Word of “X”   作:◯岳◯

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5話 : 未来発心

 

思考が加速する。相手を認識するより前に倒せと、本能が叫ぶ。止まることなんて考えない、抗わずに全身を駆動させた。

 

ただ、一歩でも前へ。二歩、先手を取れる状態でできるだけ距離を詰められるように。相手が精霊術を使おうとしているが、そんなものは関係ない。彼我との距離はそう遠くなく、このまま走れば詠唱完了までには一撃を与えることができる。

 

そう思っていたが、突如悪寒が背中を走る。

 

(詠唱を、して、いない?)

 

霊力野にマナが奔っているのが分かる。だけど、霊力野を通じて精霊に語りかける詠唱の声が聞こえない。それは一体、何故なのか。

 

「――――っ!」

 

考える前に選択を。走る勢いそのままに斜め前へと高く跳躍し、それは結果的に正しかった事を知った。

 

「ウインドカッター!」

 

翻った腕と同時に、風の刃が先ほどまで居た場所を薙いだ。切れ味は鋭く、そのマナの量は見たことがないほどに膨大だ。詠唱を必要としない術だというのに。

 

ナディアでさえあの規模の精霊術を使う時には、多少の詠唱を必要とするというのに。あいつの剣技―――フレイムドリルといった類の、小規模精霊術を併用して行う戦技とも違う、正真正銘の無詠唱精霊術。

 

(厄介過ぎる。短期決戦、一気に決めるべきか)

 

無詠唱で何が出てくるか分からないのなら多くは避けられまい。だから、その前に倒す

整理は一瞬で、僕は跳躍する勢いのまま、敵の頭上にある入り口の上にある壁を蹴った。

そのまま、地面に向けて加速する。

 

(――――飛天翔駆)

 

ソニア師匠曰く“ロランド流護身術”が戦技。本来ならば、飛び上がり、突っ込んだ上で相手を蹴り飛ばす技だ。それを落下の勢いのまま、こちらを見上げている敵の肩口めがけで放つ、が――――

 

「チィッ!」

 

前転で回避された。その時の反応と動きもかなり鋭い。ただの術師タイプということでもなさそうだ。空振った足で着地し、即座に体勢を立て直す。衝撃が走るがマナで強化しているのでどうということもない。

 

踏み出し、一歩前に。前転で逃れた相手に追い討ちを仕掛けた。相手の意図も同じようで、こちらの着地の隙を突こうとしたのだろう、剣を振り上げこちらに踏み込んでくる。

 

「はっ!」

 

振られた剣は速かった。単純な剣速でいえば、ナディアをも上回っている。だけど、ただ速いだけ。剣の重心も何もなく、ただ筋力のままに振り下ろした技術の無い一撃ならば対応は可能すぎる。前の足に体重をかけ、踏み出し一歩下がって避ける。追撃の一撃が、こちらの胴を薙ぎにくるが――――

 

(これなら、取れる)

 

こちらの拳は届かない間合いだが、それでもできる事がある。ただ守るだけの防御ではない、攻める切っ掛けを生み出す迎撃の技。

 

重心を前に、マナをこめた右の拳を振りかぶって、

 

「ここだ!」

 

軌跡を見切り、拳を振る。タイミングも位置も寸分の狂いなく、僕の拳と相手の剣が激突した。だが、威力はほぼ同等だったらしい。共に弾かれて一歩後退する、だけど、それでは終わらない。

 

身体のバランス、そして速度に関しては、誰にも負けるつもりはない。比べて、相手は馬力だけでその技術はお粗末なもの。体勢を整えるのはこちらの方が圧倒的に速かった。まずは牽制の一撃、腕に防がれるが、本命ではない。

 

踏み込んで、更に――――そこで、若干の違和感を覚えた。

 

(―――反射神経すごい、でもなんで?)

 

戦い慣れている、といった印象。ならばもっと、剣技や体捌きのスキルは上のはずだ。なのに――

 

(あとで考えるか)

 

余計な思考を切って捨てた。今は何しろ殴りたい。このやりどころのない怒りを、ぶちまけたい。だから一歩前へステップで踏み込むと同時に、渾身のマナをこめて掌打を繰り出す。相手も迎撃に、と剣を振り下ろしてくるが――――

 

「くっ!?」

 

驚く声が聞こえた、それもそうだろう。なにせ、剣が衝突したと思った瞬間、横に滑らされたのだから。やったことは簡単だ。マナで固めた掌で受け止め、そのベクトルを横に向けた。そのまま剣を流され、相手はバランスを崩す。空振りに等しい勢いで、相手の重心が崩れた。

 

同時に、一歩前に出て掌底の一撃を胸元に突き出す。

 

――――だけど、そこに敵の姿は無かった。

 

「ハッ!」

 

右側面から、声。混乱する思考を抑えつけ、声のした方向へと腕を突き出す。同時に、交差した防御の腕に衝撃が走るのを感じた。痛みを感じながらも、何が起きたか分析する。逸らしたまではいい、しかしその後に相手は――――

 

(反射的に、横に飛んでいた………化物みたいな反応速度だな)

 

技術は熟達していなくても、身体能力も反射神経も化物クラスだ。常軌を逸していると言ってもいいレベル。勘もいい。まるで大気をそのまま感じ取っているかのように、こちらの攻撃に反応してくる。だけど、速いだけの一撃に当たってやる謂れはない。踏み込んできた相手の追撃に、僕は退かずに前に出て、マナで固めた両腕を交差して正面から受け止めた。

 

そのまま、距離は間近。この暗さでも分かる距離で、相手の正体を確認して――――

 

「―――女!?」

 

言いながら、気づく。戦闘に思考を割かれていたが、確かに気合の声も驚く声も女性のそれだった。そして、目の前に見える体躯。

 

(つーか胸でけー)

 

それに、さきほどの指もそうだ。白い、汚れのない手。

 

―――しかし、なんだ。女だからってあり得ないだろう、この馬鹿力は。

 

(このままじゃ押し切られる)

 

それを待つほど僕も馬鹿じゃない。考えるのと行動は同じ。まずは、押されるままに、下へとしゃがみこむ。

 

「なっ!?」

 

押していたところを引かれた相手の、バランスが崩れたのを確認。自分の重心位置と同じ高さならともかく、下に剣を引っ張られればその分バランスは崩れるのは必然だ。

 

その隙をついて、足払いを一撃。

 

―――劣化・転泡。

 

本来ならば、水の精霊術を応用した一撃。だけど無い今は、ただの足払いにすぎない。だけど崩した上での一撃ならば十分にすぎる。しかし、手応えは返ってこず。相手がいないのだから仕方がない。また尋常ならざる反射神経でバックステップ、こちらの足払いを回避したのだ。

 

(やっぱり勘もいい、な!)

 

不意をついているはずだけど、その尽くが外れる。本当になんだこの相手は。考えているところに手が突き出された。降参か、とも思ったが違う。

 

手の先に赤い炎が浮かび、それがみるみる内に密度を上げていった。

 

「フレアボム!」

 

そして、紅蓮が集うと同時に大気もろとも爆裂した。

 

(あっ、つ―――いなチクショウが!)

 

ガードが間に合わなかったせいか、ダメージが大きい。そして余波も大きく、僕はそのまま後ろへと吹き飛ばされた。

 

(――――来る!?)

 

その途中で、相手のマナの増幅を確認。

 

「穿て、旋風―――」

 

詠唱する声も聞こえる。開いた距離と、こっちの足払いによる硬直時間。体勢の立て直しの時間差を利用して"決め"の詠唱術を叩きこむつもりだろう。そのマナの量は凄まじく、まともに受ければひとたまりもない。

 

(――――だけど、それは悪手だ!)

 

距離は離れている―――――だが、それがどうした。気付かれないように内心でほくそ笑む。指摘してやる義理もない。ただ一歩踏み込み、拳に渾身のマナを貯めこんで―――

 

「魔神拳!」

 

「なっ?!」

 

拳の先から射出されたマナの塊が直撃した。拳術においては基本も基本といえる遠距離技、“魔神拳”。拳に溜めたマナを前方に放つだけ、というものだが有用な技である。いつだって遠距離攻撃は重要だ。今回のように、知らない相手にとっては想定外の、こちらとしては隙を生み出させる技となる。無防備な所に予想外の一撃を受ければ、誰だって硬直する。そしてそれはこの敵にも同じだったようだ。

 

霊力野(ゲート)にマナを割いていたのか、防護のマナが薄い。威力に押され、相手が仰け反ったのを確認して、

 

(―――チャンス!)

 

この隙を逃す手などない。後ろ足を渾身に踏み出した。超低空での前方への跳躍。そのまま着地すると同時に踏ん張った。足元にある液体が滑る。そのまま床と足の底の摩擦係数はほぼゼロとなった。

 

前へ踏み出したベクトルは消えず、僕は"踏ん張ったまま前へと進む"という奇妙な体勢になる。だけど、これがいい。

 

(これなら距離を詰めたまま、マナの防御《マジックガード》を発動できる)

 

例えさきほどのような、無詠唱の精霊術――――魔技と呼ぼうか。それを撃たれても、ガードで防げる。そうして、距離を詰めた後に一気に決める。だからここで、例えどんな攻撃が来ようとも防いだ上で反撃を決めてくれる。

 

だけど、その考えは甘かった。

 

 

「出て来い――――」

 

 

突如、虚空に馬鹿げた量の熱量が生まれ出て――――

 

 

「イフリートォッ!」

 

 

炎の巨人が出てきて。ガードなど関係ないとばかりに放たれた暴虐の炎熱波が、目の前を覆いつくしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日で3度目の、イフリートを直接使役しての一撃だ。燃え盛る火炎が、衛兵だろう相手の身体を包んでいく。

 

(………手強かった、な)

 

剣を下ろし、ひとりごちる。ここは何というところ魔境か。まず、一人目。隣の部屋に居た女も強かった。かなりのマナを使わされ、最後の一撃には手傷を負わされた目の前にいる二人目は、それすらも上回っていたが。

 

このような強者を二人も警備に回しているとは。ここは、それほどに重要なものを隠しているのだろう。実際に―――国の研究所で、というのは初めてだ。黒匣(ジン)がこんなところで開発されているというのは、今までになかったこと。

 

ウンディーネの助言に従い、万が一を考えて裏から潜入を行ったのは正しかったということか。いつものように正面突破をしていれば、無駄にマナを消費する戦闘を続けた後ならば、もしかすればマナが尽きて四大を使役することが出来ずにやられていたかもしれない。特に目の前の少年は異様にすぎる。敵意なき戦意と言えばいいのだろうか。だけど純粋な戦闘能力で言えば今までに戦った誰よりも上だ。殺気は無かったが、見せつけられたマナの黒さは、人にあっては珍しい程に深かった。

 

体術も十二分に練られていた。身体能力強化はあるが、それに頼りきらない技術。剣技ではない、道具も使わない相手がこれ程に厄介だったとは。

 

全身を駆使して打倒すべく襲い来る者。道具で補う"あの組織"とは全く違う方向性だ。いや、人間とは面白いものだとつくづくに思わされる。

 

(しかし、危なかったな)

 

奇襲からの一連の動きは今までに見たことがない程に鋭かった。随所で見せつけられた技術は、心底肝を冷やさせられたものだ。

 

(だけど、これで…………!?)

 

終わった、と。あの一撃を受けて、耐え切った者などいないがゆえに。思い込んだ心を、修正するしかない事態を目の当たりにした。剣を握り直し、勝ったつもりになっていた心を叩く。そして再び気持ちを引き締め直した。

 

――――――何故ならば。

 

「い、ふりーと? え、なに、四大精霊がなん…………え、偽物? でもこの威力は………って熱ぃってクソ!!!」

 

少年は、口に巻かれていたハンカチが燃えただけ。大きなダメージもなく、依然にかわりなくそこに立っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――急激に頭が冷えた。イフリート。炎を司る大精霊。20年前にいなくなったとされる、四大精霊が一つ。

 

(おーけー、まずは落ち着こう)

 

下に投げたハンカチ、燃えている部分を踏みつけて消す。そして、目の前の人物を改めて見る。

 

(――――違うな)

 

衛兵の類じゃない。目の前の女の瞳は、僕にも分かるぐらいに――――澄み切っている。間違えても、こんな研究に協力するような人物じゃあない。と、そこで思いついたままに質問する。

 

「アンタも、侵入者か?」

 

「………も? どういうことだ、お前はここを守る兵士ではないのか」

 

「違う」

 

とは言っても、一概には信じられないのだろう。油断せず、剣を構えなおした。

 

「どう説明したらいいのか………」

 

取り敢えず両手を上げて降参の意志を示す。

 

―――頭が冷えた。否、急速冷凍された今は、無闇矢鱈に拳を振るいたくはない。敵でない女性を殴るのは、趣味じゃないからだ。でも、相手はやる気満々だ。それもそうだろう。いきなり殴りかかられたのだから。途中にいきなり"違う"と言われても、納得はできない。

 

「一応聞いておく。お前は侵入者じゃないのか? ならば、何故こんなところに居る」

 

「教授を助けに。でも――――」

 

と、割れたガラスケースのようなものを見ながら、言う。

 

「来るのが遅かった。溶けちまったよ、全部。身体ごと持っていかれちまった」

 

思い返す度に、得体のしれない感情が沸き上がってくる。悲しみか、あるいはもっと別のものか。そうしていると、女性は剣を下ろした。

 

(―――え、もう?)

 

まさか、今だけのやり取りで信じてくれるとは。と、その時の僕は間抜けな顔をしていたのだろう。女性はため息をつきながら言う。

 

「………嘘は言っていないと判断した。その教授とやらも、気の毒だったな」

 

何というか、凛とした声だ。過ぎる程に。

同情ではないことだけには感謝できたけど。

 

「それで、これからどうする? もう目的は果たせないだろう。出口ならば、この先に良い抜け穴があるが」

 

「僕もそこから来た。というか、街灯樹消したり、水の上に足場を作ってたのはアンタだよな?」

 

僕の問いに、女性は頷で返した。

 

「そうか………なら一緒に行かないか」

 

「一緒に、だと?」

 

「ああ。教授をこんなにした、この研究の目的を知りたい」

 

思い出しただけで頭が痛くなる。それに、奥さんと娘さんに一体何と言えばいいのか。少なからず面識のある女性だ。悲しみに歪むであろう顔を幻視すると気が滅入る。だから、せめて詳細を。話せない内容かもしれないが、このまま逃げることはできない。また別の意図があることも確かだけど。

 

「それで、知った上でどうする? 有用ならば利用するのか」

 

「いや、ぶっ壊す」

 

即座に答える。すると何故か、女性は目をきょとんとさせた。

 

(つーか美人すぎるだろ、おい)

 

落ち着いて見てみる。で、結論。

 

(何この人パネェ)

 

教授が死んですぐの今、こう感じるのはちょっと不謹慎かもしれないが、それを突き破るほどの圧倒的美人だった。アグレッシブな髪型をしているけど、それは彼女の魅力を損ねるものではない。むしろ何か似合ってる。神々しいとさえ思える

 

(っつーかスタイルがパネェっす。レイアやナディアとは明らかに違いすぎる。実に豊かな山麓をお持ちで)

 

スタイルが良いってレベルじゃない。お目にかかった事が無いほどの美女だ。

 

「ぶしつけな視線を感じるが………今は置いておこう。それより、お前は何故その研究成果とやらを壊すことを選ぶ?」

 

「趣味じゃねーから。あと、これでも医者の端くれなんで」

 

人を傷つける研究なら、それを無くすのが医師たる者の役割。特別今更、正義感を振りかざす気はない。だけど、それでも人体実験で無差別に殺すという行為は認められない。

 

「趣味じゃない、か」

 

「嘘じゃないよ? だからぶっ壊す。踏んづけて踏みにじって、開発者の横っ面を張り飛ばす」

 

何より、ハウス教授を殺したのだ。

 

「骨的な意味で、両手両足は諦めてもらう。具体的には4本全てポッキリします」

 

「殺しは、しないのか?」

 

「……殺すのは、ちょっと。医者志望の学生だし。まあ医者だからできる事もあるし………死ぬより辛い目にあわせることもできる」

 

手加減などしない。ぬひひと笑いつつ、暗い所を抑えようと努力する。間違えて殺してしまわないように――――だって俺は、医者を目指しているのだから。

 

「君は………面白いというか、変な奴だな」

 

「アンタみたいな人に言われるとはね」

 

四大を使役するこんなけったいな美人に、苦笑まじりで変な人呼ばわりされるってどーよ。しかも真正面からきっぱりと。

 

(まあ、全てが"本音"ってことでもないけど)

 

意図はある。仇をうつこと。そして、僕の夢を―――ぶっ潰してくれたこと。殺しても飽きたらない。でも、他に道が見えたのでその憎悪は保留する。でも、まあ、この場においては。まずは証拠を示せと言われる前に、示してみるのが最善。

 

(都合よく、衛兵さんもやってきたことだし)

 

足音が部屋の中に来る前に、左手で顔を隠す。片手が不自由になるが、この程度のレベルならばそれすらハンデにならん。

 

「いっちょ強行突破と行きますかね」

 

「そうすることにしよう。それで、君の名前は? ――――私は、ミラ・マクスウェル

 

剣を入り口の方に構えた女性。ミラが、横目で名前を聞いてくる。同じく、こっちも構えながら横目で視線を受け止め、答える。

 

「ジュード・マティス。でも、ここ脱出するまでは呼ばないで――――」

 

そこで思考が止まった。

 

え、なに。ミラって良い名前ですね、って違う!!

 

 

「マクスウェル!?」

 

 

「声が大きい! 前を向け、来るぞ少年!」

 

 

見れば、衛兵の団体さんが部屋の中へと押しかけてくる。対する僕達は、一歩前に出て応戦を始めた。

 

思えば、この時は露程にも予想していなかった。

 

 

この奇妙なお姫様と、ずっと先まで長きに渡って共闘するような間柄になろうとは。

 

 

 

 


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