転生しても僕だった件——凍結中—— 作:らんらん
金髪の男の要求。スライムがドラゴンを取り込んだ事を詳しく話すという物に、僕は応じることができなかった。というのも、詳しく話そうとするとどうしても僕自身の事を話さなければならなくなるのだ。
記憶は喪失した事にするとして、この一ヶ月間の経験に関してはどう説明すれば良いのだろうか。ずっと飲まず食わず眠らずに歩き続けたなど、とてもではないが人間には不可能だ。
結果として、とてつもなく簡潔な、一文だけで説明が終わってしまうような言葉を選んで言ってしまった。
「スライムがめちゃくちゃ大きくなってドラゴンを包み込んだと思ったら、ドラゴンが消えてた」
僕の説明は何一つの省略もなくこれだった。これしか無かった。
例えばこの場に羽川がいればもっと上手く説明できるのだろうが、残念な事にここには僕しかいない。という事は僕が説明をしなくてはいけないわけで。そうなるとここまで適当な、もとい簡略的な説明になってしまうわけで。
そんな僕の説明不足な説明を聞いた三人は何やらコソコソと話し始めた。どうやら僕を信用するかどうかを話し合っているらしく、こちらをチラチラと見て来る。
あ、目があった。
逸らされた。
あの女の子に思いっきり目を逸らされたのはショックなのだがそれはそれとして、この後僕はどうすればいいのだろう。この三人の決定に従うでもいいし、一人外に飛び出すでも良い。なにせ、今の僕にはどちらの選択肢を取っても成功させる事ができるのだから。今外に飛び出す事を選んだとすれば、思いっきり走ればこの三人は着いてこれないだろうから。
けれど僕が選ぶんだのは一方の逃げ出さない方で、三人が話し合いを終えるのを待っているわけだ。選んだと言っても、今考えながら決めたのだけど。
「よし、あんた。名前は?」
どうやら話し合いが終わったらしく、リーダーらしき金髪の男が話しかけてくる。その言葉の内容は、酷く簡単な、それこそ子供でも答えられるような質問だった。
「ああ、僕の名前は……」
阿良々木暦ここでフリーズ。
うっかり反射的に自分の名前を言いそうになってしまったが、先程僕自身が記憶喪失だと言っていた事を失念していた。記憶喪失者が自分の名前を知っているのは、明らかにおかしい。
考えろ阿良々木暦。
頑張れ阿良々木暦。
この状況を打開する案を出すんだ阿良々木暦。
今僕は、僕の名前は、と言ったところで止まっている。ここから誤魔化す事は可能だろうか。それを反射的に言ってしまった、という言い訳が通るだろうか。
世間一般論で言うと、通らないのだと思う。ドラゴンが封印されていた洞穴の中から出て来て、そのドラゴンがスライムに食べられた瞬間を目撃した者が記憶喪失者など、都合が良すぎるのだから。そんな人がボロを出してしまったのだから。
と、俯瞰的に見ても何ら状況が転がる事はなく、何をどうすれば良いのか考えても何一つ思い浮かんでなど来なかった。
フリーズ開始から今この瞬間まで、実に二十秒である。
「あー名前もわかんねーか。そりゃそうだな。なんも思い出せない訳だし」
僕が胸の内に秘めていた心配など要らないとでも言うかのごとく、金髪の男は僕の言い分を信じた。それだけでも衝撃を受けたのだけれど、次の瞬間にはさらなる衝撃を受けることとなった。
「とりあえず私達に着いてきますぅ?」
可愛い。
「?そんなにジロジロ見て、どうかしたんですか?」
おっと、注意しなくては。いきなり思考が切り替わってしまった。例えるとすれば、小説の中で『衝撃を受けることとなった』と書いてあるのに次の地の文が『可愛い』だけになってしまうような感じだ。それほどまでに可愛かった。今まで会ってきた女性の中でもトップレベルで可愛かった。綺麗系ではなく、可愛い系なのだ。この世界に来てから早一ヶ月。今まで一度も目の保養に出会っていないせいか、普段以上にそう言うものに反応してしまう。
いや、驚いたというのも本当だ。なにせ、出会って少ししか経っていない謎の人物を連れて行こうと提案したのだから。
若干危機感が足りないような気がしてくる。
だが、この場でその提案を蹴るのは悪手すぎる。
と言うわけで、めでたく俺はこのパーティーの仲間となったのだった。
あららぎこよみ が なかまにくわわった。
画面下でその様な文字が見えた気がした。
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更に二週間の時が経った。
その間僕たち、と言うよりも三人はこの洞窟を調査していた。正直僕にとっては一ヶ月間もいた場所だったので退屈この上なかった。一週間しか滞在していない三人も退屈しているのだから、どれだけ僕が退屈だったか分かるだろう。
何もいなかったという調査結果を得た後は扉から外に出たのだが、そこでまた一つ問題が発生した。
扉の内側で三人から話を聞いた所では、扉の外には
何の欠片も残さずに、煙の様に消えた。
来た時にはいたそうなので、なぜ消えたのかと考えたが、すぐに答えが出て来た。
あのスライムだ。
ドラゴンを食べたくらいなのだから、蛇も食べられるだろう。
予想していた脅威が消え去ったのは嬉しいのだが、素直に喜べないのはなぜだろうか。
封印されたドラゴンを食べたのと、自由に動くことのできる蛇を食べたこと。前者だけならば封印されていたから、という言い訳があるだけ希望があるのだが、後者ならば何の言い訳もない。三人の話を全て信じるとすれば、
「さて、と。スライムの事も書かなきゃな。はぁ、しんど。ったく、何であんな変なのが出て来るのかねぇ」
「……この人の事はどうしますぅ?」
「ん?ああ。そういえばこいつも洞窟の中で発見したんだったな。別にいいだろう。何かした訳でもなさそうだし、魔素の欠片も感じないし」
どうやら当初予定していた封印されていたドラゴンに加えて、あのスライムについても書類を作らなければいけなくなったらしく、三人は目に見えて億劫そうにしていた。洞窟内で発見したものについてまとめるのなら僕の事も書かなくてはいけないと思うのだが、彼等の会話を聞いていると僕については書かないらしい。
ちなみに、僕は名前が分からないという設定なのでこいつだのあいつだのと呼ばれている。記憶喪失者として振る舞った僕が悪いのだが、どうも反応が遅れてしまう。やっぱり名前は大事だ。
「そういう適当な所のせいでガバルさんはA級どころかB+にもならないんですよ。まぁ、私も書かないのには賛成ですが」
「あっしは書いた方がいいと思いやすが……」
多数決の暴力とは酷いもので、明らかに正しい言い分でも少数ならばそれを非としてしまう。今回もその例にたがわず、最後に言葉を発した男、ギドは言った直後に残りの二人に睨まれてしまった。隣から睨まれているのを見ていただけなのだが、それだけでも寒気がして来る。
要するに、この場では僕についても書くと言ったギドが非となり、書かないと言った二人、ガバルとエレンが是となったのだ。だが、この状況は新たな人物が参戦する事でいとも容易く瓦解する。
すなわち僕だ。
僕がギドの味方をすれば、きっとギドがに軍配が上がるだろう。それを期待してか、先程からギドがチラチラとこちらを見て来る。
仕様がないなぁ。僕も自分の意見を発するか。そう、自分の意見を。
「僕も僕の書類は作らない方に賛成だな」
「なっ……」
すまないな、ギド。僕は僕の自由が惜しい。だって、件のスライムかドラゴンを捕食したシーンを直接この目で見たんだぜ?命までは取られなくても、長時間の拘束は必至だろう。僕はまだ、自分の自由が欲しいのだ。
「はぁ、分かりやしたよ。あっしは姉さんらの決定に従いやす」
どうやら僕の事は書かないという事で決定してくれたようだ。ギドが折れてくれて本当に助かった。
それでいいのか、とツッコみたくなるが、僕にとっては利益しかないので放っておこう。
というのは洞窟内のやりとりで、完全に外に出た時には既にあたりは暗くなっていた。