ハリー・ポッターと魔法の天災   作:すー/とーふ

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第十一話

 小鍋の中はグツグツと煮え滾っていた。

 鮮やかな若草色の液体は幾つもの気泡を弾けさせ、新芽の香りが仄かに漂う。鍋からは同色の湯気が螺旋を描きながら立ち昇っていた。

 鍋の周囲に置かれているのは材料なのだろう。小さなまな板の横には大小様々で何種類もの薬草が乱雑に置かれ、その隣の皿には血の滴る何かの臓器が載っている。小ビンに入っている赤い液体はドラゴンの血液だ。

 すり鉢の中には粉々に砕かれた一角獣(ユニコーン)の角の残骸が残り、濃縮機から滴る琥珀色の液体は、下に置いてあるフラスコの中にゆっくりと溜っていく。

 試験管立てに入っている十本の試験管は、そのどれもが虹色の液体で満たされていた。

 

 誰がどう見ても理科の実験。

 正しくは魔法薬の調合な訳だが、行なっている場所が女子トイレでなければどれだけ様になったことだろう。

 マスクにゴーグル。そして銀色に輝く特殊な防護手袋を身に着けている完全武装のアリィは、玉のような汗を垂らしながら手元の時計に集中していた。

 

「あと十秒」

 

 カウントしながら試験管を一本手に掴む。残り五秒を切った所で時計と鍋を視線が往復。煮込み始めて三十分ジャストで虹色の薬品を鍋に投入。その後は素早く『ムスペルの火』を消して火から遠ざける。

 これで一先ず作業は終了。

 若草色から藍色に変わった薬品に確かな手応えを感じながらマスクを外し、アリィは大きく息を吐いた。

 緊張を強いられていた作業からの解放が心地良い。随分久しぶりに息を吸った気がする。

 ローブの袖で乱暴に汗を拭った所で、静かに見守っていた女子トイレのゴースト、嘆きのマートルがうずうずした表情で話しかけてくる。

 

「それは何なの?」

「試作品十四号・改」

「なーにそれ、説明になってないじゃない」

 

 場所を提供しているんだから説明ぐらいしろと文句を垂れてから、不貞腐れた顔をするマートルは壁をすり抜けて何処かに消えてしまう。

 去年から秘密の調合をする時、アリィは毎回この誰も来ない女子トイレを利用してきた。その度に人恋しさのあるマートルはちょっかいを掛けてきて、アリィも邪険にする事無く応えていたのだが最近はどうも素っ気ない。

 それほど真剣なのは分かるのだが、それがどうも面白くないマートルだった。

 

「さーって、そろそろ成功して欲しいぞ、マジで」

 

 長時間胡坐だった所為か筋肉が固まっている。屈伸で足を解したアリィは女子トイレの中央。噴水のように円形になっている洗面台に近寄り、そこに置いてあるトランクの前に屈み込む。このトランクはデイモンの仕事部屋で見つけたやつだ。

 そしてアリィはローブのポケットから鍵束を取りだす。リングに掛かっている番号の振られた七つの鍵は、その全てがトランクの鍵。その内の三番と書かれた古い鍵を差し込むと、開かれたトランクの中には銀製の小さなスキットルがびっしりと鮨詰め状態で並んでいた。大昔に小鬼が作った保存用の魔法容器だ。

 これも仕事部屋で発掘した道具の一つで、中身が漏れない頑丈なスキットルはかなり重宝している。50mlしか入らないのが難点だが蓋も魔法で密閉される事を考えたら充分だ。

 

「ありがとう爺ちゃん。超感謝」

 

 これ一つで『ニンバス2001』が買えるほどの貴重な品を手に取って小鍋に戻る。

 再び腰を降ろして三段式の道具箱の中から乳白色の歪な小皿――今から一ヶ月前、伝次郎のいた洞窟に再度潜って回収してきた貴重な素材。生えかわって落ちていたバジリスクの牙を削って作った小皿にスキットルの中身を移す。

 中から零れるのは毒々しい色をした赤黒い液体。伝次郎から採取したバジリスクの毒液だった。

 バジリシクの毒に耐えられる物質は少ない。バジリスクの牙を除けば古ゴブリンの錬成した特殊金属程度しか存在しないのだが、その貴重な品をデイモンが入手していたのは幸運だったと言わざるを得ない。

 

「さあ、頼むぞ十四号・改!」

 

 まだ湯気の立つ薬品を鍋からお玉で掬い、スポイトで藍色の薬品――バジリスクの解毒剤の試作品を吸い取る。

 真剣かつ慎重。

 毒の入った小皿へゆっくりと数滴。スポイトの中身を垂らし始めた。

 

「お、おぉ! いけ、頑張れ!」

 

 すると、徐々にだが毒に変化が生じた。

 酸化しかけた血の様な色がどんどん薄まり、無色透明なものに近付いていく。

 改良に改良を重ねた試作品はゆっくり確実に毒成分を中和していった。

 しかし、それも最初の頃までだ。

 

「あっ!?」

 

 一瞬の出来事だった。

 暫くして毒は元の赤黒い色に戻ってしまう。毒成分を中和しきれず、毒の強さに薬が負けてしまったのだ。

 

「あー……ハァ、またか」

 

 調合に五時間も掛けた試作品が失敗に終わり深い溜息を漏らす。

 手応えがあった分ショックは大きい。

 表情を落とし、虚ろな目のまま杖を鍋に向けて消失呪文を使う姿は機械的で哀愁を感じさせる。殆ど事務的に後片付けを行なうアリィは最後にダンブルドアから譲り受けた不死鳥の涙を毒に振り掛け、毒成分が中和されたのを確認してから中身を洗面台に捨てた。

 中和された毒はただの水なので普通に捨てて問題無い。

 ものの数分で道具と材料をトランクに収納。そして、

 

「あーあ。くっそー! またダメかー!」

 

 そしてアリィは、そのまま仰向けに倒れ、大の字のまま力の限り悔しさを叫ぶ。

 この解毒剤の調合に取りかかり三ヶ月。あと数日でクリスマス休暇に入る段階になっても成果は出ていない。それが凄く歯痒かった。

 

「また最初からやり直しだ」

 

 一から理論の見直しをするのは億劫だが嘆いても始まらないと、アリィは無理やり奮起する。

 また伝次郎と暮らすためには二つの事をクリアしなくてはならない。

 一つは牙対策。そして二つ目が解毒剤の開発だ。

 バジリスクの毒は不死鳥の涙で無効化出来るが、対処法が一つだけというのは心持たないし、それだけでは安全とは言い難い。そこで不死鳥の涙に代わるものを人工的に制作している訳だが、見ての通り状況は芳しくなかった。

 良い線はいっていると思う。しかし、何かが足りない。時間も足りない。

 新たな悪戯道具や便利グッズの制作。そして『そっくり人形』の制作時に興味を持ってしまったポリジュース薬の改良など、かなり興味のある事を後回しにして研究に取り組んでも、まだ足りない。

 

 最低でも来年の夏までに解毒剤を作りたいアリィは珍しく行き詰っていた。これほどの困難は久しぶり。間違いなく今ぶち当たっているのは過去最大の壁だった。

 

 しかしそれでも、立ち止まってなんていられない。

 立ち塞がる困難に笑みを零すアリィの顔は、限界を知らない挑戦者の笑み。

 

「けどまあ、その方が燃えるってね」

 

 思い出すのは幼い頃。今は亡き曾祖父の真似をしてカラクリ細工にのめり込んだ時。

 あの頃は苦労と挫折の連続だった。デイモンは初歩的な事は教えてくれても応用技術は何も教えてくれなかった。

 彼がアリィに与えたのは無数の本と、作業を見学する無数の機会。考えに考えて考え抜く事の大切さをアリィは学んだ。

 幾つもの壁を乗り越えて今の自分がいる。そう思えばこの程度の困難など何でもない。今までと同じ。初心を思い出せばちょっとはやる気が漲ってくる。

 

「おっしゃー! やってやるぞー!」

 

 そして拳を高く突き上げた所で、誰も来ない筈の女子トイレを訪れる者が現れた。

 

「アリィ。やはり此処にいたのか」

「あ、ドラコだ」

 

 女子トイレに入ってきたのはルームメイトのドラコ・マルフォイだった。

 少し気まずそうにしているのは此処が男子禁制の女子トイレだからだろう。その後ろには取り巻きであるクラッブとゴイルも連れており、気恥ずかしい所為か速足になるドラコはいつも以上に青白い顔でアリィに近寄った。

 

「いつまでも帰ってこないから探しに来てみれば、また例の実験か」

「まーね。それで、何かあった?」

「何か、だと?」

 

 疲労たっぷりに見下ろすドラコの視線は鋭かった。

 クィディッチの初戦でグリフィンドールに敗れ、代表に選ばれての初試合でハリーに敗北を喫したのを引き攣っている彼はただでさえ機嫌が悪く、その凄みに当てられたアリィは自然と逃げ腰になってしまう。

 そもそも最近は元気が無いのでテンションも低く、その暗くて低い声が恐怖を助長させた。

 

「今日の夜、大広間で何があるのか忘れたのか? 元はと言えば君が発端なんだぞ」

「あ、そっか。今日だっけ」

 

 漸く思い出したと笑いだすアリィに溜息を零すドラコは、そのまま幼い天災を連れて大広間へ向かう。

 そう、本日二十時は大広間で一大イベント――決闘クラブが開催されるのだ。

 

 

 ◇◇

 

 

 全ては授業中。熱心に話を聴いていた天災の一言が発端だった。

 

《へえー、やっぱ先生は凄いなー。流石は戦闘のプロ、カッコいい!》

《なーに、アリィも、勿論ほかの皆さんも、ちょっと訓練すれば充分強くなれるでしょう。まあ、流石に私ほどというのは難しいと思いますがね!》

《え、じゃあ先生が訓練してくれたら更に強くなれるってこと!?》

《勿論! 私の手に掛かれば、皆さんも立派な闇祓いになれるほど魔法が上達する事でしょう!》

 

 ――という経緯を経て決闘クラブは発足した。

 

 掲げる目標は自己防衛術の習得と理解。護身術は覚えておいて損は無いと主張した所、意外と簡単にロックハートの主張は教師陣に通った。

 それは闇の魔術に対する防衛術の授業が実質機能しておらず、助手(お目付役、貧乏くじとも言う)がいる状況で時間外実習を組ませ、少しでも防衛術のなんたるかを学んで貰えれば、という学校側からの配慮な訳だが。

 当然ロックハートは気付いていない。というより、決闘クラブの大義名分を主張したロックハートに『それはお前の仕事だろ、普段から何をしていたんだっ!』と、教員全員が胸中でツッコミを入れたのは言うまでもない。そしてロックハートを採用したダンブルドアに文句の百個は言いたくなる教員達である。

 こうして大人のやんごとなき事情で開催する決闘クラブは、想像以上に盛況であった。

 ロックハートに良い感情を持たない男子も決闘クラブとなれば話は別。多くの男子が興味を魅かれたのは勿論のこと、指導するのがロックハートと聞いて沢山の女子も決闘クラブには興味を持った。

 

 今日は、その記念すべき一回目の活動。

 夜の八時にはほぼ全校生徒、千人近くが大広間に集まり、中央に設置された大きな舞台の近くで指導員の到着を待ち侘びている。中には参加する気が無い人もいるが、ここは娯楽の少ないホグワーツ。見学目的で集まっている者も多くいた。

 

 さて、様々な思惑を経て多くの生徒が集合している訳だが。その中でもアリィ達スリザリンの二年生グループは、舞台に近い一番前に陣取る事に成功していた。

 

「ねえノット。ロックハート先生の助手って誰だと思う?」

「さあな。しかしまあ、アイツを除けば防衛術に詳しい教師なんて一人しかいないだろ」

 

 今か今かとロックハートの到着を待ち続けるダフネ・グリーングラスに応えるのは、隣に佇むセオドール・ノット。ドラコと双璧を成す蛇寮二年の有望株はクールな容貌を珍しく興奮させている。

 やはり彼も一緒に来ているブレース・ザビニ同様、このイベントに興味を持っているのだ。

 

(先生も気の毒にな)

 

 腕を組みながら助手役に選ばれただろう先生に同情し、何となく彼は周囲を見渡す。

 蛇寮二年で一番の美少女と噂されるダフネは入口へ熱い視線を向け、自身のルームメイトでもあるザビニは犬猿の仲である蛇寮二年の姐さん少女、ミリセント・ブルストロードといつもの様に口喧嘩。典型的なスリザリン生の傲慢少年と大柄なお節介焼きの衝突はいつもの事で、周囲にいるスリザリン生に動揺は走らない。

 喧しい口喧嘩をしている隣には、自分以上に寡黙なクラッブとゴイルの巨漢が立ち並び、その表情が辟易して見えるのは、彼等の隣でイチャついている学校公認のバカップル(ドラコは激しく否定)がいるからだろう。同じくドラコも死んだ目をしているので近くにいる天敵、ハリー・ポッター達グリフィンドール生にも気付かない。

 そして舞台に身を乗り出して先生の到着を待ちわびているアリィに視線を移した所で、ついに待ち人が現れた。

 

「はい、皆さん静粛に! ただ今より決闘クラブを開催します!」

 

 いつ見ても煌びやかな紫ローブで登場したロックハートの宣言は、生徒達の熱狂的な声によって迎えられた。珍しく男子の声が多々あればロックハートのテンションがいつにも増して五割増しになるのは当たり前。

 気を良くしたロックハートは舞台の上で上機嫌。その分、一歩後ろに佇む助手のスネイプが不機嫌になる訳だが、今にもロックハートに杖を向けそうなスネイプに幾人かが同情した所で、二人の教員による模擬戦が開始された。

 無論、武装解除の術を浴びたロックハートが吹き飛ばされて壁に激突した時、初めてスネイプが獅子寮生の歓声を貰ったのは言うまでも無い。

 冷笑の中で薄らと口元が緩んでいた事に、目敏いノットだけが気が付いた。まあ、スネイプの笑みの意味はグリフィンドールからの拍手が嬉しいからでなく、ただ単にロックハートに憂さ晴らしが出来たからなのだが。

 

「諸君、今のが武装解除呪文だ。見れば分かるように対象の武器を吹き飛ばし、そして力量差があればあるほど、衝撃で相手にもダメージを与える事が出来る」

 

 スネイプお得意の皮肉にヨロヨロと立ち上がったロックハートの頬が引き攣るがいつもの素敵スマイルで隠し通す。そしてロックハートはスネイプの力量を称賛した上で今の敗北が態とであると公言し、武装解除呪文を練習させるために生徒を二人に別け始めた。

 ドラコとハリー。クラッブとゴイル。パンジーとダフネ。ノットとザビニ。ミリセントとハーマイオニー。

 そして、グループで一人余ったアリィは、

 

「はい、セド」

「や、やあ」

 

 アリィは近くにいたセドリック・ディゴリーと組まされた。

 彼より二学年上のハッフルパフ生は頬を引き攣らせながら握手に応じる。

 

(まさかアリィと組むことになるとは)

 

 心穏やかなイケメン。更に困っている者は放っておけない程のお人好しは、目の前で腕まくりをしてやる気を見せている天災を嫌っていない。むしろ得難い友人の一人だと認識している。

 

 頬が引き攣るのは、言わば反射。

 去年ダイアゴン横丁でアリィの財布を拾って上げて顔見知りになってしまったのが運の尽き。

 気を利かせて買い物に付き合えば『夜の闇横丁』に連れて行かれ、ガラの悪い不良に絡まれて催涙弾のトバッチリを食らう(ちなみにアリィも食らっていた)。

 ドラゴンを見たさにグリンゴッツ侵入の片棒を担がされる(沢山の罠に走馬灯を何度も見た。勿論アリィも同じ)。

 そして去年の転倒薬事件だ。

 

 去年は苦楽を共にさせられた仲。中二病真っ盛りの十四歳に人には言えない刺激的な冒険をさせてくれた友人ではあるが、その身に刻まれた数々のトラウマが対峙する度に頬を痙攣させた。

 

「さあ、では皆さん、相手に一礼してください! いいですね、相手の杖を取り上げるだけですよ!」

 

 舞台上のロックハートの言葉に生徒達は互いに距離を取る。

 当然、天災とイケメン優等生の即席コンビも例外ではない。

 

「ねえセドリック。模擬戦の前に一回俺に術を掛けてくんない? その後は俺が掛けるから」

「ああ、別に構わないけど。それで良いのか?」

 

 確かに模擬戦を開始するよりは一度術を掛け会う方が安全だし、練習してからの方が効果的だ。ロックハートは一斉に模擬戦を開始させたいのかカウントダウンを始めている。その中で、二人は模擬戦の振りをした練習をする事に決めた。

 

「僕からで良いんだな」

「モチ。もう一回武装解除を見ておきたい」

「僕が成功するとは限らないんだぞ?」

 

 確証は持てないセドリック。しかしその瞳は自信に充ち溢れている。

 ハッフルパフに所属しているセドリックだが、その身はレイブンクローにもグリフィンドールにも所属出来るほど多才な若者なのだ。特に闇の魔術に対する防衛術を始めとした実技は得意なため、防衛術の基本呪文を一発で行使する自信があった。

 

 カウントダウンが進む中。セドリックは一角獣の鬣を芯にしたトネリコの杖を構え、離れたアリィはセドリックの動作を見逃さないよう目を限界まで見開いて凝視した。

 

「一、二、三、それ!」

『エクスペリアームズ!』

 

 ロックハートの合図に従い、幾百もの紅の閃光が大広間に迸った。

 中には武装解除以外の呪文もあるのか緑や黄色という光も見受けられる。

 そして武装解除を正確に発動させた者は極僅か。

 殆どの者が不発に終わり頓珍漢な結果を引き起こし、中にはエキサイトし過ぎて肉弾戦の乱闘まで始める者もいる中で、幸いにもセドリックは数少ない成功者に分類された。

 

「おお! 凄い凄い! 流石はセドリック!」

「オーバーだぞ、アリィ」

 

 興奮するアリィに褒めちぎられるセドリックの表情が喜色に染まる。頭脳だけでなく魔法の腕でも非凡の才を見せる天災に褒められるというのは、別段気持ちが良いものなのだ。

 周囲が騒がしく阿鼻叫喚地獄絵図を作り出す中でも二人の間は穏やかそのもの。セドリックは取り上げた杖をアリィに手渡し、再度離れた。今度はアリィの番だ。

 アリィは何度も深呼吸を繰り返し、ブツブツ呟いて復習しながら恐怖を覚える程の真剣さを見せる。

 

「アリィ?」

 

 はっきり言って余裕の無い姿はセドリックに違和感を植え付けた。あんなアリィは見た事が無い。グリンゴッツの罠にさえ瞳をキラキラさせて余裕を失わなかった天災が、あのような表情を見せる。

 しかし平常心を促す前にアリィの呪文が発動してしまう。

 

「エクスペリアームズ!」

 

 高まる魔力が奇跡を紡ぐ。杖先に灯る紅の閃光は正確に――、

 

 

 

 

 

 ――アリィの胸を貫いた。

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

 その衝撃映像を目撃したセドリックが呆気に取られるのも無理はない。

 あの天災が呪文を失敗し、あまつさえ逆噴射した呪文に吹き飛ばされるなど誰が想像出来るだろうか。

 小さな身体を楽々ふっ飛ばして後方のグループへ突っ込んだアリィに、セドリックは大慌てで走り寄った。

 

「アリィ! 無事か!?」

 

 巻き込まれたグループに謝罪しながら立ち上がろうとするアリィに手を差し伸べる。引っ張り上げられた天災は痛そうに、そして悔しそうに表情を歪ませていた。

 

「痛たた……あーあ、今回は自信あったのになぁ。やっぱりダメか」

「やっぱり?」

 

 元々の位置に連れて戻ったセドリックが首を傾げる。

 周囲ではスネイプの呪文により騒動が鎮火。着々と静まり返りつつあるも、セドリックの関心はアリィの意外な言葉に向けられる。

 

「俺ってさ。呪い全般が凄いヘタなんだよ。盾の呪文とかも没。他にも粉砕呪文とか、爆発呪文とか、あと忘却術も成功率ゼロパーセント。まあ、唯一錯乱呪文だけは普通に使えるっぽいのが救いなんだけど……悔しいなぁ」

 

 それは衝撃の事実だった。

 そしてよくよく考えれば、セドリックはアリィが攻撃性のある呪文を行使した所を見た記憶が無かった。

 

 夜の闇横丁でチンピラに絡まれた時。グリンゴッツの侵入。転倒薬事件。そしてセドリックは知らないが禁じられた廊下での騒動。アリィはその全てで護身用具をベースにし、逃げる事を重点に考えて危機を乗り越えていた。

 伝次郎のターバンも『石化呪文』が使えたのならもっと簡単に作れた筈だ。

 

 そう、アリィは攻撃性や害意性のある呪文。そして授業で唯一、闇の魔術に対する防衛術だけがとても苦手だった。今までの授業は全て座学。実技が無かったからこそ欠点が露呈しなかったのだ。

 ちなみに『閉心呪文』は呪文を必要とせず意志の力に左右されるからこそ成功したに過ぎない。

 

「俺は先生みたいに英雄にはなれないのか? いや、そんなことない! きっと立派に戦えるように……なんだよ、セド、その目は」

「え? あ、いや、何でもない。気に障ったのなら謝るよ。すまなかった」

「別に気にはしないけどさ。変なセドリック」

 

 奇妙な目で見つめた後、アリィは防衛術のデモンストレーションとして舞台に上がったハリーとドラコを目撃すると、間近で見学するため舞台の最前列へ走り寄ってしまう。

 その後ろ姿を、セドリックは柔和な笑みを浮かべたまま、そして優しい目をして見送った。

 

(まったく、アリィらしいな)

 

 少年らしく英雄譚に憧れるアリィには悪いと思う。しかし攻撃魔法が苦手と知った時、セドリックの心を占めたのは安堵と嬉しさだった。

 

 アリィが杖を片手に巨悪と戦い、危険性の高い呪文を交わし合う姿など見たくない。

 

 悪戯小僧に物騒な魔法は似合わないのだ。彼の技術の全ては、世の中を幸福と笑いの渦に巻き込むためだけに存在するのだから。

 

 

 

 

 

 そしてポチ太郎との戯れの副産物で盾の呪文を習得していたドラコが称賛された所で、呪文の防ぎ方を学ぶための模擬戦が開始される。

 先程の生徒達の模擬戦があまりにもお粗末だったからだ。

 

 事件はその時に起こった。

 

 

 

 

 

「サーペンソーティア!」

 

 ドラコが使ったのは蛇をランダムに召喚する魔法だ。

 そして舞台に現れたのは、

 

「うわ、凄い偶然」

『アリィ? あれ、じゃあここは校舎の中?』

 

 小さなターバンを被る蛇など他にはいない。偶然にもハグリットの小屋の隣に置かれた木箱の中から召喚されてしまった伝次郎。たまたまかもしれないが、バジリスクを召喚するなどもしかしたらドラコの潜在能力は桁外れなのかもしれない。

 そして召喚された伝次郎は対峙するハリーにはそっぽを向き、ちょうど脇にいたアリィを見て説明要求をする訳だが――、

 

「な、なんだこの蛇はっ」

 

 傍から見れば、伝次郎はアリィの隣にいるハッフルパフ生。ジャスティン・フィンチ-フレッチリーを睨んでいるように見えてしまったのが、今後に続く不運の連鎖の始まりだった。

 伝次郎は強面な分、その黄色の瞳に睨みつけられた――ように見える――ジャスティンは、文字通り蛇に睨まれた蛙状態。

 勘違いさせていると分かった伝次郎は大慌てだ。

 

『待って! 僕は確かにバジリスクだけど、見ただけなら害は無いから! 僕はアリィの家族で……って、僕の言葉が通じる訳ないじゃないか!?』

 

 ここでの誤算は何だったのだろうか。

 蛇を召喚する魔法で天文学的な確率の結果、伝次郎がピンポイント召喚されたこと。

 慌てた所為で蛇語使いの稀少さを失念していたこと。

 アリィやダンブルドアにしたのと同様の台詞で、彼を安心させようとしてしまったこと。

 失敗は多々ある。そして中でも致命的だったのは、

 

「待ってよ! その蛇はバジリスクっていうアリィのペットで、伝次郎って名前なんだ! 危険は無いし、彼も何もしないって言ってる! 危なくない!」

 

 ハリーが蛇語使いだと伝次郎が知らなかったこと。

 そしてハリーがバジリスクの知名度も、蛇語使いの一般的な認識を知らなかった事に尽きる。

 

 ハリーが大声で説明した後、大広間は痛い程の沈黙に包まれた。

 生き残った男の子が蛇語使いである事もさることながら、マグル出身以外の者の視線はその全てが舞台上の蛇に注がれていた。その目には、形容し難い程の恐怖が宿る。

 

「…………バジリスク? あの?」

 

 誰かが呟いた言葉は瞬時に観客に伝播する。

 大広間で幾重もの悲鳴が轟いた。

 

「バジリスク!? バジリスクだって!?」

「何でそんな怪物が此処にいるんだよ!?」

「に、逃げて! 皆逃げて!」

「視線を合わせるな! 殺されるぞ!」

 

 魔法族出身者の悲鳴は大広間を恐慌状態に陥れるのに充分だった。

 我先にと大広間から飛び出す者もいれば、その場に蹲る者もいる。マグル出身者でバジリシクを知らない者達も、彼等の悲鳴と行動からただ事で無いと察したらしい。混乱しながら周囲に合わせている。

 

 この騒ぎで深刻なドミノ倒しが発生しなかった事だけが、唯一の救いだった。

 

「待って、待ってよっ! 確かに伝次郎はバジリスクだけど、悪い奴じゃないんだ! 視線を合わせても伝次郎が魔力を込めなければ大丈夫だし、やる気も無いって言ってる! だから安心して落ち着いて!」

 

 その喧騒の中、必死に安全性を訴えるのはアリィだ。

 彼の中にはきちんと話せば皆は分かってくれるという信頼がある。

 信頼が――幻想が、確かにあったのだ。この時までは、

 

「安心なんてしていられるか! そいつはバジリスクなんだぞ! 結局、その魔眼が発動するのもその怪物の気持ち次第って事なんだろ!?」

 

 誰かの悲鳴が決め手となった。坂道を転がるボールの様に。決壊したダムの様に。一度発生した流れは止まる事を知らない。

 最初に罵倒した生徒に次々と続く者が現れる。

 不安から生じる糾弾の言葉が雪崩となって圧し掛かった。

 

 その怒涛の展開は多くの者を混乱に陥れる。アリィを除き、最も混乱して罪の意識を感じるのはハリーとドラコだ。ドラコはバジリスクの登場。ハリーは皆の変わり様に驚き、声を発する事すら叶わず、庇う事すら出来ていない二人は――それを長く後悔する事になった。

 中には弁護する声も聞こえるが、そんなものは片手で数えられる程でしかない。ミス・ストッパー達の言葉は容易く罵倒の雨に鏖殺される。

 そして恐怖で頭が回らない生徒が頼るのは、当然大人だ。

 

「先生! 早くその怪物をなんとかしてください!」

「闇の力に対する防衛術連盟名誉会員なんですよね!? 早く退治してください!」

「そうだ、殺せ! あいつは小さいし、皆で囲ってさっさと怪物を始末するんだ!」

 

 

 

 

 

「殺せ……コロ……え?」

 

 

 

 

 

 その発言が引き金になった。

 数々の悪意に満ちた言葉の中でたった一つの単語を拾うアリィ。

 ここまで悪意に晒されるのは初めての事だった。

 まるで異界だ。今までと同じ世界とは思えなくなる。

 手足が震え、視界が暗転しそうになる。楽しさの欠片も無い世界が、ここまで恐怖を煽るのだと初めて知った。

 そしてアリィは伝次郎を――大事な家族を害されるのが何よりも怖かった。誰かを失う恐怖と喪失感など、デイモンの時だけで十分というのに。

 

 脳が痺れていた。

 生徒達の要望に応えようとする教師の言葉を理解するのに沢山の時間を要した。

 

「そ、そうですね! ええ、そうですとも! 皆さん、ご安心を! 私の手に掛かれば闇の怪物如き、直ぐに退治してご覧にいれましょう!」

 

 退治。即ち殺す。それは、伝次郎の死。

 思考が凍る。

 ロックハートが不動の伝次郎に杖を向けるのを見て、アリィは――、

 

「――――か」

 

 小さすぎる声は誰の耳にも届かない。

 ロックハートの杖に魔力が収束する。

 アリィの雰囲気が変化した事に逸早く気付いたハリーが止める間も無く、そして、

 

 

 

 

 

「みんなのバカぁあああああああああああああーーーッ!」

 

 

 

 

 

 そして、アリィの感情が爆発した。

 

 小さな身体から噴き出す魔力に集中力を乱され、ロックハートの呪文は中断される。

 アリィを中心に大型台風並みの風が逆巻き、癇癪に伴う魔力の暴走は突風を生み、大広間にいる全員が乱風に巻き込まれた。

 立っていられない程の暴風に全員が屈み、又は壁まで吹き飛ばされる。

 アリィの暴走は先程以上の地獄絵図を生みだした。

 

 生徒が一掃された後、立っているのはアリィただ一人。

 

「皆のバカぁ! 伝次郎のことを知らずに、どうして殺せとか退治とか、そんな酷い事を言えるんだよ!?」

 

 アリィは泣いていた。

 大きな蒼空色の瞳からは涙が零れ、癇癪を起こす天災は盛大に鼻をすする。それでも垂れてくる鼻水を止める事は出来ず、倒れていたり唖然とする生徒達を見渡すアリィは、戸惑っている伝次郎をギュッと抱きかかえる。

 それは大事な家族を守りたいがための無意識の行動だった。

 

 生徒達を見るアリィの瞳には、深い悲しみと失望。そして敵意の火が灯った。

 皆の気持ちも分かるが、許容など出来る筈もない。

 

「皆なんか大っ嫌いだ! 伝次郎は渡さないぞ! 魔法省にだって預けない! 信用なんてしない! 退治なんてさせてたまるもんか!」

「待……待って、アリィっ」

 

 ハリーの焦燥に満ちた声も天災には届かない。

 これはまずい。非常にまずい。怒りを向ける対象は違うが、この流れをハリーは知っていた。過去に体験していたからだ。

 そして舞台上に伏せていたドラコの脳裏に浮かぶのは、以前天敵に言われた言葉だった。

 

 

《一つ言っておくけど、本気で怒って癇癪を起こすアリィは……とにかく酷い》

 

 

 ドラコの顔が青褪めた。

 ルームメイトに声を掛ける直前で、天災は声を張り上げ、宣言する。

 

「皆が聞き耳を持たないなら、こっちにだって考えがある! 戦争だ、徹底抗戦だ! グレてやる、授業もサボって悪戯もいっぱいして、不良になってやるんだからなぁあああああああああーーーッ!」

 

 そう高らかに叫んだアリィは盛大に泣き叫びながら颯爽と大広間から飛び出していった。

 そしてそれ以降、学校内に潜んでいるにも関わらず、アリィの居場所を掴めなくなってしまう。

 

 

 

 

 

 これが、学校史に名を残す騒動の始まり。

 まだアリィがマグルの学校に通っていた頃。セクハラ教師と面倒事を嫌い事実を揉み消そうとした学校側に対して行った抗議。『職員室占拠事件』の再現。

 後に『第一次天災騒動』と呼ばれる事件はこうして幕を開ける。

 

 

 ――今ここに、今年度のラスボスが誕生した。

 

 

 




主人公の行動に思うことがある方もいらっしゃるしょうが、もしよろしければ今後もお付き合い願います。
沢山の登場人物たちの心情や思惑を上手く捌いていけるよう頑張ります。
そして良い意味で予想を裏切れるように今後も頑張りたいです。
原作の狂ったブラッジャーに関してはまた後日。

自分は短く話を作れないようです。推敲してこの文字数……何が五千字程度なんだか……

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