翌日、ベッドの上で仰向けになった無花果は服を脱いでいた。決して全裸ではない。上半身だけだ。
私たちの主神―――ヘスティア様はお尻辺りに座り込み、背中を指で何度も撫でていた。
「よし! できた!」
ヘスティア様は私の背中から降り、終わったことを知らせる。ベッドから起き上がり、壁の鏡に映った自分の背中を見ると、びっしりと黒の文字群が刻まれていた。
―――そう、この刻印こそが『
神様たちが扱う『
「そしてこれが君の【ステイタス】だ」
楢原 無花果
Lv.1
力:I0 耐久:I0 器用:I0
《魔法》【】
《スキル》【】
神様から差し出された用紙を手に取ると、そこには自分の【ステイタス】が書かれていた。
基本アビリティは五つ。『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』。更にSからA、B………H、Iまでの十段階で能力の高低が示される。
英語の横にある『0』は熟練度の数値。この熟練度の数値が上がればランクも上がるのだ。
そして、最も重要視されているのはレベル。このレベルが一つ上がるだけで進化に近い力を手に入れれるとのこと。
(修一君から借りたゲームに似ていますね……)
【ステイタス】を上昇させるには『
この手の仕組みは分かりやすい。序盤の草むらでスライムやゴブリンを何度も倒してレベルを上げ、最初の町で万全な装備を整えてからボスに挑む。一度もゲームオーバーすることなくやり遂げた得意分野。
まぁ修一君には「ギリギリの戦いをしないのはいいが……雑魚ワンパンできるまでボスまで行かずにレベル上げるか普通?」と引かれたが、私は間違ってない。どれだけプレイ時間が長くても、お姫様は生きていたから。
とりあえずダンジョンに行って『
「……このゼロから君の強さが始まる。これからダンジョンに行くんだろ? だから一つだけ約束して欲しい」
「はい」
「必ず、生きて帰って来るんだっ」
ヘスティア様の真剣な眼差しに私は頷く。その約束は、必ず守ると。
黒と白のゴシック服を着直し、ブーツの靴ヒモを絞め直す。赤いリボンで髪を束ね、小さいカバンを腰に付ける。
先程からずっと寝ている修一君を起こすかどうか迷ったが、そのまま抱きかかえて扉に手をかける。
「行って来ます」
「気を付けるんだよ! 今日帰って来なかったら、見つけて四六時中、ボクはずっと君にしがみつくからな!」
それは少し嫌だ。苦笑いしながら扉を開けてダンジョンに向かった。
無花果を見送ったあと、ヘスティアは静かに溜め息をついた。
(いい子だ……とてもいい子なんだ……)
神の悩みは一つ。無花果の背中に『
(だから、彼女は
【
楢原 無花果
Lv.1
力:I0 耐久:I0 器用:I0
《魔法》【】
《スキル》【】
何も問題はない。全く誰でも同じような普通の【ステイタス】のはずだ。
だがヘスティアは
《スキル》欄の下に浮かび上がった、あるはずの無い項目。
―――《体質能力》
【
・他者からの影響を全て無効。
・不信が残り続ける限り効果持続。
・成長が続くごとに効力低下。
・自身の『恩恵』を消滅させる。
それを目にしてヘスティアは後悔してしまう。この最後の項目を刻んでしまったことに。
自分の刻み込んだ物は一種の『爆弾』のようなものだと。最後まで追い詰められた時、彼女の身は危険に晒される。
「きっと君は、ボクたち神の
ヘスティアの独り言が、部屋の中に響き渡る。
「———ボクたちは絶対に裏切らない。君から目を離したりしない」
その不信を、怯えて冷たくなった心をヘスティアは温めて見せることを決意する。
「今のボクはここからじゃ手は届かない。その間は頼むよ、シュウイチ君」
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「んあ?」
「起きましたか?」
ギルドで手続きを済ませたあと、ダンジョンの攻略に必要な情報を集めていた無花果。特にダンジョンにはどんなモンスターがいるのか調べていた。
ぬいぐるみを抱きかかえながら調べていたので起きたのはすぐに分かった。彼女は本棚の空いたスペースに座らせる。
「どこだここ……」
「ギルドですよ。この本を読んだあとこ、ダンジョンに行く予定です」
「おお! ついにダンジョンか!」
目が覚めるくらいテンションを上げる修一君。だがその前に一つ問題が発生したことを報告する。
「そのギルドでエイナさんに言われたのですが……防具と武器も付けずに行くのは論外だと……」
「……ちょっと怒られた感じ?」
「……私の強さは信じてくれませんでした。この糸のように、私の信頼は薄く切れ―――」
「ネガティブやめろぉ!」
落ち込む無花果に喝を入れる。修一君の声にハッとなる。
「ったく、というかここに来るまで大丈夫だったか? 【ロキ・ファミリア】の連中とか」
「あ、そのことでしたらギルドで【ヘスティア・ファミリア】に入ったとエイナさんに報告すると、皆さん帰りましたよ」
(……まぁ諦めたわけじゃないよな。【ロキ・ファミリア】があんなにしつこいんだから、今日は一度引いた感じか?)
無花果は連中が興味を無くしたと思っている。修一は代わりに警戒しないとなと心で決めてから気分を変えようとする。
「よし、武器と防具を買おう!」
すぐに切り替えさせたいところだが、彼女のネガティブは終わらない。
「お金……無いですよ」
「……しゃ、借金とかは?」
「ギルドで申請すれば少しはできます。ですが、私が嫌です」
「ああうん、真面目なお前だもんな。知ってた。でも背に腹は代えられないんじゃないか?」
「修一君の言いたいことは凄く分かります。だから、私も言わせて貰います」
「ん?」
「絶対に嫌です!!!」
「何でそんなに決意が硬ぇの!? え!? すぐに今日稼いで返せばいいじゃんか! お前強いんだからさぁ!」
「死んでも嫌です!!!!」
「だから何で!?」
「私は人にお金を貸すことはあっても、自分は絶対に借りたくない性格なんです! ちなみに修一君が私に借りたお金は合計498円です! この間貰ったプリンを差し引けば348円です!」
「めんどくせぇコイツ!? クソ真面目過ぎてダルいわお前! あと細けぇ!」
互いに引かない。借金しろだのしないだの、珍しく喧嘩していた。
借金云々で私たちが言い争っていると、一人の少女が声を掛けて来た。
「でしたら武器と防具をお貸しましょうか?」
その声に振り向くが、どこにも見えない。声の人物を見失っていると、
「お姉さん、下、下ですよ」
1メートルくらいの小さい背丈。クリーム色のゆったりとしたローブを身に着け、深く被ったフードから栗色の前髪がはみ出ている。
そして目を見開いて驚くのは彼女の背負った物。少女の体より何倍も大きいバックパックだ。
「初めましてお姉さん。突然ですがサポーターを雇いませんか?」
「サポーター……?」
「ご存知ないですよね。武器も防具もない初心者だとリリは分かっているので」
少女はリリルカ・アーデと名乗った。彼女の話を聞いてサポーターの役目を理解する。
簡単にまとめると、私たち冒険者のお手伝いだ。モンスターの戦利品を拾って運び、冒険に必要な物(回復ポーションなど)を用意し、私たちを助ける。
(……………)
パーティーで必要な役割だと無花果は理解したのに、彼女は自分のことをこう言ってる。
「リリはそんなことしかできない———ただの荷物持ちですけどね」
そう言って、自分を卑下していた。
修一君も「そんなことないだろ」と言うが、「命を懸けて戦っている冒険者様からしてみれば、リリ達は何もしていないクセに甘い
「えっと、知っているのですか?」
「実はお二人のことを知っています。噂になっていますから」
「ど、どんな噂でしょうか?」
「喋る人形を連れた新人が第一級冒険者に勝った噂です。ダンジョンは初心者かもしれませんが、お強いことは知っているので」
「やったな無花果。有名人だ」
全然嬉しくないです。
「えっと、アーデさん」
「リリでいいですよ」
「……リリルカさん」
「リリのことはリリと呼んでください。さんづけはダメですよ」
「えっ」
少し冷たい声音に無花果は言葉が詰まる。代わりに修一が理由を聞いた。
「何でだ、リリ?」
馴れ馴れしいですよ。あなたは少し礼儀を知った方が良い。
「先程も言ったようにリリ達は寄生虫です。冒険者様と同格であろうとすることは
「そんなことはしませんよ!」
「むしろ全額やるからその可愛い顔を見せ―――」
とりあえず私はぬいぐるみをチョップで黙らせた。ビシッ!と。
「お二人がお優しいことは分かっています。ですが、けじめはつけなくてはいけません。もしリリが生意気だという風潮が流れてしまったら、他の冒険者様たちに全く相手にされなくなってしまうんです」
彼女の言い分に私は何も言えない。昨日の決闘、【ロキ・ファミリア】の
「慣れないことを強要させてしまいますが……どうかリリを助けると思って受け入れてくれませんか?」
そのお願いを拒否することはできない。私は口を開き、
「リリ……さん……」
「リリです」
「ッ…………リリ……さん……」
「……今小さい声でさん付けしましたよね?」
その言葉にカァッと無花果の顔が赤く染まる。その光景に修一はニヤニヤした顔で眼鏡を上下にクイクイしている。
「ないもんなぁ。無花果は俺ですら君付けだもんなぁ」
「……えっと、そんなに抵抗することですか?」
「抵抗というか人のことを
「えぇ!?」
「い、言えますよ! 初めてですけど、言えますから!」
「じゃあ言ってみろよ」
無花果は唾を飲み込み、深呼吸をする。「名前を呼び捨てにするだけでそんなに準備しなくても……」とリリは困っている。そして、
「
「今凄い呼び方をしませんでしたか!?」
「というかルビを読むんだから呼び捨てにできてねぇだろ」
二人の文句に無花果はムッとなる。さすがの彼女も、大声で文句を言った。
「そ、そんな上級者向けのことを私にさせようとしないでくださいッ!!」
「何で誤解が生まれそうなことを大きな声で言うのお前!?」
「これじゃまるでリリが変態みたいじゃないですか!?」
結局、無花果はリリさんと呼ぶことになった。リリもそれ以上は強要することなく諦めた。
周囲から変な目を見られながら、彼らはパーティーを組むことになった。
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ダンジョンに潜る前にリリから借りた武器は槍だった。最初は少し刀身の短い剣を渡そうとしたが、
「嫌です。剣だけは」
「安物ですが初心者には使いやすい武器だと―――」
「嫌です」
「……そんなにですか?」
「その武器しかないなら仕方ありません。貸してください。刀身を折るので」
「剣じゃ無くなりますよ!? それにこれはリリの物ですよ!」
「諦めてくれリリ。そいつ、剣が大嫌いなんだよ。そういや魔王を伝説の剣で倒す時も装備しなかったよな。というか村の商人に売ったな」
「は、はぁ……?」
という一連があり、木製の棒に刃を付けた安物の槍を借りた。防具は服の下に
そして、ダンジョンに向かいながらある話をしていた。
「【ソーマ・ファミリア】……!」
「有名な派閥なのでイチジク様も知っていたようですね」
リリの所属する【ファミリア】の話になっていた。お酒の商業に片足を入れたあの【ファミリア】だ。
しかし、【ファミリア】の中は予想より酷いことになっていた。
「リリは小さいですし腕っ節もからっきしで、何をやっても鈍臭いリリを仲間に入れてくれないんですよ」
身内を除け者にする現状に、心が痛くなった。
リリは無理に笑みを作っている。修一君が「また俺のビールが必要になりそうだな……」とか言っている。お願いですから問題は起こさないでください。
サポーターの雑な扱いに無花果も怒りが湧き上がる。
「わ、私はリリさんのことを除け者なんてしません! 絶対に!」
「……ありがとうございます」
「ヒューヒュー、熱いねぇ」
ベシッと抱きかかえていたぬいぐるみを叩き落とす。冷やかしお断り。
代わりにリリが抱きかかえて歩き出すと、ちょうどダンジョンの入り口に到着した。
数多の階層にわかれる無限の迷宮。凶悪なモンスターの
ダンジョンに入る前に、リリは方針を伝える。
「戦い方はお任せします。第一級冒険者を倒せるくらいなら上層のモンスターは余裕でしょう」
「リリさんも、今日はよろしくお願いします」
「お任せください!」
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視界を埋め尽くす薄青色に染まった壁面と天井。迷路のように様々な道があった。
最初に驚いたことはダンジョンの中は
「最初のモンスターは……スライムと見た!」
「コボルトみたいですよ」
「さすがイチジク様! どの階層にどのモンスターがいることを知るのは大事なことなので忘れないでくださいね!」
リリさんに褒められて私は照れてしまう。「スライムに憑依して転スラしたかった……」と残念そうに修一君は呟いていた。何ですか? ゲブちゃん、気に入らないのですか? スライムより可愛いと思いますが?
『グオオッ!』
その時、無花果の前に一匹のコボルトが現れた。
四足歩行から二足歩行になった狼の容姿をしたモンスター。
『グォッ!』
「来ます!」
コボルドの突撃にリリが声を張り上げる。無花果は槍を構え、
ブンッ……
コボルトと衝突する前に『く』の字を描くように槍を振り、風を切る音が残る。
そして、無花果は槍を下げてしまう。
もう戦いは終わったかのような態度を取る無花果にリリと修一は慌てる。
「い、イチジク様!?」
「えぇ!? 全然終わってないけど!?」
コボルトとは無花果に向かって飛び掛かる。四肢を食い千切ろうと、
スパッ
何かが切れる音と同時に、コボルトの頭が取れた。
いや違うと二人は気付く。無花果の手によってコボルトの頭は切られたのだと。
「余裕ですね。この調子なら下の階層も問題無さそうです」
「えええええェェェ!!??」
「相変わらず攻撃が見えねぇ……最強じゃん俺の幼馴染……」
一瞬で勝負が決まった。無花果の足元にコボルトの死体が転がっている状況にリリは驚きで心臓が止まりそうになっていた。
「リリさん、魔石の方をお願いします」
「う、噂は本当だったのですね……何かの間違いとか話の食い違いとか冒険者様たちは言っていましたが……」
「リリは信じてなかったのか?」
「普通信じられないですよ。今までそんな例、聞いたことが無いですから。少し実力があるとしか思わないです」
「俺も、あんな強さがあれば無双して女の子に囲まれていたはずなのに……」
「「……………はぁ」」
イラッとするのですが。さすがの私も怒りますよ。
ジト目で二人を見ていると、リリは急いでモンスターの死体から『魔石』を取り出す。
この魔石が冒険者たちの収入源となる物。ギルドに持って行くと換金してくれる。
魔力の籠った結晶をリリは綺麗に取り出す。モンスターの核―――心臓の役割を果たしている。つまり、
「……消えたな」
「はい。魔石を失ったモンスターは全身が灰となり、跡形も無く消えるのです」
リリの言葉通り、コボルトの死体は灰となり霧散した。魔石を狙ってモンスターを倒すのも有効だということもリリからアドバイスを貰う。
モンスターを瞬殺したことにより修一はテンションを上げる。
「無花果! この調子でどんどん稼げ!」
「はい!」
「イチジク様の強さに今日の稼ぎが期待できます!」
おお!と右手を挙げながら無花果たちは走り出す。モンスターを倒しながら彼らはダンジョンを更に深く潜る。
ヘスティア様に美味しい物を食べさせたいと、無花果も張り切っていた。