いつものように、
「何してるんですか、ぬし様?」
「これから出掛けるのよ」
「どこへ?」
「ちょっと人里まで」
出会って1週間も経っていませんが、ぬし様が人里に出掛けていくのを初めて見ました。
「来た道帰るみたいになるからアレだけど、良かったら一緒に行きましょ。奢るから」
「え!?」
私は声を上げて驚きました。私に対して少し当りが強かったぬし様が、私をお誘いしてくれるなんて!昨日に感謝。
ところで、ぬし様の服装ですが、トレードカラー(かは分かりませんが)のピンクのリボンをあしらった黒の女優帽に、いつもの服装が覆うように黒いポンチョを羽織っていました。別に人里に行くからって、身分を隠すような服装をするのは謎ですが。
私は飛んで、ぬし様は鎖を使って入口から抜け出しました。私は、「競争です!」と言って数秒のハンデをもらってスタートしましたが、それ以上に鎖の飛ばす速度が速く、ぬし様の方が先に地上に出ました。
人里へは、ぬし様は普通に飛行していました。
「そんな格好をすると邪魔になりません?」
私が訊ねると、
「別に。このポンチョって意外に通気性がいいのよ」
と、笑いながら答えてくれました。でも、私にはその笑いが、決して心からではないのでは、と微かに疑いました。多分、これを言うとぬし様の過去を探るようで、嫌がる。自分でも鳥肌が立ちました。「飽くなき探究心」とは言えど人を傷つけるような事は控えますよ、私も。
飛行中、私はある気になっている事をぬし様にぶつけてみました。それは、
「ぬし様は、友人様とどういう経緯で出会ったんですか?」
というもの。それに、ぬし様は答えてくれました。
「うーん……、元々あなたの友人さんのスペルカードが欲しくて、色んな所を回っていたんだけど、中々見つからなくてね……。で、たまたまブラブラしていたご主人さんに、ダメ押しでお願いしてみたの。『純狐さんに会いたいのですが?』って。そしたらOKしてくれて」
ぬし様は、それを笑いながら話してくれました。
「そうそう……」
と付け足すように、ぬし様は話を続けました。
「あなたの『フェイクアポロ』、かなり強かったわ。今思い出したけど」
「どういうことです?」
「夢創異変で使ってきた人がいたのよ。うまく月を操ってて、私はもうお手上げだった」
やれやれ、とまたぬし様は笑ってそう言いました。それで終わるかと思いましたが……、
「だからね……、今度『フェイクアポロ』をもう一回作って、あなたと一回手を合わせてみたいの。やってみない?」
それは、私を強くさせる、という誘いでした。
「えぇ!私も、もっとぬし様の能力を知りたいです!」
いつになるかは分かりませんが、それまでにある程度鍛えておかねば。
再び人里へ向け出発すると、数分でそこが見えてきました。
「ところで、今日は何を買うんです?」
ふと疑問になっている事をぶつけると、
「ノートよ。使おうと思ったら切らしてたらしくてね」
と、笑って答えてくれました。
ザザッと地面に降り立つと、いつも通りの、活気ある景色が広がっていました。その中を、ぬし様は帽子を抑えて目的地を目指します。
ぬし様が指差しました。
「……ここよ」
その先にあったのは、村人が営む小さな店でした。
「あの、本屋なら鈴奈庵が……」
私がそう言うと、ぬし様が食い気味に、
「あそこは私が確実に殺されるから、最近行かないようにしているのよ」
と、掴めたようで掴めないように答えました。これも、これ以上探ってはいけないようです。
店の引き戸を引きました。
「……いらっしゃい。いつものか?」
店主が問いかけました。
「えぇ。いつもありがとうございます」
店主はそそくさと例の物を探し始めました。その間、ぬし様は私に、
「この人は数ヶ月前に来た外来人らしいの。外界では書店で働いていたらしくて、ここの文房具は外来製が主なのよ」
と説明してくれました。ぬし様が通い詰めるのも、なんとなく分かります。
店主の彼が、準備をし終わったようです。
「はい。ノート10冊。お代は云々円」
ぬし様はポケットから財布からお金を取り出しました。
「おぉ、今日はラッキーね」
と呟いたあたり、今日は丁度だったようです。
「はい、毎度あり〜……ってそっちの娘さんは誰だい?」
そういえば、自己紹介するのを忘れていました。
「あ、私のことですか?私の名はクラウンピース!」
「……クラウンピース?」
「妖精ですよ」
ぬし様が付け足しました。
「そうか……なら」
と、彼はまた何かを探し、机に出しました。それは、表紙が鮮やかに描かれています。
「嬢ちゃんは、『塗り絵』ってのはやったことあるかい?」
私は首を傾げました。すると、店主はペラペラとページをめくってくれました。そこには、打って変わって線画のみの絵が描かれています。
「この線で囲まれた中いかに綺麗に塗っていくのかが塗り絵っていうんだ。どうだい?色鉛筆と一緒に一冊オマケするよ」
彼はにっこりと笑ってくれました。妖精と聞いて、驚かないのが気にかかりますが。でも……、
「……ありがとうございます!」
面白い遊びを教えてくれました。これを地霊殿に置いて、より行ける口実が増えますしね!
「あ、あの、お代は払いますので……」
と、ぬし様は言いましたが、
「いいの、いいの。実際儲かっているし。何のこれぐらい」
と気持ちだけ受け取りました。
「なら、ありがとうございます」
「あぁ。お前さんには定価で売っているけど、他の客にゃ2割増しの値段で出しているから、この程度のオマケでも黒字だよ」
「人間も妖怪も、味を知ると落ちぶれるものねぇ」
2人は互いに笑っていました。人間と妖怪は、元来仲が悪かったと聞きました。でも、今この2人はそうだった状況を恰も無かったかのように打ち解けあっているように見えました。
「ほれ、もう用が済んだのなら、帰りなさいな」
店主の彼はシッシッと手を振りました。そんな彼に、ぬし様は、
「はいはい。それじゃあまた数日」
と、笑って手を振りました。店の去り際、彼は、
「毎度〜」
と、挨拶がわりにそう言いました。ドアを閉めた後、ぬし様はこう私に言いました。
「こう見えて、彼も根はいい人なのよ」
帰り際に、何かを焼いている匂いがしました。そっちに目を向けると、和菓子処で団子を焼いているのが見えました。
(……そういえば)
小腹が空いているのに気がつきました。八つ時は超えているようです。
(でも、迷惑をかけるわけにもいかないし……)
すると、ぬし様が徐に和菓子処に近づき、店員と話し始めました。
「……と、……ずつ」
何かを終えて戻って来るときには、両手に物を抱えていました。
「はい」
と、手渡されたのは、あん、みたらし、きな粉の三種の団子が入った紙袋でした。
「そういえば、『奢り』がまだだったわね。……全部食べれる?どうせなら、全種類買ったほうがいいと思って」
ぬし様はそう言ってきな粉の団子を一つ食べました。
「……ありがとうございます!」
中からみたらし団子を取り出し、一つ食べます。甘い匂いが、鼻から入ってきました。
「……おいしい」
「フフッ、ならよかった」
ぬし様はまた一つ食べました。
しばらく歩くと、ぬし様の妹、こいしさんが遊んでいるのが見えました。
「帰るわよ、こいs……」
ぬし様が呼ぶのをためらいました。すると、周りを何回も見、確認し終えると再び、
「帰るわよ。こいし」
と、彼女の名を呼びました。流石に二人の世界を壊すわけにはいきません。
「それでは」
私は軽くお辞儀しました。ぬし様は軽く困惑しています。・
「いいの?何か悪いわねぇ……」
謙遜している様子ですが、口角は吊り上がっています。すると、ぬし様は私の帽子を取り、頭を優しく髪を鋤き始めました。
「フフッ、金髪が綺麗……」
そんな優しくされると、こっちまでニヤけてしまいます。
いつの間にか、妹さんが私たちの元に来ていました。
「おねえちゃん、その妖精誰?」
「クラウンピースっていう妖精よ」
すると、こいしさんが表情を変えて、
「ねぇ、まさかおねえちゃんを奪う真似はしないよね。約束してくれる……?」
と、私に対して訴えてきました。彼女の瞳は、酷く濁っています。あまりの狂気に、私は沈黙でしか答えられません。
「ちょっと、止めなさい……。私は
「おねえちゃんは黙ってて!」
ぬし様が仲裁に入ろうとしましたが、語気を強めて、それを撥ね退きます。
「ねぇ、言ってよ……。自分の口から、早く!」
「……えぇ。私はぬし様を…さとりさんを奪うようなことをしません。ただただ、尊敬しているだけなんです」
あからさまな誘導尋問なのは、最初から分かっていた事です。しかし、一体何がこいしさんを狂わせたのか、私にば理解できませんでした。
私の言葉を聞いたこいしさんは、
「……なーんだ」
と、私に対する興味が失せ、ニコニコしてぬし様の腕に抱きつきました。ぬし様は困惑しています。
「はぁ、外で遊ばせているのに、まだ治らないなんて……」
そう呟いて。
「ごめんね……。変な別れ方で」
ぬし様の姿は、さっきとは違って弱々しくなっていました。そして、トボトボと地霊殿の方角へ歩き始めました。
私は、その後こいしさんについて少し考え始めました。何が、彼女を変えたのか?……すぐに思いついた事が、一番答えが近かったような気がします。
「もしかして、夢創異変……?」
11月6日
ピースも子供らしい。外に出て何か食べ物を買うと喜んでくれる純粋さ。なんとなく、妹に似ているのはどうしてだろう。
妹と言えば、今日も、妹の私への偏愛は解消しなかった。やはり異変が決定的だったか。環境が変わってしまったのは間違いないようだ。