空の境界 偽典福音/the Garden of false   作:旧世代の遺物

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俯瞰風景/2

    

 

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 用意された駒は六つ。

 死に依存して浮遊する二重身体者。

 死に接触して快楽する存在不適合者。

 死に逃避して自我する起源覚醒者。

 結末を観測して従属する未来測定者。

 忘却を採集して望郷する統一言語師。

 孤高に羨望して反証する人形魔術師。

 いずれ、相克する螺旋にて君を待つ。

 

 

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 ──朝か? いや、もう昼になってしまったらしく、時計の針は既に十四時を指している。

 少しばかり眠りすぎたか。

 僕は今までそうしてきたように着替え、外出の支度をする。

 これまで二度異能者との対決を経てきたが、僕自身の内面とは別にこの部屋には何ひとつ変化はない。

 鮮花は部屋とはその人物の内面を表すものだと言った。

 しかしここは依然としてガランドウのままだ。

 それはつまり、幾つかの体験を経たところで僕の中身は空っぽでしかないということなのか。

 ならば、それを決定的に変える、何か大きな出来事が必要なのだろう。──この胸の穴そのものを無意味にしてしまうような変革が。

 そんな戯けた事を考えながら自室を後にする。

 昏睡から目覚めて三ヶ月近く、僕はあの人形師が工房にしている事務所に足繁く通っている。それは何の為か。

 意味など無い。そう、今の僕はまだ意味というものを手にしていないのだ。

 トウコが言うには僕には無意識にそれを求める意志があるという。

 ならば、無意味に思える事でも続ける内にいつしか意味を持つ事もあるのだろう。

 ──そうして真昼の街を歩いていると、ふと流れるニュースが耳に入る。

 

「本日、午後二時頃市内に住む都立高校二年の女子生徒が巫条ビルから転落し、全身を強く打ち死亡しました。これで巫条ビルでの転落死は四件目になります。警察は事件の関連性について……」

 

 ……巫条。

 僕には人数そのものよりもむしろ巫条という名の方が気掛かりだ。

 七月の浅上の一件といい、この街は退魔と奇妙な縁で結ばれているらしい。

 とりあえずトウコに自分だけが気付いた関連性を伝えてみるとしよう。

 

 

    ◇

 

 

「これで四人目、ねぇ。世間ももうそろそろ関連性に気づいてもいい頃なのにね」

 

 液晶を眺めている僕に珍しく眼鏡を掛けたトウコは言う。

 そろそろ話を切り出そうとしていたので、応じることにする。

 

「ああ、それなら知っている。連中は遺書を残さなかった。しかし彼女達は人目に付く方法で死んだ。その矛盾。そういうことだろ」

「流石に鋭いわね、あなたは。そう。あの子達は本当は死ぬつもりなんてなかった。彼女達は不幸にも交通事故に遭ったようなものなの。……そう鮮花ちゃんは言っていたわ」

「あいつが? ふん、確かにあいつならすぐに勘付くだろうな」

 

 僕はおもむろに視線を目の前の女から逸らし、ソファーに寝そべる少女に向ける。

 それに連動するように蒼崎橙子は眼鏡を外し、呟く。

 

「いったい、いつになったら帰ってくるんだろうね。うちのお嬢様は」

 

 少女──黒桐鮮花は穏やかに、されど氷のように冷たく眠っている。

 彼女自身の端麗さも相まってまるで絵画か彫刻のようだ。

 その有様に僕は柄にもなく見惚れていた。

 

「……巫条ビル。あんた、気付いているのか? この巫条という名が表す意味に」

 

 即座に思考を切り替え、トウコに問いかける。

 

「ああ。先月の浅上といい、両儀たるおまえの同胞、退魔の家系だろう。どうにも、偶然とは言えない領域だと思わずにはいられないな」

「やっぱりか。どうにも変だとは思っていたんだ。あの爆弾魔といい、ここまでくるともはや必然だな」

 

 僕が昏睡から回復したのは六月の話だ。それを起点として街ではこのような怪事件が相次いでいる。

 この件も合わせればその数は三つ。忽然と止まった二年前の連続殺人といい、傍目から見れば僕が元凶なのではと邪推されてもおかしくない有様だ。

 だが、同時にそれが僕の日常でもあった。

 だからこそこうして焦ることもなく考察を重ねていられるのだ。

 結局この日は話が進展する事もなく退室した。

 彫刻のように眠る少女を残したままに。

 

 

    ◇

 

「まったく、いつまで続くんだろうな、こんなこと」

「飛び降りは八人だ。それ以上はないと思うぜ」

 

 これで飛び降りは五人目。

 気になった僕は巫条ビルに立ち寄ったが、浮いていたのは八人だった。結論を出すには性急かもしれないが、あの異様さから考えて答えには近いと思った。

 

「あのビルに立ち寄ったのか。確かにあそこは時間の流れが歪んでいる。要するにあそこだけ時間の流れが遅くなっていて、本来の彼女達の時間──既に死者であるという状態に辿り着いていない。だから思い出だけの実体無き幻霊として像だけが現れる。火を消しても煙が突然消えないのと同じで、残滓だけが残っているという事さ」

 

 なるほど、本題からはずれているが解説としては充分だ。

 この女の頭の回転の速さには驚くばかりだ。僕のように直感で結論を出すタイプとは違いすぎるからだろうが。

 

「……おっと、また死者が出たのか。これで六人目だな。終わりも近いようだな」

 

 ……六人目。

 もしかして、鮮花もこの件に巻き込まれているのだろうか。

 残る二人の犠牲者。まさか、彼女も──。

 

「……そんな筈は、ない──」

 

 僕は彼女を揺さぶり、反応を窺う。

 やはり反応はない。それどころか呼吸すらしていない。体温は依然変わらないというのに。

 その矛盾した状態がなおさら怖気を誘う。

 

「原因不明の昏睡に陥って三週間。普通ならもう死んでいる筈だが、こいつは衰弱すらしていない。現実ではありえない、常識外(こっち)の話だよ。まったく、眠り姫じゃあるまいし」

「……やはり、関係があるらしいな」

「ああ、おまえの見立て通り巫条ビルに縁の強い存在の仕業だろう。どうにも、王子様のキスだけじゃ目覚めそうではないぞ」

 

 やはり僕の推測は当たっていたか、軽口をあしらって情報を聞き出そうとする。

 

「なるほどね。浅上の件もそうだが、おまえも鮮花もああいう手合いに好かれやすい傾向があるようだ。……どうあっても似たものでは穴は埋まらないというのに、それでも求めるのはそういう宿業なのかもしれないな」

 

 宿業か。確かに、僕はともかく鮮花はそういう人間と結びつきが強い。

 きっと特別なだけではない彼女の普遍性、中庸性が彼らを惹きつけるのかもしれない。

 

「さて、この私が可愛い弟子の為に一つ調べてきてやったぞ。もう結論は出たが、元凶はあの巫条ビルにある。いい加減鮮花の寝顔も見飽きただろう」

 

 行くなら好きにしろ、と言ってトウコは僕を見送る。

 僕は急ぎ足で退室しようとする。

 だが背後から声をかけられる。

 

「……焦り過ぎるなよ。時間ならまだあるんだ。そうだな、これで駄目ならその時はキスでもしてやるしかないな」

 

 そうか。聞かなきゃよかったよ。

 それだけ声に出さずに言って、僕は巫条ビルへ向かった。

 

 

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 さて、事務所からだと随分遠いものだな。

 そんなこんなで僕は巫条ビルへ到着した。

 周辺を見回すと一面は廃れた建物だらけでホラー映画を連想させる街並みだ。

 そうして確かな緊張を持って内部に侵入しようとすると、背後で何かが砕ける音がした。

 

「────!」

 

 ──そんな、ことは──!

 思わず不吉な想像に駆られてその物体に駆け寄る。

 どうやら杞憂だったらしく、それは見知らぬ少女の潰れた遺体だった。

 その事実に僅かに安心して、ビルの中へと踏み入っていく。

 巫条ビルは廃墟らしい廃墟と言える。一面の錆びと充満する埃の匂い。

 確かに幽霊が潜むには相応しい場所だと言えるだろう。

 がしゃん、と錆びた壁の一部が崩れ落ちる。

 まったく、突然地面が崩落しなければいいがな。

 そう考えて振り向いた刹那──。

 

「──ねぇ」

 

 何の前触れも無く、白い女が現れる。

 

「おまえは……!」

 

 直感的に理解する。

 この亡霊の女こそ事件の元凶であるのだと。

 その姿を見るや否や女に向かって疾走し、ナイフを振り抜く。

 手応えはない。

 柵の外を見ると、そこには何度か目にしたことのある景色──地に足を着けず中空に漂う女の姿があった。

 

「あなたも行きましょう」

 

 女は儚げに微笑む。

 一面が錆びついた風景から隔絶したその美しい笑みはまるでこの世のものではないようで、知らず背筋が粟立つ。

 そうしてしばし睨み合っていると、突如として身体が引き倒される。

 なんだ、これは──。

 

「あなた、とっても面白いわ。左腕だけこんなにも触れ合えるなんて」

 

 触れ合える──? そうか。この左腕には霊体に触れられる機能が付いていたのだった。それを逆手に取られるなんて──。

 そうしてもがいても、一向に拘束が解ける気配はない。

 その間にも身体は柵の外、俯瞰の風景へと引き上げられていく。

 

「おまえ、何の目的で──!」

 

 気を窺う目的で問いかける。

 女は哀しげに語る。

 

「だってわたし──やっと空を飛べるようになったのに、ひとりのままなんだもの。こんなにも自由なのに、こんなにも孤独なんて、寂しいもの。だからわたしはおともだちが欲しいの。彼女はいつもまっすぐで……いつもユメを見てる。彼女ならきっと、わたしたちを連れていってくれるわ」

 

 そう言うと、女の周囲に七人の亡霊が浮遊する。

 

「この子達はみんなわたしのおともだちよ。みんな空を飛びたがっていたから、わたしが連れてきた。わたし、あなたの事が気に入ったわ。空っぽだけど、どこまでもユメに焦がれてる。さぁ──いっしょに来て」

 

 女は童女のような笑みで誘いかける。

 それだけで、浮遊感が強まっていく。

 やるしか、ないか──。

 

「お断りだ。オレもあいつも、そんな逃避は望まない!」

 

 この義手に絡みつく糸、これを切断するには魔眼が必要だと判断し、腕にナイフを突き立ててその部分ごと線を斬る。

 それだけで腕は切り離され、拘束から解放される。

 こちらには攻撃手段はないが、これで相手も同様になった筈だ。

 僕は少女達を引き連れた女を睨みつける。

 

「残念ね。また会いましょう」

 

 女はクスリ、と笑って蜃気楼のように搔き消える。まるで初めからそこにはいなかったように。

 ──思ったより、手酷くやられたな。

 とりあえず地に足が着いている事に安心して一息つく。

 まったく、何という未熟さだ。

 そんな自分の弱さに呆れながら、事務所に戻ることにした。

 

 




 一月中に投稿出来ないといったな、アレは嘘だ。
 取り敢えず第二話です。うーんやはり空の境界は難しいですね。今のところまだ話に動きがありませんし。
 俯瞰風景はあと2~3話はかかるかもしれませんね。
 待って頂いた読者の方々には本当に申し訳ないです。
 誤字・脱字等が有れば随時修正していきます。

※2019年9月29日 改訂しました。
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