空の境界 偽典福音/the Garden of false   作:旧世代の遺物

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殺人考察 (前)/3

 

 

/1

 

 

 ……遅い。

 もう待ち合わせの時間を一時間は過ぎている。

 やはりあの手紙を送ったのは織ではない誰かで、ただの悪戯ではないか、という疑念が頭を過ぎり始めていた。

 すると、背後から唐突に声をかけられた。

 

「オイ」

「わぁぁぁっ⁉︎」

 

 声の主は織だった。

「悪いなコクトー、待たせちまって。秋隆を撒くのに時間がかかっちまった」

 

 当たり前のように彼は言葉を紡ぐ。

 わたしの知っている彼ではない、乱雑な口調で。

 絶句したまま、わたしは彼を再確認した。

 彼の姿は服装を含めて変わらない。

 だが、その纏う雰囲気だけは輪を掛けて異質なものだった。

 

「怒ってんのか? 遅刻したことは謝るから機嫌治してくれよな。初デートなのに開幕失敗、なんて御免だぜ」

「あの、織……よね、あなた」

「もちろん。そんなことよりさっさと行こうぜ。エスコートするからさ」

 

 彼はそう言ってわたしの腕を取って歩き始めた。

 混乱しているわたしに抵抗する術などなかった。

 

 兎に角動き回っていた。

 彼はデパート内の目に付く店を次から次へと移動する。

 織は普段からは想像もつかない程喋る。

 彼はかなりハイになっているようだった。……逆に疲れすぎているのだろうか。

 四時間ばかり移動していると流石に疲れたのか、彼は食事したいと言い出し、ファストフード店に寄ることになった。

 

 混乱状態から復帰したわたしは疑問を口にする。

 

「あなた、普段はそんなにフランクなんだ」

「まぁ、オレ自身はな。普段オレは表に出ないからな。喜べ、オレと会話したのは家族以外じゃおまえだけだぜ」

 

 ……なんとなく話が見えてきた。これは、もしかして。

 

「あなた、二重人格ってヤツ?」

「ご名答。普段は織で……そうだな、オレは名無しだ」

 

 そう言って彼は濡らした指で紙に文字を書く。

 織とシキ、片仮名の方が今の彼なのだろう。

 

「オレはおまえと話してみたかった。織にとってそれは避けたい事だからな。そういう厄介事はオレが代わりにやってやってるんだ。わかるか?」

「代用人格……なるほどね」

 

 曰く、二重人格者は脆弱な自己を守る為に強固な意志を持つもう一つの自己を形成する事が多いと言う。彼もその類なのだろうか?

 いや、きっと違う。

 彼はどちらもどこかアンバランスで危うい均衡の上で成り立っているように思える。

 剥き出しの刃物のように鋭く、押せば壊れてしまいそうな硝子細工。

 わたしには彼がそういう風にしか思えない。

 

 いや、こうして半日過ごしてみても彼はやはり織以外の何者でもない。

 口調や振る舞いは違うけれど、その行動様式は織と同じものだ。

 最初に感じていた違和感も既に消えているように。

 

「でも、どうしてわたしに教えてくれたの?」

「まあ、いい加減隠す方が面倒になってきたからな。おまえが織と関わり合いになろうとするせいでな。オレはな、織が持つ負の感情を受け持つ存在なんだ。破壊だとか殺人だとか。アイツのそういう表に出せない衝動だけを押し付けられてるってワケだ。でも今まではその相手がいなかったからオレも出てくる事なんてなかった。アイツもオレも、誰にも関心がなかったから」

 

 わたしはシキの言葉に不安と僅かながら明確な歓喜を抱いていた。

 つまりわたしは、彼の関心を引いたということなのだから。

 

「……なんだ、嬉しそうじゃねぇか。こんな殺害予告めいた言葉吐かれて喜ぶなんて、とんでもないヤツだなコクトーは。とりあえず安心しろ、オレはあくまでも織だ。だから暴れたりなんてしない。口調や行動の優先順位が違うってだけだからな。……でも最近はズレが生じているがな」

「ズレている? つまりあなた達って意見の相違で争ったりするの?」

「いや、オレが何をしたとしても、両儀織は一人である以上それはアイツの望みでもある。というよりもそもそも肉体の主導権がアイツのものでしかないから、オレは勝手に動いたりはできない。オレがこうしておまえに会っているのも、アイツが会っていいと思ってるからだ。……やっぱりおまえ嬉しそうだな、ニヤつきを抑えきれてないぞ?」

 

 『会ってもいい』という言葉にわたしは笑みを零してしまっているらしい。

  ……やっぱりわたしってわかりやすいのかな。

 

「オレはおまえの素直な所はスキだぜ。けど織はそこが嫌いらしい。ズレているのはこういう所だ」

 

 つまり織はわたしの率直だと言われる面が好きで、でもそんな風に感じてしまう自分が嫌いという事なのだろうか。 

 … …ということは彼はわたしを少なからず良く思っているということなんだ!

「あー、更に顔まで赤くなってるじゃねぇか。素直だねぇ。とりあえず説明は終わりだ。今日はここまで」

 

 唐突に席を立った彼はポケットから高そうな革財布を出す。

 

「じゃあな。オレはおまえの事が気に入ったからまた会うよ」

 

 財布から代金を出して、名も無きシキは颯爽と去っていった。

 

 

    ◇

 

 

 翌日、帰りに下駄箱を見ると手紙が入っていた。

 なんと差出人は白純里緒。

 しかも内容はシキの時と同じく『休日に遊びに行こう』というものであった。

 わたしには誘いに乗る以外の選択肢はなかった。

 

 

    /2

 

 

 当日、彼は時間よりも早くわたしより先に来ていた。

 波のような人混みのなか、目立たない外見の彼を探すのは少し苦労した。

 群青色のセーターに黄土色のロングコートと黒のスラックス、茶色掛かった髪と腕時計。

 それが今日、白純里緒という人物を表す特徴だった。

 

「おはようございます、先輩。今日はいい天気ですね」

「おはよう、黒桐さん。時間通りに来るなんてキミらしい律儀さだね」

 

 他愛ない言葉を交わし、わたし達は目的地へと歩を進める。

 その目的地とは、先週シキと訪れたデパートの事である。

 正直、あのデパートにある店はシキと共に言ったために殆ど知っているのだが、そこは先輩の好みを知る為にも最適な場所でもある。

 

 ちなみに、シキとデートした事は親を含め誰にも明かしていない。

 

 

    ◇

 

 

 先輩はシキと違い、動き回るわけではないものの、とにかくよく食べる人だった。

 華奢な外見の割にかなりの量の料理を平らげている。しかも結構な料理通らしく、それなりに値の張る店を選んでいた。 

 きっとわたしと一緒でなければ何軒ものレストランを回っていることだろう。

 もっとも、高いといっても先輩の奢りなのだが。

 先輩の家は薬屋らしく、それなりに裕福なのだそうだ。

 この通り、わたしは健康体なので白純家の世話になる事は滅多になさそうだ。

 

 そう考えていると、彼は唐突に切り出してきた。

 

「そういえばキミ、先週両儀君と遊んだってね」

「⁉︎  どうして、知っているんですか?」

「どうしても何も、クラスじゃ話題だからね。感想を聞かせてよ」

 

 あれは誰にも言っていない筈なのに。

 つまり学校の誰かに見られたということらしい。

 ……もしかして春菜辺りかもしれない。

 

「まあ、色々な発見がありましたよ。普段は見れないような側面も知れたしね……」

「へぇ、彼にもそんなものがあるんだねぇ」

 

『例えば?』なんて聞いてくると思っていたけれど、彼はそれ以上聞いては来なかった。

 まさか、たったこれだけの情報で織の秘密を見抜いたわけはないだろう。

 大方、わたしが答えあぐねているのを見透かして気を遣ってくれたのだろう。

 

 気が付けばもう日が暮れようとしていた。

「おっと、もうこんな時間だね。名残り惜しいけど今日はもうここまでにしないかな?」

「ええ、先輩が良ければ。今日はありがとうございました」

「うん、また明日」

「ええ、もちろん」

 

 そうしてわたしは先輩との初めてのデートを終えた。

 

  ──この時のわたしには、それが先輩との最後の交流になるなんて、到底分かる筈がないのだった。

 

 

    ◇

 

 

 今日、黒桐さんと初めてデートをした。

 僕の中で彼女の締める割合は日に日に増していっている。

 最初は単なる仲間だと思っていた。

 僕はどうしてしまったのだろうか。

 僕は彼女を見ると、我を失いそうになる。

 僕は彼女の前でだけ、本物になれる。

 僕は彼女とだけ、一緒にいたいと思える。

 

 その感情は、両儀に抱いているものとは全く異なるものだ。

 僕の日常は、侵食されている。

 僕は両儀を羨んでしまっている。

 何故なら、僕は彼女に恋をしてしまっているから。

 どうして彼だけが、彼女の好意を受けられるのか。 

  僕だって、特別なんだ。僕と彼とが、どう違うと言うんだ?

 彼女にとって、特別とは何なんだ?

 ……わからない。

 ならば、示さねばならない。彼女にも、両儀にも。

 僕が誰よりもトクベツなんだっていう、ごく単純な事実を。

 

 

    /3

 

 

 一学期の終業式の後、下駄箱を確認するとまたしても手紙が入っていた。 

 ……多分、わたしは今彫像のように固まっていると思う。

 この手紙の内容が余りにも唐突かつ衝撃的だから。

 もう、どう反応したらいいのかわからない。

 肝心の、内容とは──

 

『放課後に屋上まで来て欲しい。伝えたい事がある』

 

 ……無論、その言葉の意味が理解できない程わたしは愚鈍ではない。

 問題はこれが誰のものなのかが不明である事だ。

 そこで、わたしはこの手紙の主があの人物ではないか、という希望を抱いている。

 両儀織。わたしの特別(ユメ)

 だが、そんな筈はない。

 彼はわたしを遠ざけようとしているから。

 誰とも、居たいと思っていないから。

 それでも、この手紙に一抹の希望を抱いてしまっている。

 ならば、答えを知らなければならない。

 おそらく、九割九分織ではないだろうけれど。

 そうであれば、回答は決まっている。

 

 わたしは意を決し、運命が待つ場へと向かった。

 

 

    ◇

 

 

「やあ、黒桐さん。キミが来てくれて嬉しいよ」

「──────しら、ずみ、先輩?」

 

 そこに居たのは、余りにも予想外な人物だった。

 白純里緒。わたしの友人。

 

「まあ、どうして僕がキミを此処に呼んだのか、なんてキミならわからない筈はないよね?」

「……ええ、もちろんです」

 

 つまり、春菜の言っていたことは正しかったという事なんだ。

 

「正直、言葉を飾るのは得意じゃない。だから僕は率直にこの感情をぶつけるしかないんだ」

 

 おそらく、この行動は彼の積み重ねてきた人生の中で最大の勇気だと思う。

 だからわたしは、彼の言葉を正面から受け止める義務がある。

 ……それが、彼にとってどんなに苦しい結果になったとしても。

 

「僕はキミを(とくべつに)してしまっている。だからどうか、僕をキミだけの特別にして、キミも僕だけの特別になってくれないか」

 

 そう、それは紛れもない彼の本心。

 だからこそ、わたしは黒桐鮮花という女としてこの返答を返さなければならない。

 ……残酷とすら言える、わたしの本当を。

 

「ごめんなさい。わたしはあなただけの特別になる訳にないかないんです。──だって、わたしは特別な人が好きだから」

 

 彼は何一つ理解できない、といった表情で立ち尽くしている。

 それでもわたしは言葉を紡ぎ続ける。

 

「だからあなたの想いは受け入れられない。わたしにはもう、特別にしてしまいたい人が居るから。──わたしは、その人の特別になりたいから」

 

 彼は呆然自失のまま、感情を露にする。

 

「どうしてなんだ、僕は、特別じゃないって言うのか」

「いいえ。あなただって誰かの特別なんです。ただ、わたしはあなただけの特別になる事ができないだけ」

「……つまりキミは、僕のことを何とも思ってなかったんだな。僕は、キミにとっては『どうでもいい誰か』でしかなかったのか」

「それは違います。あなたはかけがえのない唯一人です」

「両儀のことか。キミの特別っていうのは」

 

 やっぱり、知っていたんだ。

 それでも尚、この選択を選んだ彼の勇気にわたしは報いようと思う。

 …彼にとってはこの上なく残酷な、真実に依って。

 

「……はい。やっぱり、わたしの特別は彼だけなんです」

「……そうなのか。なら、僕と彼とがどう違うんだ。なぜ違うんだ」

「先輩は、普通の人だから。どうあっても異質な彼とは決定的に違うんです」

「異質なら……異常だから良いっていうのか、キミは」

 

 わたしは沈黙を以って肯定する。

 

「わたしは彼の苦しみは分かっていないけれど、それでも彼に寄り添いたいから。少しでも喜びと苦しみを分かち合いたいから。だから、ごめんなさい先輩。わたしはやっぱり、普通の人では駄目なんです」

 

 ……彼の呼吸は、荒い。

 

「そうか──それが答えか。こんな結果になったのは本当に残念だよ。じゃあな、鮮花」

 

 その取り繕い様のない程の混乱を抱えたまま、彼はわたしを屋上に置き去りにしたまま突風の様な勢いで姿を消してしまった──

 

 




 先輩、玉砕。
 ようやく春休みになったので執筆のペースを上げられると思います。
 このまま年内には終わらせたいのですが……無理でしょうね。

 先輩は当初は織に関わる為の手段として鮮花と関わっていましたが、やがて仲間意識が芽生え、それは愛情へと変質して行きました。そしてこの行動へと繋がるのですが、織の圧倒的異常性に潰されてしまいました。
 以降、彼は自身の特別性をまず織に認めて貰おうとある行動に出るのですが……。

 とにかく、今回は筆を進めるのに苦労しました。
 読んで頂きありがとうございます。
 ではまた次回。

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