転生しても僕だった件——凍結中—— 作:らんらん
「今日はここらで野宿だな」
外に出るや否や、ガバルはそう言って焚き火の準備を始める。その時僕は周囲から枯れ木を拾ってきて、ギドは一体どこから取ってきたのか魚を持ってきていた。
「ねえねえ、そろそろ貴方の呼び方決めない?」
びっくりした。
背後から急に話しかけるのはやめてほしいものだ。それにしても呼び方、か。記憶喪失の怪しい男を受け入れてくれた上に、そこまでしてくれるとは。普段触れていないタイプの優しさに、涙が出てくる。
「え、なんで泣いてるの?」
「ああ、気にしないでくれ。ただ感極まっただけだから。で、僕の呼び方だっけ?好きな風に呼んでくれていいぞ」
「えーそれじゃあつまんないわよぅ。一緒に呼び方考えましょうよぅ」
「でも僕は何も思いつかないぞ?」
「例えば記憶なし男とか?」
「そこまで名が体を表しているあだ名も中々無いと思うが、それ呼びにくく無いか?」
「んーじゃあ、喪失は?」
「これまた名が体を表すだけど、短くまとまっているせいかさっきよりかはいいな」
「でも可愛くないわよぅ。ううん……」
「おーい、飯の用意できたぞー」
少し後ろでガバルが俺たちを呼ぶ声がする。僕達はあだ名を決めるのもそこそこに、ご飯を食べて休む事にした。見張りの当番を決めてから。
「はいじゃ、独断と偏見で俺が見張りの当番を決めました。今はエレン、夜は俺、深夜はギド、早朝はお前、で決定な」
横暴である。いくらリーダーと言えども、メンバーの意見を聞かないというのは絶対におかしい。反論しようと口を開いたのだが、声が出る寸前のところで喉が動くのを拒否した。そして自分の右側からとてつもない冷気を感じる。
僕はこの時、先程ギドにした仕打ちを後悔するのと同時に心の中でギドに謝罪をしていた。
敵に回ってしまってすまなかったギド。これは中々きつい。
結局僕が反論を唱える事は出来ず、見張りの当番はこれで決定してしまった。そして僕は何か大切な事を、何か大変な事を忘れている様な気がしたが、気にせずに眠りについた。ついてしまった。
ゆさゆさと揺さぶられた事で目を覚ました。どうやら僕の体は睡眠を必要としないだけで眠る事は出来るらしい。自分の体の秘密を新しく発見した事に若干の喜びを抱きつつ、ギドに挨拶をして見張りの番を変わった。どうやら朝日はもうすぐ登って来る様で、空がだんだんと明るくなってきている。
それにしても、いざこうやって落ち着いてみると僕がいかに特殊な状況に置かれているのかが分かる。ついこの間も異世界の様なものに巻き込まれた———嫌、異世界の様なものを引きずり出してしまったのだが、それとこれは完全に別物だろう。
これは、完全に異世界だ。スライム、ドラゴン、冒険者、さっき食べた不思議な魚に、今ちょうど目の前でのたりくたり動き回っている耳の生えた小鳥。全てが怪異だとしたら、怪異が完全に人と共存している世界となるし、全て独自の進化を遂げた生物なのだとしても僕のいた世界とは完全に異なる。
一体どうしたものか。あそこから登って来る朝日だけは僕が住んでいた世界と変わらないように見え、どこか太陽に親近感が湧いてくる。
太陽が地平線からキラキラとしながら顔をのぞかせた。
僕はこの時、思い出すべきだったのだ。なぜ太陽がここまで輝いて見えるのかを。今、僕の体がどうなっているのかを。
だけど、もう既に遅かった。僕の体が———太陽光に触れた僕の頭部が燃え上がる。
「ぎゃああああああ!!」
慌てて影に入り、口を抑える。
どうだ?三人を起こしてしまっては無いか?僕の頭部は影に入るや否やすぐに元に戻った。これで見られても大丈夫だが……
失念していた。キスショットの眷属に戻ったと言う事は、つまり太陽光が弱点になると言う事だ。
完全に、忘れていた。
思考の外にあった。
だが、ここで思い出せたと言う事をプラスに捉えよう。もしこれが三人の前で起こってしまえば、流石に書類を作成するだろう。そしたら、僕も逃げ出さなければなくなるし、三人は僕を信用しなくなるだろう。逃げ出すのはまだしも、信用されなくなるのは辛い。
見張りは影からする事にして、僕は三人が起きて来るのを待った。そして三人が起きてきたのを確認すると、どうにかして日光を浴びる事なく移動する為の嘘をついた。
「みんな、一つ思い出した事がある」
「ん!名前思い出したのぅ?」
「……みんな、二つ思い出した事がある」
これは少し無理があるかな?
「おお!そりゃよかった!で、何て名前だ?」
確信する。コイツらは火憐ちゃん並みにちょろい。
「僕の名前は、暦だ。阿良々木暦。それと、僕はどうやら日光アレルギーみたいだ」
よくもこう知らない単語がポンポンと思いつくものだ。
まあ、僕なんだが。
火憐ちゃん並なら信じるだろ。多分。
「日光アレルギーなんてモンがあるのか……大変だな」
「なら日陰を進まなきゃいけないわね」
「アララギコヨミでやすか。長いですね。何かいい略称はないか……」
やっぱり信じた。
「なら、コヨミって呼ばせてもらうわよぅ」
エレンの言葉に、他の二人も頷いた。僕としては下の名前で呼ばれるのはどこかこそばゆい感じがするのだが、その意見に反対する程の事ではないので黙ってエレンの意見を肯定した。
「じゃ、コヨミはここで待っててくれ」
そう言ってギルドの中に入っていった三人は、激昂しながら出てきた。
「行っていいぞ、じゃねーよ!」
「三日!あんなに苦労したのにお休み三日!もっとくれてもいいでしょ!」
「へいへい、ここで何を言ったって代わりはしやせんよ」
三人の話を纏めるとこうだ。先日最大ランクの仕事をしたのにも関わらず、三日後にまた仕事が入ったそう。だが、言ってはなんだが今の僕は彼らの話を全然聞いていなかった。いや、聞くことができなかった。
なにせ、これから伝える事が受け入れられるかどうかでこれから先の僕の生活は大きく変わって来るのだから。上手くいかなければ露頭に迷う事になるのだから。
「なぁ、無理を承知で一つお願いしたいんだけどさ」
「ん?なんだ?」
「僕も、次の仕事について行っていいか?」
「いいわよぅ」
やった!これで彼らについていく事が出来る!
知り合いも何もいないこの町で、一銭も持たずに生活スタートなんて無理ゲーすぎるのだ。僕に死に戻りの能力があったとすればどうにかなるのかもしれないが、残念ながら僕が持っているのは紛い物の不死だけ。戻れるわけじゃない。
なんにせよ、これで当面の心配は無くなった。次は僕の身の振り方だけれど、どうすればいいのだろう。
戸籍とか登録しなくてはいけないのかな?
「ちょ!お前!リーダーの俺が許可する前に!」
「いいでしょー。ここ一週間で彼のしぶとさは分かったし、下手に手出ししてこない限りは死なないと思うわよぅ」
「やれやれ、姉さんが言い出したらもう何を言っても無駄ですぜ」
僕は笑う。ガバルとギドとエレンも笑う。まだ一ヶ月程度しか共に行動していないのに、まるで旧友のように感じてしまう。そのような不思議な魅力が、三人にはあった。
それと、どうでもいい事だが、男の仲間ができたのは初めてかもしれない。
「じゃ!森に入る準備でもしますか!」
「そうね!しましょうしましょう!」
ガバルとエレンは騒ぎ、ギドはやれやれと言った風に首を振る。その動作も、どこか楽しげに見えた。
恐らく、普段ならこのまま準備をして普通に仕事をするのだろう。今回も、僕という
筈だった。
「失礼、もし森に向かうのなら同行させてもらっても構わないだろうか」
振り返るとそこには、仮面をつけた何者かがいた。
「いいわよぅ」
「だから!リーダーである俺のだなぁ!」
ガバルとエレンが騒ぐのがどこが遠くに聞こえてくる。
何故だろうか、この仮面の人物に不思議な親近感を覚えるのは。体つきからして女性なのだろうが、この感覚は普段僕が抱いている女性に対する欲求とはまた別の物である。明らかに異常だ。この世界に来てから一度も感じた事のないような、だが一度どこかで感じた事のあるような不思議な感覚。気がつけば僕は、彼女から目を離せなくなっていた。
物語は転がり始めたのだろう。雪だるまのように周りを巻き込んでどんどんと大きくなっていきながら。
もしかしたらそれは勘違いなのかもしれない。何も始まってなどおらず、始まるきっかけすらなかったのかもしれない。だが、勘違いでもそう感じてしまったなら出来るだけの準備をしなければならないのだ。
何か後悔をしてしまってからでは、もう遅いのだから