空の境界 偽典福音/the Garden of false   作:旧世代の遺物

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 今回は箸休めです。


境界式/1 -intermission-

「そうか……失敗に終わったか」

 

 暗闇に閉ざされた一室で、男は何の感情も無く呟いた。

 悩みでもあるのか男の貌には長年の苦悩の皺が入墨の如く刻み込まれている。

 その相は永遠に解けぬ難題に挑む哲学者のそれか。

 

「これで三人目。貴方にとっては無駄だった、ということ事で良いのですか?」

 

 此処に居るのは一人だけではない。男の他にもう一人、黒いスーツを着込んだ特徴の見当たらない男が傍らに立っている。

 

「無駄ではない。あの三人と相対した事でアレは自身の''起源''を自覚し近づいたことだろう」

 

 男は表情を変えることなく少しだけ歓ばしげに答えた。

 

「なるほど……つまり貴方の計画はどう転ぼうと無駄はありえないと。なら次は私の出番で決まりですね?」

「そうだ。それにお前の実験に相応しい異界も既に用立ててある。後はただ時期を待て良い。さすればお前の望みも成就するだろう」

「ええ、何せこれは契約ですからね。貴方の指示に従うとしましょう。ですが、一つだけ契約に変更をさせて頂きたい」

「……言ってみろ」

「私に貴方の望みを教えて欲しい。私は何も望まない。ただ永遠(こたえ)が欲しい。貴方はどうでしょうか」

 

 男は迷いなく明確に答えを返す。

 

「私は何も望まない。ただ結論(こたえ)が欲しい」

 

 それは、目の前の男の願いと同質に思えるものだった。

 

「それでは私達は同類という事ですね。ただ、貴方は何故そんなものを望むのですか?」

 

 男は暫し思案して返答する。

 

「……理由など、とうに忘れた」

 

 その答えに特徴の無い男は初めて表情を崩した。それは哀しみか、或いは怒りなのか。

 

「それでは望みとは言えませんね。私は貴方の望みを教えて欲しいと言ったのです。貴方は自分に忘却を与えることで理由を忘れ、自らの願いを放棄している。それは魔術師として有ってはならない忘却だ」

 

 その言葉に苦悩を浮かべた男の貌は更に曇ってゆく。

 

「……何がしたい」

「貴方の嘆きを再生する。忘却は確かに貴方の中に記録されているのだから。これを許可して頂ければ、私は貴方との契約を完遂すると致しましょう」

「これは契約だ。いいだろう、好きにしろ。だがそれに見合った働きを保証してもらうぞ、統一言語師(マスターオブバベル)

 

 その言葉を最後に二人は会話を打ち切り、統一言語師(マスターオブバベル)と呼ばれた魔術師が黒衣を纏った生ける地獄の顔に手を翳す。

 

「貴方には自身の望みを知り、結論(エイエン)を手に入れる義務がある。……貴方の目的は興味深い。私にも貴方の結末を見届けさせて欲しい。願わくは、貴方の望みが成就せんことを」

 

 斯くして苦悩する男の嘆きは再生され、忘却は追憶へと成り変わる。

 

 そうして統一言語師(マスターオブバベル)は予定通り行動を再開し、用意された舞台(異界)へ向かっていった。

 ただ永遠(こたえ)を手に入れ、この矛盾した螺旋(セカイ)の果てを見届けんが為に────




 以上です。
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