戦術人形と指揮官と【完結】   作:佐賀茂

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とりあえずじわじわとこの支部の状況を埋めていこうかと思った次第。


02 -平穏という名の退屈と-

『こちら第二部隊、ポイントBにとうちゃくー』

 

 その音声に誘われて司令室のスクリーンに目をやってみれば、ドローンから映し出された目の粗い映像の中、確かに声の主であるスコーピオンが指定のポイントに到着していることが見える。その後ろにはM1911が、そして更に後ろからはM14が周囲の警戒を行いながら進軍している様子が映っていた。そしてそれぞれのダミーが一体ずつ、傍で行動を共にしている。

 

 今、スコーピオンを隊長とする第二部隊は鉄血人形の目撃情報が舞い込んだ地域の周辺偵察に出ている。ここら一帯は大体支配下においていたはずだが、今偵察に出ている場所は人が住んでいる地区ではなく、また地理的資源的にもそこまで重要ではないために発見が遅れてしまったのだろう。逆にそんなところで大規模な鉄血人形の群れが発見されようものなら大惨事一歩手前なわけで、逆説的に今回のターゲットは小規模なはずだ。相手が小規模ならということで、いつも頑張ってもらっているAR小隊には少しお休みしてもらい、後進の育成も兼ねて第二部隊を出しているというわけだ。

 

 指揮官の仕事は、何もデスクワークだけではない。むしろ、本来の意味ではこうやって戦術人形の指揮を取ることこそが本分であって、それこそデスクワーク全般はカリーナを始めとした後方幕僚らに任せてしまうのが正しい姿だ。

 だが、この支部にはとんでもない錬度を誇り、指揮官の指示がなくともある程度単独で任務をこなせてしまうジョーカーが存在している。別に俺がサボっているというワケではなく実際に彼女らの指揮もしているのだが、散発的に発生する小規模の鉄血人形程度では彼女らにとって遭遇戦訓練の代わりにすらならない。最早ただの作業である。文字通り俺の出る幕など無く、一瞬で勝負が決してしまう。勿論、仕事をしていないと思われるのも癪なのでそれなりにこなしてはいるのだが、俺が仕事をするしないに関わらず、俺の発令した作戦に関しては全力で吶喊していくのであまりやることが無い。自然とデスクワークの割合が増えてしまうのはもう仕方が無いことだと思う。

 

 ただし、それはあくまでAR小隊だけだ。あいつらがぶっちぎって特殊な存在なだけであって、普通の戦術人形はそうは行かない。実際、今指揮を執っている第二部隊の連中は俺の指示がなければまともに作戦行動を取れない。だから通常、指揮官の実力というのはその支部の戦力指数に多大な影響を持つ。そしていくらAR小隊と言えども、単独で動かすよりも指揮官の存在があった方がより強力になることは言うまでもない。

 

 つまりこの支部、ひいては俺の部隊が「エース」と認識されてしまっているのは、何もAR小隊の力だけではないということだ。本当に面倒くさい。一般的な指揮官のレベルというのは一体どうなっているのやら。俺は受けていないが、グリフィンの入社試験はそれなりに難しいと聞いている。それがカリーナのような立場ではなく、前線指揮官となればなおさらだ。そのはずなのに内情はこの体たらく。この会社、実は割とヤバいんじゃなかろうか。

 

「ふぅん……? ポイントBであえて待機……ああ、成る程、進行ルートに置いたのね」

 

 俺の指示を聞きながら、俺と共にスクリーンを眺めているAR小隊の4人。その中でも冷静沈着が売りのクールビューティ、AR-15が口を開く。

 

 さっき言ったように、こいつらは今日非番である、というか非番にした。理由は単純、目立った作戦指令が無いからだ。思い思いに過ごせばいいものを、こいつら何をトチ狂ったのか俺の指揮が見たいと抜かしやがった。それも4人全員がだ。まぁ断る理由もないし好きにしてもらっていいんだが、事あるごとに横から茶々を入れては俺の読みを見破ろうとしてくるのは辞めて欲しい。気が散る。しかも大体合ってるもんだからこっちも無碍に出来ない。ほんとお前らむかつくくらい優秀になりやがったな。

 AR-15が読んだ通り、部隊を深入りさせずにポイントBで待機させているのは、先に居るはずの鉄血人形の行軍ルートとほぼ被るからだ。鉄血人形の規模、進行先は先程ドローンで確認、予測済みだ。程なく第二部隊が待ち構えているポイントに差し掛かるだろう。あ、指示忘れてた。全員方位30に構えー。的当てゲーム始まるぞー。

 

『ひょーーーっ、来た来た! もう撃っていい!?』

 

 間もなくして、通信デッキから心底嬉しそうなスコーピオンの声が響き渡る。あー待て待てステイステイステイ。犬かお前は。この距離だとお前の得物じゃまともに当たらんだろうが。M14もまだ撃つなよ。M1911、スモークグレネード構えとけ。待てよー待てよー。はい、今。

 

 俺の号令に合わせて、M1911が投げ入れた発煙手榴弾がその真価を発揮する。ドンピシャで投げ入れられたそれは鉄血人形を瞬く間に覆い隠し、量産型のAIに困惑という名のエラーを吐き出させる。ここですかさずスコーピオンとM1911に前進を指示。M14はその場で撃ち漏らしを処理してもらう。

 

『待ってました! そろそろ本気出しちゃおうかなー!』

 

 こちらもまた嬉しそうな声を出しているのはマークスマンライフルであるM14だ。射撃の精度はまだまだ発展途上といったところだが、スモークの中で混乱して半ば停止状態にある鉄血人形を狙うくらいは流石に朝飯前である。バスンバスン、と気前のいい音が通信デッキから鳴り響く。

 

「あそこでスモークか、成る程な。大事を取ったってところか」

 

 最早一方的な蹂躙が始まっているスクリーンを横目に、M16A1が納得したように呟いた。M16が言うように、別にスモークまで投げ入れる必要は本来無かった。完全に横から不意を突ける位置取りだったからなあ。ただ、AR小隊と違って第二部隊の連中は本当にヒヨっ子どもである。万が一があっては困る、安全マージンを多く取るに越したことは無い。

 俺が直接教練の場に立つことが出来ればよかったんだが、あいにくとこの足だ。こうやって指示を聞いてもらいながら地道に学んで行ってもらうしかない。AR小隊と吸収率が違うのか、座学も効果的だが流石に2日でコンプリートされるようなトンデモ事態には幸か不幸か陥らなかった。やっぱりこいつらってぶっちぎりで優秀だったんだなあ。

 

『えっへっへー! アタシってやっぱり強いー?』

 

 調子に乗るなよヒヨっ子さんめ。スモークが晴れる頃には、そこには元気一杯の第二部隊と、文字通り鉄屑に成り下がった鉄血人形の成れの果て。よーし、これでこの周辺は改めてクリアだな。第二部隊には良くやった、と一応労いを入れておいて帰還指示を出す。うーむ、これでそれなりの給料貰えるってんだからおかしい話だ。

 

 

 軍人時代と違ってこの指揮官という業務、ぶっちゃけかなり楽である。昔主に相手をしていたのはE.L.I.Dかテロリストといった連中だったんだが、そいつらと違い鉄血人形というのは基本的な動きが最適化、効率化され過ぎている。量産型AIがそのままバグっただけだからその行動基準は何らおかしくないんだろうが、戦場に付き物である「想定外」が発生しない。別段隠し球みたいな武装が出てくるわけでもないし、予測していなかった動きをしてくるわけでもない。全ての事象がこちらの想定どおりに進んでしまう。情報収集を怠った故のイレギュラーは有り得るだろうが、そんな大ポカをやらかすわけがない。何のための事前調査とブリーフィングなのかという話だ。不意打ちなどを食らえばヤバいだろうが、あいつらにはそんな知能も技能もない。近寄ってくれば自ずと警戒網に引っ掛かる。

 事前に敵の規模と武装を調査。然るべき対策をもってことに臨む。あとは考案した作戦通りに進むだけだ。さらにこちらの手駒も人間ではなく戦術人形なので、突然の体調不良や謀反も無い。相手の戦力とこちらの戦力の見定めさえ誤らなければ、正直楽勝だ。

 

 まあ、こっちの思惑を超えてくる鉄血人形なんかが出てくればまた話は変わってくるんだろうが、今のところその予兆すら感じられない。勿論、警戒は必要だが警戒と萎縮はまた違う。別にリスクを追い求めるような性格はしていないはずなんだが、こうも退屈だとあらぬ期待を寄せてしまうのも無理からぬことか。まぁどうでもいいか、俺一人が考えたところで事態が変化するわけでもなし。気楽に気ままにやっていこう。

 さて、これで目下の脅威はなくなったが、やはりタスクが簡単過ぎたな。思ったより時間が余ってしまった。書類仕事も多少残ってはいるが、緊急性の高いものは一つも無い。うーむ、もしかしてこれは有体に言って暇というやつなのでは? どうしようかとしばし悩み、第二部隊の出迎えにでも行こうかと思いついた矢先、俺の乗る車椅子が僅かに揺れた。

 

 

 

「……そうだ、指揮官。久々に射撃のレクチャーでもしてくれないか。最近実戦続きで変な癖が付いてないか気になってな。今日はあいつらが帰投すれば目立ったタスクは無いんだろう?」

 

 M16よ。なんだその白々しい喋り口は。さり気なく俺の後ろを取るんじゃない。

 

「ダメですよ姉さん。指揮官にはしっかりと休養を取って頂かないと。忙しい身なんだから」

 

 おいM4。M16が握った手押しハンドルをそれとなく奪い返すんじゃない。

 

「えー! 指揮官今日も遊べないのー!?」

 

 うごぇ。飛び乗ってくるんじゃないSOPMODⅡ。痛い痛いいだだだだ痛い重い。

 

「え、えっと、えっと……あ、あの、指揮官? ひ、久々に作戦報告書を用いて戦術論でも交わしたくなってきたわ。ほら、私たちもその、情報は定期的にアップデートしないと」

 

 ヘタクソかお前は。このポンコツめが。

 

 

 うーむ。確かに今日はこの後比較的暇だし、目立った動きもない。今すぐに休むほど疲れてもいない。仕方ない、たまにはこいつらの我侭に付き合ってやるとするか。とりあえず久々に皆の射撃を見せてもらって、その後戦術議論して、遊んで、って何して遊ぶつもりなんだろうな。分からん。まあそれくらいやれば疲れても来るだろうし、その後のんびり休むとしよう。

 

 あれ? これ結構忙しくない? というか本業より忙しくなってない?

 まぁいいか。それはそれで平和な証拠だ。退屈よりは何倍もマシってな。




AR小隊以外にもスポットを当てて行きたいところなんですが、中々割り込ませるのが難しい。

指揮官おじさんは彼女たちのことを分かっていながら、のらりくらりと躱しています。
そして彼女たちは戦闘以外では基本ポンコツです。だってそんな知識も経験もないですからね。

そんな日常を思いついたら書いていきたいと思います。

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