この残酷なゴブリンだらけの世界に祝福を!   作:wisterina

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このゴブリンたちに引導を!

 不運とはどうしてこうも立て続けに起こるのだろうか。めぐみんが引き連れてきたゴブリンの集団――わずかに三匹程度が、先に退却させていた女神官ちゃんたちと鉢合わせをしてしまってた。神官ちゃんの肩にはゴブリンが発射したであろう弓矢が突き刺さり純白の法衣をドス黒く染め上げている。めぐみんが必死に杖でゴブリンどもを近づかせないように振って抵抗するが接近戦でめぐみんに勝ち目はないだろう。

 ゴブリンどももそれを見抜いているかのように、黄色い目を光らせてめぐみんらに何も恐れることもなく悠々と迫ってくる。

 

「い、いと慈悲深き地母神よ……どうか……」

 

 すでに神官ちゃんは背負っていた女魔術師を地面にこぼししていて、恐怖のあまりか失禁を起こしている。

 まずいまずいまずい! こっちもただでさえ手負いを二人も抱えているのに、このままじゃあいつら……

 

「カズマさん、めぐみんが襲われているわよ!」

「わかってる!」

 

 めぐみんと俺たちの距離は今いる場所から、仮に手負いの剣士たちを置いて走っても、間に合わない。

 考えろ、考えろサトウ・カズマ。遠距離ならアクアのクリエイトウォーターと俺のフリーズでゴブリンの足を凍らせられるか? いや回数に制限があるこの世界だと、足止めができるほどの魔法が使えるのか? じゃあ、手持ちにある弓の狙撃で? いやスキル技のスティールが発動しなかったこの世界で狙撃スキルが発動できるのか? めぐみんや神官ちゃんに最悪弓が当たるかもしれない。

 くそっ、もうちょっとこの世界での魔法やスキルの発動とかを検証すればよかった……

 

「あたしが……囮になるから」

「そんな体で囮になったら、あいつらが何するかわからねぇぞ!」

 

 肩を借りさせていた女武闘家が自ら囮になる申し出を即座に却下した。片足を砕かれているのに加え、先ほどゴブリンどもが女武闘家にしようとしていたことは明らかに敵を倒すという範疇から脱っそうとしていた。そんなうちのクルセイダーか凌辱系エロ本しか喜べない展開なんて起こしてたまるか。

 

「カズマ! もうここで爆裂魔法使っていいですよね。ええそうでしょうぶっ飛ばしましょう!!」

「早まるな!! ここで爆裂魔法をぶち込んだら俺たちまで吹っ飛ぶぞ!」

「死なばもろとも!」

 

 だめだ! めぐみんがパニックのあまり頭に血が上っている! 敵も味方も脅威になるだなんて、なんてことだ! こっちの世界に来てからろくな目に会わない。神よどうして俺がかっちょよく活躍できる世界に転移させてくれないのですか!! 隣の女神含めたすべての神様に、恨み僻みの祈りを心の中で念じた。

 

――ドシュ。

 刃物が肉を鈍くえぐる音が反響した。だがその音の源泉はめぐみんでも、神官ちゃんでもない。重傷を負っていた女魔術師からであるが、彼女からでなく服を破き、その柔肌に醜い食指が伸びかけていたゴブリンからだ。ゴブリンは何が起きたのか知らないまま、醜悪な笑みを浮かべて幸せそうに頭部をナイフで貫かれて絶命していた。

 ナイフは洞窟の出口の方から出てきた。全員がそれが来た方向を向いた。暗然たる洞窟の中に浮かんだ松明の炎があり、その肩には鉄兜が乗せられていた。むろんアンデッドの類ではない、それならばアクアが剣士を投げ捨てででも『ターンアンデッド』をぶちかますはずだ。

 仲間をやられたからなのか、一体のゴブリンが手元に忍ばせていたナイフを持って鉄兜に飛び掛かる。だがゴブリンの襲撃は鉄兜の持っていた盾によって阻まれて、そのまま岩壁に押し付けられて片手剣で首元を刺し殺された。これだけでも十分のはずだが、鉄兜は松明の火をゴブリンの顔面に押しつけた。もうゴブリンには絶命の声すら上がらなかった。

 

 えげつない、オーバーキルだろあれ。しかし、これなら……

 いつの間にか、追い詰められたと思っていたのが取り囲まれたゴブリンが右往左往しているのをめぐみんは逃さず、杖でゴブリンの脳天をぶっ叩き地面に伏せさせる。

 

「うおりゃ!!」

「ナイスめぐみん!」

 

 当たってくれ! その祈りを込めて動けなくなったゴブリンに向けて矢を射た。見事祈り届いたのか、こっちの世界でも高い幸運が働いてくれたのか、ゴブリンの額のあたりに矢が突き刺さってくれた。

 

「まだだ」  

 

 鉄兜の間から若い男の声が漏れだした。この言葉の後に鉄兜は真一文字に片手剣を振り下ろし、確実に心臓を仕留めた。

 ようやく混乱も、脅威も去って俺たちを救った鉄兜の男を見ると、かなり粗末な防具だなと印象を持った。俺も人のことを言えないが、全身を汚れた防具で身を包み素肌が一切見えない装備だ。

 

「いや助かった。あのままだとウチの爆裂魔法使いが自滅で洞窟ごと崩すところだったぜ」

「カズマがもっと早く私を助けてくれなかったのが悪いじゃないですか!」

「うるせぇ! こっちもヤバイところだったんだよ!」

「ふ、二人とも。け、けんかはやめてください……あの……あなたは」

 

 ゆらめく松明を映写機のようにその鎧の全身を洞窟内に映し出すと、男は静かにつぶやいた。

 

「………ゴブリンスレイヤーだ」

 

 鎧の男が自分の名前を明かした後、弓を放った際にいったん肩から降りた女武闘家が粉砕された右足を引きずって女神官ちゃんの下に近寄った。女魔術師はさっきよりも重傷で、口から吐血して腹からも血があふれ続けている。

 

「神官ちゃん、癒しの奇跡でその子のけがを治して。今なら大丈夫のはず」

「それが。癒しの奇跡でも治らないのです」

 

 女武闘家の青ざめる顔。それを見てゴブスレさんが深手の女魔術師に近寄る。

 

「もうだめだ。ゴブリンが剣に仕込んだ糞尿の毒が回っている。助からない」

「そんな!」

 

 淡々とした口調から告げられた言葉に、二人は悲痛な声を上げるとゴブスレさんの松明が一瞬揺らめいた。――その陰惨な雰囲気を帳消しにするようにアクアが能天気に女魔術師の腹に刺さっていた短剣を抜くまでは。

 

「そんなもの、私がちょちょいのちょいで治せるわよ。あ、このナイフ危ないわねポイ」

「グヘェ!」

 

 おい! そんな適当にナイフを引っこ抜くんじゃねえ!

 

「無理だ。楽にさせたほうが良い」

「女神の力を信じていないってわけね。いいわよ。治ったらあなたアクシズ教に入信しなさい! 《ヒール》!」

 

 アクアが回復魔法を詠唱するとみるみるうちに女魔術師の傷口はふさがり、後にはゴブリンによって引き裂かれて半分素肌が露出して己の血で染色された魔術師の服が残った。もうどこにも彼女が先ほど声も発せないほどの重症患者であったことがその残骸からでしかわからない。

 

「……!」

「傷が」

「そんな、私の祈りでも治らなかったのに。あなたは、いっ!」

「はいはい、先に矢を抜いてから。私は女神なのよ、私の辞書に不可能はないの。剣士もさっききれいさっぱり治したんだから。ほらほら、カズマさんどうよ。私はこっちでも女神の力は健在よ。いいのよ、お礼は今晩こっちの世界のしゅわしゅわを私の腹が許すかぎり奢るぐらいで済ませてあげるから」

「今、あいつがなんだって?」

 

 剣士の名前が飛び出ると、ざっざと後ろから足音が聞こえてくる。それは先ほどまでゴブリンに八つ裂きにされたはずの剣士が、そんなことはなかったかのように自分の脚で歩いている音だった。

 

「……よう」

「へ? い、生きて。だ、だってさっきゴブリンたちにぐちゃぐちゃにされて」

「そんなもの、私の回復魔法でなんとでもなるわよ」

「そんなに何回も奇跡や魔法を起こしましたらアクアさんの体に悲鳴が……」

「ないない、私は女神なのよ。神様なのよ。神様が自分の魔法に制限をかけるなんてそんな縛りプレイなんて好き好んでしないわよ」

 

 おおそうか、こっちでもアクアの回復魔法は通用するのか。これなら俺が死んでも回数に制限があっても大丈夫そう…………ちょっとまて。

 

「……おいアクア。お前今、自分の魔法に制限はないといったよな」

「言ったわよ」

「ギルドで出した《クリエイトウォーター》以外で一体どこで試した?」

「え~と、カズマさんがクエスト依頼の張り紙を見ている間に、《宴会芸》スキルの確認をしたわ。あと道中も宴会芸の練習を二回して。カズマさんと分かれた後、喉が渇いたから魔法で水を出して剣士たちにもふるまって四回《クリエイトウォーター》して……」

 

 …………お前なぁ、回数に支障が出ていないなら先に言えよ!! こっちはお前の魔法の制限を考慮してで一つ策をつぶしたんだぞ。必死に心配して策を考えた時間返しやがれ!!

 

「ダクネスさん……ダクネスさんが奥で、あたしの身代わりにゴブリンたちを引き付けて!」

「……そいつは女か?」

「ええまぁ。体は立派な女でございます」

 

 中身はとんでもないドMでございますが。

 

「ならとりあえずは無事だろう。俺は奥へ行って仲間を救出して、ゴブリンを殺す」

「あの~ダクネスなら大丈夫だと思いますが、回収ついでにお伴願いできますでしょうか」

「………別にいい」

 

 少々腰を低くして頼み込むとゴブスレさんはあっさりと承諾してくれた。よし、この人ならたぶん剣士たちよりも明らかに手練れだ。ダクネスを回収してあわよくばクエスト達成だ。

 

「よし、剣士たちのパーティは一旦洞窟から離脱してくれ。回復魔法をかけているが、まだ身動きが取れないだろうからな」

「あの、カズマさん、ゴブリンスレイヤーさん。私も一緒に行きます。ダクネスさんが心配で、私もできることがあると思うので」

 

 突然女神官ちゃんが一緒について行くと言ってきた。先ほどアクアが治したばかりの肩には、まだどす黒い血がこびりついている。

 

「いや、君もけがをしていたことなんだから剣士たちのパーティと一緒に戻った方が」

「それでも!」

 

 女神官ちゃんの青い目が真っすぐ見つめられて、その瞳の中に俺が映った。ぎゅっと、手に持っている錫杖がその意志の強さの表れを映している。

 ああ、やっぱりこの子は女神の生まれ変わりだ。横の女神は偽物だといったアクシズ教団の言葉が今真実になった。あの異常勧誘宗教団体に初めて同意してしまうだなんてなぁ。

 

 女武闘家も粉砕された右足をアクアに治してもらい、まだ目覚めない女魔術師を担ぎ、剣士が先に戻ると女武闘家が俺たちに振り返り、

 

「カズマさん。神官ちゃん。ゴブリンスレイヤーさん。ダクネスさんをお願いします」

 

 と軽く一礼して出口へ戻っていった。

 さて、俺たちもダクネスを回収しに行くか。と足を一歩踏み込んだ時、俺の服をめぐみんが指でつまんでいた。

 

「なんだめぐみん。お前はついてこなくてもいいんだぞ。洞窟の中では役立たずだって自分で言ったじゃないか」

「いえ、またカズマがゴブリンに襲われそうになると危ないと思いますので。これは、パーティを心配してという意味であり、私が心細いとか襲われるのが怖いとかでは決してないので」

「はいはい、じゃあついて来いよ最強の爆裂魔法使いさん」

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

「うぅ、鉄臭い匂いがします」

 

 めぐみんがうんざりとした表情で歩いている。ゴブスレさんより、ゴブリンは女の匂いに敏感――特にしょんべんの匂いが好物というのでゴブリンの血をぶっかけられた。なおアクアは「女神が穢れたモンスターの血を浴びるなんて論外よ」と血をかけられる前に浄化してしまい。ゴブスレさんは「仕方ない」と断念してしまった。

 すでに心が穢れているくせに。

 

 だいぶ進んでいた洞窟の所まで戻ると、そこには血みどろの現場だった。ダクネスの周囲には、ぐちゃぐちゃになったゴブリンの死体が散乱し、その本人は鎧の間の服があちこち破れているまま直立不動の仁王立ちで立っていた。

 いの一番に女神官ちゃんがダクネスにかけより、その身を案じた。

 

「ダクネスさん! どうか、目を覚ましてください!」

 

 女神官ちゃんの呼びかけにダクネスは応じない。……まさか、そんなはず。いやでもこの世界なら……

 緊張が走る。もしかして、ダクネスのアダマンタイト級の防御力もこの世界のルールで力をなくしてしまったのかもしれない不安がよぎった。

 そして俺がダクネスの顔をのぞくと、そこには――

 

 

 

 なんとも幸せそうに恍惚の笑みを浮かべて顔を紅潮させているダクネスの顔があった。うん問題ない、ただ欲情による興奮が限界突破しただけだ。

 

「おい、目を覚ませダクネス。もうゴブリンはお前のアダマンタイトの筋肉でみんな叩き潰されているぞ」

「なっ!? お、乙女になんてことを言うんだカズマ」

「もう……大丈夫ですから。ダクネスさん。もう大丈夫ですよ」

「や、や、止めてくれ、そんな慈悲深い目で私を見ないでくれ。私が求めるのはそんな温かい視線じゃない」

 

 さすがのドMの騎士様も神官ちゃんの包み込む優しさには無力のようだ。そして、後ろからゴブスレさんが、しげしげと鉄兜の奥からダクネスの状態を見ていたが、手練れの目からしてもダクネスに異常はないようだ。頭以外は。

 

「ゴブリンたちにやられてはいないようだな」

「ああ。あれはすごかった。あの大きなゴブリンが必死に私を組み伏せ、ゴブリンどもの巣穴に引きずり込もうと奮闘したが、残念ながら少し抵抗の姿勢を見せたらと少し力を入れたら飛んで行ってしまってな。……くそっあと少しだったのに」

 

 はは、こやつめ。いいよるわ。会話だけなら必死に奮闘して仕留めそこなったように聞こえるが、本性知っている側からすればもう少しで悲願のくっ殺展開ができずに終わったにしか聞こえない。

 

「行くぞ。まだゴブリンがいる」

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 だいぶ奥の行き止まりまで来ると一本の長い横道があった。ゴブスレさん曰く、どうやらここにゴブリンの本隊がいて、ホブゴブリンはおそらく手負いであるが死んではないとのことだ。

 

「ホブをおびき寄せる、が先にシャーマンがいる。シャーマンを殺すのに目くらましの《聖光(ホーリーライト)》が使える神官の彼女が必要だ」

「なら、俺らはここで罠と待ち伏せだ。あのホブゴブリンの図体なら足を引っかけて転ばせて仕留められる。で、アクアは神官ちゃんがすぐに戻れるように背負って」

「ちょっと、なんで私がこの子を背負わなきゃいけないのよ。だいたい水の女神が、よその神を信仰している子をおぶるなんてアクシズ教に示しがつかないじゃない」

「いいかアクア、これは女神であるアクアでしかできないんだ。こっちの世界ではお前のアクシズ教がぜんぜん知られていない。だからここでその恩を売って、水の女神アクア様とアクシズ教の懐の深さを神官ちゃんを通じて知ってもらいさえすれば、お供え物を持ってくるはずだ。お前の大好きなしゅわしゅわとか………な」

「なるほど。いいわよ、水の女神アクア様はエリス教以外は寛容であることを見せてあげるわ」

 

 へっ、ちょろいもんだ。

 こうしてゴブスレさん、神官ちゃん、そして厄介払いで追い払ったアクアがゴブリンの本隊がいる奥へと入っていった。

 

「カズマ、別にアクアを向かわせる必要はなかったのでは?」

「めぐみん静かに………ダクネス後ろだ!」

「待ってたぞ!」

 

 気配を消して物陰に伏せていた三匹のゴブリンどもが一斉に飛び出して襲い掛かるが、親友に再会をしたかのようにダクネスが喜んで受け止めてた。残念だったな、このカズマさんは他にゴブリンが潜んでそうな横穴がないか注意深く観察していたのだよ。そしたら、《敵感知》スキルが発動できてその存在を見つけられた。

 もし、何も知らないアクアがあのまま待機していたら絶対でかい悲鳴を上げて、ホブゴブリンに俺たちが伏せていることがバレて失敗してしまいかねない。

 ゴブリンどもがダクネスに気を取られている隙に、こっそりと背中から一突き、これをあと二回作業のように刺し殺した。 

 

「ふんっ、そんな簡単に奇襲ができると思うなよ」

「さっきまでゴブリンの殿をしていたダクネスに、またゴブリンの楯をさせるなんて、鬼畜です」

「私はもうちょっと味わいたかったのだがな」

 

 めぐみんの言葉は無視して、後はゴブスレさんたちを待つだけだ。

 それはすぐに来た。駄女神の叫び声と共に。

 

「もうやだぁ!! ゴブリンに襲われるのは嫌あああ!」

 

 来やがった! 横穴の陰で俺はじっと息をひそめ、剣を構えた。

 そしてゴブスレさんがロープを飛び越えると、見事仕掛けたロープに足が引っ掛かった。

 アクアが。

 

「何やってんだてめえはよおおーー!!」

「だってこんなところにロープがあるなんて聞いてないわよ!!」

 

 ほら見ろ、お前が引っ掛かったせいでホブゴブリンたちが急停止してしまったじゃねえか!!

 作戦が失敗してしまったと見るやゴブスレさんがホブゴブリンに向けて黒い液体の入った小瓶を投げつけた。瓶がホブゴブリンに当たるとホブだけでなく一緒についてきたゴブリンどもにもドロッと粘ついた揮発性のある臭い液体が飛び散った。もしかしてあの液体は………

 

「発動してくれよ。《ティンダー》!」

 

 今度ばかりは祈りは通じ、小さな火が黒い液体にまみれたホブゴブリンに当たると小さな火はあっという間にホブゴブリンを包み込こんだ。

 やはりあれは、石油か! たしかRPGではだいたい『燃える水』という名前で貴重品アイテム扱いされて交換品やコレクションアイテムになるはずだが、ゴブリン相手に使うだなんて一体どういう神経なんだ?

 

 身悶えながら燃え盛るホブゴブリンに対してゴブスレさんは、ホブゴブリンの胸を一刺ししたあと、まだ燃えていない腹をひと蹴りして倒し、後ろにいたゴブリンたちを巻き込んで延焼させた。

 その様子を、神官ちゃんを地面に降ろしたばかりのアクアが声高に図々しく燃えるゴブリンたちを見て言った。

 

「ふん、図体のわりに大したことなかったわね」

「おうそうだな。どっかの駄女神さまが仕掛けたロープに引っ掛からなければもっと楽に倒せたけどな。ほら早く消火しろよ」

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 村娘たちに被害が及ばないように砂や土で消火した後、ゴブスレさんと俺が先頭に立ってようやくゴブリンの巣穴の最奥にたどり着く。やれやれ、やっと村娘の救出任務完了だ。たぶん檻の中とかだろうがそこはダクネスの馬鹿力でこじ開ければなんとかなるだろう。

 そんな考えをしながら中を見て――絶句した。

 

 やべーぞレ〇プだ! しかもガチの奴の!! 

 それはもう筆舌に尽くしがたく、言葉に表すことができるなら凌辱系エロ漫画からエロさをなくすほどで、村娘たちが悲惨な状態になって横たわっているぐらいしか言えない。

 

「ちょっと待った。ここから先は男だけで進むからお前らは洞窟の外のあいつらの所に戻ってくれ」

「なによカズマさん。あなた真の男女平等主義者じゃないの?」

「あとは村娘たちを救出するだけですよ。なにをためらっているのですか」

 

 ダメー! 確かに俺は真の男女平等主義者であるが、今回ばかりは撤回だ。こんな場面を女どもに見せたら一生のトラウマもんだぞ。特にまだガキのめぐみんと清純可憐な神官ちゃんにはあんなの見せたら――

 と、俺の必死の抵抗もダクネスに羽交い締めされて、女どもがゴブリンどもの凄惨な現場に何も知らずに入っていく。

 

「おい待て! 行くな! めぐみんには刺激が――」

「何を言っているのですかカズ――っ!!」

 

 俺の名前を言う前にめぐみんが声を失い、倒れた。だから言わんこっちゃない。ダクネスが慌てて気を失っためぐみんを介抱しに、飛び出した。

 そして神官ちゃんはというと、「もう大丈夫ですよ」と凌辱されて見るに堪えない状態になったどこの誰とも知れない村娘を優しい声で慰めている。

 

 ……ああ、神官ちゃん。あなたはどこまで優しく慈悲深いのだろう。正当なヒロインもしくは女神とはまさに彼女のことを言う。決してアホで飲んだくれで借金をつくったりする宴会芸スキルが得意な水色の髪の女が女神であるはずがない。

 

 ゴブスレさんは、ゴブリンの死体をまたぐと奥の骨でつくられた椅子を一蹴し、その最奥にある扉をこじ開けた。俺も一緒にその奥の部屋をのぞくと、中にはゴブリンの子供が六匹ほど身を寄せ合って壁際にうずくまっていた。

 ゴブスレさんは、ズンと身を屈めながら部屋に入り、すでにゴブリンの血で染まったナイフを取り出して構えた。すると、俺の後ろから神官ちゃんの待ったをかける可憐な声が小部屋に響いた。

 

「待ってください。この子たちは何もしていない子供です。たとえゴブリンでもいいゴブリンになるかもしれません」

「中には居るかもしれないな。……だが、姿を見せないやつだけが良いゴブリンだ」

「違うわゴブスレさん。良いゴブリンとはね」

 

 アクアがゴブリンスレイヤーを押しのけて奥の小部屋に入り、子ゴブリンに手を差し伸べる。ああそうだよな。いくら傲慢で自分勝手で我がままでもやっぱ女神だもんな。ゴブリン相手でも慈悲の心はあるんだな。

 子ゴブリンが恐る恐る震える手で、アクアの差し伸べた手に手を伸ばそうとする。

 

「ゴッドレクイエム!!」

「グギャ!!」

 

 そんなことはなかった。アクアが手を握りこぶしに変えて、目の前の哀れな子ゴブリンをその技で一撃粉砕してしまった。

 

「良いゴブリンは、死んだゴブリンだけよ!! 女神を犯そうだなんて上等じゃない!! 子々孫々根絶やしよ!!」

「なるほど」

「なるほどじゃねっー! ゴブスレさんも同意すんな!!」

 

 今度は女神ではなく、隣の血だらけの鎧の男が同類と殺気を感じた子ゴブリンたちは、いっせいに悲鳴を上げて土壁にもがき縋り付いて這う這うの体で逃げ出そうとしている。しかし、ゴブリンスレイヤーはそれに憐みの感情を一切見せず粗末な短剣で一匹ずつ殺処分していく。

 しかし、それでもまだましな方だろう。なぜなら、もう一人の女神の姿をした悪魔は、指をポキポキ鳴らして気迫を纏いながらゴッドレクイエムで一匹ずつなぶり殺しにしていく。やはりこいつに女神という風貌は感じられない。散々追いかけまわされた鬱憤を何も抵抗できない子供相手に発散させようとする姿は、小者の所業にしか見えない。

 

「ひ、ひどい。あんまりです」

 

 二人の所業についに女神官ちゃんが泣き出してしまった。ごめんね女神官ちゃん。こいつ女神ですけど、信仰に値するほど高潔じゃないんです。きっと君の方が、「私が女神です」と言ったら俺はすぐにひざを折って手を合わせて祈りを捧げてしまうよ。

 

 全身に鎧を纏った男と駄女神が、小さな羽虫を殺すように子供のゴブリンを肉塊にして処分してく惨劇の上塗りから目を背けて、泣き腫らす女神官ちゃんを引き連れて焦燥しきって穢された村娘たちとショックで倒れためぐみんを介抱しているダクネスを手伝いに行く。

 

「……カズマこういうのもなんだが。ゴブリンどもの所業を見た後だと、カズマの鬼畜さが可愛く見えてしまった」

 

 ダクネスの余計な一言が村娘たちに聞き及んでしまい、俺の手が伸びようとすると全員一斉に壁際に避けて逃げ込んでしまった。

 もうやだこの世界。

 

「……くそぅ。この残酷な世界から早く脱出しないと、死ぬよりも恐ろしいことになりそうだ」


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