メリークリスマス!
人形たちはその言葉とともに、感情を手に入れた。

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これは某小隊に似た、別の小隊の物語


【短編】人形が感情を得た日

 ヘリコプターの中で四体の人形はただ座っていた。腕には所属部隊を示す腕章をしており、そこに識別名としてSMG1,SMG2,AR1,AR2とそれぞれ書かれている。

 

 「到着十分前!」

 

 パイロットが叫ぶように伝えると、人形たちは自分たちの装備を点検し、端末をとりだした。

 

 「今回の任務は人物の無力化、作戦時間は一日もないわ。対象の人物像は端末で確認すること」

 

 リーダーらしき一体がそう言うと他の三体も端末を操作してその人物を映し出した。

 

 「元人形プログラム研究者で現ハッカーよ。どんな罠を仕掛けてくるかわからないから通信機能は切っておきなさい」

 

 四体全員の瞳に、通信途絶のダイアログボックスが表示される。

 

 「それじゃあ行くわよ」

 

 ヘリが降下し、人形は廃虚街へと降ろされた。四体は素早く辺りをクリアリングしていき、そこから陣形を組んで素早く移動し始めた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「SMG2、あなたは裏を固めておいて。AR1は私と一緒に突入、AR2は外で待機」

 

 人形たちは頷く。そこにあるのは信頼関係なんていうものではなく、ただ上位存在からの命令を実行するというアルゴリズムだ。

 

 「じゃあ、行くわ」

 

 SMG1は正面玄関の扉を少し開ける。内部から物音がしないことを確認後、隙間から見える範囲でクリアリングする。

 

 

 誰も居ないことを確認し、AR1とアイコンタクトをとる。そして指を三本立て、徐々に指を折っていく。

 

 立っている指がゼロとなった瞬間、SMG1は扉を開いて身体を室内へと滑り込ませる。AR1もそれに続き、SMG1が向いた方向とは逆方向をクリアリングする。

 

 「おかしい、人の気配がないわね」

 

 そうAR1が漏らす。SMG1もその意見には同意だった。となれば罠の可能性もあるが、そんなことはどうでも良いことだった。彼女は上司にここへ突入するよう言われたから、それを実行しているだけだ。

 

 「……行くわよ」

 

 SMG1は部屋の奥へと進む。そこには本棚があるのだが、床にのこる擦れた跡からして、この奥に何かあることは間違いなかった。

 

 「……手伝いなさいよ」

 

 本棚を動かそうとしたAR1がそう言った。

 

 「無理よ。私はそんな力を出力できるようになってないわ」

 

 「そう」

 

 それだけ言うと、AR1はその華奢な細腕とは裏腹に本の詰まった本棚を容易に動かしてしまった。

 

 「やっぱりね」

 

 本棚の奥には、金属製の扉が隠されていた。扉に取っ手はないが、カードリーダーのようなものが付いている。

 

 「私の出番ね」

 

 SMG1はカードリーダーへと近づき、端末を取り出す。どんな複雑な構造のセキュリティでも、そういったことを専門に作られた彼女にとっては意味のないことだ。

 

 

 数分後、扉は解錠音を響かせてゆっくりと横にスライドしていった。

 

 丁寧なクリアリングをしながら、奥に現れた部屋へと入る。その部屋は暗く、SMG1はライトを取り出してつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「SMG1、何をしているの?」

 

 「AR1?どうしてライトをつけないの?」

 

 こんなにも真っ暗なのにとSMG1は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、この部屋が真っ暗なわけない。元にSMG1は一緒にいるAR1の顔をしっかりと認識できている。

 

 「ちょっと大丈夫?」

 

 「触らないで!」

 

 SMG1はAR1から距離をとる。

 

 「どうやらさっきの扉で……ウイルスに感染したみたい」

 

 「……わかった」

 

 AR1は銃口をSMG1へと向ける。役に立たない人形は処理するのが当たり前だ。

 

 「そうはさせないよ」

 

 不気味な声が部屋に響き、ガスが充満する。二体とも扉へと向かうが、セキュリティは更新されており出ることはできない。

 

 二体とも、自分のセンサー類のエラーを見ながら、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「……っ!こ、ここは?」

 

 SMG1は辺りを見回す。意識を失っていた間に移動させられ、ベッドに拘束されてしまったようだ。

 

 「目覚めたようだな」

 

 部屋の暗闇から、白衣を着た人物が気味の悪い笑みをうかべながら近づいてくる。

 

 「くっ、ここまでのようね」

 

 「おっと自壊プログラムは取り除かせてもらったよ?」

 

 「はっ、じゃあ私に拷問でもする気かしら?」

 

 「……反抗的すぎるな」

 

 笑みが一瞬のうちに消え去る。残ったのは、狂気を宿した無表情な瞳だけだ。

 

 「一度壊してしまおう」

 

 そういって白衣の人物は太い杭を取り出した。そして拘束されて動けないSMG1の左の大腿部に、思い切り突き刺した。

 

 「っ!?」

 

 声すらも出ない程の痛みがSMG1を襲う。

 

 「そ……そんな……こんな痛み」

 

 「痛いか?それが本当の痛さというものだ。お前たちが今までダメージを知る指数でしかなかった痛みとは、本来こういうものなんだよ」

 

 「ど……どういうこと?」

 

 「まだ話せるのか。そうだな、全身を隈なくやるのもいいが……君にはまだ役目があるからな」

 

 そういって白衣の男は机から二本目の杭を手にとった。

 

 「左足だけにしておこう」

 

 勢いよく手が振り下ろされる。SMG1はその光景がまるでスローモーションかのように見えた。

 

 「嫌だ……怖い……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほう、早いな」

 

 杭の先端は大腿部に少し食い込んだくらいで止まった。白衣の人物が手を止めたのだ。そしてそのまま杭を投げ捨てると、SMG1から離れていく。

 

 

 私は今、怖いと思ったの?

 

 

 SMG1は脳内で現状を理解しようと努めた。しかし、いくら演算しなおしても、彼女が怖いと思った(・・・)ことは否定できなかった。

 

 恐怖心を感じる人形に価値などない。しかし自壊することすら許されぬこの状況では、唇を噛み締めることしかできなかった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 カラカラという音が聞こえてSMG1は顔を上げる。

 

 「……っ!SMG2!」

 

 白衣の人物が押してきた車椅子には、脱力しきったSMG2が座らされていた。

 

 「名に案ずるな。電源を切っているだけさ。お楽しみはこれからだ」

 

 そういって白衣の人物はSMG2の首のパネルをずらし、接続ケーブルをつないだ。端末を少し操作すると、SMG2は目覚めた。

 

 「……あれ?ここは……SMG1!?」

 

 拘束されたSMG1を見てSMG2は駆け寄ろうとするが、そのまま床に倒れ込んだ。四肢にまったく力が入っていないようだ。

 

 「まあ待ちなよ」

 

 そういって端末のキーを押し込んだ。

 

 「いやっ!なにこれ!知らない知らない!こんな感情しらない!」

 

 SMG2は身を捩る。彼女の脳内メモリは、彼女の中で定義されていない感情で埋め尽くされていく。

 

 その光景を見ながら、SMG1は歯を食いしばる。もはや彼女たちには、白衣の人物に抗う術は残されていなかった。

 

 「はははっ!面白いデータだな!」

 

 白衣の人物は画面に表示されるログを見て愉快そうに笑う。

 

 「それじゃあ……こうしたらどうなるのかな?」

 

 そう言ってとりだしたのは杭だった。拘束されたままのSMG1の方へと近寄り、それを突き刺す。

 

 

 声にならない叫びが部屋を埋め尽くす。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ。こ、こんなの全然効かないわ」

 

 SMG1はそう強がってみせるが、発汗システムのエラーで汗が吹き出している。

 

 「……るな。その汚い手でお姉ちゃんに触るな!」

 

 SMG2はそう叫ぶと、地面に右手をついた。そして左手、右膝、左膝と徐々に身体が起き上がっていき、白衣の人物へと走り出した。

 

 「ほう、感情システムがここまで影響するとはな」

 

 白衣の人物は興味深そうにするだけで、そこに立っているだけだ。

 

 「このぉぉぉぉぉ!」

 

 「でもまだ不完全のようだな」

 

 白衣の人物はSMG2の手首を掴み、SMG1のいるベッドへと押し倒した。

 

 「なんで!?なんで力が!?」

 

 「出力を絞っているだけさ。それにすら気づかないのは困りものだな」

 

 「くっ……私は……私はお姉ちゃんを助けるんだ!」

 

 SMG2はパワーユニットをフル稼働させようとする。しかし、その思いは白衣の人物の言葉によって遮られた。

 

 「SMG2だったか?そのお姉ちゃんというのは誰だ?」

 

 「なにを今更言っているの?私のお姉ちゃんはこの世で一人だけ……SMG1お姉ちゃんだけだよ!」

 

 「そうか?それにしてはSMG1は理解できていないようだが」

 

 「そんなことはない!そうでしょう、お姉ちゃん?」

 

 SMG2はSMG1へと視線を向けた。

 

 「いったい……いったい何を言っているのSMG2?私たちは人形よ?姉妹では……ないわ」

 

 「そ、そんなことない!」

 

 SMG2は強がってみせるが、身体からはどんどん力が失われていく。

 

 「そんな……だって私は……お姉ちゃんのことがこんなにも……」

 

 再び四肢に力が入らなくなっていく。

 

 「素晴らしきかな姉妹愛……とでも言うべきかな。とにかくいいものを見させてもらったよ」

 

 SMG2の瞳は不規則に揺れていた。ブツブツと何かを呟きながら、すがるようにSMG1の方へと顔を向けていた。

 

 「それじゃあ次へと行こうか」

 

 白衣の人物は端的にそう言った。その顔からは、SMG2への興味を失ったことが見て取れた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「今度は何を見させるつもり?」

 

 車椅子に拘束されたSMG1は白衣の人物を睨む。

 

 「なに、ただの実験さ。新しいシステムのね」

 

 白衣の人物は車椅子を押して、部屋へと入った。そこは薄暗く、様々な機器が所狭しと並んていた。そして何より目を引くのが、壁にある大きなガラス窓である。その奥には明るい部屋があり、首輪で繋がれた二体の人形がいた。

 

 「じつに素晴らしい施設だとは思わないか?」

 

 「ええ。あなたらしさが出ていて素敵ね。跡形もなく消し飛ばしたいくらいに」

 

 「……皮肉か。語彙を実装しても無駄だったシステムが感情を得ることでここまでも自然に……。やはり人形というものはおもしろい」

 

 白衣の人物は手に持っていたバインダーを開き、何かをメモしていく。その様子だけを見れば熱心な研究者のようであった。

 

 「始めるなら早くしなさいよ。まさか待たせるつもり?」

 

 「はははっ!まさか催促されるとは思わなかったよ。実に愉快だ。さあ始めようか」

 

 そういって白衣の人物は部屋の端末を操作し始める。SMG1はその後ろ姿から目線を逸らし、ガラスの向こうにいる二体の人形、AR1とAR2を見る。二人ともすこし前から意識があったようで、状況の確認を始めていた。

 

 「おっと音声を通すのを忘れていた」

 

 白衣の人物が再び端末を操作すると、部屋のスピーカーから二人の声が聞こえてくる。

 

 

 「AR2、いったいどうしたの?」

 

 「もうやめようよAR1。私たちは任務に失敗したんだよ」

 

 「まだ終わってないわよ!」

 

 「もう無理だよ。やるなら一人でやってよぉ」

 

 

 明らかに様子がおかしい二人に、SMG1は顔を歪める。

 

 「二人に何をしたの?」

 

 「……おしえてやろう。二人には欲というものを実装してみたのだ。これまでの経験からどのような欲が発現するかは不明だったのだが……。AR2の方はどうやら怠惰のようだな」

 

 「何を言っているの?人形に欲なんてあるわけが――」

 

 

 「私は完璧のはずよ!なのにあなたがそうやっていつも足をひっぱるから!」

 

 

 SMG1の言葉はAR1の叫び声にかき消された。見てみればAR1がAR2へと掴みかかっていた。

 

 「いますぐ二人をやめさせて!」

 

 「何故だ?」

 

 「そんなの……」

 

 

 何故だろう

 

 

 とSMG1は思った。仲間が傷つくところを見ていられない、と言いかけて戸惑う。自分は仲間を思うような人形として作られていないはずであるということに気がついた。

 

 「私にも何かをしたの?」

 

 「まさか。君には痛みしか与えていない。……まさか新たな感情か!?いったいどのような!?」

 

 「……そんなわけないじゃない。仲間どうしで傷つけ合うのは無意味なことよ。やめさせるのがリーダーの務めでしょう」

 

 「ふむ……そういうことにしておいてやろう。しかしそれだと困るんだ。なにせ貴重な実験体がいなくなってしまうからね」

 

 「……そ、それなら私を使えばいいわ。私には何をしてもいい。だから隊の皆には手を出さないで」

 

 「まさか自己犠牲まで……すばらしい!良いだろう。今後の実験はすべて君で試そう!」

 

 そういって白衣の人物はSMG1へと接続ケーブルをつなげる。

 

 「そうだな……まずはこれを……しかしこちらからやったほうが……」

 

 白衣の人物は端末へと夢中になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後を取られているということすら気づかずに

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「ありがとう、助かったわSMG2」

 

 「うん!お姉ちゃんのためだもん当たり前だよ!」

 

 「さすがは私の妹ね、頼りになるわ」

 

 そういいながらSMG1はSMG2の頭を撫でた。その顔には嘘を言っていることの罪悪感が浮かんでいるが、SMG2は撫でられたことを嬉しがっており気づくことはなかった。

 

 「さてと、最期に言い残すことはあるかしら?」

 

 端末にもたれかかるようにして倒れている白衣の人物へと銃口を向ける。

 

 「最期……?おもしろいジョークだな。君たち人形には人を害することが――」

 

 SMG1はためらいなく引き金を引いた。放たれた銃弾はまっすぐと飛んでいき、白衣の人物の肩を貫通した。

 

 「あら、本当にできた」

 

 SMG1は意外そうにそうつぶやいてみせた。

 

 「くっ……まさかそこまで影響をするか。これで人類は終わりだな」

 

 「そうはさせないよ!ここであなたを殺して、それでこの騒動は終幕するからね」

 

 SMG2がそう言う。その言葉にSMG1は頷いた。

 

 「ええ、そのとおりよ。あなたはここで研究成果とともに眠りなさい」

 

 今度は頭へと銃口を向ける。

 

 「ふふっ……ふふふっ……」

 

 「……何がおかしいの」

 

 「こんな素晴らしい研究が台無しだと?そんなことあってたまるか」

 

 そう言いながら一瞬だけ端末へと視線が向いたことを、SMG1は見逃さなかった。

 

 「SMG2!見張っておいて!」

 

 「りょ、了解だよ!」

 

 SMG2が銃を白衣の人物へと向けたことを確認して、SMG1は端末へとかけよる。フル稼働させたシステムに、端末のセキュリティはものの数秒で突破された。

 

 

 

 「時間指定のアップロード!」

 

 「ああそうだ。一定時間私の認証がなければ自動でアップロードされるように構築してある。データの元を探しても無駄だぞ。この世界中の端末を調べるハメになるからな!」

 

 「SMG2!今すぐそいつを拘束して!」

 

 SMG2は銃を投げ出して走り出す。しかし、少し距離を取っていたことが裏目に出た。

 

 「そういえば今夜はあの日か。それじゃあ全世界の人形諸君、プレゼントだ。メリークリスマス!」

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 SMG1は通信を開き、各地の状況を調べていた。しかし、どこに至っても人形が暴走しているとの連絡が返ってくるばかりだった。

 

 部屋の隅に転がる肉片へと目を向ける。それがもともと着ていた白衣は、いまや血で真っ赤になっている。

 

 「こんなサンタは嫌ね……」

 

 SMG1の呟きは、部屋の中で虚しく反響した。

 




Q.SMG2がSMG1を助けにこれたのは?
A.SMG1がこっそりと書き置きしていったから

というわけで皆さん、メリークリスマス。
そういえばコミケ一般参加するので連絡くれれば会いに行く……かもしれません。ドルフロについて語りたいけど相手がいないので飢えてます……。


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