……ホントすいません。
「———【
「い、痛いよヘスティア!? 何で俺が首を絞められッ……ぐぇ!」
その日の夜、【ロキ・ファミリア】のベル・クラネルからダンジョン攻略を誘われたことを主神に報告した。
ヘスティアは修一の体をブンブン振り回しながら無花果に言い付ける。
「絶対に行っちゃ駄目だ! ロキの奴がイチジク君を奪おうと画策しているに違いない!」
「わ、私は【ファミリア】を抜けるつもりはありません! ヘスティア様の方が何倍も大好きですから!」
「嬉しい告白ありがとう! でも行くことは許可できない!」
頑なにダンジョンへ行かせようとしないヘスティアに修一は疑問に思っていた。ここまで行かせたくない理由があるのだろうか?
「何でだよ? ちょっとダンジョンに行くぐらい別に良いだろ?」
「良くないね! ボクの目は騙せないぞ! 思春期の子たちは夜に「ちょっと遊びに行って来る」と言うと大抵異性の子とイチャイチャする為に出掛けるんだ! イチジク君もそのべー……えっと、クラ
「ベル・クラネルなベル・クラネル。二文字と四文字くらい覚えろよヘスティア。それとな、大事なことを忘れているぞ」
ヘスティアの手から脱出した修一は山盛りに置かれたジャガ丸くんの隣に立つと、
「クソ真面目な無花果が男と夜遊びぃ? 無理無理、月と太陽が衝突するくらい無理ぃ」
「そうですか喧嘩売ってるんですか買いますよ」
「そ、そうだった!!」
「ヘスティア様も納得しないでください」
失礼な二人の態度に無花果はスッとリリから貰った槍を取り出す。「ごめんなさい!」と二人が素直に謝ると下げてくれた。
「だけど怪しいのは君たちも思っているだろ? ロキの所の子のクラネル何某が」
「クラネルって言ってんだろヘスティア」
「私もベル何某・クラネル何某さんのことは怪しいとは思います。ですが、同行を許してくれないですか?」
「真面目なお前まで始めんな。え? 何? 流行ってるの? 何某ブームでも来てるの?」
「きっとイチジク君何某の強さにロキ何某が興味を持って、ベル何某・クラネル何某が君を調査するように頼んだと思うよ何某」
「頭おかしくなるからやめろォ!!!!」
いつの間にかボケに回った二人の女の子。ニヤニヤしていることから確信犯だと分かる。
そして話は真面目に戻る。
「本当は分かっているんだ。君たちがボクに何か隠していることがあるって」
「ッ……それは―――」
「言わなくていいよ。君たち二人が他の子たちとは違うことはここ数日見ていて分かる。こんなボクだけど、神なんだからね」
その優しい声音に無花果の緊張はほぐれる。全てを見透かした嫌な視線ではない。彼女の瞳には温かい熱がこもっている。親のように、友人のように、見守る瞳だ。
本当のことを言いたい。しかし、言うことはできない。そんな悩みの種を持つ無花果にヘスティアは無理強いをさせない。
「だからあの約束を守って欲しい。無事に帰って来ることを」
「……はい」
「任せてくれヘスティア。無花果の傍には俺が居るからさ。ナンパ野郎だった時は、俺がぶん殴ってやるッ」
「シュウイチ君がそう言ってくれるならボクも安心できる。頼むよ」
ヘスティアはイチミリも馬鹿にすることなく頼りにしていた。ああこの人は本当に優しい良い人だと二人も伝わっただろう。
「じゃあこの話は終わりだ。楽しい夕飯に暗い話はいらないからね。今日も無事に帰って来た二人に乾杯だ!」
こうして今日もまた教会の地下でグラスのぶつける音が響く。また明日、同じ時間を過ごす為に無花果は頑張ろうと心の中で頷いた。
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次の日。ベルを加えた無花果のパーティーは12階層にいた。
ギルド職員と中層には入らない約束をしていることを伝えるとベルは素直に納得してくれた。
Lv.5冒険者からすれば上層のモンスターは片手で倒せる余裕かもしれないが、状況は最悪なことになっていた。
「おいおいおいおい!? 何だよこの数はよぉ!?」
目の前に広がる光景に修一が大声を出すのは当然。無花果とベルは会話する余裕すら無くなっていた。
―――『
無花果が今まで相手にして来た数とは比べものにならない。五対一、十対一、二十対一、それを軽々と越えていた。
「こんな数は深層でもあまり見ないですね! 弱いとはいえ、数が多いので……それに」
額から汗を流しながら後ろを見る。そこには怪我をした冒険者たちが何十人もいた。
彼らはこの『
「中層のモンスターを
ダンジョン内で起きる最悪の状況が同時に重なり、地獄を生み出したのだ。
上層のモンスターに紛れて中層のモンスター、ヘルハウンド、アルミラージ、そして大型級のモンスターであるミノタウロスまで姿を現していた。
「ま、ままままままぁ! 余裕だよな!? こっちは超強い冒険者が二人もいるわけだしぃ!?」
足をガクガク震わせながら修一は腕を組む。だが、数十分以上もこの硬直状態が続いている。
倒しても倒してもキリが無い。撤退しようにも怪我人が多い。さらに負傷した冒険者たちを守りながら戦うとなるとやり辛くて仕方なかった。
「うぅがぁ……!」
治療しなければ命が危ない冒険者もいる。苦しそうな顔をする人を見て無花果に焦りが生まれる。
ゴォッ!!!
「ッ!」
中層のモンスターによるヘルハウンドの大爆炎が視界いっぱいに広がった。狼の姿をした怪物の口から炎が吐き出されたのだ。
すぐに無花果が槍を横に振るうと、炎が風で吹き飛んだかのように霧散する。もう一度槍を振るえば炎を吐き出したヘルハウンドの首が糸によって切断される。
ヒュン!!
風を切るような音と共に負傷した冒険者たちにいくつもの手斧が襲い掛かる。無花果が急いで槍を握った反対の手を上に上げると、手斧がスパスパッと細切れになっていた。
兎の姿をしたモンスター、アルミラージ。このモンスターも中層に生息する怪物だった。
(防御に手一杯! せめてリリさんがいれば……!)
途切れることのない怒涛の攻撃に無花果は守ることを強いられる。傷を負った人たちを見捨てることはできなかった。
中層の恐ろしさを上層で思い知らされている。もしエイナの言う事を破ってしまっていたら、自分は修一とリリを守りながら戦えていたのか確信することができない。
ズシャッ! ドシュッ! グシャッ!!
冒険者を守りながら戦う無花果とは違って、ベルは攻撃のみ集中していた。凄まじい速度でモンスターの中を駆け回り、モンスターを
それは無花果の強さを信じての、攻めだった。この状況を打破するには、モンスターの全滅しかない。
『ブフォウウオオオオ!!!』
ドゴンッ!!
大きな斧を振り下ろすミノタウロス。強腕から繰り出された一撃は地面を抉り取るほど。
だが、ベルには当たらない。そのままミノタウロスの牛頭上を跳んで避ける。
『グモォッ!?』
ミノタウロスが振り返る暇も無く、背後から剣で一撃。豪快に縦に引き裂かれた。
そのまま近くにいたモンスターをなぎ倒すように進む。前に、前にと進んでいた。
英雄に近い男と呼ばれた猛者は、圧倒的な力を持っていた。
「修一君、彼はどうですか?」
「……分からないな。あの時みたいにビビッと来ない」
「違うというわけですか?」
「……違和感はあるよな」
修一の曖昧な言い方に無花果は詮索を諦める。ベル・クラネルが【七つの大罪】に関わっているのか見抜くことはできない。
「というか会話する余裕あるのか!? 不味そうな状況だけど!?」
修一の見る方向から新たなモンスターの群れがやって来ている。この騒ぎを聞きつけて来たのだろう。
「いえ、大丈夫です」
「どこが!?」
「———やっと終わらせたので」
その瞬間、モンスターの動きがピタリと止まった。
無花果が槍を地面に突き刺した瞬間、時間が止まったかのようにモンスターは動きを止めたのだ。
同時に動きを止めたのはベルも同じ。だがモンスターと違い、彼は体の自由は奪われていない。
「完成、【
無花果の言葉に反応するかのように、今まで見ることのできなかった糸が赤く染まった。
ダンジョン内に張り巡らされた糸は数え切れない。
「クラネルさん、こちらに来てください。危ないので」
「は、はい!」
無花果の指示に従い、攻めに徹していたベルが急いで避難する。
そして次の瞬間、ズバッ!!と大きな音が響き渡った。
張り巡らされていた赤い糸が目まぐるしく動き始め、モンスターを引き裂いて回る。やがて赤い糸はまた透明になるが。ダンジョンの壁や床はモンスターの血で塗り尽された。
「嘘、だろ……!」
修一は目を疑う。たった一瞬の出来事。無花果がモンスターを一網打尽にした。
山のように溢れかえっていたモンスターの数に焦っていたはずなのに、【
負傷していた冒険者だけでなく、第一級冒険者のベルすら言葉を失う。それだけ無花果の強さは常識をブチ破っていた。
「そんなに驚くことではないですよ。クラネルさんが時間を稼いでくれたおかげです」
「いやこれで驚かない奴ってどんな神経しているんだよ……ホラ見ろ。皆の顔」
「……えへへッ」
「違う違う違う。凄いとか思ってないから。めっちゃ引いているから。ドン引きだから。何でこの子はこういう時に限ってポジティブに受け取めちゃうのかな?」
数え切れないモンスターの死体の中心で照れる少女。狂気的過ぎる光景だと修一は思う。
無花果の活躍にポカーンと口を開ける負傷した冒険者たち。痛みなど吹き飛んでしまっていた。
(凄い……イチジクさんの強さは本物だ)
彼女は自分と同じ第一級冒険者のベート・ローガを圧倒した。目の前の出来事を目で疑っていたが、もう疑う余地はない。
だからこそ、彼は
ドシンッ! ドシンッ!
モンスターの死体を蹴り上げながら重い足音を響かせる。音のする方向を振り返ればモンスターの雄叫びが轟いた。
『———オオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
ダンジョン内に響き渡るモンスターの遠吠え。冒険者全員が驚愕の眼差しを一点に差し向けた。
立ち込める霧を突き抜けて現れたのは
「い、インファント・ドラゴンだぁ!!」
叫ばれた名前を無花果は知っている。11、12階層に出現する絶対数の少ない
だが幸運とはあまり言えない。下級冒険者の一団をことごとく全滅させているという報告すらあるのだから。
脇目も振らずに無花果に向かって突進しようとするインファント・ドラゴン。無花果は迎撃の体勢を取るが、
「あとは僕に任せてください」
無花果の前に立ったのはベルだった。
両手で握り絞めた剣を振り上げる。走り向かって来るインファント・ドラゴンに一撃を叩きこもうとしていた。
―――それも、強烈な一撃を。
ベルの右手から青白い光が溢れ出す。その光は刀身を伝い、白銀の輝きが増す。
煌めくベルの剣から死の恐怖を感じ取ったインファント・ドラゴン。急いで足を止めようとするが、遅い。
「———【アルゴノゥト・インカネーション】」
ズシャッ!!!
白き一閃がインファント・ドラゴンに刻まれる。軽々と鱗を削り取り、斬撃の衝撃でインファント・ドラゴンが壁に叩き付けられる。
そして、右手に溜めた青白い光がインファント・ドラゴンに容赦無く解き放たれた。
ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!!
耳を
英雄に近い男と呼ばれた一撃は、想像を遥かに越えていた。
……全ての音が止み、咳をしてしまいそうなくらい砂煙が舞い上がっている。目を開ければ、驚いてしまうだろう。
「ッ……これが、【
額から汗を流しながら無花果は彼の二つ名を呟いた。
目の前に広がる光景―――それはダンジョンの壁を何枚も破壊し、下の階層までブチ抜いてしまうかのようなくらい地面を抉り取っていた。
インファント・ドラゴンを倒した男は振り返る。この光景を生み出した強者には似合わない優しい笑顔を向けて。負傷した冒険者が驚きで戸惑っていたが、安堵の息を吐いた。
「感じた……」
「え?」
「【七つの大罪】を感じた……ほんの少しだけ、似ていた!」
修一の言葉に無花果は下唇を噛む。疑いは確信に、味方から敵に。
私たちはまだ
だが決して後退はしていない。氷が解けるように、謎はゆっくりと解き明かされつつある。
「ですが、絶対とは言い切れないのですね」
「ああ、ちょっと感じただけだ。アイツだと思うが……今はもう何も感じない」
「いえ、十分です」
赤い瞳のベルと、蒼い瞳の無花果。その二人の目が合う。
それぞれに込められた視線の意味を、互いに知るのはまだ先の話だった。
【ロキ・ファミリア】のベル君、強いお。
追記、死ぬほど言います。挿絵が素晴らしいです。