その連絡が入ったのは早朝だった。
「クレインさんが捕まった!?」
「はい。昨日の夜、強制徴用の日を繰り上げるとの連絡がきまして、それで………」
直談判しにいったが、捕らえられてしまったらしい。止められなかった、というローエンの表情が痛々しい。それでも、まだどうにかはされていないらしい。今はナハティガルが居るという、バーミア峡谷へ連行されている途中だという。
バーミア峡谷とは、カラハ・シャールの南にある谷だ。リーゼ・マクシアでも稀有な霊勢下にあり、一年中風が吹いているという場所である。
「そこには軍の極秘研究所があるらしいのです」
「研究所………そこで、王と会う?」
「いえ、これは私見ですが………」
ローエンが言うには、そこで殺される可能性が高いらしい。連れていかれた民と一緒に、マナを吸い取られるかして、始末されるのだと。
「領主を一方的に処刑なんかしたら………!」
「いえ、内乱は起こせません。ア・ジュール軍の動向も、いよいよ妙になっています。今、カラハシャールから争いを起こせば、事態は泥沼になります」
なにより、旗となれる人物がいない。あのドロッセルでは、一軍を統率することなどできないだろう。単純な軍事力でも敵わない。ガンダラ要塞に駐留している兵力次第では、一ヶ月も経たない内に決着がついてしまうだろう。
「しかし、そのような暴挙が許されるはずがないだろう。六家を完全に敵に回すことになる………自らを苦境に追いやるなど、ナハティガルという男は狂っているのか」
ミラの言うとおりだ。そんな事をすれば、国内の大貴族全てが敵に回りかねないのに、どうして。
「………力で、抑えつけるつもりでしょう。ナハティガルは軍事においても、卓越した手腕を持っています。何も考えずに事を起こすことはない」
「ここで槍に繋がるわけか。それでア・ジュール軍を完膚なきまでに撃破して………」
「はい。槍とやらがどのようなものかは不明ですが、このような暴挙に至ったからには"それほどのモノ"である事は予想できます。その力を六家に見せつけ、反抗の意志を抑えつけるつもりでしょう」
場に沈黙が満ちる。エリーゼはクレインさんか、ドロッセルの気持ちを考えているのか涙目になっている。アルヴィンは落ち着き払っているが、何を考えているのか。
僕達の事情を勝手に説明したのは、シャール卿―――つまりクレインさんが現政権に不満を持っているのが分かっていたからだという。そのため先にこちらから情報を出して信用させ、向こうの情報を得た上、協力を得られるように段取りしたのだという。結果は万事OK。でも先に言っとけと、ミラと一緒にぶん殴った。両頬の絆創膏が痛々しいが、自業自得だ。
それもどうでもいいが。問題は、今からどう動くか、だが………
「ローエンが、僕達の所に来た、ということは?」
「はい………私に力を貸していただけませんか。クレイン様をお助けしたいのです」
ローエンは頭を下げて頼んだ。だけど、腑に落ちない部分がある。
「なぜ、よりにもよって僕達に? いっちゃなんだけど、指名手配されている身だし、信頼できる材料が無いと思うんだけど。カラハ・シャールの兵を使うのがベストなんじゃない?」
「いえ、あそこは大軍を展開できるような場所ではありません。通路は狭く、同質の兵を連れていけば、泥沼の消耗戦となるでしょう。そうなってしまってた後では、遅い」
同意する。マナを吸い取られていれば、もって一日ぐらいだろう。
「指名手配についても、理由があったとのことと。単純な技量でも、実戦をあまり経験したことがないカラハ・シャールの兵よりかなり上であるかと」
「だから少数精鋭………僕達に、か」
それに、両軍が直接ぶつかってしまうと、事態は一気に"危ない"方へと傾きかねない。軍と軍がぶつかれば、それだけで大事だ。全面戦争となったら、どれだけの人が死ぬか分からない。だからこその僕達、短時間での救出劇が最善。そしてその後に、何もせず脱出するのが目的か。
「その時の足は? 僕達のじゃない、捕まっている人には必要だと思う」
全部とは言わないまでも、体内にある多くのマナを吸い取られている可能性が高い。
そうなると、まともに歩けないだろう。移動手段が必要だが――――
「すでに、用意させております」
―――ローエンも、必要なものがなんであるかは分かっているようだ。
あまりの手際のよさに、只者じゃない感がこれでもかと言うほどに漂ってくる。
(本当に、ただの執事なのか?)
自問は浮かぶが、間諜の類ではないだろう。これまでの言動、どう考えてもクレイン・K・シャールを謀るためのものとは思えない。主のこと、クレインさんとドロッセルのことを心の底から敬愛しているのが見て取れる。断れば、一人で行くつもりだろう。それだけの覚悟はあると見た。
どうするべきなのか。迷っていると、声がかけられた。
「ドロッセルのお兄さんを助けよう! ねー、ジュード君!」
「いや、そうしたいのは山々なんだけどな、謎生物」
「ジュード………」
ちょ、そんな目でを見るな二人して。
「………私なら構わんぞ。あれを使おうというナハティガルの企みも見過ごせない」
昨日のお茶会の礼もあるしな、とミラは頷いてくれた。予想外の早い決断に、少し驚いてしまう。
「あ、お兄さんもオッケーよ。あのガンダラ要塞を正面から突破するよりはマシだしな」
「そうなった時は、アルヴィン君の健闘に期待しよー!」
「ちょ、いくら俺でも"あの"ゴーレムは無理だって!」
アルヴィンが叫んでいるが、無理も無いだろう。ガンダラ要塞に配備されているあの巨人兵器は、ラ・シュガルの最終兵器とも呼ばれているものだ。僕でさえも、単騎でまともに当たれば踏み潰されて終わり。それを考えると、確かにこっちの方が大分マシと言える。
下手をすれば、一団と戦闘になる可能性があるが、戦いようによっては何とかなるだろう。ここで留まっている時間も惜しい。色々と不確定材料や、不安材料はあるが、それらを気にするばかりではいつまでたっても前に進めない。
「と、いうことで善は急げ。なんで、急ぎましょうか」
「………ありがとうございます」
ローエンはまた、深々とおじきをした。
そうして、僕達は準備を整えると、すぐに出発した。メンバーは今までの4人にローエンを加えた計5人。ティポは別。道中に連携の確認も兼ねて魔物と数回戦ったが、ローエンの戦闘方法は精霊術師タイプらしい。特にマナの制御に秀でいた。マナの変換効率や、精霊術の出力自体は高く、度合いでいえば今まで出会った中でもトップクラスのもの。その上で、術の精緻さにおいては頭2つ分ぐらい抜けていた。
技量というものについてランク付けをすれば、今まで出会った中でも、間違いなくナンバーワンに位置するほどだ。使い所もうまい。こちらとむこう、両方の立ち位置や体力、状態を把握しているのか、決めて欲しい場所にズドンと精霊術をぶちかましてくれる。体力はそれほどありそうにも見えないが、余計な動きをできるだけ省くことで体力の消耗を低減しているようだ。武器は投げナイフと小剣。近距離から中距離にかけて使える武器で相手を牽制し、その隙に精霊術を行使していた。
実戦経験も豊富なのだろう。集中力が尋常じゃないほどに高く、辿り着くまでに10程度の戦闘はあったが、爺さんはミスもゼロで、傷ひとつさえ負っていない。それを見ていたアルヴィンが、一言。
「なあ………爺さん一人でも良かったんじゃないのか?」
「いえいえ。魔物相手ではうまくいっていますが、組織だった動きをする人間が相手ではこうはいきませんよ」
ローエンは笑って否定する。確かに、複数の動きをしてくる人間相手では、こうもうまくいかないかもしれない。だけど、その戦闘力と戦闘技術だけは本物だ。僕としても、学ぶものが多いぐらいに。
エリーゼもその凄さが分かったのか、目をキラキラさせてローエンの方を見ている。
「すごいです、ローエン」
「エリーゼさんも、そのお年でそこまでの治癒術を使えるとは………驚きました。長生きはしてみるものですね」
「それほどでもー。でもローエンもじじいなのに、ヤル―!」
「ほっほっほ。しかしジュードさんも、その若さで凄い技量ですね」
「師匠に鍛えられましたから」
肉に染み込ませて、初めて技となる。それぐらいの反復練習はやったし、実戦もこなした。
これで技量が低ければ、それはそれで嫌なのではないか。
「ミラさんの詠唱を用いない精霊術にも驚かされました。流石はマクスウェル様、ということでしょうか」
「ふむ、特別なことをしているつもりはないのだがな。驚くほどのことなのか?」
「ははは。僕に聞かないでよ、あははははぁ………」
アルヴィンに肩を叩かれるが、ちょっとテンションが落ちてしまった。
「えっと、その、ミラは………どうやって精霊と契約しているんですか?」
精霊術の詠唱は、いわば精霊と取り引きをするための契約書らしい。
それもなしに、どうやって契約しているのか。実のところ、僕も興味がある議題だ。
「ボクも聞きたいー!」
「ふむ………そうだな」
ミラはエリーゼとティポに頷くと、説明をはじめた。
「といっても、特別なことはしていないぞ。精霊にマナを渡す時に、こう――――『つべこべ言わずに術を放てぇ!!』――――と意志をこめているだけだ」
叫び声にびっくりした。エリーゼの目も、ティポの目も丸く開かれている。っていうか、さあ。
「………それって契約じゃなくて、ただの脅迫じゃあ」
要約すると『証文ないけどワシを信じろやぁ!!』ってな具合の、いわゆるゴリ押しである。
あれ、これって大精霊というか大親分扱いじゃね?
「甘やかすのはよくないだろう。人も精霊も、な」
「じゃあミラの甘味も制限するということで」
「それとこれとは話が違う」
「するということで」
「待て」
と言われて止まる馬鹿はいない。
それよりも、気合だけで無詠唱の精霊術を行使できるのかあ…………はははは。
「………怒っているのか? いや、私は普通のことを言ったまでだが」
「ギギギギギギギ」
「落ち着け、ジュード!」
アルヴィンのツッコミに、ようやく正気に戻った。あはは、この胸の虚無感は消えてはくれないけど。それでも、エリーゼもローエンも凄いな。ナディアもそうだったけど。レイアに関しては、どうなんだろう。治癒術を勉強したいとか言ってたけど、もうモノにしてるんだろうな。
なんだかんだいって、才能だけなら僕よりも上だったし。流石は師匠の娘といった所か。
「ははは、空が青いなあ」
「どんより曇っておりますが」
「あれ、晴れなのに雨がー」
「って泣くなジュード! 悪気はないんだ、きっと!」
「……?」
―――そうしてあれこれ思考を逸らしている内に、いつの間にか峡谷に到着していた。風が吹きすさぶ山地、バーミア峡谷。足場はでこぼこで動きづらく、なるほど大軍を展開するには向いていない場所だと理解できる。
そして、入り口は大きな岩に囲まれているせいで、動ける空間が狭くて――――格好の的になる。
「なら、こう来るよなぁっ!」
「きゃっ!?」
エリーゼを抱えて横に跳ぶ。直後、エリーゼが立っていた場所に飛んできた矢が突き刺さった。
「まあこんな場所だし、普通は待ち伏せするよね」
岩陰に隠れ、抱えていたエリーゼを地面に下ろす。ミラとアルヴィンも、素早く反対側の別の岩陰に隠れていた。僕の方といえば、エリーゼとローエンが居る。その直後、風の精霊術が岩の間を抜けていった。
「軍の精霊術師ですね」
「厄介だな………弓兵のほかに歩兵もいやがるぜ」
アルヴィンが岩陰から覗き込み、相手の戦力を確認している。だがすぐに矢が飛んできたせいで、隠れざるをえない。
「おまけに、相手の方が位置的に有利か。一息に突破するのは危険だな」
ミラの言うとおり、相手は高台の上から攻撃を仕掛けてきているようだ。あの高低差だと、こちらからは拳も剣も届かない。可能性があるとすれば、アルヴィンの銃か、ミラとローエンの精霊術だけ。
だが、それよりもまずは――――
「ジュードさん、何をするおつもりですか」
「ちょっと、相手の戦力を確認するだ――――け!」
声と共に岩の上にまで飛び上がる。相手方は予想外だったのか、一瞬だけボウガンを引く指が止まっていた。それでも、数秒の遅れだけ。放たれたボウガンの矢が、僕の身体を貫くべく空を切って飛来する。だが、おとなしく当たるほど、僕は間抜けではない。
「よっ!」
岩を蹴って横に跳び、矢を回避。矢は虚しく空を切るだけで、後方へと目的もなく飛んでいった。
そのまま着地。ミラとアルヴィンが居る、反対側の岩陰へと隠れた。
「ジュード、なにを………」
「精霊術師が左の奥に二人。ボウガンを構えている兵士が正面に4人。右奥と正面奥には、歩兵が二人ずつ」
「………相手方の戦力の確認か。まったく、そうならそうと先に言え。心臓に悪いし………エリーゼを見ろ」
見れば、エリーゼは少し涙目になっている。
「いや、大丈夫だって。あの距離なら全部叩き落とせるし、当たっても大怪我はしない」
「そう、なんですか?」
「うん。体調もかなり戻っているし――――それを踏まえて、さてどうしましょ」
互いの武器は先程までの魔物相手の戦闘で確認済み。これらの手札をどう使って突破しましょうか。
「ジュードさん、先程の話しは本当ですか?」
「ん? まあ、至近距離でも狙われる部位によっては拳で弾けるよ。あとは、空中での牽制も一応はできる」
足を踏ん張っていないので威力はでないが、空中で拳大ぐらいの大きさの魔神拳を撃つことはできる。それも、せいぜいが一発程度だが。
「ふむ………ならば、こういう作戦はどうでしょうか」
ローエンはそう言うと、僕達に詳細を説明しはじめた。
「――――と、以上です。ジュードさんが危険に晒されることになりますが………」
「やれる。かすり傷程度なら、治してくれるエリーゼがいるしね」
「俺もだ。ボウガンに邪魔されないことが前提だが、この距離ならば当てられる」
「私も、問題ない」
「それえは始めましょうか…………どうやら、相手の方は打って出てくるつもりはないようです」
「迎撃主体か。なら、問題ないな」
言うと、ミラが相手に見えないよう岩陰をつたって、左奥の方へと移動していく。
残る4人は、ここで待機だ。
「エリーゼは、待っててね。出てきたらダメだから」
「ジュード………」
「大丈夫だから、さ」
「そうそう」
僕とアルヴィンが頷き、ローエンが微笑み、
「そうです。それでは………」
ローエンが投げナイフを構える。それを合図に、まず僕が岩陰から飛び出した。ボウガンを構えている4人に向かって、ゆっくりと歩いて行く。
そして、両手を前に構える。防御を主体とする守りの構えだ。相手はすぐには撃ってこなかった。
先ほどの僕の動きを警戒しているのか、こちらがどう出るか、様子を見ているようだ。
―――予想通りに。そして僕は、予定通りの行動に出る。
「………来いよ、グズ共。それとも当てる自信がないとか」
とん、と自分の額を指で押して、挑発する。
動作はあくまで前菜。メインディッシュは、言葉である。
「それとも、ボウガンの撃ち方を忘れちまったか? はっ、民間人を浚うクソ軍隊らしいよ」
そして、軍隊には禁句である一言を叩きつける。
「まるで山賊だな、お前ら」
「っ、貴様ァ!」
激昂。軍人に対する最大の侮辱、触れてはならぬ所に触れたと兵は怒声を上げ――――直後、弦の音が鳴った。その次の瞬間には、矢は放たれている。
4人の一斉射撃、ゆえに矢の数は4本だ。
だけど、無意識に引っ張られてか、狙いは"自分で指さした頭部付近に集中している"。
「これならぁ!!」
―――ばらけているならともかく、これならば腕に近い、叩き落とせる!
「っ、馬鹿な!?」
驚く弓兵。その隙に僕は前へと走りだした。弓兵も、当然追撃を加えようと前に出るが、それもこちらの思うつぼだ。前に出た二人の右、左、後ろに、僕を囮にして"物陰から投げたローエンのナイフ"が突き刺さり、
「なっ?!」
「精霊術か!?」
同時に、地面に魔方陣が描かれ、中に居る二人の動きが束縛された。
「させるか!」
フォローに来たのは左奥の精霊術師。
僕の方を注視し、僕を標的に、集中して詠唱を初めたその時、
「業火よ、爆ぜ「遅い!」ぐあっ!?」
左より回り込んでいたミラが、後ろから奇襲する。一人が斬り伏せられ、もう一人も近接戦闘は苦手なのか、粘る間もなくミラに斬り伏せられた。
僕はそれを確認すると同時に、前の高台へと飛ぶ。
当然、無防備になる。宙にいる間は足元も定まらず、身体も動きにくいからだ。
ボウガンで狙い撃たれれば避けることはできないだろう。
――――だからこその、アルヴィンだが。
「甘いぜ!」
銃撃の音が2つ、同時にボウガンを持つ弓兵の悲鳴があがった。
そして着地と同時に弓兵を束縛していた方陣が消えるが、もう遅い。
「獅子戦吼!」
二人まとめて吹き飛ばし、高台の下へと落とす。この高さならば死にはすまい。
残るのは、後詰めだ。その前に、迎撃をしなければならないが。
「隙あり!」
「調子にのるなガキィ!」
獅子戦吼を放った後の隙を狙っただろう、残っていた歩兵が二人、後ろから襲いかかってきた。
だけど、それも想定の内だ。高台の下と正面に輝くは、緑と赤のマナの色。
そして詠唱の声が聞こえ、
「穿て、旋風―――ウインドランス!」
「業火よ、爆ぜろ―――ファイアーボール!」
「「ぐあっ!?」」
ミラとローエンの精霊術が歩兵に直撃した。
同時に渾身の力で踏み出した。
高速の飛び回し蹴りで一回転、怯んでいる歩兵の頭を刈ってなぎ倒す。
着地後は目の前の弓兵の対応だ。
アルヴィンが銃で牽制した二人は体勢を立てなおして、既に僕の方に狙いを定めている。
「やらせるかよ!」
だが、アルヴィンも黙ってはいない。下からの援護に翻弄され、弓兵の二人は意識を割かれて、ボウガンを構えて撃つまでの体勢に持って行けていない。
回避に専念し、その隙が命取り。僕はすかさず間合いを詰めると、マナを篭めた一撃をぶちかました。更に突進の勢いを乗せた打撃で、ミラが居る方へと飛ばす。
もう一人は、後ろ回し蹴りからの、
「偽・三散華ァ!」
3連撃。地の精霊術による反動はないので教え通りにはできないが、拳と蹴りのコンビネーションを叩きこむ。飛ばされた弓兵も、ミラの剣に倒されたようだ。
残るは右奥にいた、歩兵の二人のみ。とはいっても、ここまで来れば終わったようなものだ。
特別な攻撃も、遠距離の攻撃もないため、さしたる脅威もない。
だから僕は無造作に間合いをつめ、二人を叩きのめすべく拳を振るった。一人目の兵士は回転を加えた裏拳、横っ面に叩きこんでなぎ倒すと、その勢いのまま残る一人に中段の回し蹴りを放った。
「ぐっ!」
しかし、返ってきたのは固い感触。見れば、兵士は両の腕によって僕の蹴りを受け止めていた。
「ぐうっ、舐めるなぁ!」
「くっ?!」
兵士が、渾身の力を振り絞った様子で防御の腕を振り上げ、それによって僕は足ごと飛ばされた。後ろによろめいてしまい、体勢が少し崩れる。だが、相手も僕の蹴りのダメージからかその場にとどまるばかりで、追撃にでられそうにないようだ。
僕は体勢を立てなおした後、また攻撃を加えようと意識を前に集中して――――音を聞いた。
右側。高台の下から弦の音。それは、聞いてはいけない音。
「この―――」
顔だけで振り向くと、そこにはボウガンを構えた弓兵。
高い所から落ちて満身創痍、でもこちらに矢の切っ先が。
「クソ、ガ」
体勢は立て直せない。相手との距離は近く、腕で防御するのも間に合わない。
マナの防御もしようが、この至近距離でこの矢を受ければ、貫かれるだろう。
(やば――――)
ようやく悟る。ここは死地。僕はなんとしてでも重要な臓器を避けようと、矢の先から逃れようと、身体をひねって―――――
「キィ「ティポサライブ!!」ィガ!」
弓兵の後頭部に、謎生物ことティポが放った光弾がもろに直撃した。
放たれた矢はおもいっきりブレて放たれ、そのまま明後日の方向へと飛んでいく。
「…………………………………」
場に、鉛のように重い空気が流れていく。
「もー、なんてことするのさー!」
怒っているティポ。心なしじゃなくて、明確に身体が大きくなっているような。そのビッグティポは、口をがじがじしながら、残っている歩兵の方を向いた。
「ジュード君を襲うなら、ボクが食べちゃうぞー!」
「ひ、ば、化物ぉっ!!」
歩兵は恐怖の声を上げ、そのまま一目散に逃げていった。
………残される沈黙がとても痛い。その静寂を破ったのは、他ならぬティポだった。
「ジュード君、危なかったねー…………助かったでしょ? ほめてほめて」
「ジュード、だいじょう、ぶ?」
ティポを抱きしめながら、ととと、と歩いてくるエリーゼ。ボクはなぜだか、その両方の頭を撫でなければいけないような気がしたので、二人の頭を優しく撫でる。
(うん………ティポは怒らせないようにしよう)
完勝だというのに、僕は得体のしれない恐怖と色々な敗北感を味わうことになった。