Word of “X”   作:◯岳◯

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31話 : 名前と理由

 

 

「たった一人で大勢の敵を相手にしなければならない場合。その時に重要になるものが何か、分かるかい?」

 

 

師匠の問いに、僕は分からないと首を横に振った。

 

すると師匠は立ち上がって樹の後ろに隠れて、これならばどうだと聞いてきた。

 

「樹が邪魔で殴れないだろう? そう、位置取りさ。一斉に襲いかかってきた槍やら剣やら精霊術やら。死角からも襲ってくる飽和攻撃を完全に避けきるのは不可能に近い、だけど………ようはやりようさ」

 

それは、そうと思う。例えば、頭、胴体、腕、足。同時に仕掛けられたら、防御なんて不可能だ。

だからその数を減らせばいい。障害物を利用して、相手が攻撃するコースを限定すれば。

 

「だからこそ、例えば樹を盾に。岩の影に。人間を、相手の敵を障害物とする。攻撃を受けない場所へと自分を置くんだ。そうなれば自然と、攻撃の数は減る。中途半端に留まるのが、一番やってはいけない選択さね」

 

目は閉じるな、臆するな。それは、いつも師匠から聞かされている言葉で。

 

「怯えず前に踏み出し、勝機の懐に飛び込むんだ。徒手空拳は武器をもった相手に劣る、だけどそれはリーチだけを見た話さね。相手に近ければ近いほど、それだけ他の敵は攻撃できなくなる。味方に当たるからね」

 

それに、悪い部分よりは良い所を見つけた方が人生楽しいだろう、と師匠は豪快に笑った。

 

「ジュード。あんたは武術に関しては、突出した才能はない。武術のセンスだけをいえばレイアに及ばない。棍術も、活神棍術にも才能はない」

 

だけど、あんたしかない長所がある、と。僕の頭を指さして、師匠はにやりと笑う。

 

「あんた頭の回転の速さは、アタシでも叶わない。それは長所で、武器さ。だからそれを活かしな。

 

戦いながらも、常に相手の位置取りと武器の有効範囲を見極めながら、前に。後は度胸さね」

それは誰でも持っているものらしい。

 

「持っているものを振り絞りな。両の手と足があればなんだってできる。何より欲しいものがあるんなら、腕振り回しながら走ってでも掴みとりな。人間、必死でやれば案外どうにかなるってもんだよ。前提として、身を粉にする努力が必要になるけどね」

 

だけど、全身全霊であれば例え、大勢の敵を前にしても、踏み込む意志を吠えてやれば。

後はそれまでに培った努力が後推しするだろう。

 

「汗を流す努力こそが、実になる樹を育てるのさ。頑張って無駄になることなんて、きっと一つもないよ」

 

 

だから、と撫でられた頭の感触は忘れられなくて。

 

 

 

――――そうして時は今に戻る。

 

師匠の薫陶を逃さず飲み込んできた今だ、負けるはずがないだろう。

そして僕はそれを推進力とする。まず一歩、前にいる兵士へと突っ込んでいった。そしてやや右に身体をずらす。相手の間合いに入ると同時、兵士の膝の側面に前蹴りを当てた。時間稼ぎなもので、大した威力はない。

 

それでも攻撃の動作ゆえに一瞬だけ身体が硬直する、が攻撃はこない。

 

左の敵は蹴りを当てた兵士が邪魔で剣を振りおろせない。すれば味方に当たってしまうだろう。右にいる兵士はガタイが大きいせいで、足が遅いので問題はない。攻撃とは自分の間合いの中にいるものにしかできない。そして、僕はその外にいる。

 

その隙に、前蹴り分の隙をクリアする。すかさず遅れている兵士の方へ、自慢の脚で一気に踏み込んだ。こちらに気づき棍棒を振り上げるが、もう遅い。隙だらけの腹に踏み込みの勢いを乗せた掌底を叩きこむ。みぞおちに入った一撃は呼吸を奪う。息を止められれば、身体も硬直するのが人間だ。

 

でかい兵士はそのまま棍棒を振りおろすこともできず、よろめいた。

好機であると判断。前に進みながら、左右の拳を顎に叩きこむ。戦闘不能にできた、その手応えを確かめると同時に兵士の脇から背中へと移動。

 

同時に、双掌を兵士の背中に当てながら地面を踏みつけた。両手のマナを獅子の形に、象らせた直後に爆発させる。

 

「――――獅子戦吼」

 

よろめいていた兵士は大きく前に吹き飛んだ。ガタイの大きい兵士が、近くにいた他の兵士を巻き込んで転がっていく。それを確認せずに、横に軽く跳躍する。直後、いままでいた場所に風の刃と火球が着弾した。着地と同時にまた横に跳ぶ。そうして地の精霊術を回避しきると、前に。

 

痛む右手と全身にまとわりつく疲労感を振り切り、全力で疾走する。そして、その勢いを活かさない拳士はいない。走る勢いに任せ、左の膝をみぞおちに叩きこみ――――

 

「飛燕――――」

 

全身のマナを活性。右の前回し蹴りから、

 

「―――連脚!」

 

左の後ろ回し蹴りを後頭部に叩きこむ。体力の少ない精霊術師はそれだけで昏倒した。それを見ていた残る二人の精霊術師が慌てて詠唱をはじめるが、それも遅い。

 

詠唱開始から精霊術が発動するまでの時間は、先程の攻防で見切っている。突っ込んでも精霊術が発動するまでに倒せるだろう。三秒の後にそれは現実となった。再び走る勢いに任せ、まずは詠唱を止めるべく顔面に掌底を放ち、

 

「三ァ―――」

 

後ろ回し蹴りから、

 

「散華!」

 

右の拳をえぐり込むように頬へ。この技は『三散華・偽』。本来は地の簡易精霊術による反動を活かすので、偽だ。だけどこの場では十分に過ぎる。これで残る精霊術師は一人。だけど、転んでいた兵士が3人、この時にはすでにこちらの間合いの近くまで迫っていた。

 

間もなくこちらに向けて下級の精霊術が放たれたが、意識の中に捉えている。そして見えている下級の精霊術など、当たってやる理由がない。

 

軽いバックステップでやり過ごしながら、呼吸を整える。同時に相手の武器と間合いと隊列を確認した。相手は、動揺しているせいからだろう、隊列はやや乱れている。そして、その隙は突いてやるべきだろう。横に広く展開されていれば攻撃を捌くのに苦労しただろうが、密集しているのならば問題はない。

 

――――なぜならば、一対一を三回繰り返せばいいのだから。そして、外道集団相手にサシで負けるほど、僕も柔じゃない。拳士のリーチは短い。だが攻撃はあたる間合いであれば、使える攻撃の種類と角度は無限に近くなる。そして、こちとら殴るも蹴るもマナを飛ばすも自由な、ソニア流護身術の使い手で。間合いの中ならば、敵はない。その上、僕は体格が小さい。

 

相手にとっては当てにくく。そして味方の身体の大きさが、攻撃の軌道を制限する。三人、昏倒させるのに時間はかからなかった。だけど最後の一瞬で、油断してしまったらしい。

 

ジャリ、という音がなるまで全く気配に気づけなかった。

 

「しっ!」

 

「っ?!」

 

武器を振るう呼吸の音も聞こえ。攻撃を悟り、急いで振り向いた所に見えたのはこちらの胴体を狙った剣の横薙ぎだった。

 

だけど対処できない間合いではない。胴の間に差し込んだ両拳のナックルガードで、剣を受ける。

 

「ぐっ!?」

 

想像以上に重かった衝撃、受け止めきれずに剣の勢いのままに後ろに飛ばされた。それでも勢いに逆らわず、後ろに転げると同時に距離を取った。同時に立ち上がり、体勢を立て直す。起き上がった相手は、その場に立っていた。もしも僕がその場に倒れこんでいれば、追撃を受けていただろう。それだけの事が可能だ、この相手は。

 

先の剣の鋭さと、重さ。そして今も見える立ち居、そして振る舞いと威圧感は地面に転がっている兵士とは明らかに異なっている。

けど、本気じゃない。本気だったのなら、防御は間に合わなかっただろう。

 

(目の間のこの人が本気だったなら、肋の数本は逝っていたはず)

 

なぜ分かるかというと、知っているからだ。

 

「やってくれんじゃないの………まあ、本気じゃなかったんだろうけどな?」

 

この人の事はよく知っている。

 

「なあ、どういったつもりだよ門番さん」

 

口には出さない。心の中で、つぶやいた。

 

(なんであんたがこんな事を。答えてくれよ――――モーブリア・ハックマンさんよ)

 

顔見知りのモブさん。おちょくりの対象だったが、その力は侮れないものがある。出会った頃の手合わせで、大体の力量は察している。その人となりも、繰り返し言葉を交わしたことでなんとなく分かっていた。

 

(この人は、何よりも………娘と同じような女の子が傷つくのが嫌だったはず)

 

娘のことが影響しているのだろう。上の姉は15歳、そして下の妹はたしか10歳だった。奥さんに似て、可愛い系の顔。イル・ファン一度だけきっと、愛する娘と重ねているのだろう。

 

少女が誘拐された事件などがある度に、感情を顕にして、いかにも怒っていますという雰囲気を隠さないでいた。だから、解せないのだ。

 

「なあ、なんでだ………どうしてこんなことをする」

 

年端のいかない少女まで。別の理由があるかもしれないが、知ったことか。拉致したのは同じなのだから。だから、問わずにはいられなかった。

 

「聞かせてもらいたい。あんたらは何を考えてこんな事をしている?」

 

「………兵に、感情は必要ない。ただ命じられた任務を遂行するのが軍人だ」

 

「なるほど。抵抗もできない無力な人を、鍛えたその腕で。力づくで引きずり回して言うことを聞かせて――――」

 

最後にはマナを吸い取って殺す。外道と言って差し支えない所業だ。

 

「命令だ。これは………軍の仕事だ。多くの民を救うために必要なことだと、聞かされている」

 

「言い訳は聞いてねえ。僕はあんたの言葉が聞きたいんだよ」

 

足元で転がっている兵士にも問いたい。

 

「なあ、あんたら。例えばあんたらに大切な人が――――娘がいて。同じ目にあった所を想像してみろよ」

 

そして、何よりも。

 

「その人達に向けて! 自分の仕事を! やった事を言えんのかよ、それを誇れるんのか!

 

自分の娘と似たような少女拐かして、それが父さんの仕事だって胸を張って言えんのかよ!」

 

「――――っ」

 

兵士の仮面のスキマから見えるモブさんの口が、歪んだ。

仮面で見えないが、表情も同じように歪んでいるのだろう。

 

「しかたな……………いや、これは言えん言葉か」

 

言ってはいけない、と。そのまま、モブさんの口が閉じていく。

代わりにと、背後の門がついに全開になった。

 

そこから現れたのは、見上げるほどに大きなゴーレムの姿だ。土の巨人がその威容を表した。

 

「あれが、ガンダラ要塞の………っ!」

 

不沈の大要塞の名前を確たるものにした兵器。見るだけで分かるその威容、マナの量も半端じゃない。土を踏みしめる音から嫌でも分かったことだが、質量も桁外れた。いったい、どれだけの土が固められて造られたのか。重量がありすぎて、ゴーレムが一歩進む度に地面が揺れているではないか。

 

「終わりだ。降参しろジュード・マティス。いくらお前でもあれには勝てない」

 

「………だろう、な」

 

本当に嫌になる。まだ距離は遠いが、それでもあれの強さは分かるってものだ。例え一対一としても、勝てる手段がまるで見当たらない。ただでさえコンディションは最悪に近いのだ。

見えているだけでも、三体。相手をして生き残れるとは思えない、けれど。

 

「でも、降参はしない」

 

「………死ぬつもりか。この要塞に一人で挑むことといい――――何故だ」

 

理解できない、とモブさんがつぶやいている。

 

「自殺する者は狂っている。正気を失っているからこそ、自らの命を絶つということを選べる」

 

「同感だ。正気のまま自殺するものはいないと思う」

 

「その通りだ。そしてお前は………変わった所があるとはいえ、お前は違うと思っていたのだが」

 

見つめてくるその視線の気配は、いつもの門番さんの色だった。

 

「命は一つしか無いぞ。そして失えば二度と取り戻せない。医者を目指しているお前ならば、その重さが分かるだろう」

 

「ああ、分かるさ。なんせ――――父さんと母さんの背中を見て育ったからな」

 

なにも、軽傷の患者だけがあの治療院に来るわけじゃない。時には、手遅れな患者が搬送されてくることもあった。死にたくないと叫ぶ声。それは、今も思い出せるのだ。

 

声と、それにこめられた感情。だけど命は失われて。どうしてと叫ばれた言葉は胸を締め付けてきた。周りの人達の涙混じりの声は、耳の奥の奥、心臓にさえも届く何かがあった。幾度と無く見せられた中で、知った。

 

死ぬことは、絶対に絶対の終わりなのだと。それが覆ることは絶対にないのだと。

だからこそ、それを救う仕事はすごいものだと思ったんだ。涙ながらに、感謝される両親がいた。ありがとうございます、と今にも泣きそうな声で、泣いている声で繰り返される言葉は聞いているだけで嬉しくなる。安堵と感謝と感激がごった煮になったような。だけどあれは、とても心地の良いものだったように感じた。

 

それは見ているだけで、聞こえるだけで笑えるような。

 

「だから、医者としての二人に憧れて、それを目指した」

 

まるでヒーローじゃないかって、思った部分もあるけど。

それが、僕の原点だ。

 

「だから医療術は使えないけど。人を助ける医者として、逃げるわけにはいかないんだ」

 

出来損ないでも、マティスとして。

その答えを、門番さんは否定した。それは無謀な、賭けですらないものだと。

 

「助ける意志は分かった。だが、実際にそれが無理であるのも理解しているだろう。勝算が皆無なのは分かっているはずだ。いや、ひょっとしてお前は――――――まさかお前は、矜持に殉じるつもりなのか。医者を目指す者としての立場を貫いて」

 

「違う………と、答えるのは今日で2回目か」

 

モーブリアさんの言葉に僕は苦笑を返さざるをえない。なぜならば、それは今日の先程に聞いた言葉と同じだったからだ。脳裏に浮かぶのは、ここに来るまでの一連のこと。

 

 

 

 

 

 

―――シャール家の玄関めがけて矢を放った暗殺者を倒した後。ひとまず安心したのだが、そこで奇妙な違和感を覚えた。音が。市場の賑わいが、心地よかったはずの音がまた別のものに変化しているような。そこに、甲高い女性の声が聞こえた。

 

これは、悲鳴だろう。そして今、市場には誰がいるのか。

 

「くそっ!」

 

認識すると同時に、走りだした。しかし、遅かったようだ。襲撃者達は去った後。残っているのは私兵と、彼らに守られているドロッセル。うめき声をあげているラ・シュガルの兵士達と、その兵士たちにやられたのだろうか、普通の民間人もいる。

 

そして、僕は視界の端に発見した。肩を抑えながら壁によりかかっている、見知った傭兵の姿を。

 

「―――アルヴィン! ミラ達はどうした!」

 

「………すまん」

 

「っ、何やってんだよ………!」

 

任せろって言っただろうが。そもそも、謝って済む問題じゃない。

そんな言葉を叩きつけたくなるが、今は言い争っている場合じゃない。相手の目的がなんであれ、最悪の場合を想定しておいた方がいい。

 

だけど、それはあまりにも考えたくないことだ。もしもミラとエリーゼがハウス教授のようにマナを吸い尽くされ、目の前で消えられたら。目を閉じなくても、白昼夢のように脳裏に浮かびやがる。自分の鼓動が早くなっているのを感じた。

 

それは傷に障ったようだ。貫かれた掌から、血が滴り落ちる。

だけど今は、何よりも優先すべきことがある。

 

「教えて欲しい。二人を連れていった奴らは何処に逃げていった?」

 

「それは………あちらです」

 

指さされた先はタラス街道だ。その先にあるものは、一つだけである。

それは、堅牢の名に高きガンダラ要塞。戦略級のゴーレムが配備されている、不落の砦。そこに連れて行かれた二人。結末を想像する。

 

選択肢は二つ。だけど、答えは一つだけだ。

 

一つだけ、溜息を。深呼吸をした後に―――――常備している包帯を手に巻いた。

手の感触が若干怪しいが、許容の範囲内だ。だから手荷物を確認する。

その場で軽く跳躍し、屈伸する。朝食が消化にいいもので助かった。

 

これならば、問題はないだろうと判断する。

 

「ジュードさん、何を………っ、まさか、無茶です! 僕を庇って負った傷も………貫通していたはずですよ!」

 

「いや、庇って負った傷じゃないです。あれは僕に向けて射られたものだから」

 

嘘である。あの矢はクレインさんの心臓めがけて放たれたものだ。最初に気配を察知して、敵の射線を塞ぎ。握手するかと見せかけて半歩横にずれた瞬間、あの暗殺者は射ってきた。若干だが軌道が見えていたのだろう、ローエンもそれに同意している。だけど、それじゃまずいんだ。ラ・シュガルに領主を暗殺する意志あり、と知られればシャールの兵が黙ってはいない。クレインさんも同様だ。

 

だから、僕は一人で要塞に挑むのだ。内乱に発展させないためには、それしかないのである。

 

「無謀です! 馬車に追いつけるとも思いません、要塞での戦闘になるのは確実ですよ!」

 

それも分かってる。距離はあるし、体力も消耗するだろうけど、体力回復のグミがこれだけあればなんとかなるだろう。最後に、ポケットにある横長のハンカチで髪を上げたまま固定する。汗で視界が防がれれば、事だ。

 

これで準備も万端。最後に靴の紐を硬く結びつける。そんな僕を見かねたのか、ローエンが言う。

 

「不可能です………ジュードさんの力量は見せて頂きましたが、あのゴーレムに通用するとは思えない。単独で勝てる相手ではないのです。そして、要塞の兵の練度は相当なものでしょう」

 

兵に関しては知ってる。モブさんは、あれでエリートだった。

それでも、兵士だけならば突破できるだろう。

 

だが、ゴーレムは別だ。これだけの知識を持つ、そして元は軍属であろうローエンがここまで言うのならば、本当に無理なのだろう。

 

「死ぬ、おつもりですか」

 

諌めるような声。しかし僕は、首を横に振ってそれを否定する。

 

そして笑いながら、答えを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――そして時は今に。

 

ローエンに対して答えたものと同じ言葉で、宣言する。

 

「僕は死ぬのが怖い。だから、死にたくはない。だけど――――二人を死なせたくもない」

 

ローエンに残した言葉そのままに、重ねる。

 

「死ぬつもりはない。医者としての意志はさっきの通りだけど、仲間としての僕はここに居る」

 

マティスではない、ただのジュードとして。接してきたからこそ、貯まったものがあった。

例えば、エリーゼ。

 

「ずっと一人だった。誰も頼ることはできなくて。周囲からも疎まれて、ずっと一人だったんだ。村はずれの小屋の小さな部屋に閉じ込められて、抱きしめられるぬくもりも知らなかった」

 

僕には師匠がいた。小さい頃は、母さんもいた。だけど、エリーゼにはいなかったんだ。

 

「だけど、頑張ってた。もっと、性格も歪んでいてもおかしくなかった。乱暴になっていてもおかしくなかった。石を投げつけられても、その場に膝を抱えてうずくまるだけだった。抵抗することぐらいは、できたはずなのに」

 

村の人達にも、良い所はあったと聞かされた。それを思い出して、信じていた。

そして旅に出てから、エリーゼが村の人達を悪くいったことは一つもない。

本当に、いい娘だから。眩しいほどにいい少女だから、

 

「それに、僕はエリーゼの友達なんだ………たった一人の。なら僕が行かないで誰が行くってんだよ」

 

ハウス教授の研究の結果ならば。誰よりも僕が行くべきだろうから。

 

そして、更にもう一人。ミラ=マクスウェルという女性がいる。

 

「ちょっと変な性格だけど。大精霊とか言ってるけど、いやそれは事実なんだけど。それだけの力を持っていたけど。使命と意志と、その在り方にはちょっと歪なものを感じるけど」

 

その在り方は綺麗だった。何より使命に一念を通す女性というのは、前を見てひたむきに生きている女性は美しい。元々の造形の良さもあるだろうが、それだけじゃないだろう。苛烈だが、それでいて眼を奪われるほどの鮮烈な印象を抱かせてくれる女性など、見たことがなかった。

 

あの笑顔はきっとずっと忘れないだろう。イバルとの約束もある。そして、また別の面もあるんだ。

 

「あの大精霊様さあ。僕の料理を食べている時は本当にただの子供みたいに嬉しそうな顔をするんだぜ?」

 

一度だけ見たけど、眠っている時の彼女は幼い少女に見えたっけか。安らかに、幸せそうに。

 

当たり前のことだ。でも、そう見えたのは―――――両方とも、知らなかったからだろうか。

 

そうした事もあって。いつのまにか、彼女は放っておけない存在となっていた。見ていない所で何をしているか、と考えるだけでハラハラする。ちょっと考えなしな所もあるし。そんな風に語れるほど。短い時間だけど、二人ともに接してきたのだ。

 

想像してみると、震えてしまう。もし死んだら、と。

 

「考えるだけで胸を裂かれるような気持ちになるんだ………だから」

 

拳を握る力になる。

 

「すげー苦しいさ。手は痛えーし走りすぎて身体は痛いし、苦しいし」

 

何よりこれからやろうってことの勝算が低すぎる。余裕があったのなら、もっと違った方法を取っていただろう。そして失敗すれば死ぬ。

 

それでも、と最後のレモングミとパイングミを口の中に入れた。残り少なかった体力と、マナが回復する。残りのグミはもうない。なぜならば、"ここに全速力で走ってきた道中"で、全て食べてしまった。そのせいで、身体に積もり積もった倦怠感と、グミの食べ過ぎのせいで頭痛が酷いけど。

 

クレインさんをかばって貫かれた掌の痛みは、脊髄にまで響くほどのものだけれど。

 

「それでも、死ぬのはこれ以上に痛いんだろう。そんな思いをあの二人にさせたくはない」

 

許せはしないのだ。認めることはできない。嫌だから。だからこそ一歩、その嫌を否定するために踏みだすんだ。何よりも、この方法ならば全員が助かる方法がある。切り捨てなくていい。

 

ミラもエリーゼも僕も死ななくてすむ方法がある。

 

「だから、選ぶのか」

 

「認められないからな」

 

「死のリスクを負ってでもか。お前は――――」

 

「ジュード・マティス参上、さ。門番さん………モーブリア・ハックマンさんよ」

 

自己紹介を。すると、門番さんは笑った。

 

 

「――――馬鹿すぎる」

 

 

どこか呆れたように、笑った。そして手にもっていた武器を、地面に落とした。

 

転がった金属の音が聞こえてくる。

 

「………どういうこと?」

 

「いや………絶対に勝てない、と思っただけさ。今の俺に勝てるとは思えん………何より"勝ちたくない"」

 

「まともにやれば勝てるような物言いだけど?」

 

「満身創痍の状態のお前ならば」

 

門番さんは苦笑する。そして、要塞の方を指差す。

 

「だが、あのゴーレムは違う。いくらお前でも絶対に倒せんぞ。あれは意志や根性だけで、どうにかなるものじゃない」

 

どうする、との問いはいちいち最もなものだ。だけどそれも、笑って答えてやった。

 

「うん、倒すのは無理だね―――だけどそれは、目的の達成とは関係なくない?」

 

履き違えてもらっては困る。僕の目的は、要塞を陥落させることじゃないのだから。

 

(ローエンに教えられた情報は、二つ)

 

それはゴーレムの速度と、門の開閉にかかる時間。そうして、目の前にまで迫ったきたゴーレムを前にして。僕は、笑った。ここまでは思い通りだ、と。

 

「ああ、相手してやるよ"デカブツ"」

 

拳を合わせ、交差して構える。

 

「さあ、一斉にかかってこいやぁ!」

 

掌で思いっきり挑発してやった。するとゴーレムはこちらを見るなり、巨大な両腕を振り上げたかと思うと地面にたたきつけた。

 

間一髪で回避。するも、砕けた地面を見て嫌な汗が流れる。

 

いや、こんなもんまともに受けたら一撃で終わりだ。

 

 

(―――だけど!)

 

 

やるしかないと、自分に言い聞かせながら、僕は再びゴーレムの足元へと走っていった。

 

 

 

 


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