予定通りにニ・アケリアを週発し、キジル海瀑を越えてすぐ。
ハ・ミルまで続く道、ガリー間道に入った所で僕達は野宿していた。
「大丈夫か、ジュード」
「ああ、問題ない」
「とてもそうは見えない顔色だが………」
顔色の悪さを心配しているのだろう。ミラとアルヴィンが声をかけてくれているが、答えることさえも苦しい。あ、ちょっと吐きそう。
「おい………やっぱり、もう一日休んでから出発した方が良かったんじゃないのか?」
「それは、しかし」
話をふられたミラが、口ごもる。しかし迷ったあと、断固とした口調で言う。
「私だけでも行くと行ったんだ。危ないと、着いて来ることを決めたのはジュードだろう」
そうなのだ。謎の襲撃者のせいで、僕がマナの大半を消耗してしまって、昏倒した翌日。ミラは、自分だけでも先行して情報を集めるとか言い出したのだ。襲撃者の力量を知っている僕は、もちろん却下。だけど時間がないと渋るミラも、意見を曲げなかった。一刻も早くイル・ファンへ向かう必要があると。使命を優先するミラに、それでも危ないとこっちも譲らず。
結果、折衷案が採用された。僕は、ついて来るが、戦闘には参加しない。周囲の警戒は任されるけど、実際の戦闘はミラとアルヴィンの二人に任せる。戦いもしなければ、マナの過剰消費による疲労も軽くなるだろうと考えての案だ。それで確かに、症状は軽くなった。ほぼ一日、歩いているだけで、昨日よりは随分と体調は回復してきている。
「大丈夫だって。明日には全開になってるさ………イバルとは違って」
ちなみに飲み過ぎたイバルは、今日の朝にようやく体調が回復した。僕達に付いてきたがったけど、ミラの「お前はこの村を守ってくれ」の一言に固まった。そうして僕を睨むイバル。でも他に適任はいないのだ。僕じゃあニ・アケリアの里の人々の信頼は得られないだろうし、土地勘もない。その点でいえば、イバルの方が上だ。飛行が可能な魔物も使役できるらしいし、守り役としてお前以外にありえないだろうと。謎の襲撃者のこともある。そう頼むと、イバルは渋りながらもうなずいてくれた。まあ、途中に何か言いたそうにしてたけど。反論しようとして、何かを思い出して黙りこむ、というのが何回かあった。
「お前、飲んでいた時の記憶はないのか」と聞かれたけど、なんであんなに何度も確かめるように言うのか。アルヴィンは納得していたけど。曰く―――「本当に覚えてないのか、こっちじゃ判断つかんもんなあ………なるほど、その後も怖い、か」と。
一人で納得していたが、いやマジで覚えていないっつーの。覚えていたとして、それは一体なんなのか。もしかして脅しにでも使えそうな何かだろうか。それでちょっと怯えたようなリアクションを見せていたのかもしれない。襲撃者に関しては、正体は不明のままだ。事情を話すと、イバルからは「夢でも見ていたんじゃないのか」と言われたが、断じてそんなことは有り得ない。
あんな化物。夢にすらみたことがない。ミラも同意はしてくれた。あの時の、倒れる時の僕の顔を見たからだろう。安堵の顔をしていたと言っていたし、間違いなくとてつもない何者かが、社の近くに存在したのだ。もしかしてバチが当たったんじゃないか、とアルヴィンは言った。あるいは、ミラを影で守護する大精霊か何かが、お前にお灸を据えたのかも、と。いやいや失礼な、あんなトンデモ級の化物をけしかけられるような事をした覚えはない―――酒を飲んだ後のことは覚えていないけれど。敵勢力という可能性もあるのだが、もしそうなら不自然だとも言える。
僕だけに気配を悟らせたのと、現時点で何のアクションも起こしてこないのは明らかにおかしいからだ。目的もなく仕掛けてくるような相手とも思えない。思いたくないというのが本音だ。
師匠クラスの使い手が、そこかしこを気まぐれに歩いて、遊び半分で仕掛けてくる――――なんて背筋が凍ることだろうか。
どちらにせよ、今まで以上に警戒する必要がある。旅の足も遅くなるし、非常に頭が痛い問題だ。
「だけど、なんだな。もしその怪物が襲ってきたら、どうするよ?」
「一目散に逃げる。これしかないな」
クルスニクの槍を壊す。それが最優先事項で、謎の襲撃者を倒しても意味はない。逃げられないなら、戦うしかなくなるけどそれはできれば勘弁願いたい。別に、逃げられる状況を作り出せる小細工用の道具として、いくらか調達しておいた方がいいかもしれない。
それでも――――逃げるだけなのは癪だ。いつかはきっと、ぶっ倒してみせよう。無様なだけの自分なんて、存在する価値すらない。人の助けになれなくて、なんのジュード・マティスか。それと、僕を舐めた報いというものを受けさせてやる。黙って萎んでいるような男じゃないってことを証明するのだ。でもミラ達と一緒に居る今は、戦うことを避けるべきだろう。あの切り札も、できれば使わないで済ませたいから。
しかし、"アレ"を使うことを決めたのは僕だが、思い返すと何とも無謀な試みだったことが分かる。アレは切り札で――――しかし、どう考えても場当たり的な実戦で使えるようなレベルじゃないのだ。それでも、他にやるべきことはある。イル・ファンに向けて、このままの戦力では心もとない。状況を打破できる技は練っておいた方がいいか。
「例えば、共鳴術技とか。ミラはどう思う?」
「そうだな………一人よりは、強力な術技を使える。積極的に使っていくべきだろう」
協力すれば、個人の通常技よりも威力は大きくなる。集団で戦うことを選択するなら、共鳴術技を活かさないのは勿体なさすぎる。
「対多数の技も考えないとね。で、いくらか案はあるんだけど」
「ほう………いやでもこれは………ここをこうやって」
「それより、こうした方が良くねえか?」
その日は、僕とミラ。ミラとアルヴィンの共鳴術技を話あいながら。意見を出しあいながら、夜は更けていった。
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その翌日、僕らはハ・ミルに到着した。どう侵入しようか迷っていたが、入り口にラ・シュガル兵の姿はないので助かった。逃げ帰ったのだろうか。そうであれば、それが最善なんだけど。そう思って色々と注視してみてみるが、どうも村の様子が変だ。
ここは平穏な村で、のどかな農村のはず。なのに今のここには、いかにもきな臭い雰囲気が漂ってきている。空気の味が違うのだ。人っ子ひとりいないというのもある、どう考えても何がしかの荒事が起きていることが推測できた。
―――と、そこで人々のざわめきが聞こえてきた。
「これは………村の広場からか?」
「そのようだな。ま、行ってみようや」
アルヴィンと視線を交わしながら、装備を確認。いつでも戦闘に入れるよう、準備してから入り口前の広場に向かった。しかし、そこに敵は居なかった。広場の中央にいたのは魔物でもない、兵士でもない――――たった一人の少女だった。
ミラとはまた違う金色の髪。紫の服に、間違えようもない謎な物体を傍に浮かべている。
そんな女の子。名前をエリーゼという少女に向かって、村の大人達が石と罵倒を投げかけていた。
「出て行けよ、おら!」
「疫病神! っ、あんたなんかいるから!」
声と共に、石が次々に投げられる。エリーゼは、何も言い返さず、必死にしゃがみこんだまま、村人の罵倒と投石に耐えている。石が、彼女の横に落ちて音がなる。エリーゼはその音に驚いたのだろう、小さく悲鳴を上げて、身体を更に縮こまらせている。
「やめて! ヒドイことしないで、お願いだよ~!」
ぬいぐるみのティポが村人に向かって、叫んだ。しかし、村人は聞く耳などもたないと、罵倒と投石を浴びせることを止めない。それを見ていた僕は、なんだか息が苦しくなって。視界に光のような白い色が混じるのに、時間がかからなかった。
これは怒りだろうか。分からないが、エリーゼの姿が何かに重なった。
膝を抱えて、座り込む子供。呼びかけても、返ってくる言葉は冷たくて。
そして、悟った。今のエリーゼは、あの時の僕だ。ティポはレイアだった。
視界が歪む。そして子供の頃の自分と今のエリーゼが、重なって、歪んで、重なってしまって。
気づけば、僕は駆け出していた。
「ジュード!」
「ちょ、坊主待て!」
静止の声が聞こえるが、知ったこっちゃねえ。僕は走りながらマナを拳に集め、今まさに石を投げようとしている村人の、その身体に狙いを定める。
(――――やめろ)
どこかの誰かの声が聞こえる。だけど、冷静な思考回路などとうに吹き飛んでいる。
無論、殺しはしない。だけど、石を投げたことを生涯にわたって後悔するぐらいには。
あと一歩の距離まで来ている。そのまま踏み込み、拳を握りしめる。掌に、肉と骨が軋む音が鳴る。そのまま腰を捻って、目標へ、回転すると共に拳を―――――
「ちいっ!」
金属の、特徴的な音が鳴る。直後に振りかぶった腕に衝撃が走った。拳筋がぶれ、拳は村人が投げようとした石だけに当たる。
「お前っ!?」
驚いた村人の声。僕がやろうとした事を察したせいだろう、盛大に睨んでくる。
だけど僕は気にせず、音の発生地点である、後ろを向いた。見れば、アルヴィンは銃を構えたままだ。その先からは、今の発射の余韻だろう、白い煙が立ち上っていた。その視線に遊びの色はなく、こちらの眼をじっと見据えている。
「………なんのつもりだ、アルヴィン!」
「それはこっちの台詞だぜ………今は護衛が最優先、だろ?」
銃を腰のケースにしまい、肩をすくめるアルヴィン。その視線に、先程のような真剣さはない。
いつもと同じ、暖簾に腕押しの"抜けた"視線だ。もう一人、ミラもこちらを見つめている。
こちらはまた違う。非難の色があるけど、それよりは困惑の色の方が勝っていた。
何故いきなりこんなことを、と。そんな声が聞こえてくるようで。
(――――くそ)
その視線のお陰で、冷静になる。そして優先すべきことを認識すると、行動に移した。
未だしゃがみこんでいるエリーゼに駆け寄り、声をかける。
「………大丈夫?」
「…………」
エリーゼは黙ったまま、頷きもしない。その顔に傷はついていなかった。
石が当たった様子もない。当てるつもりがなかったのか、それともコントロールが悪かったのか。どちらにせよ、反吐の出ることだ。
そこでエリーゼの顔が、少し変わった。何かを見つけたようだ。同じようにその方向を見れば、老婆の村長の姿があった。ここの宿泊場所を提供してくれた時とは違う、まるで怨敵を見るかのような眼で、僕とエリーゼの方を見ている。
「お前のせいで………こっちは散々な目じゃ!」
「僕達のせい………いったい何があったっていうんだ」
周囲を見渡せば、怪我をしている村人の姿が見て取れた。死人はいないようだが、それでもこの人数が一気に怪我をするとは。どう考えても穏やかなことではない。恐らくはラ・シュガル兵の仕業か。しかし、僕達のせいでもないだろう。僕達を追ってきたとして、行き先を素直に話せば済むだけだ。村長や村人達も、僕達の行方などを兵に聞かれたとしよう。だが、拒む理由はない。恩を感じたからと拒んだのならまだ分かるが、それでこちらを責めるだろうか。エリーゼが責められている理由も分からない。困惑していると、ミラが横から口を挟んできた。
「ラ・シュガル軍にやられたか」
「そうらしいが………それでも腑に落ちねえな。村長さん、この村には何かラ・シュガル軍に狙われるものでもあるのか?」
思えば、前にこの村に来た時もそうだ。あれは僕達の追手ではなさそうで………ならば、この村に用があったということだろう。その理由と、今の状況を見るに答えは一つ。
「………もしかして、エリーゼが?」
「っ、そうじゃ!」
その顔は、怒れる親鳥のようだった。
「まったく、よそ者にかかわるとろくなことにならん! お前たちもさっさとこの村から出てゆけ!」
取り付く島もない。村長は人が変わったようなヒス気味の声を残すと、こちらの質問には答えないまま。話を逸らしたまま、さっさと立ち去っていった。村人たちも同じように解散して、それぞれの家へと戻っていく。
「あっ」
エリーゼも家で戻るのだろう。僕の脇を抜け、空き家のある方向へと走りだした。夕焼けの下、あの時と同じ背中が見える。脇目も振らず、地面だけを見て走っていくそれはまるでこう言っているようだ。
(………追ってこないで、か)
明確な拒絶の意志。それはまるで、あの日の僕のようで。
「ミラ、アルヴィン」
名前だけを言った所で、二人はこちらを見た。
「なんだよ………って、聞かなくても分かるか。ま、さっきのような短絡的な行動に出ないならな」
「………仕方ないだろう。私たちは、村人からラ・シュガル軍の動向を聞いておく」
ため息をつきながら、二人は許してくれた。特に使命第一だというミラが、こういう言い回しをするのということは――――
(情報を集める。だから、それが終わるまでの時間は待つ、か)
つまりは、時間をくれるということ。
「………ありがとう、二人とも」
止めてくれたことも含めて、礼を言う。そして僕はエリーゼを追うために、空き家のある方向へと走りだした。間道に続く道の近く。果樹園の横に、空き家はある。まるで倉庫として使われているような立地だ。僕は閉ざされているドアに手をかけた。そのまま開くと、木質のドアがきしみ、中からナップルと、バレンジの香りが漂ってくる。倉庫としても使われているようだ。だけど走っていった方角から、ここにはエリーゼがいるはずなのだ。
しばらく探すと、部屋の奥に扉を見つけた。
(ここか)
二回もないこの家の構造から、これは地下へと続く階段を隠している扉か、あるいはただの物置か。開けて確認すると、階段の方だった。そのまま地下へと降りていく。そして階段の先。ワインの倉庫となっている部屋の奥に、エリーゼは居た。
悲しんでいるのかも分からない。顔が見えないからだ。エリーゼは、石を投げられている時と同じように。壁に向かってしゃがみこんだまま頭を抱えている。まるで外にあるもの全てを拒絶しているかのよう。ぬいぐるみのティポも同じようにして、隅っこに蹲っている。
僕はその小さな背中を見て、傍らのティポの様子を見て、なんとも言えない感情を覚えた。
(――――嘘だ)
本当は、自分自身、この感情の名前はわかっている。
これは――――怒りだ。同情もあるけど、それよりも怒りの気が強い。
なんでこんな少女が、こんなに暗い倉庫の奥で、一人膝をかかえて震えなければならない。エリーゼが僕達に話しかけてきた理由、今ならば分かる。彼女は話し相手が欲しかったのだ。村人たちとエリーゼを見るに、恐らくはそういうことだろう。厄介ごとを抱え込んでいるよそ者。よそ者に厳しいこの山奥の村で、彼女がいったいどういう処遇にあったのか。きっと想像しているイメージと大差はあるまい。
(山奥で、人との交流もないまま。じっと、孤独な境遇を強いられていた)
だから、だ。彼女は村にとってのよそ者だから、僕に話しかけてきたんだ。
(………怖い、か)
震えている。あんな所を見られたと、震えている。恐れているのだろう。
だから僕は、近づくより先に、まず声をかけることにした。
「大丈夫。僕はあんなことしないから、大丈夫だよ」
その声は、取り繕ったものではない。心の底からの声だ。それが伝わったのか、ひとまず少女の震えは収まった。おずおずと、立ち上がる。だけどこちらに背中を向けたままだ。まだ不安があるのだろう。
もしかしたら、少女自身、その理由がわかっているのかもしれない。自分がラシュガルに狙われる理由というものを知っているのかもしれない。
(だけど、それはこの少女のせいではないはずだ!)
こんな少女だ。自分から、軍に追われるような過ちの道に転がり落ちていったわけがない。まずは話をしよう。挨拶をして、話をしよう。全てはそれからだ。だからゆっくりと、正面から目を合わせながら話しかける。
「や、こんにちは………覚えてる? 初めましてじゃないよ。前にも会ったことがあるよね」
「…………ん」
「あの時は助かったよ。ありがとう」
笑顔でお礼を言う。すると少女は、こちらを向いてくれた。その目には不安が残っている。
「改めて自己紹介をしようか。僕はジュード・マティス。君は………」
自己紹介をしてから、少女に視線を向ける。貴方の名前はなんですか、と。
――――本当は覚えているけど、今は話すきっかけが欲しい。そして少女は、名乗った。
「エリーゼ………エリーゼ・ルタスです」
「ぼくはティポ! ってお兄さん、ぼくたちの名前を忘れたのか、酷いよ~」
「いや、あはは。もう一度自己紹介から始めようとおもって、ね」
「ふ~ん。じゃあ忘れないように、もう一度教えてあげようかな。僕はティポ。彼女の名前はエリーゼ! ぼくははエリーって呼ぶけどね」
「ご丁寧にどうも。僕は………」
膝を落として、しゃがみこんだ体勢に。視線をエリーゼに合わせて、自己紹介をする。
「僕は、ジュード。ジュード・マティスっていうんだ」
「ジュード君、さっきはありがと~! 石をたたき落としてくれたんだよね!」
「ありがと………ございます」
積極的にお礼を言ってくるティポと、控えめに小声でお礼を言ってくるエリーゼ。
エリーゼのほっぺたは、少し赤くなっていた。
「いや、あはは」
さっきの事を思い出して、頭をかく。本当はもっと過激なことをしようとしていたなんて………こんな可憐な少女相手じゃ、口が裂けても言えないな。それに、師匠の教えを破る所だったのだ。正直、気が凹む。けど、今はエリーゼのことだ。
「まあ………誰も、怪我しない方がいいからね。それに、ほら、僕って医者の卵だから。どうしても人が怪我する所は見逃せなくて」
「それは………まえに見たので………知って、ます」
「村を襲った魔物に、怪我させられた人を治療したんだよねー。でも、あの時に一緒にいた怖いおねえさんは、いないの?」
「あのおっかないお姉さんとは別れたよ。今はかっこよくて美人なお姉さんと、胡散臭い男と一緒、かな」
「ふ~ん、友達いっぱいいるんだねー」
それから、色々な話をした。まずは僕のことを簡単に説明する。ナディアとか、レイアのこととか。面白おかしくはなすと、エリーゼの顔が少し緩んだ。その後に、彼女の境遇に関しても話してもらった。あまり、面白くない話を。どうやら彼女あh村八分どころか、顔を見れば石を投げられるような酷い目にあっていたらしい。
「ジュード………その、どうしたんですか」
「ん? ああ、ちょっとね。それよりも、そのおじさんはどういった人なの?」
「エリーをここに閉じ込めた悪い人だよー」
「
「エリーゼのご両親は?」
聞くが、エリーゼは無言で首を横に振った。つまりは、両親も居ないのか。あの大男、ジャオに連れられてこの村にやってきたらしいが、何を目的としているのだろう。しかしそのジャオも、僕達がハ・ミルを発ってからは、姿が見えないらしい。今まではジャオがラ・シュガル軍を退けていたと。だけど、ジャオは居なくなった。相手は軍だ。戦闘専門の傭兵や、部族の護衛がない村などひとたまりもないだろう。殺さないまでも、乱暴に扱われ、だけど暴挙を止められる人間もいない。エリーゼとティポはこの空き家に隠れていたので、見つからなかったらしいが。
それでもやはり。エリーゼが目的と見て間違いない。ならばジャオは、エリーゼの護衛か。あの腕から察するに、どこかの部族の手練か。姿が見えないということは、自ら護衛することをやめたか、あるいは上司に任を解かれたか。どちらにせよ、彼女がこの村に取り残されて一人でいるというわけだ。狙われている理由も分かっていない。つまりは、責はこの少女にないということ。
他の誰かの都合に振り回された結果、その挙句に、エリーゼはこの村に取り残されているということだ。ひょっとして迎えが来るかもしれないが――――と、聞いてみるが、答えは思った通りのものだった。
「ううん………わたし………お友達………いないから」
しゃがんでいる僕よりも下に。エリーゼは視線を落として、悲しそうに答えてくれた。
「エリー」
ティポも、名前を言うだけ。他に何も言わない。と、いうよりも、言えないのだろうな。
本当に友達や知り合いといった、頼れる人がいないのだろう。
僕はそんな彼女の表情を見て。気づけば、手を差し出していた。
「なら、僕が最初の友達だね」
「え………」
エリーゼが驚いた顔をする。だって、そうじゃないか。
「自己紹介した。お互いの名前を交換した。色々なことを、話し合った………ほら、友達でしょ?」
「あ………」
「ほら、友達の握手握手」
エリーゼの手が、僕の手を握る。ほんとうに小さくて柔らかい、女の子の手だ。
「よろしくね」
「はい………!」
エリーゼは今までよりも少し大きな声で返事をした。それが恥ずかしかったのか、慌てたように視線を落とした。白かったほっぺたを桃色に染めて、恥ずかしそうにしている。
(ちょ、おい、待て! この子、冗談抜きに可愛いすぎる………!)
恥ずかしそうに視線を落としている所も。それでいて、不安げに上目遣いでこちらを覗いている所も。その結果、僕と視線が合って、また恥ずかしそうに下を向くところも。
(か、可憐な少女とはこういうことか………!)
レイア(笑)や、ナディア(爆)とは違う。ミラとも、また違う。なんだこの生き物は、僕の知っている女性とは違う。可愛さのあまり、思わず頭を撫でくりまわしたくなるじゃないか。
こう、撫でて撫でて、しまいには火が出るまで撫で回してしまいそうだ。
「わーい♪ ともだちー♪ ジュード君は友達ー♪」
隣ではティポも嬉しそうにはしゃぎまわっている。
「ははは、ティポも友達ー、って噛むな噛むな」
手を出した所を、嬉しそうに噛んでくる。痛くないけど、なんか視覚的に嫌です。
「もー、つれないなあジュード君はー」
「ティポ………め、です」
「ははは。大丈夫だよ、痛くないし」
言いながら、おかしそうに笑いあう。そうしてじゃれあいながらも、僕は決心していた。
この孤独なる少女を絶対に一人にしないことを。
補足。ソニア師匠が◯◯◯◯並に強いのは公式設定だったりします。