空の境界 偽典福音/the Garden of false 作:旧世代の遺物
この話は何故この世界は原作と分岐したのか、何処がどう変わっているのか、どこで分岐したのか、という部分を補完する為でもあり、この作品の根幹に触れる話でもあります。
それと同時に何故このssの主人公は織と荒耶なのか。その理由付けの為でもあります。
このssのオリ設定の根幹ですので、オリキャラ注意です。
彼方を継ぐ者/1 -出生-
/1
「その嘆きを再生しよう。忘却は、確かに貴方の中に録音されているのだから──」
夢を、見ていた─────。
今はあまりにも遠く、もう手を伸ばすことすらできない、忘れ去った日々と嘗ての理想。
そんなユメを、見ていた。
◇
戦国時代も中頃、私──荒耶宗蓮は生を受けた。
争いの時代だった。
戦乱の炎は日本全土を覆い尽くし、数々の国々を修羅地獄へと変えていった。
それが齎す死の影から逃れる術などあろう筈もなく、人々は例外なく苦しみに喘いでいた。
ある者は飢え、ある者は賊に殺され、ある者は戦にて討たれ、悲痛と無念の中で死んでいった。
力無き民達は日々愛する者を失う恐怖に怯え、搾取される屈辱に耐え、明日をも知れぬ我が身を憐れみながら生き延びていた。
力無き者は全てを失い、力持つ者は終わり無き闘争の果てに斃れる。
──それが、私の生まれた時代の
そして須く私とて例外ではなかった。
幼くして疫病にて母を失い、戦にて父を失った私はただ生き延びる為にあらゆる手段を用いた。
銭を得る為に屍から武具を漁って売り飛ばし、飢えればそのまま喰らう事すら厭わなかった。幼少の私にそうする他に生きる道など思いつかなかったからだ。
そうして無為に生きていた私は、死者の供養を行う為に各国巡礼をしていた僧の一団と遭遇し、私の餓鬼の様な有様を憐れんだ彼らに引き取られることとなった。
彼らは天台密教の修行僧であったらしく、私は寺で義父の教えを受け、幼いながらも数々の叡智を吸収していった。しかしそれは半ば義務的なものでしかなかったのだが。
それを決定的に変えたのは十五歳の時、義父に連れられて初めて戦場供養に出かけた事である。
生きることに精一杯だった幼少期とは異なる視点で眺める戦場。
その眺めはずっと変わらないものであるものの、成長し余裕の出来た私には全く異なるものが見えていた。
そう、初めて累々たる死屍を見て悲しいと感じたのだ。
それほどの悲痛を感じたのは母を亡くしてからはこれが最初だった。
それから時を置かず、数々の戦場を巡り同様の地獄を見てきた私の内には、とある考えが芽生え初めていた。
──どうすれば、この人たちを救えるのだろうか。
──どうすれば、こんな事は起こらないのだろうか。
それは、人を救いたいというごくありふれた様でいて、この時代には珍しい考えだった。
この時代、僧籍であっても争いとは無関係でなく誰もが今日生き延びる事に必死で他人の
そんな時代に人を救おうなどと言う私と義父の考えは奇異なものに映ったに違いない。
そうして義父と共に全国を行脚した私は行った先々でただひたすら供養を繰り返した。
生存者を見つけ逃す事も出来たのだが、そういった者たちは多くが繰り返される地獄の中で死に絶えていった。
それでも私と義父は諦めることなく衆生救済へと邁進していった。いつか泰平の世が訪れる事を渇望しながら。
だが、それも長くは続かなかった。
義父が戦場病に罹ったのだ。
病状は重く、満足に栄養を摂取できず、不潔な環境しか用意できないという状況では病を癒す事など到底不可能な話だった。
己の死期を悟った義父は私と最期の会話を交わしていた。
「宗蓮よ。よくぞここまで育った」
「……有難う、御座います」
「……お前は強い子じゃ。それだけでなく、誰よりも優しい。故にこの先、幾度もの苦境を迎えることとなるじゃろう。だが決して己を見失うな。それがまず第一じゃ」
「……はい」
「お前には強い意志があるが、それ故''修羅''の影が見えておる。もし己を見失なう事あらば忽ちそれに呑まれよう」
「そして二つ。けっして目的を諦めることなかれ。お前ならば何時か救済を成し遂げよう。儂が居らずとも、必ずや成せ。よいな?」
「……はい、衆生救済の大業、この宗蓮が必ずや成就してみせまする」
「うむ。それで良い。……じゃが、済まぬのう。この儂が不甲斐ないばかりにお前にこの様な重荷を……」
「いえ。義父上は…私の知る限り最も徳の高い僧でした」
「……ふ、まったくお前という者は…儂もお前の様な倅を持って満足じゃ。……ではな。また六道にて相見えようぞ」
「義父上……」
そうして義父は二度と口を開く事はなかった。
彼の生涯は苦悩に満ちたものであったが、それでも最期は満足そうに消えていった。
……願いは、父から子へ。
こうして私の進むべき道は定まった。
……義父の果たせなかった衆生救済。その未練をこの荒耶宗蓮が継ぎ果たすのだ。
それが、どれほどの艱難辛苦の道であろうとも。
だが私は一つ重要な言葉を理解していなかった。昔も、おそらく今も。
''修羅の影''
それが、何を示していたのかは分からない。しかしそれでも私は暗闇の荒野を突き進む他にはなかったのだ。
/2
戦国も終わりに差し掛かり、南蛮との貿易が始まると共に多くの物が日本に流れ込んで来ていた。
兵器、菓子、衣服、宗教──そして魔術。
私は義父の言葉に従い決して目的を諦めはしなかったものの、宗教による救済という事に限界を感じていた。
そう、如何に経典を読み仏像を拝み仏の教えを広めた所で、救えるのはただ心だけなのである。
心を救えたとて、経典では腹は満たせぬし仏像では身一つ守れぬし教えでは病を癒せぬ。
故に私はあらゆる結界術と体術を習得した後、教えを捨て西から来たという妖術──魔術に傾倒していった。
魔術というものは驚くほど便利で、魔を祓う、身を守るのみならず病を癒し心を操る事すらできるという極めて画期的なものであった。
これならば、もしや──。
魔術の絶対性、有用性を確信した私はこの世の救いは宗教ではなくこれにこそあると信ずるようになったのである。
そういえば──寺を出たのは魔術を習得したが為に外道として追い出されたからであったな。
そして二十台半ばになった頃、私は巡礼に行った先の村にて、とある女と出会う事となった。
それこそが、数ある世界の可能性の一つを手繰り寄せる事になるとは露ほども知らずに────。
とりあえず第一話です。
次回から本格的に展開させていこうと思います。
原作では荒耶は200年ほど生きている(江戸生まれ?)の設定ですが、江戸時代では農民一揆などを除きそこまで大きな戦争が起きていない様なので設定の擦り合わせが難しく戦国後期の生まれという事にしました。
長い巡礼の果てに荒耶が出会った一人の女性。
彼女が荒耶という男にどんな影響を与え、この世界をどう変えてしまったのか。
そして両儀織とは何故両儀式ではないのか。
一五九五年三月、私は彼女に出会った────。