誕生日を迎えるのが怖かった、と昔彼女は言っていた。
なりたい自分に向かってまっすぐ伸びていく彼女が羨ましかった。
自分は、素直に応援することなんて出来ない。
ひねくれきった僕には、彼女はあまりに眩しかった。
彼女が怖がっていた理由を、理解した。
それは、つい最近のテレビで言っていて。
彼女が怖がっていたのは現実だった。
努力が報われないという結果だった。
理想に近付けない悲哀だった。
そんなことは知っていたのだ。
あゆみさんに憧れて、そのような存在になりたいと瞳を輝かせながら言ったのを聞かされて。
研究生として1年、2年と経ってもそう信じ続ける彼女を見て。
確かに思っていたはずだ。
──なぜ君はここまでして他の何者になろうとするのだ? と。
もう、そのままで良いじゃないか。
芽が出ずに苦しんでもがく彼女を見て、そう思っていた。
そのままでも、よかったのだ。
アイドルなんか辞めて、普通の女の子として僕の横にいてくれれば、どんなに……と何度も何度も思ったのだ。
それは自分本位に過ぎて、ついぞ伝えることができなかったが。
彼女はこんなに苦しんでいるじゃないか。
彼女自身の希望を、そして人を笑顔にさせる快活さも、アイドルという夢想は奪おうとしていた。
僕が彼女と疎遠になっていったのも、その頃からだと思う。
見てられなかったから、目を背けた。
それだけの話だ。
それから先は、皆が知っているとおりだ。
彼女は電撃的にとあるアイドルバンドのボーカルに抜擢された。
デビューして、紆余曲折を経て、彼女が夢を駆け上がるにつれて、俺の心は深く沈んでいった。
そして、彼女の幸福を喜べない自分が嫌で嫌でたまらなくなった。
結局のところ俺は、彼女を侮っていた。
この努力は報われない?
その同情は、そうあってほしいという俺の我儘に過ぎなかった。
だって、もし俺がその時の思いをぶちまけていたら。
幸福そうに道を駆け上がる彼女は見られなかったかもしれなかったのだ。
テレビの画面で見る彼女は、俺なんかに見せるより遥かに満開で。
色彩豊かに、輝いていた。
あれが、もし見られなかったとしたら?
僕は震えが止まらなくなる。
そうだ。つまるところ…僕は彼女にとって全くの害悪だったわけだ。
彼女の彩りを消してしまうような、真っ黒な絵の具だったのだ。
僕が心配と称したものは自分のものであってほしいという醜い独占欲でしかなかった。
何が、彼女のためだ?
彼女の夢を邪魔しようとしたのが僕だ。
一歩間違えれば、彼女の彩りを消して、自分好みに黒ペンキで塗りつぶしてしまっていたのだろう。
だから……もうこれで彼女と関わるのはおしまいにしようと思う。
最後まで、僕は我儘だ。
ほんとうは別の理由で彼女を見ているのが辛くなったから、なのにな。
もっともらしい理由をつけようとする。
最後なので、ほんの少し、勇気を出そうと思う。
直接会うのはまだ胸が苦しくて出来ないから。
だから、こうするしかない。
迷惑だろうとも思う。
でも、結局僕は何度も何度も文面を打ち直して、結局彼女に送りつけようとしている。
とにかく、終わらせないと。
僕の感情はそれのみに支配されていた。
ずいぶん昔に交換したアドレス。
今でも彼女に届くのかすら分からない。
もう、彼女の誕生日は終わる。
もし、届いたとして彼女がこれを見るのは誕生日なんて終わってしまった明日になるのかもしれない。
それでもいい。
返信などは期待しない。
僕自身のケジメだ、こんなもの!
どうしようもなく泣き虫の彼女に。
完全を目指して前に進み続ける彼女に。
僕は送信ボタンを押した。
『誕生日おめでとう。
失礼かもしれないけど、夢を叶えるとは、思わなかった。
ずっと君のことが好きだったけど、君にとって、この僕の感情は邪魔にしかならないだろうね。
突然で済まない。 でも、無視してくれていい。
言わなきゃ、悩みを腹に抱えたまま死んでしまいそうだったんだ。
旧友のよしみで許してほしい。
こんなことを伝えておいてなんだけど、君には夢へとひた走ってほしい。
笑顔で、みんなに力を与えてくれ。
それが、一番だと思うから。
もう僕は、君がアイドルでいるうちは、会うことはないだろう。
ごめん、彩』
黒も白も彩度が0っていう、そういう話