……妖精とどう話したら良いのか。気付くと3日が経過していた。来なかった日があったというのに、その日は研究に没頭してしまった。馬鹿みたいだ。しかし、今日は朝ふと思った事を実践してみようと考えた。それは、敬語で話さず、距離感を縮めてみよう、というものだ。
クラウンピースは、いつもの通り私の部屋の中から、文庫本を取り出して読んでいる。しばらく見ていると私が見ていたのを察した様で、
「どうかしました?」
と、問いかけてきた。
「いや、物思いにふけっていただけよ」
つい、私は卒ない回答をしてしまった。その後、私は椅子を戻して、実際にそれを行動に移してしまった。
再び彼女の方に椅子を向ける。どうやら本を読み終えたようで、そこに姿はなかった。しばらくすると、てくてくと走って、元の椅子に座った。さっきより大きい本だ。どれどれ、と眼鏡をかけて確認する。
(七……不思議?)
予想外だった。まさか、彼女がオカルティズムな分野を好むとは。幻想郷七不思議――それは、私が研究目的で入手した古典書だ。70年前に書かれたにも関わらず、筆者がえらく達筆なので、私も読むときには解読に苦労する――今でも、読破できてないくらいに。ましてや、文字慣れしていないであろう彼女にとっては、幾分読みにくい本であろうが……。
やはり、読みにくい本だったらしい。妖精が、首をかしげ始めた。
(しょうがない……)
と、ため息をついて彼女に近寄り、椅子背もたれに屈む。そして、読み聞かせるようにこう言った。
「『最強スペルカードの存在』……この幻想郷に最も強いスペルカードは、あってはならない。最強は、二つある。1つは、弾幕の展開における最強で、1つは、召喚における最強……」
開いてあったページの1、2行分だ。分かりやすいように、読んでいる箇所を指で指す。読み終わると、妖精が私の方へ向き、
「これのどこが七不思議なんですか?」
と尋ねてきた。私は、それを簡単に説明する。
「何故か、今の幻想郷には世界一避けるのが難しい、強力なスペルカードが存在しないのよ」
「友人様のスペルカードじゃないんですか?」
「確かあれは……世界4位だったはず」
そのままのノリで口を滑らせてしまった。私しか知らないのだから。
「なんで、そんなに確なんです?」
当然、この事に疑問を呈した彼女は、こう尋ねる。
「……この本に書いてあったのよ」
私は、咄嗟にらしい事を言った。もちろん嘘だが。
「ふーん」
当然、読むのに気が滅入ったのだから、これ以上探求するのも諦めるだろう。
*
「あっ!」
妖精が、大声を出す。
「一体どうしたのよ……」
「さとりさんの能力、もう1回見せてくださいよ!ほら、最初に出会った時の」
一体どこから湧き出たのか分からないくらい、唐突すぎるお願いだった。
「へ?」
私も、驚いて変な反応をしてしまった。今まで(と言っても二か月前後だが)、変化したままの能力という秘密は、外に漏らしたことがなかったというのに……。私を探っているのだな、と疑りの目をかけた。しかし、彼女の目は、ぱちくりと開いて輝いている。
「……しょうがないわね」
こいしとは何か違う、純粋な可愛さがあった。これは折れてもしょうがない。
(1回ぐらいなら……)
と、魔法陣を出し、鎖を壁に突き刺す。この初歩的な操作だけで、彼女は感銘する。
「素晴らしい能力ですね!!なんでこれを世のため人のために使わないんです?」
「え、えぇ……」
私は、そのまま黙った。下手に口が滑ると、(純粋そうな娘だし)簡単に言いふらしそうだ。かと言って黙ったり、消極的回答だと、彼女の腑に落ちないだろう。
「ちょっと、聞こえてます?」
私の方に身を乗り出してきた。彼女の目は、私の顔を映し出す。そこから見える私の顔は、困惑……。らしい回答すら思い浮かばない。
彼女の顔が、徐々に私に近づいてきた。なんとなく、解答時間を決められているような気がした。
「ち、ちょっと資料取りに行くから……待っててくれる?」
と、私は、本棚の方へ行った……逃げたというのが正しいか。
「あーっ、逃げるんですか!?」
やはり、彼女も追っかけてきた。そのうち、私と妖精が島のように独立している本棚をグルグルと回り始めたため、もはや鬼ごっこの形相だ。
しかも彼女は、最短距離で回ろうとするので、よく本棚にぶつけていた。そのため、天井まで詰めた本が、次第にグラグラと揺れ始めて、今にも落ちてきそうだった。それに、彼女は気づいておらず、むしろ加速し続けている。
妖精の反対側――本棚の死角――に入った時に、別の棚に隠れて様子を見ることにした。当然、彼女はそれに気づいていない。目が回ったのか、彼女は追いかけるのをやめて、本棚に寄りかかった。
その時だった。揺れに耐えきれなくなったのか、天井付近にあった本が一気に彼女の方に落下してきた。
「逃げて!」
という、私の声にも反応しない。たまたま、上を向いてしまったせいで、硬直してしまったらしい。
(あのバカ……!)
私は、すぐさま
「鎖符『懺悔の鎖』」
「巨腕『十二柱の巨人』」
のスペカを発動させ、二本の″腕″を出現させる。その腕で、彼女を抱え込み、私ごと巻きつけた。
(使うのは久し振りだったけど……)
落ちてきた本は、十数冊にも関わらず、巻きつけてできた鎖の繭によって、ケガせず済んだ。
「あ、あのー……」
どうやら、妖精が正気に戻ったらしいが、何か言いたげだ。
「どうしたの?どこかケガでも?」
「……私の事、強く抱きすぎですよ。ちょっと痛いくらいに」
そういえば、私ごと巻きつけたという事は、彼女と密着しているという事になる。それに気づくと、次第に恥ずかしくなってきた。しかし、彼女的には、
「でも、私はずっとこのままでもいいですけどね」
と、OKらしい。
*
鎖を解いた。
「もしかして、あなた、二か月前に起きた異変を解決した人ですか?」
またも唐突すぎる質問だった。
「なんでそう思うの?」
「風の噂で聞いたんです。なんでも、『鎖を扱っていた』って」
「……人違いじゃない?」
と、私は否定したが、
「……嘘の顔」
と言われ、あっさり見破られてしまった。これ以上、嘘を重ねても無駄そうだ。
「……そうね、私よ。私が、みんなの能力を戻したの。でも、これは秘密にしてくれる?」
「何でです?」
本当は、チヤホヤされたくないのが理由だが、彼女には、命が狙われているからと説明した(現に霊夢から狙われている訳だし)。どうやら、私を尊敬しているらしく、
「分かりました!私とあなただけの秘密ですね!」
と、気軽にOKしてくれた。気軽すぎて、個人的には心配であるが。
床には、落ちて来た本が散らかっている。
「……片付けなくちゃね、『ピース』ちゃん」
つい、口からこぼれてしまった。
「え、今私の事……」
「気にしない、気にしない。さ、やるよー」
私が紛らすと、威勢良く「はい!」と答えてくれた。
「じゃ、この本どこに仕舞えばいいですか、『ぬし様』!」
「ヌシ……サマ?それって漢字の『主』に様付けしたやつ?」
「いえ、『ヌシ』は、そのまま平仮名ですよ!」
「でも、意味があなたのご主人と一緒になるような……」
「それでも『ぬし様』です!」
「……うーん」
5月5日
あの娘の事を「ピース」なんて呼んでしまった。恥ずかしい、恥ずかしい……。
そういえば、私の事を「ぬし様」と呼び始めたが、別に名前でいいものを、なぜ捻る必要があったのだろうか?