Word of “X”   作:◯岳◯

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12話 : キジル海瀑にて

 

ハ・ミルを脱出して、5時間ほどが経過しただろうか。ガリー間道を進み続け、昼を少し過ぎた頃になってようやく僕達は間道の終わりまで辿りついた。

 

もう少し進めばキジル海瀑。

そこを越えれば精霊の里とも呼ばれる村、ニ・アケリアがあるらしい。

 

「でも、今日はひとまずここでストップね。野宿して、早朝に出発しよう」

 

「ああ、そうした方が賢明か」

 

「何………?」

 

アルヴィンは分かってくれたが、ミラの方は何故このまま行かないのか、と言いたそうな顔をしている。いや、そりゃ無理ってもんでしょ。

 

「突っ切るとしても、距離も道も分からないから。どれだけ時間がかかるか、全く分からないのはまずい」

 

それに、海のように水が大量にある所に強行軍するのは避けたい。そこに徘徊している魔物の強さも分からないし、迂闊に進むのは危険だ。せめてどのくらいの距離かがわかれば、あるいは魔物の強さが分かれば。どちらかの情報を得られていれば、このまま進んだかもしれない。だけど、ミラ曰くの"シルフで何時間か~"とかいうはっきりとしない情報を頼りに進むのは危険すぎると判断した方がいい。

 

夜になれば足場も見えなくなる。滑って転んで水の中に落ちるのは本当に危険なのだ。

 

「特にミラが危険だし」

 

「何故だ?」

 

「いや、ミラ泳げないでしょ」

 

「………おお!」

 

忘れていた、という風に驚いている。どうやら前に進むことしか考えていなかったらしい。それは大変結構なのだが、彼女を抱えて陸まで運ぶ作業はもう二度とごめんである。あの時はぶっちゃけ溺死するかと思ったし。

 

「しかし………どうしても無理なのか?」

 

「やれるといえばやれる。けど、命賭けになるから」

 

一日待つだけで、ほぼ安全に進めるのならばそうした方が良い。それに、だ。

 

「取り返しのつかない怪我でもすれば、そこで終わりになる」

 

「………そうなれば、あの槍を壊す者がいなくなるか」

 

言いたいことを分かってくれた、が少し渋い顔だ。

 

「あー、濡れている岩場は滑りやすいしなあ。いくらマナで防護していると言っても、岩場でこけると危ないぜ?」

 

アルヴィンのフォローの言葉に頷きを返す。それに、油断したまま浅瀬に落ちたとしよう。そのまま気絶でもしたら、死ぬことも十分にありえる。と、いう風に、アルヴィンと一緒にまだまだ納得いかないような顔をしているミラ姫へ、説明を繰り返していく。

 

そして苦節10分の説得の後、彼女は、ようやく納得してくれた。渋々という顔でミラが間道の方へと振り返った。まあ、シルフで移動する時の速度を自覚していない、ってのも強行できない理由になっているからな。

今度はちゃんと距離を把握しておきましょう。そのちょっとふてくされてる顔は、何かスゴイ可愛いから良いんだけど。

 

それから僕達は休める所を探した。魔物が襲ってこないような、高台が最適だ。こういうものは探せば見つかるもの。そして、探さなくても見つかる場合がある。代表的な例で言えば、近くの場所に別の冒険者や傭兵がいる時だ。一足先にここらにやってきていて、同じように休む場所を探している時。

 

――――例えばそう、右斜め前にある高台の上にあるような。

 

「ってあそこじゃん」

 

見あげれば、煙が上がっている場所があった。煙の色は白、漂ってくる匂いは肉が焼けるそれだ。間違い無いだろうから、と登ってみたら思った通り。そこには、傭兵と行商人の一行がいた。

あちらからも僕達の姿は見えていたようで、登ってきた僕達を迎えるように近づいてくる。

 

「よう。お前らは………盗賊って様子じゃないな。傭兵だけにも見えんが、旅人って所か?」

 

「そんなところです。僕とこっちの男は傭兵ですね。彼女に雇われたんですよ」

 

後ろにいるアルヴィンとミラを指す。

 

「へえ~………」

 

傭兵らしき男が僕達を見る。って、特にミラの方を見ている。全身を舐め回すような視線だ。しかし対するミラは全く動じていない。腰に手を当て、何を見ているんだというように見返すだけで気にもしていない。

 

だけど僕がムカツイた。男として気持ちが分かるが、なんかムカつく。

 

「っとお、怖い怖い。そう睨むなって。こっち来なよ。困った時はお互い様ってな」

 

傭兵の男が笑う。そこまで悪辣な傭兵じゃないようだ。で、連れられた先には、行商人の一行と傭兵達がいた。傭兵の7人は、団を組んでいるらしい。行商人は3人だろうか。荷物と立ち方から見るに、たぶんそうだ。しかし、傭兵の方はあれだな。言えた台詞じゃないが、眼つきが良くない。得にミラを見る眼が。傭兵の一人。恐らくはリーダ格であろう、整った顔に高い鼻を持つ色男が、ミラを眺めながら何事かほざいた。

 

「へえ~………上玉じゃん。初めて見たよ。あらかたの美人は知り尽くしたつもりだったけどなぁ」

 

先ほどと同じ、舐め回すような視線。特に胸のあたりに視線が集中している。対するミラは、腰に手を当てながら何でもない顔をしている。それを見た傭兵は、「度胸もあるじゃん」と口笛を吹いた。

 

「護衛が必要ってんならよ。そんな貧弱そうな奴らより、俺らを雇わねえ?」

 

「いや、断る」

 

ずっぱりと。まるで刃物のような口調で、ミラは告げた。

 

「お前たちと居ると、敵とは別に自分の身を守る必要が出てきそうなのでな。それに、今は別の雇い主が居るのだろう。私は不義理を働くような傭兵を雇いたいとは思わない」

 

「はっ、そりゃごもっともだな」

 

傭兵のリーダー格は、まいったと額を叩く。器はでかいようだ。統率もとれているらしい。まあ、喧嘩にならなくて良かったよ。負けるとは思わないけど、後々厄介なことになりそうだからな。

 

で、僕達は休憩する場所を確保した後、行商人の一行と情報を交換しあった。こちらから出す情報は、彼らがこれから戻るであろう、ハ・ミルのこと。

 

「なんだって、ラ・シュガルの兵がハ・ミルに? ………とうとう国境を越えてきたのか、ラ・シュガル側は」

 

とうとう、という言葉。引っかかりを感じて聞いてみると、行商人は「嫌な情報だがな」と、顔をしかめた。

 

「ここ数年の動きだけどな。ラシュガル軍部の中で、どうにもきな臭い動きをしている一派がいるらしい。ア・ジュールもそれに対応して、新たな研究を進めているってよ」

 

確定情報ではないがな、と。噂と同じような確度らしいが、一応気にしておく必要があるだろう。あの研究所の件もある。あの巨大な槍は、どう考えても対軍用。戦争に使われる類のものだったし。

 

「お前はどう見る? 俺はア・ジュールの方が有利だと考えているがな」

 

「思う、ではなくて考えるか。何か情報でも掴んだか? 20年前の開戦では、ラ・シュガルの方が優勢だったらしいが」

 

アルヴィンの問いには、傭兵のリーダーが答えた。

 

「王の差さ。ラ・シュガルのナハティガル王も、兄王を蹴落として王位についた傑物だが………ガイアス王はそれ以上の化物だぜ?」

 

「へえ、妙に具体的だな。アンタ、もしかしてガイアス王を実際に見たことあるのか?」

 

「ああ、両方の王にな。どちらも傑物だったが――――」

 

思い出した男の顔が、やや引き攣っている。

 

「ガイアス王は………あのお方は人間じゃねえぞ。あの、あの刀の前に立ちふさがるならファイザバード沼野を一昼夜越えする方が万倍マシってもんだ」

 

少し震えていたリーダーの顔色が、更に悪くなっていく。他の団員達も同じ意見のようで、全員が頷いていた。って、比べる対象が突き抜けている。あの沼を一日で越えようとか、自殺と変わりない。

 

一介の傭兵と言えど、実際に戦っていない相手にここまで言わせるとは。ガイアス王とは、一体どんな王なんだろうか。

 

「ああ、そういえば20年前の………ガイアス王はまだ12才だったって話だが。それでも会戦でかなりの活躍をした、って聞いたぜ?」

 

「半端ねえな、おい」

 

アルヴィンが呆れ顔だ。僕も同意する。いや、12才てあのエリーゼと同じぐらいの年じゃないか。それで、猛者渦巻く決戦の鉄火場で無双してたって?

 

「一体どんな化物だよ」

 

僕の言葉は皆も同感だったか、勢い良く頷いていた。そこからは、2、3くだらない話をするだけ。目新しい情報もなかったので、休むことにした。

 

 

 

 

―――そして、翌日。まだ薄暗い時に、僕達は出発した。行商人達には、昨日の内に出発する時刻を告げていたので問題ない。キジル海瀑に到着したぐらいで、普通の朝になった。

 

「おお、綺麗だな」

 

砂の平原が広がっている。その奥には海のように拾い湖が。そのまた奥には、見上げるほどの大きさの崖があり、上からは水が流れ出している。歩ける場所は、砂浜か、岩場の上か。魔物も居るようだ。

 

「見蕩れてないで、さっさと行くか」

 

「うん、夕方までには突っ切りたいしね」

 

「確かに、夜のここは歩きたくないな」

 

確認しあい、隊列を組んで先に進んでいく。だが幸いにして、このキジル海瀑に出現する敵の強さはそれほどでもなかった。砂場や濡れた岩場など、格闘術を使う僕にとってはかなり辛いフィールドになるが、それでも問題なくすすめるぐらいだ。

 

お荷物になるかと思ったミラも、かなり成長している。だんだんと剣筋が冴え渡っていくのが、目に見えて分かるぐらい。だけど、リリアルオーブのリンクはミラとつないだままにしている。成長して、守る必要が無いとはいえ、万が一ということもある。

 

出現する敵も、その全ては把握できなていない。今までの街道とは違う、未知の場所ということもあるので、今回は慎重に行くと昨日の内に決めたのだ。そうして、慎重に。うまく連携しながら、敵を順繰りに打倒していく。

 

「っとお、また団体さんが来たぜ!」

 

「僕は援護を!」

 

「私は左だな―――はっ!」

 

気合と同時に振り下ろされたミラの剣が、魔物に突き刺さる。しかし、また致命傷ではないようだ。そこに、ミラは追い打ちをかけた。

 

「ファイアーボール!」

 

火球が怯んでいる敵に直撃。まともに食らった敵が、たまらずに吹き飛んだ。

 

そのまま、マナへと分解されていく。

 

「おっとぉ、こっちを忘れてもらっちゃ困るぜ!」

 

アルヴィンの武器―――機構銃というらしい。火の精霊術を応用したというらしいそれが、文字通りに火を吹き、弾丸が瞬く間に突き刺さった。攻撃を受けた亀がひるむ。そこに、大剣の一撃が決まった。しかし、横合いから別の敵がアルヴィンに襲いかかる。なるほど大剣を振るった後、アルヴィンの身体は隙だらけに見えたが――――

 

「油断大敵、っとぉ!」

 

それは誘いだった。不用意に近づいた魔物が、アルヴィンのガンで迎撃される。

 

(なるほど、ああいう使い方もできるのか)

 

小回りのきくガンは、あくまで牽制用というわけだ。相手の体勢を崩したり、今のように大剣攻撃の隙を埋めるための武器。大したものだ。一人で戦っても生き残れる装備だろう。

 

(こっちも負けていられない)

 

拳打も蹴撃も足場が命。いくらマナで強化しているとは言え、体重が乗っていない拳や蹴りなど気の抜けたソーダと同じだ。でも、僕が使える技はそれだけじゃない。師匠から教えを受けたのは、護身を元とする格闘術。

 

環境がどうであれ生き延びるという、生存術にも似た武術なのだ。そして譲れないものを守る時、窮地においても真価を発揮する技。

 

しかし、この程度の苦境など飽きるぐらいに繰り返した。足場は良いとはいえないが、この程度の地面なら問題はない、何度か経験したことがあるぐらいだ。

 

まずは、ミラへの魔神拳での援護の間隙を縫って。

 

僕の方に近づいてきた魔物に、してやったりの笑みを返し、

 

「行くっ!!」

 

カニ型の魔物を足で掬い上げ、宙に浮かんでいる足を掴んだ。そして、ふりまわして岩場に叩きつけると同時に。

 

「砕けろっ!」

 

「ガアッ!!」

 

拳を叩き込まれた魔物が消えていく。だが、すぐさま背後からまた別の魔物が襲いかかってきた。

僕は咄嗟に前へと飛び、岩場を足場にして跳躍、敵の攻撃を回避しながら、攻撃の体勢に入る。

 

「飛天翔駆!」

 

脳天へ双足蹴りを叩き込まれた魔物が、声もなく絶命する。それを足場に、更に飛び上がり、また別の魔物へと蹴りを叩きこむ。

 

「おー、やるねえ少年!」

 

「ずいぶんと身軽だな!」

 

ミラとアルヴィンの声が聞こえる。どうやら、二人とも周辺に居る魔物を倒し終わったようだ。僕達はそんな調子で次々に襲い来る魔物達をたいらげながら、キジル海瀑を進んでいった。

 

ミラも、街道で戦っていた頃よりは、幾分かマシになっている。剣も、そして精霊術の使い所も上達しているのだ。近距離から遠距離まで、間合いを選ばない戦い方ができている。

 

それでも慣れない戦い方や、経験をしたことがない徒歩での旅に疲れを感じているだろう。なのに、愚痴の一つもこぼさないとは大したものだ。途中、妙な形の岩がたくさんある所があり、そこはちょっと進むのに骨がおれたが。ミラは望むところだとばかりに登っていく。

 

………ちょっとパンツが見えかけてドキリとしたのは秘密だが。

 

「ふむ、この岩は………精霊の影響を受けているな。精霊たちが集まっているのか」

 

なんでも、精霊たちが集まる場所には、こうした岩が多いらしい。ニ・アケリアの近くにある、精霊が集まる山とやらに似ているそうだ。

 

「つまりは、この先が?」

 

「ニ・アケリアで間違いなさそうだな」

 

少し疲れた顔をしていたミラの顔が、明るいものにかわる。故郷に帰られる事が、嬉しいのだろう。そのまま少しすると、また開けた場所に出た。大きな湖面があり、その中央を岩の足場が通っている。安定した足場だ。敵もいないので、ちょっと気晴らしにと雑談をしてみた。

 

「もうすぐミラの故郷か。精霊の里、って言うけど、いいところなの?」

 

「うむ、私は気に入っている。瞑想すると力が研ぎ澄まされる気がする。落ち着ける所だ」

 

「へえ~」

 

アルヴィンが感心したように頷いている。それより、座禅を組むとミニスカがいけない感じになるなーとか、そんな事を考えてしまう僕は駄目なのだろうか。

 

「ふむ、何やらまた不愉快な空気が………」

 

「ちょっと休憩しようか! 座ろうよ、うん! 硬い岩場歩いたせいか足も痛いし、疲れたままだと危ないしね!」

 

誤魔化しの言葉だが、二人も疲労がたまっていたのだろう。

 

頷き、提案に乗ってくれると足を止めた。

 

 

 

 

「いや~少年も少年っぽい所残ってるんだな」

 

「失礼な。どこからどう見ても普通の少年だよ、僕は」

 

「そう振舞いたいだけなのかも………っと、怖い顔で睨むなよ」

 

まあ、そっちの方が素に見えるがね。アルヴィンはそう言いながら、意味深な笑顔を向けてくる。

 

「何が言いたい?」

 

それにイラッときた僕は、思わず口調を取り繕うのをやめてしまう。

だがアルヴィンは予想通りだと、また笑みを深くする。

 

「やっぱり猫かぶってたか。なにか、違和感があると思ってたぜ」

 

「で、猫剥ぎとれて満足か?」

 

何が目的か。身構える僕に、アルヴィンはいや、と肩をすくめる。

 

「猫かぶったままなんて寂しいじゃねーか。俺だってお前とは仲良くしておきたいんだぜ?」

 

「よく言うよ。それならその全身から漂う胡散臭さをどうにかしてくれ」

 

「ははっ、素のお前さんは顔と違って辛辣だな。眼つきも悪い」

 

「よく言われる。そっちも同じような事言われてるんだろう。胡散臭くて信用しづらいってな」

 

嫌味を返すが、どうにもアルヴィンは動じない。一体なにがしたいというのか。

訝しる僕に、アルヴィンは「話は変わるが」と前置いて、言った。

 

「今日、動き良くなかったな。もしかしてハ・ミルのこと気にしてんのか?」

 

「………いや、気にしてはいない」

 

村人でどうにかできるだろう。怪力かつ手練なあのおっさんがい居るならば。むしろ一人でどうにかなるレベルだと言ってもいい。

 

「本格的な追跡部隊が編成されるには、まだ時間がかかる。あれは僕達を追うための兵じゃないと思うけど?」

 

「それには同意だな。で、別に懸念すべき事項はないと?」

 

「ああ………いや、エリーゼという少女な。たすけてくれたし、一言だけ礼を言わんと」

 

どうにも、寂しそうな。別れてからだけど、そんな印象を抱かせる少女だった。謎生物は不気味だけど、まあよくよく見れば面白い存在だ。それにしても、何故あんな所に一人でいたのか。もしかして、友達がいないのだろうか。

 

(かつての僕と一緒で、と………いや、そうかもな)

 

そこまで考えて、なんとなく分かった。話しかけてきた理由も、あの後僕を追ってきた理由も。

 

「………話し相手が欲しかったのかもな」

 

僕と一緒で。あの人形のせいか、妙な威圧感のせいか。エリーゼは、あの村の中での居場所を持っていないのかもしれない。だから、村の外の人間である僕達の手助けをしたのかもしれない。

 

一言、お礼の言葉を聞きたくて。もしかしたら、会話だけでもしたくて。

 

「どうした、なんだ藪から棒に。それに、何か………変な顔だぞ」

 

「ほっとけ。こっちの話だから」

 

初日のは、話し相手が欲しかったのかもしれない。すぐに追いかけてきたし、妙に追いつかれるのが早かったし。それだけ必死だったのかもしれない。でも、あれ、ちょっと。

 

(梯子で降りたにしちゃあ、追いつかれるのが早すぎたような)

 

もしかしてあの高さから、飛び降りたとか。いや、見た目あの華奢な身体で着地の衝撃に耐えるなら、どれだけのマナ補強が必要になることやら見当もつかない。まあ、それも今度お礼を言う時に確認すればいいか。お礼を言うのは確定だし。もしあの場で強行突破してたら、ラ・シュガル側に僕達の居場所がばれていたかもしれないし。

 

「まあ、何にしてももうすぐ到着だ。このまま何も無ければ―――――って」

 

あっちで休んでいるはずの、ミラの声が聞こえた。それは、何か苦しさを感じさせるような声で。僕はアルヴィンを顔を見合わせると、そっと近づいていった。

 

で、岩場の向こうにまでたどり着くと、予想外の光景が広がっていた。

建物の2階ほどの高さがある岩場の上。そこに、ミラに勝るとも劣らないナイスバディなお姉さまが立っていた。およそ女性として理想的であろうラインを描いている尻に、動物な尻尾のようなものがついている。服も大胆だ。太もも、そして胸元から下腹までに肌を隠すものはほとんどない。申し訳程度に、網のような布で覆っているだけ。

顔も、美人の一言だ。冷たい感じを抱かせるが、メガネをかけているその顔は、ミラとはまた違うタイプだけど、はっきりと美女だと言える。

 

そんな、見た目痴女な格好をしている美女が、大きな本を片手に。見たこともない精霊術のようなものでミラの身体を拘束したまま、その身体をまさぐっている。

 

端的に言って桃源郷だった。小声でちょっとアルヴィンと話し合う。

 

『エロス………そう、エロスを感じるね』

 

『あいつは………いや、そうだなエロスだな。ってなんだ、お楽しみの最中か? 何にしても眼福だな』

 

『いや、違うでしょどう見ても。超眼福なのは同感だけど………くそ、この距離じゃ何話しているのか分かんねーな』

 

アルヴィンの言葉にひっかかるものを感じたが、スルーする。と、何やらミラの胸の中から、円盤状の、カップの下に敷くコースターのようなものが出てきた。

 

『え、なにあれ。マイ・カップならぬマイ・コースター? 僕のいない間にハ・ミルで買ったとか……いやここは逆をついて、むしろ投げて遊ぶ的な?』

 

『それは無いだろうな』

 

『じゃあ何だよ』

 

『いや、こんな遠くから分かるかよ。お前どんな視力してんだよ』

 

『ちっ、アルヴィンって使えねー男なー』

 

『………お前さん、素だとホントきついし嫌な性格してんのな』

 

『胡散臭いアルヴィンよりはマシだよ。でも――――』

 

ともあれ、ミラを助けなければいけない。

 

岩場の裏から回り込み、二人同時の奇襲をしようと考えた。

 

――――が、遅かったようだ。

 

「出てきなさいよ」

 

僕達が覗いていること、もう悟られていたようだ。というより、僕達が居ることを見越しての奇襲だろうしね。ミラを人質に取られているも等しい状況だから、このまま隠れているという選択肢は有り得ない。取り敢えずは言うとおりにすることにした。

 

すると、美女がアルヴィンの方に視線を向ける。

 

「………あら、今度はこの娘にご執心なのかしら?」

 

「放してくれよ。どんな用かは知らないが、彼女、俺の大事な雇用主(ひと)なんだ」

 

「――――近づかないで。どうなるか、わからないわよ」

 

えっと、アルヴィンの方もあの痴女を知っているようだったけど、この雰囲気は何か。もしかして、元カノか何か? これって痴話喧嘩?

 

目の前のワイルドえろえろねーちゃんってば、アルヴィンの言葉がむかついたのか、かなり怒ってるように見えるんだけど。

 

ともあれ、ここはどうするべきか。

 

彼我の距離間は20歩程度と見た。一足飛びでは詰められない遠間な上、相手には高所の利がある。

隙をついて奇襲するには、ワンステップ足りない。賭けにもならない、勝ちの目は出ないだろう。

 

(アルヴィンの銃なら………いや)

 

確認できないが、もし彼女が知り合いというなら、アルヴィンの武器も知られている可能性が高い。もしかすれば、ミラを盾にされるかもしれない。だからまず、ミラに向いている注意を逸らすか、彼女を拘束している術をどうにかするべきなのだが。

 

(だけど現状、僕とアルヴィンだけじゃあ無理)

 

打開策の材料には、足りない。ならば、簡単だ。

 

声には出さず、頭の中で師匠の言葉を反芻する。戦うと決めた場所で、生き残りたいと決めたのならば、と教えられたことがある。目の前のことだけにこだわるな、解法は一つではないと。自分で足りないのならば、それ以外―――例えば周辺の環境も味方になる場合もあると。

 

僕は師匠の教えに従い、他に使えるものを探した。そして幸運なことに、"それ"はすぐに見つかった。それを軸とした、簡単な作戦も思い浮かんだ。

 

複雑でも綿密ではない、単純で大雑把な作戦だけどそれだけに修正は効く。数秒でそれをまとめるた後、小声でアルヴィンに話しかけた。

 

『アルヴィン、そのまま聞いてくれ………右上にあるあの大岩、それで撃てるか?』

 

視線は向けずに、答えを待つ。アルヴィンはすぐに答えた。

 

『この距離なら、まず外さねえよ。で、何か策があるようだがタイミングはどうする?』

 

『一射目はすぐに。で、合図するからその時にニ射目を。彼女の足元にある岩場を撃ってくれ』

 

『―――了解!』

 

これ以上話しあっている時間もない。まずアルヴィンが、ゆっくりとガンを構える。

 

「………あら、可哀想。この娘は見殺し?」

 

ガンを見据えながらも、少し動揺した後。アルヴィンは気を取り直すように挑発してきた痴女を無視し、目標を右斜め前に変えた。女は油断しているようだ。しかし、この武器をみて動揺もないということは、アルヴィンについてはある程度は知られているということか。

 

それが、この場では上手く作用する。もしガンを知らないものとして捉えていたのなら、敵の警戒は深まっていただろうから。

 

そして、アルヴィンが見据える先には、崖に張り付いている岩で。引き金が引かれると同時、数発の弾丸が岩に直撃した。

 

直後に、"それは起きた"。

 

衝撃を受けた大岩。

―――その横から突如、大きな足が生えたのだ。

 

「なっ?!」

 

 

痴女が驚きの声を上げたが、無理もないだろう。なにせ、岩だと思っていたものから足が生えて、突然動き出すのだから。しかし、予想通りだった。マナを注視すれば分かる。あの大岩は、巨大な魔物が擬態していたもの。

 

前に文献で読んだことがある、突然変異種の大型魔物だったのだ。生態は分からないので何故あの場所でじっとしていたのかは不明だが、恐らくは眠っていたのか、ただ動くのが面倒くさかったのか。

 

だが、撃たれたショックはかなり堪えたのだろう。覚醒し、何やら物騒なマナを出し始めている。

 

「今!」

 

そして合図と同時、僕は走りだした。合図を受けたアルヴィンが撃つ。弾は彼女の足場となっている岩に命中し、敵の女はそれに驚いた。集中が乱れたせいか、ミラを拘束していた術が解かれ、宙に身体を縫いとめられていたミラが、そのまま下の地面へと落ちる。

 

「ミラ、こっち!」

 

着地するミラの手を引きながら、即座にその場を離脱する。そして、間一髪。

先ほどまで立っていた場所を、魔物の巨大な足が踏みつける

 

軽く、地面が揺れた。

 

その中で僕はミラの手を引きながら、ひとまずアルヴィンが居る所まで退避する。

 

「上手くいったな………っと、そうとも限らねえか!」

 

「ああ、どうやらこっちに来るみたいだぞ!」

 

注視しながらも気配を探るが、あの痴女はいなかった。素早く逃げたのか、あるいは吹き飛ばされたのか。どちらにせよ、目の前の魔物をどうにかするのが先決だ。

 

距離は開いている。この巨体、そして先ほどのような機動力を見るに、注意すべきは突進の一撃。

まずはそれを避けてから懐に………

 

「って、ミラ!?」

 

横目に、ミラの視線が地面へとそれたのが見える。目の前の魔物から、彼女の足元にあったコースターのような、円盤形状のなにかに視線を向けて――――

 

「まえ、あぶな―――」

 

と言いながらも魔物のマナが膨れ上がるのを感じ。僕は、言葉では間に合わないことを悟って。

だから一歩、僕は注意を逸らしたミラの前に踏み出した。

 

予想通りに突進してきた巨体の前に立ちふさがり、そして。

 

 

「っ、ジュード!?」

 

 

巨体の体当たりをまともに受けた僕は、ガードした腕ごと、ボールのように吹き飛ばされた。

 

 

 

 


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