この残酷なゴブリンだらけの世界に祝福を!   作:wisterina

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この森人の山砦に爆裂魔法を!

 沈んでいた日の光が再び空を薄く白に染め上げ始めた頃、俺、アクア、ダクネス、そして女魔術師の四人で山砦に侵入を開始した。ゴブリンが来る気配はない。いや大部分が囮の陽動に引っかかって戦力が集中しているんだ。

 作戦の大まかな流れとして、まずゴブスレさんが俺たちが侵入する方向とは反対側から山砦を攻撃してゴブリンを引き付ける。そしてその隙に村娘を救出して脱出というものだ。

 ゴブスレさん曰く、ゴブリンは夜活発に活動し、日中は寝ているという。睡眠前に敵が攻撃したら、さっさと追い出すために躍起になるというわけだ。問題は俺たちが脱出するまでの間維持できるかということなのだが「負けはしない戦術で維持する」と兜の奥からでは自信のほどは読めなかったが、俺の使えない仲間よりははるかに頼りになる。

 

「よし、ここの罠も解除できた。そこは大股に歩けば問題ない。アクア、ストップ!」

 

 俺がアクアを止めると、アクアは地面に着いた足をすぐに戻す。その瞬間、地面の中から輪がすぼめられたロープが上がりだした。おそらく、足をすぼめた輪でひっかけて宙吊りにする仕掛けだろう。

 

「そっちにも罠があるから、ぐるっと右に迂回だ」

「よくこんなにテキパキと罠を解除できるわね」

 

 女魔術師が静かに一驚して、俺が罠を解除しているところを鑑賞している。

 懸念である森人が残した罠の数々、これは俺の罠発見と解除スキルで突破は可能だった。とにかく最短ルートで解除が必要かそうでないかを見極めて進む。必要でないところはスルーだ。

 もし罠の解除に一つでも失敗したら、ゴブリンどもに気付かれて戻ってくる恐れがあるからだ。少ない数でゴールを目指す。ゲームと同じだ。がひとつ違うのは、これはゲームであっても遊びではない……てか。

 

「いたわ!」

 

 ようやく砦の頂点付近に足を踏み込めたところで、アクアが声を上げた。村娘は、例のごとく裸にひん剥かれていた。そして我先にアクアが無警戒に攫われた村娘に近づくと耳を村娘の顔の傍に近づけた。

 

「まだ息があるわ。《ヒール》! さあこれでクエストが達成できたわ。この子も助けられたことだし、とっとと帰ってこんなゴブリンだらけの砦から――」

「待てアクア! そこには――」

 

 アクアが村娘の手を引くと、彼女の下に敷かれていたものがロープによって持ち上げられる、上からさっきと同じロープで組まれた網に入ったガラクタが落ちてきた。

 おそらく、村娘が奪われないためにゴブリンどもが仕掛けた()だろう。もちろん、俺の罠発見スキルには見えていたのだが、あのアホが考えなしに近づいたせいでこれまでの作戦がパーだ。

 

「罠があるんだって……言おうとしたのに………このアホがーー!!」

 

 俺がアクアに激昂するまもなく、ガラクタが落ちてきた鳴動で、周囲で眠っていたゴブリンどもが寝起きで目が半開きになりながら何が起きたのか探り始めた。

 俺が村娘を抱きかかえて、ダクネスを先頭に立たせて全員がその後に続いて退却するように命じた。ダクネスにはタンクの役と解除した罠のルートを覚えておくように伝えておいた。これならあの駄女神でも道を間違えることはないと、思いたい……

 

「あ、あなたは」

「今は時間がない。けどあんたを助けに着たら、うちのアホがゴブリンどもを起こしやがったとだけ状況を伝える。アクア! 道間違えたら、即孕み袋行きだぞ!」

「絶対いや~!!」

 

 アクアの叫び声を合図に全速力で砦を頂上から下り始める。騒ぎを聞きつけたゴブリンたちが人質の村娘を連れ戻していると見るや否や、「GOUBOBU」と喚き散らしながら弓やら石やらを俺たち目がけて放ってくる。ファンタジーゲームのような華々しさのかけらはない、死に物狂いで雑多な武器で戦う奴らから逃げるゲリラ戦のありさまだ。

 ダクネス以外の全員、投擲されるものに当たらないよう身を低く屈めてダクネスの後ろに続く。無論ゴブリンどもの狙いは一人だけかがまず目立ちやすいダクネスに集中砲火する。ダクネス自身も()()()()()()()()()()()()()。むしろ当たりやすくてご褒美になるレベルだ。

 

「いいぞ。もっとだもっとその下卑た目を向けながら石を投げてこい! はぁ~、糞尿を付けた毒矢に刺されるなんて騎士としての屈辱をこれでもかと与えるだなんて……なんていい奴らなんだ!」

「ねえ、なんで感謝しているの? 攻撃受けているのよね、私と同じ毒受けているのになんで嬉しそうなの?」

 

 女魔術師がなにやらダクネスの様子のおかしさに疑問を抱いているが、無視しよう。こいつの頭のおかしさは今に始まったことではない。ただ、矢はダクネスの鎧で覆われていない部分に刺さっているため、万が一に備えてアクアが状態回復を常時かけているので毒で倒れる心配もない。発情して倒れる可能性がある方がむしろ心配だが。

 

 ダクネスが覚えている最短ルートの後ろを駆け抜けていると、周りでゴブリンどもが砦に仕掛けられた罠に次々と嵌っていき数を減らしていた。ゴブスレさんの言う通り、こいつら十分眠っていないから砦の罠がどこに仕掛けられているか判断がついていないんだ。

 このままなら行けると思った時、前方でダクネスが急停止した。

 

「ちょっとダクネス急に止まったら危ないじゃないの」

「くそっ、こいつら罠を解除している一本道を塞いでいる」

 

 脇から覗くと、ダクネスの言う通り、五、六匹のゴブリンが最短ルートをつくるために一つだけ解除していた道を、まるでこの道を通らないといけないことを知っているかのように一本道の前を塞いでいた。後ろを見ると、一匹ずつ数えてられないほどのゴブリンが黄色い目を光らせて迫ってきていた。

 ダクネスはノーコンで俺は村娘を抱いて手がふさがっているから戦力外。アクアは残っている罠を発動させてしまう恐れがあるからだめ。女魔術師は魔法が二回しか使えないから対処できない。くそっ、どうすればいいんだよ。

 

「ごめんなさい。私が……ゴブリンに捕まったせいで……みんなが来る前にあのまま死んでしまえばよかった。生きていても……どうせゴブリンに犯された女なんて汚らわしいって、蔑まれる生活しか送れないんだから」

 

 毛布代わりに貸した俺のマントの中で村娘が、マントを握り締めて小さく嗚咽を上げて、時折しゃっくりも交えて泣きじゃくった。おいおい、今ピンチなときに士気を下げるようなことを言わないでくれ。あとさらっと、助けられた後の待遇の悪さとかもさぁ、もうどんだけ救われないんだよこの世界!

 

「迷える子羊よ。よく聞きなさい。女神アクア様の教えであるアクシズ教ではあなたの罪は許されます。アクシズ教徒はやればできる。できる子たちなのだから、うまくいかなくてもそれはあなたのせいじゃない。うまくいかないのは世間が悪いのだから問題ないのです!」

「うまくいかなくしたのはお前だろうが!!」

「何よ! カズマがちゃんと私に罠があるって教えてくれればよかったのよ! 私のせいじゃないもん」

「はぁ!? 言う前にお前が罠を作動させたのが悪いんだろうが! じゃあ、今後自分のせいでなんかあっても助けてやんねえからな。周りのせいなんだから助けてやんねえからな!」

「あんた達、こんなところで夫婦漫才するんじゃないの!」

 

 駄女神の邪教布教活動防止活動に女魔術師が割って入ると、いつの間にかじりじりとゴブリンどもが俺たちを囲んでいた。

 

「もうだめよ。もうだめよ。ゴブリンに犯されたなんてアクシズ教徒たちが嘆くわ!」

 

 そしてその一匹が女魔術師に飛び掛かると、ダクネスが嬉々として彼女の前に立ち庇った。

 

「おのれ、辱めるなら私を辱めろ! むしろやってみせろ!」

「ちょっと待って、なんかおかしくない? あの人自分から懇願しているように聞えるんだけど。というか自分から行ってなかった!?」

 

 すみません。その真正のドMは、本当にやってほしいと思っているんです。彼女にとってゴブリンに組み付かれるのは、恥辱でなくご褒美なんです。見てくださいよ、心の底から喜んでいる顔、あれマジなんですよ。だが、ダクネスが耐えるにも限界がある。あいつを越えてきたら一巻の終わりだ。

 …………そうだ。あるじゃないかゴブスレさんからもらった()()が……

 

「おい、あそこに向けて《火矢(ファイヤーボルト)》を撃てるか?」

「はぁ!? こんなに数がいてたら一発二発だと意味ないでしょ!」

「ゴブリンじゃなくて、あの木の根元あたりにだ! 俺はこの子を抱えて手がふさがっているんだ早く!」

「ああもう、やけになったの!? 《火矢(ファイヤーボルト)》」

 

 女魔術師が俺が示した場所に向けて《火矢(ファイヤーボルト)》を放つ。

 ドオーーン!! 木が爆発した。その音にゴブリンたちが一斉に音のした方を向くと、バキバキと木が嫌な音を立てながら根元から折れて、ゴブリンの大群の方に向かって倒れ始めた。体が小さいゴブリンを簡単に押しつぶしてしまうほどの幹が迫ってくることに恐怖しない生き物はいない。ゴブリンどもは、俺たちよりも逃げることに意識が向き全員が右往左往して逃げ惑った。

 

「しゃあぁぁ!! みんな走れ! ダクネス、そいつは置いてけ!!」

 

 ダクネスが取りついた一匹を、道を塞いでいたゴブリンに向けて投げ飛ばし、ボウリングよろしくストライクで押し倒した。その一瞬の隙をついて俺が先を行って解除した道を進んで脱出した。

 

「カズマ、いつのまに木に仕掛けをしてたの?」

「ただ単に罠を解除していたわけじゃなんだぜ」

 

 女魔術師が察した通り、さっきの木にはゴブスレさんの手荷物の中にあった火薬と硫黄を混ぜた簡易のダイナマイトを仕掛けていた。簡易だから殺傷威力はないが、切込みを入れた木を倒す程度には十分だ。 万が一に備えて、解除のついでにゴブリンが追っかけてこられないように倒して道を塞ぐ用に仕掛けてたんだが、別の方向に役に立ってよかったぜ。

 

「GOBU! GOBU」

 

 後ろからさっきダクネスが倒したゴブリンたちが追いかけてきた。そして懐からある秘密兵器をそのまま袋ごと投げ飛ばす。

 

「ほーら! てめえらの大好きな匂いだ!」

 

 薄汚れた袋の緩めた口が地面に落ちたはずみで開くと、ゴブリンたちは一斉に足を止めて、薄気味悪い笑みと涎をたらしてうろうろと俺たちを追うのを止めて徘徊を始めた。

 

「どーだ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()をぶちまけてやったぜ。あいつら女のしょんべんが好きだから逆に利用して……となんでみんな俺から離れていくんだ?」

「う~わカズマさん引くわ」

「女の子の尿を採取するってそれ人としてどうよ。カズマその子渡して、あなたといるとその子が穢されるわ」

「カズマは前々から鬼畜だと思っていたが、ついにそんな高度なプレイまで要求するまでになっていたとは!!」

 

 なんでだよ! なんとか危機を回避できただろうが! あとそんな趣味もねえからなダクネス!! 村娘ちゃんも、俺の方を見てくれよ。そんなに俺よりもマントの方がきれいなのかよ!

 となんだかんだ言いながらもようやく出口が見えてきた。あとはこの直線を進むだけ。と全員がついてきているか振り返ると、最後尾にいたアクアがいない。見るとアクアは何もないところで転んでいた――ではなかった。道の脇にある小さな穴からゴブリンがアクアの脚をつかんで転ばせていたのだ。 

 

「あぁ!! カズマさん! カズマさん! 助けて!!」

 

 ああ、もう。最後の最後で!! ゴブリンのしつこさとアクアの運のなさに辟易しながら足を踏み出そうとした時だ。

 

「《聖壁(プロテクション)》」

 

 アクアの脚をつかんでいたゴブリンの腕が、半透明の障壁で切断されて腕と足が地面に落ちた。その透き通るような声で助けてくれたのは、女神官ちゃんだった。彼女が来てくれたことに俺の顔はすぐ緩慢になってしまう。

 

「皆さんご無事ですか!」

「神官ちゃん! ああ、この通り村娘を救出できた。アクアを助けてくれてありがとうな」

「早くその子をこっちに渡しなさいよ変態スカトロ魔」

「あれは作戦に必要なことだったの!」

 

 

△▼△▼△▼△▼ 

 

 

 ゴブリンどもを引き付けていたゴブスレさんも合流して、作戦の成功を伝えた。それを聞いてもゴブスレさんは相変わらずであったが。

 

「ゴブスレさん、村娘生きてたぜ」

「そうか。この後はゴブリンどもを山砦ごと焼き討ちする」

「待ってくれゴブスレさん。最後の作戦は、爆裂魔法しか出せないあいつにやらせてくれ。たぶん手間がいろいろと省けるぜ」

 

 ゴブスレさんが「その人物は?」と聞き返すと、あいつはその場にいなかった。すると俺たちがいる山中の一段上の方で、あいつは片目に不必要な眼帯をつけ、もう片方の目を指でVの字に開いて決めポーズを取っていた。

 

「ふふふ、ついに私の出番ですね! 最後のトリを爆裂魔法で飾ってくれるなんて!」

「やっちまえ!!」

「我が深遠なる炎よ、かの悪逆の地を燃やし清められよ。爆炎、爆熱、爆裂。我が名はめぐみん、最強の魔法爆裂魔法を操りし者。我が呼びかけに応じ、この地に終焉を――――《エクスプロージョン》!!」

 

 ゴブリンが巣くっている山砦に暗雲が立ち込める。その暗雲の中で雷雨が、風が、竜巻がうねりを上げて一斉に吼え始めた。大災害の合唱団が楽器を鳴らして渦を巻きながら行進すると、その中心で炎が沸き上がった。その炎は山砦目がけて落雷いや落炎して砦をあっという間に呑み込んだ。

 次の時にはもう山砦があったという痕跡も、大量のゴブリンがいたということも最初からなかったかのように巨大な穴が開き、火がパチパチと拍手を鳴らしていた。

 

「も、森が……山が……ゴブリンたちがみんなも、燃えて」

 

 あまりにも強大すぎる爆裂魔法の威力の前に神官ちゃんは、口をパクパクしてうわ言のように震えていた。まあ俺も最初はすごいと思っていたよ。一発しか使えないことを知って愕然としたけど。その本人は魔力を使い切ってズルズルと、頭から滑り落ちて俺たちのいるところに降りてきた。

 

「ふっ、どうですか。一日我慢して放った最大火力の爆裂魔法は」

「相変わらず見事だなお前の爆裂魔法は、一回しか使えないのが残念だけど」

「素晴らしい魔術師だお前は」

「へっ!?」

「そうよ。こんな最強の魔法を使えるだなんて、学院でもいなかったわめぐみん。いえ、めぐみん()()!」

 

 あれ? なんでこんなに称賛されてんだこいつ。こっちの世界でも一回しか使えないのに? 爆裂魔法しか使えないのに? というかなんで女魔術師がめぐみんのことを先生呼びしているんだ!?

 

「なあ、お前さっきまでめぐみんのことを呼び捨てにしていたよな」

「私が間違ってたの、勉強不足だった。爆裂魔法なんて聞いたこともない魔法にどうしてこだわっているか馬鹿にしていた。でも実際に見て分かったわ。魔王でも倒せるほどの最強の魔法ならこだわるのも当然よ。《火矢(ファイヤーボルト)》が二回も打てるなんてそんなのあの爆裂魔法の前ではタバコの火ぐらいにしかならないわ! めぐみん先生、差し出がましいことではありますが、どうか私に爆裂魔法を教えてください!!」

「…………私が。先生……?」

「ゴブリンを巣ごと魔法で一発で破壊できる魔法使いはそうはいない。()()()()()()()()()だ」

 

 まさかの称賛の嵐。それを耳にして顔を上げためぐみんの紅い目がひと際今までになく輝くと、ぶっ倒れた状態のまま宣言した。

 

「我こそは、偉大なる紅魔族の一人にして、最強の魔法爆裂魔法を操りし、最強の魔術師なり!!」

 

 ……もういっそこいつだけは、この世界に住ませたほうが幸せなんじゃないかな……

 

「カズマさん! 早く火を消さないと、火事になります! あとこんな危ない魔法は使わせないようにしてください!」

「あ~、そうだな。火事になるのは危ないよな。アクア、とりあえず火をクリエイトウォーターで消してくれ」

「はいはい。やればいいんでしょ。散々女神の私に説教しておいて、たくっ」

 

 アクアがぶつくさ文句を垂れながら、天にグルグルと渦を描いて山砦があったところに《クリエイトウォーター》で水をつくりだし…………あれちょっと多くねえか。

 明らかに消火するには多い水の量に待ったをかけようとする前に、アクアが魔法を放ってしまった。大量の水は、爆裂魔法の残り火だけでなく、周りの木や砦の残骸すべてを飲み込み、すぐそばの川に流れ込んでいく。しかもその水の量は明らかに多く、洪水と化して流れて行ってしまった。

 もう呆然と見送るしかできない俺の様子を見かねたダクネスが、俺の肩に手を置いて声をかけてきた。

 

「なあカズマ。これは……どこかで見たような覚えはないか?」

「うん覚えている。アクセルの街がアクアの水のせいで破壊してしまったことだろ」

 

 俺の予感は悪いことに的中してしまった。

 

 

 後日、ギルドではアクアの魔法でつくった大量の水で、あの山砦の下流にあった村の畑に水害とゴブリンの死体が大量に流れつく被害が出て、村人の苦情対応に追われる受付嬢の叫び声が響き渡ったという。

 むろん、こんな被害を出したことに報酬が払われることなんてなく、あれだけ苦労したのに見返りの報酬が水の泡に帰してしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 俺ことサトウ・カズマはこう思った――――()()()()()()()()()!!

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 貴族令嬢パーティがゴブリン退治から帰ってきたとき、あの少年冒険者が村娘を救出して無事に戻ってきたとの報を聞いた。貴族令嬢は心なしか彼が誇らしく、自分が愚かであるとも感じた。

 彼女のパーティが駆け付けた時には、救出対象は舌を噛みちぎって自殺していた。耐えきれなかったのだ。生きて帰っても村がゴブリンに犯された娘を温かく迎えてくれることは絶対とは限らない。そんな運命を背負ったまま生きていくより死んだほうがましだと判断してしまったのだ。

 

 だから貴族令嬢は、あの少年冒険者の成功を嬉しいとも妬ましいとも感じた。あれだけ称讃しておいてなんて自分は愚かなんだと。だからその罪滅ぼしとして、助けられなかったあの者の代わりに、女の自分があの村娘の心の癒しになれればと少年冒険者が助けた村娘が寝ているギルドの二階の宿舎に歩んでいた。

 

「失礼する」

 

 貴族令嬢がノックをして入ると、彼女は驚いた。ゴブリンに孕み袋とされた女の大半、いやほとんどが誰に対しても怯えや震え、諦観しているはずが、ベッドの上できれいに座している彼女からは全くその様子が見られなかった。

 

「あの……あなたは?」

「怪しいものではない、君を救出しに来た少年の知り合いだ。……率直に聞くが君はこの後も生きたいと思いたいのかい?」

 

 自分は何を言っているのだ? と自分の口から紡ぎだされた言葉に戸惑った。慰めに来たのに、生死の行く末を尋ねるなんて、大半は死を望むに決まっている。そのはずだが、目の前の村娘は首を縦に振った。

 

「どうしてだ? 村が君を受け入れてくれるというのか?」

「いいえ。でも私は彼らに生きる勇気を、筋道をもらいました。危険を冒してまで、私を助けに来ただけでなく、ピンチの時でもわざと元気づけるため笑わせてくれたのです。それにカズマさんは、もう穢れているはずの私に代わってわざと汚名を被ってくれたのです。そんな人たちが救ってくれた命を粗末になんてもうできません」

 

 そういうことか。貴族令嬢は自分が全くの不要であると、村娘の口から宣言されたのだ。まことに愚かで、情けないと自分を戒めた。あの少年冒険者はこの村娘の今の命だけでなく、今後の命まで救ったなんて。自分は今の命でさえ救えなかったというのに……貴族令嬢は目を伏して、

 

「そうか、それほどまでに君の心は彼によって救われたのだな」

 

 早々に立ち去ろうと扉に手をかけた。

 貴族令嬢が扉を閉めようとすると「アクシズ教教義その一、アクシズ教徒は」とどこかの宗教の教義を唱えているのを耳にした。あれも彼女が生きようとしている証だ、宗教とは生きる道筋を教えてくれる。今後の彼女の未来につながるのだと納得した。

 貴族令嬢が階段を下っていくと、酒場も兼務しているギルドの一階の一席にあの少年冒険者が愉快に本日の労を労う酒盛りをしていた。粛々と修行に明け暮れず、親睦と楽しみを知る。これほどの器量のある人物に自分は追いつけるだろうかと思った。

 

「サトウ・カズマ……か。間違いなく彼は金等級になれる冒険者だ。私なんかよりもずっとな」

 

 そうして貴族令嬢は、少年冒険者に声をかけることもなくギルドを出ていき、外で待たせているパーティと合流して修行の開始を伝えた。あの少年冒険者に負けないようにと心に誓って。そして外からでも彼らの活気のある声は聞こえていた。

 

「カズマ、今日はよく飲むな。大丈夫か?」

「はぁーはっはっは!! 大丈夫なもんかダクネス! 苦労が全部水の泡なんだよ! やけ酒だ!!」

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