ヨナ大尉   作:柿の種至上主義

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始まり

夢のような闘争を繰り広げ、人狼の弱点である銀を心の臓にねじ込まれたことによる死。

 

意識が闇へと沈んでいき、睡眠などとは比較にならない深く、暗い場所へと落ちていく感覚。

 

落ちていく感覚はあるというのに、己の肉体の感覚はないというある種の矛盾。

 

人生で一度しか体験しないであろう未知の感覚に対する興味と、闘争の余韻に浸りつつ、そのうちに自身の意識さえなくなるのだと思っていた。

 

 

本来であればそうなるはずであった。

 

 

如何なる運命の悪戯なのか、沈み、分解されつつあった意識が唐突に引き上げられるのを感じた。

 

まるで深い水中から水面へと急速に上がっていったかのように、視界に迫ってくる光が大きくなり一瞬辺りが真っ白になった。

 

♦♦♦♦♦

 

気が付くと、誰かに突き飛ばされていた。

 

そこでふと疑問に思う。自分はそんな簡単に突き飛ばせるような体ではなかったはずだ。それに視点がやけに低い。体幹も滅茶苦茶で、本当に自分の体なのか疑問を抱いてしまうほどに

 

『『・・・に、逃・・・・げ・・・ろ・・・・』』

 

疑問を解消できず、自分の体を見ていると声が聞こえた。

 

久しく聞いたことはなかったが、機械仕掛けの人間が率いる組織で教えられた’アラビア語’で話し、自分にしゃべっているのだろう。

 

声に反応して視線を上げて辺りを見れば、そこには火の海が広がっていた。いや、正確には僅かな地面と多くの人間が燃えることで作り上げられた、一般に言えば地獄のような光景。

 

辺りに漂っているのは、もはや嗅ぎなれた人の焼ける独特の臭いとそれに混じっている、ナパーム特有の臭い。

 

大方、ナパーム弾による攻撃を受けたのだと当たりをつけた。

それによって着いた火は、ナパーム弾の充填物の親油性によって水をかけても消えることはない。火を必死になって消そうと転げまわったり、もがき苦しむ人で溢れていた。

 

そんな中で自分に最も近い二人、全身に火が回りもはや顔もわからない誰かが、焼けた喉で必死に話そうとしている。

 

『『・・・・ヨ・・・・ナ・・・・生き・・・ろ(て)・・・』』

 

それだけを言い終えると、二人の人間は力尽きたようだった。

 

あまり此処に長居することはできない。ナパーム弾の燃焼には大量の酸素が使用され、近くの生物を酸欠による窒息死や一酸化炭素の中毒死に追いやることを、知識と実体験の両方で知っているが故に近くに転がっていたAK-47を拾って、その場から急いで離れる。

 

走りながら、やはりこれは自分の体ではないと確信を持った。歩幅が小さい、視点が低い、息がすぐにあがってしまう、そして何よりただのAK-47がとても重く感じた。以前では、天地がひっくり返ってもありえないようなことが起こっている。

 

♦♦♦♦

なんとか水場を探し出し、鏡の代わりとして自分の今の姿を見て、驚愕した。

水面に映っているのは、幼少の頃の自分に瓜二つなのだから。

 

ジョナサン・マル

 

自身の現状を把握したのち、首にかけられていたドッグタグから名前が分かった。

 

もっとも、元”大尉”からすれば、名などただの暗号や記号と同程度のものという認識でしかないため、大した意味を成してはいないのだ。

 

二人の人間が死に際に呼んだ’ヨナ’とは恐らく愛称かなにかであろう。

 

左目の下にある切り傷の痕と人狼でないことを除けば死ぬ前の自分の幼少時と同一と言って差し支えないレベルで似ている。目と鼻は利くようだが、それでも人狼だったころには程遠い。以前のような戦い方は当分お預けだと直感し、気分が大分下がった。

あの敵を己の肉体でもって死に至らしめる感触、死に顔を目の前で拝める何とも言えない感覚は、とても忘れられるものではない。

 

 

彼にとっては、もはやなぜ自分がこうなったのか、先程の人間はだれだったのかといったことは眼中にすらない。辛うじてあるとすれば、まだ戦えるという現状に対する喜びしかないのだ

 

それが、戦いを、闘争を好み、大戦が終わってもなお戦争を渇望した、”戦争の狼(ウォードッグ)”たる所以なのだから

 

 

 

 

 

 


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