空の境界 偽典福音/the Garden of false   作:旧世代の遺物

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殺人考察 (前)/2

    

 

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 七月。私はとある少年に出会った。

 酷く歪な男だった。

 食らい、消費し続ける事だけが始まりで、死に逃避する事こそが真の自己であると疑わなかったのだから。

 だが、それで良い。

 その生き汚さ故に彼は自身の罪に立ち向かったのだから。

 だからこそ私は彼に''特別性''を見出した。

 彼ならば、成し遂げる事すら望めるだろう。

 

 

 第一の事件、第一の駒。

 その先に待つのは無限螺旋。

 

 今、終焉に向け全てが動き出す────

 

 

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 月の初めに父と真剣で稽古するのが両儀家の跡取りの決まりである。

 遥かな過去、退魔の一族たる両儀家の当主は魔を討つ為自己流の剣術に没頭した。

 それは現代まで受け継がれ、当然僕も習得を要求されてしまっている。

 試合を終わらせて自室へ戻る道中、秋隆が待っていた。

 使用人──執事である彼は二十代半ばの青年だ。

 おそらく僕を着替えさせる為に待っていたのだろう。

 

「お疲れ様でした。お父上は何か?」

「いや、何も。それにな、お前もオレよりも兄貴の面倒を見た方がいいぞ。結局家を継ぐのは長男なんだから」

 

 普段とはかけ離れた乱暴な口調に秋隆は微笑む。

 

「両儀家の当主は織様以外に居られません。兄上には素質が受け継がれなかったのですから。そして、貴方の特異性は今までの当主には見受けられないものであります故」

「──こんな異常性に、なんの意味がある。これで鬼やらが討てる訳でもなかろうに」

 

 

 自室に戻り、鏡を一瞥する。

 そこには当然自分だと認識できる人物が写っている。

 

「哀れだな。定められた異常者にすら成りきれないなんてな」

 

 その人物に向かって話しかける。

 話相手はいる。ただ己の内にのみ。

 ──名前のない、もう一人のシキが。

 

 基本的に両儀家の子供には同じ発音の、二つの名前が与えられる。

 陽性、男性としての名前と。

 陰性、女性としての名前が。

 しかし、僕はその中でも際立って異常だった。

 

 本来、僕は女として生まれ式という名前を与えられ、もう片方の人格の方が織であったはずなのだ。

 だが、僕は男として生まれもう片方も男のままだった。

 そこで異常なのが、どちらの人格も男でも対照的な性質を持っている事だ。

 陰性、受動的で物静かな性質を持つ人格。

 陽性、能動的で攻撃的な性質を持つ人格。

 本来女としての式が陰性を受け持ち、男としての織が陽性を受け持つはずだった。

 だが陰性である僕が男として生まれてしまった為、陰性の方が織と名付けられ、もう片方の陽性のシキには名前が無くなってしまった。

 

 しかも僕には不具合の代償か半陰陽––––性染色体異常–––性分化疾患が起きていた。

 基本、男性の染色体はXYなのだが僕はXXYという稀有な組み合わせなのである。

 それは通常、クラインフィルター症候群と呼ばれる症例であり何らかの症状を引き起こすものであるのだが、奇跡的にか必然的にか僕には何の不便も不具合も起きておらず、こうして当たり前のように男性として存在している。

 

 その異常の中の異常を両儀家の人間は大いに喜んでいた。

 父が言うには、僕は想定すら凌駕する超越者という事らしい。そして呪いを背負う者でもあるのだと。

 ……確かに、これは正しく呪いに他ならない。

 

 両儀家の後継者の中には二重人格者は多々存在したそうだが、僕の様に肉体まで変異を起こしている者は一人も存在していないらしい。

 

 詰まる所、僕は初めから異常である事が決まっていたにも関わらずその運命からもはみ出してしまった真性の異常者(イレギュラー)だったのだ。

 

 だからこそ両儀家の人間は僕の存在を祝福した。

 半端とはいえ半陰陽者が誕生し、漸く完全体が生まれたのだと。

 そういった理由で僕は兄を差し置いて次男の身でありながら次期当主として扱われている。

 

 それに不満は無い。面倒が増えるとはいえ、資産や人脈は有るに越した事はない。

 僕はままごととはいえ、こうして平穏な日常を送っていける事にそれなりに満足していた。同時にソレが偽りでしかない事もまた理解しているつもりだ。

 

 元が異常なのならば正常になど戻す事はできない。

 どれほど意味をすげ替えたって、始まりの出来事だけは変えられないのだから。

 

 

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「鮮花、あんたと両儀君と白純先輩が三角関係になってるって話ホント?」

 

 わたしの友人である相川春菜(あいかわはるな)のとんでもない発言に、わたしはみっともなく噴き出してしまった。

 気管に入った飲み物の所為で咳き込みながら周囲を見る。

 幸い屋上にはわたし達以外には誰も居らず、幸い今の言葉を聞いた者はいない。

 

「あの、それどういう噂よ」

「あんたマジで知らないの?あの一年の黒桐は同じクラスの両儀君にゾッコンで、二年の白純先輩はあんたに入れ込んでるって話。あんたも両儀君も目立つもんだから学校中、その噂で持ちきりよ。で、しかもあんたが下手に白純先輩と一緒にいるもんだからこれから泥沼化するとか囁かれてんの」

 

 …噂はわたしの知らない所でとんでもない規模に膨れ上がっているようだ。

 まったく、余計な世話どころの話じゃない。

 織と先輩と知り合ってまだ三ヶ月程しか経過していないというのに、これ程話に尾ひれが付くとは。それはこの学校があまりにも平穏だという事でいいのだろうか。

 

「あのねぇ、それはとんでもない与太話よ。先輩とも織とも単なる友達、それ以上でも以下でもないわ」

「ほんとぉ? なーんかそれだけじゃないと思うけどねぇ?」

 

 春菜とはわたしが小学生の時からの腐れ縁だ。

 だからこそ経験からわたしの言葉に含みがあると読み取ったのだろう。

 

「だってさ、名前だって呼び捨てじゃんあんた。アイツがそんなの『ただのお友達』に許すとでも?」

「名前で呼んでくれって言ったのはあっちの方よ。先輩もそうしてるし、彼、名字で呼ばれるの嫌いなのよ。名字で呼ぶよりは''アンタ''とかの方がまだいいって。それはちょっと馴れ馴れしいから、名前で呼ぶ事にしたの」

「へぇ、つまんないの。面白くなりそうだったのに」

 

 春菜は至極つまらなそうに溜息をつく。

 正直、そんな期待をされても困るしかないのだけど。

 

「じゃあ六月の昇降口の事もなんでもない事なんだ。…こんなことなら屋上まで来るんじゃなかった」

「ちょっと、なんであんたがそんな事知ってるのよ?」

「そりゃ有名だからよ。六月にあんたと両儀君が雨宿りしてたって話は学校中知れ渡ってるの。なんたって、相手が相手だからねぇ」

 

 思わず深い溜息をついてしまった。

 とりあえずこの話が二人の耳に入っていない事を祈るだけだ。

 

「あと、なんであんた何時も白純先輩と行動してんのよ。そんな思わせぶりな事してるから噂になるんじゃないの?それに、先輩があんたをどう思ってるかなんてわからないのに」

「それに関してはあれよ。前に一人で織を昼食に誘った時は断られたけど、先輩と二人でトライした時に上手くいったからよ。二人なら関わりやすいってだけ。で、後者に関しては何とも言えないかな」

 

 正直、他人が考えている事なんてわかりようが無い。

 それでも、わたしと先輩には信頼があると信じたい。

 

「否定しないんだ。じゃあ先輩があんたに入れ込んでるのは本当かも知れないわね」

「それは……単に他人の感情なんてわかりっこないってだけの話よ。はいはい、この話はおしまい!」

 

 これ以上何か言われる前にわたしはこの話を打ち切った。

 これ以上問い詰められると余計な事を言いかねないから。

 

「しっかしねぇ。なんだって両儀君なのよ。あんたならもっと大人しい、優等生タイプなんかの方が似合うんだけど……あれ、白純先輩なら結構合うんじゃ……」

「織はそんなに危ない人じゃないわよ」

 

 つい反射的に口走ってしまった。

 春菜が嫌な笑みを浮かべる。してやったり、という顔だ。

 

「なーにが友達以上でも以下でもない、よ。ありゃそうそう靡かない男よ。それが判らないなんて、もうとっくにいかれてるって事よ」

「……分かってるわよ、そんなこと」

「じゃあどこがいいのよ。見た目?」

 

 確かに織は美男子だ。でもそれだけじゃなく、彼はわたしを惹き付けるのだ。

 彼はその全てが二つとない特別なのだ。

 わたしはどうしてか昔から特別に成りたくてずっと努力してきた。だから特別の塊みたいな彼はわたしの理想(ユメ)の具現の様な人なのだ。

 ……いや、それだけではない。わたしにも判らない何かが彼を一人にしてしまってはいけないと呼びかけているのもある。

 

「そうね……彼、どう見ても普通じゃないでしょう?わたし、そこが良いと思うんだ」

「普通じゃないから良いだって?あはは!あんたやっぱ昔から変わらないね!」

 

 彼女はそう言って大笑いする。

 わたしとしては昔よりずっと変わったと思うのだけれど、三つ子の魂百までと言う様に人の本質というものはそう易々と変わらないらしい。

 それでも変化を続けるのが人の在り方だと思うのだけど。

 そうこうしている内に昼休みは終わろうとしていた。

 

 

    ◇

 

 

 一学期の期末試験が終わった日、わたしは信じられない物を目にした。

 下駄箱の中に手紙が入っていたのだ。

 差出人はなんと織。それもデートの誘いというこれまたアンビリーバボーな内容だ。 

 なんと『明日、どこか遊びに連れてけ』という単刀直入にして衝撃的な内容で、わたしはその日一日中、自分でも信じられない程の高揚と混乱を抱えたまま過ごすこととなった。

 




 二章第二話です。中々難産でした。
 今回の織はかなり特殊な独自設定を詰め込みました。
 説明すると、元々は正しい歴史の流れだと両儀家の跡取りには『式』が生まれるはずだったのですが、どこかで運命が狂い男性の『織』が生まれてしまいました。
 しかも男女の人格ではなく、対極的な性質を持つどちらも男性の二重人格者として。
 その代償に彼には『式』であるはずだった名残りとしてか染色体異常が発生してしまい、歪な半陰陽者となってしまいました。(特に身体に異常は出ていないが、両儀家の技術の賜物という事で)
 つまり、彼は完全なバグキャラなのです。
 もうこの時点でこの世界は正常な歴史の流れから逸れてしまっています。

 それと、相川春菜の名前は劇場版の黒桐のクラスの出席番号一番から拝借しました。学人ポジです。

 毎度毎度間が開きますが、また次回。
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