女が火を焚いている。男はそこにやってきた。女は言う。蓬莱の習わしを・・・
「こちらにおいででしたか」
男の声が、ふいに女の肩を叩いた。
「ああ」
女は振り返りもせずに、一言だけをかえした。
男が誰であるかは、すぐにわかる。
「皆が探しております」
起伏のない声が、それを告げる。男を冷たいと言う者もいる。女もそう思う。見た目からも、そして態度からも、言葉からも、この男に温かい血など流れているとはとうてい感じられない。
だが、女は知っている。
「探させておけばいい」
そんなことを言い放ち、女は笑ってみせた。
男は、苦虫を噛み潰したような顔で、女を見返していた。怒っているのだろうと、女は推測する。
もっとも、この男はいつもこんな顔をしている。初めて男と対面した者であれば、たとえ男が上機嫌であったとしても、女がいま感じているように男は怒っていると思うであろう。
男は、溜息を深く落とした。
「また、それか」
女は、苦く笑う。
男は、女の笑に微かな戸惑いを浮かべた。
「何を……なさっておいでですか?」
そんなことを、男は聞いてよこした。
女は、おやと思う。
女の足元には、小さな焚き火のようなものがあった。
「火だ」
その言葉では、男は女のしていることが何であったかを、正しく理解はしないだろう。女は、承知でそれだけ言ってみた。
「……」
男は、黙る。戸惑いが、深くなっている様子だ。
―― おもしろい
それを口にしたならば、男の不機嫌はたちまち本物となるであろう。
それもまた一興かと思われたが、女は踏みとどまった。
「死んだ者は、どこへ行くのだと思う?」
女の言葉は唐突だった。
だが、男は冷徹な声ですぐに応えた。
「死んだ者は、どこにも行きません。死ねば、それで終わりです」
内容も、実につめたい。怖ろしい程だ。
「なるほど」
男の言葉に、女は頷く。
「蓬莱では、人は死んだら7週間はこの世に留まり、その後に行く先が決まるのだそうだ。ある者は地獄へ、ある者は極楽浄土へと行くらしい」
遠い世界の話だ。
女も、男もそう感じていた。
「ただし、死んだ者が年に一度、帰ってくるのだと言われているんだ」
女の話は、男の耳に奇妙に響いた。
死者が帰ってくるとは、どういうことか。
「死んだ者の魂が年に一度だけ、この世に帰れる。そういう日があるんだ。生きている者は、その魂が迷わずに家にたどり着けるように火を焚く。そうして魂は、その火を頼りに家を目指すんだ」
男は、女の足元の光を見た。この幽かなものを目当てに、どうやって死んだ者が帰って来られるのだろうかと、男は思う。だが、それを口にするのは、躊躇われた。
「それで、その魂はそのまま留まり続けるのでしょうか?」
「いや、死者はまた死者の世界に戻っていく。その時にも火を焚くんだ。今度はその煙に乗って帰っていくために」
あの世と、この世、どちらに行くにしても『帰る』のだな。女はおかしいものだ、と言った。
女の足元の炎が、誰の為なのか。男には、測りかねた。
「わたしも、死んだと思われているのだろうな」
女は、ぽつりと呟く。
女が言うのは、この世界でのことではない。
女が十六まで暮していた世界での話だ。
あれから、何十年がたっただろうか。確かに並みの人であれば、寿命が尽きていなくてはならない。
男は、女の横顔をのぞき見た。
―― 蓬莱に帰りたいのだろうか
男は、不思議に思う。
十六の少女は、あの世界でさして幸せそうではなかった。この世界に戻って来てから、少女は真に生きていると言えるようになった。あの世界のどこにも女が帰りたいと思えるような処はなかったはずだ。男はそう確信していた。
「わたしの為に火を焚いてくれる人はいるんだろうか」
感傷だ。女は自嘲する。
女は、夕暮色の空を見上げた。
男も、つられて空を見た。
白い煙が一筋、細く立ち上って、天に吸い込まれていく。
魂が帰る。
これは送り火というんだと、女は言った。
了
クリスマスに何故にお盆なのか……
それは、アップするものがなくなってきたから。
ふ。