空の境界 偽典福音/the Garden of false 作:旧世代の遺物
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────そして彼は目覚めた。
だが、目覚めたのはお前だけではない。
お前は
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「見事にやられたな。文字通り一本取られたってワケだ」
蒼崎橙子は皮肉を言い放ち、切り取られた腕を一瞥する。
「お前の所為だろ。あの程度で壊れるなんて思ってなかった」
それに対して青年──両儀織はそう責め立てる。
「まぁ、そう言うな。私の所為なら訳ないんだがね。それにあの件からまだ一ヶ月しか経ってないんだ、義肢の扱いには気を遣って欲しいものだ」
「次からそうするよ」
青年は上辺だけの返答を返す。
そうして彼は無感情に至る所に散らばった人形を一瞥する。或いはそれらを自分と重ねているのかもしれない。
「なあ織。人形は手間暇さえ掛けてやれば際限無く人に近付ける事が可能だ。なら、人と人形を決定的に別けるモノは何だと思う?」
「……魂、或いは自我か」
「正解だ。ソレが無ければどちらも只の器でしかないと言える。魂の無い肉体、即ち抜け殻は『
「鮮花が此処に初めて来た時の話をまだしていなかったな。あいつはいきなり弟子にするか雇ってくれないか、と押し掛けて来たんだ。何処かの展覧会で私の人形に虜になったとな。兄の協力で連絡先も何も無い状態で此処まで遣って来た。人避けの結界が張ってあるこの''伽藍の洞''にだ。初対面の時にもあいつは人形に気が行っていた様だったよ。特にその端に座っている人形は鮮花、そして幹也のお気に入りだ」
彼はそこに座っている人形に目を向ける。確かに、自分とよく似ているのかもしれないとより強く認識する。
「あいつはその人形にお前の
『空』……何故か鮮花には普通ではないモノにばかり惹かれる癖があった。
……何故、そんなモノに興味を持つのだろうか。昔からこいつの考えている事はワカラナイ。
「義肢の完成は明日になる、その時にまた来てくれ。もっとも、どう使うかはお前次第だがな」
そうして彼は最低限の情報を頭に取り入れて工房を後にする。どうやら先の話の事を考えている様だった。
◇
「動かして見ろ」
そう言われた彼は新しい腕を振る。特に異常は見当たらない様だ。
「今は違和感があるだろうが、その内に慣れる。 当社比二倍。今度のは頑丈だぞ。象にでも踏まれない限り壊れない」
人形師が説明を終えると同時に刃が紫煙を切り裂く。
「良い腕だ…それにしてもトウコの注告を無視した挙句にこれとはな。全く、自業自得だな」
彼は手に入れた左腕に満足し、皮肉げに呟いた。
「行くのか」
橙子は最早分かりきった問いを投げ掛ける。
「答えるまでもない」
彼もまた分かりきった回答を投げ返し、黒いコートを翻して唯一つの目的を胸に雪辱の地へ向かって行った。有るのは只の明確な殺意か、或いは──。
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橙子の話では巫条ビルは閉鎖されているらしい。
その為痕跡を残さず正面から侵入する事はおそらく不可能だろう。
だからこそ彼は今こうして適当に選んだ周辺のビルの屋上に立っている。
そして此処と巫条ビル屋上の間を大まかに把握する。
確認を終えると共に彼はその間を一跳びで跳び越え着地する。
それを幾度か繰り返していると既にビルのエレベーターまで到着していた様だ。ソレが正常に稼働する事を確認し彼はその狭い箱の中に収まっていく。
その密室には鏡が張っており、利用者の鏡像を見せ付けるという趣向が凝らしてある。
漆黒のコートと同様のズボン。
そこには全身を黒い影で覆っているかの様な服装をした虚ろな瞳を持つ人物が映り込んでいる。
万物に対する極限の無感情を体現したかの如き虚無的な瞳。それこそが両儀織という人物を特徴付けるに相応しいモノである。
彼はそんな自身の姿にすらも関心を向けることなく屋上へ通じるボタンを押す。
鉄で囲まれた密室は重ねた年月を誇示するかの様に僅かに軋みを上げながら大地を離れて行く。
僅かな間だけの密室という小世界。
彼はこの場所が嫌いではなかった。
今この瞬間だけは過去の自分は関係ない。外界で何が起きようと関係はなく、また知りようもない。
その自身の無関心さを肯定してくれる様な在り方は自身の穴だらけの伽藍の心を鎮めてくれる。
そうしてほんの僅かな安穏に浸っている間に扉は軋みを上げ昏い闇を視界へ飛び込ませる。
巫条ビルの屋上は廃墟というには珍しい程整った光景だった。
平坦に敷き詰められたコンクリートと張り巡らされた金網。それに加え給水タンクが設置してあるのみで他に目につくものは見当たらない。
ただ、その風景だけは紛れもなく異質だった。
周囲のビルよりも一際高い屋上からの光景は確かに絶景だといえる。
ただし、それは人が持つべきでない俯瞰の視点。
理性と意識を磨耗させる暴力の如き衝動が襲い来る異界でもある。
そしてその最たるものとして月を背にして人型が浮かび上がっている。
何時か同じ場所で見た、八人の少女達が。
その中でも最前列に浮かぶ女は一際異質だった。幽霊という程不確かでなく、現実にそこにいて空を漂っている。
何よりもソレはあまりにも美しかった。
一点の染みもない白装束から覗く細く、同じく白い手足。絹糸のような柔らかな長い黒髪。
まるで絵画から飛び出してきたような現実離れした女が七人の少女を従え、そこにいる。
「──美しい。確かにこいつは魔的だ」
一瞬、心を掠め取られる様な錯覚を振り切り織は決意を固める。
「なら、殺さなくっちゃな!」
その言葉と共に彼は一陣の突風の様に疾駆し、瞬きする間も無く二人を切り捨てる。
その勢いを維持したまま何人かを次々と舞踏の様に霧散させて行く。
そして上空に退避しようとする少女と同じ高度まで跳躍し、その額を短刀で刺し貫き急降下で更にもう一人を巻き込む。
そうしている内に屋上に残っているのは織と女だけとなっていた。
焦りを感じたのか女は隣のビルの屋上に飛び去ろうとする。
彼はそれを──軽く十メートル以上は離れているであろう先のビルに義手に仕込んでおいた機構を起動しワイヤーをフックショットの様に飛ばし引っ掛け、巻き取る力を利用して飛び移る。
そうして女に追いついた織は相手ににじり寄る。
そして遂に二人の視線と同様に殺意もまた交錯する。
「──地に足が着いていない。飛んでいるのか、浮いているのか」
先に動いたのは女の方だった。白い指先に殺意を籠め、織の姿に向ける。
──あなたは飛べる。
その暗示が具現すると同時に織の体がよろめく。
だが、崩れ落ちる事なく彼は歩を進めていく。
それを訝しんだ女は殊更に暗示–––いや、最早洗脳と呼ぶべきものを行使する。
それは正しく暴力と言うに相応しい衝動だった。
それに対して織は大地に縫い付けられ何重にも縛られている自身の姿を幻視し対抗する。
その間に織は女の''死''を確かに捉えていた。
そうして女はさらなる明確なイメージを伴った衝動をぶつける。
……飛べる。自分は飛べる。昔から空が好きだった。昨日も飛んでいたんだ。たぶん今日はもっと高く飛べる。それは自由に。安らかに。笑うように。早く行かなくては。何処に? 空に? 自由に?
──────それは。
現実からの逃避。大空への憧れ。重力の逆作用。地に足がついていない。無意識下の飛行。行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう────────行け!
「──オレは何処にも行かないよ」
彼はその誘惑を振り切るのではなく、俯瞰する事で遠ざけた。
「そんな憧れ、オレにはないんだ。ガランドウなままだから、生の喜びも苦しみも知らない。だからそんな誘惑も意味が無い」
──ガランドウ、それは心が空であるということ。だから苦しみもまた、その伽藍作りの工程の一部に過ぎない。だからこそ苦しみからの解放も望まない。
「おまえになんて興味はない。ただ、そろそろ拠り所を返してもらいたいだけだ」
その意思を贈ると同時に彼は虚空を握り締めた。すると奇怪な事に女の頸もまた締め上げられる。
そして彼が左手を引くと、連動して女も織へと引き寄せられた。
恐怖に駆られた女は織を怨むように暗示をぶつける。誘惑ではなく、明確な呪いとして。
──堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ! 堕ちろ──!
「おまえが堕ちろ」
落下してきた女の''死''に向かってナイフが突き刺さる。出血はない。
あまりにも呆気なく胸を突き通された女はするりと抜け、飛散する
その様は、まるで––––––。
「骨か、百合だ」
◇
そうして両儀織は屋上を後にした。
他に人影はない。只の夜景だけが人を空へと誘うかの様にそこにあった。
更新が遅れました。申し訳ありません。ですが、やっと更新再開出来そうです。
多分、次で俯瞰風景は終わりですね。そうしたらやっとお待ちかねの殺人考察(前)です。ここ辺りからオリジナル展開になっていきますので構想に時間がかかりますが、何卒ご容赦を……。