筆者は、ほのぼのが、好きです。
打撃部隊がその集団を射程距離に収めてから幾度か戦線の移動はあったものの、さしたる被害もなく鉄血人形の大部分を無力化することに成功していた。ただ、たとえすべての弾丸を命中させたとしても絶対的に弾薬の数が足りなかったため、トンプソン、m45、IDWの三体には結構な回数戦場を走り回ってもらったのだが。それでもイレギュラーなく状況を終えられたのは偏にハルさんのお陰だろう。ライフルという武器種にあるまじき回転数なのも凄まじいが、何よりその精度がはっきり言って頭おかしいレベルである。そして更に人間には付き物の肉体的疲労、精神的疲労がほとんどないものだから、投入するタイミングと場所さえ見誤らなければほぼ終始100%に近いパフォーマンスを発揮し続けることが出来る。以前、未熟な錬度ながらスケアクロウを仕留めたダネルを指して、是非T01地区のリーサルウェポンの地位を築いて欲しいなんて思っていたが、あながちそれも夢物語ではない気がしてきた。ハルさんが特殊だという可能性もまだ捨て切れないが、こんな怪物が生まれるのなら、ライフルの育成にも一層熱が入ってしまうというものです。
しかしやはり気になるのは、ハルさんがここまでの実力を身に付けるまで、いつ何処でどんな活動をしていたのか、ということだ。勿論本人を直接問い質すような馬鹿をするつもりはないが、あれ程の力、一朝一夕で身に付くようなものじゃない。戦術人形は人間と違って反復練習がほぼ必要ないため、成長曲線自体はエグいカーブを描くんだが、それにしたって最適化工程72%というのは早々簡単に辿り着く領域じゃあない。AR小隊こそ俺が二週間で仕上げたという実績はあれど、彼女たちは電脳自体が特殊だとペルシカリアも言っていたし、クルーガーも俺以上に戦術人形への教育に成功した者は居ないと言っていた。そもそも、ハルさんが誰かに師事していてこの成果であったのなら、AR小隊の教育係が俺に回ってくることはなかっただろうし。そして、そんな実力を持ったハルさんから一度は火器統制コアを剥離した理由。彼女が戦線を離れざるを得なかった何がしかの訳。
気になる。めちゃくちゃに気にはなってしまう。がしかし、それを聞いてしまうのはやはり野暮というやつなんだろう。過去はどうあれ、結果としてうちの頼もし過ぎる戦力になったのだから今は素直にそれを喜び、受け入れるべきかな。
「状況終了。……うふふ、大勝利ですわね、指揮官」
軽く息を吐き、心身の調子を整えるような素振りを見せたハルさん。その言葉に頷きを返して戦場を見渡すと、そこには今まで見た事もない量の鉄屑の山。いや、山っつーよりちょっとした山脈だなこれ。絶えず移動しながら撃破を繰り返していたものだから、鉄血人形の成れの果てがこんもりと連なっている。ほとんど生体パーツを使用していない鉄血製とはいえ、ここまでの量となると流石にちょっとグロい。これリサイクル業者さん大変だろうな。頑張ってください。そして出来れば回収して得られた物資をうちに回して欲しい。大赤字なんです。
「指揮官、狩人と処刑人の方へ車を回してくれ」
鉄屑の山から姿を覗かせた打撃部隊。その先鋒を務めたM16A1が身体中に人工血液の返り血をこびり付かせたまま言葉を投げ掛けてきていた。うわあ、名誉の汚れとはいえ流石にキツい。お前ら帰ったらまず全員シャワー浴びて来いよ。
そんなおふざけもそこそこに、一晩中動いていたハイエンドモデル二体を迎えに行くため車に乗り込む打撃部隊。あいつらは常に敵集団前方、俺たちは敵集団最後尾から仕掛けていたものだから必然的に鉄屑山の向こうにあいつらは位置している。歩いて合流しろと言っても別によかったんだが、この戦況を作り出したMVPを今日くらい労ってやってもいいだろう。喜べ、指揮官サマの送迎というVIP待遇だ。本音を言えばこんな程度じゃなく、マジで何か褒賞を与えてもいいくらいなんだが、まぁそこは帰ってから考えるか。
「よー指揮官、久しぶり……悪ィけどもう動けねえぞ……。休ませ……て……くれ……」
「同感……だな。流石に電脳が……限界だ……。強制スリープに……入るぞ……」
最後に狩人と処刑人が動いていた地点に車を移動させると、そこには鉄屑にまみれながら大の字に寝転がるハイエンドモデルが二体。俺の顔を見て表情をほころばせたのも一瞬、次の瞬間には限界である一言を発した後、こちらを見つめる瞳は重い瞼に引き寄せられ、そして活動を停めた。
ついさっきまで元気に動き回っていたはずなんだが、こういうところも人間と同じで、安心したら一気に緊張の糸が切れた、みたいな感じなんだろうか。そういえば以前S02地区から逃げてきたドラグノフも同じようなことを言っていたな。グリフィンの建物を見つけたら安心して一気にスリープモードに入ってしまったとか。
勿論、そんな彼女たちをおざなりに扱ったりはしない。出来れば直接俺が運び込んでやりたい気持ちはあるんだが、如何せんハイエンドモデルは重いのだ。俺一人でも動かせないと言うほどではないが、非常に不恰好になってしまう上に腰が心配になる。おじさんはもう若くないのだ。戦功者を地面に引き摺って運びたくもないしな。ということで、戦術人形たちにお願いして輸送車両へ彼女たちを運び込んでもらうことにした。
「重った! サイズもでかいが重量もあるなコイツら……!」
「ふぬっ……! ちょっとG11! サボってないわよね!?」
「ちゃ、ちゃんと持ってるよぉ……うぎぎぎ……!」
「本当に重いわね……!」
わちゃわちゃと囲まれながら運ばれるハイエンドモデル二体。普段はやかましい処刑人たちの眠った顔を見ると、嬉しいような歯がゆいような、そんな気持ちが湧いてくる。
こいつらは鉄血製の人形だ。そして、その電脳に致命的なエラーを抱え、人類に仇なすようになってしまった出来損ない。世間一般からのイメージはそんなところだろう。事実、つい最近まで俺たちとこいつらは怨敵同士だった。如何にこいつらにセーフティプログラムを植え付け、動的感情メーンルーチンによって擬似感情モジュールの振れ幅が大きくなったところで、お互いによく知り、理解するために過ごした時間はあまりにも短い。言うなればまだまだ付き合いの浅い同僚みたいなもんである。
しかし、そんなこいつらにとって今、守るべき場所はあの支部であり、安心を覚える顔は俺たちのものになっている。昔の同僚的位置付けであったはずの侵入者に対しても、俺たちへ被害が及ぶと見るや否や有無を言わせず電脳を破壊するに至った。以前からこいつらは能力的機能的に使い捨てるのは忍びないと考えていたが、そこに心情的な要素も加わってきている。それくらい今回の作戦における働きは大きい。よくぞここまでやってくれたと両手離しで褒めてやりたい。
ただまあ、それら全ては無事に帰投を果たしてからだ。家に帰るまでが作戦ですってな。
「ふう……指揮官、運び終えました。帰投しましょう」
重量物二体を運び込み、一息ついてからM4A1が完了報告をあげてくる。理想で言えばこのまま調査部隊の動向確認も行いたいところなんだが、当面の脅威は取り除かれたと見ていい。そう焦るものでもないだろう。完全に消耗し切ってダウンしている狩人と処刑人のこともあるし、なんだかんだかなりの量の弾薬と配給を消費してしまった。現状まったく戦えないという程でもないが、今の状態で連戦となると厳しい。一度帰還してしっかりと休ませてやりたいところだ。作戦完了の報告もせねばならないし、何よりカリーナたちを安心させなきゃいけないしな。
ま、後処理はクルーガーの野郎に任せてもいいか。ただでさえこっちは大損害を被っているんだ、それくらいあのヒゲに投げてもバチは当たらんだろう。
よっしゃ、それじゃ帰るとするか。結果としてはまぁ無事に終わったからいいものの、今回は色々と疲れたな。だが、俺自身がまだまだ未熟、無知であったことも大いに思い知ることが出来た。指揮官としての未熟さ、戦術人形に対する理解の浅さなんかはこれから挽回していかないとなあ。ますます俺の時間が削られていく気がしないでもないが、まぁなんとかなるだろ。いい加減俺の補助に一人くらい欲しい気はするけどな。
支部に戻ると、そこには厳戒態勢で周辺警戒を継続していた第二、第四部隊。そして司令室で一人、祈るように待機していたカリーナが居た。ひとまず作戦成功の旨と、狩人、処刑人の二体も無事だったことを伝えるとまた泣かれてしまった。うーん、困った。おじさんこういう時どうすればいいか分からないの。別に女性経験が無いこともないんだが、こうまで歳が離れている異性の部下とどう接すればいいのかは未だに分からないままだ。残念ながら効果的な助言を頂けそうな人間が周囲に居ないのも拍車をかけている。ペルシカリアなんて絶対聞いても無駄な気しかしない。一縷の望みを賭けてヘリアントスあたりにでも聞いてみるか。部下からの相談という体であれば彼女もそう無下にはせんだろうし。少なくともヒゲ野郎やペルシカリアよりは頼れそうな気はする。
とりあえずどうするかな。もう心配ないとか言っといて頭でも撫でておくのがいいのかな。AR小隊が相手ならこれでもいいんだろうが、彼女は人間であるからして、同様にことが上手く運ぶとも思えない。そもそもこんなおじさんに触れられて気分のいいもんでもなかろうし。うーん、やっぱ無しで。
一瞬の葛藤の末、頭でなく肩を数度軽く叩き、帰還の挨拶とする。今更だけど職場に男性が俺しか居ないってかなりつらい。セクハラとかパワハラとか大丈夫かな。問題になる指揮官とか今まで居なかったんだろうか。
どうにも扱いが分からないカリーナを躱し、クルーガーへT02予定区一帯についての報告をあげておく。ヒゲからは珍しくお褒めのお言葉を頂いてしまった。まあ正直、狩人と処刑人の機転がなければハルさんを加えたとしても勝てたかどうかは怪しかったからな。今回はあの二体が敵を引き付けてくれていたお陰で安全に各個撃破が出来ただけだ。作戦も何もない、ただの結果論に過ぎない。今回における危険性はヒゲにも伝えていたから、こうやって結果を報告出来ている俺に少しばかり驚きもあったのだろう。
ついでにこっちは戦力も物資もカツカツ状態だ、後処理をこのタイミングで投げてしまうか。鉄血側がどの程度の総戦力を保持しているかは分からないが、あの物量は相当だった。あれを絶え間なく全方位に出せると考えてしまうと、この戦争勝ち目がなくなる。少なくともこの支部周辺地域に関しては、ある程度枯渇してくれないと困る。
戦争において、一度に保持出来る戦力の天井と、一度に生産出来る戦力の天井は違う。恐らく鉄血側は両者ともが相当の規模であるだろうことは想像に難くないが、少なくとも前者に於いてはある程度叩けたと見ていい。そうじゃなければ、そもそも人類の支配地域を拡大するという前提が崩れてしまうからな。更に、T01地区周辺はクリアとなって久しいが、絶え間なくあの量が生産され続けているとなれば地域を平定させ、戦線を押し上げるなんて不可能だ。どこにラインが在るのかは分からんが、鉄血側にもその天井は間違いなく存在している。逆説的に、今うちの支部が安泰となっていることがその証明だ。
つまり、T02予定区周辺もしばらくはこれでクリアになると見ていいはずだ。ていうかちょっとくらい休ませてください。
体よくヒゲに後処理を押し付け、通信を切る。条件通り、報酬には色を付けてくれるらしいが、どれだけついたって収支が大きくマイナスに傾いたのは間違いない。戦術人形の修復、ダミーの新造、恐ろしく消費した配給と弾薬。今後の立て直しを考えると頭が痛いが、かといって考えないという選択肢は取れない。つらい。今日くらいもう休んでもいいかな。いいよね。
自分の中で今日の業務に勝手に区切りを付け、風呂に入る準備を整える。この支部には指揮官が俺しか居ないし、俺がこの支部の最高権力者でもある。俺が休むといったら休むのだ。狩人、処刑人をとりあえずメンテナンス装置にぶち込むことも指示を出しているし、戦術人形の教育スケジュール、ハルさんの今後など、処理するべきタスクはあると言えばあるが、それは明日でも問題ないだろう。
はぁー、しんど。別に俺が直接戦う立場ではなくなったから、そこまで身体にガタが来ているというわけじゃないんだが、こうまで精神的に疲れたのは久々かもしれん。いい加減脳みそを一旦解放させてやらないとな。ぶっ倒れてしまったんじゃそれこそ不味い。
さて、それじゃひとっ風呂浴びるとするか。以前の悶着があってからは、風呂場に無作法な乱入者が来なくなったのもありがたい。今や一人きりの空間として安心して落ち着けるのが風呂場と私室しかないってのは俺もどうかと思うが、職業柄仕方ないのかもなあ。この仕事、通勤って感じでもないし。
風呂にゆっくりと浸かり、私室に戻った俺はその日速攻で意識を手放したらしい。次に目が覚めたのはすっかり一晩が過ぎ去った後で、やはり精神的に疲れていたのかなあと自分の感覚を再認識する。長年戦いの場に身を置いている分、慣れや耐性というのも確かにあるが、基本的に俺はそこまでタフな部類の人間じゃあない。何事にも動じず冷静に動き回れるほどの超人ではないのだ。
「おっ、指揮官起きたか!」
「やあ指揮官」
うっわびっくりした。着替えを済ませて私室の扉を開けたら、すぐそこに狩人と処刑人が居た。全快、とまではいかないが、概ね損傷は直っているし電脳も無事スリープモードから醒めたようで何よりだ。何よりなんだが、お前らなんでこんなところに居るんだよ。自分の宿舎で寝てろよ。
「いやなに、俺たちな、頑張ったと思うんだよな」
うん? 何だ藪から棒に。確かにこいつらが頑張ったのは紛れもない事実だし、俺もそう感じている。がしかし、こいつらはそれをわざわざ朝一に主張しにくるようなタイプでもないはずだ。
うーん、もしかして何か褒美でも貰おうと思ってるのかな。何かあげなきゃなとは考えていたが、それにしたってこうも直接的に何かをねだるような性格だっただろうか。鉄血側に居たときからぶっ飛んだ思考回路を持っていた二体だが、この後の展開がさっぱり読めない。
「褒めろ!!」
「そうだな。褒めろ」
うん? うーん? おじさん展開が分からないぞ。褒めろとは一体。いや確かに、褒められて然るべき働きはしている。そこは疑いようもない。かといって、直接褒めろといわれてもちょっと困ってしまいます。どうすりゃいいんだよ。よくやった、本当に助かった、お前らは俺の自慢の部下だ、とでも言えばいいのかな。
……あっ。おじさん閃いたぞ。それもあんまり良くない方向に、だ。この感じ、どこかで覚えがあると思ったらアレだ。追跡戦訓練で初めて完璧な黒星を喫してしまった時のM4A1と同じだ。えぇー、マジかよ。お前らもそういう感じなの? 俺はただの指揮官であってお前らの親でも保護者でもないんだぞ。
なんて言っても多分無駄なんだろうなあ。そこら辺はAR小隊で既に学習済みである。しかし、学習したとてこの事態に対する解決策が生まれたわけでもないのが困りどころなんだが。
俺は鉄血のことについて、I.O.P社の戦術人形のこと以上によく知らない。どういう組織体系で動いているのかも知らないし、そこにどういう感情が働いているのかも分からない。だが、あくまで俺の予測として言うのならば、G&Kのような組織だった、血を通わせるような交友関係が非常に少ないだろうことは考えられる。なんてったってバグった人形の集まりだもんな、そこには至上命題下における戦力としての上下関係や指揮命令関係くらいしかないだろう。
うーむ、これも一種のインプリンティングみたいなものなんだろうか。まあ言うこと聞かなくなるよりは全然いいんだろうが、それにしたってこいつらの電脳がそういう方向に働くなんて誰が予測出来るのか。多分、いや間違いなくこれ動的感情メーンルーチンのせいでしょ。ペルシカリアのやつほんと余計なことしてくれやがって。面倒くせえなあ。
「……へへっ!」
「ん……悪くない……」
よくやってくれた。その言葉を乗せて、狩人と処刑人、二体の頭を乱暴に撫で回してやる。つーかこいつら背が高いから腕がしんどい。デカい犬かよマジで。
多分、こいつらが今抱えている感情について、こいつら自身の理解が追いつくのはもうちょっと後だろう。それがどういう単語で表すべきモノなのか、それは俺にも分からない。上司と部下という関係で築き上げていくべき真っ当な感情かもしれないし、俺なんかに向けても一銭の得にもならない無駄な感情かもしれない。
だが、少なくともそこにI.O.P社製だとか鉄血製だとかいう違いはないはずだ。俺個人としてもそんな区別を付けたいわけじゃない。俺に出来ることといえば、こいつらが道を踏み外さないように見張ることと、他の人形と同じようにちゃんと接してやることくらいだ。その結果がどうなるのか、そんなもん分かりゃしないが、まあ悪いようにはならないだろう。
「あっ! 指揮官おはよ……あぁーーーーッ!! ずーーるーーいーー!!」
「んだよSOPMOD! 今回一番頑張ったの俺らだろうが! 当然の権利だ!」
「処刑人の言う通りだな。貴様らに助けられはしたが、こればかりは譲れん」
……まあ、悪いようにはならないだろう。多分。
猟犬 の 懐き度 が あがった!
次で作戦後の処理というか、諸々やって一旦締めかなぁという感じです。次にすぐ書くかどうかは置いといて、まだ出していない情報などもありますので、もうしばらくお付き合いください。
今後横道に逸れていく可能性も加味した上で、大体50、長くても60話くらいでこの物語にも一旦の決着が付くんじゃないかなーとは考えています。まあ、考えているだけでその通りに進むとも限らないわけですが。
ただ、一つだけ確度の高い話なんですが、指揮官おじさんが完結したら以降おじさんを主点としたものはもう書かないと思います。別に書くのが嫌だとかそういう話ではなく。指揮官おじさんが終わると、もう墓の下おじさんしか残ってない気がするので……。
というわけで、もうしばらくの間のんべんだらりとお付き合いください。