この残酷なゴブリンだらけの世界に祝福を! 作:wisterina
後ろには先日
彼女の法衣の下には
ギルドの中での業務をちょうど終えた受付嬢がカウンターに戻ってくると、
「ゴブリンスレイヤーさん、こんにちは。これが今日の依頼の分です」
受付嬢が、今日の分の依頼の内容が書かれた羊皮紙を
「ゴブリンスレイヤーさん。カズマさんたちのパーティだと思います。昨日私とゴブリンの巣に入った」
女神官はその少年剣士のパーティメンバーではなかったが、女性と人前ですぐに喧嘩を始める片手剣の少年剣士と言えば彼しか思いつかなかった。
昨日ともにホブゴブリンを殺した
「彼らを助けることはできるだろう。だが、巣に入ったのなら手遅れだ」
「そんな! すぐに向かえば助けることが」
「昨日の彼らとお前は運が良かった。実力も白磁級とは思えないほどはある。が運がなければそれまでだ」
村娘がゴブリンに連れ去られたことに、義憤に駆られていざ救出しに来たら村娘はとうに事切れていた。よくあることだ。そして、駆け付けてきたパーティもまたゴブリンどもの餌食になり、孕み袋となることもよくあることだ。
そして
「俺はゴブリンを殺しに行く。それだけだ」
日はまだ高い、今ならまだ帰ってこない昨日助けたパーティをまた救出には行けるだろう。そう考えつつ、
△▼△▼△▼△▼
「私が砦の中に入って人質を救出に行こう。なに心配するな。村娘を救出したらすぐに合流する」
「お前の場合は自分からゴブリンどもの人質になりに行くつもりだろ。ミイラ取りが自分からミイラになる必要がどこにあるんだ!」
嬉々と頬を赤らめて、自ら特攻を志願するダクネスの提案をものの数秒で却下した。ゴブリンが女を慰みものにする以上こいつ単独で引きつけ役を任せたらシャレにならない事態になりかねない。
「ですから、言ったじゃないですか。ここは爆裂魔法で巣ごと消滅させれば」
「人質が消し炭残さず死ぬだろうが!」
ただ単に、爆裂魔法の威力を女魔術師に見せたいだけであろうことが見え見えのめぐみんの提案という名の鬱憤の発散をこれまた却下した。
「だったら、私の《クリエイトウォーター》で巣ごとゴブリンを水浸しにしちゃえばいいんじゃない? その間にカズマさんが救出すれば解決よ」
「そんなこと……そうか、その手が」
「そんな白金級レベルの技できるわけないでしょ。仮にできたとしても、あの山砦のすぐそばに川があるからゴブリンも村娘も川に流されちゃうわよ」
やっとまともな提案が、これまた珍しくアクアの方から出たと思ったら地形の状況を鑑みて頓挫。俺たちは未だに村娘が攫われた山砦に足一歩も踏み込めてなく、
本当だったら、太陽が出ているときに到着するはずが、俺が結局ゴブリン退治を受注したことをネタにアクアたちが寄り道に飯を食らうは食らうはで、ようやく到着した時にはもうとっくに日は暮れたどころか二つのお月様がぽっかりと姿を見せていた。
俺が単独で、潜伏スキルで山砦の状態とゴブリンの数がどれくらいか探りに行ったら、山砦の周辺を明らかに昨日の巣よりも数が多いゴブリンがうようよして早々に一時撤退した。
こんなクエスト何もなければ撤退するはずだが、貴族令嬢からいただいた金貨二枚の追加報酬を受け取った手前――しかもすでに四分の一近く使ってしまったので、数が多くややこしそうなので撤退しましたでは済まされないだろう。
しかし、侵入しようにも数が多くおまけに罠もあると来た。こいつらからの策もまるで役に立たない。ああ誰かゴブリンに対して詳しい専門家でもひょっこりわいてこないのか? RPGだと攻略のヒントを与えてくれるNPCが出現するはずなのに、なんて不親切なんだ。
「ちょっとカズマついてきてください」
めぐみんが俺を手招きして呼び寄せると、森の中に入って行った。森は少しうっそうとして、虫の声しか聞こえず薄気味悪さをいっそう引き立たせている。めぐみんが俺の手を引っ張り茂みのあるところに到達すると、その手を離した。
「どうしためぐみん、こんなところにまで連れてきて」
「誰も来ないか見張っててくださいよ」
というとめぐみんは茂みの中に入り、ガサっと音を立てるととんがり帽子を被った頭が引っ込ませた。なんだ、しょんべんか。
「なんだ、ゴブリン倒せるとか何とか言って、ほんとは怖いのか?」
「ち、違います! トイレの間が一番無防備になるので危険なのです。とにかく、私から絶対に離れないでくださいね! 耳も塞いでくださいね!」
「へいへい」
まあ念には念をだ。と意識を高め、敵感知スキルを発動させる。うん、敵はいなようだな。そういえば、ゴブリンは女の小便が好物だって言ったな。なんか使えないかな……
茂みの中に何かがいる! めぐみんのいるところとは別の所からだ。もしやめぐみんのしょんべんの匂いに引き付けられてゴブリンが来たのかと思い、腰に携えていた片手剣を構える。
敵は大きいのと小さいの。まだここからだと木に遮られてよく見えない。ホブとゴブリンか?
そして敵がだんだんとその色を輪郭をあらわにして、ついに俺の目の前に現れた。敵はゴブリンではない、血と泥に汚れて鉄兜の奥から二つギラリと光っている。まるで、ここで斃れた兵士の亡霊が死んだときの装備のまま蘇ったかのように……そして鎧のモンスターは鉄の小手を伸ばした。
「あ゛あ゛あ゛!! 逃げろめぐみん! さまようよろいだ!!」
「はぁああああ!!」
「待て、俺は敵じゃない」
「……ゴブスレさん? どうしてここにいるんすか?」
「おい、それはこっちの方を見てから言ってからにしてほしいですね!」
さまようよろいかと思ったらまさかのゴブスレさんの登場に、まだ用足ししていためぐみんも、叫んでいた俺もみんなも時が停まった。傍から見れば用足し中のロリっ子魔術師を襲いかけているところに、ゴブスレさんが助けに来た様にしか見えないだろう。
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「……ロリニート」
「ひっ!?」
「その……カズマさんも悪気があってのことではありませんですし。私が声の一つでもかけていれば防げたことですので」
ああ、神官ちゃんはやっぱり女神様だ。ロリニートだと罵った自称水の女神様とは大違いだ。茂みの中からゴブスレさんと神官ちゃんの登場というまさかの展開に、一堂が焚き火を囲んで一驚している。
いや~、願っては見るものだ。女神が降臨してゴブリン退治に詳しい人を連れてくるだなんて。
「あの山、砦をお前はどうしたい」
「……まず人質の村娘を救出してその後は、山砦の全体が木でできているから、燃やすなりなんなりしてゴブリンごとまとめて全部焼き払うというのは」
「なら、爆裂魔法の出番ですね! 任せてください、あんな固くて太いものにぶち込めるなんてデュラハンの城以来です」
「めぐみんさん、なんか誤解されるような言い方はやめてくだい! それにカズマさん、そんなことをしたら森や山がかわいそうです」
神官ちゃんが声を強く張り上げて、俺の作戦の提案に待ったをかけたが、それを遮ったのはゴブスレさんだった。
「いや、良い考えだ。だが、人質に関しては諦めたほうが良いだろう」
「え?」
兜の中から洩れた言葉にその場にいた全員が固まった。言葉の意味の詳細は言わなくても理解できた。だがゴブスレさんはその意味をオブラートにも包まず話し始めた。
「おそらくあの山砦の大きさから見て、かなりの規模のゴブリンが住み着いている。村娘もその数だけ孕み袋としてまわされているだろう。おそらく正気を保ってはいられず死んでいる。加えて、
「……つまり、もう手遅れだってことか」
「そうなるな」
ここにいないクエストの依頼主に対して無情に突き放した言葉に、神官ちゃんとダクネスが反論した。ダクネスに至っては拳を握りしめながらだ。
「ゴブリンスレイヤーさん。まだ村娘さんが死んでいると決まったわけでは」
「そうだ、もしも生きていたら私たちは村娘を殺すことになる」
「だが、想像力が足りないと死ぬことになる」
言葉数が少なくて、その意味を理解するのに少々時間がかかった。ゴブスレさん、いやゴブリン退治の専門家だからこその言葉だろう。実際にゴブリン退治をしてきて、昨日のように村娘たちが生きていることもあれば、中には死んでいて隙を突かれてゴブリンに反撃されたのだろう。
村がゴブリンに襲われることが、よくあることなんて済まされる修羅の世界だ。日本のように死んだ後の保障なんて皆無の世界で、しかも最弱であるはずのゴブリン相手でさえ軽く命を落とすこともあるようじゃ、慎重になるのは当たり前だろう。
幸いにもうちには蘇生ができるやつが約一名いるが……
「私は爆裂魔法を撃てばいいのですが……ゴブリンスレイヤーさんの言う通り、すでに事切れている可能性もなきにしもあらずです。救援に行ってもみんなが巻き添えになる可能性があります」
「こればかりは、めぐみんに同意よ。突入して無駄足になって、ただでさえ数の多いゴブリンに囲まれて嬲られるのは勘弁よ」
めぐみんと女魔術師は反対側か。たしかに問題なのは数だ。いくら蘇生できるアクアがいるからといって、その途中でタンク役のダクネスが抜かされてゴブリンの大群にアクアがやられたら終わりだ。だからいかに安全に、村娘を救出する策を練っているところだったのに……
「カズマはどうするんだ?」
「カズマさん!」
「カズマ、このまま帰るというのですか?爆裂魔法を撃たずに!?」
そうこれだ、こういう選択を迫られるのが一番嫌なんだ。クエストを受注したのが俺だから、責任者は自然と俺に向く。人の命の数が天秤にかかっているこの状況で、進めば決死の突入、引けば突入せずに見捨てたとして後ろ指をさされる。一体どうすればいいんだよ!
すると、軽く背中が叩かれて振り返るとなぜかアクアが手を胸に添えていつになくおしとやかな顔で俺を見ていた。口を開くと俺に選択を迫るわけでなく、語りかける口調だ。そう、自分の信者に言うようなそんな口調で。
「迷える子羊、サトウ・カズマよ。よく聞きなさい、これより麗しき女神アクアよりありがたきアクシズ教の教義を授けます。心して聞くように。迷った末に出した答えはどちらを選んでも後悔するもの。どうせ後悔するのなら、今が楽ちんな方を選びなさい」
そうか、アクアは俺に道を示そうとしていたのか。そうだよな。アクアの宗教のアクシズ教は、教義だけはまともそうなんだよな。俺に重圧をかけないようにしてくれたのか。
だが…………こんな邪教の教えにすがるほど、俺は落ちぶれてはいない!!
「しょうがねえなぁ! 山砦にこっそりと見つからず侵入するぞ! もし死んでいたら、すぐに撤退。生きてたら救出して、ゴブリンをまとめて殺す!!」
「死ぬかもしれない。だがお前がそう言うなら協力する。しかし侵入するのは、今からでは危険だ……明朝だ」
アクアのおかげで迷いを断ち切ると、ゴブスレさんも同意してくれた。さてあとは侵入する策を徹底的に練るだけだ。その策に必要なのは……と俺はキッとゴブスレさんの方を向くと頼みごとをした。
「なあゴブスレさん。ちょっと貸してほしいものがあるんだ。ゴブリン退治に『燃える水』なんてものを使うあんたなら、他にもあるだろ……」
「何が欲しい」