Word of “X”   作:◯岳◯

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2話 : 今に至るまで

 

僕には夢がある。小さな頃、両親が営む治療院で見た時に思ったのだ。見たのは治療され、苦しみから解放された患者さん達の笑顔。苦しみに囚われていた人たちの顔が、安心したものに変わる。それは快活といった感じではないが、暖かく感じられて。だから、その風景を生み出す両親と、医者という職業に憧れた。

 

父さんと母さんは僕の自慢だった。昼夜問わず患者のために働いていて、多くの人に感謝されていた。あの頃、僕は両親を誇りに思っていた。自然と憧れた。将来の夢と聞かれた時の答えはひとつだ。

 

"とうさんやかあさんのようなおいしゃさま"―――反応は、良かったと思う。えらいねと褒められて、悪い気はしなかった。あの頃僕は幸福の中に在ったのだと思う。

 

だけど――――あれは、6才の頃だったろうか。将来のためにと、近くの精霊術師から精霊術を習った時に"それ"は発覚した。他の同年代の子供と一緒に、精霊術の先生から手順と危険さが説かれた後で、いざ実践しようとした時だった。課題は小さい風を吹かせるというもの、風の精霊術の初歩の初歩だ。

 

あの時の絶望は、今でも覚えている。言われた通り、頭の中で念じて、手をかざす。

手をかざす。念じる。マナを身体の中から発する。

 

かざす。念じる。念じる。念じる。だけど―――今でもあの時の感触は忘れない。簡単な精霊術のはずだった。なのにどんなに呼びかけようとも、僕だけが違う。反応すらしてくれない。僕の声に、精霊達は答えてくれなかったのだ。どれだけ頑張っても、マナを絞ったとしても、精霊術は発動しなかった。

 

その日から、僕の試行錯誤が始まった。本当に色々と試した。先生から事情を聞かされた父さんと母さんの協力の元、その原因を調べてみた。いったいなぜなのだろうと、原理を徹底的に学んだ。精霊術の原理など、何回復唱したかわからない。精霊術の原理は、本当に簡単なのものなのに。

 

人が、脳の霊力野(ゲート)と呼ばれる器官から世界の根源エネルギーであるマナを発し、マナを糧にしている精霊たちに分け与え、その見返りとして精霊が特定の"現象"を起こしてくれる。それが真っ当な精霊術というものだった。

 

なのに僕だけができない。体内にマナがあるのは間違いないのに。マナが無い人間などいない、命の無い人間が動かないように、マナが無い人間は自分を保つことすらできないのだ。だけど、そのマナを精霊に分け与えることができない僕は何なのだろうか。何度か試行錯誤を繰り替えして、分かったことがある。

 

マナは、ある。無い人間など存在をしない。だけど僕はそれを発し、精霊に渡す直前で留まってしまうことを。僕に練られたマナは、だけどずっと練られた位置に停滞したままだった。

 

結論はすぐにでた。

 

――――僕には、霊力野(ゲート)という器官そのものが存在しないのだ。

 

小さいのではなく、全くのゼロ。そして、悟らされた。医療術は、気候と水の精霊術の応用をもって生み出される。即ちの結論は――――“精霊術を扱えない僕は、医者にはなれないということ”。それを理解した時、僕はまるで底なしの暗い穴に落ちたかのような感触を覚えた。あれはきっと絶望だったのだろう。

 

10才の時。山ほどの本を読んで、知識を得て。必死になって理論を組み立てて、その終わりに導きだしてしまった結論。僕は、描いた夢の崩壊を、理解した。それからは本当に色々とあった。師匠と出会えたのは、本当に僥倖だったと思う。もしあの人がいなかったらなんて、考えたくもない。

 

しかし、予想外の方面から救いの手が差し伸べられた。僕がソニア師匠の元で教えを受けて、それなりに立ち直ってきたある日のことだ。故郷であるル・ロンドに、ハウスと名乗る医者が治療院にやってきたのだ。目的は親父と母さんの治療を見る事だという。

 

風変わりな治療をする珍しい医者として二人共それなりには名は知られているため、別段珍しい話ではなかった。親父も母さんも快諾した。代わりに、と僕の体質というか根本的欠陥について診てくれと言った。

 

ハウス医師はラ・シュガルの首都、イル・ファンにあるタリム医学校で名が売れている、高名な教授らしい。そこで僕はふと考えた。そんな人ならば、あるいは僕の組み立てた理論の中に破綻を見つけてくれるかもしれない。末に出した結論を否定してくれるかもしれないと。

 

――――だが、現実は残酷だった。解決策は得られなかったのだ。しかし、手がかりはあった。

 

ハウス教授は、そのような欠陥をもつ人間を知っているという。ただ、あまり他人には言えない人物で。その人達が精霊術を使えるように、と。ある意味での治療を施すために、と裏で研究を続けているらしい。

 

僕は歓喜した。そんな研究をしているなんて。そして、僕の頭にも興味を持たれたらしい。その後、タリム医学校に誘われた。教授の助手として、また医学の知識を深めるためにこっちに来ないか、と。

 

父さんは、何故か賛成してくれなかった。しかし、反対もしなかった。特別それに思うところもない。すでに父さんに対する思いは諦めが勝っている。母さんは背中を押してくれた。料理は作れくなるけどごめん、と謝った。忙しい二人の代わりに食事の用意をしていたのは僕だったから。ソニア師匠も、力いっぱい背中を押してくれた。良かったねと満面の笑顔を浮かべて。ちょーっと威力が強すぎて10mほどは吹っ飛んだけど。油断をするんじゃないよ、らしい。

 

いや師匠様、何もイル・ファンに乗り込んで戦争しにいくんじゃないですから。ちなみに背中の紅葉は2週間消えなかった。相変わらずあの人はパネェ。その時にくれた言葉。いや、それまでの言葉も、全て宝物のようだ。あれが無ければ、僕はもっととんでもない場所にまで行っていたかもしれない。ひょっとしたらだけど、眼を覆うような下衆に落ちていたかもしれない。だから感謝の年は絶えない。

 

でも「怠けて弱くなったらわかってるだろうね?」と言った時の眼光は超怖かったです師匠。

 

レイアは――――ソニア師匠の娘で一緒に修行をしていた同門かつ幼なじみである少女は――――別れを告げた途端に泣きはじめた。

 

で、泣きながら活身棍をぶちかましてきた。低い軌道での一撃が金的に当たった。俺も泣いた。今なら言える。あの貧乳が。

 

そうしてやってきた首都・イル・ファンは都会の中の都会だった。夜域の霊勢に支配される常闇の都市。ラシュガル王のお膝元で多数の貴族が住まうリーゼ・マクシア最大の都市だ。その景観はたしかに美事だった。夜に浮かび上がる樹の街灯は美しく、街をほのかに優しく照らしている。建物も違う、故郷のル・ロンドとは明らかに異なる近代的なつくり。医学校や、海停に繋がる道がある中央の通りでは、まるでお伽話の国のような、幻想的な光景だった。

 

でも、僕はそれが好きになれなかった。むしろ中央から外れた暗い裏道に惹かれた。暗い趣味をしているな、とは店長の言葉だ。その御蔭でいいバイト先を見つけられたんですけど。ナディアっつー名状しがたい関係の悪友とも会えたし。いや、あっちは会っちまったって感じか。出会いは選べないって看護婦の方が言ってたけど、それって本当ね。

 

イル・ファンの生活は目まぐるしい日々だった。助手としてハウス教授を手伝い、自分も知識を蓄える日々。休みの日には遠出をしたりもした。ラ・シュガルや、時にはア・ジュールにも足を運んだ。本を片手にあちこちを周り、色々な薬草や古代の本を探した。もしかすれば、精霊術を使えるようになる何かがあるかもしれないと思って。残念ながらそっちの方では結果が出なかったけど。

 

――――そうして、今に至る。

 

医学校で学んで。時折「え~精霊術も使えないなんて~」「精霊術が使えないのが許されるのは5才までよね~」などと吠えるビッ○………もとい医学校の医学生達に対して、殴って飛ばしたい衝動を必死に抑えながら。

 

蔑みが混じった白い目に耐えながら、ようやくここまでこれた。夢を叶える第一歩。いよいよスタートラインに立てるのだ。ナディアが姿を消して2ヶ月。教授の研究もいよいよ大詰めらしい。既に論文もできているとか。詳しい内容は聞かされていないけど、推敲も理論の見直しも九割九分は完了していて、明後日ぐらいには発表できると言っていた。

 

らしくなく、興奮している。

 

「へえ、なのに坊主はこんなところでなにしてんだ?」

 

とおっしゃるのは、ここガンダラ要塞の門番さん。本名はモーブリア・ハックマン、年は34のおっさんである。

 

「知ってるでしょうに。日課の修行ですよ。今日はちょっとはりきりすぎちゃいましたけど」

 

「あー、あっちの方で魔物がポンポン飛んでたけど、お前の仕業かこのクソ坊主」

 

「いやあ。つい出来心で」

 

「お前は出来心で魔物を空に飛ばすのか……ああ、坊主だから仕方ないな、坊主だから」

失礼な。僕の名前はジュード・マティス、どこにでもいるただの15才。そう、イル・ファン医学校に通う医者の卵をしている、どこにでも居る医学生なのですよ。そこいらの青臭い少年少女共と変わらない。無意味に明日にワクワクしている青い春も真っ盛りなお年ごろの田舎もんです。

 

「え、ここツッコミどころだよな? むしろ青い春だっていう笑いどころ?」

 

「あはは本当に失礼ですねこの門番風情が。僕はただの純朴な少年です。はい、リピートアフターミー」

 

「五月蠅えよこの純朴な ク ソ ガ キ が。っつーか何度も教えただろうが、いい加減名前で呼べよ! あと口が悪ぃ! 俺は一応軍人だぞ!?」

 

「えっと確か………ミスター、モン・バン?」

 

「ガアッ!!」

 

言うと、門番さん、興奮して第二形態になった怒れる戦士モンバランさんは顔を真っ赤にして威嚇してきた。ちなみに相方の兵士さんは今日も苦笑気味である。いや、街の衛兵さんとは違って懐の広いこと広いこと。しかし目の前の門番さんは狭量だ。いや、たまたま機嫌が悪いよう。どうせまた仕事が忙しいやらなんやらのやりとりで嫁と喧嘩したんだろうけど。原因は家に帰れないからか。まあ奥さんも大変だよね。事情もあるから仕方ないかもしれないけど。

 

「そのとおり、適任が少ないんだよ。もっと人員増やせたらなあ」

 

「よく言う。増えたら増えたでで、嫌がるくせに」

 

このガンダラ要塞の門番って鍛えられた軍人と言えどそうそう成れるもんじゃない。けど、一種のステータスでもある。だから仕方ないと思うね。まあ軍の人使いというか人材不足についてはよく聞いている。最近は特にひどいらしい。街に飲みに来る衛兵さんも愚痴っていたから、ただの噂で終わる話ではない。妙な研究棟の警備やその他もろもろに人手を割かれてるせいで、ローテが厳しくなっていると聞いている。それに、日帰りでの急ぎ旅は危険だ。迂闊な真似をすれば、二度と帰れなく可能性が大である。なんせ首都イル・ファンとここガンダラ要塞を結ぶ街道に徘徊している魔物の強さは、かなりのものなのだ。ここいらの魔物3体を同時に相手すると想定した場合、精鋭部隊を4人程度は用意しなければ完勝は見込めないだろう。

 

「なら、その魔物を蹴散らしながら往復するお前はなんなんだ?」

 

「ただの医学生です」

 

「正体を現して手を後ろに回せ。お前のような医学生はいない、少なくともここリーゼ・マクシアでは」

 

世界規模で否定して犯罪者にするとは失礼だなこの人。それにこれぐらい、元貴族の令嬢でさえやってのけるさ。

 

「え、最早令嬢じゃないだろそれ。というか、レイジョーとかいう怪物がいるとか?」

 

何かを想像したのか、してしまったのかモンバーンさんの顔が青くなっていく。あ、ぐったりした。きっと2m超のメスゴリラみたいな姿を思い浮かべているのだろう。あるいは、この要塞にあるというゴーレムににた令嬢型最終兵器みたいな。

 

うん、今度会ったときにナディアに言ってやろ。きっと顔を赤くするぐらいに喜んでくれるに違いないから。新しい話の種を考えつつ、僕は荷物の中から手紙を取り出した。白い封筒に、桃色のリボン。見てすぐに分かったのだろう、門番さんが興奮に色めき立った。

「はい、娘さんから」

 

「ありがとうよ」

 

素直に礼を言えるのはモンバーさんの良い所だと思う。そしてしばらくして手紙を読み終えた後、モンバリアさんはまた礼を言ってきた。

 

「まいどスマンな。正直、こうして届けてくれるのは助かるが………無茶だけはするなよ。お前でも、一人ではここいらの魔物をまとめて相手するのは危険だろう」

 

「いえいえこの程度。師匠とのガチンコ勝負に比べたら、毛ほどにも辛くないっす。まあ、これもいい修行になりますしね」

 

「何者なんだその師匠は………」

 

「僕の尊敬する人です」

 

あと、手紙を受け取るのは実は役得なのだ。たまに返信を持っていくのだが、渡した途端に娘さんも奥さんも笑ってくれる。そして二人とも、目の保養になると断言できるぐらいには整った容貌をしている。近所でも有名な美人親娘なのだ。そしてその美人度はかなりのもの。

 

門番さんの同僚さん、通称門番・弐型さんが家庭のことで悩んでいる門番さんに対して、混じりっ気なしの殺意をこめて睨むほどには。言葉も過激だ。代表的な言葉は"もげろ"。最近は"掘るぞ"に変化している。え、なにそれ怖い。

 

「………尻が、なんかむずむずするな………ともあれ坊主、アレはどこまでいった?」

 

「今の流れでアレと言われるとなんだか嫌な気持ちになるけど、まあ"ここ"までですよ。ちょっと最近は打ち止めぎみですね」

 

と、腰につけている自分のリリアルオーブを見せた。これは持ち主の潜在能力を覚醒させるためのアイテムだ。戦闘を重ね、経験を重ね、強くなっていくごとに成長の種子が花弁のごとく開かれる力の華、といえばいいだろうか。一枚の限界層は9層だが、その内容は持ち主ごとに異なる上、人によって限界が違うという。一般人は3層程度で打ち止めらしい。普通の軍人で5層程度、近衛の精鋭部隊で8層程度まで。比べて僕は、"2枚目"の1層めに突入中。ふつーに2枚目、とか出てきた時はびっくりした。日課としてイル・ファンとガンダラ要塞の入り口前までを往復していただけなのに。ちなみに2枚目に突入しましたー、と伝えた時の門番さんの顔は忘れない。「この最終兵器医学生が」とつぶやかれたことも。つーか、最終兵器て。なんていうことを言うんだモン吉さん。

 

「だから名前で言え………ったく、ほら」

 

「ん?」

 

と、投げられたものを反射的に受け取り、確認する。見れば、黄色いグミ――――レモングミだった。傷は癒せないが、体力を大幅に回復してくれるという神秘の食べ物。自然治癒力も高めてくれるので、ある意味で回復薬とも言えないこともないが。しかし、これも結構高いものなのに。やっぱり、この人はなあ。ここは礼を言うべきか。

 

うん、言おう。僕は深呼吸し、そして告げた。

 

「――――ありがとう。さようなら、モブ」

 

「さっさと帰れ!」

 

なんで怒るんだろう。親しみをこめて、本名のモーブリアを略して呼んだだけなのに。

 

「いいから、ガキがこんなところに来んな! 大人しく医学校でお勉強しとけ!」

 

つまりは、学べるうちに学んでおけよ、と。何だかんだいってお人好しな門番さんの言葉に、手を上げて応えながら僕はイル・ファンに帰るべく、足を踏み出した。

 

 

「………勉強するだけで治癒術が使えるなら、僕もそうするんだけど」

 

 

誰にも聞こえないように呟いたその言葉は、風に流されて消えた。

 

 

 

 


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