都市を照らしていた陽が沈み、夜が始まろうとしていた。
募集の紙束だけに目を通すだけでなく、街の中を探索していたら時間は経っていた。
ダンジョンから戻って来た冒険者たちが道で溢れかえっている。その人波に呑まれないようにメインストリートを歩いていると、
「あそこで食べよう! な!」
「……食事は必要無い体ですよね」
「そうだけど! 食うならあそこにしてくれ!」
修一が指を差したのは酒場だった。
二階建ての石造りに『
(ああ、なるほど)
中を覗けば修一が行きたがる理由が分かった。ネコ耳を生やした獣人の可愛い少女達がウエイトレスなのだから。
他にもエルフやヒューマンの子もいる。無花果は嫌な顔で修一を見る。
「べ、別にいいだろ!? 食えない分、目の保養くらい!」
「……まぁ別にいいですけど」
断る理由も特に無いので店の中に入る。すぐにネコ耳の少女がカウンターの席へと案内してくれた。
ここに来る途中、立ち寄った村の手伝いで稼いだお金が少しだけ残っている。値段を確認しながら贅沢をしなければ問題無いだろう。
それと、この世界の文字は理解している。ガルペスさんに貰ったコンタクトレンズのおかげだ。本当は英語とは別の他国の勉強をする為に付けていた物だが、こんな形で役立つとは思わなかった。
「ははッ、随分と可愛らしい客が来たねぇ。ここは初めてかい?」
「あ、はい。この都市に来たのも今日が初めてで」
「そりゃめでたい! サービスしておくからじゃんじゃん金を使ってくれよぉ!」
「す、少しだけなら……」
カウンターから乗り出して来たドワーフの女将さんに苦笑い。膝の上に座っている修一が「あー、可愛いメイドさんたちに癒されるんじゃー」と大人しくしている。
とりあえずパスタと水を頼むと、大盛りパスタとジュースがテーブルに置かれた。本当にサービスして貰ったが、パスタは食べ切れるかどうか不安になる。
ニッと笑ってくれた女将の為にも食べ切る。無花果がチビチビとパスタを食べていると、
「そういやどこの【ファミリア】にするか決めたのか? 最後の方、何か情報を聞き回っていたけど」
小さな声で修一が話しかけていた。目線は思いっ切りエルフのウエイトレスだが。
「はい、【ソーマ・ファミリア】にしようかと」
「【ソーマ・ファミリア】? 何でだ?」
無花果は周囲に人がいないことを確認したあと、小声で説明する。
「典型的な探索系で実力は中堅。団員数はかなり多いです」
「ダンジョンに行くなら探索系なのはいいが、団員数が多いことは大丈夫なのか?」
「むしろ都合が良いです。それに、主神はあまり団員に興味が無いみたいです」
「興味が無い?」
「先程得た情報ですが【ソーマ・ファミリア】は酒を販売していて絶品だと有名だそうです。そして、それを作っているのが主神であるソーマ様だそうです」
ふんふんと頷きながら話を聞く修一。だが視線はネコ耳のウエイトレス。
「ですが、彼は酒造りにしか興味が無いみたいです」
「へ? 酒だけ?」
「酒だけです。恐らくですが団員に酒を造る為の費用を稼がせ、代わりに恩恵を与える。そんな形で出来た【ファミリア】だと予想しています」
少し思う所があるとすれば情報を言った人だ。ギルドの制服を着ていたから嘘ではないと思うが、妙に【ソーマ・ファミリア】について嫌な顔をしていた。
修一はヒューマンのメイドの方を向きながら話をまとめる。
「ということは酒を造る費用を出し続けていれば、自由にしていいってことか」
「逆に誰もいない無名の【ファミリア】に入れば神に執着されるかもしれませんからね。それなら無理の無い負担で自由を得られた方が得です。それに、
パスタを食べながら話を終えると、十数人の団体が酒場に入店して来た。
種族がバラバラなのが目立つが、無花果は全員が道ですれ違った冒険者たちとは全く違う実力を持っていることを見抜く。
「あのエンブレムって……」
「はい、【ロキ・ファミリア】です」
【ファミリア】の中でもトップクラスの実力を持つのが【ロキ・ファミリア】。この都市に住む者なら知らない者はいないくらいの有名だ。
第一級冒険者が勢揃いしたせいか、周囲で飲んでいた人たちが静かになってしまう。
「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん! 今日は宴や! 飲めぇ!!」
「「「「「乾ッ杯!!」」」」」
一人の人物が立って音頭を取った。その後ろ姿に無花果は気付く。あの人が【ロキ・ファミリア】の主神なのだと。
「さすがにダンジョン攻略パーティーには行きません。最深部を目指すなら話は変わりますが」
「すっげぇ!! 何だあの美人たち! 特に金髪の子、トニカクカワイイ!!」
全く話を聞いていない。ちょっと怒りそうになった。
修一の視線を追うと、確かに大きく目立つ金色の瞳と腰まで伸びた金髪の女性は綺麗だった。
「【ロキ・ファミリア】さんはうちのお得意さんなんです。彼らの主神であるロキ様に、私たちのお店がいたく気に入られてしまって」
ジッと見ていた無花果に気さくに話かけて来たのはヒューマンのウエイトレスだった。薄鈍色の神を後頭部でお団子にまとめ、そこから尻尾のように髪が垂れている。
可愛らしい女の子に修一の頬がぬいぐるみでもニヤけているのが分かる。
「シルと言います。お客様のお名前は?」
「い、無花果です。えっと、パスタ美味しいです」
「ありがとうございます」
ニコッと笑顔を見せる彼女に無花果の頬も緩んでしまう。シルは視線を動かし、
「私も話に混ぜてください。そちらの方とも話がしたいなぁと思いまして」
「あッ」
「……………」
完全にバレていた。
小声で話をしていても、修一との会話はシルにバレてしまっていた。二人は固まり、どうしようかと考えていた。
「……ぼ、ボク、トラのシュウちゃんダヨ?」
だからライオンのゲブちゃんだと言っているでしょ修一君!? って違う! どうして自己紹介をしたのですか!?
目線でそのことを訴えると、
「……女の子と喋りたい」
正直過ぎる本心に無花果は何も言えなくなる。
一日中、ぬいぐるみの演技をするのも辛いのだろう。諦めた無花果は額に手を当てながら頷いた。
「うっしゃ! 俺の名前は修一! よろしくシルちゃん!」
「わぁ! 本当に喋った! 凄いですね!」
「とりあえず抱っこしてぇ!」
「ダメに決まっているでしょスケベ!!」
シルに向かってダイブする修一をチョップで叩き落とす。シルも抱こうとしていたが、無花果の注意を聞いてやめる。
「もし次、ぬいぐるみの姿を使って女性に抱き付こうとした時は……」
「し、した時は……?」
「ドブネズミの刑」
「誰も愛してくれない! 分かった! こうして自由になっただけでも嬉しいから絶対にしない!」
片膝を床に着いて忠誠を誓う修一。それを許した無花果は抱え上げて膝の上に置く。
(無花果自身はいいのか? え? 本当にいいの? もう分からない)
「えっと、とりあえずよろしくお願いします……」
「はい! イチジクさんとシュウイチさんですね。覚えました」
ホッと安堵の息をつく。大袈裟なことにはならないようだ。目の前にいた女将さんも、頷いて黙ってくれている。
その後はシルさんと話をしながらパスタを食べ切る。途中、シルさんと同じウエイトレスの方がこっそり修一に会いに来た。エルフのリュー、ヒューマンのルノア、
「……あの、もう一品頼んでも?」
「もちろんさ!」
修一とウエイトレスさんたちの話が長くなりそうなので女将のミアさんにスープを注文した。ミアさんは笑顔で答えてくれた。
そして、この酒場に長居したことを後悔する。
「———あぁん? あの人形、喋ってねぇか?」
【ロキ・ファミリア】の団員が、私たちの存在に気付いた。
左の頬に入れ墨を入れていた灰色の毛並みの
「……………」
修一君、ジョナ〇ンのジョジョ立ちをしても誤魔化せませんよ。
「なんやなんや! 喋る人形ってホンマかいな!」
「……………サッ」
(どうしてポーズを変えるのですかあああああァァァ!!)
今度はジョ〇フに変わった。完全にバレた。しかも―――神ロキに!
エセ関西弁で喋る朱色の髪の女性。彼女こそがロキ。無花果の背中には嫌な汗が流れていた。
(駄目だ、誤魔化せない……!)
彼女が神のことを厄介だという原因。それは―――
(取れる対策としては余計なことは喋らない。修一君もそれを守る為に黙っているようですが……だから承〇郎になっても誤魔化せていないですから!)
―――修一、パニック状態。
ロキは子どものように嬉しそうに修一を抱きかかえる。「タスケテ、タスケテ」と無花果に向かって言っているが、他人のフリをする。
「なぁなぁ! これどうやって動かしとるん!? 教えてぇな!」
ダメだった。めっちゃ肩揺らされる。
だが【ロキ・ファミリア】が入って来た時点で何を言うかは考えていた。
「私の相方です。種は……言えません」
「そんなこと言わんで教えてよぉ! 酒奢っちゃるから!」
「……他の【ファミリア】に言うのは」
「ロキ。彼女が困っているだろ」
しつこく無花果に絡むロキを静止したのは
【ロキ・ファミリア】団長―――フィン・ディムナ。彼はロキを無花果から引き剥がし、謝罪する。
「邪魔してごめんね。僕たちも気になるけど、ステイタスは不用意にバラしちゃいけないからね」
「……いえ」
団長さんのおかげで何とか切り抜けられそうだ。スープを飲んですぐに出よう。泊まる宿も見つけないといけない―――
「いつまで雑魚に構ってんだロキ、フィン! その気色悪い人形の何が凄いんだよ!」
「そんなことよりアイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」
「あの話……?」
「あれだって! 帰る途中で何匹か逃したミノタウロス! 最後の一匹、お前が5階層で始末しただろう! そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎!」
話の意図が全く汲めない。だがスープが不味くなるような話のような予感がしたので急いで飲み干す。
「ミノタウロスって……17階層で返り討ちにしてたらすぐ集団で逃げ出していった?」
「それそれ! 奇跡みてぇにどんどん上層に上って行きやがってよッ。俺たちが泡食って追いかけていったやつ!」
「それでよ、いたんだよ。いかにも駆け出しっていうようなひょろくせぇ冒険者が! 腹抱もんだったぜ。兎みたいに壁際に追い込まれちまってよぉ! 可哀想なくらい震えあがっちまってよぉ!」
ゲラゲラと楽しそうに笑っているが、アイズの顔は暗かった。自分も聞いてて良いとは思わない。
「ふむぅ? それで、その冒険者どうしたん? 助かったん?」
「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ。 なっ?」
ミノタウロスを細切れって……実は【ロキ・ファミリア】の中でも凄腕の方でしょうか。
話にはまだ続きがあった。今にも噴き出しそうな顔で
「それでそいつ、あのくっせー牛の返り血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまってよぉ! しまいにゃそのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまってッ……ぷくくッ!」
「うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのぉ!!」
その言葉でドッと周りも笑い出す。
ああ、これは酷い。被害に遭った冒険者とアイズという女性の方が可哀想だ。
「アッハハハハハハハッ!! そりゃ傑作やぁ! 冒険者を怖がらせるアイズたんマジ萌えぇー!」
あの主神はちょっと何本かネジが取れていそう。萌えって……。
「ほんとざまぁねぇよな。ったく、泣き喚くぐらいなら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ。なぁ?」
聞くに堪え無くなって来た。私はミアさんにお金を払い始める。ちなみにこの世界の通貨はヴァリスというらしい。
会計はパスタが300ヴァリス、スープが150ヴァリス、ビールが300ヴァリス。……おいこらドブネズミ。何勝手に頼んでるのですか。
「いい加減そのうるさい口を閉じろベート」
「ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。巻き込んでしまった少年に謝罪することはあれ、酒の
彼女の言葉にビクッと反応する冒険者たち。先程の話で笑っていた人たちだ。
「おーおー流石エルフ様。誇り高いこって。でもよ、そんな救えねぇヤツを
「これやめぇ。酒が不味くなるわ」
だが反省の色を全く見せないベート。ハイエルフの言葉で反省したのかロキはやめようとしている。
「アイズはどう思うよ? 自分の目の前で震え上がるだけの情けねぇ野郎を」
「……あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」
「けっ……じゃあ質問を変えるぜ? トマト野郎と俺、ツガイにするならどっちがいい?」
話題の切り替え方が凄い! 思わず二度見しましたよ。
周りも私と同じようにビックリしている。シルさんに聞いても修一君の場所が分からないのですが……。
「ベート。君、何言ってるか分かってる?」
「うるせぇ。ほらアイズ、選べよ。雌のお前はどっちのオスに尻尾を振って、どっちに滅茶苦茶にされてぇんだ?」
「私はそんなことを言うベートさんとだけはごめんです」
アイズはキッパリと断った。これはフラれたカウント1に入りますね。少しだけ胸がスカッとした。
これには周りも笑ってしまう。あのハイエルフも笑っていた。
「無様だな」
「黙れババァッ!! じゃあ何か? お前はあの雑魚に好きだの抜かされたら受け入れるってか?」
「ッ―――」
「そんな筈ねぇよなぁ。気持ちだけが空回りしてる軟弱野郎にお前の隣に立つ資格なんてありはしねぇ」
下唇を噛んだアイズにベートは次から次へと棘のある言葉を吐く。
「他ならないお前がそれを認めねぇ。雑魚じゃあ―――」
というか修一君はどこに!? さっきからあの男がうるさくて―――あれっ?
「———アイズ・ヴァレン・シュタインには釣り合わねぇ!!」
―――待ってください修一君!? そのビール、誰に飲ませるつもりですか!? まさかと思いますが……!?
バシャアッ!!!
―――その時、空気が凍った。
たった今、ベートに向かって水がぶっかけられたのだ。
「……あ?」
彼の前に立っていたのはぬいぐるみ。ビールを片手に、もう片手には
声にならない悲鳴を叫ぶ無花果。周囲に居た客たちも唖然としている。
「これ、俺の奢り。嫌な奴が不幸な目にあった時のビールは格別に美味いと思うぜ?」
そう言って目を見開き驚いた顔をするアイズの前にビールを置いた。いや、それ私のお金で買ったビールです。というか!?
(何てことをしているのですか修一君!!??)
水をかけられたベートは怒っているのが分かる。怒気を撒き散らしながら低い声で話す。
「雑魚の人形……何をしたのか分かってんのか?」
「雑魚雑魚うるせぇんだよ」
こんな状況になるかもしれない。私は知っていたはずだ。
「———誰もが通る道だろ。笑ってんじゃねぇ」
小さい頃から知っていたはずだ。彼が、良い人なのは。
何度も私の為に怒ってくれたことを覚えているのに。
「大体お前はそうやって威張り散らしているけど、恥ずかしくないのか?」
「あぁ!?」
「
違う。私は彼の姿を探しながら、心のどこかで期待していたのだ。
彼がまた、誰かの為に怒ってくれることを。
「自分の力だけじゃ何にもできねぇクセに人を見下して、馬鹿にして、俺だったら恥ずかしくて死にたくなるね」
「ッ……テメェ!!」
修一の言いたい放題に頭に来たベートは握り潰そうとする。だが、それを無花果が許すわけがない。
「うぉ!?」
「ッ!」
修一の体は突如浮き、そのまま無花果の元へと飛んで行く。まるで吸い込まれるかのように。
「そんな体で喧嘩を売らないでくだ―――!」
「俺は言いたいことを言った。お前も、我慢してないで言えよ」
修一の言葉で説教する言葉が止まる。
無花果はギュッと修一を抱きかかえたまま、ベートに向かって告げる。
「私のぬいぐるみは、気持ち悪くないですーッ!!!」
「いやそこぉ!? 文句言うのはお前が雑魚と言われたことなんですけどぉ!?」
とてもスッキリした。言いたいことを言えて。修一君は「解せぬ」と呟いているが、私は気持ち良かった。
さて、問題はここから。【ロキ・ファミリア】の団員に喧嘩を売ったことだ。
ここまで修一君がお膳立てをしてくれた。彼の言葉を響かせる為にも、頑張らなくてはならない。
「表に出ろ」
「上等です」
―――その時だけは、ベートに向かって無花果は強気に答えた。