空の境界 偽典福音/the Garden of false   作:旧世代の遺物

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2/殺人考察 (前) -……and nothing heart.-
殺人考察 (前)/1


    

 

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──────1995年3月

わたしは彼に出会った

 

 

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 一九九五月四月、入学式。

 春の陽気の中、誰もが新たな生活の到来に目を輝かせていた。

 

 だが、わたしだけはとある人物のことが気がかりになっていた。

 中学最後の夜の出来事だった。

 季節外れの雪の夜、わたしはあてもなく夜の街を逍遥していた。

 その白い闇に染まった世界で、わたしはとある非日常と遭遇することとなった。

 

 死神の様な黒い影。その暗さは一面の銀色と対になっていてまるで太極図の様だった。

 今となっては何故そうなったのか知る由も無い。

 わたしはどうしようもなくその人物のことが頭から離れなくなったのだ。

 今日は散歩に出ろ、そしてその男を忘れるな、と。まるで何かがそう命じていたかのように。

 もしかしたら催眠術でもかけられていたのかもしれない。

 けれどそんなことはどうだってよかった。

 わたしにとって重要なただ一つの事実、それは──

 わたしはようやく特別(ほんもの)に出会えた。

 

 

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 一九八六年、私は君に出会った。

 

 九年、君を待っていた。

 ようやく時は満ちた。

 始めよう、世界の救済(終焉)を。

 

 

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 ──やっと見つけた。

 彼があの夜の人物に違いないだろう。

 服装はあの時と違って黒いスーツ姿だけれどあの瞳だけは見間違えようがない。

 わたしは人混みを抜けながらその姿を探す。

 

「ねぇ、あなた!」

 

 わたしが声をかけると彼は不思議そうに反応する。

 

「やっぱり、あの時の…!」

 

 わたしは喜びを隠し切れず不躾に言葉をかける。

 まずい、少し引かれたかも。

 

「……貴女、誰です?」

 

 ────流石にこれは予想外の返答だった。

 

 

    ◇

 

 

 入学式の翌日、わたしはとある人物と知り合った。

 彼の名前は白純里緒(しらずみ りお)

 一つ上の学年でどうやら生徒会の所属らしい彼は、目立った特徴も問題も見当たらない優等生である。

 わたし達は互いに二つ共通点を持っていた。

 ''特別''なものが好きである事と、''とある人物''が気になるということだ。 

 ''とある人物''とは無論、同じクラスになることができた『両儀織』の事である。

 

 そのおかげか意気投合したわたし達は今からその両儀織を昼食に誘おうとしているところだ。

「こんにちは、織。一緒に食べない?」

「また貴女か……僕は誰かと昼食を食べる気はありませんよ」

 

 ……しかし、問題はこれだ。

 両儀織はとにかく人嫌いで、誰とも関わりを持とうとしない事だ。

 理由はなんとなく理解できる。

 もしかしたら幼い頃のわたしに少し似ているのかもしれない。

 

 このように、わたし一人で誘っても無駄に終わってしまうので、今回は先輩と二人で仕掛けることにしたのだ。

 

「……そちらの方は?」

「ごめん、自己紹介を忘れていたね。僕は白純里緒。生徒会所属で君の先輩だ。気軽に『リオ先輩』なんて呼んでくれると嬉しいな」

 

 ……そんなこと初めて聞いたのですが、先輩。

 

「知っているでしょうが、僕は両儀織です。苗字で呼ばれるのは嫌いなので織、と呼んで下さい。『リオ先輩』」

「早速友達になれて嬉しいよ、織くん」

「先輩共々これからもよろしくね、織」

「……友人になったとは一言も言っていませんよ」

 

 結果は成功だった。

 こうしてわたし達は輝かしい高校生活を歩み始めたのだった──

 

 

    ◇

 

 

 完璧だ。

 やはり黒桐さんと知り合っておいたのは正解だった。

 彼女は間違いなく僕の仲間だ。

 彼女とあの両儀だけは他の下らない連中とは違う、本物だ。

 僕はもう一人じゃない。

 彼らも僕となら誰よりも解り合える筈だろう。

 

 僕は、ようやく特別(ほんもの)に出会えた。

 

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 六月。 

 季節はもうそろそろ夏に入ろうとしていた。

 高校に上がってからというものの、学園にこれといった変化はない。

 有るとすれば、生徒達の服装が春のそれから夏のそれへとなっている程度か。

 ただ、僕自身の人間関係だけが大きく変容しているのだ。

 

 僕は昔から人間という生き物を嫌悪していた。

 幼少の頃からどうしてもその醜さ、汚さ、蒙昧さを受け容れる事が出来なかったのだろう。

 しかもその自分の中の''人間''の定義には僕自身も含まれているので、自分すら嫌悪の対象だった。

 だから当然のように僕に寄りつく人間は居なかった。

 僕自身それを好ましいと思っているので、これまでの人生で自身を囲む環境はおよそ理想的だったと言える。

 しかし、突如としてその環境は破滅を迎えることとなった。

 それは高校生になったばかりの頃の話だ。

 二人程、執拗に僕と関わりを持とうとしてくる人物が現れたのだ。

 

 入学式の時に唐突にまるで知り合いであるかのように話しかけて来たクラスメイト、黒桐鮮花。

 そしてその友人らしき生徒会所属の先輩、白純里緒。

 彼らだけは何故か決して人を寄せ付けない僕に友人として接しようとしてくるのだ。

 理由は分からない。彼ら──特に黒桐鮮花には僕のような人物と関わる理由が全く見当たらないからだ。

 

 彼女には人格的にも能力的にも凡そ問題と言える部分が欠片も見出せない。

 学力試験は常に学年首位で体育の成績も女子の中ではトップクラスだ。

 交友関係も広く、率直で思いやりが深く理知的な人柄は男女を問わず大きな支持を得ている。故に同性から嫉妬を受けることはなく、異性からは高嶺の華として強い尊敬を受けている。

 その在り方は正しく理想の優等生というに相応しいだろう。

 

 白純里緒に関しては上級生であるため関わる機会が乏しく、遭遇する時は決まって黒桐鮮花と一緒にいるため情報が少ないのだが、彼女の口ぶりでは特に問題の見当たらない善良な生徒であるらしい。 

 ……それが正しいのならば、さぞ友人も多いことだろう。

 

 ──それなのに、どうして。

 どうして彼らは、僕のような異常者と関わりたがるのか。

 

 

    ◇

 

 梅雨だからだろうか、今日は午後になってから突然雨が降り始めた。

 雨の日は服が濡れてしまわないように秋隆が迎えに来てくれるのだが、今のところそれらしき車は見当たらない。

 やる事もないので昇降口で雨宿りしていると見覚えのある人影が出現する。

 その数は一人。そしてその正体は即座に判明した。

 それもよりにもよって件の少女、黒桐だ。

 白純の姿は見当たらない。珍しく今日は一人らしい。

 彼女はいつの間にか僕の傍らにただずんでいる。

「傘ないの?わたしのを貸してあげる」

「いや、必要ありません。迎えがあるので。黒桐さんも雨が酷くならない内に帰った方が良いのでは?」

「それなら、わたしも一緒に待とうかな。だってあなた暇でしょ?」

「……珍しい、先輩は?」

「今日は生徒会の仕事があるから遅くなるって…あら、織が先輩の事を気にかけるなんて。それこそ珍しいことじゃない?」

「別に。ただ、貴女達はとても仲が良さそうなのでそう思っただけですよ」

「べ、別に先輩とわたしはそ、そういうのじゃなくて……!」

 

 何を勘違いしたのか、彼女は実にわかりやすく顔を赤らめている。

 ……彼女が率直な人柄だとは知っていたつもりだが、まさかこれ程とは。

 流石に人前でもこんな風だとは考えたくもない。

 いや、思えば彼女と一対一で会話したことなどこれが初めてかもしれない。

 だからこそ行動の意図が掴めなくて混乱するのかもしれない。

 とにかく、現状では彼女の本質を知るには余りにも材料不足だ。

 

「とにかく!わたしもここで待ってるから!」

 

 僕が沈黙しているとそれを肯定と受け取ったのか、彼女は壁にもたれかかる。

 

 あくまで彼女の本質を知るための材料集めという目的だが、僕は今彼女から振られた会話には応答するつもりでいる。

 だから何を聞かれようとも無難な回答を返そうと決めた。

 

 しかし、音らしき音は雨音だけだった。

 黒桐は口を開かなかった。

 満足そうに瞼を閉じていることから、先ほどの事が堪えている訳ではないらしい。

  ──呆れた。

 どうやら唄っていたらしい。

 後に彼女に聞くとそれは''singing in the rain''という流行歌とのことだ。

 兄が歌っていたのを聴いて知ったということまで話してくれた。

 僕と黒桐は誰も居ない昇降口で立ち尽くしている。

 そんな状況で二人きりでいて会話がないことには違和感があるが、不思議と落ち着いた時間ではある。

 なぜか僕はそんな沈黙を心地良いと感じていた。

 だが、それも僅かな時間に過ぎなかった。

 ──まずい、アイツが出てきてしまう––––!

 

「黒桐さん!」

「えっ、何か!?」

 

 知らず発した叫びに彼女は沈黙を破った。

 

「えっと……どうかしたの?」

 

 彼女は不安そうに冷汗を流す僕を覗き込んでくる。おそらく、本気で心配しているのだろう。

 その時、僕は初めて黒桐鮮花という人物をニンゲンでなく人として見ていた。

 

 彼女はとりわけ容姿端麗と言える。

 大きく澄んだ、それでいて強い意志の宿る碧の瞳。

 絹の如きセミロングの黒髪。

 陶器の様なきめ細かい白い肌。

 女性的で均整の取れた身体。

 季節感のある白のワンピース。

 そのどれもが彼女を芸術品に仕立て上げている。

 しかし、その濁りのない意志とどこか尋常ではない気が彼女を何よりも人間らしく彩っていた。

 

 ふと、思う時がある。

 今まで彼女の事を''優秀''だと思っていたけれど。

 その実、彼女もまた僕と同じ''普通でない''存在なのではないのか、と。

 

「いや、何でもありませんよ。何でも……」

「そう?でも何だか少し顔色が悪いわよ?あんまり無茶はしないで。何でも一人で解決しようとするのはあなたの悪い癖よ?」

 

 いや、違うだろう。その筈だ。

 だって彼女はこんなにも人が良い。

 そんな彼女が僕などという歪な人間と同類とはとても思えない。

 だからこそ僕は彼女の二面性の様なものに反感を抱くしかない。

 

 僕も彼女もそれきり話さなかった。

 ただ秋隆の迎えが待ち遠しい。

 程なく迎えの車がやってきて、僕は黒桐と別れた。

 ──秋隆め、今のを見ていたな。

 

 

 これだけが六月中に起きた変化らしき事柄だった。




 遅れました。漸く二章突入です。
 このペースで行けば完結は何年後になるんでしょう…(絶望)

 とりあえず、二章は伏線をばらまけるだけ撒いておきましょう。
 それと先輩をかなり重要な人物として出番多めに書きたいですね。

 何よりも、鮮花カワイイ。これ一番重要。

 ではまた次回。
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