「………ふん、面白い。厄介な駒が揃いやがったか」
暗闇の中で、男の声が響く。対面に座る、報告書を持ってきた女性に笑いかける。
「前衛に後衛に回復薬。連携に関しても見直し始めたようだ。正面から包めば潰せるだろうが、被害の面を考えると…………」
「甚大なものになるでしょう。"楔"があるとはいえ、あの拳士の少年の力量は侮りがたいです。マクスウェルも同じく、奥の手を隠しているとも限りません」
「ああ。だが、今は組織の黒匣《ジン》を表立って使うのはまずいか………さて、お前ならどうする」
「内から潰します」
考えるまでもないと、問われた女は即答する。
「外は固いかもしれませんが、中にはまだ付け入る隙が。特にエリーゼ・ルタスの方ですね。今回の一件で、それなりの繋がりができたようですが、まだそれなりです。信頼関係に傷ができたのも確か。じきに癒えるでしょうが、今ならばまだ。言葉しだいでどうとでもできるかと」
「時間をかけていない言葉だけの信頼は、か? お前の持論だったな」
「はい。少年と少女。単純な言葉のやり取りで、どうにか和解はしたでしょうが――――それには根拠がない。少女の方もまた。疑心を育てる"種"はありますから、あとは燃料を注ぎ込んでやればいい」
自然と綻びが生じますと、女は決定事項のように告げた。
「
「そうだな。ナハティガルから離れられん…………が、お前は動けるか」
「御意にございます。私の方はまだ御曹司には知られておりません。変装でもすればいいでしょう。実験は…………要塞の中で行いましょうか。要塞内の兵士の内、牢を警備する人員を組織のもので固めておきます」
「いいだろう、任せる。ここからは切り札を持っていないと本格的にまずいことになるからな。どうしても、あの氷の大精霊は必要になる」
「必要、ですか………それは、女だからですか?」
「――――冗談も大概にしろ、撃ち殺すぞハイドラ。よりにもよってこのオレが、だと?」
本物の殺気に、ハイドラと呼ばれた女性は、その顔を青くする。
「下らねえ事を言うな、お前じゃなかったら問答無用で撃ち殺してるところだ。オレに"そんな"趣味はねえよ。ましてや、ただの
男は、追い払うように手を振る。
「さっさと行け。例の邪魔な動きをしようとしているお坊ちゃんの始末も任せる。平和主義者の命を矢の先で否定してやれ。まあ、あの食わせ物の爺いの隙をつくのは至難の業だろうが………」
「やれます。この20年の苦労を考えれば、何てことはありません」
「当然だろう――――さあ、始めるぞ。最高適合者であるあのガキのデータを。成果をぶんどれれば、いよいよ仕上げに入れる」
男が立ち上がり、腰元の銃を手に取る。造形も見事な、一目見て特殊であると分かる銃。
――――20年前に兄から奪った、当主の証を掲げて。
「何もかもが思い通り。だが、俺は油断しねえ――――ここまで来たんだ、やってやるさ」
その声は、まるで凶兆を告げる鳥のような。それでいて、芯のようなものがあった。
かくして、運命は流れていく。
そうして飲み込んでいくのだ。都合などしったことかと、大地を貫く大河のように、そこに存在するありとあらゆるもの全てを。
誰も彼もが、傍観者ではいられなくなる。
「邪魔なものは全て、撃ち砕く――――忌まわしいマクスウェルの壁よ、オレの前に砕け散るがいい」
言葉は虚空に響いて、やがて天へと昇っていった。