Word of “X”   作:◯岳◯

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4話 : 現在喪失

 

水路に侵入して最初に感じた気配は一つだけだった。入り口の一本道から、右に曲がる角の向こうに誰かがいるようだ。だが、警戒するに値しない相手だ。戦闘者の練度はマナの制御によって分かる。素の筋力は確かに必要だが、マナによる肉体強化の恩恵はそれ以上に重要。

 

師匠は言っていた。相手を測るにはマナを観察しろと。それなりの使い手なら、高いところから飛び降りても足を痛めなくなる。また、ただの跳躍で身長の数倍の高さにまで飛び上がることができる。手練であればあるほどマナの流れは苛烈であり、清流のようであり。

 

――――そして、今まで出逢った戦う者達と比べ、目の前の気配はどうか。心の中で、結論づける。

 

(―――どこにでもいる衛兵だ。複数配置されているわけでもないらしい)

 

だけど、顔を晒すのはよろしくない。隠れている手練が居ないとも限らないからだ。なのでポケットにあるハンカチを口元にかぶせた。あとは髪を下ろせば大丈夫だ。ちょっと視界が防がれるが、この相手ならハンデにもならないだろう。これで変装は完了した。もう気にすることはないと、真っ直ぐに進む。

 

当然の如く見つかり、だけど。

 

「おい、そこの………止まれ!」

 

衛兵が声をかけながら、こちらに近づいてくる。鉄の棒らしきものを構えている、あれがこいつの武器なのだろう。まずは、会話をしようと僕は口を開いた。

 

「どうも、こんばんは。夜分遅くにすみませんが、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 

「―――は? えっと………違う! 怪しいやつ、何者だ!」

 

「僕は僕です。で、この先が研究室に繋がってるんですね? で、貴方はこの道を警備している警備兵さんと」

 

「そ、そうだが………いや、待て小僧!」

 

様子が変わる。戸惑い混乱から、決意と何事か含まれたものを秘めたそれに。

 

「一つだけ聞くが………ここに来たのは、お前一人か?」

 

え、そこでその質問するか、ってそういうことか。ようするにあなたを始末しますが、ちょっと仲間が居ると困るので教えてくれませんか、って所か。つーか話の運び方が下手な。敵意見せるのが早過ぎるし。構ってる時間も惜しいので、手っ取り早くすませますか。

「勿論です。貴方ぐらいならそれで十分です………じゃ、今日はこのへんで。聞きたいことは聞けました、ありがとうございます」

 

礼をしながら横を抜ける。衛兵はすぐには棒を振り下ろさず、そのまま通してくれる――――はずもない。すれ違った直後、敵意が殺気に変化した。

 

こちらを侵入者と、殺すべき敵とみなしたのだろう。あるいは侮られたと怒ったのか。どちらにせよ、衛兵の手に持つ警棒に力が入ったのは確かだった。握った手元からぎり、と肉が軋む音が聞こえる。間髪入れず、間合いを詰めてきた。衛兵の足が、下にある水を跳ねさせた音が聞こえる。

 

そのまま、振りかざしたのだろう。敵意満面に、侵入者の後頭部を殴打すべく、高く振りかざされた鉄の棒。輪郭さえも感じ取ることができる敵意。

 

――――だが、その早さはブウサギにも劣る。踏み込みもその意さえも剥き出しに過ぎる、未熟な一撃。僕は振り返りもしないまま、ただ左足を軸に右足を一回転。

 

「あっ?」

 

後ろに回した蹴りをお見舞いする。衛兵の顎に当る音と、間抜けな声が聞こえた。間もなく、衛兵はそのまま前へと倒れ伏した。衛兵の身体が水を叩き、ばしゃりとうるさい水音が鳴った。

 

「遅ぇよ」

 

あくびすらも出ないとはこのこと。まあ正当防衛だなぁ。好奇心から迷い込んだ、って答えても殺すつもりだったと思う。余程のものが隠されているのかもしれない。しかし、その割にはこの兵士も応援を呼ぼうとはしなかったな。

 

きっとここは警備が手薄なんだろう。周囲には気配ないので、あるいは進入するには最適の穴場かもしれない。行けると判断し、そのまま侵入することにした。間もなく、梯子が見えた。上の研究所へと続いているようだ。その前で、僕は立ち止まった。

 

(………目的を整理しよう)

 

第一にハウス教授の確認。もしかしたら拉致されてるかもしれない。

 

「って、そうだよ。あのサイン………筆跡が違ってたよ、確か」

 

思い返せば、そうだ。あれはハウス教授のサインじゃない。ということは、教授は帰ったことにしたかったのか。サインまで偽造するとは、どう考えても尋常な事態じゃない。しかし、なぜそんな真似をしてまで教授を研究棟に止めようとするのか。

 

(研究所に、研究員の拉致………どう考えても碌な目的じゃない。考えても分からない、次だ)

 

第二の目的を整理する。それは、この研究棟の研究内容………もとい、成果物があればそれを調べること。ハウス教授が関わってるなら………ちょっと、その、何を研究しているか見てみたい。

 

第三は、侵入者の確認。あれだけの精霊術とマナは見たことがない。滅多に見れんだろうし、見ておいて損はない。強者を見るのもまた修行って師匠も言っていたし。

 

「さて、行きますか」

 

暗い水路から、研究室がある場所へ続く梯子。

 

―――それ登って抜けた先は、惨状だった。

 

「何か、こう……………そうだ、凶暴な魔獣が通ったあとのような?」

 

思わず呟いてしまう程の。研究棟は美しかった。水路とは違って、そりゃもうあちこち美麗さを思わせる造りで。思わず税金返せって叫びたいぐらいに、見事だった。でも、周りにあるオブジェが気品を損なわせている。

 

(そう、怪我をした人物が歩く度に残す血痕のように………いや通った痕跡というか)

 

おそらくは侵入者が通ったのであろう通路には、気絶している衛兵や犬の姿が。ある者は地面に、ある者は通路の端にある欄干に引っかかって洗濯物のように、また在るものは積み重なったクッションのように、そこかしこに無惨な姿で横たわっていた。

 

(侵入者はやっぱ一人か。衛兵と犬の傷跡を見るに火に風に水、そして土………)

 

思わず、また口に出してしまった。

 

「ちっ、厄介な。もしかして4種の精霊術、全部を行使できるのか」

 

かなりヤバイ相手だと分かった。また倒れた者達の怪我の様子からも、この侵入者の異常っぷりが分かる。兵士たちが倒れている位置と川にあった水の足場を見るに、侵入者は一人であることが推測できる。そして、倒れている衛兵の位置。恐らく侵入者は、ある一点から放射状に、強力な精霊術を行使したに違いない。兵士たちは一点を中心として、そこから放射状に倒れている。

 

となれば、中心にその侵入者がいて、全方位に派手な精霊術をぶっぱなしたのか。そういえばさっきまでドカンドカン聞こえてたな。地下のせいか、それほどまでには聞こえんかったけど。

 

「ていうか、一人で4系統全ての精霊術を駆使するとかどーよ」

 

旅の途中で盗賊や山賊まがいの真似をする反抗部族と戦ったことはある。精霊術使いとも戦ったこともある。だが、一人で4種の術を使いこなしている奴なんていなかった。

 

それにさほど時間もかけずに倒したということは、戦闘にも慣れているということだ。戦うことにも躊躇がない様子。戦闘にかかった時間がそれを示している。戦うことに迷いを持っている類の、軟弱者には出せない速さだ。つまりは熟達した技量でもって、明確な意志の元に襲い来るもの全てを倒したということ。全員が死んでいないというのもまた嫌な点だ。短時間で倒し、かつ殺してはいないというのはつまり、彼我の戦力差にかなりの余裕があったということ。

 

しかし、その侵入者の姿が見えない。この惨状を生み出したバケモンじみた侵入者は、一体どこに行ったというのか。そして、ハウス教授も。

 

(………思えば、教授の様子もおかしかったよなー)

 

なんとはなしに見せていた仕草。結論ありきで思い返せば、不審なものとして浮かんでくるから不思議だ。論文の時からそうだった。共同研究ではないが、僕の理論の一部も用いているはず。数式もそうだ。だが、特に僕に確認することもなかった。きっと教授はそれをきっちりと理解していて、聞いてくるまでも無かったのだろうと思っていた。だけど、本当にそうなのだろうか。ハウス教授ほどの人物が出す論文に、大きな間違いは許されない。

 

実際、2年前に出した時は一応だが僕に確認をとっていたこともあった。今日の急な診察補助依頼も、考えればおかしい。あの人はあの人で、無神経な輩ではないのだ。結論から言うに、常ではない対応を取らざるを得なかったということ。何か、強力な権力か何かが働いているのか―――

 

「って推理している時間も惜しいな」

 

見つかるのもまずい、まずは進もう。

 

――――そう思った時、2階から爆発音が聞こえた。2階の正面奥にある扉の隙間が、炎の灯りに照らされる。

 

「………おっかねえな」

 

侵入者が誰か知らないけど、こんな真正面から乗り込んで。そんで向かってくる奴を余す所なく、全員しこたま平等に蹴散らして。あろうことか研究棟全てに響き渡るような爆発音を奏でる。自分の存在を知らしめる事と同義だというのに。って、あ、また爆発した。

これで控えめに言っても豪快な、否、ずいぶんとゴキゲンな賊らしいということが判明した。ちょっと関わりたくない手合いである。

 

「既に侵入者っちゅーか、侵略者になってるような」

 

何というか、爆発音に身体を揺らされて、うめき声を上げる倒れた衛兵がリアルだし。

あ、また爆発した。

 

「ってやべえよ!?」

 

見れば、一階の角にある扉の向こうから気配が。こちらに向けて、多数接近中。

 

………あの位置的に、研究棟の奥に続く扉か。どうにもまずいな、これ。隠れるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ」

 

何なんだこの女は!!?

 

「ファイアボール!」

 

渾身のマナを込めた一撃。不意をついたそれは、女の横っ面に吸い込まれていく。だが、直前でガードされた。マナの魔法障壁(マジックガード)で大半が中和されていく。それでもちょっとは通っているはずだ。全部をガードされていることもない! 

 

(なのに――――いや、問題はそこじゃない!)

 

「出ろ」

                     ・・・・

声と同時に、まだ出やがった。さっきと同じ、火の巨人が女の背後に現れて。直後に、超高密度の業火が襲いかかってきた。

 

「ぐっ!?」

 

マナの精霊術用防壁、“マジックガード”で正面からそれを受け止める、だけど威力が強すぎた。中和できない分が、アタシの身体を焼いた。

 

「………クソッ!」

 

火の精霊術で、真正面から撃ち負ける。こんなこと、あっていいはずがない! それに、この女、気に食わない。容姿。瞳。髪の毛。全てが整っていて。

 

そして何より―――――その胸はなんだ。何なんだその胸は! っつーか何でムカツイてるアタシは!

 

(くそ馬鹿ジュードが!!)

 

馬鹿な男の顔がよぎっちまう。くそ、もう忘れたいってのに何で思い出させる!アタシは陛下のために、って今は目の前に集中するべきだろ!

 

「ああ、もう!!」

 

毒づき落ち着こうとする、だが無理だった。この女、服装もふざけてやがる。なんて軽装だ。いや、そのマナの量を見れば納得できるかもしれない。

 

だけど――――気に食わない。

 

「気に食わないんだよッ!」

 

ムカつく、だから潰す!

 

「その胸――――ぐちゃぐちゃにしてやる!!」

 

そして渾身の、全力での一撃を喰らわせてやろうとしたが―――

 

「――――それは困るな」

 

対する女も、こちらのマナを感知したのか、今までにない真剣な表情で巨人を呼んだ。

 

「レイジングサン!」

 

「イフリート!」

 

タイミングは、全く同時。だけどアタシが気を失う間際に見たのは、自分が繰り出した極大の炎と。巨人が放った密度の高い炎が正面から衝突し、四方八方に爆裂した光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時的に避難と、2階に上がって入った乱闘が行われていない方の部屋。そこには誰もいないようだった。いや、あっちの部屋には絶賛死闘中のだれかが居るのだろうけど。

 

(うわ、なんか、これ、すげーマナが膨れ上がってますよ?)

 

衛兵など比べものにならない、苛烈かつ膨大なマナの動きに若干だが恐怖を覚える。こんな相手と戦うのであれば、誰かを守りながらというハンデ付きは無理だ。ハウス教授を助けるまで出会いたくはない相手である。

 

だから反対の、2階の上がって右側の部屋に行こうと決めた。ドアの前に立ち、入れるか確認しようとして――――

 

「な、侵入者!?」

 

踏み出す直前、ドアが開いた。部屋の中と至近距離でまみえる。ああ、変な服を着ているが衛兵の類か。その衛兵は驚きながらバックステップで一歩下がり、腰にある何かを手に取って、構えようとした、が。

 

「掌底破!」

 

遅すぎだ。兵士が後ろに退くよりも早く、懐に踏み込みすかさず右の掌打を衛兵の胸へと叩きこんだ。十分な手応えが、掌の先から伝わる。衝撃が通った証拠で、まもなく衛兵が部屋の奥へと吹っ飛んでいった。そのまま転がり続けた後、壁らしきものにぶつかってようやくその動きを止めた。

 

――――らしきものとは、部屋の中は暗く奥まで見渡せないからだ。灯りが消されているのだろうか。でも、真っ暗というわけでもない。

 

なんせ、部屋の横には、淡い光を放つ円筒形の物体が―――――

 

「え?」

 

物体が、あって。その中には、ヒトが入っていた。

 

「………な、んだよ。なんだよ、これは」

 

壁沿いに並ぶ、ガラスのようなものでできた大きな筒の中。その中に液体が詰められていた。一緒に、人間も詰められている。中の人に外傷は見られない。

 

だけど、どうしてか手足をぐったりさせて浮かんでいる。身体にも何にも、生きているなら自然とあるのは必然で、だけど全然力もなにもこもっていなくて。

         

呼吸の気配も感じない。何より、マナを感じない。恐らく、ではなくて。間違いなく――――死んでいるだろう。一瞬でそれを理解する。だけど、その直後。それよりも遥かに、理解したくないものを目にした。

 

「………ぐ……マ…………ア…………ア…………だ………し…………な」

 

苦悶の声が聞こえる。見知った声が聞こえる。顔も知っていた――――白衣に、見慣れた顔の造形。探し人である、ハウス教授だ。意味を理解すると同時、すぐに駆け寄った。

 

「教授、ハウス教授!!」

 

教授が閉じ込められている。一瞬混乱するが、すべき事を見極める。教授の声は、液体の中に居るせいだろうか、この筒のせいだろうか、声も通らない。口から水泡を吹き出し、今にも死にそうな形相を浮かべている。そして、身体からは多くのマナが溢れ出している。

 

搾り取られていると言った方が正しい表現か。教授の身体から抜き出されたマナは、発生すると同時に何かに吸い取られ、そのまま跡形もなく消え去っている。

 

(な、んだこの装置は!? いや、考えるのは助けてからだ!)

 

死なせない。思いと共に、拳に力を入れた。

 

「このままじゃ………下がって、教授!」

 

マナの枯渇は死を意味する。こんなところでこの人を死なせるわけにはいかない。僕は迷わず、拳を振りあげて一息ついた。

 

「ハアアアアッ!!」

 

打つべきはガラスの円筒。気合を吐く呼吸と、それを声にして叫ぶと同時に十分と思われる一撃をそれに叩き込んだ。しかし、拳の先から返ってきたのは、予想外の"硬い"手応え。その手応えが告げる予感は嫌なもので。予感に違わず、円筒は割れてくれなかった。

 

(これ、見かけ通りの材質じゃない!?)

 

ガラスとは全然違う。一体何で、できているのか。見たことがない、変な物質だ。だけど考えず、まずは割る方を優先すべきだろうと思考を切り替えた。バックステップで下がり、助走の距離を取って、拳の先にマナを集める。割るべきは眼前の檻。ガラスの数十倍の強度があるだろう、未知の物質。

 

(だけど、渾身の一撃ならば!)

 

一歩踏み出して。限界まで高めたマナと、気合の声の終わるが共に

 

「ハ、アアアァァ――――ッ!」

 

渾身の一撃が、その檻をぶち破った・亀裂が入り、筒が割れる。流れ出る水と共に、教授の身体がこちらに倒れこんでくる。それを腕で受け止めると、必死に叫んだ。

 

「教授、大丈夫ですか! しっかりして下さい!」

 

必死に呼びかける。なぜって、マナが――――マナが、ほとんど残って無いんだ。

 

「まずい、このままじゃ………!」

 

マナ補充用のオレンジグミは持ってきていない。それ以外の方法も皆無で、だけど。

 

「教授! 教授!」

 

叫ぶ。呼びかけることしかできなかった。そうして教授は、ようやく反応してくれた。

 

「あ………ジュー、ド、君?」

 

「はいジュードです! 教授、今すぐ治療を………っ!」

 

「む、だだ。も、う、どうにも、ならんよ」

 

「教授、何を!?」

 

何を言うんです、とだけども。確かにと、認める冷静な部分があった。どうあってもマナは、枯渇しているのだ。勉強で身につけた知識は、絶え間なく考え続けた思考はこういう時でも惑わず、結果を導く動作を止めないでいる。

 

(っ、人に流れるマナは、あるいは血に等しいもの………!)

 

そして、マナ無くして生きていられる生物など、いない。魔物はもちろん、人間も同じだ。そして、それがこの場でどういったことを意味するのか。希望的観測などすぐさま消える、結果というものを理解する。嫌でも分かってしまうのだ。

 

――――目の前の光景と意味と、訪れる結末を理解している。

 

「す………まん。だま…………ヘイベル、スイセ………す、まん、ジュー………だま………して」

 

娘の名前。奥さんの名前。そして、僕の名前。

 

「すまない…………」

 

掠れる声の、謝罪の言葉。それだけを遺して、ハウス教授は空気のように消え去った。

 

 

「…………あ?」

 

 

推測が結論、そして現実となった瞬間、頭の中にある何かが膨張していくのを感じる。

 

無くなった。

 

亡くなった。

 

失くなった。

 

「あ、ああ…………」

 

肉体さえも消えた。この液体のように、溶けてしまった。それは、生が終わったということで。死んでしまったということで。二度と、この世界には戻ってこないということで。

(え? どうして? なんで? こんなところで?)

 

ここはイル・ファン。首都で王都。平和な、はず。少なくとも教授にとってはそうだったはずだ。ああ、そうだ。一時間前までは、幸せな状態があったんだ。偉大な賞を受けて、それを祝おうと。告げて、喜んで。教授も報われて、僕もこれから報われるはずで。

 

でも、たった今、全て消えた。

 

(どうしてなんでこんなありえない今までの努力はなんのためにベルお嬢にはなんとスイセさんにはなんてなんでしんだしんだなくなったいなくなったなんでこんなことに逝ってしまった僕を、娘さんを遺して!?)

 

止まらない。山のような言葉が胸の中を暴れる。身体の中のマナも。亀裂の入る音がする。度を過ぎた肉体強化に、筋肉が軋む。だけど痛みを感じない。その余裕さえ、無い。痛いのは理解しているが、それよりも優先すべきことがあると身体が麻痺しているのだ。

 

言い表せない感情が決して広くはない心の内を駆け巡り、その度になにかが削れていく。

「なん、で――――――っ!?」

 

言葉が、痛覚と音に消された。鋭い痛み。何か、小さい石のようなものが米神を打ったらしい。

 

「侵入者が――――これで!」

 

見れば、衛兵だ。さっき殴り飛ばした衛兵が、こちらに向けて細長い円筒状の何かを構えている。そこから何かが飛び出て、僕の米神を打ったのだろう。だけど、致命傷には程遠い。全然、足りない。足りない。足りない。

 

「ああ…………」

 

三半規管を揺らされたのか、視界が歪む。平衡感覚が掴めない。だけど、そんなものに関係があるのか。 

 

否と答えよう。そうして、任せて身を投げた。

 

 

――――この、抑えがたい、黒く視界を染め上げる感情の濁流に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な………!」

 

まともな人間なら死に至るはずの一撃が、まともあたったのだ。だけど少年は、侵入者は、転がるだけですぐに立ち上がった。

 

そして、その眼がこちらを向いた。

 

「ひっ………!?」

 

いや、見ていない。見てはいない。ただこちらの方に顔を向けているだけで、見てはいない!そうして、踏み込みは閃光のようだった。だけど、とっさに反応できた。構え、引き金を引く。直後に、構えた武器の中から高速の鉄の弾が打ち出される。まずは避けられるはずのない一撃。だけど、少年はそれをただの拳だけで払いのけた。

        

ガキンと音がなって、殴り飛ばされた弾が壁面にめり込む。

 

「は、ひ――――っ!?」

 

有り得ない光景。驚く前に、視界がふっと黒くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

得体のしれない武器。だけどそれがどうした、関係などない。ましてや退くことなどあり得ない。一度受ければ、形状を見れば、その性能を看破するなど容易い。ならば何事も同じものだ、恐れるに足りない愚劣な障害として。

 

拳で当てて粉砕する事と同じ、横に“どかす”のも、同じぐらいに簡単なことだった。打ち出されたものを弾き、そのまま直後に間合いを詰めきる。そして、"それ"を手で払って横に逸らしながら、その手首をつかみとる。

 

――――意識は怒りに凍てついている。まともな思考など夢のまた夢。だけど、身体は技を覚えている。

 

本能と身体に行動を任せる。両者が叫ぶのは、目の前の敵の撃滅。下手人らしき人間、教授を殺した人間の――――

 

(取った)

 

呼吸と同じように手馴れた様子で身体が動く。握った手首を捻りながら足を払い、すれ違いざまに突き上げの肘を上げて、"打ち上げる"。

 

『巻空旋・改―――』

 

本来ならば風の精霊術を応用し、敵を投げ飛ばす術。だかこれは違う。風が使えない僕なりの工夫をこらした新しい技だ。打撃と関節技を混合させた投げ技。

 

そうして、相手の腕が折れた感触が肘に走り、みぞおちに打った一撃の感触で消えた衛兵の意識を悟る。だけど、この技にはまだ続きがある。投げ技の本質は、相手を崩すことだ。崩した相手に追い打ちをかけるのは戦闘における基本。当然の如く、投げの後には追い打ちに繋がる技があるのだ。

 

(終わりだ、追牙―――)

 

見れば、目前には落ちてきた首筋。衛兵の、敵の無謀な延髄が目の前に見える。これを回し蹴りで蹴り飛ばせば、人ならばひとたまりもないだろう。まずもって生きてはいられない。胸を走る黒い衝動に駆られ、一歩、踏み出す。

 

(…………っ!?)

 

――――だけど踏み出したと同時に、師匠の声が頭に響いた。それは、師事する前の決まりごと。約束。そして、僕にとっては絶対に遵守すべき教え。人を殺せる技。それを学ぶ上で、師匠は言った。

 

『………決して、憎しみのままに。そして絶対に、自分の八つ当たりなんかで人を害するんじゃないよ。ましてや殺すことなんて』

 

懇願するかのような声だった。それを思い出し、同時に身を支配していた殺意がはじけ飛ぶ。追撃を受けなかった衛兵が、地面に落ちて倒れ伏した。

 

「は…………はは」

 

僕も地面に座り込んだ。とたん、全身が汗を覆う。身の底すらも冷やすかのような、冷たい汗。今、自分が何をしようとしていたのかを思い出し、身体が震えた。だけど、混乱が収まるわけもない。一体、この短時間で何があったのか。起きてしまったのだろうか。

 

思い返すも、わからない。ただ理解できるのは、まだこの胸の内に残るどす黒い欲情。

フラッシュバックする。閃光のように浮かんでは消える光景。

 

――――故郷の風景。

 

―――子供。

 

――猿のように偉ぶるやつ。

 

父さん。

 

母さん。

 

レイア。

 

そして、ソニア師匠。

 

思い出したが故に、最悪な気持ちに陥る。湿地で転び、泥の水を飲んでしまった時よりもひどい。気持ち悪さが全身を犯している。それと同じくして、やり場のない怒りと、失った夢への絶望が胸を締め付けている。何かに当たりたい気持ちが、思考を独占する。

 

――――直後に、自動で閉まっていた入り口のドアが開かれる。

 

(………ああ、また。またちょうど、良いところに)

 

姿を確認する前に駆けた。自分が八つ当たりしたいがために、敵か誰かも分からない内に戦闘の意志を固める。殺しはしない。だけど、この身は今は収まってはくれない。

 

「なっ!?」

 

驚いた誰かが、こちらに向かって腕をかざしてくる。迎撃の術を放つのか。それを見ながら。襲撃者たる僕だけど、素直に思えた。

 

 

(………綺麗だな)

 

 

逆行で顔は見えない。でも先に伸びる指は、まるで白魚のように美しいものだったと、それだけが思考の端に生まれていた。

 

 

 

 


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