Word of “X”   作:◯岳◯

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37話 : 癒えない傷と

 

 

夜が明けて朝日が登って。そして鉱道の中に入って、間もなくだった。

 

「そうか、幼いころに一緒に護身術をな」

 

「僕は男だから、レイアはリハビリがてらにね。これでも僕の方が先に習ってたんだけど………師匠譲りの才能のせいですぐに並ばれた」

 

「あ、はは。でも今のジュードに勝つのはちょっと無理かもねー。まったく、イル・ファンでどれだけ無茶したんだか」

 

「大丈夫。それに無茶と男の傷は勲章になるってソニア師匠が言ってた」

 

ならばそれは真理だろう。胸を張って告げると、レイアには呆れたようにため息をつかれ、ミラには複雑な表情を返された。え、なんでだろう。そんな風に迷っている内に、入り口の半ばまで来た。

 

「えーっと、ジュード? 私は詳細を聞いてないからわからないんだけど、精霊の化石ってどんな形してるの」

 

「えーっと、色がついてて音がする奴らしい。純度の高いのは奥の方にあるから、探すのは進んでからにした方が良い」

 

道端にあるあれこれを探しているのも時間の無駄だ。小さいサイズのやつなら、いくつ集めても無駄らしいし。

 

「しかし………この鉱山は妙だな。何か、作業途中で打ち捨てられているように見えるが」

 

確かに、採掘に使う道具とかはそこいらに転がされていた。こういった物も、ちょっとした資源である。回収もされていないのには理由があるのだろうが。

 

「………まあ、色々とね。それよりも進もうよ」

 

レイアは知っているようだが、はぐらかしたままで腕をブンブンと振って進もうと主張する。隠し事をしているのが見え見えだ。でも、ああ、思うことは一つ。

 

「………揺れない乳の悲しさよ」

 

「えっと、ジュード?」

 

「分かった、謝りますから。だから落ち着いてまずはそのツルハシを下に置け、下さい」

 

変な言葉になってしまう。それで殴られるのは流石に嫌だ、というか普通に死にかねん。全く、冗談だってのに。説得したレイアだけど、どうしてか乗り気のようだ。そういえば昔から好奇心旺盛だったような気がする。それでももうちょっと落ち着いて欲しい。

 

でないと、また尻拭いをする羽目になるのだから。でも、言っても無駄らしい。あまつさえは、どっちが早く見つけられるが勝負だよ、とか言っている。

 

「はあ………いいけど、周囲の警戒も怠るなよ。暗いし、レイアは一つの事に熱中すると、すぐ周りが見えなくなるから」

 

「で、私が怪我したらお母さんが心配するからーってね。分かってるよもう。でもミラの怪我、治すには早い方がいいでしょ?」

 

「そりゃそうだけど」

 

反論する理由もないので、頷く。レイアはおっちょこちょいなドジ娘だけど、なんだかんだ言って誰かに優しくできるし、根は良い奴なのである。今も、ミラの方を心配してよ、と言っているし。

 

でも、ここの危険度は相当だ。足を怪我しているミラは言わずもがな、レイアも昔の病気の事がある。子供の頃はすぐにヘバッていたし。あの頃も、持続力と集中力だけは僕の方が優っていた。本当なら、こうした事に慣れている僕一人だけで探索する方が無難なんだけど。

 

試しにと提案してみたが、二人は口を揃えて駄目だと言われた

 

「それを言うならジュードも危ないだろう。昨夜も言ったはずだ。その怪我、すぐに治るような軽いものとは思えない」

 

「ミラの言うとおりだよ。それに…………本当に、この場所で。ひとりぼっちで探索できると思ってるの?」

 

レイアの言葉の矢がグサリと胸に突き刺さった。

 

――――あの日のことを言っているのだろう。

 

僕は反論しようとしたが、言葉が出てこなかった。確かに、ここに来ると否が応でも子供の頃の事を思い出してしまう。同時に、力が抜けるような感覚が。全く、これだからやりにくいんだ。

 

「………分かったよ。ったく、余計なことばっか覚えてるんだな」

 

「へっへーん、それが幼馴染の特権だよ!」

 

渋々と納得すると、レイアは明るい声で笑っていた。こうなっては勝ち目はない。僕の意見など完全に無視されて終わるだけだ。そして僕の方も、確かに一人で探索して万が一の事態があれば、どうなるのか分からない。

 

意見が纏まった所で、進むことにした。中は陽の光が入らないけど、微かに残る火の精霊術による照明装置のお陰で、何とか周囲のものが分かるぐらいの明るさはある。もし明かりがなければ、探索の難度は数十倍にまで上がっていただろう。とはいっても、まだまだ不安な要素がある。特に地面と壁にあるごつごつとした岩肌だ。

 

だけど、引っかかって転けるほど僕もレイアも鈍くないから何とかなるだろう。

 

森に居た時と同じ、僕はミラの車椅子を押しながら。レイアが先攻する陣形を組んで、奥の方を目指した。

 

 

「………忘れられないよ」

 

 

小声で、レイアが。しかし聞こえず、何か言ったか尋ねるとレイアは笑顔で振り返った。

 

「ん、なんでも! さあ、レッツゴー!」

 

そこいらに転がっているツルハシを持って進む。少々重たいが、戦闘中は地面に置けばいいだけだ。そのまま、危なげなく敵を倒しながら進んでいく。視界不良のため外よりは多少戦いにくいが、それでも許容範囲だ。トカゲのような化物に、こういった薄暗い場所では定番であるコウモリの魔物が多いが、僕とレイアの敵じゃない。

 

視界の不良は連携でカバー。リリアルオーブで情報を共有し、多少は自分より離れた位置にいる敵でも、把握しながら順繰りに片付けていく。特に鉱石が変容した結果産まれたような魔物については、念入りに潰しておいた。

 

「………石の化物の分際で精霊術を使うとは生意気な。なんだ、僕はそこいらに転がってる石ころ以下ってことかその喧嘩買うぞコラ」

 

「あ、あはは。ジュード、ちょーっと落ち着いてね?」

 

レイアは何故かミラを見ながら、冷や汗を流している。理由は何となく察したが、それ以上は言ってくれるなよ事情通。そうして進んでいると、通路の邪魔になる岩を見つけた。

 

「うーん、この岩邪魔だね」

 

「だな。じゃあ、レイアにお任せだ。僕は周囲を警戒しておくから…………っ!?」

 

最後まで言えなかった。壊すことに、頷いてくれたのはいい。だけど、改めて見た時、そこにはツルハシを抱えた修羅が現れていた。身長の半ば以上はあるという鉄の採掘道具を片手に、あらゆるものを破壊せんと気張る鬼がいた。

 

言葉など発することはできない。ものに自分のマナを加えて破壊力を増大させるのは、レイアの得意な技術でもあるのだ。

 

マナいっぱい元気盛りだくさんに振り下ろされたツルハシは障害物たる岩を砕き――――

 

「はうあっ!?」

 

「じゅ、ジュード!?」

 

 

飛び散った破片に額を穿たれた僕は、膝から地面に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がついた時には、最奥までの道のちょうど手前だった。ていうか尻の下の感触が柔らかい。振り返れば、綺麗な金髪が見えた。

 

「………ん?」

 

そういえば、背中には素晴らしい感触が二つ。思わず体重をかけてしまうと、ふにゃっとした感触が背中より脳髄に駆け抜けた

 

「………グッド」

 

「ジュード、起きたのか?」

 

不思議そうな声は、ミラのもの。声の出処はちょうど背後からだった。うん、状況の整理は完了した。どうやら僕は気絶している間は、ミラの膝の上に乗せられていたようだ。尻から感じる柔らかい太ももの感触と、背中に感じる偉大なる双丘の感触が素晴らしい。古い文献に曰く、桃源郷とはここにあるのではなかろうか。背中と尻、両方に感じる桃のような感触がそれを証明している。

 

そうして一人頷いていると、何やら非難がましい視線が飛んできた。

 

「………ジュード? 起きたんなら早く降りてよね。ミラも疲れるんだから」

 

「あ、ああ御免。でもレイア、お前がいうなって言葉を知っているか」

 

諸悪の根源の言葉に反論してみせる。人の額をかち割ったお前のいうセリフじゃないと思うんだが。

だけどいつもの通りなレイアは、レイアらしくうっと言いながらも更なる反論を重ねてきた。

 

「それはそうだけど、防げなかったジュードが未熟って話じゃない」

 

痛い所をついてくる。相も変わらず、僕の急所を的確についてくる貧乳だ。

少しはミラを見習ったらどうだ。

 

「それにミラってけが人でしょ。そんな人に負担を強いるほど、ジュードが情けないって信じたくないな」

 

「よし分かった。それは宣戦布告だよな」

 

言葉は正しく、頷きながら即座にミラの膝の上から降りると、すぐにファイティングポーズを取った。軽く拳で大気を切ってみせる。師匠の言葉を引用するとは、レイアにしてはいい挑発だ。

 

だけどレイアの間合いは文字通りに伸縮自在。敵に回したくない相手で言えば、間違いなく上位5名の内に入る。さてどうしたものか、と考えていると後ろから声がかかった。

 

「じゃれていないで早く行こう。もうすぐ目的地なんだろう?」

 

「えっと………あ、確かに」

 

子供の頃に来た記憶を頼りに思い出す。どうやら気絶している間に、相当進んだらしい。ミラ曰く、レイア大活劇だったという。活身棍で狭い通路でもなんのその。でも一つだけ聞きたいことがある。

 

「なんか額の他に側頭部のあたりも痛むんだけど?」

 

「えーと…………テヘッ?」

 

頭にコツンと手を当てて、ベロを出す貧乳。説明もなにもなしだが、起きたことは分かる。この痛みには覚えがあるのだ。そう、活身根の"払い"の一撃である。

 

………こいつ間合いミスって後ろに控えていた僕を殴りやがったな。前だけ見るのは止めろって最初に注意したってのに。でもまあ、それ以外は特に失敗がなかったのでこれ以上は何も言わない。防げなかったのは確かに僕の方が悪いし。

 

「だったらコメカミを拳でグリグリするのやめてよー!」

 

「それはそれ。これはこれ」

 

まあ、気絶していた僕も悪いので数秒間だけで許してやる。この後の事もあるしな。

そう、ここは思い出の土地。それは、とても良いものではなくて。

 

………あの頃は、ホーリーボトルを駆使した上での、必死の潜入だった。まだ魔物は少なく、護身術を習っていなかった頃の僕でも何とかできるぐらいの場所だった。

 

っ、いかん。また思考が暗い方向に。それよりもレイアの事だ。

 

「一人で戦わせちゃったけど、体力は大丈夫?」

 

「問題ないよ。私も、こっちで相当修行してたんだからね」

 

むん、と両腕を上げて主張する。頼もしいけど、持ち上げたツルハシが怖いです。それで頭叩かないでね。まあ、棍ほどマナの通りが良くないから活身棍は使えないだろうけど。

 

「ミラも大丈夫?」

 

「問題ない。しかし、ここは本当に精霊の化石が多いな」

 

見れば、小さい結晶がそこかしこに転がっているらしい。これほど多い場所は、ニ・アケリア近くにある霊山ぐらいだとか。ていうより、精霊の化石ってどうやって出来るのだろうか。

 

「マナを失った精霊がこちらの世界に定着し、石になったものだ」

 

「こちらの世界? って、精霊界じゃなくて人間界のか」

 

「でも、マナを失うって言ってみれば死んじゃうみたいな感じでしょ。でも、マナを失って死ぬなんてあまり聞かないよ。人間もマナを失えば死ぬっていうけど………うん、精霊も?都会じゃよくあるのかな」

 

「…………無いよ、普通は。少なくとも、人為的なものじゃなければな。精霊術を使う人はマナを多用しているけど、自分の持っているマナを枯渇させるまでは使わない」

 

使えない、といった方が正しいか。無意識の内にか、あるいは本能のせいか。マナを使いすぎている精霊術死だが、マナ残量が危険水域までいくと、必ずぶっ倒れてしまうそうだ。

 

そう――――教授のように、外部から吸い出されてもしない限りは、マナ喪失で死ぬなんてことは起こりえない。

 

「………ん?」

 

「どうした、ジュード」

 

「いや、精霊もさ。自分の中からマナが失われればどうなるかなんて、知ってると思うんだけど」

 

「ああ、そうだな。微精霊とて馬鹿じゃない。普通はそんな危険な事はしない」

 

「んー………でも、だったらなんで此処にはこんなに多くの化石があるのかな」

 

精霊たちの自殺の名所、って訳でもないだろう。ミラの言葉どおりなら、こうした化石があることもおかしいけど、これだけの量の化石が生まれること自体がおかしいのだ。尋ねると、ミラは困ったような表情になっていた。

 

「そう、言われてみれば………だがその原因は私にも分からない。大半は私が生まれる以前の話だからな」

 

「あ、そうなんだ。だったら仕方ないか」

 

レイアは納得し、先に進もうと言う。僕も頷き、歩を進める。だけど頷いたのは、進もうという言葉に対してだ。生まれる前だという理由については、素直には頷けないものがあった。ミラはミラだけど、マクスウェルでもあると言う。なのに、精霊に関することを知らないとはどういう事だろうか。

 

この世に顕現してから、20年程度しか経過していないと聞いた。でも、それ以前にもマクスウェルは存在していたはずだ。人間界に居る精霊の事を把握していない、なんてどう考えてもおかしい。

 

「ジュード! ほら、あっち!」

 

「ん? ………おお、大きい」

 

見れば、大きな穴を隔てた向こう側の通路の壁に、大きな精霊の化石があった。あれなら使えるに違いない。とはいえ、油断は大敵である。魔物を警戒し、蹴散らしつつも先に進む。だけどどうしてか、辿り着いた時には壁にあった精霊の化石がなくなっていた。

 

いや、正しくは入り口付近にあった欠片のように、砕かれてしまっていたのだ。その先には道が出来ている。

 

「いったい何が………欠片も、さっき見たものより明らかに小さいし………って、なんだろう」

 

「どうした、ジュード」

 

「いや、地面か壁からか、何かが動く音が………ミラは聞こえない?」

 

「………確かに。音源はこの先からか」

 

「もしかして、石が勝手に動き出したとか」

 

レイアは冗談交じりに言う。だけど、僕はそれをあり得ないことだとは言わなかった。

なぜなら、知っているからだ。この鉱山の中には、そうした存在が居ることを。

 

「………行こう」

 

 

声が震えているのが、自分にも分かる。戸惑うレイアの声も、ミラの声も遠い。なぜなら、自分の心臓の音が頭の中に響いているからだ。一歩、一歩。

 

確かめるように、歩く。それは何時かの日に似ていた。

 

――――大変だ、モルクの奴が!

 

――――や、俺はやだよ。お前のせいだろ!

 

――――言い出しっぺなんだから、お前が助けにいけよ!

 

口論があった。責任の擦り付け合い。そうしている時間などないのに。だけど、強く言い出せなかった。親に言うのも怖い。そして、誰が行くかはサイコロで決めることになった。

 

2つのサイコロを振り、最も小さい出目を出した者が返って来ないモルクを助けに行く。そして、僕は6と6を出した。最高値であることは言うまでもなく―――――そして、ルールは変更された。運が良いよな、ジュード。それだけツイてるんだから、魔物からも見逃されるって。

 

そういえば、最高値出した奴が行くってルールだったよな。瞬く間に立場は最底辺になった。

あいつらにとっては、当たり前だったのかもしれない。親に倣った、と言えば正しいのか。

 

思い出している内に、広間へと辿り着いた。

 

「ジュード………」

 

「構えろ、レイア――――奴が居る」

 

胸の傷跡をなぞりながら、警戒を高めろと告げる。なぜなら、この傷が疼くからだ。同年代で唯一の、同姓の友人だったモルクを庇って受けた傷。あの時は、道中に居たトカゲと似たような魔物だった。そいつらと唯一違った特徴は、額に乗っていた光る石だった。

 

「けど、なあ」

 

「なんだ、地面が――――」

 

ミラの言うとおり、地面が揺れはじめた。レイアの緊張する空気が感じられる。それらを誰が起こしているかなんて、言うまでもない。

 

「ミラは、下がってて」

 

「なにが………って、うわぁ!?」

 

次の瞬間には、広間の地面が隆起し、一気に弾けた。ミラは急いで後ろに、レイアも棍を構えた。僕はといえば、こちらを見下ろしてくるそいつを睨みつけた。

 

トカゲの範疇になんか入らない、見上げる程の巨体。そいつは紛れも無く、僕の胸を抉ったあの時の魔物だった。

 

「………あの時よりも、随分と大きくなったなぁ」

 

震える掌を拳にして固める。怖くない。恐怖なんて、感じるものか。見上げるほどに大きくはあるが、微精霊で造られたあの魔物に比べれば幾分か小さい。鼻で笑ってやる。するとそいつは生意気にもこちらの考えを読み取ったのか、怒りのままの咆哮をこちらに向けてきた。

 

巨獣の大声。それを合図にして、戦闘は始まった。

 

「しっ――――」

 

 

踏み込み、進む。そこから数分の間は、よく覚えてはいない。敵の戦術といえば、その大きな腕を振り下ろしてくるか、地面に潜った後に下から奇襲してくるか。あるいは、声を超音波のようにしてこちらの鼓膜を揺さぶってくるか。その全てを真正面から受けて、ねじ伏せる。途中に小さなトカゲ共が集まってくるが、知ったこっちゃなかった。

 

邪魔だと、魔神拳を連発して端へと飛ばす。マナが薄れていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変貌、というのはこの事か。ジュードは勢いで戦っている部分も多いが、馬鹿ではない。頭の回転は誰より早いのだ。戦闘経験も豊富で咄嗟の機転は効くし、無茶をしながれでもなんだかんだいって戦術を練った上で、勝てる方法を選択していく。

 

特に私が怪我をしてからはその傾向が強かった。だけど、今のジュードはまるで違う。というよりも、ル・ロンドに帰ってきてからだろう。ガンダラ要塞の傷は癒えていないというのに、自分の感情のままに戦っているように思えた。

 

普段なら避けられるはずの攻撃も受けてしまう。リリアルオーブに蓄積されたマナ変換効率の向上により、肉体の強度は高まってはいるが、それにも限界があるのに。

 

怒りのままに拳を振り上げ、振り下ろすだけ。無意識の内に護身術の技を繰り出すのは流石だと言えたが、それもどこか粗っぽい。レイアも分かっているのだろう。時々近づいて治療の精霊術を使い、落ち着いてと叫んでいる。だが、まるで聞き入れられる様子がなかった。それどころか、段々と無茶になっている。防御もなにもない。巨大な魔物の前腕部が振るわれ、ジュードが上半身を張り飛ばされて飛んで行く。だけどすぐに受け身を取り、その足で踏み出しては突進していく。魔物の巨大な手で掴まれたりはするが、その腕を攻撃しては飛び上がり、更に攻撃を重ねていった。

 

だが、相手の攻撃手段はそれだけではないのだ。ついには、超音波の攻撃によりジュードの額に巻いていた包帯が裂かれてしまった。ほとんど治っていたであろう傷が再度開いて、顔が血に、赤に染まっていく。

 

その光景は勇猛で、だけど痛々しくて。

何故か、私の胸の奥にも、締め付けられるような痛みが走った。

 

次第に魔物も押されていった。精霊の化石よりマナを吸収して強くなった魔物だ、長期戦には向いていないのだろう。不死身かと思えるぐらいのジュードの猛攻。そしてジュードを止めることは無理だと悟ったレイアは、一刻も早く戦闘を終わらせようと判断したのだろう。

 

ジュードを治癒しながらも、正面から攻め立てるジュードの攻撃の間断を縫うようにした側面からの援護攻撃に切り替えている。見事といえば見事な連携に、魔物も徐々に大きな傷を受けて、体力を削られていった。

 

そして、最後の悪あがきか。巨大な魔物は天井に向けて咆哮し―――――直後、大きな岩が落ちてきた。

 

「くっ!」

 

一つだけだが、私の頭上からも岩が降って来た。このままでは潰されると、動く方の足を支えに、咄嗟に横に転がって回避する。地面に寝転がったまま。見上げた視界の先に、殴りこんでいくジュードの後ろ姿が見えた。

 

見ている方が焦る程に危うく、大岩の間をギリギリですり抜けながら走って行く。そして懐に飛び込むと同時に、地面が割れるほどの踏み込みをみせて。そして最後の力だと言わんばかりの渾身のマナで、拳に獣を象った。

 

前にみた時とは、明らかに違う。ゆうにジュードの身体の3倍はあろうかというマナで出来た獅子の咆哮は、巨大な魔物を容易く吹き飛ばすと、岩壁へと叩きつけた。そして跳ね返ると、ジュードに頭を垂れるようにして倒れこんだ。衝撃のせいか、あるいは生命活動が停止したせいだろうか。

 

額にあった大きな精霊の化石が砕け、この医療ジンテクスに使うにはちょうどいいサイズの結晶が転がってくる。

 

レイアもジュードも、その石の塊に気を取られた。転がっている石。そして止まると同時だ。

 

倒れいていた魔物が、最後の力を振り絞るかのように起き上がった。精霊の化石が砕けた原因は、どうやら前者のようだった。魔物は弱っているとはいえ、死んではいなかった。

 

地面につけていた頭を勢い良く振り上げると同時に、横を向いていたジュードとレイアの両方をその頭突きで弾き飛ばした。

 

「きゃっ!? っ、ジュード!?」

 

宙を舞う二人。だけどレイアの方は見事な動きで受け身を取り、すぐに体勢を立て直すことができていた。しかし、ジュードの方は違った。

 

正面から受けた一撃に吹き飛ばされるまま、背中から地面へと叩きつけられた。

 

「ぐ、が、ごほっ!」

 

咳き込みには、血が混じっている。そして両肘を支えに起きようとしているが、もう限界なのか上半身を起こすことしかできていない。

 

レイアは、受け身をとるために転がったせいで、距離が離れすぎていた。魔物の咆哮が広間を覆う。間に合わないと、理解した同時に私は動き出していた。片足を引きずりながら、転がってきた石の元へと急ぐ。

 

最後には飛び込んで、地面にあった精霊の化石を拾うとすぐに足に装着してあった医療ジンテクスに取り付けた。擦りむいた膝と、打ち付けたあちこちが痛い。だけど、構うものか。

 

直後には起動したのか、医療ジンテクスから黒い稲妻のような者が走る。

 

「ぐっ、う!?」

 

まず感じたのは、背筋を走る激痛だ。あまりの痛みに、目の前が真っ白になっていく。先に注意されていなければ、叫んでいたであろう。確かに、これは普通の人間であれば耐えることは難しいであろう。だけどこの時だけは、忘れた。あの時より動かなくなっていた足が自分の意志に反応してくれる。そして何より、ジュードが危ない。行けると判断するのと、精霊に語りかけるのは同時だった。

 

踏み出し、地面にしっかりと足を根ざし。反転しながら風の精霊を使役し、刃と成した。

 

「ウインドカッター!」

 

声と共に、緑色の風刃が魔物の腕を切り裂いた。悲鳴を上げて、痛みを感じた魔物が泣くように吠える。止めには程遠い損傷、それを前に私はリリアルオーブのリンクをつなげた。

 

相手は、ジュード。呼びかけに気づいた満身創痍にも程がある彼は、すぐさまに立ち上がった。

 

「やれるな、ジュード!」

 

「っ、ああ!」

 

心と声で呼びかける。そしてリリアルオーブから、彼の感情らしきものの一部が流れこんできた。まず分かったのは、それが憎しみであるということ。そして、向けられているのは目の前の魔物に対してではないということだ。

 

訝しみながら、だけどやるべき事を見誤ることはなかった。

 

怪我をしながらも、ずっと考案し続けていた私の剣技。協力してくれたジュードと共に、余剰のリンクをその技に注ぎ込んだ。突進してくる魔物に、狙いを定めた。

 

「い、くよ―――ミラ!」

 

「任せろ!」

 

初撃は、ジュードの後ろ回し蹴り。まともに受けた魔物の体勢が、目に見えて崩れる。直後に私は大きく振りかぶり、遠心力を利用しての切り上げる斬撃を放った。身体を回転させながら勢いを殺す。敵に背後を向けてしまうことにより隙が生じてしまうが、小回りのきくジュードの切り返しの蹴撃がそれを埋めた。

 

同時に私は、宙空で身体の回転を縦に。

 

前転の要領で何度も回転し、その勢いのまま魔物を脳天から切り下ろす。回転を混ぜた強襲の剣技と、畳み掛けるような牙の如き体術を組み合わせた、複合の共鳴技。

 

まともに全弾を受けた魔物の額にある化石が更に砕け、悲鳴が。

 

そして最後に、たじろいだ魔物に対して二人で踏み込んでいき――――

 

 

「「滅爪乱牙(めっそうらんが)!」」

 

 

二人で考えた技の名前と。

 

同時に共に放った、マナが篭められた二重の掌底打ちが、魔物の胴体を叩き据えた。

 

 

 





これにて既投稿分は完了。

次話は今週末ぐらいになりそうです。

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