この残酷なゴブリンだらけの世界に祝福を!   作:wisterina

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このゴブリンの巣に救援を!

 森の中につくられたあぜ道を俺たち八人が二つの列をなして進んでいた。

 

「へぇ~、今年成人して冒険者にね」

「はい、神殿を卒業した後、冒険者の皆さんのお役に立てるようにと思いまして」

 

 俺はこの世界の情報を仕入れようとたまたま隣を歩いている女神官ちゃんに話しかけていた。彼女の信仰している地母神様や神殿など、この世界の仕組みがだんだんつかめてきたぞ。

 だがそれを押しのけて俺が関心を寄せたのは、彼女の冒険者になる理由だ。誰かのために少しでもお手伝いできればという奉仕精神、どこぞのぐーたら駄女神とはえらい違いだ。体はまだめぐみんぐらいと同じで子供だが、発展途上という面を考慮すれば将来性もあり、金色の髪はダクネスよりも細かく法衣の中でもわかるほど煌めいている。あの三人の良い部分を煮詰めて灰汁を取り除いてできたのがこの子かもしれない。

 ああ、なぜ世界はこうも不平等なのですか。できればあの水色の髪の女神と交換させて下さいませエリス様。

 

「ねぇねぇ、あなたアクシズ教って知っているかしら?」

「いえ、神殿で他の宗派の名称は知識としては覚えているはずなのですが。申し訳ございません」

「いいのよいいのよ。ただこの書類にサインをするだけいいから。あっ、血判でもいいわよ」

「おいこら、アクア! こっちでも宗教勧誘するな!! だめだよ、こいつの話を聞いちゃだめだからね。この宗教にかかわったら最後、勧誘と勧誘と勧誘の精神攻撃を受ける羽目になるからね」

「は、はい」

 

 なんとかアクアを押しのけて、神官ちゃんがちいさく小動物のようにうなずいた。

 こんな純情でいい子そうな子を、アクシズ教なんていうろくでもない宗教に改宗させたら世界の損失だ。アクシズ教徒の聖地で散々な目に遭った経験があるからこそ、こいつの所業を止めねばならない。

 

「みんな見えてきたぞ」

 

 先頭を行っていた剣士が指さした先にゴブリンの巣である洞窟が見えた。洞窟の入り口の脇には動物の骨でつくられた禍々しいものが立札のように突き刺さっていた。

 

「よし行くぞみんな!」

「いってらっしゃませ」

 

 威勢よく剣士が出撃の声を上げたのを、めぐみんの一言でくじかれた。

 女武闘家が血相を変えて、めぐみんに言い寄った。

 

「待って待ってめぐみん。いくら初めてだからって、ここで臆病風に吹かれたらこの先進めないよ」

「いえ、私洞窟の中では役立たずですし」

「そんな自信ないこと言ったらこの先どうしようもないわよ」

「すまんすまん。めぐみんの爆裂魔法は洞窟やダンジョンじゃ使えないんです。おまけに魔法を一日一回しか打てない残念なやつなので。だから今回は待機ということに」

「爆裂魔法は残念な魔法じゃありません! というかカズマ私のことを心中では残念な奴だと思っていたのですか!」

 

 俺の発言に狂犬のごとく噛みついてくるめぐみん。ああそうだ否定はしない。むしろその通りだ。一日一発しか打てない魔法使いが残念という言葉以外になんだというのだ。

 

「はぁ、あのね白磁級なら一回でも普通なのよ。むしろ場所によって動きが制限されるなんて変な魔術師ね」

「……え? 魔法って一回しか使えなくても大丈夫なのか?」

「当たり前じゃない。私は二回も《火矢(ファイアボルト))が使えるけど」

 

 眼鏡の奥から自慢げに自分の能力の高さを誇る女魔術師。この世界は、魔法に使用制限でもあるのか? もしそうだとすれば、めぐみんはともかくアクアの魔法に制限が課せられるのは痛いな。

 

「しょうがねぇなぁ。じゃあ俺たちが戻るまで、ゴブリンが来ないか見張っててくれ」

 

 開始早々に、めぐみんが脱落して七人パーティでゴブリンの巣の中を進んでいくことになった。先頭を剣士たちのパーティがその後ろを俺たちのパーティが後をついて行く。

 

「ゴブリンか、きっとこっちのゴブリンは元のいた世界のよりも強くて私はなすすべもなく組み伏せられて……デュフフ」

「やめろダクネス、嫌なフラグを立てるな」

「何カズマさん、もしかしてゴブリンにビビっているの?」

「べ、別にビビってねーよ」

「そうよね。アンデッドに怖れて、私の浄化魔法でアンデッドどもを華麗に打ち倒していく姿を隅で震えながら見ていたカズマさんが、ゴブリンごときに怯えるわけないわよね」

「そのアンデッドの大群に泣きながら追いかけまわされていたのは、どこの女神さまでしたでしょうかね~」

 

 アクアが挑発を返してきたので、俺もお返しにとすると、アクアが俺の胸ぐらをつかんできた。ヤロー、人が心配してみれば。

 

「二人とも、喧嘩は止めてください!」

 

 俺たちのいつもの諍いを見かねて女神官ちゃんが間に入ってきた。ああやっぱりこの子は女神だ。そうだ、女神とはかくあるべきはずなんだ。酒を飲んでぐうたらしてパーティ仲間を馬鹿にするのが女神であるはずがない。

 

「何だあれ?」

 

 先を行っていた剣士が松明を前に出して奥を照らすと、入り口にあったモニュメントと同じものが突き刺さっていた。俺たちもその目印に向かおうと走り出す。と、頬にわずかな空気の流れを感じ取った。

 空気の流れがある? 横穴でもあるのか? 持っていた松明を空気の流れのある方に向けると、横穴があった。洞窟の薄暗さで見えにくく、よくよく見なければ見逃してしまうところだった。

 

「おいちょっと待った。こっちに横穴があるぞ」

「ここは二手に分かれたほうが良いかもしれない。もしかしたら、そっちにゴブリンが待ち伏せしているかもしれないし」

 

 確かに、待ち伏せで先手を取られてゲームオーバーなんてゲームでもありえる最悪なパターンがあるから、ここは二手に分かれたほうが良いな

 

「俺たちはこっちの横穴を見てくる。みんなはそのまま奥へ進んで行ってくれ」

「じゃあみんな頑張ってね」

 

 と、俺たちと一緒に行こうとするアクアの手を取って待ったをかけた。

 

「ちょっとカズマさん、なんで私の手を引っ張るのよ。不安なら不安って言えば私が女神の抱擁で」

「ちげーよ。アクア忘れたのか。今回は横取りだろ。目的の村娘があのパーティが行く先にあるかもしれない。だからアクアがもう一方に入って村娘を先に救出して戻ってくるようにするんだ」

「なるほど」

 

 大丈夫かこの女神。まあ向こうの新人パーティが万が一全滅したら大変だし。アクアがついてさえいれば、回復魔法でちょちょいと治せるから保険にもなるだろうし。

 

「アクアを連れていってくれ。こいつの回復魔法と宴会芸だけは取柄だから」

「だけじゃないわよ!」

「そりゃ助かる。俺たち金も時間もなくて回復装備買っていってないかったから」

 

 ん? 回復装備買っていないだと。回復装備なし前提でクエストを受けたのかこいつら。作戦のためにアクアを入れたのが逆に正解だったような気が……一抹の不安を感じながらアクアの長い水色の髪が見えなくなると、俺はダクネスを先頭にして横穴へと入っていく。

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

 ダクネスに取りついた最後の一匹のゴブリンを引き剝がして、片手剣で心臓部分に一突きで倒す。

 

「ふう、これで全部か」

「うむ、ほんの少数だったから大したことなかったな」

「その台詞は剣一振りでもしてから言ってほしいなダクネス。ゴブリンの引き付けには役に立ってたが」

「し、仕方がないだろ。この狭い洞窟だと両手剣はかえってカズマの攻撃の邪魔になるし、それに攻撃が当たらない私が、剣を振り回しても先ほどのゴブリンどもに組み伏せられて、恥辱の限りをハァハァ」

 

 ダクネスが発情しているのをしり目にその奥を調べるが何もなかった。おそらく、伏兵を置くためにつくられた穴だろう。しかし、ゴブリンは最弱のモンスターであるはずだ。今しがた倒したのもたった数匹程度で、楽に倒せた。だが、頭が悪いはずなのに伏兵の戦術を知っている。つまり集団の戦い方もやり慣れているかもしれないということだ。

 何か嫌な予感がする。受付嬢さんの含みのある言葉も気になるし、早いとこあいつらと合流したほうが良いな。

 

「きゃああぁぁ!!」

 

 可憐な乙女の絹が裂けるような悲鳴があがる。

 

「カズマしゃあぁぁあん!! たしゅけてえぇえ!!」

 

 女神とは思えないほど情けない悲鳴があがる。

 

「あのバカ、なんかしでかしたな! 行くぞダクネス」

「ああ、早く現場に急行して。悲鳴が出るほどのひどい目に遭ってみたい!」

「いいから早く!!」

 

 剣士たちが進んだ方の洞窟に戻りながら、嫌な予感がドミノ倒しのように倒れてこないように心の中で祈った。大丈夫だ。パーティ構成は前衛も後衛も十分にいる。それにアクアがいるから回復も心配ないはず。そう、たとえ死んでしまってもアクアなら生き返させることが……

 

 だが俺の祈りは、現場に到着したときには脆くも崩れ去った。

 後衛の要であるはずの女魔術師がゴブリンの手によってであろう腹を短剣で刺されていた。しかも脇には彼女の所有物であった杖が真っ二つに折られて何もできずに終わったことを物語っていた。

 かなりの深手であるが、こんな傷ならアクアの回復魔法で治せるはずであるが、その当の本人はゴブリンに脚をつかまれて体を倒され、組み伏せられようとしていた。

 

「カズマさん助けて!! (けが)されるぅ!!」

 

 アクアの脚に取りついていたゴブリン二匹を一閃で切り伏せてアクアを解放した。

 

「アクア無事か。神官ちゃん、その子を連れて先に洞窟から出るんだ! 殿(しんがり)は俺たちでやる」

「は、はい」

 

 腹から血が滴り落ちながら、女神官ちゃんが女魔術師に肩を貸して退却を始める。松明という心もとない明かりの中で、ゴブリンの黄色い下卑た目がギラギラと血走っている。くそ、数が多い、目算でも二十匹ぐらいいるぞ。この数じゃ、アクアでも回復をする余裕もないわけだ。さっきの伏兵のゴブリンといい、この数といいなんかおかしいぞ。早々に俺たちも脱出をしないと。

 俺と女武闘家が前に出ようとした。シュンと無軌道な剣筋が前を横切った。それはパーティを率いていた剣士のものだった。

 

「くそぉ! 仲間の仇だ!!」

 

 口から飛び出す言葉からして、女魔術師がやられたことに頭に血が上って周りが見えていない。退却だと言っているのに自分から進んでゴブリンどもの群れの中へ突っ込んでいる。おまけに、持っている得物が長剣なだけに狭い洞窟の中では仲間にフレンドリーファイアしまいかねない。

 

「おいっ、長剣を振り回すな! 味方に当たるだろうが!」

 

 剣筋も素人目からしてもめちゃくちゃ、あれでは仲間に当たらないよう振るうのも無理だ。

 くそっ! このままじゃ最悪同士討ちだ。こいつから剣を取り上げるしかない。緊急事態のため、手を前に出して《スティール》を発動する。

 

「《スティール》!!」

 

 ――何も起きない。

 

「なんでだ。《スティール》ができないだと!?」

 

 そして最悪の事態が起きてしまった。

 剣士の長剣が洞窟の天井に突き出た岩盤に剣先が当たり、剣士の手から剣が離れた。その好機をゴブリンどもは見逃さなかった。

 

「あ゛あ゛あ゛!!」

 

 松明の届かないゴブリンどもの群体の中で、剣士の悲鳴にも満たない断末魔のような呻きが洞窟の中に響いてくる。明らかにモンスターにやられるような悲鳴じゃない、嬲り殺しの殺し方だ。暗い中でも剣士の凄惨な様子が目に浮かびそうなほどだ。

 

「でい!」

「ゴッドブロー!!」

 

 俺とアクアがゴブリンたちの囲みに攻撃して隙間をつくり、剣士の腕が見えた。わずかな隙をついて剣士の腕を引いて、囲みから引きずり出した。

 

「うぅ」

 

 一瞬吐きそうになった。剣士の完全に顔が腫れて、四肢はこん棒や短剣で殴られ、突き刺され、皮膚が原形をとどめないほどズタズタに裂かれていた。先ほどの元気余る表情が今の状態では思い出せないようなひどい状態だ。なんだよこれ、いくら何でもやることが残虐すぎるだろ。ゲームで言うならバイオハザードレベルのR指定レベルじゃねーか。

 

「……えっ」

 

 隣で戦っていた女武闘家の威勢のある声が、ろうそくの火が突然吹き消されたかのように消え去った。恐る恐る脇を見ると、明らかに二メートル半はゆうに超えるモンスターが女武闘家の回し蹴りをくらわしていた脚を、片手で受け止めた。

 

「で、でけぇ」

 

 オーク? いや、ホブゴブリンか? 新人とはいえ武闘家の回し蹴りを受け止めるとか、絶対に強モンスターだろ。

 俺の悪い予感はまだまだ続いていた。ホブゴブリンはそのまま手を握り締め、ベキベキと女武闘家の脚の大腿骨を粉砕した。女武闘家は苦悶の表情を浮かべるとホブゴブリンはそれを喜ぶかのようにニヤつき、脚をつかんだまま振り回して女武闘家を洞窟の壁に叩きつけた。それはモンスターとただの人間の力の差を見せつけられるかのようなありさまだった。

 骨を砕かれ、壁に体を打ち付けられて身動きが取れない女武闘家をこれ見よがしとゴブリンどもが小石を投げつけ、追い打ちをかけた。なんだこいつら、必要以上にいたぶりやがって……まるで弱い者いじめを楽しんでいる近所の悪ガキみたいじゃないか。

 そして一匹のゴブリンがビリビリと音を立てて女武闘家の服を爪で引き裂いた。女武闘家の服の下に隠していた素肌が見えるとゴブリンたちは一層危険な雰囲気を醸し出した。おいおいまさか嘘だろおい! まるでエロ同人誌の凌辱シーンのようなことが目の前で起き始めようとしていた。そして、今度は腰布にその醜悪な手が伸びた。

 

「待てっゴブリンども! その子を離せ、私が相手になってやる」

「ダクネスさん、逃げて」

「そんなこと……できるか!」

 

 ダクネスが叫びを上げながら、女武闘家を囲むゴブリンどもの中に飛び込んでいった。ゴブリンどもはしめしめと舌なめずりをしてダクネスに飛びかかる。あっという間に何十匹ものゴブリンがダクネスの鎧に飛びつき、鎧を引きはがそうと爪を立てた。

 

「しゅごいぞカズマ。ここのゴブリンたち、本気で私を辱めようとしている! こんなの初めてだ!!」

「ダクネス、今助けるからな!」

「構うな! こんな理想のシチュエーションを目の前にして引きはがすなんてもったいない」

 

 そうだ、今ダクネスが必死に女武闘家を助けようと……今なんて言った?

 

「ハハハ、どうした。もっとかかってこい!」

「ダ、ダクネスさん。お願い、早く……逃げて」

「いやだ。そんなこと、できるか!」

 

 …………あーいつものだ。いつものドMで前に出ただけか。しかもゴブリンども、ダクネスの鎧に阻まれているわ、鎧の隙間から見えている服は破れても筋肉に阻まれて女武闘家のように組み伏すこととまではできていないようだ。

 よし、放っておこう。

 

「アクア! この馬鹿剣士を連れて逃げるんだ!」

「うぁ、グロ。でもこのくらい、女神の回復魔法なめんじゃないわよ」

 

 俺が剣士をアクアに託すと、ホブゴブリンの脚の隙をスライディングですり抜け、女武闘家の周りに残っているゴブリン数匹を切って伏せた。幸いにもまだ大事には至っていないようだ。ゴブリンたちがダクネスに気が向いているうちに、俺は女武闘家を背負って退却を始める。

 

「ダクネス、本当にヤバくなったらすぐに逃げるんだぞ! お前の筋肉でもホブゴブリンに耐えれるか怪しいからな」

「むしろ本望だ!」

 

 そう言いつつも、しっかりとダクネスはゴブリンを自慢の筋力で数匹振り払い、壁に打ち付けてノックアウトにしていた。ゴブリンの頭から噴き出ている血の量からして、完全に死んでいるなこりゃ。

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

 這う這うの体で戦闘不能状態になった剣士たちパーティを引きずって元来た道を戻っていく。だがやはり負傷者を抱えているということもあって体が重く、早く走れない。誰か一人でも自由に動ける奴がいれば……

 

「カズマ、カズマ!!」

 

 洞窟の入り口の方からめぐみんの声が響き渡ってきた。そうか、俺たちの危機を察して助けに来てくれたのか。この際だ、いっそ爆裂魔法でゴブリンどもを吹き飛ばしてしまおう。最悪ダクネスは爆裂魔法でもなんとかなるしな。

 

「助けてください!! 戻ってきたゴブリンに追われているんです!!」

「なんでお前まで危機に陥っているんだよ!!」

 

 おいおい、冗談だろ。前からも後ろからもゴブリンって。つか、なんで俺たちゴブリンで苦戦しているんだよ。

ゴブリンは最弱のモンスターじゃないのかよ。

 

「いやあああ!」

 

 洞窟の出口の方から女神官ちゃんの悲鳴がまた上がった。まさか、嘘だろ……


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