空の境界 偽典福音/the Garden of false   作:旧世代の遺物

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 不定期更新です。
 今回で過去編は終わりです。


彼方を継ぐ者/7 -始点-

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 ──生きて欲しかった。

 願うならば誰よりも崇高に、望むのなら誰よりも幸福に。

 あなたはたった一人生きていくと決めたわたしに違う選択をさせてくれた。

 限界ということすらも誤魔化して、贖罪という名の自傷に身を任せていたわたしに本当の理想を示してくれた。

 あなたはわたしを綺麗だと言ったけれど、わたしはあなたを奇跡だと言いたかった。

 あなたはわたしを奇跡と呼んだけれど、わたしにとってあなたは弥勒より尊いものだった。

 だから──あなたが何を言おうとも、わたしはあなたを見捨ててなんてやらない。

 

 こんなことをやればどうなるかなど分かりきっている。けれどほんの一度だけで良いからあなたをこんな風に救ってやりたかった。

 わたしの力を使えば、()()()()()()()()()ことなんて容易いことだ。

 

 ああ──わたしってば本当に酷い女ね──。

 

"例え世界があなたを憎んでも、わたしだけはあなたの味方で在り続ける"

 

 それは、なんて無責任な誓いだったのだろう。

 でも、あなたは心から信じてくれた。

 

 春、屍の荒野であなたと出逢った。

 あなたの瞳を初めて見た時、まるで炎のようだとわたしは言った。

 思えば、あの時からわたしは──。

 

 夏、川の畔りで蛍を見た。

 蛍の光に照らされたあなたの顔は少しだけ嬉しそうで、不器用なあなたらしかった。

 ……そういえば、川で行水していた時に偶々出くわしたことがあった。あの時のあなたの気まずそうな、何とも言えない表情は羞恥なんて吹き飛ぶくらいに面白かったなぁ。

 

 そして秋。

 ……耳を傾ければ蝉の声が聞こえてくる。

 そうだ、わたしたちはまだ紅葉を見たことがないのだった。

 ああ、それはきっと素敵な光景なのだろう。

 

 その次は冬。

 今はまだ遠い話だけど、ここは雪深い。

 雪が積もれば必ず雪かきが必要になる。召使い達がやってしまうから経験はないけれど、あなたと一緒ならきっと苦にもならないだろう。

 そしてその後は、囲炉裏を囲んで鍋でも食べようか。

 

 そして春。

 あなたと見た桜は何よりも綺麗で、でもやっぱり儚かった。

 そしてあなたは言った。「また此処に二人で来よう」と。

 わたしは答えた。「あなたとなら、また何度でも」

 ああ──次の春が待ち遠しい。

 

 そこで、わたしたちはまだ半年しか過ごしていないだって気づいてしまう。

 わたしたちはまだ、知らないことばっかりだ。

 

 それはあまりにも速くて、信じられないくらい穏やかで。

 感謝しようにも、言葉にするのも難しいほど幸せだった。

 わたしは今になって初めて永遠なんてモノを望んでしまった。

 

 ──ありがとう。でもごめんなさい。

 わたしはもうあなたと一緒に居ることはできない。

 けれど、想いは共にあるから。

 わたしの理想は偽物だったけれど、あなたへの願いは本物だと思う。

 これであなたは引き返す道を失くしてしまうけど、ずっとあなたのままで居てくれる。

 誰よりも綺麗で、誰よりも尊かったあなたのままで。

 

 ──その為に、わたしは今この時だけ仏であろう。

 

 

    ◇

 

 

 ──軀が熱い。

 何か強大な力が入り込んでくるようだ。

 視界は紅い。焔が周りを取り囲んでいるからか。

 眼を動かして下を見る。

 あるのは白黒の、細く儚い姿。

 私の胸元に、誰かが頽れている。

 

 その姿を知っている。

 忘れる筈もない、その姿は──。

 

「──紫希」

「……よかった、起きてくれたのね」

 

 ──私は、撃たれた──。

 だが、何処にも傷は無い。

 私が眠っている間に、何があったのだろうか?

 

「……紫、希。何故」

「あなたが中々起きてくれないからよ。わたし、こんなに頑張ったのは初めてよ」

 

 彼女に触れる。

 ──冷たい。

 その軀からは、温かみというものが感じられない。

 そこで、分かってしまった。

 彼女はもう永くないのだと。

 

「何故だ!? どうしてこんなことを……君は、何故……」

 

 嫌だ。

 こんなことは望んでいない。

 彼女を助ける為の戦いだというのに、何故彼女を死なせなければならないのか?

 

「──これって、『魔法』って言うのよね? わたし、根源(あっち)に接続してあなたの"死"をわたしの命と引き換えて貰ったの。これって、凄いことなのよね?」

 

 血色を失くしていく顔で、彼女は安らかに笑う。

 ──確かに、死者の蘇生は魔法の領域だ。だが、万物は等価交換で成り立っている。

 彼女が私の蘇生と引き換えに差し出したモノ。それは──。

 

「莫迦な! そんなことをすればどうなるか分かっていただろう!? それなのに……何故私などの為に、君は……!」

「──あなたが、尊かったから」

 

 迷いなく、彼女は笑った。

 理解できない。

 彼女は、自分の価値を理解していない。彼女は、私が何を賭してでも守るべき者なのに。──救う筈だったのに。

 ──それが、最後まで救われてしまった。

 

「──泣いてくれるのね、宗蓮。でも、これであなたは──」

 

 頬を涙が伝う。

 何もできない。私はその優しさに何一つ報いてやれない。

 私は、どうしてこんなにも無力なのか。

 

「あなたは、わたしに何もかもをくれた。ただ、側に居るだけで幸せだった。──わたしはあなたに救われたのよ。大丈夫、あなたは必ず人を救えるわ。──ありがとう。こんな言葉しか掛けてあげられないけど、本当に感謝してる。だから──」

 

 唇は震え、力は弱くなっていく。

 きっと、それが最期の言葉、最後の意志。

 決して受け入れられないものだというのに──私はその全てを聞き漏らさぬようにしていた。

 

あなたは、あなたの理想(ユメ)を叶えて

 

 ──そうして、彼女は心から笑った。

 ──そうして、彼女は何も言わなくなった。

 

「……紫希?」

 

 ……もっと、共に居たかった。

 ……もっと、笑っていて欲しかった。

 ……もっと、救いたかったのに────。

 それは、永遠に叶わない。

 

「……理解したか。それが人の望み、人の願い」

 

 紅い男が口を挟む。

 その音はするすると耳に入り、泥のように私の思考を侵食していく。

 

「この光景は人類の総意。彼女の死を以って、霊長の世は守られた」

 

 一面の焔、道を作るのは砂利でなく骨。流れる川は全てが血。

 それが運ぶ死臭は三千世界を満たそうと尽きることはない。

 

「……お前は、何なのだ?」

 

 口をついて出た問い。

 世界の総意を語るこの男は、いったい何だと言うのか?

 

「言った筈だ、僕は霊長の守護者。人の世が危機に曝された時、自動的に呼び出され原因を排除するだけの防衛装置。故に、この眺めは人々の望みの体現だ。僕はこれからも同じ事を繰り返す。人の世がある限り、人が安寧を望む限り、犠牲は積まれ続ける」

 

 それは変えようのない、幾度も幾度も思い知らされてきた人の世の理。

 ──救い難い人間の性。

 

「安心しろ、彼女は最期に僕と契約を結んだ。自分を排除させる代わりにお前には手出しさせないと。……もはや引導を渡す必要も無い。何処へなりとも行くがいいさ」

 

 そうして男──英霊は霞のように消え去った。

 私はただ一人、地獄からの生還者として取り残された。

 

「これが、人の望み……人の願い……」

 

 意味もなく、嗤いだけが溢れ出す。

 何という無情、何という蒙昧か。

 人間は救われることなど望んでいない。

 ただ生きていたいという願望の為だけに生かされているだけ。

 

「すまない……私が、無力だったから ……」

 

 ただ謝ることしかできない。

 結局自分は何も救えない。

 ただ己の矮小さを悟り、無能を呪いながら地獄を眺めるしかない。

 ──死を蒐集することしかできなかった。

 

 細く、軽い彼女の亡骸を抱えながら、許しを請うことすらできず、 その結末を脳髄に深く刻み付けるだけの自分。

 もはや翳していた正義は燃え尽き、その残骸に新たなる炎が宿る。

 

 ──昏く、憎悪よりもなお深い、修羅の炎が。

 

「これが……こんなものが正義だと云うのなら、私は──!」

 

 果てしなく昏い想念が全身を覆っていくのが分かる。

 今なら分かる。これは怨嗟。

 誰も救えず、何も守れないというのなら、せめて──。

 

「そうか──これが私の理想の果てか。確かに私では何も救えなかった。正義というものの正体も理解できなかった。だが──」

 

 ただ、生きていたいという願望の為に幸福を踏み潰すのが正義。

 ならば、今この瞬間から私は正義の敵となろう。

 

「私はもう過たない。人間は救われない。救いを望んでなどいない。それでも私が人間を救ってやろう。例え世界が私を憎もうと、私がお前達に涅槃を与えてやろう」

 

 それが私の答え。

 これから私は更に多くの死を見るだろう。更に多くの地獄を目の当たりにするだろう。

 その度に、その死を明確に記録しよう。

 その苦しみを私が生かし続けてやろう。その結末を私が憶えておいてやろう。

 生とは無意味、死とは理不尽。

 それが変えられない絶対の真理であるのなら──私が全てに意味も価値も与えてくれよう。

 

 骨を砕くように冷たい雨は容赦なく降り注ぎ、やがて劫火を飲み込み消し去ってゆく。

 その果てに見える、残酷なまでに変わらない日の出。

 それが、私が道を定めた夜明けだった。

 

    /2

 

 全てを焼き尽くした劫火は雨に呑まれ、後には黒焦げた残骸だけが形を保っていた。

 私は紫希の遺体を抱え、小高い丘へ登る。

 ──彼女と初めて邂逅した、あの丘へ。

 

「……すまないな」

 

 そこで彼女の遺体に火を灯し、深く深く弔う。

 炎は細い軀を瞬く間に焼き尽くし、彼女は小さく縮んでいってしまう。

 私はその様を、一瞬すら逃さず瞳に刻み付ける。

 安らかだったあの日々を、永遠に忘れぬ為に。

 

 やがて肉は焼け、後には白い骨だけが残った。

 私はそれを一つ残らず拾い上げ、遺灰と共に壺に納める。

 壺に納まる程小さくなってしまった彼女を眺めながら、私はその処遇に関して思考を巡らす。

 

 ──仏舎利。この左腕に宿る遺骨はある高僧に由来する物であり、見に宿すことでその加護を受けることができる。

 ならば、根源の渦に通ずる彼女の遺骨をこの軀に埋め込めば、どれほどの力を授かることができるのだろうか?

 根源の渦──万物の発端であり終焉であるそれに辿り着くことができれば、私の望みは叶う。

 人類の救い──その答えは、必ずそこに在る筈。

 

 骨壷を置いてから私は地面を掘り、丘に小さな祠を建てる。

 そして彼女が持っていた妖刀を羽織りで包み木箱に納め、設置した階段を降りた先の空間に安置する。

 刀を扱う技術は私には無い。故に──いつかこれを必要とする者が現れた時の為に残しておこう。

 そうして最後に結界を張り、退魔に属する者以外が入れぬように加工する。

 これで弔いは終わった。

 私は紫希の遺骨だけを手にして村を出発する。

 名残惜しいが、いつまでもここに留まっていることはできない。

 最後に、もう一度だけ変わり果てた村を見て、私は誓いを再認する。

 

「──さらばだ、皆。私は必ず世界を救う。その暁に私はまた帰って来よう」

 

 行き先は決まっている。

 紫希という根源に繋がる者を排出した天邏の本家である両儀。その一族が住まう都へと。

 彼女はもう帰らぬ者になってしまったが、いつか同様の者が現れた時に備えて繋がりを持っておきたいからだ。

 

 私はたった独り、側に居た彼女の名残を噛み締めながら都に向かった。

 

 

    ◇

 

 

 私が彼女の遺骨を両儀の当主に見せると、彼は自分達より先に分家が目的を達成したことに驚きながらもそれを受け取った。

 私は彼と交渉し、遺骨の半分を手にすることとなった。

 

 そうして私と当主は共に軀に遺骨を埋め込んだ。

 私はその加護を受けんが為に、彼はより優れた力を持つ子孫を作り出す為に。

 だが──これこそが決定的にして致命的な誤りであったのだ。

 

 そうして両儀との繋がりを作ってから家を去った後、私は魔道の探求に明け暮れた。

 戦場を回り、死を蒐集しながら根源への道を探す日々。

 そうして私が四十を過ぎた頃、一つの答えに辿り着いた。

 

 ──起源。全ての存在が内包する始まりの因。

 それを呼び覚ました者は、それに引き摺られる代償に途方も無い力を手にするのだという。

 躊躇いなど、あろう筈もなかった。

 より力を手にし、根源への道を探す為に私は己の起源である"静止"を覚醒させた。

 すると、その日から肉体の老化が停滞したのだ。

 これで寿命の問題は克服できた。

 私は己が少しずつ人間ではなくなっていく感覚を嫌悪しながらも、根源に至る為に全てを搔き集め、悉く犠牲に捧げていく。

 

 やがてある怪僧に出会い、己の複製を造る手管を伝授してもらった。

 これで私は死滅しても復活することが可能になり、死を恐れることもなく危険へと身を投じていく。

 

 何度も、何度も根源へと近付いた。

 そしてその度に守護者に敗れ去った。

 だが立ち止まっている暇はない。脚が動かなければ這い蹲り、口で地面を噛んででも前に進む。

 一歩、また一歩、ただひたすらに、何を省みることもなく突き進む。

 気が付けば数百年。紫希との思い出は擦り切れ、記憶の底に埋没していく。

 

 彼女は今も軀の内に宿っているというのに、もうその顔も声も思い出すことはできなくなった。

 やがて英国に渡り、魔術協会に所属する頃にはその存在すらも薄れていった。

 長い、あまりにも長すぎる年月は私から彼女との思い出を欠片も残らず洗い流していった。

 何故、人を救いたいと願ったのか。何故、根源の渦に至りたいと思ったのか。

 それすらも朧げになり、忘却の彼方に消え去っていく。

 

 ──その果てに、私は限界に辿り着いてしまった。

 私には、才能が無かった。

 

 考え得る全ての手段を用いた。

 だが最後には必ず抑止力が現れ、全てを台無しにされてしまう。

 そこで私は悟った。

 根源に到達する手段があるのではない。単に到達しえる人間がいるだけなのだ。

 如何なる叡智を持とうとも、所詮は後付け。生まれついた時点で持っているか持っていないか。それが全てだと。

 ただ絶望した。それでも諦めることは許されなかった。そうしてしまえばこれまでの全てが無価値になる。犠牲にした者達が無意味になってしまう。……彼女に顔向けすることもできなくなってしまう。……"彼女"とは、いったい誰だったかすら憶えていないが。

 

 そんな泥のような諦観が続く日々、それも長くはなかった。

 

 一九八一年二月十七日、久しく別れていた両儀家の報告を受け、私は故郷に帰還した。

 懐かしい眺め。それを目にしても何の感慨も浮かばないほど私の自我は摩耗しきっていた。

 

 だが、屋敷に入った瞬間、私は四百年前に起きたことの全てを思い出すこととなる。

 母の腕に抱かれ、安らかに眠る赤子。

 その名も両儀織。性別は男だった。

 

 その赤子は本来女として生まれ、名前も式とされる予定だった。

 だが定めから外れ、式は織という男児として誕生した。

 

 その話を聞いた時、私はあまりの出来事に絶句する他なかった。

 ──彼の軀は、不完全だった紫希と違い完全に根源に接続していたのだ。

 織が式に成れなかった原因。両儀の者達はただ当惑するばかりだったが、私だけは真相に辿り着いていた。

 

 ──単独顕現という概念がある。これは存在が確定している者を指す概念であり、根源から直接生まれついた両儀式もそれに当てはまる。

 だが両儀の分家である天邏は両儀式という『存在情報』を前借りして独断で根源接続者を創り上げてしまった。

 そしてあろうことか当時の両儀の当主はその遺骨を取り込み、彼女の因子を血統の中に混ぜ込んでしまった。そしてその因子は異物として血統の中で留まり続けた。

 

 式という女は単独顕現により如何なる状態においても存在することが確定している。

 だが天邏の一族は遥か過去に『両儀式という存在情報を有する者』を創り出している。そのままでは『過去の人物と完全に同一の存在情報を持つ人物』という矛盾が誕生してしまう。

 それを察知した抑止力は同一人物の再誕生という矛盾を修正する為に、なんと両儀式の性別を書き換え、両儀織という男にすることで別人として誕生させたのだ。

 そして肝心である男女一対の人格も不純物である紫希の因子と競合し、どちらも男という半端な状態になってしまった。

 

 これが、両儀織という異物の真相。

 かつて蒔かれた過ちの種は、四百年という長き時を超えて悪夢の如き形となって芽吹いた。

 私はこの時、運命というものの恐ろしさに戦慄するしかなかった。

 

 こうして、遥か過去に敗れ去り忘却に消え去った夢は再び私の手元に蘇ったのだ。

 両儀織。両儀式になりそこなった対極の代用品。私の内に沈む紫希の再来。

 それ識った瞬間、私は(かのじょ)を我が手にし根源へ至ることを誓った。


 

 

これが、事の始まりにして結末。

 四百年に渡る私の根源を巡る旅の一つの到達点。

 

 

八卦を束ね、四象を廻し、両儀へと至る──。

 やがて、相克する螺旋にて君を待つ。

 

 

そう、私と君こそが──『彼方を継ぐ者』なのだから──。

 


 

 

    /0

 

 

「目覚めたようですね」

 

 暗闇に閉ざされた一室で眼が覚める。どうやら、夢を見ていたらしい。

 傍らには痩身の男が佇み、興味深そうにこちらを眺めている。

 

「……なんと、貴方にあのような過去があったとは。貴方が両儀織という青年に執着する理由、それは彼女との縁にあったのですね」

 

 そう、思い出したのだ。

 彼女──紫希と過ごした日々を。忘れ去ってしまった始まりの誓いを。

 

「ああ、なんと眩く、忌まわしい過去か。……貴方は忘れてはならなかった。その祈りの源泉を。荒耶宗蓮、貴方の願いは美しい。何よりも純粋で、それ故に歪な一つの望み。そして彼女は今も貴方の中で貴方を守り続けている」

「──」

 

 その言葉と共に、魂の底で何かが共鳴する。

 これは──紫希の遺骨の為か。

 

「……これは、目覚めたというのか? だが両儀織は現在だ、ならば紫希の意識はどこから──?」

「……貴方の忘却を採集している最中、意識の断片が引っ掛かっているのを発見しました。ほぼ確実に両儀織の意識の欠片でしょう。おそらく、彼も断片的に同じ夢を見ていた筈」

 

 彼には両儀式と同じ存在情報を有する紫希の因子が色濃く表れている。

 故にその遺骨を直接取り込んだ私と彼の間には魔術的な繋がりが出来ており、こうして意識が共鳴しているのだ。

 紫希の残留思念は、半分ずつ私と彼に宿っている。

 

 つまり私の存在情報は今、両儀に近いものに変質しつつあるのか。

 

「──ならば、両儀織はいずれ私に会いに来るか。いや、そうではくてはならない。もし、私と彼が出会ったその時は──」

 

 半分ずつ残留した紫希の思念。もしそれが一つになれば、再び根源への扉を開くことも可能になるかもしれない。

 ──もしかすると、織を殺すという選択肢を採らずに誓いを果たすこともできる可能性がある。

 

「……やはり貴方達は面白い。貴方と彼ほど運命的な縁を持った存在はこの世に二つと無いでしょう。それではこれで。私はその為の舞台を整える為に彼の記憶を復元しましょう。貴方と彼の、再会の時に備えて」

「……感謝する、偽神の書(ゴドーワード)。確かに、私は忘れてはならなかったのだ」

 

 ──残った駒は三つ。

 まず眼前の魔術師は彼の敵対者にはならない。

 もう一人の魔術師は蒼崎の為の手駒だ。

 だとすれば残った手駒はただ一人、あの金色の獣のみ。

 

 決着の刻は近い。

 私は共鳴するもう一つの魂を抱えながら、静かに眼を閉じた。

 

 

     彼方を継ぐ者・了

 




 今回もお読みいただきありがとうございます。

 以上がこの世界における荒耶の過去、両儀織という異物の真相でした。
 存在情報というと分かり難い概念ですが、月姫のロアとシエルの魂の関係に近いものだと考えていただけると理解し易いと思います。

 斯くして荒耶は忘れていた始まりを思い出し、螺旋の塔にていずれ現れる根源を待つ。
 彼方を継ぐ者──それは砕け散ったユメを継ぎ、彼方への道を歩む者。
 彼らのユメは交わらず、故に別たれながらも絡み合う。
 ──まるで相克する螺旋が如く。

 次回から忘却録音です。
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