Word of “X”   作:◯岳◯

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11話 : 山奥の村の少女

 

ハ・ミルに到着してすぐ、僕達は村の人々に歓迎された。というか、僕を歓迎したいのだという。何故に。しばらく考えたが、以前にこの村に来た時に果樹園で怪我していた人達を治療した事を思い出した。曰く、これは感謝の証らしい。

 

こういった辺境の村民はよそ者を嫌う傾向があるけど、仲間を助けてくれる人はまた別ということだろう。村に厄介事を持ち込まない限りは友好的になれるのか。お言葉に甘え、ひとまず宿を借りることにした。ミラがもう体力の限界だったからだ。

 

招待されたのは空き家だった。すわ嫌がらせかとも思ったが、見れば掃除が行き届いていたし、なかなかに洒落た内装をしているようで悪くなかった。窓の外から見える光景も悪くない。見晴らしよく、夕暮れが見渡せる。

 

そういえば前に来た時もずっと夕暮れ時が続いていたように思う。これは霊勢が偏っているのが原因か。イル・ファンは完全な夜域で、24時間空は夜に固定されていたが、ここは黄昏時に固定されているようだ。

 

ミラに確認してみるがどうやら彼女は霊勢について知らない模様で。えーと、リーゼ・マクシアでは一般常識なのだが………さすがは精霊の主と言った所かぁ。

 

言葉を選びながら告げるが、「人間が定義した言葉、その全てを知っているわけではない」とのこと。

 

精霊の力のバランスから成り立っている現象だから、把握していてもおかしくないと思うんだけど。いや、あるいは別の視点で把握しているのかもしれない。表現する言葉が違うとか。精霊と人では日常からして違うのだから、それもあり得るだろう、いやきっとそうですよね。精霊にとっては名付けるにも値しないような事なのかもしれない。

 

まあ、精霊の世界など知らない僕にとっては、そのあたりは全く分からないことなんだけどな!

 

急に黄昏れたくなった僕は、美しい夕暮れに叫んだ。馬鹿野郎と。

 

そして、今日もまた日が落ちる。青い空が血に染まる。乾いて黒く、夜になるのだ。

 

「ってなんだよアルヴィンとミラ。そんな眼で………え、ふひひって笑うなって?」

 

なんでも笑い声に加えて笑顔も怖かったとか。失敬な。無礼な二人は無視し、目の前の光景を楽しむことにした。冗談抜きで、なかなかに美麗だと思うし。この村自体がかなりの高台にあるから、はっきりと見える夕陽と照らされた景色が非常に“絵”になっているのだ。坂道を登り続けた甲斐もあるというもの。

 

心の栄養を蓄えてひとまずの休憩が終わった後、僕達は3人で村を歩きまわった。イル・ファンとは比べられないほどに人が少ない。煩わしい喧騒もなく、気持ちが落ち着くというか、安らかな時間に浸れる。以前もそうだった。感想を貧乳に告げると、「ジジイか」とか言われたけど。

 

それだけではない。今は収穫の時期なのか、村のそこかしこから、ナップルの甘い香りが漂ってくる。何にしても、食欲が唆られる臭いだ、ってまたミラさんがよだれを垂らそうとしていますね。

 

「そういうことで、今日はナップルを入れたソースを使おうと思います」

 

「是非頼んだ」

 

返事までおよそコンマ一秒未満、恐ろしい反射速度だった。食欲が本能を凌駕しているらしい。ので、ナップルを多めに買ってくることにした。時間があれば、明日の朝にデザートとして出せるだろう。

 

そして食料品屋で肉も買いつつ、また街を回っていた時に面白いものを見つけた。村の入り口より少し中に進んだ所にある、大きな樹。その中に、なにやら紫色の水晶みたいなのが埋めこまれたのだ。背伸びして取ろうとするが、そのままじゃ届かないので、マナで脚力を強化しながら飛ぶ。で、触ってみると紫色の水晶は、まるで宝箱のように開いた。

 

中身はお金だった。しかも結構な額だけど………

 

「う~ん………誰かのへそくり?」

 

「いや、屋外のこんな所に放置する奴はいないだろ」

 

「うわ! すごいや兄ちゃん、それ開けられたんだ!」

 

近くにいた少年が駆け寄ってきた。いや普通に開いたけど、と答えるが誰が何をしても動かすことすらできなかったとか。それでも、そんなに力はこめていない、となれば答えは一つか。

 

「マナを籠めたから、かな」

 

脚力を強化すると同時、何があるのか分からないので一応手にもマナを巡らせていた。結構なマナを発しながら触ったから、それが原因だろう。で、中から文字が書かれた手紙のようなものが出てきた。宝がうんたらかんたら、なんたらふんたら。さっぱり意味が分からなかったが、これを残した人物の名前だけは分かった。

 

「………アイフリード?」

 

聞いたことのない名前だ。けどこれは、大海賊アイフリードが各地に残したという宝の一つらしい。それでも大海賊と言う割には、金額がしょぼい。ていうか、あちらこちらの町や村を巡り歩いた僕でさえ聞いたことのない名前なんだけど。それなのに“大”海賊か――――うん、自称?

 

つーかもっと、こう、輝くような黄金でも入れとけってんだ。世界各地にばらまいたらしいが、どうにも期待できそうにないぞ。でも、あって困るもんじゃないし、見つけたら取りあえず拾っときますか。

 

しばらくして食事の時間になった。いい加減ミラの視線が獣染みたそれに変貌してきたので、急いで準備にかからねば俺が頭からガブリと齧られかねない。調理できるキッチンがあったのは僥倖だった。で、時間をかければアルヴィンが喰われかねないのでさくっと、しかし旨みの強いものを作る。

 

「ほいっと、出来ました」

 

「おお!」

 

「今日はチキンのナップルソースがけと、地元のポテトを使ったサラダでございます」

 

「いただきます!」

 

言い終わると同時、子供のように目を輝かせるミラは先日と同じように電光石火の速さで料理を食らいついていく。食べるスピードは相変わらず早い、けど道中いくらかマナーを注意して、それを意識しているせいか昨日よりは遅かった。

 

でも前よりマシだけど口の端に食べかすがついているよお嬢さん。苦笑しながら拭いてやる、ってこれなんか僕のキャラじゃないような。それでも、子供のように無邪気に礼を言ってくるミラを見ていれば苦笑が零れてしまう。

 

「まるで子供だな」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「美味しいかな、って」

 

「ああ、旨いぞ! 君は料理上手なんだな!」

 

「まあ………必要だったからね」

 

父さんも母さんも忙しかった。だから僕が覚えたのだ。

 

「まあ、本当の昔には、一度父さんの酒のアテを作っていた時期もあったからね」

 

「ん、そういえばこの村ってワインも作ってるんだよな」

 

アルヴィンが目を輝かせているが、却下だ。

 

「まあ、あるよ。パレンジの実を原料として作られている酒がある――――けど明日に響くからアルコール類は却下ね」

 

「即答かよ。つーか変なところで真面目だねえ、優等生?」

 

笑われた、ていうか優等生と言われたのは初めかもしれない。それが顔に出ていたのか、アルヴィンが苦笑している。

 

「というか、一人旅に飲酒は禁物だろう」

 

「まあ、なあ」

 

戦闘の趨勢を左右するのは判断力だ。で、酔ってしまうと頭の回転がかなり鈍る。こうして護衛を抱える身としては、飲酒とは最も行なってはいけない行為の一つである。

 

「それに、なるべく酒は飲まないようにしてるんだよ」

 

前に飲んだ後のことだ。飲んだ直後の記憶が無くなっていて………その場にいたナディアからは『お前は金輪際酒を飲むな。酔うな。次は殺す。絶対に殺す』とか顔を赤くしながら言われた。かなりヤバイことやっちまったんだろう。見たことがないほどに顔を赤くしていたし。

 

なんにせよ、記憶が無くなるってのは何となく面白くないので、あれからはアルコールは取らないようにしている。

 

「ま、雇い主の意見に合わせますか。で、俺はこのまま休むけど?」

 

「あー、僕はちょっと外に出てるわ」

 

ちょうどいい。前に聞いた、ベストスポットとやらに出かけますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………見事、としかいいようがないね」

 

村外れにある果樹園、そこを登った先に見えたのは絶景だった。どこまでも広がっていくような赤い空の海に圧倒される。あの時は登れなかったけど、こんなに綺麗な風景だったのか。

 

「落ちた人、治療してたもんなあ」

 

思い出し、つぶやく。あの時はこの高い足場から落ちた人の治療をしていたせいで、この風景を見られなかったのだ。でも、この絶景ポイントも治療した相手から教えてもらったんだけど。この果樹園奥より少し手前にあるこの樹の近くから見た景色が一番良いらしく、その言葉は確かだった。ちょうど見晴らしを塞ぐ障害物が無くなる場所だ。広い空。遮る物は何もなく、遥か彼方の地平線まで見渡せる。

 

綺麗だ、と陳腐な表現が心に浮かぶ。だけど陳腐だが、コレ以外に現しようがないのでは仕方ないと思う。いつもは何の気なしに眺めている夕焼けも、こうしてみれば壮大なスケールで行われている現象だと分かった。

 

――――と、風景に見惚れていたその時である。

 

「あ………」

 

高台の奥の方から、幼い少女の声が聞こえた。いったいこんな場所に、しかもこんな時間に誰がいるのか。あるいは同じ目的で、ここに上がっているのだろうか。

 

考えている内に少女はこちらへと近づいてきた。とて、とて、と確かめるように歩いている。一目見て、どこぞの幼馴染とは違うと分かる。胸に人形を抱え、おっかなびっくり間合いを詰めてくるといった方がいいのか。活発とは程遠い、儚いや寂しいなどといった言葉を連想させられるような少女は立ち止まった。

 

そして、顔を上げた。

 

「あ………の………」

 

「ん、僕?」

 

ささっとまた顔が下がった。視線は僕の足元に固定されている。目が少し泳いでいたので、怯えているのかもしれない。見ているだけで暗い印象を感じさせるこの少女だが、顔は整っている方だと思われる。あるいは、美少女の域に入るのではなかろうか。

 

ミラとは異なる造形だ。綺麗というよりは、可愛いと表現した方が正しいか。セミロングで髪は金色。だけど、見た目の性格のような抑えた金の色である。年は10かそこらだろう。顔もそうだけど、雰囲気からも幼さが見て取れる。

 

しかし、どこかで見たような――――と考えた所で思い当たる絵があった。

 

果樹園で治療している最中、遠目に彼女の姿を見ていた。村人とは離れた位置にいて、だけど心配そうに怪我をした人の様子を伺っていた。特徴的な紫の色の服も、あの時の姿そのままだ。胸に抱いている人形も同じである。不気味なデザインの人形だけど、余程大切なものなのだろう。

 

まるで人間を相手にするような力で、優しく抱きしめている。抱かれている人形は、眼を閉じたままだけど………ん、閉じて?

 

なにやら違和感があるが、取り敢えずはその違和感を無視し、僕は少女に話しかけた。

 

「えっと、何か用かな」

 

取りあえずは営業スマイルで牽制する。なんていうか、この少女からは威圧感を感じるのだ。はっきりとしたそれではないけど。そう聞くと、少女は視線を左右に逸らしはじめる。焦っているのか、慌てているのか、それとも戸惑っているのか。混乱した様子を見せている。何にせよ大人しい子だ。

 

今までが今までのせいか、異世界人を相手にしているような感じを覚える。珍獣というか、触れれば壊れるプリンのような。ともかく、相手にしずらい。

 

どうしたものか。そう思っていると―――――――いきなり、爆弾が来た。

 

正面。抱かれている人形が、いきなり眼を開けて――――!?

 

 

「や! こんにちわぁァ!!」

 

 

「へあっ!?」

 

 

全くの予想外、かつ不気味な外見とその口に驚いた僕は瞬間的に間抜けな声を上げ、咄嗟にその場から飛び退ってしまい――――

 

「あ………!」

 

少女が焦った顔をする。うん、それもそうだろう。なんせ、今の僕の足元には、足場というものが存在しないのだから。

 

 

「あああああぁぁぁぁぁァァ」

 

 

 

僕は間抜けな声を出しながら、高台から真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!」

 

急いで宿に戻るなり、ミラとアルヴィンに向けて叫ぶ。悪魔のような魔物が現れたのだ、と。あれは危険すぎる、一刻も早くここから逃げなければならないだろう。さっき高い所から落ちたせいか、着地した足がしびれているが、そんなことを気にしている場合じゃない。

 

あれは天狗じゃ。この美しい黄昏の世界を侵略しようとする悪鬼羅刹、すなわち天狗が現れおった!

 

でも返答は切なかった。

 

「あー………えっと、ジュード? もう朝か? 朝ごはんはデザートとやらに、ナップルが欲しいぞ」

 

寝ぼけているミラ。寝癖が激しいってレベルじゃない。その姿を見たら、なんて言うか空気が一気にしぼんだ。

 

「ってミラ、よだれが! 一端起きろって! いくらなんでもそれはまずい! あと、少年は取り敢えずそこに座れ!」

 

落ち着かせようと声をかけてくるアルヴィン。こっちは大人の余裕を感じました。で、僕は深呼吸をしながら気を落ち着かせると、見たものを二人に説明した。

 

「ぬいぐるみ………それは食べられるのか?」

 

「よし分かった。いいからミラは寝ててくれ」

 

精霊の主は昼の戦闘がきつかったせいか、役に立たない。精霊の主の後に(笑)がつきそうなお人は、ひとまず寝ててもらおう。一向に話が進まん。

 

「で、それはマジもんか少年」

 

「ああ。可愛い顔してあの娘、やってくれるもんだね。まさか大人しい外見を囮にするとは………」

 

また一つ、女性の恐ろしさを学んだ僕であった。弛緩させた上でそこを突く。見事な奇襲だった。

それから対策案などを話していると、ふと背後に気配が。

 

「あの………」

 

声がして。振り返れば、奴がいた。具体的には、先ほどの金髪の美少女が入り口の所に立っている。

 

「お前は、天狗の!?」

 

「………天狗、ですか?」

 

「落ち着けって少年………どうみても悪い娘じゃなさそうだぞ」

 

カオスになりそうな場は、アルヴィンの一言でひとまずの沈静化をみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、それはただの喋るぬいぐるみだと?」

 

「そうそう! いきなり驚いて失礼しちゃうな~」

 

「黙れこの謎生物Xが。というかぬいぐるみが言語を解するかこの雌雄同体。ってか、性別という概念があるかどうかも怪しいわ」

 

取り敢えず説明してくれたが、この物体はなんなのだろうか。害する意図がないのは分かるが、こうも正体不明ではこちらが不安になってくる。さきほどは緊張していたせいで声が上ずってしまったと言うが、そんなこと誰が信じるか。でも、実際の所は判別がつかないでいる。見れば見るほどわからない。いったい、この目の前の物体は何科の何類に該当するのだろう。生物学的にもおかしいとこだらけだ。

 

いや、生物じゃないだろう。見た目は人形というか、獣を模したぬいぐるみそのものだし。自律して動いているようにも見える。腹話術じゃないし、宙に浮遊している。うん、見れば見るほど怪しい。でも確かに、悪いモノじゃなさそうだな。

 

「あの………わたし、エリーゼといいます。エリーゼ・ルタス」

 

「僕はティポ。エリーの親友だよ~」

 

なんか自己紹介をしてくる美少女+α。僕はアルヴィンを顔を見合わせる。意外そうな顔をしている。僕も、きっとそういう表情を浮かべているのだろう。まさかここで、礼儀正しく対応されるとは思わなかったからだ。見れば、少女の方は若干身体が震えている。ちょっと騒いだのが怖かったからだろうか。僕はそこまできて、ようやく自分の状態を把握した。この少女を、怖がらせていることも。

 

だから、苦笑しながら自己紹介をすることにした。若干の謝罪も含めて。

 

「僕はジュード。ジュード・マティスだ」

 

「俺はアルヴィンだ。よろしくな、将来が楽しみそうなお嬢さん」

 

「で、こっちで寝ているのがミラ。二つ名は美食に目覚めた女狼」

 

「………否定できんな」

 

アルヴィンの同意を得た後、エリーゼの互いの誤解を解いた。まだ何かを話したがっていたようだが、夜ももう遅いと判断した僕はお開きにしようと提案した。

 

空は相変わらず黄昏で、夜というものを感じさせないが、腹時計から言って時刻はもう夜半過ぎになっている。明日の出発に差し障ると思った僕は、少女エリーゼに帰宅を促した。

 

 

 

 

 

 

 

――そうして、翌日。

 

 

僕は朝食をしている最中、ミラに昨日のことを話した。だが、彼女は全く覚えていないらしい。ナップルの実を食べながら、首をかしげて「そんなことあったか」と言いたそうな顔をしている。まあ、ミラも昨晩はかなり疲れているようだったからな。

 

それから朝食後の食器を洗っている最中だ。ミラが、村の入り口か奥に続く、大きな通りで何をするわけでもなく佇んでいるのが見えた。食器を洗った後通りに出てみると朝から働いている村人の姿があった。

 

ミラは、そんな人達を、眩しそうな顔でじっと見つめている。昨日の駄目っぷりが嘘のようである。威厳あふれる精霊の主。そんな単語が脳裏に浮かぶ。

 

僕は何か、話しかけるのも躊躇われたので、取り敢えずは少し離れた場所に、同じように立った。手に持っているナップルをかじりながら、黙る。

 

(そういえば、なあ)

 

思えば、こうして落ち着いて二人で居るのは初めてのことだ。だから僕はミラに、かねてから確認しておきたかったことを聞いた。色々とあるが、本当に聞きたいことは一つ。

 

研究所にあった、兵器。全ての事態の中核らしきもの。

 

――――黒匣(ジン)と呼ばれるもの。

 

そう、賢者(クルスニク)の槍に使われていたものについてだ。

 

「あれは、人が手にしてはいけないもの。人の手から、離さねばならないものだ」

 

「それは………あの兵器が、危険なものだから?」

 

四大を捕らえうるほどの兵器。マナを吸い取り人を殺す、兵器そのものだ。なるほど、それならば確かにそうだ。どういう原理でできているかは分からないが、あれは人の手にあまる。どんな使い手でも倒せる程のポテンシャルはあるのだろう。だが、ともすれば無差別に多くの人間を殺傷する兵器にもなりうる。

 

だけど、それは剣も同じだろう。槍も。人を殺傷する存在としては、刃物も弓矢も似たようなものだ。あれだけが特別な意味が分からない。わざわざ精霊の主が出張るほどのものなのか。

 

「あれは、特別なものだと?」

 

推測をまじえて、問う。だが、ミラの返答はにべもなかった。今度は突き放すような口調で、答えを返してくる。

 

「君が、その理由を知る必要を感じないな………」

 

「それは、言えないってこと?」

 

問いながらも、わかっていた。なんというか、崩せない壁のようなものを感じる。ここだけは退けない、というような。確かに、あれが危険なものだというのは分かる。なにせ兵器だ。明記も明示もされていないが、あれを平和利用するなどありえないことだろう。兵器は兵器以外の存在には成り得ないからだ。その名を冠されたものは、全て等しく、何かを傷付けるために存在する。

 

だから壊すのだと、そう言えばいい。

なのに、言えない。言わないのか、言えないのか。

 

「いや………刃物と同じようなものだ。それだけではない。あれは、存在してはいけないもの。理由は関係ない、壊さなければいけない、使ってはいけないものなんだ」

 

「つまり、理由は教えられないと」

 

「赤子が刃物を手にしていたらどうする? 説明する前に、まず取り上げるだろう。そういうことだ」

 

ミラにしては珍しく、歯切れの悪い言葉。少しだが………言葉を選んでいるような。本当は、一言でばっさりと切り捨てたいのだろう。黒匣(ジン)とやらに対して、目に見えるほどの嫌悪感を持っている。

 

だから、分かった。ミラがなにかを誤魔化そうとしている事を。

 

「赤子、ね。まあ、精霊様から見たら、そういうものなのかな………それでも僕だったら説明して欲しい。赤子と子供の違いもある」

 

報せられない、ということはそれだけで痛い。倫理も知識も分からない赤子とは違う、何が痛いかを知ることができる人間であれば。

 

「それに子供だからといって、頭ごなしに言われる覚えはないよ」

 

子供も、必死に考えているのだ。一人前の大人と比べれば幼く、稚拙かもしれないが何も考えていないはずがない。明確な一個の存在としてここに在る。だから、一方的に頭を抑えつけられる覚えはない。そう告げると、ミラは困ったような表情を見せた。

 

「そういう意味で言ったのではないのだが………」

 

眼を閉じて、考えている。そうして、数秒はそのまま黙っていただろうか。その後、やはり眼を閉じながらミラは言う。

 

「上手くは言えない。だが、あれは絶対に壊すべきものなのだ。そのために、私は存在している…………」

 

ゆっくりと、確認するかのように、抱きしめるように。

 

「それこそが、何よりも大切な?」

 

「ああ―――私の、使命だ」

 

告げながら、向けられた視線の先。そこには、平和に暮らしている村人の姿があった。

 

「使命、ね………ん?」

 

そうして、感慨にふけっていた時。平和なはずの村人の顔が、緊張するものに変わった。何があったのかは、一目瞭然だった。村人達の視線が集中する先は、村の入り口。

 

そこには、ラ・シュガルの正規兵が居た。

 

「正気かよ………!」

 

ここはア・ジュール国内だ。いわば敵国。国境の先に、しかもこんなに早くやってくるとは。用心はしていたが、本当にこんな所まで兵を向かわせるとは思っていなかった。この兵は、僕達を追ってきたのだろうか。わからないが、聞いて確認するわけにもいかない。

「見つかる前に村を出ようか。キジル海瀑は村の奥、西に抜ける間道の先にあるから」

 

「………分かった」

 

見つかれば、ここは戦場になる。巻き込めば後々面倒くさいことになるだろう。

そう判断した僕達は、そのままアルヴィンを連れて村を出ようとする。

 

だが、村の奥にある海瀑へと続く街道の前には、すでにラ・シュガル兵が配置されていた。山の横からか、あるいは街道の横からか、先回りされていたようだ。

 

「どうする………?」

 

「正面から殴り倒していくか………いや、村に迷惑がかかるか」

 

至極まっとうなアルヴィンの意見。それを聞きながらも僕は強行突破を考えていた。補足される前に、顔を見られないままぶち倒すのが最善だと。だけど、後ろから聞こえた声に、思考を中断させられた。

 

「あの………なにしてるんですか?」

 

「あ、エリーゼ」

 

見れば、いつの間にやら昨日の少女がいた。

 

「ふむ………邪魔な兵士をどうしようか、考えていたのだが」

 

直球なミラの意見。聞いて、僕は思いついた。

 

「そうだ謎の物体。いっそのこと、あの兵士を食べてくれないかな」

 

「りょーかい~!」

 

「喋った!? って、食べる!?」

 

ミラが驚いている。だけど、昨日の僕ほどには取り乱していない。そんな僕達をおいて、ティポと名乗る遊星からの物体Xは兵士に突入。なんかの儀式のように、兵士たちの周囲をグルグルと回りだした。その兵士二人と言えば、恐怖のあまり頭を抱えて震えている。

「やるじゃねえか………」

 

親指をぐっと上げる。隣の二人は若干顔をひきつらせているが、これをチャンスと思いねえ。このまま突入しようと、顔を見合わせる。だけど、また声により行動は遮られた。

 

「ここで何をしておる」

 

僕達の背後。そこには、いつの間にだろうか、巨体が立っていた。一言で表せば、ジャイアントおっさん。ヒゲはもじゃもじゃ。衣装はどこかの部族のものだろうか、特徴のある柄をしている。というか、とにかくなにもかもスケールが違う。上にも横にもでかすぎるし、持っている武器もでかい。

 

「これ、娘っ子。小屋を出てはならんと言うに」

 

「っ………」

 

言われたエリーゼは、少し顔を逸らしたまま口を閉ざす。それもそうだろう。このおっさん、ただのおっさんじゃない。体格もあるが、それ以上に――――

 

(マナの気勢が厚い。それに、気配も鋭い)

 

身体にビリビリと来る程とは。両方を兼ね揃えている、という人とはあまり出会ったことはない。それこそ師匠か、店長といったハイレベルな武闘家以外では。そして実際に、おっさんは強かった。

 

道を塞いでいる兵士を見るや、「ラ・シュガルもんめ、勝手な真似を」と言った後だ。近寄るやいなや、手に持っているハンマーでぶっ倒した。頭をかじられていた兵士は為す術もなく吹っ飛ばされ、壁にたたきつけられた後、地面に倒れる。

 

「………あの二人、ついてなかったな」

 

アルヴィンが言うが、全くその通りである。正体不明のぬいぐるみに襲われてホラー。視界を防がれた後、怪力のバイオレンスである。それなんてスプラッタ。いや、兵士さんは死んでないみたいだけど。

 

「ともかく、助かった…………?」

 

ぬいぐるみ攻撃の礼を言おうとする。だが、エリーゼはすでにそこにはいなかった。

見えたのは、小屋へと走り去る小さな背中だけ。

 

「礼は………いいか、帰りにしよう」

 

槍を壊すなら、ニ・アケリアの帰りに寄ることになる。その時でいいかと、アルヴィンとミラに視線を向ける。

 

「分かった、行こうか」

 

「留まるのもまずいしな」

 

 

 

二人の同意を得て、僕達はまた出発を開始した。

 

 

 

 


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