Word of “X”   作:◯岳◯

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13話 : 共鳴術技

 

 

まず感じたのは、気持ちが悪い浮遊感。

 

そして、化物が小さくなっていた、それだけの勢いで飛ばされているのだ。

 

しかし呆けてばかりもいられない。

 

(―――早く、逃げろミラ!)

 

(っ、分かった!)

 

リリアルオーブのリンク越しに忠告、それが上手く伝わったようだ。ミラは、巨大な魔物がいるその場から、即座に飛び退いて距離を取った。どうやら間に合ったのようだ。ガードの瞬間に僕が踏ん張ったからか、魔物は僕と衝突した場所でよろけていた。

 

間に合ったようだ――――と、僕は背中にマナを回して。

 

直後に、岩と衝突した。

 

「ギっ!」

 

背中に衝撃が奔る。一瞬だけ、呼吸が出来なくなるほどに強く。そして数カ所だが、岩にぶつかった場所に裂傷が出来たようだ。地面に落下している最中、血が肌を流れていくのを感じた。

 

「ジュード!」

 

「おい、大丈夫か!」

 

ミラとアルヴィンが叫び声が聞こえる、でも大丈夫だ。両足で着地、その場で踏ん張る。さりとて呼吸が回復しておらず、喋ることは難しい。なので僕は親指を立てることだけをして。ミラには『大丈夫だから前に集中して』とリンクで念を送った。

 

確かに負傷はしたしダメージも受けた、だけどこの程度なんのことがあろうか。せいぜいが打撲といった所だろう、いつかのあの時に比べれば怪我の内にも入らない。

 

―――だから反撃に出ることにする。何より、やられっぱなしでいる僕じゃない。

 

大怪我ではないが、痛いものは痛いのだ。そして、怪我の程度と苛立ちは比例しないもの。あるいは強敵から受けた一撃であればまた違った感想を抱いていただろうが、こいつは弱いのだ。図体がでかいだけで、マナの量も大したことがない。不意の一撃でもこの程度だ、取るに足らない相手である。

 

そして、ある意味でのフラストレーションが溜まっていたせいもあるだろう。先日の傭兵の分も、このクソ魔物にぶつけてやるか。

 

胸の中で、何かが燃え上がってきたことを感じる。

 

そして誓う。丁寧に、丹念に――――拳と蹴りを、骨身に染み渡らせてやることを。

 

「いくぞぁ!!」

 

声は自分への号令。それを出港の汽笛として、僕は魔物へ向けて走りだした。

 

『ミラ、ファイアーボールを!』

 

同時に、ミラに指示を出す。援護を受けながら、まずは一撃を鼻っ柱に叩きこむために。

だが、そう簡単にはいかなかった。

 

「ジュード、右だ!」

 

アルヴィンが叫んだ方向から、巨大な腕の一撃がうなりをあげて襲いかかってきた。

 

しかし、はっきりと見えているのに当たるはずがない。

 

「甘え!」

 

踏ん張り、腰を落とすと同時にマナを振り絞り、拳を横薙ぎに振り抜く。マナで固めた裏拳が、巨腕の一撃を打って落とした。この程度のマナならばマナの密度しだいでどうにかなる、だけど思ったよりリーチが長い。相手の身体に拳が届かないこの距離では、あちらの方が圧倒的に有利なのは明白だ。剣やガンといった中距離武器や、飛び道具。または精霊術があれば別だが、どれも僕には扱えない。

 

いや、魔神拳を撃てば問題ないのだが――――それよりも殴りたいこの気持ちに嘘はつけない。攻撃の威力も、マナを飛ばすだけよりは拳に纏わせる方が大きい。だから距離を詰めなければ。そう思った時、マナの膨らみを感じた。

 

「“業火よ、爆ぜよ”………ファイアーボール!」

 

ミラの声がして、直後に人間の頭ほどの大きさの火球が魔物に飛んでいった。不意をつかれたのか、火球が魔物の正面から直撃する。しかし相手は倒れず、その場で怯むだけだった。四大を失う前より、明らかに威力が小さい。

 

「言ってる場合じゃないか、魔神拳!」

 

ミラの、術後の隙を埋めるように、マナの塊をぶつける。

 

相手が怯み、その間にミラはまた距離を取った。

 

(それにしても、危なっかしい)

 

今の精霊術を撃つ時の間合いもそうだが、見ていて冷や汗がdフェル。失った直後よりは、かなりマシになっているが、それでも間合いの取り方が大胆すぎるのだ。フレアボムにウインドカッター、無詠唱の精霊術を使いながら、なんとか戦えてはいる。

 

だけど、ちょっと相手に近い間合いで戦い過ぎている。あれじゃあ、いつ死角からの不意打ちを食らうか分からない。相手の腕は大きく、その気になれば背後から抱き込んで潰すような攻撃も可能だろう。あるいは、また突進の一撃を受けかねない。

 

(まずは僕に惹きつける。その後、撹乱しながら殴り合うか)

 

ひとまず初撃をぶち込み、こいつに僕を意識させなければならない。その後でなら、ミラを援護しながらでも戦える。守りながらでもこいつを叩き潰せる。アルヴィンは一人でも問題ないだろう、だがどうやって僕を意識させるのか。強烈な一撃を叩きこめるのであれば話が速いが、この状況じゃあそれは難しい。威力を出すのであれば助走してその勢いを活かすのが一番良いが、恐らくは途中で止められるだろう。

 

間合いまでたどり着くのが難しすぎる、絶対に途中で邪魔をされて勢いが殺されるだけで終わる。とはいえ、近寄った上で、腰を落ち着けて拳を叩きこむというのも時間がかかる。

 

ミラは、あ、ちょっと、危ないって。

 

(早く。何か、利用できるものは………って、発見!)

 

視界の端に、アルヴィンが大剣を切り上げているのが見えた。

 

そこで、先日話し合った例の技を思い出した。普通に飛んでも叩き落されるだけだろうが、あの技ならば問題ない。僕はミラとのリンクを切って、アルヴィンのリリアルオーブとリンクすると同時に、叫んだ。

 

「ミラ、今は一端下がって! 僕に注意を向けるから、またファイアーボールを頼む!」

 

「っ、分かった!」

 

リンクを切られた時に、少し動揺したのか。気を取りなおしたという風に答えると、指示の通り、後ろに下がった。

 

『アルヴィン! いくぞ、僕の踏み台になれ!』

 

『いきなり何を――――』

 

共鳴術技(リンク・アーツ)だ! 前に話した! その剣で僕を………」

 

手早く説明。下地はあるので、分かってくれるだろう。

 

「なるほど、そういうことか!」

 

作戦を告げると、アルヴィンはすぐに納得してくれた。

 

「じゃあ牽制の後、行くぞ!」

 

言いながら、アルヴィンはガンで相手を牽制しながら、僕が近づくのを待つ。そして、僕がその範囲内に入ったと同時、大剣を構えた。

 

「ミラ、詠唱準備! 僕が"蹴った"直後に、お願い!」

 

「分かった!」

 

「行くぜ、ジュード!」

 

アルヴィンが大剣を振り上げようとする、その直前に僕はその刃の上に足を乗せ、

 

「いくぞ―――」

 

 

剣が持ち上げられ、そして僕は剣が持ち上がる勢いの任せ、飛んだ。

 

そして魔物の上空に舞い上がり、落下する勢いに渾身のマナの威力を加えて―――

 

「「飛天翔星駆!」」

 

敵モンスターの巨大な背中へ、右足で蹴りを叩き込んだ。

 

『ガアアアアアッ!!』

 

魔物の悲鳴がする。しかし、構うものか。そのまま僕は背中に捕まると、立ち上がる。背中に乗っている僕を、魔物は叩き落とそうとする。

 

だが、それもワンテンポ遅い。

 

「業火よ――――」

 

そう、僕に意識が集中しているのなら。

 

「―――爆ぜろ! ファイアーボール!」

 

ミラの術を止められない。その上、意識の外からの攻撃なので、不意打ちにもなる。そして、狙い違わず、ミラが放った火球が魔物の頭にぶち当たった。

 

火が弱点なのか、あるいは不意をつかれたからか。

 

魔物はたまらないといった感じに、また怯む様子を見せて。

 

(隙あり、だ!)

 

機は我にあり。魔物の背を足場に立ち上がり、腕を交差させる。

そしてマナを練りつつ、拳を力いっぱい振り上げ、

 

「これでも―――」

 

赤くなるほどにマナを、拳の先に集中させて、

 

「喰らえっ!!」

 

渾身の力で振り下ろす。見事に芯まで通ったのだろう、直撃した拳の先から、確かな手応えを感じた。硬化したこの振り下ろしの下段突き、"烈破掌"は本気で打てば岩盤をも打ち砕く。

 

決して誇張ではない。証拠に、魔物が悲痛な叫び声を上げて暴れ始めている。

 

「っとぉ!」

 

流石に乗っていられなくなったので、跳躍し、砂浜へ。

 

詠唱を終えたミラの前に、守るように着地する。

 

「ただいま!」

 

しゅばっと手を振り上げて、帰還の挨拶。しかし二人からはジト目で迎えられた。

 

「おい少年………普通、あんなでかい魔物の上に乗るか?」

 

「アルヴィンの言う通りだ。無茶をするな、君は」

 

「無茶じゃないさ。それにこの魔物は弱い」

 

威圧感なんて感じない。あの時のミラの方が、万倍は怖い。だから、無茶でもなんでもないと答えると、ミラは苦笑を返した。まあ、言葉にこまるか、今の発言は。

 

「なんにせよ、助かったよジュード。いや――――先ほどの礼は、こいつを倒してからにするか!」

 

「いいええ、戦闘前に良いモノ見れたから、それで良し!」

 

「ちょ、正直すぎるぞジュード少年!?」

 

 

まあ、そんなこんなあって。

 

 

あの一撃に恐怖を覚えたのか、僕の撹乱にあっさりとペースを乱された巨大な魔物は、ものの40秒で僕達に倒された。

 

 

 

 

 

倒れて、マナに還元されていく魔物を見ながら、僕はすっきりしていた。

鬱憤も晴れたし、ミラも無傷だし、貴重なエ………げふんげふん。

 

「ま、言うこと無いぐらいの快勝だね?」

 

「しかし、案外脆かったな………いや、それでも油断していたら、どうなっていたことやら」

 

「まあ、運が悪ければ………死にはしないまでも、足止めされるぐらいの負傷はしていたかもね」

 

そう言うと、ミラは真剣な顔で頷きを返す。

 

「確かに、正面からあの一撃を受ければ………あのタイミングでは、私では防御しきれなかった」

 

「まあ、僕もね。ああいうのを得意としているから」

 

僕は、精霊術は使えない。だから、精霊術の修行をしたことがない。だけどマナを扱う技術なら、誰にも負けない自信がある。マナを外に出して固める技術については、師匠やレイアに劣るだろう。

 

だから僕は“活伸棍術”は扱えない。だけど、防御や攻撃といった、咄嗟の対応が必要になる場合の“確度”と“精度”においてはそれなりの自負がある。

 

五体を武器として使うので、そのあたりはとことんまで鍛え上げたのだ。

今の僕ならば、常人の数倍の効率で、その結果を導きだすことができるだろう。

 

(それでも、あの一撃はぎりぎりだったんだけどね)

 

――――と、いうよりも。

 

「まさか、あそこで目の前の敵から意識を逸らすとは思わなかったよ」

 

あの瞬間は、本気で焦った。そう告げると、ミラは少し申し訳なさそうな顔をする。

殊勝な表情だ。なんか、見たことない顔をしてる。

 

「それについては、反論のしようがないな………助かったよ。あれも無事回収できたんで、結果はOKなのだが………」

 

自分の胸元を軽く叩くミラ。いやちょっと待って下さい。

 

てか、叩くとそのでかいのが………少しだけど、ぷるんと揺れますデスが。

 

とか考えていると、背中が痛くなってきた。主に興奮したせいで。つまりは自業自得なのだが、これは仕方ないだろう。野郎に聞けば、10人中9人は同意してくれるはずだ。つまりは貧乳派以外の男は。そんな事を考えつつもポーカーフェイスで我慢しつつ、何とか気をとりなおした。

 

で、水面下でどたばたしている僕に気付いたのか気づいていないのか。

どちらか分からないけど、ミラは申し訳なさそうな顔で僕を見た。

 

「先ほどは………すまなかった。岩にぶつかっただろう。どこか、怪我をしたのではないか?」

 

「いや、怪我は無いよ。まあ、僕が提案した休憩ってのもあるし。自業自得ってのもあるから」

 

怪我はないというのは嘘だが、僕に原因があるのも事実。

でも、こんなの大した怪我じゃないし。それに守ると決めたのは僕だから。

 

ていうかミラは僕なんかのことを心配しているんだろうか。わけが分からない。それに、欲しいのはそんな言葉じゃない。

 

「………ミラ。こういう時は謝るんじゃなくてさ」

 

言うと、ミラはきょとんとした顔をした後、その顔を微笑にかえた。

 

「ああ―――ありがとう、ジュード」

 

「どういたしまして」

 

うむ、受けるなら謝罪より感謝の方が気持ちいいよね。あと、笑顔の方が眼福だよね。そんな風に、余韻を味わっているというのに、アルヴィンが横から乱入してきた。

 

「いやー、ジュード君………俺とミラにする態度、あまりにも違わなくねえか? っつーか、王様と一等兵ぐらいの扱いの差だと思うんだけど?」

 

「それは自然の摂理だよ」

 

笑顔で言い切ってやる。何もおかしいところはないじゃないか。野郎と美女。胡散臭い男と、キレイかつなんか可愛いおねーさん。対応が別になるのが、世界の真理だ。一緒にする方が失礼だろう。主に世界に対して。

 

「ミラだって女性なんだし。美女を守れるなら、怪我なんてなんのそのって考えるでしょ………って、ミラ、変な顔してるけどどうしたの?」

 

「いや、私を女性扱い………は分かる。だが、私を守る者扱いにすると?」

 

「うん。だって、約束したし」

 

即答すると、また不意をつかれたように、目をぱちくりとさせるミラ。

その後、口を押さえて―――本当に小さくだけど、確かに笑った。

 

「えっと、どうしたの? ………まさか実は男とか!?」

 

驚いて、思わず言ってしまう。そんな立派な双子の山を抱えているのに。詰め寄るが、こつりと頭を叩かれた。

 

「誰か男だ。というか君の目には、私が男に見えるのか?」

 

「いや、それは冗談だけど。それより、何か可笑しかった?」

 

何が笑えるポイントだったのか。訊ねると、ミラは面白そうに答えてくれた。

 

「いや、君は私を人間のように扱うのだな、とな」

 

微笑むミラ。

 

―――その時の顔は、何というか、今までとは違っていて。料理の時とは別に、別の感情から笑っているように見えた。それが、本当に綺麗な顔で。

 

だから僕は、思わず動揺して、余計なことを口走ってしまった。

 

「いや……だって、さあ。見た目人間だし、さっきみたいに触れると変な感じをしているのが見て取れたし。その、女性なんだなって思って…………あ」

 

気付いた時には、遅かった。

 

「………さっき、触れられる? ………なるほど」

 

綺麗なはずの笑みが、恐ろしいものにかわる。声がその、笑顔なのに低くなってるんですが。

 

「ふむ、眼福と言った意味がわかったぞ………先程の一部始終を見ていたのだな? すぐに動かないで、じっと観察していたと」

 

「いや………チガイマスヨ?」

 

目を逸らす。でも、威圧感は消えてくれない。

そんな中、何とか誤魔化そうと口を開こうとした時だった。

 

「で、少年。あの場を見た感想は?」

 

「ぶっちゃけ混ざりたかっ痛え!?」

 

ごつりと、今度はゲンコツが落とされた。アルヴィンの声に、咄嗟に反応してしまったせいだ。おのれ優男。これ以上ない間で話しかけられたから、思わず素直に答えてしまったじゃないか。ひょっとして復讐か。あれは差別ではない、区別だというのに。

 

「まったく………昨日の傭兵といい、君といい。男というものは皆、そんなモノなのか?」

 

呆れたような、怒っているような。そんな口調で、ジトりとした目で睨まれながら、叱りつけられました。怖いから反論もできない。

 

 

で、数分後。僕達はミラを襲っていた痴女の事を話すことになった。

一体何者なのか。何故、ミラを狙ったのか。

 

「………実はレズビアンの変態、とか」

 

初っ端から爆弾発言を投下。しらばっくれそうなアルヴィンに対してのそれだったのだが、胡散臭男(うさんくさお)は華麗にスルーした。

 

で、ミラにはジト目で見られた。そんでもってまた怒られた。おのれアルヴィン。

 

「………何にしても、見たことのない精霊術を使うやつだったな。腕も、相当たつと見たけど、どう思うよ」

 

「ああ………確かに、な。地面に方陣が浮かんだかと思うとな。次の瞬間には、マナの輪が出てきて、すぐに捕らえられてしまった」

 

「一瞬で、か」

 

なるほど、見事な腕だ。とすれば、逃げたのだろう。道中の戦いを見られていたと仮定するなら、こちらの力量も計られていたと見て間違いない。

 

「そうだなあ。直接の戦闘力は分からないけど、見た目―――ソバカスの銀髪チビぐらいのマナは持っていたようだし。まあ、スタイルは天と地ほどの差はあったけど」

 

「それはもういい。だが、銀髪チビとは………研究所にいた、あいつか。なるほど、それぐらいの力量はあったろうな」

 

「いや、銀髪チビって誰?」

 

「年中発火している危険な野犬だよ。なんか酔っ払いみたいな歩き方してるから、見れば分かると思う。力量は………僕よりちょっと下ぐらい、かな」

 

何にせよ、今のこの状態でやり合うとか考えたくない相手だ。

性格はともかくとして、ナディアの力量は高い。舐めてかかれば丸焼きにされるぐらいには強い。

あいつは、誰かを気遣いながら戦えるレベルじゃない。

 

「………早く出発しようか。ミラが四大の力を取り戻せたのなら、話もまた違ってくるし」

 

厄介な相手を出会わないために、急いだ方がいい。

力が………まだ取り戻せるかどうかは分からないが、戻るならそれで問題は解決されるだろう。

 

僕の提案に二人は頷いて、荷物をチェックし始める。

 

「しかし、とんだ休憩になったね………」

 

「だが、もうすぐだろう。周囲を警戒したまま進むとするか」

 

そうして僕達は、またニ・アケリアに向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、雑魚の魔物を蹴散らしながら進んだ。道中、雑魚を相手に。さきほどアルヴィンと使った共鳴術技を披露した。ハ・ミルで考えたそれを、何パターンか試して、ミラに解説しながらどんどんと歩を進めていく。

 

「では、先ほどの技が?」

 

「"飛天翔星駆"ってね。僕がよく使う技、"飛天翔駆"の強化版だ」

 

案はあって、アルヴィンにも話していたのだが、練習はしたことがない。ぶっつけ本番だったが、よく上手く当たったものだ。着地点を間違えば、間抜けなことになっていただろう。

 

「二人で行うのか………コンビネーションが肝になるな。ああ、だからリリアルオーブを?」

 

「戦闘中に余った、余剰マナを貯めてからね。互いのリリアルオーブの余剰マナを共鳴させた後に、意識を深い所でリンクさせる。その上で、初めて使えるようになる特殊技なんだ」

 

「便利な技だな………だが、私には説明しなかったのは、どうしてなんだ?」

 

「まあ、基本の戦い方を知らないうちは、ね。取り敢えずは、まともに戦えるようになってからって思ったんだよ。集中も途切れるし、逆効果になる可能性が高いしね。でも、リリアルオーブもかなり成長してきたようだし………」

 

いくらか、動作補助のみだけど、オーブの種は咲いていた。このリリアルオーブに示されている種は、その色ごとに、マナの運用効率を高めてくれるのだ。花は自然に咲いていく。リソースは限られていて、そのオーブの出来る範囲にも限りはあるけど。だが、マナによる腕力増強、脚力増強、敏率増強。マナによる防御硬化、精霊術行使時の変換効率改善。そして精霊術防御に使うガードの効率改善、マナ総量の底上げなど。

 

自分の使う技を登録すれば、その精度や威力を上げることもできる、優れものだ。戦う者にとっては必須の、本当に重要な道具なのである。今では、作る技術が失われているせいか、かなりの貴重品になっているのだが。

 

「で、ミラも………自分の使う剣技を、いくつか考えたんでしょ?」

 

「ああ。力を失うまでを含め、今まで培ってきた戦闘経験からな」

 

「なら、早めに登録した方がいいよ。その上で、数をこなした方がいい。その上で、共鳴術技を考えようか」

 

そんな風に戦闘談義をしながら。それでも周囲の警戒を怠らないまま歩いて、一時間ほど経過した後だろうか。

 

「あれは………」

 

ようやく当初の旅の、最終目的地が見えた。砂浜の終わりに、村の門なのだろう、大きめの建造物と。その前に立っている、村人らしき人の姿が見える。

 

「………あそこが、ニ・アケリアか」

 

「そうだ。入り口から出入りしたことはないが、あの門の形状と、表面に描かれている模様には見覚えがある」

 

なるほど、ならばここが正真正銘の精霊の里というわけだ。

 

と、ミラの声の中に、少し違う感情が含まれていると、そう思えた。

 

「ミラ? えっと、何か変な所があるとか」

 

「いや、ここが私の故郷だよ。だが、徒歩で戻るのは本当に初めてなのだ。だから、かな。道中、辛かったというのもあるが………」

 

確かに、シルフで移動するのとは、理由が違うだろう。坂道も多かったし、慣れない状態で魔物との戦うこともあった。最後に、大型の魔物と戦って。道中、優しい旅ではなかった。そのせいだろう、ミラの声は、凛としたそれではなくどこか、普通の子供のようなものを感じさせる声で。

 

「何か、胸を動かされるものを感じてな。本の知識で知っていたが――――これが、帰郷というものなのか」

 

「………そうだよ」

 

感動を覚えている。つまりこの故郷は、彼女にとっては、本当に大切な場所なのだろう。

故郷が大切なのだ。僕とは、違う。

 

 

だって、ル・ロンドには、思い出したくないことが多すぎるから。師匠は好きだ。レイアも、まあ幼馴染だ。母さんも、嫌いじゃない。だけど、記憶の底にこびりついて、拭っても消えてくれない奴らの顔が多すぎる。

 

あそこは以前の僕が"亡くなった"場所だ。夢が砕かれた場所だ。

だからきっと、ミラみたいな顔で戻ることはできないだろう。長年過ごした、生まれ故郷なのに。

 

 

(嫌だなあ。背中が痛いはずなのに)

 

 

―――今は、胸が痛い。

 

 

喜びの念を全身から発しているミラの背中。

 

 

それを複雑な心境で見守りながらも、僕はミラの故郷であるニ・アケリアへと足を踏み入れた。

 

 

 


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