空の境界 偽典福音/the Garden of false   作:旧世代の遺物

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殺人考察 (前)/5

 

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「そちらは順調か?」

 

 とある病院から医師であろう男が何者かに電話をかけている。

 だが、その男は医師というには異様である。

 その、深い絶望を湛えた光というものの一切を拒絶する黒々とした瞳。全身から醸し出す重圧にも似た威圧感。

 それらの負の気を纏っている男の姿は医師というには余りにも相応しくない。

「ああ、アンタのおかげでな。このまま順調に進めばあいつは精神の均衡を崩すだろう。その時に仕掛ければ、コトは終わる」

 

 電話相手の人物は、高揚した様子で芝居がかった話し方をしている。

 彼の素顔を知る者ならば、この様な会話をしている姿を想像する事などできないだろう。

 

「それで良い。だが、決して殺しては成らぬ。そうなれば元も子も無いからな。…お前を選択して正解だったぞ。おかげで手間が省けた」

「だろう?俺は特別だからな。この力をもっと使いこなせるようになったら、あいつにも対抗できるだろうさ。その時を楽しみにしててくれ」

「うむ。それにお前には教授する事が残っている。幾年先となるか分からぬが、お前こそアレを破壊するに相応しい者と成るだろう。……期待しているぞ」

「嬉しいね。けど、話はそれだけかい?」

「本題に入るとしよう、『相克する螺旋』の建築時期が決まった。完成次第、お前は私と共に転居することとなる。そここそが、我らの工房だ」

「了解。まあいい、一人暮らしにも飽き始めたしな。何よりアンタが近くに居る方が何かと都合がいい。…終わりかい? 切るぜ」

「それと、彼女もまだ殺してはならぬ。……また会おう」

 

 そうして密談は幕を閉じる。

 ────これはまだ、造られた物語(うんめい)の序章に過ぎなかった。

 

 

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 三日後、黒桐鮮花は深刻な顔をして昼食の誘いをかけてきた。

 あの忠告を受けても尚懲りないのか、と憤りすら感じたが、いつになく真剣な様子だったので誘いを受け屋上まで移動することにした。

 

 色々と言いたいことはあるが、先ず彼女の話に耳を傾けることにする。

 

「……白純先輩が居なくなったの」

「──────‼︎」

「三日前から家にも帰ってなくて、家族にも連絡してないって。だから今、行方不明者として警察が捜索しているの」

 

 なんという、ことだ。

 あの男が居なくなった?

 ……この状況で行方不明、なら考えられる解答は一つしかない。おそらくあの男はもう戻って来るまい。

 それも三日前。あの時彼が最後に会った人物はシキだった筈だ。

 あの時表層に出ていたのがシキだった所為で記憶が曖昧だが、彼と教室を出た後に何か話して別れた覚えがある。

 行方不明になったのはその直後。

 ──まさか、そんな筈は、無い。

 彼と別れた後、家に着いたのは夜だった。

 その間に何をしていたのかという記憶が無い。

 これらの状況から導き出される解答は一つ。

 

「あいつが──シキがやったのか」

「そんなことあり得ないわ。それにまだ、行方不明なんだから死んだ訳じゃない。きっと数日後には見つかるわよ」

 

 そう断言してはいるものの、彼女の顔には焦燥と不安が浮かんでいるのが判る。

 おそらく、自分自身に言い聞かせる為に楽観的になっているだけなのだろう。

 

「本当は解っているでしょう、黒桐さん。彼は僕と関わっていたからこんな事になったんだ。次はきっと、貴女の番だ」

 

 そう断言すると、彼女は少し怒ったのかやや強い口調で言い返してきた。

 

「そんなこと言わないでよ。あなたは絶対にそんなことはしない。それに先輩は行方不明なだけじゃない。何でも悲観的に考えるのはあなたの悪い癖よ」

「…貴女は一体何なんだ。貴女のその在り方は苛立たしい。どうしてシキにあれ程言われているのに、こんなに拒絶しているのに、僕に関わろうとする?」

「発端はわたしにも分からないかな。でも初めて会った時、どうしてもあなたに関わりたいと思ったの。実際、あなたと居ると楽しいのよ。理由は言えないけどね」

「僕が異常者だってことを貴女は理解しているのか」

「そうね、あなたは間違いなく特別よ。でもわたしはあなたのそんな所を一番気に入っているのよ」

「何故」

「白状するとね、織、わたしって特別なものが好きなの。それも禁忌とか言われる類のものがね。だからあなたに出会えた事は凄く幸運だったと思う。だからあなたが自分を異常だと思って蔑んだ所で、わたしがあなたと関わっていたいのは変わらないわ」

 

 ……確信した。こいつは普通じゃない。

 思えば、彼女は以前からどこか常人とは思えないと感じることが度々あった。

 そもそも普通の人間が僕という異常の塊になんて近寄ってくる筈がない。

 類は友を呼ぶ。こういった常人のような異常者こそ、最も警戒するべきだったのだ──!

 

「理解できないよ、貴女は。僕はそんな風には成れない」

 

 そうして立ち上がると、彼女は僕の腕を注視してくる。

 

「織、その傷──」

「シキが言っても分からないなら、僕が言おう。これ以上関わると、何時か貴女を死なせる羽目になる」

 

 そうして僕は振り返らずに屋上を立ち去る。

 何故か背後からの視線が痛くて、振り返ってはならないと思ってしまったからだ。

 ともかく、これで彼女は僕を見逃すだろう。

 そうでなければ、僕は────

 

 

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 織の家を訪ねる事にした。

 両儀家は隣街の郊外にある所為で、見つけるのにかなり時間が掛かってしまった。

 両儀邸は竹林に囲まれている上に高い塀まである為に歩いているだけでは大きさが判らなかった。

 山道じみた道を迷いそうになりながら歩いていると、眼前に結界めいた巨大な門が聳え立っていた。

 明治以前に取り残されている様なこの屋敷にも現代的なインターホンが付いていて、安心するどころか逆に違和感を感じる。

 違和感たっぷりのそれを押して用件を伝えると、黒スーツの男性が恭しく応対してくれた。

 硯木秋隆という人物は二十代半ばの亡霊の様な青年で、織の世話人だという。

 織は外出中らしく、彼は上がって待ってもいいと気の利いた事を言ってくれたので取り敢えず十時まで屋敷で待つことにした。 

 それでも帰ってこなかったので、今日は帰ることにした。

 一時間程歩いて駅に着くと、もう日が替わろうとしていた。

 

「はあ、わたしったら何をしているのかな」

 

 人気のない深夜。

 見た事のない街並みの中、両儀邸に再び足を運ぼうとしている自分の行動原理は我ながら謎だ。今から行っても彼は眠っているだろうし、そもそも会った所でどうこうしようとすら考えていなかった。

 ……最近のわたしは何処かおかしい。いや、彼と出会ってからは何故か自分だけの意志で行動しているとは思えない事が多々あった。

 ……いや、そんなことは無い。行動を起こすのはわたしである以上、どんな行動をとった所でそれはわたしの意志に他ならない。

 それらの不安や焦燥はきっと先輩が行方不明になった事に起因しているのだろう。

 諸々の懸念を思考から消して竹林へと踏み入って行く。

 街灯など在ろう筈もなく、月光だけが先を導いてくれている。

 思えばこんな状況でこんな場所を歩くという行為そのものが、恐れ知らずだと思えてくる。

 ……誰かに襲われたらどうしよう。そんな感情が頭を支配していく。

 子供の頃から他人というものはどうしようもなく恐ろしい存在だった。

 身を守る手段を持たない子供の身では彼らの悪意から逃げることすら難しかったから。

 もし襲ってくるとしても、それが正体不明の何者かならどんなにいい事だろうか。

 いつだって一番怖いのは見知らぬ誰かの悪意であって、祟りだの霊障だのといった曖昧な存在ではないのだから。 

 一度嫌な予感を感じてしまうと、それはなかなか消えてくれない。

 そういえば、織がそんな事を言ってくれた事もあった。

 それを思い出そうとした瞬間、わたしの意識は凍りついた。

 

 数メートル先に、黒い人影が立っていた。

 黒染めの服は、赤い斑紋で装飾されている。その深紅は徐々にその黒服を支配していく。

 彼の手前にある物体が、赤い染色液を噴き上げている為だろう。

 その人影の正体は織。

 その噴水は、どう見ても人間の死体だった。

 

 何も言えない。

 でも何時か、こうなるという予感だけは付き纏っていた。

 否定はしていたけれど、彼が死体の前で立ち尽くしている光景のイメージだけは何時も鮮明だった。そしてそれは、イメージなんかじゃなかった。

 わたしのイメージ通り、織は死体の前で何をするでもなく立ち尽くしている。

 此処には、死だけが存在している。

 彼のコートは益々深紅へと変色していっている。

 血に塗れた彼の口元は歪に嗤っていた。それは、まるで無垢な子供の様。

 彼は織なのか、それともシキなのか。

 

 わたしはみっともなく顔を蒼くして、夥しい冷汗をかきながら震える事しかできなかった。

 しばらくそうしていると、不思議なことにわたしは無意識に彼に近寄っていた。

 そうすると、彼はこちらを振り向く。

 わたしはこの時少しも死の恐怖を感じていなかった。

 だって、彼の浮かべる微笑みがあまりにも美しかったから。

 この惨状には不釣り合い極まりない純粋な、生き生きとした笑顔。

 わたしはそれを見ている内に、涙すら流していた。恐怖に依るものはでなく、ただ感動していただけなのだ。

 ……知らなかった、彼がこんなにも満足そうに笑うなんて。

 

 何もできない。

 本当に気が狂いそうだった。いや、もう狂っているかもしれない。

 こんなにも恐ろしい事が起きているのに、わたしは感動の涙を流しているというもっと恐ろしい現実。

 しばらくの沈黙の後、彼は立ち去ってしまう。

 そうすると再び恐怖が湧き上がってくる。

 わたしの感動の涙は恐怖の涙へと変質し、忘れていた震えが体を包み込んでいく。

 今度こそわたしはその場に座り込んで蒼ざめたまま震える事しかできなかった。

 

 

    ◇

 

 

「本当に誰も見てないんだな鮮花」

「……見てないわ、本当に」

 

 あの後、わたしは警察官に保護されて事情聴取を受けるはめになっていた。

 保護されてからはすぐに混乱状態から復帰する事ができたものの、あの時感じた感情が気に掛かって上手く説明する事ができなかった。

 そういった事情もあって解放された頃には学校は終わろうとしていた。

 

「止めなさいよ大輔。鮮花はあんな目に会ったばかりなのよ」

「そうだな、済まんな鮮花。お前が見ていればそれで終わりなんだがなあ。……とにかくお前が無事で何よりだよ。身内を死なせちゃ俺は刑事失格だからな」

 

 大輔兄さんの問いに母が割って入る。けれど、警察がわたしを重要参考人として扱うのも無理はない。今までの事件で目撃者と言えるのはわたしだけなのだから。

 

「そうね。わたしも少しだけ、安心してるかな」

 

 嘘だ。

 本当は今だ混乱は終息していない。

 あの時、織を見たことも、惨殺死体を見たこともまだ心に澱を残している。

 それに、わたしはこうして織に関する事を隠し通してしまっている。

 ……わたしは最低だと、我ながら思う。

 

「しかし鮮花が両儀の息子さんと知り合いとは、面白い事もあるもんだ」

 

 ……両儀邸の前で起きた事件は今までの通り魔と同一犯と目されているものの、それ以上捜査の手が及ぶ事はなかった。

 なんでも両儀家は地元では極めて有力かつ重要な名代らしく、警察もそうおいそれとは手出しできない程の権力を持っているとか。

 両儀家も、わたしも織については黙認を続けている。

 その為あの件の目撃者はわたしのみ、と記録されている。

 

「大輔兄さんも両儀家の人達は調べたの?」

「いや。次男坊の織はお前の高校に通ってるからぜひ話を聞きたかったが突っ撥ねられた。家の連中も、外で起きたコトなど知らんとしか言わなかった。俺の見解じゃああの坊ちゃんは白だな」

 ……驚いた。大輔兄さんはその有能さ故に刑事という地位を保っていると噂なのに、一番怪しまれる筈の織を除外するなんて。

 

「なるほどね。次期当主ともあろう彼が通り魔殺人なんて起こそうものなら、両儀家の地位は失墜する。そういうことでしょ?」

「それだけじゃない。あんなお坊ちゃんが殺人なんて起こすと思うか? お前だって思わないだろ?」

 

 ホント、なんでこの人は刑事なんてやっているんだろう。

 けれど、彼の見解には賛成だ。この一連の事件が織の仕業ではないという確信がわたしにはある。

 だってわたしは、彼の本質がとんだお人好しだって知っているから。

 だからわたしは、彼の潔白の為に何かを為さなければいけない。

 方法は漠然とではあるものの、形として浮かんでいる。

 明日辺りから始めるとしよう。

 

 

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 屋敷の前で殺人事件が起きた。

 僕はその時散歩に出ていたものの、記憶が曖昧で正確なことは分からない。ただ、その中でも憶えている事はある。

 そう、あの時僕は死体を眺めていた。僕もシキも死の匂いに弱く、ついつい流血に見入ってしまっていた。

 それが祟ったのか、想定外の人物が現れた。

 黒桐鮮花だ。彼女は何故か僕の真後ろで呆然と涙を流していた。まるで尊いものでも見たかの様に。

 彼女が何故あの場にいて、あんな意図の掴めない行動を採ったのかは謎だ。

 だが、事件発覚後、あの場に僕が居た事は誰も知らないようだった。

 つまり、アレは幻覚だったのか? あの率直な人物が殺人鬼を黙認するなんて愚行を犯す筈もない。

「シキ、君なのか」

 

 答えはなかった。そう、白純里緒が消えた時も彼は答えなかった。

 

「何故だ……どうして答えない」

''……''

 彼と僕は日に日にズレていっている。

 僕と彼は同時に存在することが可能で、どちらが表層化していても記憶を共有できる筈なのだ。

 なのに最近は、それが難しくなっている。

 僕はもう、他の両儀家の者達の様に狂っているのかもしれない。

 自分は異常なのだという自覚を持って生きてきたが、そうなる事がこんなにも苦しいなんて。

 けれども、最近それを肯定している自分がいる様な気がする。

 そう、自分が異常であることを肯定してくれる誰かが居るのだ。

 ……それは、一体誰だったか。

 

「織様。宜しいでしょうか」

「秋隆か。どうしました」

「屋敷の前で張り込んでいる者が居ります」

 

 その報告とは裏腹に彼の口調には怪訝さは感じられなかった。

 

「警察は父が追い払ったと」

「はい。警察は昨夜から撤退しております。今夜の者は件の事件とは別件かと」

「なら、僕には無関係でしょう」

「それが、あの者は貴方の学友のようですが」

 

 その言葉に連動して僕は外を窓越しに見渡す。

 竹林の中に、巧く身を隠しているものの、明らかに白い人影がある。

 

「……なんと」

 

 まさか、彼女がこんな大胆な行動に出るとは。

「放っておきなさい。あんなの、気に掛けるまでもない」

 

 僕は窓際に居るまま、秋隆を部屋から出した。

 もう一度外を伺ってみると、白いコートを着た黒桐が竹の影から門を眺めていた。気付かれないよう周囲をキョロキョロと見回しながら。

 ……彼女はこういった隠密は苦手なのだろうか。

 

 やはりあの時の黒桐は本物だ。あの時確かに居たからこそこうして家を見張っているのだ。

 大方、両儀家の誰かが犯人だと思っているのだろう。

 それを置いておくにしても、無性に腹が立つ。

 僕は知らず爪を噛んでいた。




 更新が遅れました。(隻狼にどハマりしていたなんて言えない…)
 結末まで書きたかったのですが、キリが良いと思ったので今回はこれで終わりです。
 毎回3000~6000文字を目安に書いているのですが、10000文字はあった方がテンポが良いと思うんですよね。
 いや、こうして見ると、空の境界で長編を書いている方って本当に少ないですよね。(その為こうして私がこんな妄想話を書く事になったのですが)
 空の境界ssもっと増えろ……

 しかしUAが殆ど伸びないのってこの駄文に加え、立場入れ替えIFものの需要の少なさと今作第一章のガバガバぶりのせいなんですかね……

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