるが、写真屋諸々は全て興宮。二時間以上はかかる。

 証拠写真を撮ったとしても遅い。富竹は諦めたように、俯いた。

 

 

 

 

 

 

「……ところでゲゲゲイちゃん」

 

「ん?」

 

「……なんか、一人多くない?」

 

 

 

 肝が冷える。

 バレた。顔はバレていないが、人数がバレた。

 

 

 

「……ッ!」

 

「そぉんな訳ないじゃあないのよぉ! ウチのセキュリティは万全……無関係者は一人も通さないわっ!」

 

「ほんとぉ?」

 

「証明したげるわ! 番号ーッ!!」

 

 

 作業員らが縦一列に並ぶ。

 富竹も瞬時に反応し、困惑しながらも何とか並んでみせた。

 

 

「行くわよぉ!! 一ッ!!」

 

「二ッ!」

「三ッ!」

「し、四ッ!」

「五ッ!」

「六ッ!」

「七ッ!」

「八ッ!」

 

「ほら! キチンと八で…………」

 

 

 現場監督、ジオ・ウエキ並びに、作業員らの顔色が変化する。

 

 

 

 

「……『四』? 四が……いる……?」

 

「!?!?」

 

 

 

 四番目は、富竹だった。

 彼らが四番を「永久欠番」にしている事は知らない。しかし、四を言った事がしくじりだとは察知出来た。

 蒸し暑いコンクリート洞窟が、一気に冷却したような気分だ。

 

 

「おかしい……! 四番目が、存在している……だと……!?」

 

「ゲゲゲイちゃん! 誰か紛れているわよ! 座敷わらし?」

 

「お座敷じゃないわよココはっ!……誰かいるんだなぁ?」

 

 

 作業員らがお互いを見合わせ始める。つまり、顔に注目し始めた。

 顔を見られたら一瞬でバレる。絶体絶命のピンチだ。

 

 

「四番は……誰だ……!?」

 

 

 現場監督が作業員らに近付き、顔を良く見ようとする。

 追い詰められた富竹。早鐘打つ心臓と、錯乱寸前の思考回路。

 

 

 どうする。

 どうする。

 どうする。

 どうする。

 

 

 

 

 

 窮鼠猫を噛む、と言う。

 

 

 

 

「…………お前かぁぁああぁあああッ!!??」

 

 

 富竹は、隣の作業員を思いっきり殴った。

 

 

「へ!?」

 

「こいつですッ!! こいつが、四番って言いましたッ!!」

 

「な、何ですって!? おらツラ見せやがれぇ!!」

 

 

 彼に殴られ、地面に平伏した作業員を、他の者がリンチする。

 富竹もそれに乗じつつ、その輪から一旦離れた。そしてごく自然な流れで、ジオ・ウエキの方へ。

 

 

「ぼかぁね! あの人をねぇ! 怪しい思っとったんですよねぇッ!!」

 

「なんでこっち来るの?」

 

「安全な所に持って行かねばぁぁあ!! お持ちしまっす!!」

 

「ちょっと……え?」

 

 

 更にごく自然な流れでジオ・ウエキからケースを受け取ると、一目散に通廊口の出口へと駆け出て行った。

 それを見送ったジオ・ウエキの隣で、リンチしていた男の顔を見た現場監督が叫ぶ。

 

 

「この子……知ってる子じゃないのッ!?」

 

「は? じゃあさっきケース持って行ったのは誰なの?」

 

「………………」

 

 

 善意がハッと顔を上げ、全速力で彼の後を追う。

 

 

「ま、待ちなさーーいッ!?」

 

 

 通廊口を出た彼らは、まだ鉄橋を降りている途中の富竹を視認し、即座に追いかける。

 

 

 しかしさすがに距離が空き過ぎていた上、通りかかる普通の作業員らを擦り抜ける彼の高い身体能力に、作業員らは全く追いつけない。

 その姿はまるで暴走機関車。

 

 

「や、ヤベーイ! ハエーイッ!? あれ誰!? 軍人!?」

 

 

 どんどん距離は離れて行き、あれよあれよで搬入口から逃してしまう。

 

 

「ぜってぇ逃がさねぇ!!」

 

「追え追えッ!!」

 

「……ッ!? ま、待ちなさいッ!!」

 

 

 現場監督が手を広げ、作業員らを止めた。

 

 

 

 そのすぐ前を、車が抜けて行く。その車は大石らの物だった。

 奇しくも偶然通った大石らの覆面パトカーが一瞬の足止めとなってしまい、彼らは富竹の姿をとうとう見失ってしまった。

 

 

「そんな……! 折角の三億円が……!」

 

「オシマイダーッ!!」

 

「おしマイケル……!」

 

 

 三億円は、奪い返されてしまったと悟り、現場監督と作業員らはヘナヘナと膝をつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒィ、ヒィ……ま、まさか逃したの!?」

 

 

 息を切らしながら、ジオ・ウエキがふらりふらりと現れる。その形相は怒りに染まっていた。

 

 

「うぅ……! ジオジオちゃあ〜ん!」

 

「泣き言は良いわよ……ッ!!」

 

 

 被っていたハットを脱ぎ捨て、のしのしと歩く。後を恐る恐る付いて行く、現場監督と作業員ら。

 

 

「ど、どこ行くのぉ!?」

 

「どっから情報が漏れたのか……アタシ分かったわ……! とっとと殺しときゃあ良かった……!!」

 

「ヒィッ! ジオジオちゃんキレてる……!」

 

 

 演技振ったいつもの口調ではなく、怒りのあまり素の彼女が出ていた。

 流した大汗でグシャグシャになった化粧をそのままに、現場の隣にある森へ入って行く。

 

 

 

 着いたのは、圭一とレナを閉じ込めていた小屋。

 扉を蹴飛ばして入るものの、案の定もぬけの殻だ。現場監督は驚きの声をあげる。

 

 

「いない!? そんなぁ……!? ちゃんと縛ってたのに!?」

 

「……見なさい。ロープは片方切れていて、もう片方の分は切れていないわ……」

 

 

 ジオ・ウエキの指摘通り、一方のロープのみは結ばれたまま、形を保っていた。

 

 

「どう言う事なの?」

 

「縄抜けよ! あのガキのどっちかが縄抜けのやり方を知っていたのよッ!!」

 

「縄抜け……!?」

 

「古典的なマジックよッ!! そんでそれで逃げて、あの二人がアタシたちの情報を流したのよッ!!……ぐぅぅう……!!」

 

 

 髪を掻き乱すジオ・ウエキ。セットされていたのに乱れ、形相は化粧と共に歪み、まるで鬼女のようだ。

 文字通り、化けの皮の剥がれた彼女の本性──間宮浮恵の姿だろう。

 

 

「一体……!! どこの誰に……!!」

 

「…………」

 

「殺してやるわ……!! 三億はアタシの物なのよぉ……!!」

 

「……ジオジオちゃん。その、縄抜けは、マジックって、言った……?」

 

「ああそうよッ!!」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 現場監督の脳裏に、ある光景が浮かんだ。

 作業員らの前で、マジックショーをする、一人の女マジシャン。

 

 彼女の登場と、襲撃者の存在。偶然だろうか。

 

 

「……いいや。絶対にあの女よ……」

 

「女……?」

 

「……ジオジオちゃん。首謀者が分かったわ! こないだ、貴女をインチキとか言っていたあの女ッ!!」

 

「あの女……誰?」

 

「貧乳ッ!!」

 

「……あ、ああ!? あの女ね!!……あいつ、マジシャンだったのか……!」

 

 

 首謀者が分かったのなら、彼女らにまた、希望が出て来る。

 浮恵と現場監督は、互いに不気味な笑みを浮かべた。

 

 

 

「……良いわ。上等じゃないの……! アタシを怒らせた罰よ……!!」

 

 

 

 乱れた髪と化粧と言う風貌も相乗し、この世の者ならざる雰囲気を醸し出す。

 不敵に笑いながら、彼女は狼狽える作業員らに宣言してみせた。

 

 

 

 

「うふふふふ……アタシに任せな。一瞬で見つけて……一瞬で三億取り戻してあげる」

 

 

 

 ひぐらしの鳴く声が、夕陽の訪れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少し前、ある事件が発生していた。

 

 

 

 放課後、レナの様子を見に来た、知恵先生。

 竜宮家を訪ねた時、まず異変に気が付いた。

 

 

「……あれ?」

 

 

 玄関口が、開きっぱなしだった。

 次にそこから外へ点々と続く、赤い痕。

 

 ペンキや絵の具、最初はそう思った。

 だがそれは血痕ではないかと、肝が冷える。

 

 

「……竜宮さん……?」

 

 

 知恵はゆっくりと、恐る恐る、玄関に入る。

 

 

 そして、真っ先に目に飛び込んだ光景へ、悲鳴をあげた。

 

 

 

 電話の受話器を握ったまま、倒れていたレナの父親。

 頭部から、赤黒い血を流していた。

 

 

 すぐに彼女は警察と、入江診療所へと通報する。




・「財津一郎」はコメディアンや俳優や歌手として活躍された方。「非常にキビシー!」や「許してちょうだ〜い」は昭和で流行語にもなった。現在は殆どテレビで見ななったが、唯一「ピアノ売ってちょうだ〜い」のCMで今も見られる。

・CDの曲で、表題曲を「A面」、カップリングを「B面」と呼ぶのは、アナログレコードの表裏をそう呼んでいた名残。

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