「どうもどうも、今日も配信やっていきますよ」
『待ってた』『生きがい』『ゆかりんおっすおっす』
配信を始めると疎らだったコメント欄が一気に流れ始める。既にリスナーは数百人を超えており、一斉に私に注目するこの瞬間だけはどうしても慣れない。
「以前から告知していた通り今日はDSのソフトであるレイトン教授をやっていきたいと思います」
『ほえー懐かしい』『1作目のやつやんけ!』『ゆかりんが謎解き……あっ(察し)』『初見です』
ちらほらとこのゲームを知らないリスナーがいるのでネタバレにならない程度に補足を入れていく。
「初見の方に軽く説明しますと、英国紳士を名乗る主人公が次々に謎を解いていくアドベンチャーゲームですね」
『えっ? それだけ?』『間違ってないけど、うん』『雑ぅ!』
困惑するコメントが流れてくるが、どうせ始めたらすぐに分かるのでスルー。ソフトを起動するとタイトル画面が表示される。今時のゲームと比べて画質は荒いが、どこか懐かしい気持ちになる。
「久しぶりにやってみようと思い立ったんですけど、持ってなかったから中古ゲーム販売店まで買いに行ったんですよ。そしたらレトロゲームコーナーに置いてあって愕然としましたね」
『発売したのかなり前だからなぁ…』『初代は10年以上前だっけ?』『あれ? ゆかりんの年齢……』『ゆかりさんは17歳だから(震え声)』
勘のいいリスナーが探りを入れてくるが、別に年齢を隠しているわけではない。ただ最初の配信のときに年齢の欄を未設定にしたままで、変えどきを見失っただけだ。そうしたらいつの間にか「結月ゆかり=17歳」と実しやかにリスナー間で囁かれはじめ、私がそれに乗っかり半ば公認となったのだ。もっとも、今現在も年齢は非公開なので誰も私の実年齢は知らないが。
「きっとあれです、6歳の時にやってたんですよ。そういう事にしておきましょう」
『草』『露骨に話をぶった切ったぞ』『6歳でレイトンやるのか……(困惑)』『ゆかりさんじゅうななさい』
放っておくと議論が始まりそうな勢いなので適当に切り上げてゲームを開始する。初めは主人公たちの会話シーンが主なので、雑談を挟みながら流していく。
「リスナーの皆さんがいつも私のことを頭よわよわって煽ってくるんで今日は完璧な謎解きをお見せして汚名挽回してみせますよ」
『汚名を挽回するのか…(困惑)』『初手頭よわよわ』『そういうところやぞ!』『かわいい』
お茶目な言い間違いに対して、早速煽るようなコメントが流れてくるが、気にせず出題の画面を見る。ジャンルはパズルのようで、カバンに荷物を詰めればクリアのようだ。
「まぁゆかりさんにかかれば余裕ですよ。IQ300くらいありますからね」
『その発言が既にアホっぽい』『桁二つ間違えてますよ』『フラグ…?』『イキるな』
似たような問題をネットのフリーゲームでやった事がある。つまり予習済みという事だ。もはや始める前から解けたと言っても過言ではないだろう。タッチペンを片手に画面をスライドしていく。
「ふむ…」
『おい、速攻でヒント開いたぞこいつ』『IQ3』『ダメみたいですね…』『即落ち2コマ』
ハッと気がつくと、お助け要素であるヒント画面を開いていた。いやまさか自分でも一問目からヒントを開いてしまうとは思わなかった。無意識の行動って怖い。
「いえ、これは初見のリスナーさんのためにゲームシステムを一通りお見せするといういわばチュートリアルですよ。よかったですね。これでまた一つこのゲームに対する理解が深まりましたよ」
『言い訳だけは頭回る女』『言い訳全一』『リスナーを巻き込むな』『問題に対する理解を深めろ』
「次は華麗に解いてあげますよ」
この問題はヒントを見てしまったためあっさりと解け、次の問題へと進む。今度は文章から矛盾を見つける問題のようだ。まぁ直感とひらめきが冴え渡る私は一目で答えが分かるだろう。
「……」
『草』『無言やめーや!』『放送事故レベル』『1問も解いてないんだよなぁ……』
む、難しいすぎないだろうか?私が昔やった時はもっとサクサク進められた気がするが……。
「はい、やめやめ! 今回のゲームコーナーは終わりです。雑談やりますよ雑談!」
『結局解いてない』『謎解きが入ってないやん!』『オープニングを見せられただけなんだよなぁ』『いつもの』『もっと謎解きしろ』
「どうせ時間内にクリア出来ないからどこで切っても一緒ですから。それよりコメントピックアップするのでお題のコメント流して下さいよ」
不満を漏らすコメントが多く流れていたがコメントピックアップをすると言った瞬間から一気にお題を出すコメントで溢れかえる。この切り替えの早さは私にとって楽だしありがたい。その中でも初めに目に留まったコメントを読み上げる。
『ゆかりん生活苦しくなくなった?』
この人は古参の人だろう。配信当初はとある事情でお金がなく、配信機材や環境を整えるのに苦労したのだ。最近は心優しいリスナーによる投げ銭でどうにか生活出来ているため、お金がないアピール、というか自虐を言わなくなったので新参のリスナーは知らない人が多い。
「えぇ、だいぶ楽になりましたよ。三食欠かさず食べられるようになりました。
『あの頃の極貧ゆかりんはいないんやなって』『三食食べたり食べなかったりしろ』『配信だけで稼ぐ女』『働いて(提案)』『みんなでゆかりんを生かしていけ』
働け働けとコメントにあるが、働きたくないから配信者をやってるんだよなぁ……。いやもちろんそれ以外にも配信を続ける理由はあるが、自他ともに認める私が外で働く姿が想像できない。
「あ、アカネさん、投げ銭ありがとうございます」
デフォルメされた可愛らしい少女のイラストがアイコンの「アカネ」さんから投げ銭を投げられる。
「彼女も配信者の方ですね。いつも深夜に配信している方なのでアーカイブでしか視聴出来てないんですが、ゲームがとっても上手い方です。先週分のアーカイブが今日アップされるので興味のある方は見に行ってはどうでしょうか?」
『めっちゃ早口で言ってそう』『言ってるんだよなぁ……』『アカネちゃんとコラボまだー?』『見てるぞ』『アカネちゃんのアーカイブ化されてない動画……あっ(察し)』
喋りよりも魅せプレイがメインなのでゲーム画面しか映っていないが、女の子の配信者で関西弁であるところが個人的な推しポイントだ。深夜にやっているせいかアングラ感もまた彼女の雰囲気に合っている。
『ゆかりん友達増えたね』
「そうなんですよ。アカネさんとはツイッターで相互フォローしてますからね。フォロワー数も配信始める前は0人だったのに比べて今では2000人もいますから大分進歩してます」
『まさに俺ら』『俺も配信始めたら友達できるかな……』『友達いない兄貴俺もソーナノ』『リスナーもゆかりんも闇が深い』
「ゆかりさんとリスナーは友達ですよ。というかこの配信を開いた時点でもう友達です。だから胸を張っていていいんですよ」
『はぁ〜すこ』『もっとリスナーに媚びていけ』『5000円投げ銭しといたぞ』
「ここの発言ゆかりさんポイント高い、高くない?アーカイブにするから5000兆回再生してくださいね」
『ゆかりさんポイントってなんだよ』『草』『本性表したね』『この発言なかったらガチ恋してた』『結月ゆかり(清楚)』
「あと投げ銭は嬉しいけど友達料ってコメントつけられるとリアクションに困るんですが……なんかゆかりさんが悪い人みたいな」
『友達料投げといた』『今月の友達料です』『はい友達料』『少ないですけど……友達料です』
「友達料はやめろぉ!」
ノリの良いリスナーたちが一斉に投げ銭をしてくる。有難いがこの流れを流行らせたら絶対に不健全な配信になる。配信者がリスナーから友達料を巻き上げる配信ってなんだ。
「はい、この話題は終わりです! 次のお題にいきましょう」
パンパンと手を鳴らして流れを変える。気分はまるで小学校の教師の様だ。ズラズラと流れてくるコメントを一通り目にしていくと、気になるコメントが目に留まった。
『マキさんが生配信始めたよ』
「は? マジ?」
『草』『地声やんけ』『ゆかりんはマキマキのファンだから……』『マキ廃ゆかり』『急に声のトーン変わるの草』
マキさんとは大人気配信者、「弦巻マキ」のことだ。まだ配信者というものが世間で認知されていなかったころから活動をしていた女性で、なにを隠そう私もマキさんに憧れて配信者を始めたのだ。もちろんマキさんの配信はアーカイブ、生配信問わず全部視聴している。
「マジだった。えっ、見たい」
『限界オタクと化したゆかり』『ゆかマキか?』『ゆかりんの一方通行なんだよなぁ』『語彙力崩壊』『素を出すな』
彼女のアカウントを見ると確かに配信中になっていた。配信予定にない配信なので、どうやらゲリラ生配信の様だ。これは一ファンとして視聴しなくてはならない。
「というわけで皆さん、今日の配信は終わりです。私はこれからマキさんの配信を見に行きますので」
『やっぱりな(レ)』『マ?』『あ ほ く さ』『この配信者、自由過ぎるっ!』『マキさんの配信を実況しろ』
コメント欄は、私がマキさんの名前を出した時点で察していた勘のいいリスナーが諦観していたり、私に対する罵倒コメントで忙しい。不謹慎ではあるが、こうやってコメント欄が高速で動くのを見るとちょっと楽しくなる。
「だって配信枠もあと10分だけですし……マキさんの配信見た方がきっと有意義ですよ? 私はそう思います。というか早く見たい」
『お前の配信が好きだったんだよ!(迫真)』『ワイトはそう思いません』『本性出すな』『あと10分我慢して』
配信時間も残り少しで、なんなら締めのトークに入ろうとしていたとか考えていたため実際問題誤差の範囲ではないだろうか。私のことが好きなのはわかるが、マキさんのゲリラ配信はアーカイブ化されにくいんだよ! それどころじゃないんだよっ!
「いいや! 限界だっ! 切るね! てなわけでお疲れ様です」
『いかないで』『あああああぁぁぁぁ!』『マジで配信終わらせやがった』『友達(リスナー)を見捨てるな』
すまない。私はこの世の何よりマキさんを優先したいのです。阿鼻叫喚のコメント欄だが配信の終わり際は、割かしいつもこんな感じなので特に気にならない。なんだかんだで優しいリスナーたちはお詫び配信で許してくれるだろう。そんな事を頭の片隅で考えながらマキさんの生配信を開くのだった。
……後日、アーカイブのタグに「配信を捨てた女」や「ただの限界オタク」などと書かれて、散々からかわれることになるのはまた別の話だ。
続かない